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M&A成功のカギを握るのは、PMIだ その2

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。

買い手企業は、買収した会社(事業)と自社事業との統合をうまくやることで、買収効果を最大限に引き出す必要があります。

このPMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

ツナグ:経営統合って、全体の方針を立案して関係者に根回しするだけかと思ってたら・・・「もっと詳細に詰めて再提出しろ!だなんて・・・・僕の長期休暇はいつとれるんだろう・・・。

 

ツナグさん、M&Aの重要なフェーズですから、机上の計画や方針だけでは物足らないのでしょうね。いずれにしてももうちょっとですから頑張っていきましょう!今回は、経営統合におけるタスクリストを作成するイメージで検討していきましょう。

 

管理面のタスクにはどんなことがあるのだろう?

管理面の代表例が組織です。

「組織は戦略に従う」という言葉があるように、今後の経営戦略との整合性が取れ、M&Aによるシナジー効果が最大限となるよう、組織を見直します。

例えば、技術面におけるシナジーの最大化を目指すのであれば、研究者の人的交流(親会社からの派遣または、親会社への出向)を検討することになります。また、先方の営業ネットワークを活用することが目的であれば、営業部門に責任者なり、マーケティング担当者を派遣することが必要になるでしょう。

 

組織変更をするということは人事面も?

組織変更と合わせて、その力が最大限に発揮できるよう、職務分掌や決裁権限の見直しが必要になるでしょう。取締役会があれば、取締役の過半数が買い手企業のプロパーとなるように人事配置を行い、スムーズな意思決定ができる体制を構築します。伴って、買い手企業の定款と齟齬がある場合などに、定款を変更する必要もあります。

クロージング当日に行われる臨時株主総会および臨時取締役会にて、役員および代表取締役の選任決議と合わせて定款変更決議も行ってしまうことが一般的ですね。

 

規程類・業務運用ルールも原則的には、親会社に合わせておく

就業規則や給与・退職金規程などの労務関連の規程に加えて、業務運用上の規程・ルールを買い手企業の運用に合わせる形で変更します。従業員さんの生活に直結することになるので、従前の規定と比べて不利益な内容の変更となる場合は、同意がなければ労働契約法第10条による合理性審査の規律が適用されますので、専門家に相談することをお勧めします。

 

社内外への情報発信も検討しましょう

金融機関にはもちろんのこと、重要な取引先への挨拶まわりなどは、あらかじめ、リストアップおよび優先順位を決定しておきます。そして、公表後のできるだけ早い段階でアポイントだけでもいれるようにします。このあたりでトラブルを起こすと、関係修復のために大きな労力が発生してしまいます。社外への公表は、プレスリリース、ホームページ上での告知などが一般的ですが、非上場中小企業の場合は、特に法的な制約はないため、必要に応じて自社で検討することになります。

 

 社内コミュニケーションも大切に

社外への公表から大きく遅れないタイミングで社内への公表も行います。この際、コミュニケーション内容に齟齬があると双方の従業員さんにいらぬ憶測や噂話を生んでしまい、こちらも後々に悪影響があるため、同じ文書で発信するようにしてください。

また、一定期間が経過した後でもよいので、双方の理解を深めるための対話の機会を企画するのもよいでしょう。

例えば、幹部同士の懇親会や、同様の部門同士の相互見学会、交流会などです。同様の部門同士が情報交換することで、シナジー効果だけでなく、従業員さんにも統合作業の当事者としてその重要性を認識してもらうことが期待できます。

 

まとめ

今回は、統合作業のポイントについて新人担当者のツナグと一緒にまなびました。M&Aは、売り手企業の従業員さんだけなでなく、買い手企業の従業員さんにとっても一大事です。そのため、早めの情報共有により不安を取り除き、信頼関係を醸成することが重要です。

意思決定プロセスや、統合の目的など双方の経営層が、直接双方の従業員に語り掛けることは、組織にとって重要な共通目的や貢献意欲の醸成に直結します。統合作業をうまく進めることができれば、関係者一同のモチベーションをアップさせることにも繋がり、副次的な効果も期待できることでしょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか②

不正競争防止法における営業秘密

前回のコラムにおいて、秘密保持契約における秘密とは、当事者が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(不正競争防止法第2条第6項)と同様の情報を意味するとした裁判例(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)をご紹介しました。今回はこの営業秘密についてもう少し詳しく解説をしたいと思います。

例えば、M&Aの交渉において買い手が売り手から入手した技術的な情報や顧客情報等を自社の事業のために利用した場合を想定してみましょう。売り手としては、当該情報こそが自社の強みであり、競争優位性のもととなっていることも十分考えられます。すなわち、仮に当該情報が競合に流出してしまうと場合によっては売り手の経営基盤が失われることにもなりかねません。

そこで、不正競争防止法は、所定の条件を満たした企業が保有する情報について、窃取等の不正の手段によって取得ないし使用したり、第三者に開示したりした者に対し、損害賠償請求や差止請求といった民事上の措置のほか、刑事罰の対象とすることとしています。ここにいう所定の条件を満たした企業が保有する情報が営業秘密にあたります。

 

営業秘密の3つの要件

不正競争防止法において、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうと定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。

