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失敗しないM&Aのデューデリジェンス入門(買い手の視点)

近年、M&Aを実施した後に、買収した会社の簿外債務がM&A後に発覚し巨額損失を被った事例や、法務リスクの見逃しによる訴訟問題が発生するケースも増加しています。これらの中にはデューデリジェンスの不備が原因となっているものが少なくありません。今回は、中小M&Aにおいて買い手が失敗しないためのデューデリジェンスのポイントについて考察します。

 

1.デューデリジェンスとは何か? – 基礎知識とその目的

デューデリジェンス(以下、DD)は、M&Aにおいて重要な役割を果たす調査プロセスです。売り手企業の詳細な情報を収集し、買収後のリスクを評価することが目的です。特に、中小M&Aでは、通常のM&Aと異なり、リソースが限られているため、効率的なDDが求められます。DDが不十分であると、後に予期せぬ問題が発生し、大きな損失を被る可能性があります。

DDは買い手が取引前に見落としがちなリスクを可視化し、最終的な意思決定をサポートする役割を持っています。M&Aを成功させるためには、リスクの評価と適切な対策が不可欠であり、DDはそのための重要な役割を担っています。

 

 

2.デューデリジェンスの主要な対象と役割

(1)法務DDによるリスク防止

法務DDは、売り手企業の法的なリスクを明確にするための調査です。具体的には、契約内容やコンプライアンス状況の確認、知的財産権の保護状況、訴訟リスクの有無などを調査します。例えば、契約書における不利な条件や隠れたCOC条項(注1)を見つけることで、取引後のリスクを未然に防ぐことが可能です。法務DDは、買収後の法令や権利義務に関するトラブルを防ぐための重要な役割を担っています。

 

(注1)COC条項:Change Of Control条項。M&Aなどで一方の当事者に経営権・支配権の変更・異動が発生した場合に、契約内容に制限を設けたり、もう一方の当事者によって契約解除を可能にしたりする条項を指します。

 

(2)財務DDによる企業価値の評価

財務DDは、売り手企業の財務状況を調査し、潜在的リスクを特定するための調査です。例えば、時価純資産や正常収益力の評価、簿外債務の有無などを調査します。財務DDで売り手企業の隠れた負債や資産の含み損が発覚し、取引価格の調整が必要となることがあります。さらに、企業の正常収益力やキャッシュフローの安定性を見極めることで、買収後の経営リスクを最小限に抑えることができます。財務DDは、企業の実質的な価値を見極めるための重要な役割を担っています。

 

 

3.法務DDと財務DDの評価と留意点

 

(1)法務DD評価書の基本構成とリスク管理

法務DD評価書は、契約内容や法的なリスクを正確に把握するための資料です。基本構成としては、既存の契約の有効性、知的財産の保護状況、規制への適合性、訴訟リスクなどが主要な評価項目となります。例えば、売り手企業が賃借しているオフィスの賃貸借契約にオーナーチェンジの場合の契約解除が規定されていることが法務DDで発見された場合、賃貸借契約の契約解除条項を見直すことがM&Aの前提条件として求められることになります。こうした既存の契約上のリスクを事前に明確にすることで、M&A実施後の法的なトラブルを防止することが可能になります。

 

(2)財務DD評価書の基本構成と注意点

財務DDの評価書は、買収判断を行う際の譲渡価格を決定するための重要な資料です。この評価書には、売り手企業の財務状況の分析、時価純資産や正常収益力の評価、キャッシュフローの安定性などが詳細に記載されます。例えば、財務DDにより、売り手企業の保有資産に含み損が発覚したり未払給与などの簿外債務が発覚したりした場合は、取引価格引き下げの交渉材料になります。財務DD評価書では、企業の収益性や負債のリスクを正確に把握し、企業価値評価の妥当性を検証することが求められます。財務DDによって、適切な譲渡価格の評価やM&A実施後の経営安定性を確保することができます。

 

 

4.デューデリジェンスの実施手順と譲渡契約、経営統合作業(PMI)への反映

 

(1)DDの実施手順

DDの成否は、適切な手順と進行管理にかかっています。まず、売り手企業からDDに必要となる徴求資料リストを作成し、必要な情報を事前に整理することが重要です。この段階での資料確認は、後の調査進行をスムーズにするための鍵となります。中小M&Aでは売り手企業の管理体制が不十分なため、DDに必要な資料を作成していないケースがあります。不足情報がどのようなリスクに関連しているのかを把握することが重要ですが、並行して不足資料の作成を依頼したり、作成できない場合は、現地の実査やヒアリングしたりにより補完することも選択肢となります。

