ブログ 月: 2021年6月

M&Aによる従業員の承継に関するポイント②

〇 合併や会社分割に伴うM&Aによる雇用関係の承継

前回に引き続き、M&Aによる従業員の承継について、解説します。今回は、合併や会社分割に伴うM&Aによる雇用関係の承継について取り上げます。(以下では雇用関係のことを「労働関係」、従業員を「労働者」といいます。)

 

〇 合併における労働関係の承継

合併とは、2以上の会社が合一して1つの会社になることをいいます。合併には、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させる吸収合併(会社法第2条第27号)と合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させる新設合併(会社法第2条第28号)があります。

合併によって消滅する会社の有するすべての権利義務関係は、合併後存続する会社や合併により設立する会社に当然に承継されます。(これを包括承継ないし一般承継といいます)したがって、労働関係も労働者の同意を要することなく、当然に承継されることとなります。

もっとも、もともとは別の会社であったため、労働条件が異なるのは一般的であることから、合併の前後に就業規則等を変更して労働条件の統一を図ることとなります。

 

〇 会社分割における労働関係の承継

会社分割とは、事業に関する権利義務の全部又は一部を他の会社に承継させることをいいます(会社法第2条第29号・第30号)。会社分割には、既に存在する会社に事業を承継させる吸収分割と新たに会社を設立して承継の相手方とする新設分割があります。

合併と異なり、会社分割は権利義務の『一部』のみを他の会社に承継させることができます。すなわちα事業とβ事業を営むP社がα事業のみをQ社に吸収分割させるということが可能です。具体的にどの範囲を承継させるのかは、吸収分割の際は分割契約(会社法第758条)、新設分割の際は分割計画(会社法第763条)によって定められます。その一方、分割契約や分割計画で権利義務が承継されるものは当然に承継されることとなるため、労働関係についても労働者の同意を要することなく承継されます(この点から、会社分割は『部分的』包括承継であるということがあります。)。

そうすると、会社分割の場合は、会社が自由に承継の範囲を定めることができ、かつ労働関係の承継に労働者の承諾が不要である以上、会社による恣意的に労働関係を承継する労働者の選別がなされるおそれがあります。(なお、事業譲渡により労働関係が譲渡会社から譲受会社に承継するためには、各労働者の承諾が必要とされています。(民法第625条))

このことを踏まえ、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「労働契約承継法」といいます)において、会社分割における労働関係の承継に関する規律が定められています。

 

〇 労働契約承継法の規律

労働契約承継法は、労働者が承継される事業に主として従事しているかどうかに応じて会社分割における労働関係承継の規律を設けています。労働者が承継される事業に主として従事しているかどうかは、当該労働者の業務内容などから客観的に判断されますので、会社が恣意的な選別をすることができなくなっています。

具体的には、承継される事業に主として従事している労働者については、当該労働者の同意なく労働関係が承継されることになります(労働関係承継法第3条)。他方で、承継される事業に主として従事しているのに分割契約等において承継の対象とされていない労働者は、所定の期間内に異議を申し出れば、労働関係が承継されます(労働関係承継法第4条)。

また、承継される事業に主として従事していないにもかかわらず分割契約等において承継の対象とされている労働者についても、所定の期間内に異議を申し出れば、労働関係は承継されません(労働関係承継法第5条)。

 

〇 承継される事業に主として従事している労働者は残留を拒否できない?

承継される事業に主として従事している労働者については、当該労働者の同意なく労働関係が承継されることになる以上、労働者は拒否できないのが原則です。

しかし、会社は会社分割に伴う労働関係の承継について、所定の期限までに承継される労働者と協議する義務を負います。(改正前商法附則5条第1項。この協議を5条協議といいます)5条協議は、個々の労働契約の承継について決定するに先立ち、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図るためのものです。

このことからして、5条協議が全く行われなかったときや、協議が行われても会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合は、労働関係の承継を争うことができるとされています(日本アイ・ビー・エム事件:最判平成22年7月12日民集64巻5号1333頁。なお、会社は、会社分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされていますが(労働関係承継法第7条。7条措置といいます)、7条措置違反は、5条協議義務違反の有無を判断する一事情となるに過ぎないとされています。)

したがって、承継される事業に主として従事している労働者であっても十分な説明をしなければ労働関係の承継を否定されるリスクが生じることとなります。この意味でも、会社分割において恣意的な労働関係の承継を行うのは得策ではないということになります。

 

〇 労働者との十分な協議を尽くすことが紛争防止の第一歩

本稿では、合併や会社分割における労働関係の承継について解説しました。会社分割はもちろんのこと、合併においても労働者や労働組合との十分な協議を尽くすことが紛争防止の第一歩につながります。

本稿が参考になれば幸いです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

政府の「成長戦略案」に取り上げられた中小企業のM&A施策

内閣官房の成長戦略会議から2021年6月2日、「成長戦略実行計画案」(以下、本計画案。)が公表されました。

本計画案には、グリーン成長戦略、人への投資の強化、デジタル化政策、スタートアップ支援などと並び、「足腰の強い中小企業の構築」と題した中小企業政策が明記されています。とりわけ中小企業の事業承継支援を目的とした3つのM&A関連施策が取り上げられ、今後の事業承継・M&Aの環境整備に一石が投じられたことは特筆すべきことでしょう。今回は、この3つのM&A活用策について解説したいと思います。

