ブログ 月: 2022年4月

自社の事業を見直す経営改善計画②

実抜計画と合実計画

前回のコラムでも解説したように、経営改善計画には、実抜計画と合実計画の2つがあります。

実抜計画とは、「実」現可能性の高い「抜」本的な経営再建計画をいいます。ここにいう「実現可能性の高い」とは、

① 計画の実現に必要な関係者との同意が得られていること。

② 計画における債権放棄などの支援の額が確定しており、当該計画を超える追加的支援が必要と見込まれる状況でないこと。

③ 計画における売上高、費用及び利益の予測等の想定が十分に厳しいものとなっていること

「抜本的な」とは、具体的には、計画策定後おおむね3年後に債務者の区分が正常先となることを言います。

他方、合実計画とは、「合」理的かつ「実」現可能性の高い経営改善計画をいいます。ここにいう「合理的」とは、計画期間が5年以内(中小企業の場合は5年を超えおおむね10年以内)で、計画終了後に債務者の区分が正常先となるものをいいます(金融機関の支援を要することなく自助努力で事業継続が可能なときは要注意先でも差し支えありません)。

認定支援機関は主に中小企業の支援を行います。中小企業において合実計画は実抜計画とみなすとされていることから、認定支援機関は合実計画の策定に関与することが多いといえます。

 

経営改善計画にはどのような内容が記載されているのか

中小企業庁『認定支援機関による経営改善計画策定支援事業に関する手引き』では、経営改善計画策定支援事業の対象となる経営改善計画にはおおむね以下の内容の記載が想定されています。

① 債務者概況表

債務者概況表には、企業の事業内容、株主構成、役員構成、直近の決算書の概要、主たる債権者及び債権の額などが記載されます。いわばこの表をみれば企業の概況をおおむね理解することができるものです。

② ビジネスモデル俯瞰図

企業のビジネススキームを簡単にまとめた図で、企業が抱える問題点などの把握をすることができます。

③ 企業集団の状況

企業集団の状況とは、企業の資本関係(誰がいくら出資しているか)、金融取引関係(どの金融機関がいくら貸し付けているか)を図で記載したものです。

企業集団の状況からは、金融支援の対象となる企業の範囲、支援対象金融機関の範囲、窮状の責任がある関係者の特定などが明らかになります。

④ 資金実績表

直近1期と今期の資金状況(売上、借入、返済など)を月ごとに表にまとめたもので、企業の資金繰りの概要を把握することができます。

⑤ 経営改善施策(アクションプラン)及びモニタリング計画

債務超過・過重債務の解消を図るため、事業内容、業務内容、財務構造の見直しをするための施策とその実施時期について記載します。後述する計数計画は定量的なものであるのに対し、経営改善施策は、例えば、「人員整理による販管費の削減」といったように、定性的なものとなります。

また、計画策定後、経営改善計画の進捗・実行状況を把握し、計画と実績に乖離がないか、乖離がある場合は計画の修正の必要がないかなどのモニタリングを行います。このようなモニタリングを行う計画についても記載します。

⑥ 計数計画

計数計画とは、経営改善施策による改善効果を数値化した計画のことであり、施策実施後の借入金返済予定額を把握するために策定されます。

計数計画は、基本的には「損益計画(P/L)」、「貸借対照表計画(B/S)」、「キャッシュフロー計画(CF)」の財務3表を策定します(例外的に所定の場合は損益計画と簡易キャッシュフロー計画などを策定すれば足りる場合もあります。)。具体的には直近1~2期と各計画期における各種財務3表の数字の推移を記載することとなります。

計数計画によって企業による借入金の返済がどの程度可能かが判断されることとなります。したがって、計数計画の内容いかんによっては、合実計画・実抜計画の要件を充足しないこともありうるため、合理的な根拠に基づきつつも相当な計画を策定しなければなりません。なお、計数計画には、金融機関による支援も記載します。

⑦ 資産保全状況

資産保全状況とは、各金融機関が、企業の資産について設定している担保(抵当権など)の状況をまとめたもので、企業の資産がどの程度担保に供されているのかなどがあきらかになるものです。