この定義から、営業秘密として法的な保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

①秘密管理性:秘密として管理されていること

②有用性:有用な技術上又は営業上の情報であること

③非公知性:公然と知られていないこと

ここにいう、「秘密管理性」とは、情報にアクセスした者が当該情報について営業秘密であると客観的に認識できることをいうとされています。例えば、「部外秘」等といった記載がある場合や、アクセスするためには一定の権限が必要となるような設定がされているような場合がこれにあたります(その意味で当該情報がどのような形で管理されているのかも秘密管理性の重要な要素であるとされています。)。なお、営業秘密の管理については、経済産業省が策定した営業秘密管理指針が参考になります。

また、「有用性」とは、文字通り客観的に有用な情報であることを意味します。もっとも、有用性が要件とされている趣旨は、あくまで反社会的な情報を保護対象から外すという点にあります。このため、具体的な情報の立証が求められることは多くはなく、当該情報のおおよその内容が意味のあるものであれば基本的にこの要件は充足されるものとされています。

そして、「非公知性」とは、当該情報が実際に知られておらず、かつ情報の保有者の管理下以外において知られる可能性もないような状態であることをいいます。ただし、個々の情報それ自体はすでに広く知られている情報であっても、これらの情報の組合せることなどによって、非公知性が認められることもあります。(余談になりますが、企業が自社の技術を守るための方法として特許が考えられますが、特許はあくまで公開が前提ですので、特許出願の内容が公開されることによる模倣リスクを避けるため、あえて特許出願をせずに営業秘密とすることもあります。)

 

秘密保持契約の限界

今回は、平成24年の大阪地方裁判所の判決を踏まえ、不正競争防止法における営業秘密の意義について解説をしました。これらの解説の内容を踏まえると、不正競争防止法における営業秘密であれば秘密保持契約を締結しなくとも法的に保護される一方、秘密保持契約を締結しても営業秘密に該当しなければ法的な保護を受けることができないと考えた方もいるかもしれません。そのような考えは、必ずしも間違いであるとはいえないでしょう。

しかし、例えば秘密保持契約において具体的な情報(例えば「令和5年度の弊社顧客名簿記載の顧客の氏名及び住所」など)を適示したうえで、秘密に当たると定義した場合など、営業秘密としては保護されなくても秘密保持契約上保護されることもありうると考えます。

また、少なくともM&Aにおいて売り手に対し、買い手は秘密を不用意に第三者に開示することはないという信頼関係を構築していくうえでも秘密保持契約は一定の機能を有しているともいえます。

とはいえ、法的な保護にも限界があるうえ、そもそも一度漏洩された情報を再び秘密にすることは困難を伴うことから、売り手としては買い手に対し、開示する情報の内容、詳しさ、開示方法などについて慎重な検討をする必要があるといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

厚生労働省「えるぼし」認定を取得しました

株式会社ステラコンサルティングは、 2024年5月7日付で厚生労働省による女性活躍の推進に取り組む企業の認定制度「えるぼし」において2段階目の認定を受けました。

「えるぼし」は、女性活躍推進法に基づき、一般事業主行動計画の策定・届出を行った企業のうち、女性の活躍推進に関する取り組みの実施状況について一定の要件を満たした企業を認定する制度です。

当社は、「えるぼし」の5つの評価項目(採用、継続就労、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)のうち、4つの項目(採用、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)を達成し、2段階目の認定を受けました。

従業員が性別・年齢関係なく強みを発揮し成長できる職場環境を提供できるよう、引き続き取り組んでまいります。

 

2024年8月4日
株式会社ステラコンサルティング
代表取締役 木下 綾子

スモール M&A における悪質な取引と倫理基準の見直し

 1.はじめに

スモールM&A(企業の合併・買収)は、中小企業の事業承継や成長戦略の一環として重要な手段です。特に後継者不足や経営改善を目的とする中小企業にとって、M&Aは新たな事業展望を開く可能性を秘めています。しかし、M&Aが普及するにつれて、悪質なM&A仲介業者や投資会社が関与するトラブルが増加しており、これが市場全体の健全性に対する懸念を引き起こしています。今回取り上げるルシアンホールディングス事件と市場の反応を通じて、スモールM&Aにおける倫理問題と、今後求められる倫理基準の見直しについて考察します。

2.ルシアンホールディングス事件の概要

東京都千代田区に本社を置くルシアンホールディングスは、2021年から2023年にかけて全国の中小企業37社に対して悪質なM&Aを行いました。同社の手口は、まず経営不振に陥った企業を対象に、M&A仲介業者を通じて買収を持ちかけることから始まります。彼らは「事業再生」を強みとする事業者であることをセールスポイントとして、企業経営者に対して安心感を与え、買収を持ちかけます。しかし、実際には買収後、役員報酬を過大に設定し、売り手企業の資金を吸い上げた上で連絡を絶つという手口を繰り返したそうです。

この事件で被害を受けた売り手企業の経営者たちは「被害者の会」を結成し、警視庁に相談する事態にまで発展しました。この事件は、スモールM&Aにおける悪質な手法の実態を明らかにし、企業とその経営者に対する深刻な被害をもたらしました。

3.市場の反応と倫理基準の問題

ルシアンホールディングス事件の報道が広がる中で、M&A仲介業界全体に対する信頼が揺らぎました。特に、2024年6月10日にはM&A仲介大手の株価が急落しました。これは、政府が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の2024年改訂版案において、M&A仲介者の利益相反構造や高額な最低手数料に対する問題が指摘されたことが一因となったといわれています。M&A総研ホールディングス(HD)の株価は特に大きく下落し、17.9%の下落率を記録しました。

