ブログ 月: 2022年12月

アフターM&Aに発生する競業

買い手にとってM&Aは始まりであるともいえる

M&Aに向けた交渉が終わり、ようやく最終契約の締結に至ったとき、売り手・買い手双方とも安堵した気持ちになるものの、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるといえます。

ところが、新たな事業を開始してしばらくするとM&Aの交渉の際には想定していなかった法的な問題が生じることがあります。

今回は、M&Aの後に発生しうる法的な問題のうち、事業譲渡における競業について解説をします。

 

事業譲渡後の競業が問題になる場合

事業譲渡において、売り手が工場や什器備品などの設備を必要とする事業を行っていた場合、競業が問題となることは必ずしも多くはないかもしれません。

他方、特段の設備を必要としない事業においては事業譲渡が問題となることがあります。例えば、P社は、中古衣類販売のECサイトを運営していたQ社から当該ECサイトを買い受けたところ、Q社は、ECサイトを売却した直後に、同じような中古衣類販売のECサイトを立ち上げて中古衣類販売を始めたといったようなものです(以下「【事例】」といいます)。

 

事業譲渡における競業に関する会社法の規律

事業譲渡の際の競業については、次のような規律があります(会社法第21条。以下これらを「競業避止義務」といいます。)。

① 事業譲渡をした売り手は、契約において別の定めがない限り、同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内においては、事業譲渡の日から20年間は、同一の事業を行うことはできません(同条第1項)。これは、事業譲渡においては、買い手が当該事業で収益を得ることを売り手が妨げないという内容が含まれていると考えられることによるものです。

② 同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、事業譲渡の日から30年の期間内に限り有効とされます(同条第2項)。これは、売り手の営業の自由にも一定の配慮をしたものであるとされています。

③ ①・②にかかわらず、事業譲渡をした売り手は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない(同条第3項)。

 

買い手が競業避止義務に違反する売り手に対して取りうる手段

売り手が競業避止義務に違反している場合、買い手は売り手に対し、競業行為の差し止めを行うことができます(民事執行法第171条第1項第2号)。

また、買い手は、売り手の競業行為により損害を被った際は、損害賠償請求を行うことができます(民法第415条第1項、第709条)。その際、訴訟において、損害の『額』の立証が困難な場合もありますが、買い手としては、金額はともかく損害が発生していることを立証できれば、裁判所が相当な額を認定することができます(民事訴訟法第248条。東京地判平成28年11月11日判時2355号69頁)。

 

【事例】の場合はどうなるか

【事例】では、P社がQ社から譲り受けた事業はECサイトであるため、その商圏は全国にわたります。そうすると、上記①の同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内における競業菱義務の規定が必ずしも機能しません。

しかし、Q社が「不正の競争の目的」をもって新たにECサイトを立ち上げた場合は、上記③の規定によりQ社が競業禁止に違反することがあります。この「不正競争の目的」とは、売り手が買い手の事業上の顧客を奪おうとする目的で譲渡した事業と同種の事業をする場合などに認められます(大判大正7年11月6日新聞1502号22頁)。

【事例】のもととなった裁判例では、P社が譲り受けたECサイトとQ社が新たに立ち上げたECサイトはいずれも同じジャンルの中古衣類の売買を含んでおり、いずれのECサイトもヤフーオークションにおいて販売を行っているなど、Q社がP社と同種の事業を行っていました。

そのうえで、Q社は、

① あたかもECサイトをP社に譲渡した後は同様のサイトを開設・運営しないかのように装いながら、同一の事業を営む目的でECサイトのドメインを取得し、P社に何ら伝えることのないままこれを開設・運営したこと、

② 従来の顧客に対しては、運営主体の変更ではなく単なる「運営方針」の変更によりECサイトを開設した旨のメールを多数送付し、現に被告サイトが本件サイトの「姉妹ショップ」であるとの誤認を生じさせたこと、

から、事業譲渡の趣旨に反する目的を有していたものとして、Q社が「不正の競争の目的」をもって同一の事業を行ったため、競業避止義務に違反したとされました(前掲東京地判参照)。

ただし、何をもって「不正の競争の目的」とするのかは、種々の要素を総合的に認定することになり、M&Aの時点では必ずしも明確とはいえません。

買い手としては、事業譲渡の契約において、競業を禁止する区域について事業の性質に応じたものとすることや、競業を禁止する事業の範囲について、当該事業に関連する事業についても対象とするなどして、売り手が競業をするリスクや紛争となるリスクを少なくすることを検討すべきと考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

経営者保証ガイドライン改正で事業承継は加速するか

経営者保証ガイドラインの見直し

2022年11月1日、金融庁から「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)が公表されました。

これは、閣議決定の中で「個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を年内に取りまとめる」という方針に沿ったものです。

日本の金融慣行上、中小企業が融資を受ける際には経営者保証が前提条件とされる状況が長い間続いてきました。これは経営者への規律付けや信用補完など中小企業の資金調達の円滑化に寄与するなどの側面があったからですが、一方で、事業承継に際しては、後継者候補が経営者保証を理由に事業承継を拒否するなど、円滑な承継を阻害する要因になっていました。

