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M&A後の経営統合での失敗事例

「PMIとは、買収後の経営統合のこと」と、その1・その2でもお伝えしてきました。そして、数年後に「あのM&Aは成功だった」と評価されるために、PMIは最も重要なフェーズです。しかし、売り手経営者との基本合意が取れた後の作業を軽視する買い手経営者が多いと感じています。具体的には、担当者任せにし、時折進捗報告を求めて叱咤激励や思いつきの助言をするケースが散見されます。

もちろん、経営者が本来の業務や他の案件発掘に時間を費やしたいという考えは理解できます。しかし、M&Aの目的は経営課題の解決であり、統合によるシナジー効果の創出がその本質です。

本日は、私が実際に目にした事例をご紹介します。いずれも「そんなことが本当に?」と思えるような話ですが、実はよく耳にする事例です。ご自身の周りで同じようなことが起きていないか、ぜひアンテナを立ててお読みください。

 

失敗事例1:計画立案が遅れ、準備不足によって新たな問題を生み出したケース

あるケースでは、経営者がM&A交渉に全力を注ぎすぎて、買収後の経営統合方針の立案を後回しにしてしまったことが問題の原因でした。「どの程度のシナジーを求めるか」といった意思決定が全くなされていなかったのです。

経営統合の方針は、「吸収型統合」で買収先を完全にコントロールするのか、それとも「連邦型統合」で相手の独自性や自立性を尊重するのか、といった重要な意思決定です。しかし、この大きな方針が決まっていないと、経営統合の担当者は業務の各項目で都度経営層の意思決定を仰がなければなりません。担当者側からすると、精神的にも、時間的にも、業務量的にも非常に大きな労力が必要になります。

例えば、従業員の処遇や人事制度、システム統合の有無、取引先や金融機関への対応など、さまざまな意思決定が後手に回りました。結果として、買収先の企業も業務に支障をきたし、特に大きなプロジェクトや広告活動などの判断が遅れ、次第に取引の失注が増え、業績が大幅に低迷しました。

文章では「多少の準備不足くらいすぐに巻き返せるだろう」と考えるかもしれませんが、現実はそう甘くありません。M&Aの現場は常に動いており、大きな方針を後から策定しながら進めるのは非常に困難です。なぜなら、統合過程で新たな情報や短期的な利益・損失など、意思決定を妨げる要素が次々と現れるからです。

繰り返しになりますが「事前準備は入念に」という基本原則が再認識させられる事例です。

 

失敗事例2:情報共有の遅れが従業員の不安を引き起こしたケース

次に、統合後のコミュニケーション不足が原因で、買収先の従業員に不安や不信感を与え、結果的に重要な人材を失ったケースです。

このケースでは、統合計画自体はしっかりと立案されていたものの、「新たな情報が入れば柔軟に対応しよう」と、コミュニケーションの量や質および共有範囲を制限しました。その結果、計画の共有が遅れ、相手企業の従業員に不安感を抱かせることになりました。やがて、それは不満や反抗心を引き起こすことに繋がり、やがて、双方の関係がぎくしゃくするまでに発展してしまいました。

さらに、悪いことに、M&A交渉を担当していた相手側責任者(売り手)が買い手側と売り手側の間で板挟みになり、最終的に精神的なダメージを負って退職する事態にまで発展しました。自分が長年所属してきた売り手側の組織からは。「おまえは、どっちの味方なんだ?」と詰められ、買い手側からは、「どうしてそんな風になっているんだ?どうにかならないのか?」と責めよられたのです。

コミュニケーションや情報共有は、組織運営の基本です。誠意を持って、オープンかつ迅速に情報を共有することが重要です。特にPMIの初期段階では、従業員の不安を取り除くために積極的な情報共有が不可欠です。自分たちが統合したいと考えた相手先企業のこと、その企業の従業員を全面的に信頼しましょう。

 

まとめ

今回は、M&A後の統合作業における失敗事例を交えて、重要なポイントを解説しました。M&Aは、売り手企業の従業員だけでなく、買い手企業の従業員にとっても大きな変化を伴います。そのため、早めの情報共有によって不安を取り除き、信頼関係を築くことが重要です。

うまく進めることができれば、関係者のモチベーションを高め、さらに副次的な効果も期待できる優れた経営戦略です。慎重かつ大胆な経営判断が求められ、経営者としての手腕が試される場でもあります。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ その2

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。

買い手企業は、買収した会社(事業)と自社事業との統合をうまくやることで、買収効果を最大限に引き出す必要があります。

このPMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

ツナグ:経営統合って、全体の方針を立案して関係者に根回しするだけかと思ってたら・・・「もっと詳細に詰めて再提出しろ!だなんて・・・・僕の長期休暇はいつとれるんだろう・・・。

 

ツナグさん、M&Aの重要なフェーズですから、机上の計画や方針だけでは物足らないのでしょうね。いずれにしてももうちょっとですから頑張っていきましょう!今回は、経営統合におけるタスクリストを作成するイメージで検討していきましょう。

 

管理面のタスクにはどんなことがあるのだろう?