2024年改訂版案では、M&A仲介業者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る「両手取引」の問題が強調されています。この構造は、仲介業者が売り手・買い手どちらのクライアントの利益を優先するかという利益相反のリスクを内包しています。特に、買い手側の利益が優先されるケースが多く、売り手の企業価値が過小評価される危険性があります。例えば、M&A総研HD傘下のM&A総合研究所が行った「資本提携に関するご面談の依頼」というダイレクトメッセージが、実際には架空の資本提携先を斡旋していたとして問題視されています。これにより、仲介業者の信頼性がさらに低下し、業界全体に対する批判が高まりました。

4.今後の課題と倫理基準の見直し

スモールM&Aの健全な発展と市場の信頼回復には、仲介業者や買い手の倫理基準の見直しが不可欠です。中小企業庁は現在、「中小M&Aガイドライン見直し検討小委員会」を通じて、手数料体系の開示や最低手数料の透明化を検討しています。これにより、仲介業者がクライアントに対して公正な取引を提供することが求められます。また、自主規制の強化も重要な課題であり、特に利益相反のリスクを減少させるための具体的なガイドラインの策定が必要です。

一部の業界関係者は、新たな規制が業界全体の成長にマイナスの影響を及ぼすのではないかと懸念しているようです。しかし、長期的には透明性と公正性の向上が業界全体の信頼性を高め、持続可能な成長を支えると考えられます。特に、M&A仲介業者が提供するサービスの内容とその対価について明確に説明することが求められます。これにより、クライアントが自分たちの取引が適正なものであるかを判断できるようになります。

5.おわりに 

スモールM&Aは中小企業の再編や成長において重要な手段ですが、悪質な取引が存在することも事実です。今後の市場の健全化と持続可能な成長を実現するためには、M&A仲介業者や買い手企業の倫理基準の向上が不可欠です。政府や業界団体が規制強化とガイドラインの見直しを進める中で、売り手企業とその従業員の保護が一層重要になります。倫理的な取引の実現に向けて、業界全体が協力して取り組むことが求められます。

【参考文献】

  1. 「M&A」名目で中小企業に入り込みカネを巻き上げ…悪質投資会社の手口とは 全国で相次ぐ被害. 東京新聞. 2024年5月3日. https://www.tokyo-np.co.jp/article/324892
  2. 6月10日にM&A仲介大手の株価が一斉に急落する事態が起きた. 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/762514

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。つまり、買収した会社や事業を既存の会社や事業にどのように統合し、効果を最大限に引き出すための作業を指します。

PMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:なんとか契約とステークホルダーへの報告を残すところまでこぎつけたね。長ったけど、もうすぐ、終わりかと思うと少し寂しい気もするなぁ。

ツナグさん、一息つく暇なんてないですよ。これからが、私たちの見せ場と言ってもよいかもしれません。買収後の経営統合作業が始まりますよ。クロージングなどの手配を進めつつも契約完了後の進め方などについて、誰とどのように進めるか社内関係者とともに、計画を立てていきましょう。

ツナグ:えーっ。ひと段落するだろうから、この機会に長期休暇でも取ろうと思ってたのに・・・。

PMIの3つのステップ

まずは、統合方針を決定しましょう。

どの程度のスピード感で統合するのか?どのような手順・スキームで統合するのか?など、全体の方針を決定しましょう。DDの段階で、早めに手を打つ必要が明らかになっているテーマや、それぞれの従業員の感情など総合的に検討する必要があります。

次に、ランディング・プランへの落とし込みを行います。クロージング後の数か月程度の間に行うべきことを、小さなタスクに整理し、それぞれのタスクを誰が、いつ、どのように、いくらで、いつまでに完了させるのかをまとめましょう。プランについて双方の組織で合意・承認が取れたら、早速実行に移します。各作業がスタートしたら、その進捗状況や評価、修正など、継続的な管理を行い、関係者間で共有します。つまり、統合後の事業計画を策定し、PDCAサイクルにて計画遂行のレベルを上げていくイメージです。

早いに越したことはない

ツナグ:まだ、DD(デューデリジェンス)が終わったばかりなのに、クロージング後の作業のタスク化までやるんですか?!

はい。なぜなら、PMIは早いに越したことはないからです。

ある調査によると、「M&Aの成果が事前期待を上回った」と答える経営者の6割以上が、基本合意やDD実施期間中からこのPMIについて準備したと答えています。個人的な経験で恐縮ですが、被買収企業では、基本合意フェーズあたりから、将来への準備、新しい取り組みやチャレンジングな取り組みがやりづらくなります。その背景には、経営統合後の経営方針が不透明なため、大きな投資や方向転換などがしづらくなるからです。その結果、統合作業を始めようとした段階では、従業員はじめ、事業の勢いが低下傾向となってしまうのです。早くからPMIに着手した経営者が期待以上の成果を上げているのは、事業の停滞期がないため、引き継いだ直後から前向きな事業運営に取り組めるからです。

統合方針は、2軸で考える

統合方針を決定する上でまず、検討すべきは、“どの程度のシナジーを求めるか?”です。最大限にシナジー効果を求めるのであれば、よりコントローラブルな“吸収型統合”を目指すことになります。具体的には、吸収合併や吸収分割、事業譲渡などのスキームを採用し、各種制度やシステムは、買い手側のものをそのまま適用させます。これにより、いろいろな調整などが不要となり、スピード感ある統合が可能です。一方で、双方の現場が混乱し、従業員のモチベーションが下がる可能性が高まる恐れがありますので、慎重に検討しましょう。

