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債務超過の企業がM&Aを行う際の注意点

債務超過の企業は「売れない」企業ではない

離婚の際の財産分与では,オーバーローン状態の土地建物は,無価値として扱われます。このことと同様に,債務超過(ここでいう債務超過とは,貸借対照表の簿価上の債務超過ではなく,資産・負債の時価評価を踏まえた実態貸借対照表上の債務超過をいうとご理解ください。)の企業は,価値がないということになり,M&Aの売り手となることはできないのでしょうか。

結論から言えば,債務超過企業であってもM&Aを実行できる可能性はあります。ただし,債務超過企業がM&Aを行うためにはさまざまな工夫が必要となります。本稿では,債務超過企業がM&Aを行う際の注意点についてご説明いたします。

 

M&Aが整うまでの資金繰りを確保する

まず,債務超過企業がM&Aを行うために検討すべきことは,M&Aが実行するまでの間,資金繰りが確保できるかどうかということです。債務超過企業でなくとも,売り手としてM&Aを行う場合,買い手が見つかり,かつ基本合意から最終契約までに至るプロセスには相当の時間を要します。このため,資金繰りに余裕がないことが多い債務超過企業においては,そもそもM&Aを完了できるまでの期間資金が持ちこたえられるのかどうかを検討する必要があるのです。

 

M&Aのための債務整理―まずは私的整理

債務超過企業がM&Aを行う際に検討しなければならないのは債務整理です。このことにより,少しでも債務の弁済に余裕がある状態になれば,買い手が見つかりやすくなるからです。

債務整理というと破産や民事再生といった法的整理が思い浮かぶ方も多いかもしれません。しかし,まず考えるべきは裁判所の関与のもとで行う法的整理ではなく,私的整理となります。なぜならば,私的整理は,法的整理とは異なり,官報等により公表されることがないので,事業に関する信用の毀損を回避しやすいからです。

 

私的整理はどのように進められるのか

私的整理は,債務者と債権者とが話し合いで債務を整理する方法ですので,特にそのやり方が法律に定められているわけではありません。一般的には,メインバンクが中心となって債権者委員会を設置し,弁護士や公認会計士が委員長となって手続を進めていくこととなります。

具体的な私的整理の手続きとしては,現在の経営者の退任などの経営責任,従業員のリストラ,不要資産の売却などを行うことで企業の経営の改善を図っていきます。このことと併せて,債務の弁済の猶予(リスケ),一部免除(債権放棄),DDS,DES等といった債務の整理を行うことを盛り込んだ再建計画を策定し,債権者の了解を得ていくということになります。

私的整理は,その内容が公表されないこと,法的整理に比べ柔軟かつ迅速に手続が行われるというメリットがあります。他方,私的整理は,一般に金融債権のみが対象となり取引債権が対象外となることが多いこと,すべての債権者の合意が得られなければ再建計画が成立しないことといったデメリットがあります。

 

債権放棄の際の債務免除益に注意

私的整理において,債権者である金融機関に債権放棄をしてもらうためには,現経営者が退任したり,私財を提供したりするなど,厳しい条件が課せられることが通例です。

さらに,仮に金融機関から債権放棄が得られたとしても,注意することがあります。それは,債務免除益を相殺するに足りる欠損金がなく,債権放棄による債務免除益が生じてしまい,これに課税されるおそれがあるということです。

 

事業譲渡の際の注意点

債務超過企業が売り手となってM&Aをしようとする際に,収益性が低い事業を事業譲渡することを検討することがあります。収益性が低い事業を処分することで経営のスリム化を図り,買い手にとって魅力的な企業となることができるからです。

事業譲渡を行う際には注意をしなければならないことがあります。それは,事業譲渡の際の対価が適正なものでなければ,当該事業譲渡が不当な財産流出であるとして,債権者が事業譲渡について詐害行為取消権(民法第424条)を行使し,当該事業譲渡の効力を否定してしまうことです。

ここでいう「適正な対価」とは,少なくとも清算価値を相当程度超えるものである必要があります。清算価値とは,仮に現時点で企業が破産したと仮定した場合の企業価値のことをいいます。要するに,債権者が『破産した場合にもらえる金額よりは多いな』と思うくらいの価格でなければ,債権者に事業譲渡を否定されてしまうリスクがあるということです。

なお,詐害行為取消権は,債権者が債務者に対して有する債権を保全するために行使するものです。したがって,金融機関などの大口債権者は特に詐害行為取消権を行使するおそれが高いので,事前に事業譲渡について説明を行い,了解を得ておくとよいでしょう。

 

必須となる専門家との連携

これまで,債務超過企業がM&Aを行う際の注意点についてご説明をしてきました。これらの注意点はいずれも極めて専門性の高いものです,中小企業診断士,弁護士,公認会計士,税理士などの専門家と連携しながら進めていく必要があります。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

これからの経営改善計画・リスケジュール指導に強くなるコース

こんにちは。ステラコンサルティング代表の木下です。

お知らせがすっかり遅くなってしまいましたが、ビジネス教育出版より通信教育講座「これからの経営改善計画・リスケジュール指導に強くなるコース」がリリースされました。

私も共著で参加させていただいております。

ご興味のある方はぜひお申込みください。

 

第1章 経営改善計画策定のポイントと地域金融機関の役割
第2章 視野を広げる外部環境分析
第3章 定量・定性2つの視点で行う内部環境分析
第4章 経営戦略の策定プロセスと具体例
第5章 経営改善計画の策定事例
第6章 リスケジュールの新手法

 

これからの経営改善計画・リスケジュール指導に強くなるコース

M&A後も円滑な資金調達を続けるには ~金融機関や投資家の目線で対策を講じよう

M&Aが行われる場合、株式譲渡や事業譲渡など実施方法に違いはあっても、会社の経営権若しくは事業の実施主体は売手企業から買手企業に移転します。

このためM&Aにおけるデューデリジェンス(以下、DD)では、取引先との契約に規定されるチェンジオブコントロール条項(以下、COC条項)のチェックが不可欠になります。

このCOC条項(注)は、売手企業の支配権(Control)を持つ株主や代表者が変更となる場合に契約を解除したり、事前承認・事前通知等をしたりしなければならないといったことが規定された契約上の取り決めです。

このCOC条項が規定されている契約には、事業提携先との業務提携契約や、不動産を賃借している場合の賃貸借契約、金融機関との金銭消費貸借契約、エンジェル投資家や事業会社との株主間契約などさまざまなケースがありますが、今回は会社の「お金」の調達関係に着目して掘り下げてみたいと思います。

