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失敗しないM&Aのデューデリジェンス入門(買い手の視点)

近年、M&Aを実施した後に、買収した会社の簿外債務がM&A後に発覚し巨額損失を被った事例や、法務リスクの見逃しによる訴訟問題が発生するケースも増加しています。これらの中にはデューデリジェンスの不備が原因となっているものが少なくありません。今回は、中小M&Aにおいて買い手が失敗しないためのデューデリジェンスのポイントについて考察します。

 

1.デューデリジェンスとは何か? – 基礎知識とその目的

デューデリジェンス(以下、DD)は、M&Aにおいて重要な役割を果たす調査プロセスです。売り手企業の詳細な情報を収集し、買収後のリスクを評価することが目的です。特に、中小M&Aでは、通常のM&Aと異なり、リソースが限られているため、効率的なDDが求められます。DDが不十分であると、後に予期せぬ問題が発生し、大きな損失を被る可能性があります。

DDは買い手が取引前に見落としがちなリスクを可視化し、最終的な意思決定をサポートする役割を持っています。M&Aを成功させるためには、リスクの評価と適切な対策が不可欠であり、DDはそのための重要な役割を担っています。

 

 

2.デューデリジェンスの主要な対象と役割

(1)法務DDによるリスク防止

法務DDは、売り手企業の法的なリスクを明確にするための調査です。具体的には、契約内容やコンプライアンス状況の確認、知的財産権の保護状況、訴訟リスクの有無などを調査します。例えば、契約書における不利な条件や隠れたCOC条項(注1)を見つけることで、取引後のリスクを未然に防ぐことが可能です。法務DDは、買収後の法令や権利義務に関するトラブルを防ぐための重要な役割を担っています。

 

(注1)COC条項:Change Of Control条項。M&Aなどで一方の当事者に経営権・支配権の変更・異動が発生した場合に、契約内容に制限を設けたり、もう一方の当事者によって契約解除を可能にしたりする条項を指します。

 

(2)財務DDによる企業価値の評価

財務DDは、売り手企業の財務状況を調査し、潜在的リスクを特定するための調査です。例えば、時価純資産や正常収益力の評価、簿外債務の有無などを調査します。財務DDで売り手企業の隠れた負債や資産の含み損が発覚し、取引価格の調整が必要となることがあります。さらに、企業の正常収益力やキャッシュフローの安定性を見極めることで、買収後の経営リスクを最小限に抑えることができます。財務DDは、企業の実質的な価値を見極めるための重要な役割を担っています。

 

 

3.法務DDと財務DDの評価と留意点

 

(1)法務DD評価書の基本構成とリスク管理

法務DD評価書は、契約内容や法的なリスクを正確に把握するための資料です。基本構成としては、既存の契約の有効性、知的財産の保護状況、規制への適合性、訴訟リスクなどが主要な評価項目となります。例えば、売り手企業が賃借しているオフィスの賃貸借契約にオーナーチェンジの場合の契約解除が規定されていることが法務DDで発見された場合、賃貸借契約の契約解除条項を見直すことがM&Aの前提条件として求められることになります。こうした既存の契約上のリスクを事前に明確にすることで、M&A実施後の法的なトラブルを防止することが可能になります。

 

(2)財務DD評価書の基本構成と注意点

財務DDの評価書は、買収判断を行う際の譲渡価格を決定するための重要な資料です。この評価書には、売り手企業の財務状況の分析、時価純資産や正常収益力の評価、キャッシュフローの安定性などが詳細に記載されます。例えば、財務DDにより、売り手企業の保有資産に含み損が発覚したり未払給与などの簿外債務が発覚したりした場合は、取引価格引き下げの交渉材料になります。財務DD評価書では、企業の収益性や負債のリスクを正確に把握し、企業価値評価の妥当性を検証することが求められます。財務DDによって、適切な譲渡価格の評価やM&A実施後の経営安定性を確保することができます。

 

 

4.デューデリジェンスの実施手順と譲渡契約、経営統合作業(PMI)への反映

 

(1)DDの実施手順

DDの成否は、適切な手順と進行管理にかかっています。まず、売り手企業からDDに必要となる徴求資料リストを作成し、必要な情報を事前に整理することが重要です。この段階での資料確認は、後の調査進行をスムーズにするための鍵となります。中小M&Aでは売り手企業の管理体制が不十分なため、DDに必要な資料を作成していないケースがあります。不足情報がどのようなリスクに関連しているのかを把握することが重要ですが、並行して不足資料の作成を依頼したり、作成できない場合は、現地の実査やヒアリングしたりにより補完することも選択肢となります。

 

(2)DD結果の譲渡契約への反映

また、DDにより把握したリスクを契約書の内容にも反映してコントロールすることも重要です。例えば、M&A実行時点で特定できない財務リスクがある場合には、譲渡契約にアーンアウト条項(注2)を規定して取引の安全性を確保すること方法があります。

法務リスクについては、表明保証条項(注3)の活用が有効です。特に、中小M&Aは譲渡価格が少額なため、弁護士などの専門家に法務DDを委託することが困難な場合もあります。売り手企業が、法令等に違反していないことや違反していた場合、売り手企業の経営者が買い手企業に損害賠償することなどを譲渡契約に規定してリスク対策をすることが有効な手段となります。

 

(注2)アーンアウト条項:M&A実行後、一定の期間において買収対象事業が特定の目標を達成した場合、買い手企業が売り手企業や売り手企業の株主に対して予め合意した算定方法に基づいて買収対価の一部を支払う規定である。M&A実行時に買収後の業績が不透明な場合などに買い手企業の事業リスクを抑える効果がある。

(注3)表明保証条項:譲渡契約締結時(またはM&A実行時)において、売り手企業が買い手企業に対して、事業内容が法令に違反していないことや、簿外債務・偶発債務の不存在などを表明し、かつ、その内容を保証する規定。違反した場合の損害賠償や契約の解除などが可能でリスクを抑えたり予防したりする効果がある。

 

(3)経営統合作業(PMI)への反映

さらに、DDの結果は、買収後のPMIにも影響を与えます。DDで発見されたリスクを、買収後の統合計画に反映させることで、スムーズなPMIを実現することができます。たとえば、次のようなケースが想定されます。

 

【1.製造業の事例】安全基準違反を発見し工場設備改善に反映」

売り手企業の保有する工場に、DDで安全基準の問題が発見され、買収後のPMI において最初の施策として、工場の設備改善プランを策定する

【2.IT企業の事例】データセキュリティの脆弱性を発見しセキュリティ対策強化に反映」

売り手企業のシステムに、DDでデータセキュリティの脆弱性が発見され、買収後のPMIにおいて、セキュリティ監査、脆弱性の修正、従業員向けのセキュリティトレーニングなどセキュリティ強化対策プランを策定する。

 

まとめ

DDは、M&Aの成功を左右する重要なプロセスであり、買収前にリスクを可視化し、取引後の安定した経営を実現するための手段です。適切な法務DDと財務DDの実施により、潜在的なリスクを事前に発見し、取引条件に反映させることで、買収の成功率を高めることができます。DDの結果を契約書やPMIに反映させることで、買収後のリスクを最小限に抑え、成功を確実にすることが可能です。買い手企業としては、DDに関する最小限の知見を備えた上で、外部の専門家のサポートを活用することで、より安心してM&Aに取組むことが可能になるといえるでしょう。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)