統合によるシナジーが小さくてもよいのであれば、統合の負荷が小さい“連邦型統合”を目指すことになります。これは、吸収型統合とは正反対に、売り手企業の経営体制、経営方針に大きな変更は加えず、独立性を尊重する方法です。買い手企業は、数名の役員と補強すべき部門があれば、必要なノウハウを持つ従業員を派遣するにとどめます。統合作業の負荷が小さい一方で、シナジー効果は得にくいため、買い手企業にとって、全くの異業種や売り手企業の業績が好調の際の選択肢と言えそうです。

3つ目の方針は、上述二つの中間的な統合方針になります。吸収してしまうほどではないが、一定の役員や従業員を派遣し、大胆な事業のテコ入れや買い手企業サイドでうまくいっている方針やシステムを持ち込む方法です。業績不振の同業者との統合など、買い手側に事業再生のための優れたノウハウなどがある場合などに適した方法です。一方で売り手側の従業員の不満による離職などのトラブルが起きるリスクがあるため、注意が必要です。

まとめ

今回は、統合作業についてツナグと一緒に学びました。繰り返しになりますが、統合方針は、M&Aを検討し始めたフェーズで仮説を設定し、DDで検証するくらいのイメージが必要だとお考え下さい。特に、吸収型のM&Aや経営支配を強めるのであれば、早めに方針を決定し、基本合意をしたあたりで売り手企業側にも情報共有することも検討しましょう。情報共有がスムーズにできれば、売り手側では、効果的な投資や統合後に向けた準備作業も行うことができ、逆に、従業員のモチベーションをアップさせることもできるからです。

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中小企業診断士 山本哲也

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか①

M&Aの交渉の際などに締結される秘密保持契約

M&Aのみならず、企業同士で業務提携をする場合、中小企業診断士が企業のコンサルティングをする場合のほか、従業員が退職する場合など、ビジネスにおいて自社の秘密情報が漏れないようにするため秘密保持契約が広く用いられています。

秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、企業が保有する顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製造方法、ノウハウなどの秘密情報を相手方に提供する場合に、相手方が情報を第三者に漏らすことを禁止することを企業が求める契約をいいます。企業は外部に知られたくない情報を多く保有する一方、さまざまな理由により当該情報を相手方に提供する必要が生じたときに秘密保持契約が締結されます。

企業としては、秘密保持契約を締結した以上、企業が保有する情報が守られると考えるのはある意味当然のことといえます。しかし、実際は秘密保持契約さえ締結すれば万全であるとは言い難いようにも思われます。

 

実際にはハードルが高い企業間の秘密保持契約における責任追及

秘密保持契約も契約である以上、当事者間に法的な拘束力が生じることはいうまでもありません。法的な拘束力が生じるということは通常契約に基づく義務違反があった場合は裁判所に対して訴訟という形で救済を求めることができることを意味します。具体的には、秘密情報の利用をやめさせる差止請求や秘密情報の利用によって生じた損害について損害賠償請求をするというものです。しかし、実際にはこれらの請求を求める旨の訴訟をするのは、なかなかハードルが高いようにも思われます。

例えば、秘密保持契約では、「本契約の履行にあたり、甲が秘密である旨を明示して開示する情報及び本契約の履行により生じる情報(以下『秘密情報』という。)を秘密として取り扱い、甲の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない」などと規定されます。

そうすると、相手方が秘密保持契約に基づく義務に違反したというためには、秘密情報を第三者に開示したことを主張・立証する必要があります。しかし、秘密情報を第三者が保有していたとしても、それが契約の相手方がいつ、どのような形で第三者に開示したのかを把握し、立証することは容易ではありません。第三者による秘密情報の第三者への開示は企業が知らないうちに行われることがほとんどであるからです。

また、仮に義務違反を主張・立証できたとしても、それに『よって』いかなる額の損害が企業に生じたのかを立証することもまた容易ではありません。

さらに、裁判所による手続を行うと相当の時間を要します。特に差止請求の場合は、裁判所による判断が出るまでの間、相手方は当該秘密情報を用いたり、第三者に開示したりすることができます。差止請求の場合は訴訟よりも比較的早く進む仮処分を行うことになりますが、それでも早くとも数か月を要することとなります。

 

秘密情報を狭く解釈した裁判例

上記のような主張・立証の問題や、裁判所における手続に要する時間の問題は、法的手続をとる際に検討を要する問題であり、秘密保持契約に固有の問題とはいえないとも思われます。しかし、秘密保持契約による義務違反の責任追及に関しては、以下のような問題もあります。

通常、秘密保持契約においては「『秘密情報』とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう」などと定義されます。

この定義であれば当事者が秘密であると明示すれば当然に秘密情報に該当するはずです。しかし、裁判例では、「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である」(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)としたものがあります。

この裁判例によれば、秘密保持契約における秘密とは、企業が秘密であると明示するだけでは足りず、不正競争防止法における営業秘密と同様の内容のものである必要があると裁判所は考えているのです。

いわば契約書に記載のない要件を付加しているという点で、この裁判例は注目すべきものということができます。

では、ここにいう不正競争防止法における営業秘密とはどのようなものをいうのでしょうか。この点については、次回に説明をしたいと思います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aの仲介手数料にご注意!~レーマン方式は1つじゃない

 