⑧ 清算配当見込率

仮に現段階で企業が破産・清算した場合、各債権者に対してどれほどの配当が見込めるのかを記したものです。破産・清算の場合よりも経営改善による事業継続の方がより多くの返済が見込めるというのであれば、当該経営改善計画は、金融機関にとって合理的なものであるといえるため、支援が期待できることとなります。

 

認定支援機関による経営改善計画策定の支援

上記のように、経営改善計画に記載する内容は多岐にわたり、企業が自社の力だけで作成するのは容易ではありません。そこで、専門的、客観的な視点から認定支援機関による経営改善計画の策定の支援が必要になる場合があります。そして、支援に要する費用のうち3分の2については、公費による助成を受けることができます(経営改善計画策定支援事業(通称405事業)。なお、認定支援機関は、計画策定だけでなく、モニタリングの支援も行います。)。

 

次回の予告

次回は、金融機関による支援の具体的な内容、金融機関に経営改善計画を承認してもらうためのバンクミーティング、計画策定後のモニタリング等について解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

事業承継はM&Aの後工程が重要 ~M&Aは終わりが始まり「PMIの活用策」に注目

中小企業経営者の高齢化がすすんでいます。東京商工リサーチが公表した「全国社長の年齢調査」(2021年8月4日)によると全国の経営者の平均年齢は62.49歳と前年より0.33歳高齢化し、また、経営者の10歳ごとの年齢分布では、70代以上の構成比が31.8%で最多レンジとなるなど事業承継の深刻化が懸念されています。

一方、帝国データバンクが公表した「全国企業後継者不在率動向調査」(2021 年11月22日)(以下、「TDB動向調査」)によると全国・全業種約26.6万社における後継者動向では、後継者が「いない」または「未定」とした企業が16万社に上り後継者不在率は61.5%と高水準ながらも、2020年対比では3.6pt改善、2018年以降4年連続で不在率が低下しました。

これは調査を開始した2011年以降で最低水準であり、コロナ禍で事業環境が急激に変化するなか、高齢の経営者による後継者決定の動きが強まった結果ではないかといわれています。

 

1.事業承継先の変化 ~第三者承継の拡大

経営者の高齢化が深刻化するものの後継者難に改善の兆しが見えつつあるのには、どのような背景があるのでしょうか。

「TDB動向調査」では事業承継の方法について①同族承継、②内部昇格、③M&Aほか、④外部招聘などに項目分けして集計しています。全体で見るとまだまだ「同族承継」が38.3%と最も高くなっていますが、2017年以降5年間の変化で見ると、「同族承継」は3.3pt減少と緩やかに減少しつつあります。一方、③M&Aほかは17.4%ながら1.5pt増加するなど第三者承継は着実に増加しつつある傾向にあります。

地域金融機関による事業承継に対するプッシュ型のアプローチの推進、M&A支援機関やM&Aプラットフォーマーによる第三者承継の進展など民間の取組に加えて、政府による事業承継税制や「事業承継・引継ぎ補助金」などの支援策が拡充されたことが後継者問題解決・改善の前進に大きく寄与したものと考えられます。

 

2.事業承継後の課題の顕在化

M&Aなどの第三者承継が拡大するにしたがって、事業承継に係る課題も事業承継の実施自体から事業承継後の取組に重心がシフトしつつあります。

東京商工会議所が公表した「事業承継の取り組みと課題に関する実態アンケート報告書」(2021年2月26日)によると、買収における当初目的・期待効果の達成度について、「概ね達成した」という回答は46.3%ながら「一部達成」「ほとんど達成していない」を合わせると50.0%となっており、M&Aした後の期待効果に不満な経営者は少なくないことがわかります。当初目的・期待効果が達成できなかった理由(複数回答可)については①相手先の経営・組織体制が脆弱だった(25.7%)、②相乗効果が出なかった(18.9%)、③相手先の従業員が退職してしまった(10.8%)が上位3項目となっており、M&A後から事業承継後にかけての問題が顕在化していることがわかります。

 

 

