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失敗しないM&Aのデューデリジェンス入門(買い手の視点)

近年、M&Aを実施した後に、買収した会社の簿外債務がM&A後に発覚し巨額損失を被った事例や、法務リスクの見逃しによる訴訟問題が発生するケースも増加しています。これらの中にはデューデリジェンスの不備が原因となっているものが少なくありません。今回は、中小M&Aにおいて買い手が失敗しないためのデューデリジェンスのポイントについて考察します。

 

1.デューデリジェンスとは何か? – 基礎知識とその目的

デューデリジェンス(以下、DD)は、M&Aにおいて重要な役割を果たす調査プロセスです。売り手企業の詳細な情報を収集し、買収後のリスクを評価することが目的です。特に、中小M&Aでは、通常のM&Aと異なり、リソースが限られているため、効率的なDDが求められます。DDが不十分であると、後に予期せぬ問題が発生し、大きな損失を被る可能性があります。

DDは買い手が取引前に見落としがちなリスクを可視化し、最終的な意思決定をサポートする役割を持っています。M&Aを成功させるためには、リスクの評価と適切な対策が不可欠であり、DDはそのための重要な役割を担っています。

 

 

2.デューデリジェンスの主要な対象と役割

(1)法務DDによるリスク防止

法務DDは、売り手企業の法的なリスクを明確にするための調査です。具体的には、契約内容やコンプライアンス状況の確認、知的財産権の保護状況、訴訟リスクの有無などを調査します。例えば、契約書における不利な条件や隠れたCOC条項(注1)を見つけることで、取引後のリスクを未然に防ぐことが可能です。法務DDは、買収後の法令や権利義務に関するトラブルを防ぐための重要な役割を担っています。

 

(注1)COC条項:Change Of Control条項。M&Aなどで一方の当事者に経営権・支配権の変更・異動が発生した場合に、契約内容に制限を設けたり、もう一方の当事者によって契約解除を可能にしたりする条項を指します。

 

(2)財務DDによる企業価値の評価

財務DDは、売り手企業の財務状況を調査し、潜在的リスクを特定するための調査です。例えば、時価純資産や正常収益力の評価、簿外債務の有無などを調査します。財務DDで売り手企業の隠れた負債や資産の含み損が発覚し、取引価格の調整が必要となることがあります。さらに、企業の正常収益力やキャッシュフローの安定性を見極めることで、買収後の経営リスクを最小限に抑えることができます。財務DDは、企業の実質的な価値を見極めるための重要な役割を担っています。

 

 

3.法務DDと財務DDの評価と留意点

 

(1)法務DD評価書の基本構成とリスク管理

法務DD評価書は、契約内容や法的なリスクを正確に把握するための資料です。基本構成としては、既存の契約の有効性、知的財産の保護状況、規制への適合性、訴訟リスクなどが主要な評価項目となります。例えば、売り手企業が賃借しているオフィスの賃貸借契約にオーナーチェンジの場合の契約解除が規定されていることが法務DDで発見された場合、賃貸借契約の契約解除条項を見直すことがM&Aの前提条件として求められることになります。こうした既存の契約上のリスクを事前に明確にすることで、M&A実施後の法的なトラブルを防止することが可能になります。

 

(2)財務DD評価書の基本構成と注意点

財務DDの評価書は、買収判断を行う際の譲渡価格を決定するための重要な資料です。この評価書には、売り手企業の財務状況の分析、時価純資産や正常収益力の評価、キャッシュフローの安定性などが詳細に記載されます。例えば、財務DDにより、売り手企業の保有資産に含み損が発覚したり未払給与などの簿外債務が発覚したりした場合は、取引価格引き下げの交渉材料になります。財務DD評価書では、企業の収益性や負債のリスクを正確に把握し、企業価値評価の妥当性を検証することが求められます。財務DDによって、適切な譲渡価格の評価やM&A実施後の経営安定性を確保することができます。

 

 

4.デューデリジェンスの実施手順と譲渡契約、経営統合作業(PMI)への反映

 

(1)DDの実施手順

DDの成否は、適切な手順と進行管理にかかっています。まず、売り手企業からDDに必要となる徴求資料リストを作成し、必要な情報を事前に整理することが重要です。この段階での資料確認は、後の調査進行をスムーズにするための鍵となります。中小M&Aでは売り手企業の管理体制が不十分なため、DDに必要な資料を作成していないケースがあります。不足情報がどのようなリスクに関連しているのかを把握することが重要ですが、並行して不足資料の作成を依頼したり、作成できない場合は、現地の実査やヒアリングしたりにより補完することも選択肢となります。

 

(2)DD結果の譲渡契約への反映

また、DDにより把握したリスクを契約書の内容にも反映してコントロールすることも重要です。例えば、M&A実行時点で特定できない財務リスクがある場合には、譲渡契約にアーンアウト条項(注2)を規定して取引の安全性を確保すること方法があります。

法務リスクについては、表明保証条項(注3)の活用が有効です。特に、中小M&Aは譲渡価格が少額なため、弁護士などの専門家に法務DDを委託することが困難な場合もあります。売り手企業が、法令等に違反していないことや違反していた場合、売り手企業の経営者が買い手企業に損害賠償することなどを譲渡契約に規定してリスク対策をすることが有効な手段となります。

 