こうした課題を解決するため、2013年に「経営者保証ガイドライン」が策定され、更に2019年には経営者保証が事業承継の阻害要因とならないよう、原則として前経営者・後継者の双方からの「二重徴求」を行わないことなどが盛り込まれた「ガイドラインの特則」が明記されました。

こうした取り組みにより、経営者保証に依存しない新規融資の割合は、2014年には10%台と低水準でしたが、2020年には30~40%台へと大きく改善しました。

しかし、2020年時点でも金融機関の融資全体の80%は依然として何らかの形で経営者保証を徴求しており、既存の融資も含めた抜本的な解消策が求められていたのです。

改正案の内容

今回の改正案では、経営者保証に関する見直しの主な内容は以下の通りです。

1.経営者保証を求める際の金融機関による説明義務の明確化

現状では、金融機関は保証内容の説明をすることになってはいますが、「保証人=経営者から説明を受けた旨の確認を行うこと」については“必要に応じて”行えばよいことになっています。改正案では保証人に対し説明をした旨を確認し、その結果等を書面又は電子的方法で記録することが必要とされています。

2.経営者保証の必要性に関する客観的・具体的目線提示の努力義務化

現状では、顧客から説明を求められたときは、保証徴求の客観的合理的理由についても、顧客の知識、経験等に応じた説明を行うこととされていますが、保証が不要になる具体的な目線で説明することまでは問われていません。改正案では、どのような改善を図れば保証解除の可能性が高まるかについて、可能な限り、資産・収益力については定量的、その他の要素については客観的・具体的な目線を示すことが望ましいとされています。

3.金融庁の監督手法・対応の明確化

現状では、「経営者保証ガイドライン」が融資慣行として浸透・定着させていくため、適切に取り組む必要があるとはしながらも、「監督上の対応を検討すること」という表現にとどまっていますが、改正案では、「各種ヒアリングの機会等を通じ、経営者保証ガイドラインを融資慣行として浸透・定着させるための取組方針等を公表するよう金融機関に促していく」と金融機関に取組方針の公表を促すよう、踏み込んだ表現が採用されています。

経営者保証解除は加速する

今般の改正案が施行されると、金融機関にとっては、本部レベルでは取組方針の公表と金融庁への報告による監督強化、現場レベルでは経営者保証を徴求する際の書面等への記録の義務化や解除に必要な具体的な目線の提示など手続き負担が大きくなります。

経営者保証ガイドラインでは、経営者保証を外せる要件について、①法人と経営者との関係の明確な区分・分離、②財務基盤の強化、③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保の3点が掲げられています。

融資先の中小企業がこれらの要件を満たしている場合、金融機関は経営者保証を要求することは今回の改正により事実上困難となっていく可能性が高いと思われます。

すでに具体的な考え方は「『経営者保証に関するガイドライン』Q&A」に示されているので、事業承継を視野に入れている中小企業は、是非、確認しておきたいポイントです。

①法人と経営者との関係の明確な区分・分離について

「資産の分離」と「経理・家計の分離」の観点に分けて次のように例示されています。

「資産の分離」については、「法人の事業活動に必要な本社・工場・営業車等については経営者の個人所有とせず法人所有とすること」。

「経理・家計の分離」については、「個人としての飲食代等について法人として経費処理しない」等です。

また、これらを実現する具体的な方法として、会計参与の設置による社内管理体制の整備や、「中小企業の会計に関する基本要領」の活用による信頼性のある計算書類の作成などが例示されています。

②財務基盤の強化について

経営者個人の資産を債権保全の手段として確保しなくても、法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得る財務状況が期待されています。

具体的には、i)業績が堅調で十分な利益(キャッシュフロー)を確保しており、内部留保も十分であること、ii)業績はやや不安定ではあるものの、業況の下振れリスクを勘案しても、内部留保が潤沢で借入金全額の返済が可能と判断し得ること、iii)内部留保は潤沢とは言えないものの、好業績が続いており、今後も借入を順調に返済し得るだけの利益(キャッシュフロー)を確保する可能性が高いことなどです。

③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示による経営の透明性確保

金融機関の求めに応じて、融資判断において必要な情報の開示・説明をすることが求められています。具体的には「貸借対照表、損益計算書の提出のみでなく、決算書上の資産・負債明細、売上原価・販管費明細等の各勘定明細の提出」「年に1回の本決算の報告のみでなく、試算表・資金繰り表等の定期的な報告」などです。

認定支援機関の活用

「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の中で金融機関による経営者保証徴求に関する見直しがなされても、中小企業単独ではなかなか経営者保証解除に向けた交渉を始めるのは負担が大きいかもしれません。

2022年4月に見直しが行われた「早期経営改善計画策定支援事業」(通称「ポスコロ」)では認定支援機関が経営者保証解除をするために金融機関と交渉する際に要した費用の2/3(ただし上限10万円。認定支援機関が弁護士以外の場合は非弁行為に留意が必要)が補助対象として追加されました。

こうした経営者保証解除のための支援制度も活用しつつ、事業承継を円滑に進めていきませんか。

中小企業診断士 伊藤一彦