 

1.中小企業のM&Aにおける金融機関との関係

(1)COC条項と期限の利益の喪失条項

多くの中小企業は金融機関から借入をしているため、中小企業に係るM&Aでは、これらの金銭消費貸借契約書等に関する法務DDが不可欠です。法人が金融機関から融資を受ける場合には、基本契約となる「銀行取引約定書」や個別の融資取引ごとに締結する「金銭消費貸借契約書」などを締結しますが、この契約には一定の事由が生じた場合に法人は返済期限を待たずに金融機関に借入金を返済しなければならなくなる「期限の利益喪失条項」が規定されています。COC条項においてもこの「期限の利益の喪失条項」が規定されていることがあります。

 

ところで、「期限の利益喪失条項」は、適用される事由によって2つに分類することができます。

 

1つは「当然喪失事由」です。これは、一定の事由が発生したときに当然に期限の利益が喪失されるというもので、具体的には「①支払の停止または破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始もしくは特別清算開始の申立があったとき。②手形交換所の取引停止処分を受けたとき。」などが該当します。

 

もう一つは「請求喪失事由」で、所定の事由に該当したとしても当然に期限の利益が喪失されるわけではないものの、借手の中小企業(債務者)に対して金融機関が請求すれば期限の利益を喪失され約定の期限前に一括返済させることができるようになるものです。

 

M&Aの際に注意が必要なのはこの「請求喪失事由」です。

「請求喪失事由」として、一般的には、「①債務の一部でも履行を遅滞したとき。②担保の目的物について差押、または競売手続の開始があったとき、③取引約定に重大な違反したとき、④反社会的勢力に該当する場合、⑤債務者が降り出した手形に不渡りが発生したとき、⑥前各号に準じるような債権保全を必要とする相当の事由が生じたと客観的に認められるとき。」などが規定されています。

 

このため、COC条項で「期限の利益喪失条項」が規定されている場合はもちろん、そうではない場合であっても、M&Aの際に、金融機関は株主構成や代表者の変更により「債権保全を必要とする相当の事由である」と主張して、借入金の一括返済を求めてくるのです。

 

(2)金融機関が借入金の一括返済を求める実質的な理由

実は、金融機関は、M&Aで売手企業の経営者や株主が変わったからといって当然に一括返済を求める訳ではありません。では、金融機関が一括返済を求めるのは、どのような実質的な理由があるのでしょうか。金融機関の目線で考えてみましょう。

 

①既に売手企業の信用状態が悪化していた場合

売手企業が、利息や元本の延滞を繰り返していたり、決算書上は資産超過でも保有する不動産や有価証券に大きな含み損があり実質的な債務超過になっていたりするような場合、金融機関にとって融資が「不良債権」になっている可能性があります。

「不良債権」になると金融機関は引当金を積むなど与信コストが上昇することから、融資を回収する機会を探っていた金融機関がM&Aを契機として借入金の一括返済を求めるのです。

 

②M&Aによって信用状態が悪化する場合

「経営者保証に関するガイドライン」の普及により、経営者保証のない新規融資は徐々に増加しています。しかし、依然として融資全体の約9割は引き続き経営者保証付きのままです。

売手企業への融資が経営者個人の保証能力や経営者の個人資産の担保提供に依拠している場合、M&Aと共に経営者保証や担保が解除されることになり、信用状態が悪化することもあります。また、買手企業が買収資金を借入金で調達していたり、過大な企業評価額で買収したりした場合など、買手企業の財務内容が悪化することがあるため、金融機関の与信判断が厳しくなることもあるのです。

 

③反社会的勢力等との関係が疑われる場合

M&Aの際に関係当事者間で締結する株式譲渡契約上でも反社会勢力との関与を否定する表明保証をしています。しかし、フロント企業の「器」を求めてM&Aに近づく反社会的勢力が少なくないことも確かです。

一方、全銀協をはじめ金融機関は独自の反社会勢力に関する独自の豊富なデータベースを構築しているほか、平成30年1月4日から警察庁の暴力団情報データベースへの接続が開始されるなど、中小企業や個人が知りえない情報を持っていることも確かです。反社会勢力の情報というのは、指定暴力団のように該当することが明確な場合ばかりではなく、特定はできないが疑わしいというレベルのものまでさまざまなケースがあります。

「理由は言えないが総合的に判断して融資継続が困難」というような場合は、こうしたケースもあるので注意が必要です。

 

(3)金融機関との十分なコミュニケーションが最大の予防策

せっかくM&Aが合意に至ったのに、金融機関が取引継続しないということでM&Aが振り出しに戻ってしまうのは、売手企業はじめ関係当事者全体にとって不幸なことです。

買手企業にとっても、金融機関取引を良好に維持することは、買収後の事業を継続する上で重要な課題です。では、M&Aに対する金融機関の合意をどのように取り付ければよいのでしょうか。

 

①既に売手企業の信用状態が悪化していた場合

売手企業と買手企業の事業シナジーが働くM&Aであれば1+1=2以上の企業価値が見込め金融機関にとって融資の回収可能性は勿論、更なる取引の拡大可能性も高まるはずです。M&Aの背景・効果を含めた説明をすることが有効です。単純にM&Aした事実のみの報告では、1人で数十社を担当する金融機関の担当者は最も社内決裁が楽に通る方法で処理してしまうかもしれません。

また、金融機関(本部)は「債権保全を必要とする相当の事由」を用いて期限の利益を請求喪失することについては「優越的地位の濫用」とならないよう細心の注意を払っています。現場の独走となっていないか、金融機関の担当者だけでなく支店の責任者に伝えることも効果的となる場合もあります。

 

②M&Aによって信用状態が悪化する場合

上記1と同様、理解不足が原因の“信用状態”の悪化であればM&Aにより事業シナジー向上により回収可能性に問題が生じないことについて金融機関の理解がえられれば、返済を求められることにはならないと思われます。

また、買手企業の取引金融機関にとっては、新たな資金需要の捕捉機会と認識されることもあるので、既存の金融機関に拘らず資金調達方法を検討することも有効です。

 

③反社会的勢力等との関係が疑われる場合

反社勢力の事前確認は、一般的には「日経テレコン」などの記事検索とネット検索を併用して実施することが多いですが、一般の中小企業や個人では把握し得ないレベルの“反社会的勢力等との関係”もあることは事実です。