(注2)アーンアウト条項:M&A実行後、一定の期間において買収対象事業が特定の目標を達成した場合、買い手企業が売り手企業や売り手企業の株主に対して予め合意した算定方法に基づいて買収対価の一部を支払う規定である。M&A実行時に買収後の業績が不透明な場合などに買い手企業の事業リスクを抑える効果がある。

(注3)表明保証条項:譲渡契約締結時(またはM&A実行時)において、売り手企業が買い手企業に対して、事業内容が法令に違反していないことや、簿外債務・偶発債務の不存在などを表明し、かつ、その内容を保証する規定。違反した場合の損害賠償や契約の解除などが可能でリスクを抑えたり予防したりする効果がある。

 

(3)経営統合作業(PMI)への反映

さらに、DDの結果は、買収後のPMIにも影響を与えます。DDで発見されたリスクを、買収後の統合計画に反映させることで、スムーズなPMIを実現することができます。たとえば、次のようなケースが想定されます。

 

【1.製造業の事例】安全基準違反を発見し工場設備改善に反映」

売り手企業の保有する工場に、DDで安全基準の問題が発見され、買収後のPMI において最初の施策として、工場の設備改善プランを策定する

【2.IT企業の事例】データセキュリティの脆弱性を発見しセキュリティ対策強化に反映」

売り手企業のシステムに、DDでデータセキュリティの脆弱性が発見され、買収後のPMIにおいて、セキュリティ監査、脆弱性の修正、従業員向けのセキュリティトレーニングなどセキュリティ強化対策プランを策定する。

 

まとめ

DDは、M&Aの成功を左右する重要なプロセスであり、買収前にリスクを可視化し、取引後の安定した経営を実現するための手段です。適切な法務DDと財務DDの実施により、潜在的なリスクを事前に発見し、取引条件に反映させることで、買収の成功率を高めることができます。DDの結果を契約書やPMIに反映させることで、買収後のリスクを最小限に抑え、成功を確実にすることが可能です。買い手企業としては、DDに関する最小限の知見を備えた上で、外部の専門家のサポートを活用することで、より安心してM&Aに取組むことが可能になるといえるでしょう。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

 

 

 

 

M&A後の経営統合での失敗事例

「PMIとは、買収後の経営統合のこと」と、その1・その2でもお伝えしてきました。そして、数年後に「あのM&Aは成功だった」と評価されるために、PMIは最も重要なフェーズです。しかし、売り手経営者との基本合意が取れた後の作業を軽視する買い手経営者が多いと感じています。具体的には、担当者任せにし、時折進捗報告を求めて叱咤激励や思いつきの助言をするケースが散見されます。

もちろん、経営者が本来の業務や他の案件発掘に時間を費やしたいという考えは理解できます。しかし、M&Aの目的は経営課題の解決であり、統合によるシナジー効果の創出がその本質です。

本日は、私が実際に目にした事例をご紹介します。いずれも「そんなことが本当に?」と思えるような話ですが、実はよく耳にする事例です。ご自身の周りで同じようなことが起きていないか、ぜひアンテナを立ててお読みください。

 

失敗事例1:計画立案が遅れ、準備不足によって新たな問題を生み出したケース

あるケースでは、経営者がM&A交渉に全力を注ぎすぎて、買収後の経営統合方針の立案を後回しにしてしまったことが問題の原因でした。「どの程度のシナジーを求めるか」といった意思決定が全くなされていなかったのです。

経営統合の方針は、「吸収型統合」で買収先を完全にコントロールするのか、それとも「連邦型統合」で相手の独自性や自立性を尊重するのか、といった重要な意思決定です。しかし、この大きな方針が決まっていないと、経営統合の担当者は業務の各項目で都度経営層の意思決定を仰がなければなりません。担当者側からすると、精神的にも、時間的にも、業務量的にも非常に大きな労力が必要になります。

例えば、従業員の処遇や人事制度、システム統合の有無、取引先や金融機関への対応など、さまざまな意思決定が後手に回りました。結果として、買収先の企業も業務に支障をきたし、特に大きなプロジェクトや広告活動などの判断が遅れ、次第に取引の失注が増え、業績が大幅に低迷しました。

文章では「多少の準備不足くらいすぐに巻き返せるだろう」と考えるかもしれませんが、現実はそう甘くありません。M&Aの現場は常に動いており、大きな方針を後から策定しながら進めるのは非常に困難です。なぜなら、統合過程で新たな情報や短期的な利益・損失など、意思決定を妨げる要素が次々と現れるからです。

繰り返しになりますが「事前準備は入念に」という基本原則が再認識させられる事例です。

 

失敗事例2:情報共有の遅れが従業員の不安を引き起こしたケース

次に、統合後のコミュニケーション不足が原因で、買収先の従業員に不安や不信感を与え、結果的に重要な人材を失ったケースです。

このケースでは、統合計画自体はしっかりと立案されていたものの、「新たな情報が入れば柔軟に対応しよう」と、コミュニケーションの量や質および共有範囲を制限しました。その結果、計画の共有が遅れ、相手企業の従業員に不安感を抱かせることになりました。やがて、それは不満や反抗心を引き起こすことに繋がり、やがて、双方の関係がぎくしゃくするまでに発展してしまいました。

さらに、悪いことに、M&A交渉を担当していた相手側責任者(売り手)が買い手側と売り手側の間で板挟みになり、最終的に精神的なダメージを負って退職する事態にまで発展しました。自分が長年所属してきた売り手側の組織からは。「おまえは、どっちの味方なんだ?」と詰められ、買い手側からは、「どうしてそんな風になっているんだ?どうにかならないのか?」と責めよられたのです。