管理面の代表例が組織です。

「組織は戦略に従う」という言葉があるように、今後の経営戦略との整合性が取れ、M&Aによるシナジー効果が最大限となるよう、組織を見直します。

例えば、技術面におけるシナジーの最大化を目指すのであれば、研究者の人的交流(親会社からの派遣または、親会社への出向)を検討することになります。また、先方の営業ネットワークを活用することが目的であれば、営業部門に責任者なり、マーケティング担当者を派遣することが必要になるでしょう。

 

組織変更をするということは人事面も?

組織変更と合わせて、その力が最大限に発揮できるよう、職務分掌や決裁権限の見直しが必要になるでしょう。取締役会があれば、取締役の過半数が買い手企業のプロパーとなるように人事配置を行い、スムーズな意思決定ができる体制を構築します。伴って、買い手企業の定款と齟齬がある場合などに、定款を変更する必要もあります。

クロージング当日に行われる臨時株主総会および臨時取締役会にて、役員および代表取締役の選任決議と合わせて定款変更決議も行ってしまうことが一般的ですね。

 

規程類・業務運用ルールも原則的には、親会社に合わせておく

就業規則や給与・退職金規程などの労務関連の規程に加えて、業務運用上の規程・ルールを買い手企業の運用に合わせる形で変更します。従業員さんの生活に直結することになるので、従前の規定と比べて不利益な内容の変更となる場合は、同意がなければ労働契約法第10条による合理性審査の規律が適用されますので、専門家に相談することをお勧めします。

 

社内外への情報発信も検討しましょう

金融機関にはもちろんのこと、重要な取引先への挨拶まわりなどは、あらかじめ、リストアップおよび優先順位を決定しておきます。そして、公表後のできるだけ早い段階でアポイントだけでもいれるようにします。このあたりでトラブルを起こすと、関係修復のために大きな労力が発生してしまいます。社外への公表は、プレスリリース、ホームページ上での告知などが一般的ですが、非上場中小企業の場合は、特に法的な制約はないため、必要に応じて自社で検討することになります。

 

 社内コミュニケーションも大切に

社外への公表から大きく遅れないタイミングで社内への公表も行います。この際、コミュニケーション内容に齟齬があると双方の従業員さんにいらぬ憶測や噂話を生んでしまい、こちらも後々に悪影響があるため、同じ文書で発信するようにしてください。

また、一定期間が経過した後でもよいので、双方の理解を深めるための対話の機会を企画するのもよいでしょう。

例えば、幹部同士の懇親会や、同様の部門同士の相互見学会、交流会などです。同様の部門同士が情報交換することで、シナジー効果だけでなく、従業員さんにも統合作業の当事者としてその重要性を認識してもらうことが期待できます。

 

まとめ

今回は、統合作業のポイントについて新人担当者のツナグと一緒にまなびました。M&Aは、売り手企業の従業員さんだけなでなく、買い手企業の従業員さんにとっても一大事です。そのため、早めの情報共有により不安を取り除き、信頼関係を醸成することが重要です。

意思決定プロセスや、統合の目的など双方の経営層が、直接双方の従業員に語り掛けることは、組織にとって重要な共通目的や貢献意欲の醸成に直結します。統合作業をうまく進めることができれば、関係者一同のモチベーションをアップさせることにも繋がり、副次的な効果も期待できることでしょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&A成功のカギを握るのは、PMIだ

みなさんは、PMIという言葉を聞いたことがありますか?

PMIとは、買収後の経営統合のことです。つまり、買収した会社や事業を既存の会社や事業にどのように統合し、効果を最大限に引き出すための作業を指します。

PMIの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:なんとか契約とステークホルダーへの報告を残すところまでこぎつけたね。長ったけど、もうすぐ、終わりかと思うと少し寂しい気もするなぁ。

ツナグさん、一息つく暇なんてないですよ。これからが、私たちの見せ場と言ってもよいかもしれません。買収後の経営統合作業が始まりますよ。クロージングなどの手配を進めつつも契約完了後の進め方などについて、誰とどのように進めるか社内関係者とともに、計画を立てていきましょう。

ツナグ:えーっ。ひと段落するだろうから、この機会に長期休暇でも取ろうと思ってたのに・・・。

PMIの3つのステップ

まずは、統合方針を決定しましょう。

どの程度のスピード感で統合するのか?どのような手順・スキームで統合するのか?など、全体の方針を決定しましょう。DDの段階で、早めに手を打つ必要が明らかになっているテーマや、それぞれの従業員の感情など総合的に検討する必要があります。