この場合、反社勢力の膨大なデータベースを持っている金融機関のチェック機能を活用する方法があります。買手企業が金融機関と与信取引がある場合には、既に一定のスクリーニングを受けているとみなすことも可能ですし、M&Aの際に締結する秘密保持契約の守秘義務の例外としてM&Aの情報を開示可能とした上で取引金融機関と連携しつつ対応する方法もあります。

 

 

 

いずれの場合も、取引金融機関と対峙するというよりはコミュニケ―ションを取りつつ協調関係を築くこと、場合によってはその機能を利用することが重要なポイントです。

これまで、M&Aにおける「お金」の関係で留意すべき点として金融機関との取引関係について述べてきましたが、次回は無借金で金融機関との与信取引がないスタートアップの場合の留意点について、分かり易く解説したいと思います。

 

 

 

(注)関連コラム「法務DDでの必須ポイント!③(カネ・情報編)」(弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 著)より。

https://batonz.jp/learn/expert_articles/1278

 

中小企業診断士 伊藤一彦

交渉を有利に進めるための買い手の基本

みなさま、こんにちは、新型コロナウイルス感染症もワクチン接種が間もなく始まりますね。これで一件落着となればよいのですが・・。私たちビジネスパーソンとしては、外部環境変化に抗っても何も生まれません。変化を味方につけて価値を生み出してまいりましょう。あなたのちょっとした変化を応援しています、山本哲也です。

 

2021年は買い手市場になるか?

新型コロナウイルス感染症拡大の長期化によって、売りに出される事業・企業が徐々に増えつつあります。今夏以降、さらに本格化するのではないかと言われています。対象案件数が増えることは、一見、買い手にとって有利になるように考える向きもあります。しかし、M&Aの難しさは、投資(購入の)の対象物が唯一無二の存在であり、比較サイトを活用した買い物のような検討プロセスがとれない点にあります。加えて、最後は、相手との交渉ごとになるため、その駆け引きの要素も加わるため非常に難しい取引となってしまうようです。

 

後悔しないための売り手の決断方法

解決策のひとつとして、我々がおすすめしているのは、「あらかじめ社内ルールを決めておくこと」です。例えば、調査やDDの結果などに定量的な条件を設定しておき、「その条件をクリアしたら交渉を進める。クリアできなかったらあきらめる。」など商談のステージごとに細かく設定し決断を先送りしないようにします。文字にすると簡単なことですが、なかなか難しいことです。

もう一つは、「相手の立場に立って考えること」相手がどのように考え、どのように行動するかが、少しでも理解できれば、情報量は増え、おのずとこちらもどのように行動すればよいのか判断しやすくなります。

本日は、そのあたりを中心にお伝えしたいと思います。

 

事業が売りに出される5つの理由

売り手の事情やそれに伴う判断軸について順にみていきましょう。いったい、企業はどのような理由で売りに出されるのでしょうか?大きく分けるとその要因は、5つに分けられるといわれています。

  1. 後継者不在問題
  2. 創業者利益の獲得・ノンコア事業の切り離し
  3. 業績不振などによる先行き不安
  4. 社業の発展や社員の将来

 

実際の現場ではこれらの要素が複合的に絡んでいることがほとんどです。

 

まずは、今後急増するといわれている“後継者不在問題”です。日本の経営者の引退平均年齢は70歳ですが、それよりも年上の経営者は、全国で245万人。そのおよそ半数でこの問題が発生しています。これは日本企業のなんと3割にも上ります。

たとえ、後継者がいたとしても、自社がこれからも市場に適合していけるのか心配だったり、後継者が大手企業に勤めていて戻せなかったり、そもそも経営能力に疑問もあったりして、「引き継げない」と判断する経営者が多いです。

このようなケースでは、売却価格やタイミングよりも中身を重視する傾向にあります。具体的には、従

業員はもちろんのこと取引先にも迷惑をかけずに、むしろ喜ばれるような売却先を求めています。「関係者に感謝をされて去りたい」という意識です。つまり、世間から褒められ、うらやましがられるような取引がしたいという心理が働きます。ですから、売り手の条件を十分に引き出し、金銭以外で充足できる方法を提案していくことが有効です。

 

続いては、“創業者利益の確保”です。近年、日本でも増加しつつあるスタートアップ企業のイグジットと言われるケースです。もう、次にやりたい事業があり、「事業売却の資金を原資として次の起業に向かいたい。」だったり、「事業が軌道にのると興味を失ってしまう」というような起業家も一定数います。このケースで重視されるのは、やはり譲渡金額です。それまでの投資や労力に対するリターンももちろんですが金額は、自分たちの仕事の評価でもあるわけです。ですから、経営者の性格にもよりますが、こだわりが強いケースあります。また、“ノンコア事業の切り離し”のケースもスピードより取引価格が重視される傾向にあります。これは、上場企業の場合、投資家への説明責任を果たさなくてはいけませんから、説明ができる金額が必要になります。

 

続いて多いのは、“業績不振による先行きへの不安”です。外部環境の変化にうまく対応できずに常に倒産の危機と隣り合わせの状態の中小企業は少なくありません。加えて個人保証をしている借入金が膨らみ、この先、何か大きな環境変化が起きてさらに売上が低下したら、どうなるのか?!など不安は尽きません。この場合で重視されるのは、スピードと本気度です。買い手側が社内調整や余計な駆け引き、引き伸ばしなどをしていると、商談を打ち切られてしまうことも多いので注意が必要です。

 

最後は、「社業の発展や社員の将来を考えると売却がベター」との結論になるケース。この場合の売り手のニーズは、複合的な組み合わせになることが多いようです。社業の規模が大きくなりすぎて自分の手に負えないと考える 2 代目経営者がこのように考える傾向にあります。このケースでは、急いではいませんし、お金にこだわってもいませんので、それ以外の要素が重視されます。具体的には、自分のためには、売り急いだと思われない正当な評価額であること。従業員のためには、安定雇用やキャリアアップの道があること、取引先に対しては継続取引や取引条件が引き継がれることなど。社会から「よいM&Aだったね」と評価を受けられることを望んでいます。ので、売り手側がもっとも大切にしているポリシーや考え方のところを十分に理解することが求められます。

 

いかがでしたでしょうか、今回は、いつも以上に当たり前のことばかりをお伝えしました。しかし、案件が進んでくるとどうしても投資額を抑えることに意識が偏ってしまい、ダメなところを一生懸命探してしまうことがあります。当初描いていたゴールイメージを忘れず検討すること。