コミュニケーションや情報共有は、組織運営の基本です。誠意を持って、オープンかつ迅速に情報を共有することが重要です。特にPMIの初期段階では、従業員の不安を取り除くために積極的な情報共有が不可欠です。自分たちが統合したいと考えた相手先企業のこと、その企業の従業員を全面的に信頼しましょう。

 

まとめ

今回は、M&A後の統合作業における失敗事例を交えて、重要なポイントを解説しました。M&Aは、売り手企業の従業員だけでなく、買い手企業の従業員にとっても大きな変化を伴います。そのため、早めの情報共有によって不安を取り除き、信頼関係を築くことが重要です。

うまく進めることができれば、関係者のモチベーションを高め、さらに副次的な効果も期待できる優れた経営戦略です。慎重かつ大胆な経営判断が求められ、経営者としての手腕が試される場でもあります。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そのうえで、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」なかで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

中小M&Aガイドラインの改定 ~売り手が知っておくべき2024年(第3版)の変更点

 2024年8月、経済産業省から中小企業向けのM&Aガイドライン第3版が発表されました。この改定は、中小企業がM&Aに取り組む際の透明性を高め、健全なM&A市場を維持することを目的としたものです。本コラムでは、改定の背景と主要なポイントを解説し、売り手が特に留意すべき事項を取り上げます。

 

1.ガイドライン改定の背景

中小企業の事業承継や成長戦略としてのM&Aは、後継者不足や事業拡大の手段として重要性を増しています。しかし、M&A市場において不適切な買い手の存在や、経営者保証に関するトラブル、さらにはM&A専門業者の過剰な営業や広告が問題となっています。この背景を受け、2024年8月のガイドライン改定では、これらの課題に対応し、中小企業がM&Aにおいて不利益を被らないよう、健全な環境を整備するための対策が盛り込まれました。

 

2.改定の主なポイント

(1)仲介者・FAの手数料と提供業務に関する事項の明確化

M&Aにおける手数料体系や業務内容の不透明さが、中小企業にとって大きなリスクとなっています。今回の改定では、中小企業が手数料や業務内容を事前に確認できるよう、仲介者やFAには次のような様々な義務が課せられました。

①手数料の詳細説明:報酬率、報酬基準額(譲渡額、純資産額、移動総資産額など)、最低手数料、成功報酬などの算定基準や支払時期について、詳細な説明が必要です。

②業務内容の具体的説明:プロセスごとに提供される業務(マッチング、バリュエーション、交渉支援など)を具体的に示し、担当者の資格や経験年数、成約実績も含めた説明が求められます。

(2)広告・営業の禁止事項の明確化

過剰な広告や営業活動が中小企業に対して負担を与えるケースが多発しています。改定により、広告・営業の実施は次の点に従うことが義務付けられました。

①広告・営業の停止義務:売り手が広告や営業を希望しない場合、即座にそれを停止する義務があります。

②不正確な情報提供の禁止:M&Aの成立可能性や条件について、事実に反する情報を提供することは禁じられています。

(3)利益相反に係る禁止事項の具体化

M&Aのプロセスにおいて、利益相反となる行為を防止するために、次の行為の禁止が明確化されました。

①リピーターへの優遇や譲渡額の誘導:リピーターとなる顧客や買い手を不当に優遇する行為、譲渡額を意図的に低く誘導する行為は禁止されます。

 

(4)ネームクリア、テール条項に関する規律の強化

ネームクリアとは、譲り渡し側の名称を買い手に開示する手続きです。「実名開示」といわれることもあります。この手続きに関して、事前に譲り渡し側の同意を取得することが義務化されました。また、テール条項(仲介契約終了後も一定期間、手数料を仲介対象先に請求できる条項)についても、対象範囲が厳格に限定され、専任契約がない場合の扱いが明確化されました。

 

(5)最終契約後の当事者間のリスク事項について

M&Aの最終契約後、クロージング時に当事者間でトラブルが発生するリスクを低減するため、次の対応が求められています。

①リスク事項の具体的説明:「売り手の経営者保証の扱い」「デューデリジェンスの非実施」「表明保証の内容」など契約後のリスクについて、中小企業に対して具体的に説明し、リスクの顕在化に備えることが義務付けられました。

(6)売り手の経営者保証の扱い

M&Aにおいて、売り手側の経営者保証の解除や買い手への移行が課題となります。今回の改定では、次の対応が推奨されています。

①経営者保証の解除または移行の準備:士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター、金融機関への事前相談を通じて、経営者保証の解除や買い手への移行を確実に実施するための準備が求められます。

 

(7)不適切な事業者の排除

不適切な買い手やM&Aプラットフォーマーを排除するため、買い手の調査と報告が義務化されました。さらに、業界内での情報共有の仕組みの構築が進められ、不適切な行為に対する慎重な対応が求められています。

 

 

3.売り手が留意すべき事項

今回の改定により、中小企業の売り手として特に以下の点について留意しましょう。

(1)仲介者、FAの手数料や業務内容の確認

事前に提供される情報を基に、納得できない場合には手数料の交渉も視野に入れましょう。

(2)経営者保証の解除や移行の準備

M&Aのプロセスの早い段階で、士業等専門家や金融機関への相談を行い、経営者保証に関する対応を検討することが重要です。

(3)リスク事項に関する事前理解とトラブル防止

契約締結後のリスクについて仲介者や専門家と十分に相談し、将来のトラブルを未然に防ぎましょう。

 