 

(2)DD結果の譲渡契約への反映

また、DDにより把握したリスクを契約書の内容にも反映してコントロールすることも重要です。例えば、M&A実行時点で特定できない財務リスクがある場合には、譲渡契約にアーンアウト条項(注2)を規定して取引の安全性を確保すること方法があります。

法務リスクについては、表明保証条項(注3)の活用が有効です。特に、中小M&Aは譲渡価格が少額なため、弁護士などの専門家に法務DDを委託することが困難な場合もあります。売り手企業が、法令等に違反していないことや違反していた場合、売り手企業の経営者が買い手企業に損害賠償することなどを譲渡契約に規定してリスク対策をすることが有効な手段となります。

 

(注2)アーンアウト条項:M&A実行後、一定の期間において買収対象事業が特定の目標を達成した場合、買い手企業が売り手企業や売り手企業の株主に対して予め合意した算定方法に基づいて買収対価の一部を支払う規定である。M&A実行時に買収後の業績が不透明な場合などに買い手企業の事業リスクを抑える効果がある。

(注3)表明保証条項:譲渡契約締結時(またはM&A実行時)において、売り手企業が買い手企業に対して、事業内容が法令に違反していないことや、簿外債務・偶発債務の不存在などを表明し、かつ、その内容を保証する規定。違反した場合の損害賠償や契約の解除などが可能でリスクを抑えたり予防したりする効果がある。

 

(3)経営統合作業(PMI)への反映

さらに、DDの結果は、買収後のPMIにも影響を与えます。DDで発見されたリスクを、買収後の統合計画に反映させることで、スムーズなPMIを実現することができます。たとえば、次のようなケースが想定されます。

 

【1.製造業の事例】安全基準違反を発見し工場設備改善に反映」

売り手企業の保有する工場に、DDで安全基準の問題が発見され、買収後のPMI において最初の施策として、工場の設備改善プランを策定する

【2.IT企業の事例】データセキュリティの脆弱性を発見しセキュリティ対策強化に反映」

売り手企業のシステムに、DDでデータセキュリティの脆弱性が発見され、買収後のPMIにおいて、セキュリティ監査、脆弱性の修正、従業員向けのセキュリティトレーニングなどセキュリティ強化対策プランを策定する。

 

まとめ

DDは、M&Aの成功を左右する重要なプロセスであり、買収前にリスクを可視化し、取引後の安定した経営を実現するための手段です。適切な法務DDと財務DDの実施により、潜在的なリスクを事前に発見し、取引条件に反映させることで、買収の成功率を高めることができます。DDの結果を契約書やPMIに反映させることで、買収後のリスクを最小限に抑え、成功を確実にすることが可能です。買い手企業としては、DDに関する最小限の知見を備えた上で、外部の専門家のサポートを活用することで、より安心してM&Aに取組むことが可能になるといえるでしょう。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

 

 

 

 

M&A後の経営統合での失敗事例

「PMIとは、買収後の経営統合のこと」と、その1・その2でもお伝えしてきました。そして、数年後に「あのM&Aは成功だった」と評価されるために、PMIは最も重要なフェーズです。しかし、売り手経営者との基本合意が取れた後の作業を軽視する買い手経営者が多いと感じています。具体的には、担当者任せにし、時折進捗報告を求めて叱咤激励や思いつきの助言をするケースが散見されます。

もちろん、経営者が本来の業務や他の案件発掘に時間を費やしたいという考えは理解できます。しかし、M&Aの目的は経営課題の解決であり、統合によるシナジー効果の創出がその本質です。

本日は、私が実際に目にした事例をご紹介します。いずれも「そんなことが本当に?」と思えるような話ですが、実はよく耳にする事例です。ご自身の周りで同じようなことが起きていないか、ぜひアンテナを立ててお読みください。

 

失敗事例1:計画立案が遅れ、準備不足によって新たな問題を生み出したケース

あるケースでは、経営者がM&A交渉に全力を注ぎすぎて、買収後の経営統合方針の立案を後回しにしてしまったことが問題の原因でした。「どの程度のシナジーを求めるか」といった意思決定が全くなされていなかったのです。