 

納得のいく条件で取引するには、投資額だけにこだわるのではなく、相手の立場に立って交渉を進めることも大切です。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也 

法務DDでの必須ポイント!③(カネ・情報編)

経営資源別の法務DDでのチェックポイント

今回は,前回に引き続き,いわゆる経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)のうち,法務DDの際に注意すべき「カネ」・「情報」についてお伝えしたいと思います。(なお,前回と同様に,以下に述べること以外にも注意すべき点は多数存在します。ご注意ください)

 

「カネ」に関する法務DD①:期限の利益喪失事由

財務DDをきちんとしていれば,「カネ」に関するDDは万全であると考えがちです。しかし,財務DDだけでは確認できないリスクがたくさんあります。

例えば,金融機関から融資を受けているケースでは,期限の利益を失うのはどのような場合かについて確認する必要があります。例えば,株主の交代が期限の利益の喪失事由となっているのであれば,M&Aをしたことがきっかけで,金融機関が一括返済を求めてくるかもしれません。

また,M&Aを検討している段階で既に期限の利益の喪失事由が生じており,少なくとも法的には金融機関が一括して返済を求めることができる状態になっていないかも確認しておく必要があります。なぜならば,返済の遅滞により現時点では金融機関から一括返済を求められていなかったとしても,それは事実上宥恕されているに過ぎないことがあるからです。このような場合は,M&Aで株主が変わったことにより返済が期待できると考えた金融機関が突然返済を迫ってくることも考えられます。

 

「カネ」に関する法務DD②:保証・担保

中小企業においては,会社の信用を補完するため,代表者個人が会社の保証人となっていたり(経営者保証),会社の債務について代表者個人の保有する土地建物について抵当権が設定されていたりすることがしばしばあります。

M&Aが行われれば,代表者が交代することが通例ですので,この保証人や抵当権設定者(物上保証人)を交代できるかが重要になります。保証人や抵当権設定者(物上保証人)の交代は,基本的には金融機関の了解が必要になりますので,了解が得られる見込みがあるかどうかを確認する必要があります(なお,経営者保証については,当職の『「経営者保証に関するガイドライン」を活用して事業承継をスムーズに!』もご参照ください)。

また,経営者ではなく,会社が第三者の債務の保証人になっていたり,自社の土地や建物を担保に供していたりする場合もありえます。土地や建物を担保に供しているかどうかは登記を確認すれば容易に確認できます。その一方で,会社が保証人になっていることについて,は気づかないことがありえます。なぜならば,主たる債務者が返済をしている限り,保証人が金銭を支払うことがないため,キャッシュフローを見ているだけでは気づけないからです。

会社が第三者の債務について保証人となっている場合は,債権者からいつ保証債務の履行を求められてもおかしくない状態であることを認識すべきです。M&Aの価格を決定する際もこのことを念頭に置くべきです。(もちろん,債権者と協議して保証を外してもらうのが一番良いのですが,難しい場合が多いでしょう。)

 

情報に関する法務DD:知的財産

M&Aの対象となる企業が特許権,商標権,著作権,営業秘密などの知的財産権を保有していることがあります。これらの知的財産の本質は,特殊な技術やノウハウ,キャラクターなどといった情報であり,その企業の重要な財産であることもあります。

まず,知的財産をその企業が保有しているのかどうかを把握する必要があります。特許権や商標権は登録されて初めて発生する権利ですので,登録の有無を確認します。他方,著作権の場合は,登録等を要しない無方式主義であるため,著作物に関する資料や作成者への聞き取りなどによって確認するほかありません。

また,他の企業の知的財産権を使用している場合,その使用が権利者の承諾を得ているかどうかについても確認する必要があります。仮に権利者の承諾を得ることなく他の企業の知的財産権を使用している場合は,多額の損害賠償請求をされるリスクを抱えることになるからです。

このほか,職務発明や職務著作について適切な権利処理のルールが整備されているかなども,従業員との間で紛争が生じるリスクを避けるために確認する必要があります。

 

その他の法務DDでの確認ポイント

ヒト・モノ・カネ・情報といった観点以外でも,法務DDの際に注意すべき事項はあります。

例えば,許認可を必要とする事業を営んでいる場合は,許認可の期限が切れていないかといったことや,取消・停止の行政処分が行われていないかなどは確認する必要があるでしょう。

また,その企業に対し,多額の金銭の支払いなどを求める訴訟が提起されていないか,仮に訴訟が係属している場合は,敗訴の可能性や敗訴した場合の対応にはどのようなものが必要なのかも確認しておくべきポイントであると考えます。

これまで2回にわたり,法務DDの必須ポイントについて説明してきました。スモールM&Aでは財務DDが中心になりがちです。しかし,法務的観点を無視してしまうと,M&A後に,大きなトラブルに巻き込まれかねません。

そのようなことを避けるために本稿が少しでも参考になれば幸いです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

スモールM&Aを成功させる新しいリスクヘッジ手法 ~「M&A表明保証保険」に注目

2020年下半期、中小企業のM&A(以下、スモールM&A)の世界に新たな動きがありました。国内保険各社がスモールM&Aを対象にした「表明保証保険」の販売に関するリリースを行ったのです。

今回は、どうしてこのような動きがあったのか、そしてどのように活用できるのかについて考察します。

 

国内大手保険会社の動き

2020年10月21日「小規模M&A向け表明保証保険の販売開始」(東京海上日動火災保険)、同年12月25日「国内M&A向け表明保証保険の販売を開始」(あいおいニッセイ同和損害保険)、同年12月25日「~国内M&A取引を「保険」で支援~表明保証保険の引き受け対象範囲の拡大について」(三井住友火災海上保険)など、スモールM&Aを支援する保険商品が大手損保から続々と販売されました。

国内の事業承継ニーズの高まりを背景として、スモールM&Aが増加傾向にあることに対応した動きであるが、「表明保証保険」は古くから保険業界で取り扱われていたものであり、保険商品自体に目新しさがあるわけではありません。

それでは、なぜ各社がこぞってプレスリリースするような状況になったのでしょう。

 

そもそも表明保証とは

M&Aでは、一般的に「表明保証条項」が規定されます。表明保証条項とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、一定の時点における一定の事項が真実であり正確であることを「表明」し、かつその内容を「保証」する条項をいいます。(注)