4.まとめ

2024年8月に改定された中小M&Aガイドライン第3版では、手数料の透明性やリスク事項への対応、不適切な事業者の排除などが強化されており、M&Aプロセスの透明性と安全性が強化されています。売り手は、ガイドライン第3版を理解し、士業など適切な専門家のサポートを得ながら、安心してM&Aを進めましょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ その2

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。

買い手企業は、買収した会社(事業)と自社事業との統合をうまくやることで、買収効果を最大限に引き出す必要があります。

このPMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

ツナグ:経営統合って、全体の方針を立案して関係者に根回しするだけかと思ってたら・・・「もっと詳細に詰めて再提出しろ!だなんて・・・・僕の長期休暇はいつとれるんだろう・・・。

 

ツナグさん、M&Aの重要なフェーズですから、机上の計画や方針だけでは物足らないのでしょうね。いずれにしてももうちょっとですから頑張っていきましょう!今回は、経営統合におけるタスクリストを作成するイメージで検討していきましょう。

 

管理面のタスクにはどんなことがあるのだろう?

管理面の代表例が組織です。

「組織は戦略に従う」という言葉があるように、今後の経営戦略との整合性が取れ、M&Aによるシナジー効果が最大限となるよう、組織を見直します。

例えば、技術面におけるシナジーの最大化を目指すのであれば、研究者の人的交流(親会社からの派遣または、親会社への出向)を検討することになります。また、先方の営業ネットワークを活用することが目的であれば、営業部門に責任者なり、マーケティング担当者を派遣することが必要になるでしょう。

 

組織変更をするということは人事面も?

組織変更と合わせて、その力が最大限に発揮できるよう、職務分掌や決裁権限の見直しが必要になるでしょう。取締役会があれば、取締役の過半数が買い手企業のプロパーとなるように人事配置を行い、スムーズな意思決定ができる体制を構築します。伴って、買い手企業の定款と齟齬がある場合などに、定款を変更する必要もあります。

クロージング当日に行われる臨時株主総会および臨時取締役会にて、役員および代表取締役の選任決議と合わせて定款変更決議も行ってしまうことが一般的ですね。

 

規程類・業務運用ルールも原則的には、親会社に合わせておく

就業規則や給与・退職金規程などの労務関連の規程に加えて、業務運用上の規程・ルールを買い手企業の運用に合わせる形で変更します。従業員さんの生活に直結することになるので、従前の規定と比べて不利益な内容の変更となる場合は、同意がなければ労働契約法第10条による合理性審査の規律が適用されますので、専門家に相談することをお勧めします。

 

社内外への情報発信も検討しましょう

金融機関にはもちろんのこと、重要な取引先への挨拶まわりなどは、あらかじめ、リストアップおよび優先順位を決定しておきます。そして、公表後のできるだけ早い段階でアポイントだけでもいれるようにします。このあたりでトラブルを起こすと、関係修復のために大きな労力が発生してしまいます。社外への公表は、プレスリリース、ホームページ上での告知などが一般的ですが、非上場中小企業の場合は、特に法的な制約はないため、必要に応じて自社で検討することになります。

 

 社内コミュニケーションも大切に

社外への公表から大きく遅れないタイミングで社内への公表も行います。この際、コミュニケーション内容に齟齬があると双方の従業員さんにいらぬ憶測や噂話を生んでしまい、こちらも後々に悪影響があるため、同じ文書で発信するようにしてください。

また、一定期間が経過した後でもよいので、双方の理解を深めるための対話の機会を企画するのもよいでしょう。

例えば、幹部同士の懇親会や、同様の部門同士の相互見学会、交流会などです。同様の部門同士が情報交換することで、シナジー効果だけでなく、従業員さんにも統合作業の当事者としてその重要性を認識してもらうことが期待できます。

 

まとめ

今回は、統合作業のポイントについて新人担当者のツナグと一緒にまなびました。M&Aは、売り手企業の従業員さんだけなでなく、買い手企業の従業員さんにとっても一大事です。そのため、早めの情報共有により不安を取り除き、信頼関係を醸成することが重要です。

意思決定プロセスや、統合の目的など双方の経営層が、直接双方の従業員に語り掛けることは、組織にとって重要な共通目的や貢献意欲の醸成に直結します。統合作業をうまく進めることができれば、関係者一同のモチベーションをアップさせることにも繋がり、副次的な効果も期待できることでしょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか①

M&Aの交渉の際などに締結される秘密保持契約

M&Aのみならず、企業同士で業務提携をする場合、中小企業診断士が企業のコンサルティングをする場合のほか、従業員が退職する場合など、ビジネスにおいて自社の秘密情報が漏れないようにするため秘密保持契約が広く用いられています。

秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、企業が保有する顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製造方法、ノウハウなどの秘密情報を相手方に提供する場合に、相手方が情報を第三者に漏らすことを禁止することを企業が求める契約をいいます。企業は外部に知られたくない情報を多く保有する一方、さまざまな理由により当該情報を相手方に提供する必要が生じたときに秘密保持契約が締結されます。

企業としては、秘密保持契約を締結した以上、企業が保有する情報が守られると考えるのはある意味当然のことといえます。しかし、実際は秘密保持契約さえ締結すれば万全であるとは言い難いようにも思われます。