中小企業の間でも事業承継や事業のEXIT手法としてM&Aの活用は広がってきています。しかし、複雑な手続きや専門的な契約書の条件など、多くの事業者にとって独力でM&Aに取組むのは非常に高いハードルがあります。

こうした背景から、多くの企業はM&A専門会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)に相談することになります。しかし、M&Aが成立しても依頼した事業会社とM&A専門会社との間で、料金をめぐるトラブルが後を絶ちません。

今回は、M&Aの売り手・買い手の視点から、テレビCMでも有名になった「レーマン方式」という代表的なM&Aの料金計算方法にスポットを当ててご説明します。具体的なケースを用いて、計算方法の違いによってどの程度料金に差が生じるのかを考察してみましょう。

1. 中小M&Aガイドライン改定の契機にもなったM&Aの料金問題

中小企業庁は2023年9月に中小M&Aガイドラインを改定しました。背景には、事業承継の手段として中小M&Aが普及する一方で、M&A仲介やFAとの間で①手数料体系のわかりにくさ②支援の質のばらつき③契約の複雑さなどが原因でトラブルが頻発していることがあります。

特に、手数料体系については、中小M&Aガイドライン(改定版)で次のような点が指摘されています。

i)仲介者・FAの手数料は、成功報酬の算定方法が複雑な上、最低手数料の適用が各社各様であり適切に把握することが困難

ii)手数料算定法として「レーマン方式」が多用されているが「基準となる価額」については様々な手法があり、手法毎に報酬額が大きく変動し得る

こうしたことから、同ガイドラインでは、仲介者・FAは手数料に係る重要事項を仲介契約・FA契約締結前に、書面交付して説明することが義務付けられるようになりました。

2.「レーマン方式」とは

それでは手数料算定方法の代表格である「レーマン方式」とはどのようなものなのでしょうか?

「レーマン方式」とは、M&A専門のFAや仲介事業者の間で一般的に使われているM&A取引における成功報酬の体系です。取引金額に応じて報酬料率が変動する仕組みになっています。中小M&Aガイドライン(改定版)に例示されているものは次のようになっています。

(表1:レーマン方式の一例)

取引金額が5億円までの部分・・・5%

取引金額が5億円を超え10億円までの部分・・・4%

取引金額が10億円を超え50億円までの部分・・・3%

取引金額が50億円を超え100億円までの部分・・・2%

取引金額が100億円を超える部分・・・1%

取引金額が大きくなるにつれて、料率が徐々に低減していくという特徴があります。

株式譲渡によるM&Aの場合で、取引金額=株式譲渡代金という条件で成功報酬を計算すると次のようになります。

取引金額(株式譲渡代金):6億円

成功報酬:5億円×5%+1億円×4%=2,500円+400万円=2,900万円

着手金や中間金など成功報酬以外の料金が設定されている場合もありますが、単純化するためここでは省略します。

この株式譲渡代金を取引金額とする「レーマン方式」を「株価レーマン方式」と言います。しかし、実務においては「レーマン方式」には「4種類」のバリエーションがあり、適用される方式によって全く異なる料金となってしまうところに注意が必要です。

3.「4つのレーマン方式」で料金を試算すると?

(1)4種のレーマン方式

レーマン方式としては、一般的に活用されている方法として次のような方式があります。

方式によって何が取引金額の対象となっているのかを見てみましょう。

・株価レーマン方式:株式譲渡代金

・オーナー受取額レーマン方式:株式譲渡代金+経営株主からの借入金

・企業価値レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債

・移動総資産レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債+すべての負債(買掛金・未払金など)

(2)料金の試算

「レーマン方式」の種類によって、料金にどのような違いがでてくるのか具体例を基に見てみましょう。

【M&Aの前提条件】

株式譲渡代金:6億円

経営株主借入金:1億円

有利子負債:2億円

買掛金・未払い金など:1億円

レーマン方式の表は上記2の「表1:レーマン方式の一例」を使用します。

①株価レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%+株式譲渡代金1億円×4%=2,900万円

②オーナー受取額レーマン方式

 料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+経営株主借入金1億円)×4%=3,300万円

③企業価値レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円)×4%=3,700万円

④移動総資産レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円+買掛金・未払い金など1億円)×4%

=4,300万円

上記のように、料金は最も低額な株価レーマン方式の2,900万円から、最も高額な移動総資産レーマン方式の4,300万円まで1,400万円も差額が生じることになるのです。

4.実際にM&A専門会社と相談する際の留意点

上記のように、同じ取引であっても1,400万円もの差額が生じる可能性があるため、M&Aの仲介やFAを依頼する場合、どのような料金体系であるかをきちんと事前に確認することが重要です。

料金体系には「レーマン方式」の成功報酬の他に、着手金や中間金、リテイナーフィー(月額報酬)もあります。料金の見積もりを必ず書面で提示してもらいましょう。

中小M&Aガイドラインの改定と並行して、中小企業庁は「M&A支援登録機関」の制度を創設しました。これは本登録制度にあらかじめ登録されたもののみを事業承継・引継ぎ補助金の補助対象とする制度ですが、中小M&AガイドラインをM&A専門機関に遵守することを促すために導入された背景があります。

「M&A支援登録機関」登録さているM&A専門会社は、HPやパンフレットに「中小M&Aガイドライン」を遵守することが義務付けられており、料金体系については重要として説明することが求められているため透明性は高いといえるでしょう。

まずは、M&Aに相談する際には「M&A支援登録機関」であることの確認をされてみてはいかがでしょうか。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスを成功させるポイント その6(人事DD)