これによって、買主にとっては、M&A取引を行うことのリスクヘッジになり、また、売主にとっても過重な買収監査を回避しM&Aを円滑にクロージングすることができるメリットがあるといわれています。

しかし、表明保証は万能ではありません。特に国内でスモールM&Aが増加することにともなって、M&A後の未払い給与や未払い税金などの簿外債務発覚による表明保証違反が判明し、裁判などで責任が認められても売主の資力が十分ではないため損害賠償の回収ができず、買主が泣き寝入りせざるを得ない事例も増加しています。

こうした表明保証違反によるリスクをヘッジするのが「表明保証保険」なのです。

 

これまでの「表明保証保険」

「表明保証保険」は、表明保証違反が判明したときに、被保険者(買主または売主)が被る損害を補償する保険です。

もともと、海外企業がM&Aの際に活用していたものですが、国内と海外の企業間で行われるクロスボーダーM&Aや大企業間のM&Aにも次第に普及してきたという経緯があります。

こうした背景で活用が広がったため、契約書が英文雛型、オーダーメイドのため保険料負担が大きい、保険会社によるデューデリジェンス(DD)が必要など、スモールM&Aにはなじみにくい状況だったのです。

ところが、国内中小企業の事業承継や大企業によるベンチャー企業の買収などが急増したことにより、スモールM&A向けの「表明保証保険」ニーズが増大しており、ここに注目した大手保険会社が保険商品の開発・販売に乗り出すことになったのです。

 

スモールM&A向けの「表明保証保険」とは

スモールM&A向けの保険には次のような特徴があります。

【特徴】

保険契約・約款が和文表記

中小規模のM&A取引が対象

レディメードで迅速な契約締結ができる

売主による保険手配も可能

 

保険会社によっても商品設計にバラつきはありますが、概ね上記のような内容となっており、国内のスモールM&Aにおけるリスクヘッジ目的で活用可能な内容になっています。

こうしたスモールM&Aを対象とした「表明保証保険」には次のようなメリットがあります。

 

【買主のメリット】

①売主が中小零細企業で財政状態に不安がある場合、売主の信用力を補完することができる

②売主に対する表明保証違反に伴う責任追及を限定的にすることにより買収交渉を円滑化することができる

③売主-買主間で、表明保証違反があった場合の補償上限額や補償期間に関する条件の隔たりに関する調整ツールをして活用できる

④売主が経営参画する場合など、クロージング後も売主との良好な関係を維持する必要がある場合、表明保証違反に伴う損害賠償請求により険悪な関係になることを防ぐことができる

 

【売主のメリット】

①売主自身の信用力を補完することができる

②将来における表明保証違反に基づく損害賠償リスクを遮断することができる

 

スモールM&A向けの「表明保証保険」を活用する際の留意点

メリットの多い「表明保証保険」ですが、リリースされたばかりのため利用者側にとっては不慣れな面も多々あります。次の点には十分注意した上で活用しましょう。

 

①M&AにおけるDDを実施しなくてよい訳ではない

DDが十分に実施されていない場合、表明保証違反により買主に損害が生じたとしても、それは買主の重大な過失により生じたものであるため免責事由となる。したがって、「表明保証保険」はDDを適切に実施した上でも避けられないリスクを補完するものであるという点に注意する必要がある

②「表明保証保険」の免責事由に該当し保険金を受給できないこともある

クロージング時に既に買主(被保険者)やM&A仲介者が認識している表明保証違反は一般的に免責事由に該当します。

③保険の対象とするためにオプション料が必要なことも

オプション料を払わないと保険の対象にならないもの(例:年金・退職金の積立金不足など)もある

④保険料が割高なことも

保険料は補償限度額の1~3%程度であることが多いが、最低保険料が規定されている場合もあり、企業価値が低いスモールM&Aでは取引コストが割高となるケースもある

⑤損害金額が全額補償対象となるとは限らない

補償上限金額が設けられていたり、定額補償となっていたりする場合もあり確認が必要

⑥そもそも対象となるM&Aの取引規模がまだまだ大きい

小口化したとはいえ、保険の対象となるM&Aの取引規模が「億単位」のものもあり、スモールM&Aには適切ではない保険商品もある

 

<まとめ>

そのようななかで、民間でも今回取り上げたスモールM&Aを対象とした「表明保証保険」への取組みが拡充され、事業承継のためのM&Aを安心して行うことができる環境が整いつつあります。例えば、東京海上日動火災保険とM&A総合支援サイト「Batonz(バトンズ)」が連携し、バトンズの専門家が行うDDを利用する買手企業すべてに「表明保証保険」が自動適用されるサービスの提供が開始されました。

補償上限は一律300万円ではあるものの、非常に取引規模の小さな案件も対象となるため、今後、国内スモールM&A向けの「表明保証保険」が普及する契機となるものと思われます。

専門家としても、政府・民間の様々な支援策やサービスを賢く活用しながら、課題解決の支援を進めていきたいものです。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

(注)関連コラム「本当はこわい表明保証条項」(弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 著)より。

 

 

 

ぼくたちのM&A  ~アーンアウト条項

みなさま新年あけましておめでとうございます。といっても早いもので1月ももう半分以上が終わってしまいました。各地に緊急事態宣言が発出され、医療現場を中心に緊迫した雰囲気になっています。最近は、“免疫力アップ”というのがトレンドワードになっているそうです。そこまではともかくとしても、しっかり栄養とって、手洗い・うがいには特に気を配りましょう。 

今日は、スモールM&Aというよりも、大手企業によるベンチャー企業買収に関連するお話です。 いつ

ものように、M&Aで社長を目指す“ビジネスパーソン”ツナグの独り言からお聞きください。 

 

ツナグ:友達がマイホームを35年ローンで買おうかどうしようか悩んでいるらしいんだけど、マイホームを買うよりも大きな買い物になりそうなM&Aにも分割払いってないのかなぁ・・。 

 

買収代金の支払い方法は一括払いだけか? 