経営統合の方針は、「吸収型統合」で買収先を完全にコントロールするのか、それとも「連邦型統合」で相手の独自性や自立性を尊重するのか、といった重要な意思決定です。しかし、この大きな方針が決まっていないと、経営統合の担当者は業務の各項目で都度経営層の意思決定を仰がなければなりません。担当者側からすると、精神的にも、時間的にも、業務量的にも非常に大きな労力が必要になります。

例えば、従業員の処遇や人事制度、システム統合の有無、取引先や金融機関への対応など、さまざまな意思決定が後手に回りました。結果として、買収先の企業も業務に支障をきたし、特に大きなプロジェクトや広告活動などの判断が遅れ、次第に取引の失注が増え、業績が大幅に低迷しました。

文章では「多少の準備不足くらいすぐに巻き返せるだろう」と考えるかもしれませんが、現実はそう甘くありません。M&Aの現場は常に動いており、大きな方針を後から策定しながら進めるのは非常に困難です。なぜなら、統合過程で新たな情報や短期的な利益・損失など、意思決定を妨げる要素が次々と現れるからです。

繰り返しになりますが「事前準備は入念に」という基本原則が再認識させられる事例です。

 

失敗事例2:情報共有の遅れが従業員の不安を引き起こしたケース

次に、統合後のコミュニケーション不足が原因で、買収先の従業員に不安や不信感を与え、結果的に重要な人材を失ったケースです。

このケースでは、統合計画自体はしっかりと立案されていたものの、「新たな情報が入れば柔軟に対応しよう」と、コミュニケーションの量や質および共有範囲を制限しました。その結果、計画の共有が遅れ、相手企業の従業員に不安感を抱かせることになりました。やがて、それは不満や反抗心を引き起こすことに繋がり、やがて、双方の関係がぎくしゃくするまでに発展してしまいました。

さらに、悪いことに、M&A交渉を担当していた相手側責任者(売り手)が買い手側と売り手側の間で板挟みになり、最終的に精神的なダメージを負って退職する事態にまで発展しました。自分が長年所属してきた売り手側の組織からは。「おまえは、どっちの味方なんだ?」と詰められ、買い手側からは、「どうしてそんな風になっているんだ?どうにかならないのか?」と責めよられたのです。

コミュニケーションや情報共有は、組織運営の基本です。誠意を持って、オープンかつ迅速に情報を共有することが重要です。特にPMIの初期段階では、従業員の不安を取り除くために積極的な情報共有が不可欠です。自分たちが統合したいと考えた相手先企業のこと、その企業の従業員を全面的に信頼しましょう。

 

まとめ

今回は、M&A後の統合作業における失敗事例を交えて、重要なポイントを解説しました。M&Aは、売り手企業の従業員だけでなく、買い手企業の従業員にとっても大きな変化を伴います。そのため、早めの情報共有によって不安を取り除き、信頼関係を築くことが重要です。

うまく進めることができれば、関係者のモチベーションを高め、さらに副次的な効果も期待できる優れた経営戦略です。慎重かつ大胆な経営判断が求められ、経営者としての手腕が試される場でもあります。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そして、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」としました。

そのうえで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか(なお、表明保証が万能ではないことについては、拙稿「本当はこわい表明保証条項」(https://stella-consulting.jp/archives/577)もご参照ください。)。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そのうえで、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」なかで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

中小M&Aガイドラインの改定 ~売り手が知っておくべき2024年(第3版)の変更点

 2024年8月、経済産業省から中小企業向けのM&Aガイドライン第3版が発表されました。この改定は、中小企業がM&Aに取り組む際の透明性を高め、健全なM&A市場を維持することを目的としたものです。本コラムでは、改定の背景と主要なポイントを解説し、売り手が特に留意すべき事項を取り上げます。

 

1.ガイドライン改定の背景

中小企業の事業承継や成長戦略としてのM&Aは、後継者不足や事業拡大の手段として重要性を増しています。しかし、M&A市場において不適切な買い手の存在や、経営者保証に関するトラブル、さらにはM&A専門業者の過剰な営業や広告が問題となっています。この背景を受け、2024年8月のガイドライン改定では、これらの課題に対応し、中小企業がM&Aにおいて不利益を被らないよう、健全な環境を整備するための対策が盛り込まれました。

 

