ブログ 月: 2024年6月

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか①

M&Aの交渉の際などに締結される秘密保持契約

M&Aのみならず、企業同士で業務提携をする場合、中小企業診断士が企業のコンサルティングをする場合のほか、従業員が退職する場合など、ビジネスにおいて自社の秘密情報が漏れないようにするため秘密保持契約が広く用いられています。

秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、企業が保有する顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製造方法、ノウハウなどの秘密情報を相手方に提供する場合に、相手方が情報を第三者に漏らすことを禁止することを企業が求める契約をいいます。企業は外部に知られたくない情報を多く保有する一方、さまざまな理由により当該情報を相手方に提供する必要が生じたときに秘密保持契約が締結されます。

企業としては、秘密保持契約を締結した以上、企業が保有する情報が守られると考えるのはある意味当然のことといえます。しかし、実際は秘密保持契約さえ締結すれば万全であるとは言い難いようにも思われます。

 

実際にはハードルが高い企業間の秘密保持契約における責任追及

秘密保持契約も契約である以上、当事者間に法的な拘束力が生じることはいうまでもありません。法的な拘束力が生じるということは通常契約に基づく義務違反があった場合は裁判所に対して訴訟という形で救済を求めることができることを意味します。具体的には、秘密情報の利用をやめさせる差止請求や秘密情報の利用によって生じた損害について損害賠償請求をするというものです。しかし、実際にはこれらの請求を求める旨の訴訟をするのは、なかなかハードルが高いようにも思われます。

例えば、秘密保持契約では、「本契約の履行にあたり、甲が秘密である旨を明示して開示する情報及び本契約の履行により生じる情報(以下『秘密情報』という。)を秘密として取り扱い、甲の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない」などと規定されます。

そうすると、相手方が秘密保持契約に基づく義務に違反したというためには、秘密情報を第三者に開示したことを主張・立証する必要があります。しかし、秘密情報を第三者が保有していたとしても、それが契約の相手方がいつ、どのような形で第三者に開示したのかを把握し、立証することは容易ではありません。第三者による秘密情報の第三者への開示は企業が知らないうちに行われることがほとんどであるからです。

また、仮に義務違反を主張・立証できたとしても、それに『よって』いかなる額の損害が企業に生じたのかを立証することもまた容易ではありません。

さらに、裁判所による手続を行うと相当の時間を要します。特に差止請求の場合は、裁判所による判断が出るまでの間、相手方は当該秘密情報を用いたり、第三者に開示したりすることができます。差止請求の場合は訴訟よりも比較的早く進む仮処分を行うことになりますが、それでも早くとも数か月を要することとなります。

 

秘密情報を狭く解釈した裁判例

上記のような主張・立証の問題や、裁判所における手続に要する時間の問題は、法的手続をとる際に検討を要する問題であり、秘密保持契約に固有の問題とはいえないとも思われます。しかし、秘密保持契約による義務違反の責任追及に関しては、以下のような問題もあります。

通常、秘密保持契約においては「『秘密情報』とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう」などと定義されます。

この定義であれば当事者が秘密であると明示すれば当然に秘密情報に該当するはずです。しかし、裁判例では、「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である」(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)としたものがあります。

この裁判例によれば、秘密保持契約における秘密とは、企業が秘密であると明示するだけでは足りず、不正競争防止法における営業秘密と同様の内容のものである必要があると裁判所は考えているのです。

いわば契約書に記載のない要件を付加しているという点で、この裁判例は注目すべきものということができます。

では、ここにいう不正競争防止法における営業秘密とはどのようなものをいうのでしょうか。この点については、次回に説明をしたいと思います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aの仲介手数料にご注意!~レーマン方式は1つじゃない

 

中小企業の間でも事業承継や事業のEXIT手法としてM&Aの活用は広がってきています。しかし、複雑な手続きや専門的な契約書の条件など、多くの事業者にとって独力でM&Aに取組むのは非常に高いハードルがあります。

こうした背景から、多くの企業はM&A専門会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)に相談することになります。しかし、M&Aが成立しても依頼した事業会社とM&A専門会社との間で、料金をめぐるトラブルが後を絶ちません。

今回は、M&Aの売り手・買い手の視点から、テレビCMでも有名になった「レーマン方式」という代表的なM&Aの料金計算方法にスポットを当ててご説明します。具体的なケースを用いて、計算方法の違いによってどの程度料金に差が生じるのかを考察してみましょう。

1. 中小M&Aガイドライン改定の契機にもなったM&Aの料金問題

中小企業庁は2023年9月に中小M&Aガイドラインを改定しました。背景には、事業承継の手段として中小M&Aが普及する一方で、M&A仲介やFAとの間で①手数料体系のわかりにくさ②支援の質のばらつき③契約の複雑さなどが原因でトラブルが頻発していることがあります。