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において非常に重要な手続きで、取引の成否を左右する要素です。今回は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:今回は、人事DDのお話だけど。ここが一番やっかいというか、たいへんだなって感じているんだ。だって、「企業は人なり」っていう有名な格言があるくらいだから。慎重にしなきゃいけないでしょ?苦手なんだよね・・・。

 

人事DDの留意点

確かに、ツナグさんの言う通りですね。とても重大なフェーズであることは間違いありません。なぜなら、これまでの買収先の業績を支えてきた、大切な人材ですからね。そして、これから私たちと一緒に、これまで以上の力を発揮していただきたいわけですから。

ただ、一方で、人事DDは非常に広範なため、優先順位を設定して、範囲を限定しリスクをとる姿勢も大切になります。たとえば、他のDD結果の分析などから発生確率が高いと思われる分野かつハイリスクなテーマや合併の戦略的目標に直結するテーマに焦点を当てて、優先的に取り組むことが考えられます。逆に言うと、調査コストとリスクの大きさを比較検討した上で調査範囲を決定することも必要と言えます。
また、全ての情報を一度に集めようとするのではなく、段階を踏んで情報を収集します。初期段階での高レベルの分析から始め、必要に応じてさらに詳細な調査に進むという方法です。

 

人事DDの代表的な調査テーマ

人事DDの一般的な範囲は、以下の通りですが、特に、将来の業績見通しに直結するような賃金制度、残業代や社会保険料未払い分の支払いなど、臨時の支出発生など財務面には十分注意してください。また、労働関連法規や契約違反、契約不備など法的なリスクについては、法令違反、罰金、賠償、ブランド毀損などの恐れがありますので、見落とさないよう、優先度を上げた対応が必要です。

 

・人員構成や人件費

部門ごとの従業員の人数、年齢、性別、勤続年数、職務内容、労働条件を詳細に把握します。給与については、その内訳や水準、支給ルールについて調査します。退職金制度や福利厚生(健康保険組合、厚生年金基金を含む)などの給与以外についてももれなく行います。また、役員退職慰労金制度や役員の生命保険加入状況、残業代の未払いやパートの社会保険未加入問題などへの注意が必要です。
特に、労働条件については、経営統合後の調整業務が避けて通れないテーマになる可能性が大きいテーマですので、その違いの把握はしっかり行いましょう。

・組織構造と職務権限について

組織構造、各組織の職務権限、職務分掌について確認します。組織図と実際の業務運営が一致していないケースも見受けられますので、直接ヒアリングなども必要に応じて実施します。例えば、小さな組織では、指揮命令系統や職務分担があいまいなことも多く、改善作業が必要になることがあります。
さらに、統合作業や統合後のシナジーの実現にかかわるキーパーソンについては、特に把握しておきたいポイントです。売り手企業の従業員さんのモチベーションや退職意向など、本人はもとより、周辺からの聞き取りなども慎重に行うようにしましょう。

・労使関係

労働組合の有無や加入状況はもとより、過去の労使交渉の記録など。統合作業中、統合後の経営への影響を把握してください。また、労働協約や労使問協定についても漏らさず確認しましょう。

 

専門家やITの活用

人事DDについては、他のDDに比べて、いろいろな面で専門性が高く、繊細なテーマですので、専門家との連携は不可欠とお考え下さい。例えば、労働関連法規に関する内容については、労働分野を専門とする弁護士や社会保険労務士が適任でしょう。また、給与、退職金、年金などの計算については、社会保険労務士や会計士へ依頼することが検討できます。

加えて、従業員数が多いケースでは、クラウドサービスなどを活用することも検討してください。情報の一元化および、迅速な分析が可能になります。現状の把握だけではなく、今後の人件費推移などの予測にも非常に役立つサービスが提供されています。もし、自社で活用しているサービスがなければ、これを機会に導入することも検討すべきです。

 

まとめ

今回は、人事DDに絞ってツナグと一緒に学びました。人事DDでは、上述の通り、内容によっては、一定程度過去に遡ることも、未来を予測することも必要なため、その調査・分析範囲は膨大です。ポイントは、優先度の高いところから、順に調査すること、そして、許容できるリスクの大きさや種類について、あらかじめ、検討・設定しておくことです。
なんらかのリスクが見つかった場合の対応策については、次回、ツナグも交えて、一緒に学びたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&Aの目的達成に不可欠なPMI

M&Aの成立はゴールではなくスタート

買い手にとって、M&Aが成立してもそれだけでは安心することはできません。なぜならば、仮に問題なくM&Aが成立したとしても、M&Aにあたって買い手が検討していた目的を達成するためには、自社と売り手とをどのようにして統合していくのかが問題となるからです。

そして、買い手が売り手の企業をどのようにして統合していくのかはM&Aが成立してから検討するのでは遅きに失し、むしろM&Aが成立するに至る過程において検討すべき課題であるともいえます。

この点に関し、今回はPMIを取り上げたいと思います。

 

PMIとは

PMI(POST MERGER INTEGRATION)とは、一般に、買収や合併といったM&Aの実行後に生じるシナジー効果により企業価値を最大限に向上させることを目的とする統合プロセス全体を意味します。

例えば、買い手が示した今後の経営の方向性が売り手のこれまでの事業の進め方をいたずらに否定するものであったため、従業員が不安に思い大量離職が生じてしまったり、取引先と取引条件について改善をしようと交渉を試みるものの、これまでの経緯を売り手経営者から十分に確認していなかったため交渉が難航したりするということが、往々にして起こりがちです。これらのような事態は、PMIが不適切であったことに起因するものと考えられます。