2.改定の主なポイント

(1)仲介者・FAの手数料と提供業務に関する事項の明確化

M&Aにおける手数料体系や業務内容の不透明さが、中小企業にとって大きなリスクとなっています。今回の改定では、中小企業が手数料や業務内容を事前に確認できるよう、仲介者やFAには次のような様々な義務が課せられました。

①手数料の詳細説明:報酬率、報酬基準額(譲渡額、純資産額、移動総資産額など)、最低手数料、成功報酬などの算定基準や支払時期について、詳細な説明が必要です。

②業務内容の具体的説明:プロセスごとに提供される業務(マッチング、バリュエーション、交渉支援など)を具体的に示し、担当者の資格や経験年数、成約実績も含めた説明が求められます。

(2)広告・営業の禁止事項の明確化

過剰な広告や営業活動が中小企業に対して負担を与えるケースが多発しています。改定により、広告・営業の実施は次の点に従うことが義務付けられました。

①広告・営業の停止義務:売り手が広告や営業を希望しない場合、即座にそれを停止する義務があります。

②不正確な情報提供の禁止:M&Aの成立可能性や条件について、事実に反する情報を提供することは禁じられています。

(3)利益相反に係る禁止事項の具体化

M&Aのプロセスにおいて、利益相反となる行為を防止するために、次の行為の禁止が明確化されました。

①リピーターへの優遇や譲渡額の誘導:リピーターとなる顧客や買い手を不当に優遇する行為、譲渡額を意図的に低く誘導する行為は禁止されます。

 

(4)ネームクリア、テール条項に関する規律の強化

ネームクリアとは、譲り渡し側の名称を買い手に開示する手続きです。「実名開示」といわれることもあります。この手続きに関して、事前に譲り渡し側の同意を取得することが義務化されました。また、テール条項(仲介契約終了後も一定期間、手数料を仲介対象先に請求できる条項)についても、対象範囲が厳格に限定され、専任契約がない場合の扱いが明確化されました。

 

(5)最終契約後の当事者間のリスク事項について

M&Aの最終契約後、クロージング時に当事者間でトラブルが発生するリスクを低減するため、次の対応が求められています。

①リスク事項の具体的説明:「売り手の経営者保証の扱い」「デューデリジェンスの非実施」「表明保証の内容」など契約後のリスクについて、中小企業に対して具体的に説明し、リスクの顕在化に備えることが義務付けられました。

(6)売り手の経営者保証の扱い

M&Aにおいて、売り手側の経営者保証の解除や買い手への移行が課題となります。今回の改定では、次の対応が推奨されています。

①経営者保証の解除または移行の準備:士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター、金融機関への事前相談を通じて、経営者保証の解除や買い手への移行を確実に実施するための準備が求められます。

 

(7)不適切な事業者の排除

不適切な買い手やM&Aプラットフォーマーを排除するため、買い手の調査と報告が義務化されました。さらに、業界内での情報共有の仕組みの構築が進められ、不適切な行為に対する慎重な対応が求められています。

 

 

3.売り手が留意すべき事項

今回の改定により、中小企業の売り手として特に以下の点について留意しましょう。

(1)仲介者、FAの手数料や業務内容の確認

事前に提供される情報を基に、納得できない場合には手数料の交渉も視野に入れましょう。

(2)経営者保証の解除や移行の準備

M&Aのプロセスの早い段階で、士業等専門家や金融機関への相談を行い、経営者保証に関する対応を検討することが重要です。

(3)リスク事項に関する事前理解とトラブル防止

契約締結後のリスクについて仲介者や専門家と十分に相談し、将来のトラブルを未然に防ぎましょう。

 

4.まとめ

2024年8月に改定された中小M&Aガイドライン第3版では、手数料の透明性やリスク事項への対応、不適切な事業者の排除などが強化されており、M&Aプロセスの透明性と安全性が強化されています。売り手は、ガイドライン第3版を理解し、士業など適切な専門家のサポートを得ながら、安心してM&Aを進めましょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ その2

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。

買い手企業は、買収した会社(事業)と自社事業との統合をうまくやることで、買収効果を最大限に引き出す必要があります。

このPMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

ツナグ:経営統合って、全体の方針を立案して関係者に根回しするだけかと思ってたら・・・「もっと詳細に詰めて再提出しろ!だなんて・・・・僕の長期休暇はいつとれるんだろう・・・。

 

ツナグさん、M&Aの重要なフェーズですから、机上の計画や方針だけでは物足らないのでしょうね。いずれにしてももうちょっとですから頑張っていきましょう!今回は、経営統合におけるタスクリストを作成するイメージで検討していきましょう。

 

管理面のタスクにはどんなことがあるのだろう?

