ブログ 月: 2023年9月

事業再生にも使える特定調停①

法律の条文においてしばしば使われる「特定〇〇」

法律の条文でよく使われる言葉に「特定〇〇」というものがあります。これは、「〇〇のうち特別な規律が妥当するもの」といったニュアンスで用いられます。例えば「特定個人情報」(いわゆるマイナンバー)という言葉があります。個人情報保護法では、あらゆる個人情報を保護の対象としていますが、個人情報のうち、特定個人情報については、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆるマイナンバー法)という特別な規律が適用されます。

今回取り上げる特定調停もまた、民事調停のうち特別な規律が妥当する手続きです。

 

特定調停とは

調停という言葉になじみがない方もいるかもしれませんが、「公平中立な第三者(調停委員会)のもとで話し合いを行う」というイメージを持っておけばさしあたりは十分でしょう。

民事調停とは、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図る」(民事調停法第1条)というもので、要するに紛争を解決するために裁判所で話し合いを行うというものです。そして、特定調停とは、民事調停にいうところの「民事に関する紛争」のうち、「支払不能に陥るおそれのある債務者等の経済的再生に資するため、…このような債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を促進することを目的」として行われる調停をいいます(特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(以下「特定調停法」といいます。)第1条)。

すなわち、特定調停とは債務整理に特化した調停である一方、「債務者等の経済的再生」を企図する点で倒産手続の一つに位置づけられるものです。特定調停法上、特定調停は、個人・企業のいずれもが利用できる制度となっています。

個人の特定調停の利用例としては、新型コロナウイルスの影響での失業や、収入・売上が減少したことなどによって、債務の返済が困難になった個人が弁護士の支援のもとで特定調停を申立て、債務の大幅な減額を行う(いわゆるコロナ版ローン減免制度)というスキームもあります。

しかし、最近企業の事業再生にこの特定調停を利用するスキームの活用が進められています。今回からは、この特定調停を使用した企業の事業再生スキームについて解説をしていきたいと思います。

 

特定調停とバンクミーティング

「話し合いをするのであれば、わざわざ裁判所に行かなくてもバンクミーティングをすれば足りるのではないか」、このように考える方もいると思います。

確かに、特定調停は、バンクミーティングと同様に、金融債権(金融機関が債権者である債権をいいます。)を対象とするものです。また、特定調停は倒産手続に位置づけられるものの破産や民事再生とは異なり、特定調停を申し立てたという事実が官報に掲載されることはなく、非公開で行われます。そして、特定調停はあくまで「話し合い」であるため、債権者と債務者との間で合意が整わなければ調停が不成立となり、結局債務の整理ができないままとなります。これらの点からすれば、特定調停は私的整理の側面があり、バンクミーティングとあまり変わらないともいえます。

しかし、特定調停はバンクミーティングとは異なり、裁判所という公平中立な機関による調整が期待できることのほか、一定の強制的な要素もあります。まず、債権者が判決等の債務名義を有している場合であっても、「特定調停の成立を不能もしくは著しく困難にするおそれがあるとき、または特定調停の円滑な進行を妨げるおそれのあるとき」は強制執行の停止ができるとされており(特定調停法第7条第1項)、債務者たる企業としては安心して調停を進めていくことができます。

そして、当事者間である程度の合意ができているものの細部が煮詰まらないときや、特定の債権者が合意に応じない場合などは、裁判所(調停委員会)が、職権で、案件の解決のために必要と考える決定をして、調停条項に代わる内容を提示することができます(特定調停に代わる決定ないし17条決定といいます。特定調停法第17条。なお、当事者間で合意が整い、調停にて決定された内容を調停条項といいます。)。

特定調停に代わる決定は、告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てればその効力を失いますが、実務上、積極的な同意よりも、「異議を出さない」という消極的な同意の方が債権者としても受け入れやすい傾向があるため、活用されています。

調停条項や特定調停に代わる決定は、判決と同一の効力を有し、債権者による強制執行が可能となりますが(民事調停法第16条参照)、債権者からすれば判決と同様の効力があるから債務者が弁済をするであろうと考えるでしょうし、債務者からすれば強制執行をされるプレッシャーのもとで弁済に向けた堅実な経営を行っていく動機づけになるともいえます。

 

次回以降の予告

次回以降では、特定調停の具体的な流れや大阪地方裁判所での特定調停の運用、日弁連スキーム等について解説を行います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

令和5年税制改正は凄い!中小M&Aの後押し~オープンイノベーション促進税制と経営資源集約化税制の見直し

2023年4月に国内M&Aを後押しする2つの税制の見直しが行われました。

この2つの税制はどのように中小M&Aに活用できるのか、買い手もしくは仲介の立場からみてみましょう。

1.オープンイノベーション促進税制とは

オープンイノベーション促進税制は事業会社やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)からスタートアップ企業への出資を加速させる目的で、2020年(令和2年)税制に創設された制度です。

そもそもオープンイノベーションとは何でしょうか。2016年7月に公開された「オープンイノベーション白書(初版)」によると「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」と定義されています。