3.中小M&Aで重要性を増すPMIと政府の支援策

こうしたM&A後に顕在化する課題解決のために、大企業では従来よりPMI(Post Merger Integration)の取組が重視されてきました。

PMIとは、M&A成立後に行われる統合作業であり、M&Aの目的を実現させ統合の効果を最大化するために必要なプロセスとされています。

しかし、中小企業のM&Aについてはマッチング等のM&Aの成立に向けた取組に関心が集まる一方で、M&Aによって引き継いだ事業の継続・成長に向けた統合やすり合わせ等の取組については、その重要性や取組についての中小企業の理解だけでなく、PMIを行う専門家等の人材や資金も不足している状況です。

こうした状況を受けて、政府は、中小企業におけるPMIの普及に向けて2022年3月17日に「中小PMI支援メニュー」を公表しました。

同支援メニューは、(1)中小PMIの「型」の提示、普及啓蒙、(2)PMIの実践機会の提供、(3)PMI支援を行う専門家の育成等の3つのメニューで構成されています。

 

(1)中小PMIの「型」の提示、普及啓蒙

①「中小PMIガイドライン」の策定

・中小企業におけるPMIの重要性や必要な取組に係る理解が不足している現状を踏まえ、事業を引き継ぐ譲受側がM&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引き。中小企業向けに譲受側・譲渡側の会社規模等、個社の状況に応じて参照しやすいよう、PMIの取組を【基礎編】と【発展編】に整理。

・支援機関が、支援先の企業が円滑に事業を引継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言をするために参照することも想定した構成となっている。

②PMIに関するセミナーや研修等の実施

・2022年度から中小企業や支援機関向けのPMIに関するセミナーや、事業承継・引継ぎ支援センターにおける譲受側向けPMI研修等を実施

 

(2)PMIの実践機会の提供(PMIに係る人材や資金等の確保に向けた支援策)

①事業承継・引継ぎ補助金等による支援 (2022年度から実施)

事業承継・引継ぎ補助金(2021年度補正予算)においてPMIに係る費用への補助を開始。更に、専門家による伴走支援等を検討。

②経営資源集約化税制による支援

経営力向上計画に基づいてM&Aを実施した場合、その後の設備投資に係る減税措置、簿外債務等のリスクに備えた準備金措置(損金算入)により支援を実施。

 

(3)PMI支援を行う専門家の育成等

①士業等専門家との連携(順次実施。今回第一弾を措置)

PMI支援について中小企業庁と士業等専門家との連携を強化。その第一弾として、中小企業診断協会と連携協定を締結し、PMI支援人材の育成や、事業承継・引継ぎ支援センターへの支援人材の紹介等を実施。

② 中小企業診断士に対するガイドライン理解促進の枠組みの導入

2022年度より中小企業診断士に対して中小PMIガイドラインの理解を促すための枠組み(試験、研修等)を検討し、結論を得られ次第速やかに実施。

 

なお、士業等の専門家の活用については、「事業承継ガイドライン」で会計士による財務デューデリジェンス、弁護士による法務デューデリジェンスなどの活用が例示されていましたが、PMIにおける士業連携の第一弾として経営コンサルタントの国家資格であり、事業計画策定や組織・人事、マーケティング、財務改善などに知見のある中小企業診断士の活用に踏みだしたのは新しい動きといえるでしょう。

 

 

3.まとめ

いうまでもなくM&Aは事業承継の一つの手段であり目的ではありません。やって終わりではなく、その成果こそ大切なのは言うまでもないでしょう。

事業承継(第二の創業)を実りあるものにするために、「中小PMI支援メニュー」をはじめとする各種支援策や中小企業診断士等の士業専門家の活用、など新たな動きに注目していきたいと思います。

 

【ご参考】

□中小PMI支援メニュー

https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220317005/20220317005-1.pdf

□中小PMIガイドライン

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf

□令和4年3月17日「中小企業の事業承継・引継ぎ支援に向けた中小企業庁と一般社団法人中小企業診断協会の連携について」

https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220317005/20220317005-2.pdf

 

中小企業診断士 伊藤一彦