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ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク

1.M&A後に顕在化する労務問題

2023年8月、親会社であるセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の米国投資ファンドへの売却について、そごう・西武の労働組合が会社売却に反対してストライキを行ったのは記憶に新しいでしょう。M&Aの際の労務管理がいかに重要であるかがクローズアップされた事件でした。

しかし、M&Aにおける労務面の課題は労働組合対策ばかりではありません。

むしろ、中小M&Aでは、上場会社のように会計監査や情報開示が不徹底な分、M&A後に顕在化する課題が多くあるのです。

今回は、買い手企業の立場から、M&Aの際に留意すべき労務課題について考察していきたいと思います。

 

2.M&A手法によって異なる労務リスク

中小M&Aではどのような労務リスクが課題となっているのでしょうか。件数の多い株式譲渡と事業譲渡を中心に、会社法上の組織再編行為によるM&Aについて労務リスクの特徴を見ていきましょう。

 

(1)株式譲渡

株式譲渡によるM&Aの場合、売り手企業(労働契約の主体である使用者)と従業員の間の権利義務関係に変更はないため、M&A前の労働契約は、原則としてそのまま継続します。

そのため、雇用関係の視点では直ちに問題が発生することはありませんが、M&A前に、未払い賃金(含む残業代)などの偶発債務や、従業員からの訴訟による損害賠償請求などがあった場合には、買い手企業は買収した企業を経由して、その関係を承継してしまうことになるのです。

 

(2)事業譲渡

事業譲渡によるM&Aの場合、労働契約の承継に従業員の個別の「承諾」が必要になります。つまり、売り手企業の経営陣と合意したからといって従業員も自動的に承継できるわけではないのです。事業に従事してもらう必要がある従業員に対して、M&A後の労働条件について事前に十分に説明し納得してもらう必要があるのです。

また、一方、売り手企業との間で労働問題があったとしても、原則、売り手企業との間で処理してもらうことになるため、労務リスクについて、十分事前調査を行えない場合には、有力なM&A手法になります。

 

(3)会社分割・合併(組織再編)の場合

会社分割によるM&Aの場合、「労働契約承継法」が定める手続に従って対応する必要があります。同法により、売り手企業の事業に係る権利義務(全部または一部)が買い手企業に包括的に承継されるため、M&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

したがって、株式譲渡の場合と同様に、未払い賃金や訴訟による損害賠償などの偶発債務が買い手企業に承継されてしまうことに留意が必要です。また、M&A後に買い手企業が労働条件を変更しようとする場合、労働条件の不利益変更とならないよう注意することも必要です。(*厚労省の指針を参照ください)

*「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000141999.pdf

 

合併によるM&Aの場合も、売り手企業の権利義務の全部が買い手企業に包括的に承継されるため、会社分割の場合と同様にM&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

偶発債務の問題や労働条件の不利益変更に該当するリスクなど留意することが必要です。

 

3.労務DD(Due Diligence)や表明保証条項等によるリスクヘッジの重要性

このように、M&Aの形態により留意すべき労務リスクは異なりますが、予防的な対策をとることが何より重要です。M&A後に、労務課題は発覚してからでは打てる対策が限られてしまいます。代表的なものとして、次のようなリスクヘッジ手法があります。

 

(1)労務DDによるリスクヘッジ

M&A前の交渉段階で、人事・労務に関する問題点がないかDDを実施します。内容としては以下のような観点での調査をします。

①人事・労務関係の法令遵守等

②人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

③従業員との個別の労働契約関係等の適正性

ポイントは、労務DDは買い手企業側だけが実施するのではなく、最も社内の事情を把握しうる立場にある売り手企業自身にも実施してもらうことです。

時間外勤務時間の計算間違いなどは、売り手企業自身が把握していないこともあり、M&Aを実施することになってはじめて発覚するということが珍しくありません。

但し、中小企業の場合、人事・労務の専門家が社内にいることはまれですので、社会保険労務士や弁護士に調査を依頼することも選択肢です。DD費用の負担が難しい場合には、法務DDの一部として実施してもらったり、報告書面の作成は省略して報告会などを開催してもらったりする方法もあります。

 