特に、手数料体系については、中小M&Aガイドライン(改定版)で次のような点が指摘されています。

i)仲介者・FAの手数料は、成功報酬の算定方法が複雑な上、最低手数料の適用が各社各様であり適切に把握することが困難

ii)手数料算定法として「レーマン方式」が多用されているが「基準となる価額」については様々な手法があり、手法毎に報酬額が大きく変動し得る

こうしたことから、同ガイドラインでは、仲介者・FAは手数料に係る重要事項を仲介契約・FA契約締結前に、書面交付して説明することが義務付けられるようになりました。

2.「レーマン方式」とは

それでは手数料算定方法の代表格である「レーマン方式」とはどのようなものなのでしょうか?

「レーマン方式」とは、M&A専門のFAや仲介事業者の間で一般的に使われているM&A取引における成功報酬の体系です。取引金額に応じて報酬料率が変動する仕組みになっています。中小M&Aガイドライン(改定版)に例示されているものは次のようになっています。

(表1:レーマン方式の一例)

取引金額が5億円までの部分・・・5%

取引金額が5億円を超え10億円までの部分・・・4%

取引金額が10億円を超え50億円までの部分・・・3%

取引金額が50億円を超え100億円までの部分・・・2%

取引金額が100億円を超える部分・・・1%

取引金額が大きくなるにつれて、料率が徐々に低減していくという特徴があります。

株式譲渡によるM&Aの場合で、取引金額=株式譲渡代金という条件で成功報酬を計算すると次のようになります。

取引金額(株式譲渡代金):6億円

成功報酬:5億円×5%+1億円×4%=2,500円+400万円=2,900万円

着手金や中間金など成功報酬以外の料金が設定されている場合もありますが、単純化するためここでは省略します。

この株式譲渡代金を取引金額とする「レーマン方式」を「株価レーマン方式」と言います。しかし、実務においては「レーマン方式」には「4種類」のバリエーションがあり、適用される方式によって全く異なる料金となってしまうところに注意が必要です。

3.「4つのレーマン方式」で料金を試算すると?

(1)4種のレーマン方式

レーマン方式としては、一般的に活用されている方法として次のような方式があります。

方式によって何が取引金額の対象となっているのかを見てみましょう。

・株価レーマン方式:株式譲渡代金

・オーナー受取額レーマン方式:株式譲渡代金+経営株主からの借入金

・企業価値レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債

・移動総資産レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債+すべての負債(買掛金・未払金など)

(2)料金の試算

「レーマン方式」の種類によって、料金にどのような違いがでてくるのか具体例を基に見てみましょう。

【M&Aの前提条件】

株式譲渡代金:6億円

経営株主借入金:1億円

有利子負債:2億円

買掛金・未払い金など:1億円

レーマン方式の表は上記2の「表1:レーマン方式の一例」を使用します。

①株価レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%+株式譲渡代金1億円×4%=2,900万円

②オーナー受取額レーマン方式

 料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+経営株主借入金1億円)×4%=3,300万円

③企業価値レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円)×4%=3,700万円

④移動総資産レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円+買掛金・未払い金など1億円)×4%

=4,300万円

上記のように、料金は最も低額な株価レーマン方式の2,900万円から、最も高額な移動総資産レーマン方式の4,300万円まで1,400万円も差額が生じることになるのです。

4.実際にM&A専門会社と相談する際の留意点

上記のように、同じ取引であっても1,400万円もの差額が生じる可能性があるため、M&Aの仲介やFAを依頼する場合、どのような料金体系であるかをきちんと事前に確認することが重要です。

料金体系には「レーマン方式」の成功報酬の他に、着手金や中間金、リテイナーフィー(月額報酬)もあります。料金の見積もりを必ず書面で提示してもらいましょう。

中小M&Aガイドラインの改定と並行して、中小企業庁は「M&A支援登録機関」の制度を創設しました。これは本登録制度にあらかじめ登録されたもののみを事業承継・引継ぎ補助金の補助対象とする制度ですが、中小M&AガイドラインをM&A専門機関に遵守することを促すために導入された背景があります。

「M&A支援登録機関」登録さているM&A専門会社は、HPやパンフレットに「中小M&Aガイドライン」を遵守することが義務付けられており、料金体系については重要として説明することが求められているため透明性は高いといえるでしょう。

まずは、M&Aに相談する際には「M&A支援登録機関」であることの確認をされてみてはいかがでしょうか。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)