 

1.事業承継・引継ぎ支援センターの強化

事業承継・引継ぎ支援センターとは、事業承継・引継ぎのワンストップ支援を行う機関です。従来、第三者による事業引継ぎを支援してきた「事業引継ぎ支援センター」と、親族内承継を支援してきた「事業承継ネットワーク」の機能を統合して2021年4月に設立されました。

全国47都道府県に設置され、現在は次のような業務を原則、無料で行っています。

①事業承継・引継ぎ(親族内・第三者)に関する相談

②事業承継診断による事業承継・引継ぎに向けた課題の抽出

③事業承継を進めるための事業承継計画の策定

④事業引継ぎにおける譲受・譲渡企業を見つけるためのマッチング支援

⑤経営者保証解除に向けた専門家支援など

 

本計画案とともに公表された「成長戦略フォローアップ工程表」では、2022年度中に

i)同センターの人材強化、ii)域内外の民間事業者等との連携強化およびiii)事業承継診断の抜本的見直しを行い、2023年度以降には事業承継診断を通じた「プッシュ型事業承継支援」(※)や後継者不在の中小企業と他者とのマッチング等による事業承継・引継ぎの一体的な支援を強化することが示されています。

(※)事業承継コーディネーターなどが経営者の事業承継に係る悩み、課題、ニーズなどを能動的に掘り起こして行う支援。

 

2.簡易な企業価値評価ツールの整備

本計画案にはその内容について直接的な記載はありませんが、2021年4月28日に中小企業庁が公表した「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(以下、「中小M&A推進計画」。)に中小企業におけるM&Aに関する経験・人材の不足という課題を解決する取組の一つとして「簡易な企業価値評価ツールの提供」という取組みが紹介されています。

これによると、中小企業がM&Aの実施に当たって参考にできる自社の企業価値を簡易に評価できるツールを事業承継・引継ぎ支援センターで提供開始することが計画されているようです。具体的には2021年度に、一部の事業承継・引継ぎ支援センターで試行的に活用を開始し、遅くとも2023年度中を目途に、同センターの業務に応じたツールの活用等を行う計画となっています。

 

3.M&A支援機関に係る 登録制度や自主規制団体の設立など支援機関の適切な取組を促す仕組みの構築

 

中小M&Aの急拡大に伴ってM&A支援機関の数が年々増加するなか、十分な知見・ノウハウ等を有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあります。こうした状況を背景に「中小M&A推進計画」では、中小企業におけるM&A支援機関に対する信頼感醸成のために、次の3つの取組みを行うことが示されています。

 

①M&A 支援機関に係る登録制度等の創設

・2021年度中に、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、M&A支援機関の登録制度を創設し、M&A支援機関の活用に係る費用の補助対象は、予め登録された機関の提供する支援に係るもののみとすること

・登録したM&A支援機関による支援を巡る問題等を抱える中小企業等からの情報提供を受け付ける窓口を創設すること

・登録機関には中小M&A ガイドラインの遵守を宣言や中小 M&A の成約実績等を義務付けること

②M&A 仲介等に係る自主規制団体の設立

・中小M&A仲介の健全な発展と中小企業の保護を図ることを目的とした、中小M&Aの仲介業を営む者などを会員とする自主規制団体を2021年度中に設立すること

・中小企業が安心して支援を受けられる環境の整備を目的とし、自主規制団体を通じ、i)中小M&Aガイドラインを含む適正な取引ルールの徹底、ii)M&A 支援人材の育成のサポート、iii)仲介に係る苦情相談窓口等の活動を行うこと

③中小M&Aガイドラインの普及啓発

・同ガイドラインのM&A 支援機関への浸透を図るため、事業承継・引継ぎ支援センター及び同センターの登録民間支援機関に対して同ガイドラインの遵守を義務づけるなど、引き続き周知・徹底を行うこと。中小企業に対しては、M&Aに関する基本的な理解を促すためセミナー等を通じた普及・広報を行うこと

 

<まとめ>

中小企業経営者の高齢化と後継者不足による事業承継ニーズの深刻化に伴い、第三者承継を支援するM&A専門家の必要性が高まっています。こうした環境を背景として、レコフデータによるとM&A専門業者(仲介業者、FA(フィナン シャル・アドバイザー))、M&A プラットフォーマーなどは2010年末の205社から2020年末には370社と10年間で1.8倍になるなど増加基調にあります。

一方、2020年12月18日に、河野太郎行政・規制改革担当大臣がご自身のブログで、「双方から手数料をとる仲介は、利益相反になる可能性があることを中小企業庁も指摘しています。」と述べたことがM&A関係者間で話題となるなど、M&A専門家の在り方に警鐘を鳴らす動きも出始めています。

これは、M&A専門家の社会的役割がますます重要になりつつあることの証左と思われます。

「成長戦略実行計画案」は、6月内に閣議決定される見通しとなっており、2021年度は中小企業経営者の事業承継に係る様々な施策が強化されることになりそうです。

次回は、これらの具体化した施策を踏まえて、M&A専門家の上手な活用法にについて解説したいと思います。

 

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

【僕たちのM&A】 “FA”ってよく聞くけどなんだろう?フリーエージェント?