売り手にとっては、一般的なビジネスシーンと同じく、“一括譲渡、一括支払い”がもっともメリットが大きく、スタンダードな手法ではありますが、それ以外にもツナグの言う通り、分割支払いという手法も昨今増加しています。 

具体的には・・ 

  1. 株式譲渡対価の分割支払い 
  2. 株式譲渡自体の分割実行 
  3. アーンアウト”という手法。 

 

ひとつずつ見てみましょう。 

まずは、単なる分割支払いのケース通常の商取引でも行われる、支払い日の約束ごとです。株式譲渡は100%完了しており、譲渡対価の受け渡しだけが、未払金として処理されるケースです。 

考えられる場面としては、 

買主側が必要資金のすべてを一括で調達できず、分割でしか払えな 

「売主側のクロージングの前提条件一部不安な部分があり、買主側が分割払い条件を要請するなどがあります。 

 

このように売り手側には全くメリットがありませんので、買い手のリスク分散にほかなりません。もともと、信頼関係がしっかりできている間柄での事業承継など、双方納得のうえ行われることがほとんどです。 

 

ツナグ:なるほど・・契約書などで条件面をしっかり打ち合わせしておかないと後でもめたら大変なことになりそうだな。 

 

じっくり時間をかけて 

次に段階的な株式譲渡です。最初に発行済株式総数の51%を譲渡することで連結子会社て運営する。システムやコンプライアンス、組織間の交流などを行う。その後、議決権の3分の2超の取得をし特別決議を確保できるようにし、順調に統合ムードが高まってきたところで残りを取得して完全子会社とするケースです。過去の事例からみると、企業文化の違いなどの原因によって組織の統合がうまくいかないことが予測される場合全くの飛び地事業の買収で運営に不安がある場合などで利用する案件がありました。売り手側が、買い手側の事業運営をしっかりとコミットした状態で支援するために、少数の株式を一定期間ち続けます。 

売主は、いち早く譲渡代金を受け取って取引を完了させて、今回の新型コロナウイルス感染症拡大など、予測不可能なリスクを切り離したいはずですのでこちらも両社の関係性が重要です。 

 

ツナグ:なるほど。売り手に支援してもらえたら買い手は安心して売買できそうだね。その分、高く買うなんてことも検討できそう 

 

一緒に盛り上げつつ引き継ぐ 

 最後は、“アーンアウト条項”と言われる手法。分割支払いの一種といっても、これまで見てきたものとは別物です。簡単に言うと野球選手の出来高払い制度のようなものと理解してください。M&A取引完了買い手は、売り手の支援を受けつつ事業活動を行います。その際に双方で話し合い、事業成長目標を設定します。それを達成できたら買手企業側から売手企業に対して買収対価の出来高部分を支払いま 

目標には、一定期間後の売上高やEBITDAといった経営指標のほかにも、新商品の市場投入申請中の特許承認などさまざまです。一部には、会計処理などで操作できるものもあるため、設定の際には注意が必要です。 

 

ツナグ:株式の譲渡を段階的に進めるよりも、もっと共創を行うようなイメージだね。 

 

オープンイノベーションに近い 

売り手側のメリットとしては、出来高制度として買い手に提案することでより高く売れる可能性が高まります。特に、成長段階のベンチャー企業を売却する場合など、買い手がリスクをどうしても大きく考えてしまい、交渉が成立しないこともありますが、そのような場合にも有効です。つまり、買い手側にとっても低リスクになり、買いやすくなるというメリットと考えることができそうです。また、先述のように、買い手は、過大な投資リスクを分散することができますので、例えば、買収時には判明しなかったリスクが発生したときも、損害を最小限に抑えることができす。 

ではデメリットはないのでしょうか?売り手のデメリットは、目標に対して支援をしたにもかかわらず外部要因によって未達になり、出来高を受け取れなくなる可能性がある点。一方、買い手は、そもそも支払いの分割によってリスクの分散というメリットを受けているのでその範囲内のリスクに収まれば、特に大きなデメリットはないといえそうです。 

 

ツナグ:なるほど~株式譲渡代金の分割支払いというと、ネガティブな印象を持ってしまうけど、売り手と買い手の共創プロジェクトだと考えれば、オープンイノベーションの一種とも言えそうだ。 

 

まだまだ日本国内では、たくさんの事例があるわけではありませんが、アメリカでは増加傾向にある取引形態ですので、今後、ベンチャー企業の売買の場面から徐々に普及していくものとみられます。いろいろな共創が始まれば日本のM&A市場もさらに活況となることでしょう。本日も、最後までお読みいただきありがとうございました。  

 

中小企業診断士 山本哲也 

 

 

法務DDでの必須ポイント!②(ヒト・モノ編)

法務DDにおける経営資源別のチェックポイント

先日,契約に関する法務DDで確認すべき点についてコラムを書かせていただきました。今回は,いわゆる経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の観点から法務DDの際に注意すべき点についてお伝えしたいと思います。(なお,以下に述べる点以外にも注意すべき点は多数存在しますので,ご了解ください)

 

「ヒト」に関する法務DD①:未払いの賃金債務など

売り手の従業員など「ヒト」に関する法務においては,まず,未払の賃金債務がないかが重要なポイントになります。

未払の賃金債務とは,本来支払われるべき残業代が支払われていないことが典型的事例です。意外と思われるかもしれませんが,法的には支払われるべき残業代が支払われていないことは,,一般の企業でもままあります。例えば,法的には管理監督者(労働基準法第41条第2号)にあたらないのにこれにあたるとして,残業代を一切支払っていないケースや,支払っていても,残業時間にかかわらず固定額であるため不当に安い額しか払っていないケースが想定されます。個々の従業員の未払いの残業代が少額であっても,適切に支払われていない従業員が多数に上る場合は,買い手にとって,簿外債務という形で大きなリスクとなります。

未払い残業代を把握するためには,まずタイムカード等から労働時間を確認することが必要になります。中小企業では,十分な労働時間の管理が行われていないこともしばしばあります。そのような場合,パソコンのログや個々の従業員への聞き取りにより労働時間を把握することになるのですが,あまりに厳格に調査をすると,売り手との関係が悪化するおそれれもあるため,どこまで調査するかは悩ましい問題です。労働時間を把握する期間は3か月を一応のめどとしますが,季節により繁閑があるような業種であれば,期間を長くします。

次に就業規則や賃金規程等を確認し,何が残業代の算定の基礎となっているのかについて把握します。その後,本来支払われるべき残業代の額を計算していきます。なお,これまでは,未払残業代の消滅時効は2年でしたが,法改正があったため,令和2年4月1日以降に生じた残業代については,3年となりますので注意が必要です。

なお,アルバイトやパートの多い中小企業では,実労働時間をもとに計算した時給が最低賃金を下回っていないかどうかも注意しておく必要があります。

このほか,賃金債務ではないですが,社会保険料を滞納していないかどうかも必ず確認しておく必要があります。

仮に,未払いの債務が明らかになった場合は,売り手に対し,当該従業員と交渉し,解決させることを求めたり,未払賃金債務の額を譲渡価格に反映させたりするなどの方法が考えられます。また,未払いの賃金債務が確認できなかった場合でも,表明保証条項を入れておく方が無難でしょう。