 

PMIはどのようにして進めていくのか

PMIの開始時期については、M&Aの成果を感じている買い手ほど、基本合意の締結やDDを実施している期間といった早期の段階でPMIを視野に入れた検討に着手している傾向があるとの指摘があります。M&Aをするかどうかの検討を買い手が行う際にM&A後の体制について検討を行うことはある意味自然なことともいえます。

PMIにあたって検討すべき要素としておおむね以下のようなものを挙げることができます。

 

① 経営統合

理念・戦略やマネジメントフレームを統合することです。そのためには、まず何のためにM&Aするのかを見える化し、関係者に対して具体的に説明できるようにすることが必要となってきます。

M&Aにより今後進めていきたい経営の方向性を売り手の関係者はもちろんのこと自社内外の関係者に伝えることができれば、信頼関係を構築することにつながっていきます。

② 信頼関係構築

売り手の現経営者や従業員のほか、取引先との信頼関係をいかにして構築していくのかということです。

売り手の現経営者に対しては、第一にこれまでの経営方針や取組等について否定するのではなく傾聴し、これまでの路線を踏襲・深化・発展させて行くことを表明するなど、これまでの努力や感情を損なわないようなコミュニケーションを心がけることが重要であるといえます。そのうえで、売り手経営者の処遇(引継期間における役職・役割、報酬、在籍期間等)について、引継期間などは柔軟な対応をする余地を残しつつも覚書などを作成して明確にします。

売り手の従業員に対しても、これまでを否定するのではなくM&Aによりさらに発展させることを伝えるとともに、売り手経営者と買い手経営者が同席した説明会を行い、M&Aに至った経緯や従業員に対する売り手経営者の感謝や買い手経営者による今後の経営の方向性や従業員の処遇などを丁寧に説明することなどが考えられます。

取引先についても、売り手が行っている取引について、取引先の信頼を得て取引を継続することが重要になるため、基本的には現経営者や従業員と同様のアプローチとなりますが、信用不安を生じさせることがないように、そのタイミングについては慎重を期す必要があります。具体的には、M&A成立前において継続する取引の取引条件等を正確に把握(特にチェンジオブコントロール条項などには注意が必要です。)したうえで、M&A成立直後に速やかに売り手と買い手経営者があいさつ回りを行うというイメージとなろうかと思います。

③ 業務統合

売り手からの業務の引継については、DDや現経営者からの聞き取りを通じて業務の現状を把握しM&A成立後に改善すべき点を明確にします。改善すべき点を把握するにあたっては、売り手経営者や一部の従業員のみに属人化している業務があることや、業務に関する規程や帳票等が存在か存在していても形骸化していることがあることにも留意する必要があります。

 

買い手経営者だけでなく支援専門家も意識すべきPMI

今回はPMIのごく基本的な内容について解説をしました。M&Aに関与する専門家からすると、これまではM&Aの成立後を具体的に意識するという場面は必ずしも多くはなかったのではないでしょうか。その意味では、PMIの視点は買い手経営者だけではなくM&Aを支援する専門家にとっても重要なものといえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

スモールM&Aと「売り手」の情報管理上の留意点

M&Aを進める上で重要なポイントの1つに「情報管理」があります。特に、スモールM&Aの場合、売り手は中小企業や個人事業主であるため、大企業のような情報管理の体制整備がなされていないことが多いようです。情報漏洩は、順調に進捗していたM&Aの交渉が破談になるなどの影響が生じるばかりでなく、従業員の離職や顧客との取引停止など、日常業務における情報漏洩以上に事業に与える影響が甚大になるリスクがあります。

今回は、売り手が中小企業や個人事業主のケースM&Aにおける情報管理について、留意すべき点を考察していきましょう。

 

1.売り手情報はM&Aの成否を決める重要ファクター

スモールM&Aにおける情報の発信源は、基本的に売り手です。買い手も「こういう企業、事業を買いたい」という情報を発信していることもありますが、特定の会社・事業ではなく、買い手の事業展開に資するような事業内容であったり、その事業規模であったり、M&A対象先の「目線」を指示していることが多いようです。

ところが売り手のM&A情報は、“売り物”が自社であるため、自社の役員や従業員などの“身内”はもとより、株主や顧客などのステークホルダーにとっても、“売りたい”という情報自体が関係者に重要な意味を持ちます。適切なタイミングで適切な内容を伝えないと、関係者に重大な不安や動揺を生じさせることになるのです。役員・従業員の離職、顧客との取引見直しなどが生じると、M&Aの譲渡価格が下落したり、場合によっては売り手の信用が失われたりして、M&Aを断念せざるを得ないような事態が生じることもあります。

 

2.M&Aのプロセス毎に必要な情報管理

売り手はどのような場面で情報漏洩リスクを抱えているのでしょうか。M&Aの流れに沿ってみていきましょう。

(1)M&Aの意思決定

中小企業は、M&Aによる第三者承継をしたいと考えても身近な相談相手がおらず、経営者1人で意思決定しなければならないケースが少なくありません。しかし、自分1人では不安なため、付き合いのある税理士や商工会議所の相談員、取引銀行など、具体的にどのようなステップで対応すればよいのか相談します。士業や銀行などは守秘義務を負う相手のため、安心して相談できますが、その際、相談内容をうっかり、家族や近親者に話したり、電話やオンライン会議を社内の役職員に聞こえてしまうようなところで話したりするのはリスクがあります。