“FA”ってよく聞くけどなんだろう?フリーエージェント?

FAは、M&Aの現場で活躍する支援者の一人です。その業務内容は大まかには決まっているものの、法律で定義されているわけではありませんので、M&A仲介会社と似たような仕事をする人。という認識を持つことも多く、しばしば混同されることがあります。本日は、今さら聞けないM&A仲介とFAの違いや、どのような場面でFAが活躍するのか、また、仲介会社の利用が有用なケースについてもお伝えします

 

ツナグ:「まず、初めにすっきりしておきたのはFAってなんの略なんだろ?それがわかれば少しはFAのことが理解できるかもね」

 

FAは、ファイナンシャル・アドバイザリーの頭文字をとった略語です。一言でその業務内容を説明すると“M&Aを検討している企業に対して、計画立案から契約に至る一連の業務に対してのコンサルティング提供”となります。つまり、M&Aの仲介業務ではなく、売り手と買い手のどちらか一方を支援し、支援先の利益最大化を目的とするコンサルタントと言えます。

具体的には、 “M&A戦略の立案”に始まり、“相手先分析やデューデリジェンスなどの法務・財務・税務面での助言”さらには、“交渉への参加”まで行うこともあります。

 

FAとの契約、M&A仲介会社との契約はどちらもアドバイザリー契約とよばれ、業務内容や範囲、そして報酬額について取り決めます。基本的に契約期間は、M&Aの検討開始からクロージングまで一連のプロセスすべてです。

 

一般的にFA業務を提供しているのは、証券会社など金融機関であることが多いですが、会計士や弁護士、中小企業診断士などからなる専門士業チームや、仲介とFAの両方を顧客の要望に応じて提供しているM&A支援企業も存在します。それぞれ、契約前に専門の業務分野や得意な業界、過去の実績などを確認しておくことが必要です。

 

ツナグ:「なんでも相談できるのは心強いね。戦略立案支援から仲介までしてくれるケースもあるんだね。ってことは・・・今度は、仲介会社とFAの違いが判らなくなってきたよ」

 

どちらもM&Aのプロではありますが、基本的な違いは、先述の通りM&A仲介会社が“双方の利益の最大化を目的”するのに対し、FAは、“売り手と買い手のどちらか一方を支援し、支援先側の利益の最大化を目的”にしている点に最大の違いがあります。

 

ツナグ:「なるほど。つまり、信頼できるFAがいればすべてオッケーってことかな」

 

もちろん、M&A仲介会社を利用するメリットもたくさんあります。例えば、M&A仲介会社は、取引をまとめることが仕事ですので、取引双方の利益のバランスを重視して売り手、買い手双方の利益が最大になるように取引そのものを支援します。双方の企業の希望・要望を考慮して相手先企業を広く探し、マッチングするとこから支援をスタートさせるためや、お互いの事情が理解できているため、FAに比べてM&Aを成約させやすいという強みもあります。

 

ツナグ:「なるほど。どちらにも得手不得手があるってことか・・。じゃあ一体どうやって決めればいいんだろ?!」

 

いくつかの検討材料があると思いますが、まず、依頼したい業務内容が予算の範囲内で依頼できるかどうか?は重要な条件になります。相談料、着手金、中間金(成功報酬)、月額顧問料報酬、完全成功報酬といった名目から、業務内容ごとに細かく算定する会社まで千差万別です。必ず、十分なすり合わせの上、契約内容と見積もりを事前に受け取り、社内のコンセンサスを得た上で契約をしましょう。

また、M&Aを進めるにあたっては、社内の事情や戦略的なことなど、機微な情報についてもオープンにすることになり、長期の取引になります。そのため、金額や業務範囲、専門分野といった条件面だけでなく、自社にフィットするのか、信頼がおけるのかどうか、トラブルが発生した時のバックアップ体制はどうなっているのかなども検討することが重要です。また、早い段階でNDA(秘密保持契約)を取り交わすことをお勧めします。

 

まとめ

M&Aでは、相手先に支払う以外にもいろいろな支援を受けるための予算が必要です。もちろん普段お付き合いのある税理士・弁護士・中小企業診断士などとともに社内専門チームを立ち上げ、自社がメインとなって成約まで完結することもできます。しかし、本来の目的に立ち返り、リスクや時間的なコストまで含めて総合的に判断し、どのような方法で進めるのかについて経営者も含めて検討した方がよいでしょう。

まずは、取引金融機関や顧問の士業へ相談したり、セミナーを通じていろいろな専門家とコンタクトを取り、自社のニーズに合う専門家から話を聞いたりするなど、まずは情報収集から行うことをお勧めします。

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也