 

ヒトに関する法務DD②:コンプライアンス

コンプライアンスも,ヒトに関する法務DDで重要な事項となります。

36協定の作成・届出がない。適切な休憩時間を付与していない。変形労働時間制を採用しているのに必要な手続を行っていない。など,労働時間に関する基本的な規律違反がないかといった点や,期間の定めのある従業員についての更新・無期転換の可能性があるかといった点は必ず確認しておく必要があります。また,業務委託先となっている者が偽装請負になっていないかどうかも気になるところです。これらは就業規則や契約書だけではなく,少なくとも人事担当者からの聞き取りをすることで確認をしていきます。

加えて,労働組合(合同労組含む)との間で紛争となっている事案はないか,労働基準監督署から指摘を受けたことがないかといった点も確認しておくとよいでしょう。

 

モノに関する法務DD①:不動産

売り手は事業を営んでいる以上,多数の不動産や動産を保有しているのが通常です。これらの不動産や動産について法的なリスクがないかを把握するのがモノに関する法務DDです。

不動産について,まずは登記簿謄本,固定資産課税台帳,売買契約書等の書面を検討します。そして,当該不動産が売り手の単独所有なのか共有なのか。共有の場合は共有者との関係はどのようなものか。M&A実行の際に単独所有にする余地があるか。建物の場合は使用権原は何か。担保権の設定はないか。各種の法令上の制限はないかなどを確認していきます。書面による確認だけではなく,現地調査もする必要があります。土地の境界に争いはないか。近隣の住民との間でトラブルはないか。建物に重大な瑕疵はないかなどの書面だけでは発見が困難な法的リスクの発見につながるからです。

中小企業の場合,自社ビルを社長や社長が経営する関連会社に使用貸借している場合もあります。そのような場合は,M&Aに際しては,使用貸借を賃貸借に切り替えるなどの措置を講じる必要があります。

このほか,売り手が賃借をしている場合は,賃貸借契約の違反がないか,賃料の滞納などにより賃貸人とトラブルになっていないかなどを確認します。

 

モノに関する法務DD②:動産

動産については,数が多い一方,それぞれの価値が低廉な場合も多いのでどこまで法務DDを行うかは悩ましいところです。少なくともリースや賃借をしている動産についてはその権利関係を確認すること。自社の製品に譲渡担保等の設定(対抗要件の具備を含む)がないかなどは確認しておく必要があるでしょう。

 

次回の予告

本稿では,ヒトとモノに関する法務DDで注意すべき点についてご紹介いたしました。次回は,カネと情報に関する法務DDで注意すべき点についてご紹介しますのでご期待ください。

 

弁護士・中小企業診断士 武田宗久

M&Aを活用した事業承継も経営者保証が不要に

今回は、事業承継の大きな阻害要因となっている「経営者保証」を不要とする新たな信用保証制度である「事業承継特別保証制度」と活用メリットについて取り上げたいと思います。

 

過去の融資の9割は経営者保証付きのまま

経営者保証ガイドライン策定後、経営者保証のない新規融資は徐々に増加しています。しかし、依然として融資全体の約9割は引き続き経営者保証付きのままです。

一方、中小企業庁によると2025年には国内の中小企業経営者381万人のうち245万人が70歳以上となり、その約半数の127万人が後継者未定と推定しています。ところが、その22.7%は後継者候補がいるにも関わらず事業承継を拒否しているのです。その最大の理由は個人保証であり、全体の59.8%にものぼります。

 

事業承継時に経営者保証が不要となる制度をご存知ですか?

政府は事業承継を円滑化するため、既存の経営者保証付き融資の水準を適正化するため、更に踏み込んだ対策に乗り出しました。

2019年6月に閣議決定された「成長戦略実行計画」において経営者保証を不要とする新たな信用保証制度が創設されたのです。

この信用保証制度を「事業承継特別保証制度」といい2020年4月より運用が開始されています。

 

「事業承継特別保証制度」3つの特徴

この保証制度には次のような特徴があります。

①事業承継時に経営者保証が不要

②専門家による確認を受けた場合、信用保証料率が大幅に軽減される

③経営者保証付きの既存の借入金であっても、この制度を活用して経営者保証不要の借入に借換が可能

 

この保証制度は、全国の信用保証協会で取り扱われていますが、原則、金融機関からの事前相談が必要になっている場合が多いようです。

一見すると、良いこと尽くめの制度のようですが、利用するためには、①資産超過、②返済緩和債権なし、③一定の返済能力(EBITDA有利子負債倍率10倍以内※)等の一定の要件を満たす企業が対象になります。

 

※EBITDA有利子負債倍率 =(借入金・社債-現預金) ÷(営業利益+減価償却費)であらわされ、実質的な借入金をキャッシュフローにより何年で返済できるのかを表す指標です。

 

専門家「経営者保証コーディネーター」を活用しよう

3つの特徴で触れた専門家のことを「経営者保証コーディネーター」といいます。経済産業省の委託またはその再委託を受けて事業の承継に対する支援を行う機関である「事業承継ネットワーク地域事務局」が雇用する専門家です。東京都事業承継ネットワーク事務局の場合、「経営者保証コーディネーター」は、中小企業診断士あるいは公認会計士資格の保有者が担当しています。

「経営者保証コーディネーター」は、所定のチェックシートを使用した3つの要件を満たしているかどうかを所定のチェックや、金融機関との面談に同席してチェックシートの充足について説明を行う等の支援を行っています。

融資を受けようとする企業が「経営者保証コーディネーター」による確認を受けた場合、保証料が最大でゼロになるまで軽減されるという特典もあり、政府は積極的な利用を期待しているようです。

 

金融機関も積極的に取組みうる現実的な施策

事業承継特別保証制度では、原則禁止されている金融機関の既往の融資を信用保証協会の保証付き融資に借換へすることを例外的に認められており、経営者保証解除に伴う金融機関のリスクを保証協会が分担することになっています。金融機関にも配慮した設計となっており、金融機関の現場でも取り組みやすい制度になっているのではないでしょうか。

 

 

「中小企業成長促進法」の施行でスモールM&Aも促進される?