(2)表明保証条項によるリスクヘッジ

M&Aが株式譲渡や事業譲渡の形態で実施される場合、売り手企業と買い手企業の間で株式譲渡契約や事業譲渡契約(以下、「M&A契約」という)を締結します。

M&A契約にはM&Aを実行する前提条件として「表明保証条項」が規定されます。

主な内容として、次の3つがあります。

①M&A実行前に表明保証違反があった場合のM&Aの不実行および契約の解除

②表明保証違反により買い手企業に損害が発生した場合の売り手企業等による補償

③M&A実行後に表明保証違反があった場合の譲渡した株式や譲渡資産の買取り

 

但し、表明保証条項があったからといって万全ではありません。売り手企業の表明保証違反があり、買い手企業が売り手企業に損害賠償請求したとしても、M&A後数か月経過しているような場合、既に売り手企業は、譲渡代金を使ってしまっており、損害賠償を負担する資力がない場合があります。

また、表明保証条項には「知りうる限り」とか「知る限り」といった表明保証をする売り手企業の義務を限定する文言があります。「知る限り、未払い賃金等がない」となっている場合、時間外勤務の賃金を正しく計算し直せば従業員に対する未払い賃金があったとしても、M&A実行時に売り手企業自身が知らなければ免責される可能性が高いことになります。

表明保証条項を設けることによりM&Aにおける労務DD負担を軽減することはできますが、カバーできないリスクもあることを理解しておく必要があります。

 

(3)表明保証保険によるリスクヘッジ

表明保証保険とは、表明保証違反により当事者が被る損害をカバーする保険です。上記(2)に記載した通り、万が一、表明保証条項違反が発覚しても、売り手企業の経済的状況によっては損害賠償が実施なされない可能性があります。こうしたリスクをヘッジするのが表明保証保険です。表明保証保険加入により、被った金銭的被害を補うことが可能です。

但し、買い手企業に保険料負担が生じるため、中小M&Aのように買収代金自体が少額の取引の場合、十分に採算性を考慮して検討する必要があります。

 

4.経営統合の鍵は労務管理

M&Aにおける、人事・労務課題は、M&A実行時においてのみ留意すべきことではありません。買い手企業の視点では、M&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)の段階において、より重要性が高くなります。

次回では、PMIにおける労務リスクと対策について取り上げたいと思います。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

M&Aのいろいろな手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶには?

みなさま、こんにちは!

M&Aと一口にいってもその買収スキーム(買収手続き)にはいろいろなものがあります。そのなかから、M&Aの目的を最大限に達成し、さまざまなステークホルダーの要望を満たす手法を検討する必要があります。また、よくある“手段の目的化”の発生を防止するためには、常に前提条件をステークホルダー間で共有しておくことも重要です。

今回は、さまざまなスキームの概要をお伝えするとともに、どの方法を選ぶべきか、検討すべき要素について、新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。

広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むといわれていますが、今回は本コラムの読者層を考えて、それらを除いた残りのスキームについてお話しします。

そもそも買収スキームってなんだ?

ツナグ:買収スキームってよく耳にする言葉だけどどう意味なんだろう?確か、スキームは“計画”とか“案”って意味だって受験勉強の時の記憶がうっすらとあるけどなぁ・・・。

買収スキームとは、買収を行う側に譲渡対象企業まるごと、または事業の支配権を移転させる取り組み方法のことを指します。

M&Aの手法は、その対価によって大きく2つに分かれています。1つは、“株式を対価に買収”と、もう一つは、“現金を対価に買収”です。

法律上は、これら以外を対価とすることも認められていますが、さまざまな理由から実務上は、株式以外の対価が利用されることは稀です。

 

それぞれの手法の特徴

ツナグ:“交換”、“交付”、“移転”??似たような名前ばかりで頭がこんがらがってきたよ。

1つずつ簡単にご説明します。

合併とは、2つの会社が合体して1つになることを指し、大きく分けて2種類の方式があります。

まず、新たに会社を設立し、その新設会社に合併を行うすべての当事会社の権利義務が移行される方式を “新設合併”といいます。新設合併の当事会社はすべて解散手続きを行い、新設会社が存続会社となって残るものです。具体的には、資本関係のない同業界内での2社の合併やメーカーと販社の合併などが利用しています。2021年4月に、三菱UFJリースと日立キャピタルの経営統合の事例がこれにあたります。