管理面の代表例が組織です。

「組織は戦略に従う」という言葉があるように、今後の経営戦略との整合性が取れ、M&Aによるシナジー効果が最大限となるよう、組織を見直します。

例えば、技術面におけるシナジーの最大化を目指すのであれば、研究者の人的交流(親会社からの派遣または、親会社への出向)を検討することになります。また、先方の営業ネットワークを活用することが目的であれば、営業部門に責任者なり、マーケティング担当者を派遣することが必要になるでしょう。

 

組織変更をするということは人事面も?

組織変更と合わせて、その力が最大限に発揮できるよう、職務分掌や決裁権限の見直しが必要になるでしょう。取締役会があれば、取締役の過半数が買い手企業のプロパーとなるように人事配置を行い、スムーズな意思決定ができる体制を構築します。伴って、買い手企業の定款と齟齬がある場合などに、定款を変更する必要もあります。

クロージング当日に行われる臨時株主総会および臨時取締役会にて、役員および代表取締役の選任決議と合わせて定款変更決議も行ってしまうことが一般的ですね。

 

規程類・業務運用ルールも原則的には、親会社に合わせておく

就業規則や給与・退職金規程などの労務関連の規程に加えて、業務運用上の規程・ルールを買い手企業の運用に合わせる形で変更します。従業員さんの生活に直結することになるので、従前の規定と比べて不利益な内容の変更となる場合は、同意がなければ労働契約法第10条による合理性審査の規律が適用されますので、専門家に相談することをお勧めします。

 

社内外への情報発信も検討しましょう

金融機関にはもちろんのこと、重要な取引先への挨拶まわりなどは、あらかじめ、リストアップおよび優先順位を決定しておきます。そして、公表後のできるだけ早い段階でアポイントだけでもいれるようにします。このあたりでトラブルを起こすと、関係修復のために大きな労力が発生してしまいます。社外への公表は、プレスリリース、ホームページ上での告知などが一般的ですが、非上場中小企業の場合は、特に法的な制約はないため、必要に応じて自社で検討することになります。

 

 社内コミュニケーションも大切に

社外への公表から大きく遅れないタイミングで社内への公表も行います。この際、コミュニケーション内容に齟齬があると双方の従業員さんにいらぬ憶測や噂話を生んでしまい、こちらも後々に悪影響があるため、同じ文書で発信するようにしてください。

また、一定期間が経過した後でもよいので、双方の理解を深めるための対話の機会を企画するのもよいでしょう。

例えば、幹部同士の懇親会や、同様の部門同士の相互見学会、交流会などです。同様の部門同士が情報交換することで、シナジー効果だけでなく、従業員さんにも統合作業の当事者としてその重要性を認識してもらうことが期待できます。

 

まとめ

今回は、統合作業のポイントについて新人担当者のツナグと一緒にまなびました。M&Aは、売り手企業の従業員さんだけなでなく、買い手企業の従業員さんにとっても一大事です。そのため、早めの情報共有により不安を取り除き、信頼関係を醸成することが重要です。

意思決定プロセスや、統合の目的など双方の経営層が、直接双方の従業員に語り掛けることは、組織にとって重要な共通目的や貢献意欲の醸成に直結します。統合作業をうまく進めることができれば、関係者一同のモチベーションをアップさせることにも繋がり、副次的な効果も期待できることでしょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか②

不正競争防止法における営業秘密

前回のコラムにおいて、秘密保持契約における秘密とは、当事者が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(不正競争防止法第2条第6項)と同様の情報を意味するとした裁判例(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)をご紹介しました。今回はこの営業秘密についてもう少し詳しく解説をしたいと思います。

例えば、M&Aの交渉において買い手が売り手から入手した技術的な情報や顧客情報等を自社の事業のために利用した場合を想定してみましょう。売り手としては、当該情報こそが自社の強みであり、競争優位性のもととなっていることも十分考えられます。すなわち、仮に当該情報が競合に流出してしまうと場合によっては売り手の経営基盤が失われることにもなりかねません。