2020年10月に「中小企業成長促進法」(中小企業の事業承継の促進のための中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律等の一部を改正する法律)が施行され、既に運用が始まっている「事業承継特別保証制度」(保証限度額2億8,000万円)ではカバーできない融資に対して、さらに特別枠が創設されました。

これを受けて、全国信用保証協会連合会のHPでは経営者等のニーズに応じてきめ細かく細分化されたメニューを公表しています。

 

例)

「経営承継準備関連保証」

⇒ M&Aによる事業承継に必要な株式等や事業用資産の取得資金に利用できる

「特定経営承継関連保証」

⇒ 従業員をはじめとした事業を営んでいない個人による買収(EBO等)による

事業承継に必要な資金に利用できる

「経営承継借換関連保証」

⇒ 経営者保証付きの金融機関からの借入債務を経営者保証が不要とする融資に借り換えるために利用できる

 

<むすび>

2020年12月8日、政府は「国民の命とくらしを守る安心と希望のための総合経済対策」を閣議決定しました。コロナ禍による環境変化に対応しようとする中堅・中小企業による新規事業進出や事業転換等の取組に対する「事業再構築補助金」「税制優遇措置」等の創設などの支援策の策定が予定されています。これらの大型のコロナ禍対策も相俟って、新年は中小企業の「事業承継」だけでなく「事業転換」も進展しそうです。様々な支援制度を賢く活用して「事業転換」を進めたいですね。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

ぼくたちのM&A

みなさまこんにちは。例年なら、「インフルエンザが本格的に流行する季節ですね。気を付けましょう」なんて時候のあいさつをしていましたが、今年の冬は例年以上の警戒が必要な状況です。繰り返し言われていて耳にタコですが、とにかく手洗いとうがいには特に気を配りたいですね。

いつものように、M&Aで社長を目指す“ビジネスパーソン”ツナグの独り言からお聞きください。

 

ツナグ:
M&Aは、大まかにいうと会社を売買することになるわけだけど、そういえば会社の値段っていったいどうやって決まるんだろう?
普段僕らがお客さんに買ってもらう商品やサービスだと、かかったコストに利益を上乗せしたり、競合の値段と比較したり、お客さんの懐事情を想像したりして決めているけど、それが会社となると想像もつかないや。

会社の値段はどうやって決まるのか?

 

会社の売買代金の決め方にはたくさんの計算方法があり、売買する会社の規模や内容、売買する当事者同士で話し合って決めています。ここでは、中小企業のM&Aで使われている代表的なものを紹介します。

●コストアプローチ

コストアプローチは、売買する会社の現在の純資産から売買金額を求める方法です。メリットは、財務諸表をもとに算出できる、客観的に会社買収金額を求められる点が挙げられます。

一方で、デメリットもあります。それは、将来予想される利益が加味されていない点です。将来的成長が期待できるようなベンチャー企業では、コストアプローチは敬遠されます。そして、コストアプローチは、その計算根拠によって2種類に分かれます。一つは、時価純資産法、もう一つは、簿価純資産法です。

 

【時価純資産法】

時価純資産法は、時価総資産から時価負債を差し引いたものを根拠(時価純資産)として利用します。この方法では、時価をもとに再調達原価法を用いたり正味売却価格を求めたりして、各資産の時価総額を算出する仕組みです。

 

【簿価純資産法】

一方で、簿価純資産法は、貸借対照表上の純資産をそのまま根拠として売買金額を算出する方法です。この計算方法があまり利用されていない理由は、将来予想される利益が加味していない以外にも理由があります。中小企業の場合には、帳簿を粉飾していたり、負債隠しをしていたりするケースもちょくちょくあります。そのため、この手法を利用するのであればデューデリジェンスを徹底的に行い、簿価がどの程度正しいのかについて調べる必要があります。

 

ツナグ:
粉飾決算!?えーっ!そんなことちょくちょくあるんですかっ!?テレビの中だけの出来事だと思ってたよ。

 

●インカムアプローチ

インカムアプローチは、将来の収益性を基準に売買金額を算出する方法です。つまりその会社、事業が将来どれだけのお金を生み出すか?ということが論点になります。

メリットは、将来の収益を想定し、それを根拠に検討しますので、直接的に現在のデータを使うことはありません。ですから先ほどのコストアプローチのようにデューデリジェンスに神経を使う必要がないことです。

一方、デメリットは、買い手と売り手の間で事業の将来性に関する価値観にズレがあると、価格交渉が難航し、M&Aに至らないケースも多くみられます。

売り手側は、「御社の事業と当社の事業には、○○なシナジーがあるので、将来××の利益が得られますよ」と主張しますし、買い手側は、安く買いたいので「おっしゃられていることは一理あると思います。」「しかし、それを実現するには、今後も相当の追加投資が必要だとの認識ですね・・・簡単に回収できる投資案件であるとは経営層に説明ができないです。」などとお互いの利害が一致できる価格を探る交渉事になることは容易に想像できます。

インカムアプローチもその計算根拠に使う数値によって、DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)と配当還元法に分かれています。

 

ツナグ:
将来の収益性って・・・。買い手と売り手の意見が分かれそう。うちの課長なんて、僕の将来性をあきらかに低く見すぎてるっていつも感じるよ。

 

【DCF法]

DCF法は売買金額の算出方法として広く用いられている方法です。おおよそ5年間のフリーキャッシュフローを想定して計算根拠とします。フリーキャッシュフローにもいくつかの計算方法がありますが、ここでは省略します。

簡単に言うと、会社が経営のために自由に使えるお金。といったイメージです。この数値を現在価値に割り引き加味して売買価格とします。

 

【配当還元法】

配当還元法とは、将来の予想配当金を根拠に売買金額を算出する方法です。多くの会社が業績と配当金を連動させていることが多いため会社売買の根拠として利用することができます。

しかし、難点もあります。配当金金額は経営サイドが決められるため、会社売却に向けて現在のオーナーが、多くの配当金を支払う事例が数多く報告されており、現在はあまり利用されていない方法です。

 

ツナグ:
やっぱりなかなかいい方法ってないんだね。だから、なかなかM&Aって進まないのかな・・中古車やネットオークションみたいに相場なんかがあればいいんだろうけど。

 

特に小規模事業者の場合、オーナー社長の能力イコール会社そのものであることが多く、M&A後の業績低迷を心配して交渉が難航するというケースが少なくありません。社外から客観的な評価を受ける為には、普段から仕組みや組織力で会社を動かすことが重要と言われるのはこのためです。

本日も、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也