 

実際にはハードルが高い企業間の秘密保持契約における責任追及

秘密保持契約も契約である以上、当事者間に法的な拘束力が生じることはいうまでもありません。法的な拘束力が生じるということは通常契約に基づく義務違反があった場合は裁判所に対して訴訟という形で救済を求めることができることを意味します。具体的には、秘密情報の利用をやめさせる差止請求や秘密情報の利用によって生じた損害について損害賠償請求をするというものです。しかし、実際にはこれらの請求を求める旨の訴訟をするのは、なかなかハードルが高いようにも思われます。

例えば、秘密保持契約では、「本契約の履行にあたり、甲が秘密である旨を明示して開示する情報及び本契約の履行により生じる情報(以下『秘密情報』という。)を秘密として取り扱い、甲の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない」などと規定されます。

そうすると、相手方が秘密保持契約に基づく義務に違反したというためには、秘密情報を第三者に開示したことを主張・立証する必要があります。しかし、秘密情報を第三者が保有していたとしても、それが契約の相手方がいつ、どのような形で第三者に開示したのかを把握し、立証することは容易ではありません。第三者による秘密情報の第三者への開示は企業が知らないうちに行われることがほとんどであるからです。

また、仮に義務違反を主張・立証できたとしても、それに『よって』いかなる額の損害が企業に生じたのかを立証することもまた容易ではありません。

さらに、裁判所による手続を行うと相当の時間を要します。特に差止請求の場合は、裁判所による判断が出るまでの間、相手方は当該秘密情報を用いたり、第三者に開示したりすることができます。差止請求の場合は訴訟よりも比較的早く進む仮処分を行うことになりますが、それでも早くとも数か月を要することとなります。

 

秘密情報を狭く解釈した裁判例

上記のような主張・立証の問題や、裁判所における手続に要する時間の問題は、法的手続をとる際に検討を要する問題であり、秘密保持契約に固有の問題とはいえないとも思われます。しかし、秘密保持契約による義務違反の責任追及に関しては、以下のような問題もあります。

通常、秘密保持契約においては「『秘密情報』とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう」などと定義されます。

この定義であれば当事者が秘密であると明示すれば当然に秘密情報に該当するはずです。しかし、裁判例では、「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である」(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)としたものがあります。

この裁判例によれば、秘密保持契約における秘密とは、企業が秘密であると明示するだけでは足りず、不正競争防止法における営業秘密と同様の内容のものである必要があると裁判所は考えているのです。

いわば契約書に記載のない要件を付加しているという点で、この裁判例は注目すべきものということができます。

では、ここにいう不正競争防止法における営業秘密とはどのようなものをいうのでしょうか。この点については、次回に説明をしたいと思います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aの仲介手数料にご注意!~レーマン方式は1つじゃない

 

中小企業の間でも事業承継や事業のEXIT手法としてM&Aの活用は広がってきています。しかし、複雑な手続きや専門的な契約書の条件など、多くの事業者にとって独力でM&Aに取組むのは非常に高いハードルがあります。

こうした背景から、多くの企業はM&A専門会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)に相談することになります。しかし、M&Aが成立しても依頼した事業会社とM&A専門会社との間で、料金をめぐるトラブルが後を絶ちません。

今回は、M&Aの売り手・買い手の視点から、テレビCMでも有名になった「レーマン方式」という代表的なM&Aの料金計算方法にスポットを当ててご説明します。具体的なケースを用いて、計算方法の違いによってどの程度料金に差が生じるのかを考察してみましょう。

1. 中小M&Aガイドライン改定の契機にもなったM&Aの料金問題

中小企業庁は2023年9月に中小M&Aガイドラインを改定しました。背景には、事業承継の手段として中小M&Aが普及する一方で、M&A仲介やFAとの間で①手数料体系のわかりにくさ②支援の質のばらつき③契約の複雑さなどが原因でトラブルが頻発していることがあります。

特に、手数料体系については、中小M&Aガイドライン(改定版)で次のような点が指摘されています。

i)仲介者・FAの手数料は、成功報酬の算定方法が複雑な上、最低手数料の適用が各社各様であり適切に把握することが困難

ii)手数料算定法として「レーマン方式」が多用されているが「基準となる価額」については様々な手法があり、手法毎に報酬額が大きく変動し得る

こうしたことから、同ガイドラインでは、仲介者・FAは手数料に係る重要事項を仲介契約・FA契約締結前に、書面交付して説明することが義務付けられるようになりました。

2.「レーマン方式」とは

それでは手数料算定方法の代表格である「レーマン方式」とはどのようなものなのでしょうか?

「レーマン方式」とは、M&A専門のFAや仲介事業者の間で一般的に使われているM&A取引における成功報酬の体系です。取引金額に応じて報酬料率が変動する仕組みになっています。中小M&Aガイドライン(改定版)に例示されているものは次のようになっています。

(表1:レーマン方式の一例)

取引金額が5億円までの部分・・・5%

取引金額が5億円を超え10億円までの部分・・・4%

取引金額が10億円を超え50億円までの部分・・・3%

取引金額が50億円を超え100億円までの部分・・・2%

取引金額が100億円を超える部分・・・1%

取引金額が大きくなるにつれて、料率が徐々に低減していくという特徴があります。

株式譲渡によるM&Aの場合で、取引金額=株式譲渡代金という条件で成功報酬を計算すると次のようになります。

取引金額(株式譲渡代金):6億円

成功報酬:5億円×5%+1億円×4%=2,500円+400万円=2,900万円

着手金や中間金など成功報酬以外の料金が設定されている場合もありますが、単純化するためここでは省略します。

この株式譲渡代金を取引金額とする「レーマン方式」を「株価レーマン方式」と言います。しかし、実務においては「レーマン方式」には「4種類」のバリエーションがあり、適用される方式によって全く異なる料金となってしまうところに注意が必要です。

3.「4つのレーマン方式」で料金を試算すると?

