ブログ 月: 2024年9月

中小M&Aガイドラインの改定 ~売り手が知っておくべき2024年(第3版)の変更点

 2024年8月、経済産業省から中小企業向けのM&Aガイドライン第3版が発表されました。この改定は、中小企業がM&Aに取り組む際の透明性を高め、健全なM&A市場を維持することを目的としたものです。本コラムでは、改定の背景と主要なポイントを解説し、売り手が特に留意すべき事項を取り上げます。

 

1.ガイドライン改定の背景

中小企業の事業承継や成長戦略としてのM&Aは、後継者不足や事業拡大の手段として重要性を増しています。しかし、M&A市場において不適切な買い手の存在や、経営者保証に関するトラブル、さらにはM&A専門業者の過剰な営業や広告が問題となっています。この背景を受け、2024年8月のガイドライン改定では、これらの課題に対応し、中小企業がM&Aにおいて不利益を被らないよう、健全な環境を整備するための対策が盛り込まれました。

 

2.改定の主なポイント

(1)仲介者・FAの手数料と提供業務に関する事項の明確化

M&Aにおける手数料体系や業務内容の不透明さが、中小企業にとって大きなリスクとなっています。今回の改定では、中小企業が手数料や業務内容を事前に確認できるよう、仲介者やFAには次のような様々な義務が課せられました。

①手数料の詳細説明:報酬率、報酬基準額(譲渡額、純資産額、移動総資産額など)、最低手数料、成功報酬などの算定基準や支払時期について、詳細な説明が必要です。

②業務内容の具体的説明:プロセスごとに提供される業務(マッチング、バリュエーション、交渉支援など)を具体的に示し、担当者の資格や経験年数、成約実績も含めた説明が求められます。

(2)広告・営業の禁止事項の明確化

過剰な広告や営業活動が中小企業に対して負担を与えるケースが多発しています。改定により、広告・営業の実施は次の点に従うことが義務付けられました。

①広告・営業の停止義務:売り手が広告や営業を希望しない場合、即座にそれを停止する義務があります。

②不正確な情報提供の禁止:M&Aの成立可能性や条件について、事実に反する情報を提供することは禁じられています。

(3)利益相反に係る禁止事項の具体化

M&Aのプロセスにおいて、利益相反となる行為を防止するために、次の行為の禁止が明確化されました。

①リピーターへの優遇や譲渡額の誘導:リピーターとなる顧客や買い手を不当に優遇する行為、譲渡額を意図的に低く誘導する行為は禁止されます。

 

(4)ネームクリア、テール条項に関する規律の強化

ネームクリアとは、譲り渡し側の名称を買い手に開示する手続きです。「実名開示」といわれることもあります。この手続きに関して、事前に譲り渡し側の同意を取得することが義務化されました。また、テール条項(仲介契約終了後も一定期間、手数料を仲介対象先に請求できる条項)についても、対象範囲が厳格に限定され、専任契約がない場合の扱いが明確化されました。

 

(5)最終契約後の当事者間のリスク事項について

M&Aの最終契約後、クロージング時に当事者間でトラブルが発生するリスクを低減するため、次の対応が求められています。

①リスク事項の具体的説明:「売り手の経営者保証の扱い」「デューデリジェンスの非実施」「表明保証の内容」など契約後のリスクについて、中小企業に対して具体的に説明し、リスクの顕在化に備えることが義務付けられました。

(6)売り手の経営者保証の扱い

M&Aにおいて、売り手側の経営者保証の解除や買い手への移行が課題となります。今回の改定では、次の対応が推奨されています。

①経営者保証の解除または移行の準備:士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター、金融機関への事前相談を通じて、経営者保証の解除や買い手への移行を確実に実施するための準備が求められます。

 

(7)不適切な事業者の排除

不適切な買い手やM&Aプラットフォーマーを排除するため、買い手の調査と報告が義務化されました。さらに、業界内での情報共有の仕組みの構築が進められ、不適切な行為に対する慎重な対応が求められています。

 

 

3.売り手が留意すべき事項

今回の改定により、中小企業の売り手として特に以下の点について留意しましょう。

(1)仲介者、FAの手数料や業務内容の確認

事前に提供される情報を基に、納得できない場合には手数料の交渉も視野に入れましょう。

(2)経営者保証の解除や移行の準備

M&Aのプロセスの早い段階で、士業等専門家や金融機関への相談を行い、経営者保証に関する対応を検討することが重要です。

(3)リスク事項に関する事前理解とトラブル防止

契約締結後のリスクについて仲介者や専門家と十分に相談し、将来のトラブルを未然に防ぎましょう。

 