次に、吸収合併は、合併後に存続する会社が合併後に消滅する会社の権利義務を引き継ぎます。消滅する側の会社は合併後、解散手続きを行い、存続会社だけが残るものです。

グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

次に株式交換・株式移転。これらは、お互いの株式を交換することで、支配権が移動する方式です。二つの違いは、株式交換はすでに存在している会社を特定親会社とすること、新たに特定親会社を設立するのが株式移転です。

例えば、支配権を得ようと考えているA社の株式1株に対して被買収会社B社の株式5株が、仮に同じ価値だとします。すべてのB社株式をA社株式と1:5の割合で交換する形で引き渡すことによって、B社の株式のすべてをA社が取得すれば、支配権の移転は完了となります。一方、B社サイドはA社の株式の一部を取得することに留まり、A社が親会社となるという方法です。

ホリエモンが、ライブドア時代にこの方法で多くの会社を参加に収めたのは有名な話ですね。

株式交付とは、令和3年に会社法上に新たに創設された組織再編のスキームです。

株式交付は、一言でいうと「部分株式交換」ともいえる手法です。つまり、すべての株主が株式を交換したのではなく、一部の株主のみが株式の交換に応じた状態で支配権を取得し、子会社化するケースです。株式交付に参加しない株主Zは、株式交付後も、引き続きB社の株主に留まります。完全子会社化までは考えていないケースに活用できる手法です。具体的には、2021年6月にGMOインターネットが、飲食店予約管理サービス「OMAKASE」を展開するOMAKASEの株式61.5%を株式交付の手続きにより取得し、子会社化しました。

ツナグ:聞けば聞くほど、ホントこんがらがっちゃうよ・・・。まだあるの?

まだ株式を対価にする手法の途中ですよ!

会社分割には大きく分けて2つあります。1つは新設分割といって、新たな会社を100%出資子会社として作りその会社の株式とB社の株式を交換し、支配権を得るケースです。

今月初旬(2023年2月)共同新設分割といって、2社の出資で新設会社を作り、そこに関連事業を承継させる手法が活用されたニュースが流れました。旭化成株式会社と三井化学株式会社が、不織布関連製品の開発、製造、販売に関する事業を新設会社であるエム・エーライフマテリアルズ株式会社へ承継するスキームで、効力発生は、2023年10月とのことです。

もう一方は、吸収分割といい、まず、B社の中のA社に支配権を譲渡する部門とB社に残す部門とに分社化します。その後、A社に支配権移動するやり方です。こちらも、グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

先述の通り今回は、株式を対価にすることを前提にご説明しましたが、株式以外を対価とすることも法律上は認められています。例えば、新株予約権や社債などがそれにあたります。このようにM&Aのスキームにいろいろと名称があり、分類されている背景には、債権者や労働者の保護のための法律と深いかかわりがあり、さまざまなルールが設定されていることがあります。つまり、それらを十分に理解した上で進める必要があります。

 

現金を対価にするM&Aスキームは

続いて現金を対価にする方法についてお話しします。

ツナグ:やっぱお金で買う方が、“買収”って感じがするよね。

まず、もっとも簡易な方式である事業譲渡です。B社の運営している事業のすべてを譲り渡す“全部譲渡”と一部分だけを切り取って譲り渡す“一部譲渡”に分かれます。

例えば、事業承継がうまくいかず、廃業を検討している同業者の設備や顧客などに対して現金を支払って引き受ける場合などを想像していただくとわかりやすいかと思います。また、資格保持者がいなくなって、立ち行かなくなった事業部分だけを譲り渡すケースが一部譲渡とイメージしていただければ良いと思います。

続いて株式譲渡です。こちらは先ほどお互いの株式を価値に見合った数量同士で交換するスキームをご説明しましたが、それをお金で支払うケースです。

最後に「新株引き受け」という方法があります。これはB社が新株を発行して、それをA社に現金で販売しA社が支配権を取る(購入する)という方式です。

ツナグ:こんなにたくさんあるスキームの中からうちの会社は、いったいどれを選択すればいいんだろう?

法律上の分類になっている点があり、少し難解ですよね。次回は、そのあたりのお話を掘り下げていきます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶためにまずは、どんな方法があるのかについて実際の事例も交えて説明しました。次回は、実際に手法を選ぶ際に留意すべき7つのことについてご説明いたします。

なお、本コラムは、初めてM&A担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言を元に進めることをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也