(1)4種のレーマン方式

レーマン方式としては、一般的に活用されている方法として次のような方式があります。

方式によって何が取引金額の対象となっているのかを見てみましょう。

・株価レーマン方式:株式譲渡代金

・オーナー受取額レーマン方式:株式譲渡代金+経営株主からの借入金

・企業価値レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債

・移動総資産レーマン方式:株式譲渡代金+有利子負債+すべての負債(買掛金・未払金など)

(2)料金の試算

「レーマン方式」の種類によって、料金にどのような違いがでてくるのか具体例を基に見てみましょう。

【M&Aの前提条件】

株式譲渡代金:6億円

経営株主借入金:1億円

有利子負債:2億円

買掛金・未払い金など:1億円

レーマン方式の表は上記2の「表1:レーマン方式の一例」を使用します。

①株価レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%+株式譲渡代金1億円×4%=2,900万円

②オーナー受取額レーマン方式

 料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+経営株主借入金1億円)×4%=3,300万円

③企業価値レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円)×4%=3,700万円

④移動総資産レーマン方式

料金=株式譲渡代金5億円×5%

+(株式譲渡代金1億円+有利子負債2億円+買掛金・未払い金など1億円)×4%

=4,300万円

上記のように、料金は最も低額な株価レーマン方式の2,900万円から、最も高額な移動総資産レーマン方式の4,300万円まで1,400万円も差額が生じることになるのです。

4.実際にM&A専門会社と相談する際の留意点

上記のように、同じ取引であっても1,400万円もの差額が生じる可能性があるため、M&Aの仲介やFAを依頼する場合、どのような料金体系であるかをきちんと事前に確認することが重要です。

料金体系には「レーマン方式」の成功報酬の他に、着手金や中間金、リテイナーフィー(月額報酬)もあります。料金の見積もりを必ず書面で提示してもらいましょう。

中小M&Aガイドラインの改定と並行して、中小企業庁は「M&A支援登録機関」の制度を創設しました。これは本登録制度にあらかじめ登録されたもののみを事業承継・引継ぎ補助金の補助対象とする制度ですが、中小M&AガイドラインをM&A専門機関に遵守することを促すために導入された背景があります。

「M&A支援登録機関」登録さているM&A専門会社は、HPやパンフレットに「中小M&Aガイドライン」を遵守することが義務付けられており、料金体系については重要として説明することが求められているため透明性は高いといえるでしょう。

まずは、M&Aに相談する際には「M&A支援登録機関」であることの確認をされてみてはいかがでしょうか。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスを成功させるポイント その5(ビジネスDD)

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において非常に重要な手続きで、取引の成否を左右する要素です。M&Aではリスクの大半を買い手が負担することになるため、DDを通じて対象企業のリスクを正確に評価することが極めて重要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:やっとビジネスDDまで来たね。ビジネスDDは、最初の着手提案(事業計画を始める際の初期提案)の際にまとめたものがあるからもういらないよね?

着手提案の際は、あくまで、オープンデータをもとに仮設した内容に沿った大まかな計画でしたよね。ここでは、詳細な顧客データを基にした、既存事業と同程度中継計画を策定する必要があります。なぜなら、これは、追加投資のタイミングや総額、それによるリターン(いつ、いくらで発生するか)や投資回収の完了時期など、詳細な情報が経営判断に不可欠だからです。

さらには、下振れリスク(成果が予想を下回ってしまうリスク))と下振れした場合の数値、加えて下振れリスクへの対策案などなど。シナジーが見込まれる関連事業部のメンバーも計画書策定に参画してもらいましょう。

 

外部環境分析

着手提案で行った内容とほぼ同じになりますが、以下のような視点が必要となります。
・市場規模の推移および将来の見通し
・競合他社のシェアや動向
・市場(ユーザーや価格)の動向
・仕入先の動向や原材料価格の推移
・代替品、新規参入の動向
・その他(法的規制、技術開発など)
これらが、買収する事業運営にどのような影響を及ぼすのかについて定量的・定性的にまとめましょう。

 

内部環境分析

内部環境分析では、主に、買収によるメリット、デメリット、デメリットへの対策などの視点で分析を行います。これにはビジネスモデル、研究開発、調達、生産、物流、販売、サービス、経営管理、人的資源、技術・ノウハウ、ネットワークなどの情報資産、設備などの物的資産などが含まれます。これらの要素について、その特徴、強み、問題点、課題などが分析すべき視点です。

 

事例紹介

私が、過去に携わったビジネスDDの事例では、売り手から提示された数値計画とは別に、買い手サイドで数値計画を立案したことがありました。そのために必要な、過去の社内会議資料や顧客データベースなどの情報提供と、担当者のヒアリングに協力をお願いしました。決して、売り手側の計画に不信感を持っていたわけではありません。この一見、無駄な作業のように感じられることを行うことで、売り手のビジネスモデルや連携先などを深く知るとともに、買収後の営業活動計画について、準備を始めることができ、結果として、早期に成長軌道に乗せることに成功しました。