そこで、不正競争防止法は、所定の条件を満たした企業が保有する情報について、窃取等の不正の手段によって取得ないし使用したり、第三者に開示したりした者に対し、損害賠償請求や差止請求といった民事上の措置のほか、刑事罰の対象とすることとしています。ここにいう所定の条件を満たした企業が保有する情報が営業秘密にあたります。

 

営業秘密の3つの要件

不正競争防止法において、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうと定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。

この定義から、営業秘密として法的な保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

①秘密管理性:秘密として管理されていること

②有用性:有用な技術上又は営業上の情報であること

③非公知性:公然と知られていないこと

ここにいう、「秘密管理性」とは、情報にアクセスした者が当該情報について営業秘密であると客観的に認識できることをいうとされています。例えば、「部外秘」等といった記載がある場合や、アクセスするためには一定の権限が必要となるような設定がされているような場合がこれにあたります(その意味で当該情報がどのような形で管理されているのかも秘密管理性の重要な要素であるとされています。)。なお、営業秘密の管理については、経済産業省が策定した営業秘密管理指針が参考になります。

また、「有用性」とは、文字通り客観的に有用な情報であることを意味します。もっとも、有用性が要件とされている趣旨は、あくまで反社会的な情報を保護対象から外すという点にあります。このため、具体的な情報の立証が求められることは多くはなく、当該情報のおおよその内容が意味のあるものであれば基本的にこの要件は充足されるものとされています。

そして、「非公知性」とは、当該情報が実際に知られておらず、かつ情報の保有者の管理下以外において知られる可能性もないような状態であることをいいます。ただし、個々の情報それ自体はすでに広く知られている情報であっても、これらの情報の組合せることなどによって、非公知性が認められることもあります。(余談になりますが、企業が自社の技術を守るための方法として特許が考えられますが、特許はあくまで公開が前提ですので、特許出願の内容が公開されることによる模倣リスクを避けるため、あえて特許出願をせずに営業秘密とすることもあります。)

 

秘密保持契約の限界

今回は、平成24年の大阪地方裁判所の判決を踏まえ、不正競争防止法における営業秘密の意義について解説をしました。これらの解説の内容を踏まえると、不正競争防止法における営業秘密であれば秘密保持契約を締結しなくとも法的に保護される一方、秘密保持契約を締結しても営業秘密に該当しなければ法的な保護を受けることができないと考えた方もいるかもしれません。そのような考えは、必ずしも間違いであるとはいえないでしょう。

しかし、例えば秘密保持契約において具体的な情報(例えば「令和5年度の弊社顧客名簿記載の顧客の氏名及び住所」など)を適示したうえで、秘密に当たると定義した場合など、営業秘密としては保護されなくても秘密保持契約上保護されることもありうると考えます。

また、少なくともM&Aにおいて売り手に対し、買い手は秘密を不用意に第三者に開示することはないという信頼関係を構築していくうえでも秘密保持契約は一定の機能を有しているともいえます。

とはいえ、法的な保護にも限界があるうえ、そもそも一度漏洩された情報を再び秘密にすることは困難を伴うことから、売り手としては買い手に対し、開示する情報の内容、詳しさ、開示方法などについて慎重な検討をする必要があるといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

厚生労働省「えるぼし」認定を取得しました

株式会社ステラコンサルティングは、 2024年5月7日付で厚生労働省による女性活躍の推進に取り組む企業の認定制度「えるぼし」において2段階目の認定を受けました。

「えるぼし」は、女性活躍推進法に基づき、一般事業主行動計画の策定・届出を行った企業のうち、女性の活躍推進に関する取り組みの実施状況について一定の要件を満たした企業を認定する制度です。

当社は、「えるぼし」の5つの評価項目(採用、継続就労、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)のうち、4つの項目(採用、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)を達成し、2段階目の認定を受けました。

従業員が性別・年齢関係なく強みを発揮し成長できる職場環境を提供できるよう、引き続き取り組んでまいります。

 

2024年8月4日
株式会社ステラコンサルティング
代表取締役 木下 綾子

スモール M&A における悪質な取引と倫理基準の見直し

 1.はじめに

スモールM&A(企業の合併・買収)は、中小企業の事業承継や成長戦略の一環として重要な手段です。特に後継者不足や経営改善を目的とする中小企業にとって、M&Aは新たな事業展望を開く可能性を秘めています。しかし、M&Aが普及するにつれて、悪質なM&A仲介業者や投資会社が関与するトラブルが増加しており、これが市場全体の健全性に対する懸念を引き起こしています。今回取り上げるルシアンホールディングス事件と市場の反応を通じて、スモールM&Aにおける倫理問題と、今後求められる倫理基準の見直しについて考察します。