つまり、自前主義から脱却し、外部資源の活用や外部組織との連携を通じてイノベーションの創出やビジネスモデル変革などの取り組みを加速することです。

オープンイノベーション促進税制の対象となるのは、主に国内の大企業・中堅企業やCVCです。これらの企業がオープンイノベーションを目的として、スタートアップ企業の株式を取得する場合に取得価額の25%を課税所得から控除できる制度です。

所得控除の上限額は、1件当たり12.5億円以下(対象法人1社・1年度当たり125億円以下)となっており、かなりの大型出資を想定した内容となっています。

なお、適用を受けるためには、次の3つの要件を満たすことが条件となります。

①1件当たりの出資金額下限として、大企業は1億円、中小企業は1千万円(海外企業への出資は一律5億円)

②資本金増加を伴う現金出資(発行済株式の取得は対象外)、なお純投資は対象外

③取得株式の3年以上(※4)の保有を予定していること

2.オープンイノベーション促進税制の2023年度(令和5年度)改正内容

従来のオープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業への「新規出資」のみが対象となっていました。そのため、追加出資を望むスタートアップ企業や、既存株式の買い取りによる資本提携を計画している大企業などにとっては使い勝手が悪いものでした。

今回の改正により、これらの点が改善され、スタートアップ企業・大企業の双方にとって柔軟に活用できるようになりました。

【主な改正点】

(1)新規出資型の見直し(拡充)

過去にオープンイノベーション促進税制が適用されたスタートアップ企業への追加出資の場合でも、追加出資により議決権の過半数を有することになる場合は、適用対象になりました。つまり、追加出資により大企業がスタートアップ企業の経営権を獲得するような資本提携に踏み込むならば、税制優遇するということです。

(2)M&A型の新設

スタートアップ企業の成長に資するM&Aを後押しするため、増資に伴う新規発行株式だけでなく、M&Aによる発行済株式の取得に対しても税制の対象とする拡充が行われました。株式取得額が5億円以上、かつ、M&Aにより過半数の議決権取得を行った場合が対象となります。所得控除額は、発行済株式の取得価額の25%と新規出資の場合と同様ですが、上限額は1件あたり50億円と、新規出資の場合に対して4倍の金額まで認められます。

これらの施策は、中小企業同士でのM&Aよりは、大企業やCVCが中小企業をM&Aする場合に効果を発揮する税制です。

特に、既に株式を保有しているスタートアップ企業に対するM&Aであっても、以下の2要件を満たす場合には対象になる可能性があるので、オープンイノベーションを進めている企業はチェックしておきたいポイントです。

【追加出資によりM&Aをした場合に税制適用対象となる条件】

①M&A時点で議決権の過半数を有していないスタートアップ企業が対象であること

②今回の税制改正後のオープンイノベーション促進税制(新規出資型)の適用を受けていないスタートアップ企業が対象であること

オープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業を売り手、大企業やCVCを買い手とするM&Aを対象としたものですが、次章でご説明する経営資源集約化税制は、中小企業同士のM&Aが対象となる点で、より幅広く一般の中小M&Aに活用可能な制度といえるでしょう。

 

3.経営資源集約化税制の延長

経営資源集約化税制は、ウィズコロナ・ポストコロナ社会に向けて、地域経済・雇用を担おうとする中小企業による経営資源の集約化等を支援するため、2021年(令和3年)8月に施行された税制です。2023年度(令和5年度)税制改正で、適用期間が2年間延長されました。

税制の主な内容は、経営資源の集約化(M&A)によって生産性向上等を目指す、経営力向上計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づいてM&Aを実施した場合に、税制優遇が受けられる制度です。

具体的には、(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)、(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)の2つを柱とした内容です。

(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)

経営力向上計画に基づき、M&A後にM&Aの効果を高める設備を取得等した場合、投資額の10%を税額控除、または全額即時償却することができます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2025年(令和7年)3月31日まで。

(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)

事業承継等事前調査(財務・税務DD、法務DD等)に関する事項を記載した経営力向上計画の認定を受けた上で、計画に沿ってM&Aを実施した際に、M&A実施後に発生し得るリスク(簿外債務等)に備えるため、投資額の70%以下の金額を準備金として積み立て可能という制度です。積立金額は損金算入できます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2024年(令和6年)3月31日まで。

なお、経営力向上計画とは中小企業等が、人材育成やコスト管理のマネジメント、設備投資などの経営力を向上させるための事業計画のことです。中小企業等は事業所の所管大臣に申請し認定を受ける必要があります。

経営力向上計画にはA~Dの4つの類型がありますが、そのうちM&Aに関係するのはD類型です。D類型はM&A後に取得する設備のうちM&Aの効果を高める設備を取得するものですが、他に生産性向上に資する設備(A類型)、収益力強化に資する設備(B類型)、遠隔操作、可視化、自動制御化などのデジタル化を可能にする設備(C類型)があります。

経営力向上計画は、要件を充足した申請をすれば認定される比較的難易度が高くない計画ですが、M&Aを実施する事業年度内に認定を受ける必要があるため、社内リソースが十分でない中小企業が当事者であるため、専門家等の力を借りて実施することも検討する必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回はM&Aの買い手・仲介者目線で、M&Aの背中を後押しする税制についてお伝えしました。

オープンイノベーション促進税制や経営資源集約化税制など、企業規模やM&Aの目的に応じて有効な税制を理解し、適切に活用していきましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)