 

シナジー効果の試算

自社の既存事業や既存の経営資源とのシナジー効果を分析は、バリューチェーン分析を活用すればよいでしょう。
バリューチェーン分析とは、企業が、製品やサービスを消費者に届けるまでの全活動について、それぞれどのように価値を生み出しているかを分析する手法です。シナジー効果を試算するためには、買収事業についても、バリューチェーン分析の切り口で分析を行い並記します。これにより、各活動でどのようなシナジーがあるのかについて明らかにします。

具体的には、研究開発や商品企画、仕入れ、仕入れ物流、生産・加工、製品物流・配送、営業販促、サービスに加えて、ヒト・モノ・カネ・情報の視点をとりれることで抜けもれのない分析が可能になります。また、自社既存事業で発生するメリット、既存事業が買収事業へ寄与できること、重複活動を削減するメリットなどを分析します。必ず、売上アップに関するシナジーとコストダウンによるシナジーの両面から検討しましょう。

ここで明らかになったシナジー効果は、定量的に表現することで数値計画に反映することができます。その結果、投資回収期間の試算を通じて、買収価格の検討材料とすることができます。

 

まとめ

今回は、ビジネスDDに絞ってツナグと一緒に学びました。ビジネスDDでは、着手提案の段階で仮説していたことの検証作業、あるいは疑問点などの解消を通じて、買収戦略を評価する作業だと捉えてください。社内提案など、ここまですでにいろいろな労力が発生していると思いますが、それらはいったん脇に置き、すでに自社の事業であるとの認識に立ち、正しい経営判断に必要な精緻な計画を立案を目指しましょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

LBOのメリット・デメリット

M&Aの資金をどのようにして調達するか

いうまでもなく、M&Aには多額の資金が必要となります。M&Aのための資金調達方法としては、さまざまなものがありますが、今回はLBOについて取り上げたいと思います。

LBOとは、買い手が売り手の資産などを担保として金融機関から融資を受けることによってM&Aを行う方法をいいます。売り手の資産を担保とするということは要するに、M&Aを行うために行う借り入れなどの債務の責任を買い手ではなく売り手に負担させるということを意味します。逆に言えば、買い手はわずかな手持ち資金でM&Aを行うことが可能な方法であるともいえます。

LBOとは、「Leveraged Buyout」の略語です。「Leveraged」とは、小さな力で大きな力を生み出すことができるという「てこの原理」を意味するのですが、買い手がわずかな資金でM&Aという大きな買い物ができることをよく表しているということができます。

 

具体的なLBOのスキーム

LBOは、具体的には以下のような流れで行われます。

まず、実質的な買い手は、当該M&Aの買い手となることのみを目的とする会社を設立します(このような特定の目的のためのみに設立する会社のことを特別目的会社(SPC)といいます。)。

このSPCはM&Aの買い手となることのみを目的としている以上、ある種ただの権利義務の「箱」に過ぎません。この「箱」に金融機関などから調達した資金を入れ、M&Aを実行します。M&Aの実行により買い手であるSPCは、売り手の100%親会社になる一方、金融機関から多額の債務を負っている状態になります。

そして、その後にSPCと売り手を合併するのです。そうすることで、SPCの株主である実質的な買い手が売り手の株主となるとともに、SPCが負っていた多額の債務は売り手に承継されます。このため、売り手はSPCが負っていた債務の返済を行うことになるのです。しかも、売り手の資産は担保に入っていますので、売り手としてはSPCが負っていた債務を優先的に弁済することが求められます。

 

LBOにはどのようなメリットがあるか

LBOの流れからも明らかなように、LBOにおいてはM&Aのために調達した資金について直接債務を負うのは、買い手ではなく、売り手となっています。この点で、買い手には負担が少ないというのがLBOのメリットであるといえるでしょう。

すなわち、LBOでは、買い手は少ない資金で自己よりも大きな企業のM&Aを行うことが可能ですし、返済リスクを負うことも基本的にはありません。

また、LBOでは売り手側にとってもメリットがないわけではありません。LBOの場合、SPCが株式を取得するため、適正レベルの株価よりも高い金額を提示します。したがって、売り手の株主は、保有している株式の売却により多くの売却益を獲得することが可能となるのです。

 

LBOのデメリット

LBOにもデメリットはありますが、デメリットはメリットの裏返しともいえるかもしれません。すなわち、一般的なM&Aでは買い手がM&Aのための債務を負いますが、LBOは売り手が多額の債務を負担してしまいます。本来は優良企業であるはずの売り手がLBOによって多額の債務を負担することになります(しかも、優良企業で企業価値が高い売り手ほどM&Aに多額の資金が必要となるため、売り手が負う債務が多額になるというパラドックスがあります。)。

そのうえ、当該債務を優先的に返済していかなければならないため、売り手の本来事業が相当に好調で、十分なキャッシュフローがある必要があるのです。

 

従業員による事業承継にも用いられるLBO

メリットもデメリットもあるLBOですが、従業員による事業承継の方法として用いられる場合もあります。従業員はサラリーマンですので、企業の株式を取得することができるだけの資金を調達することが難しいことが少なくありません。このような場合に、LBOを用いることで、従業員が企業のオーナーとなることができるのです(このようなものを、従業員による企業買収(EBO Employee Buyout)ともいいます。)