2.ルシアンホールディングス事件の概要

東京都千代田区に本社を置くルシアンホールディングスは、2021年から2023年にかけて全国の中小企業37社に対して悪質なM&Aを行いました。同社の手口は、まず経営不振に陥った企業を対象に、M&A仲介業者を通じて買収を持ちかけることから始まります。彼らは「事業再生」を強みとする事業者であることをセールスポイントとして、企業経営者に対して安心感を与え、買収を持ちかけます。しかし、実際には買収後、役員報酬を過大に設定し、売り手企業の資金を吸い上げた上で連絡を絶つという手口を繰り返したそうです。

この事件で被害を受けた売り手企業の経営者たちは「被害者の会」を結成し、警視庁に相談する事態にまで発展しました。この事件は、スモールM&Aにおける悪質な手法の実態を明らかにし、企業とその経営者に対する深刻な被害をもたらしました。

3.市場の反応と倫理基準の問題

ルシアンホールディングス事件の報道が広がる中で、M&A仲介業界全体に対する信頼が揺らぎました。特に、2024年6月10日にはM&A仲介大手の株価が急落しました。これは、政府が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の2024年改訂版案において、M&A仲介者の利益相反構造や高額な最低手数料に対する問題が指摘されたことが一因となったといわれています。M&A総研ホールディングス(HD)の株価は特に大きく下落し、17.9%の下落率を記録しました。

2024年改訂版案では、M&A仲介業者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る「両手取引」の問題が強調されています。この構造は、仲介業者が売り手・買い手どちらのクライアントの利益を優先するかという利益相反のリスクを内包しています。特に、買い手側の利益が優先されるケースが多く、売り手の企業価値が過小評価される危険性があります。例えば、M&A総研HD傘下のM&A総合研究所が行った「資本提携に関するご面談の依頼」というダイレクトメッセージが、実際には架空の資本提携先を斡旋していたとして問題視されています。これにより、仲介業者の信頼性がさらに低下し、業界全体に対する批判が高まりました。

4.今後の課題と倫理基準の見直し

スモールM&Aの健全な発展と市場の信頼回復には、仲介業者や買い手の倫理基準の見直しが不可欠です。中小企業庁は現在、「中小M&Aガイドライン見直し検討小委員会」を通じて、手数料体系の開示や最低手数料の透明化を検討しています。これにより、仲介業者がクライアントに対して公正な取引を提供することが求められます。また、自主規制の強化も重要な課題であり、特に利益相反のリスクを減少させるための具体的なガイドラインの策定が必要です。

一部の業界関係者は、新たな規制が業界全体の成長にマイナスの影響を及ぼすのではないかと懸念しているようです。しかし、長期的には透明性と公正性の向上が業界全体の信頼性を高め、持続可能な成長を支えると考えられます。特に、M&A仲介業者が提供するサービスの内容とその対価について明確に説明することが求められます。これにより、クライアントが自分たちの取引が適正なものであるかを判断できるようになります。

5.おわりに 

スモールM&Aは中小企業の再編や成長において重要な手段ですが、悪質な取引が存在することも事実です。今後の市場の健全化と持続可能な成長を実現するためには、M&A仲介業者や買い手企業の倫理基準の向上が不可欠です。政府や業界団体が規制強化とガイドラインの見直しを進める中で、売り手企業とその従業員の保護が一層重要になります。倫理的な取引の実現に向けて、業界全体が協力して取り組むことが求められます。

【参考文献】

  1. 「M&A」名目で中小企業に入り込みカネを巻き上げ…悪質投資会社の手口とは 全国で相次ぐ被害. 東京新聞. 2024年5月3日. https://www.tokyo-np.co.jp/article/324892
  2. 6月10日にM&A仲介大手の株価が一斉に急落する事態が起きた. 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/762514

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。つまり、買収した会社や事業を既存の会社や事業にどのように統合し、効果を最大限に引き出すための作業を指します。

PMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:なんとか契約とステークホルダーへの報告を残すところまでこぎつけたね。長ったけど、もうすぐ、終わりかと思うと少し寂しい気もするなぁ。