4.まとめ

2024年8月に改定された中小M&Aガイドライン第3版では、手数料の透明性やリスク事項への対応、不適切な事業者の排除などが強化されており、M&Aプロセスの透明性と安全性が強化されています。売り手は、ガイドライン第3版を理解し、士業など適切な専門家のサポートを得ながら、安心してM&Aを進めましょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ その2

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。

買い手企業は、買収した会社(事業)と自社事業との統合をうまくやることで、買収効果を最大限に引き出す必要があります。

このPMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

ツナグ:経営統合って、全体の方針を立案して関係者に根回しするだけかと思ってたら・・・「もっと詳細に詰めて再提出しろ!だなんて・・・・僕の長期休暇はいつとれるんだろう・・・。

 

ツナグさん、M&Aの重要なフェーズですから、机上の計画や方針だけでは物足らないのでしょうね。いずれにしてももうちょっとですから頑張っていきましょう!今回は、経営統合におけるタスクリストを作成するイメージで検討していきましょう。

 

管理面のタスクにはどんなことがあるのだろう?

管理面の代表例が組織です。

「組織は戦略に従う」という言葉があるように、今後の経営戦略との整合性が取れ、M&Aによるシナジー効果が最大限となるよう、組織を見直します。

例えば、技術面におけるシナジーの最大化を目指すのであれば、研究者の人的交流(親会社からの派遣または、親会社への出向)を検討することになります。また、先方の営業ネットワークを活用することが目的であれば、営業部門に責任者なり、マーケティング担当者を派遣することが必要になるでしょう。

 

組織変更をするということは人事面も?

組織変更と合わせて、その力が最大限に発揮できるよう、職務分掌や決裁権限の見直しが必要になるでしょう。取締役会があれば、取締役の過半数が買い手企業のプロパーとなるように人事配置を行い、スムーズな意思決定ができる体制を構築します。伴って、買い手企業の定款と齟齬がある場合などに、定款を変更する必要もあります。

クロージング当日に行われる臨時株主総会および臨時取締役会にて、役員および代表取締役の選任決議と合わせて定款変更決議も行ってしまうことが一般的ですね。

 

規程類・業務運用ルールも原則的には、親会社に合わせておく

就業規則や給与・退職金規程などの労務関連の規程に加えて、業務運用上の規程・ルールを買い手企業の運用に合わせる形で変更します。従業員さんの生活に直結することになるので、従前の規定と比べて不利益な内容の変更となる場合は、同意がなければ労働契約法第10条による合理性審査の規律が適用されますので、専門家に相談することをお勧めします。

 

社内外への情報発信も検討しましょう

金融機関にはもちろんのこと、重要な取引先への挨拶まわりなどは、あらかじめ、リストアップおよび優先順位を決定しておきます。そして、公表後のできるだけ早い段階でアポイントだけでもいれるようにします。このあたりでトラブルを起こすと、関係修復のために大きな労力が発生してしまいます。社外への公表は、プレスリリース、ホームページ上での告知などが一般的ですが、非上場中小企業の場合は、特に法的な制約はないため、必要に応じて自社で検討することになります。

 

 社内コミュニケーションも大切に

社外への公表から大きく遅れないタイミングで社内への公表も行います。この際、コミュニケーション内容に齟齬があると双方の従業員さんにいらぬ憶測や噂話を生んでしまい、こちらも後々に悪影響があるため、同じ文書で発信するようにしてください。

また、一定期間が経過した後でもよいので、双方の理解を深めるための対話の機会を企画するのもよいでしょう。

例えば、幹部同士の懇親会や、同様の部門同士の相互見学会、交流会などです。同様の部門同士が情報交換することで、シナジー効果だけでなく、従業員さんにも統合作業の当事者としてその重要性を認識してもらうことが期待できます。

 

まとめ

今回は、統合作業のポイントについて新人担当者のツナグと一緒にまなびました。M&Aは、売り手企業の従業員さんだけなでなく、買い手企業の従業員さんにとっても一大事です。そのため、早めの情報共有により不安を取り除き、信頼関係を醸成することが重要です。

意思決定プロセスや、統合の目的など双方の経営層が、直接双方の従業員に語り掛けることは、組織にとって重要な共通目的や貢献意欲の醸成に直結します。統合作業をうまく進めることができれば、関係者一同のモチベーションをアップさせることにも繋がり、副次的な効果も期待できることでしょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也