(2)M&Aの仲介者・FA等との契約

仲介契約・FA契約を締結する際に、秘密保持条項が設けられているか確認しましょう。秘密保持条項には、①何が秘密情報なのか、②秘密情報を開示してもよい相手先、③秘密保持義務を負う期間が記載されています。開示してもよい相手先については事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関や弁護士・税理士・中小企業診断士などの士業に提供先が限定されていることが重要です。これらの守秘義務を負う専門家以外が記載されているような場合には、その経路で情報が漏洩するリスクがあるので、注意が必要です。

また、仲介会社やFAには営業時間中に会社に頻繁に来訪したりしないように促すことが必要です。M&Aの関係者がしきりに経営者宛に来社していると、M&Aを検討していることが役職員に漏れてしまうこともあるのです。

(3)M&Aプラットフォームの活用

近年はバトンズなどのM&Aプラットフォームの活用により、買い手の発掘が従来以上に効率的に行うことができるようになっています。しかし、プラットフォーム上に開示する情報の内容には十分注意しましょう。

ノンネームシートといって社名は開示されない状態で買い手にはM&Aの条件が見えるようになっていますが、商品・サービス名、顧客や仕入れ先の状況などから売り手が特定されてしまう可能性もあります。M&A情報を丁寧に入力することも必要ですが、ノンネームシート段階では興味を引くレベルにとどめるように工夫しましょう。経験豊富な仲介業者・FAであればこうした相談に応じてくれますし、商工会議所の無料相談などにアドバイスを求めてもよいでしょう。

(4)買い手との交渉

買い手の企業が、売り手のノンネームシートを見て関心を示し、具体的な交渉に入る際に秘密保持契約を締結します。この際には、仲介契約やFA契約を締結したときと同様に、秘密保持義務の条件について内容の確認が必要となります。特に、基本合意書などを売り手-買い手間で締結した場合、その後、事業内容や財務内容のデューデリジェンス(以下、DDという。)を行います。DDでは買い手の事業情報や財務情報を漏れなく開示することになるため、この時点での情報管理は非常に重要です。情報は電子データで渡すことが多いと思いますが、ファイルの誤送信の防止や万が一に備えたパスワードやアクセス権の設定など、第三者に拡散しないよう、念には念を入れた対策が必要です。

(5)クロージング

クロージングでは売り手-買い手間で譲渡契約を締結します。重要なのは、クロージング前に譲渡条件が漏洩してしまうことです。近年、契約書は電子署名による契約、従来ながらの紙媒体による締結いずれもありますが、それぞれ、異なる形での漏洩リスクをはらんでいます。

電子署名による契約の場合、締結前に譲渡金額や譲渡日など取引条件が記載された契約書のドラフトを売り手-買い手間で何度もメールや情報共有フォルダなどでやりとりします。この時に宛先相違があったり、共有フォルダにアクセス権設定が不十分であったりすると意図せぬ情報漏洩が発生してしまいます。一方、紙媒体の場合にも、郵送先が経営者でなく、会社の総務部あてに送って開封されてしまうと社内に漏洩してしまうことになりかねません。

基本合意書締結後に売り手の重大な過失による情報漏洩によりM&Aが破談になるような場合、買い手から損害賠償請求される可能性もあるので、この時点での情報漏洩については特に注意する必要があります。

 

3.売り手経営者の情報管理上の留意点

(1)M&Aの実務担当者を特定し情報遮断する

M&Aのプロセス毎の情報漏洩リスクについてみてきましたが、中小企業の経営者は常に人材不足の状態の中で日常業務をしつつ、並行してM&A準備に対応する必要があるため情報管理を1人で行うのは非常に困難です。M&Aの際にまず、M&Aの情報を共有してよい実務責任者を特定し、管理負担を抱え込まないようにすることが肝要です。

(2)M&Aプロセスの進捗度に応じた情報共有範囲の見直し

M&Aでは情報共有範囲を極力限定することが望ましいですが、検討状況や交渉状況の進捗度に応じて、情報共有すべき対象が拡大していきます。契約締結やDDの実施ということになれば、関連部署に資料やデータの指示をすることも必要になるからです。誰と情報を共有する必要があるのか優先順位を決めて、計画的に情報共有範囲を見直していくことが重要です。

(3)会社や自宅とは別の場所を物理的に確保する

M&A情報は外部の第三者だけでなく、自社の役職員や家族にも知らせることなく進めることが必要です。会社の応接や自宅で買い手や仲介者と面談をしていたのでは情報が漏洩しなくても、関係者の憶測によりM&Aが妨害されてしまうこともあるからです。マンションの一室など別の場所を確保して、面談やM&A関連資料の保管を行う企業もしばしば見受けられます。

 

4.公的機関や士業専門家を活用しよう

売り手経営者は、孤独な環境で意思決定をしなければなりません。情報管理面を考慮するとなおさら相談できる相手先は限られてきます。その点、公的機関や士業専門家は法令上の守秘義務を負っている上、低コストかつ中立的で客観的な立場から経営者をサポートしてくれることが期待されます。

M&Aによる第三者承継を検討している中小企業の経営者の方々は、早期の検討段階では先ずは、事業承継・引継ぎ支援センターのような公的機関や士業専門家などに相談するところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)