ツナグさん、一息つく暇なんてないですよ。これからが、私たちの見せ場と言ってもよいかもしれません。買収後の経営統合作業が始まりますよ。クロージングなどの手配を進めつつも契約完了後の進め方などについて、誰とどのように進めるか社内関係者とともに、計画を立てていきましょう。

ツナグ:えーっ。ひと段落するだろうから、この機会に長期休暇でも取ろうと思ってたのに・・・。

PMIの3つのステップ

まずは、統合方針を決定しましょう。

どの程度のスピード感で統合するのか?どのような手順・スキームで統合するのか?など、全体の方針を決定しましょう。DDの段階で、早めに手を打つ必要が明らかになっているテーマや、それぞれの従業員の感情など総合的に検討する必要があります。

次に、ランディング・プランへの落とし込みを行います。クロージング後の数か月程度の間に行うべきことを、小さなタスクに整理し、それぞれのタスクを誰が、いつ、どのように、いくらで、いつまでに完了させるのかをまとめましょう。プランについて双方の組織で合意・承認が取れたら、早速実行に移します。各作業がスタートしたら、その進捗状況や評価、修正など、継続的な管理を行い、関係者間で共有します。つまり、統合後の事業計画を策定し、PDCAサイクルにて計画遂行のレベルを上げていくイメージです。

早いに越したことはない

ツナグ:まだ、DD(デューデリジェンス)が終わったばかりなのに、クロージング後の作業のタスク化までやるんですか?!

はい。なぜなら、PMIは早いに越したことはないからです。

ある調査によると、「M&Aの成果が事前期待を上回った」と答える経営者の6割以上が、基本合意やDD実施期間中からこのPMIについて準備したと答えています。個人的な経験で恐縮ですが、被買収企業では、基本合意フェーズあたりから、将来への準備、新しい取り組みやチャレンジングな取り組みがやりづらくなります。その背景には、経営統合後の経営方針が不透明なため、大きな投資や方向転換などがしづらくなるからです。その結果、統合作業を始めようとした段階では、従業員はじめ、事業の勢いが低下傾向となってしまうのです。早くからPMIに着手した経営者が期待以上の成果を上げているのは、事業の停滞期がないため、引き継いだ直後から前向きな事業運営に取り組めるからです。

統合方針は、2軸で考える

統合方針を決定する上でまず、検討すべきは、“どの程度のシナジーを求めるか?”です。最大限にシナジー効果を求めるのであれば、よりコントローラブルな“吸収型統合”を目指すことになります。具体的には、吸収合併や吸収分割、事業譲渡などのスキームを採用し、各種制度やシステムは、買い手側のものをそのまま適用させます。これにより、いろいろな調整などが不要となり、スピード感ある統合が可能です。一方で、双方の現場が混乱し、従業員のモチベーションが下がる可能性が高まる恐れがありますので、慎重に検討しましょう。

統合によるシナジーが小さくてもよいのであれば、統合の負荷が小さい“連邦型統合”を目指すことになります。これは、吸収型統合とは正反対に、売り手企業の経営体制、経営方針に大きな変更は加えず、独立性を尊重する方法です。買い手企業は、数名の役員と補強すべき部門があれば、必要なノウハウを持つ従業員を派遣するにとどめます。統合作業の負荷が小さい一方で、シナジー効果は得にくいため、買い手企業にとって、全くの異業種や売り手企業の業績が好調の際の選択肢と言えそうです。

3つ目の方針は、上述二つの中間的な統合方針になります。吸収してしまうほどではないが、一定の役員や従業員を派遣し、大胆な事業のテコ入れや買い手企業サイドでうまくいっている方針やシステムを持ち込む方法です。業績不振の同業者との統合など、買い手側に事業再生のための優れたノウハウなどがある場合などに適した方法です。一方で売り手側の従業員の不満による離職などのトラブルが起きるリスクがあるため、注意が必要です。

まとめ

今回は、統合作業についてツナグと一緒に学びました。繰り返しになりますが、統合方針は、M&Aを検討し始めたフェーズで仮説を設定し、DDで検証するくらいのイメージが必要だとお考え下さい。特に、吸収型のM&Aや経営支配を強めるのであれば、早めに方針を決定し、基本合意をしたあたりで売り手企業側にも情報共有することも検討しましょう。情報共有がスムーズにできれば、売り手側では、効果的な投資や統合後に向けた準備作業も行うことができ、逆に、従業員のモチベーションをアップさせることもできるからです。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也