従業員が企業を引き継ぐと決心した場合は、LBOによって企業が負った債務を返済するという覚悟がある場合が多いでしょうし、そもそも、従来の経営方針や社風なども維持されるため、大きな混乱が生じる可能性も低いといえるでしょう。

このことからも、LBOは、従業員による事業承継の方法として、大いに検討の余地があるのかもしれません。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

事業承継のボトルネック「経営者保証」対策は事業承継保証の活用で

今回は、経営者が高齢化して、事業承継の検討が必要な企業の視点で経営者保証と事業承継の関係についてみていきましょう。

 

1.借入金の経営者保証は事業承継のボトルネック

業績も財務内容も良好なのに後継者未定で事業継続の見通しが立たないために廃業を検討している中小企業は少なくありません。

中小企業庁の推計によると2025年には団塊の世代が後期高齢者になることに伴い、中小企業経営者381万人のうち245万人が70歳以上となります。その約半数の127万人は後継者未定のため、事業継続のためには親族承継や従業員承継だけでなく第三者承継の選択肢も検討する必要があるのです。

ところが、後継者候補がいる118万社についても、その内22.7%は経営者保証を理由に事業承継をしないという調査結果があり、経営者保証は事業承継上の大きな障害となっています。M&Aなどの第三者承継の場合にも、承継者が経営者保証を提供することが借入を継続する条件とされることは少なくなく、経営者保証対策は事業承継を進める上で、重要な課題となっているのです。

ボトルネック解消のキーとなる「経営者保証解除」についてどのような対策があるのか考察していきます。

 

2.経営者保証ガイドラインと経営者保証の代替制度の検討

2014年に、全国銀行協会と日本商工会議所が策定した「経営者保証ガイドライン」が導入されました。①経営者と会社の経理が明確に区分・分離されていること、②財務基盤が健全で借入金を返済できる収益力が十分認められる、③金融機関に対する財務情報の開示が十分であるなどの3要件の充足度合いに応じて、経営者保証を求めないことや保証機能の代替手法の活用を検討することが努力義務となったのです。

経営者保証が原因で、事業承継に行き詰まっている場合、まず、経営者保証ガイドラインの視点で自己点検してみると経営者保証解除に向けて何をすべきなのか、課題が明らかになってくるでしょう。具体的な考え方は『経営者保証に関するガイドライン』Q&Aに示されていますので参照すると良いでしょう。

点検した結果、経営者保証を直ちに解除できなかったとしても諦める必要はありません。

こうした動きの中で、全国信用保証協会は事業承継を対象とした保証制度を拡充し、様々なケースに応じた経営者保証の代替手法の提供を開始しています。どのようなケースで活用可能なのか具体的に見ていきましょう。

 

3.事業承継特別保証とその類型

「事業承継特別保証制度」は2020年に導入された経営者保証を不要とする信用保証制度です。「資産超過」、「返済緩和債権なし」、「一定の返済能力(EBITDA有利子負債倍率10倍以内*)」、「社外流出等なし」等の一定の要件を満たすことを前提として、同制度の適用を受けることができます。この保証制度を利用することで新規の借入の場合はもちろん、経営者保証ありの既存の借入金を借り換える際に経営者保証を不要にすることが可能となります。

さらに、中小企業活性化協議会や事業承継・引継ぎ支援センターの確認を受けることで信用保証料率の割引を受けることができます。

*EBITDA有利子負債倍率=借入金などの有利子負債をEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益で除したもの。会社のキャッシュフローを基に借入金を何年間で返済できるかを見るために使用する指標。

 

4.事業承継の形態に応じた信用保証協会の施策

さらに事業承継特別保証には、上記以外にもいくつかの類型があります。事業承継の実施形態に応じて以下のような保証制度が設けられています。

 

(1)事業承継サポート保証

持株会社を設立し、持株会社が事業会社の株式を買い取る資金を借入れする際に利用できる保証制度です。持株会社が事業会社の株式の2/3以上を保有し、かつ、持株会社の株式の2/3以上を後継者が保有していることなど、一定の要件を満たしている場合に対象となります。

(2)経営承継関連保証

「事業会社」が経営の承継のために必要な資金を借りる際に利用できる保証制度です。

後継者が代表者に就任後、「事業会社」が株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(3)特定経営承継関連保証

新代表者に就任した「後継者個人」が事業承継に必要な資金を借りる際に利用できる保証制度です。「後継者個人」が株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(4)経営承継準備関連保証

M&Aによる事業承継に必要な資金に利用できる保証制度です。買い手企業が売り手企業・株主等から株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(5)特定経営承継準備関連保証

従業員をはじめとした事業を営んでいない個人による買収(EBO等)に利用できる保証制度です。株式や事業用資産を取得する資金を借入れする場合などが対象となります。

 

いずれのケースでも経営承継円滑化法による経済産業大臣の認定が必要となります。

 

5.売り手・買い手の立場に立った専門家を活用しよう

事業承継支援について、親族承継であれば相続の専門家、第三者承継であればM&Aの仲介会社などといったように、後継者の属性だけに着目して支援している専門家の場合、経営者保証がネックになっていて前捌きが必要なケースには対応しきれません。

事業承継を検討する際には、特定の専門家に決め打ちせず、本件のような経営者保証(金融面)が課題となっている場合は、金融に明るい専門家を探してみると案外、解決の糸口が見つかり易いのではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)