次に、ランディング・プランへの落とし込みを行います。クロージング後の数か月程度の間に行うべきことを、小さなタスクに整理し、それぞれのタスクを誰が、いつ、どのように、いくらで、いつまでに完了させるのかをまとめましょう。プランについて双方の組織で合意・承認が取れたら、早速実行に移します。各作業がスタートしたら、その進捗状況や評価、修正など、継続的な管理を行い、関係者間で共有します。つまり、統合後の事業計画を策定し、PDCAサイクルにて計画遂行のレベルを上げていくイメージです。

早いに越したことはない

ツナグ:まだ、DD(デューデリジェンス)が終わったばかりなのに、クロージング後の作業のタスク化までやるんですか?!

はい。なぜなら、PMIは早いに越したことはないからです。

ある調査によると、「M&Aの成果が事前期待を上回った」と答える経営者の6割以上が、基本合意やDD実施期間中からこのPMIについて準備したと答えています。個人的な経験で恐縮ですが、被買収企業では、基本合意フェーズあたりから、将来への準備、新しい取り組みやチャレンジングな取り組みがやりづらくなります。その背景には、経営統合後の経営方針が不透明なため、大きな投資や方向転換などがしづらくなるからです。その結果、統合作業を始めようとした段階では、従業員はじめ、事業の勢いが低下傾向となってしまうのです。早くからPMIに着手した経営者が期待以上の成果を上げているのは、事業の停滞期がないため、引き継いだ直後から前向きな事業運営に取り組めるからです。

統合方針は、2軸で考える

統合方針を決定する上でまず、検討すべきは、“どの程度のシナジーを求めるか?”です。最大限にシナジー効果を求めるのであれば、よりコントローラブルな“吸収型統合”を目指すことになります。具体的には、吸収合併や吸収分割、事業譲渡などのスキームを採用し、各種制度やシステムは、買い手側のものをそのまま適用させます。これにより、いろいろな調整などが不要となり、スピード感ある統合が可能です。一方で、双方の現場が混乱し、従業員のモチベーションが下がる可能性が高まる恐れがありますので、慎重に検討しましょう。

統合によるシナジーが小さくてもよいのであれば、統合の負荷が小さい“連邦型統合”を目指すことになります。これは、吸収型統合とは正反対に、売り手企業の経営体制、経営方針に大きな変更は加えず、独立性を尊重する方法です。買い手企業は、数名の役員と補強すべき部門があれば、必要なノウハウを持つ従業員を派遣するにとどめます。統合作業の負荷が小さい一方で、シナジー効果は得にくいため、買い手企業にとって、全くの異業種や売り手企業の業績が好調の際の選択肢と言えそうです。

3つ目の方針は、上述二つの中間的な統合方針になります。吸収してしまうほどではないが、一定の役員や従業員を派遣し、大胆な事業のテコ入れや買い手企業サイドでうまくいっている方針やシステムを持ち込む方法です。業績不振の同業者との統合など、買い手側に事業再生のための優れたノウハウなどがある場合などに適した方法です。一方で売り手側の従業員の不満による離職などのトラブルが起きるリスクがあるため、注意が必要です。

まとめ

今回は、統合作業についてツナグと一緒に学びました。繰り返しになりますが、統合方針は、M&Aを検討し始めたフェーズで仮説を設定し、DDで検証するくらいのイメージが必要だとお考え下さい。特に、吸収型のM&Aや経営支配を強めるのであれば、早めに方針を決定し、基本合意をしたあたりで売り手企業側にも情報共有することも検討しましょう。情報共有がスムーズにできれば、売り手側では、効果的な投資や統合後に向けた準備作業も行うことができ、逆に、従業員のモチベーションをアップさせることもできるからです。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&Aの目的達成に不可欠なPMI

M&Aの成立はゴールではなくスタート

買い手にとって、M&Aが成立してもそれだけでは安心することはできません。なぜならば、仮に問題なくM&Aが成立したとしても、M&Aにあたって買い手が検討していた目的を達成するためには、自社と売り手とをどのようにして統合していくのかが問題となるからです。

そして、買い手が売り手の企業をどのようにして統合していくのかはM&Aが成立してから検討するのでは遅きに失し、むしろM&Aが成立するに至る過程において検討すべき課題であるともいえます。

この点に関し、今回はPMIを取り上げたいと思います。

 

PMIとは

PMI(POST MERGER INTEGRATION)とは、一般に、買収や合併といったM&Aの実行後に生じるシナジー効果により企業価値を最大限に向上させることを目的とする統合プロセス全体を意味します。

例えば、買い手が示した今後の経営の方向性が売り手のこれまでの事業の進め方をいたずらに否定するものであったため、従業員が不安に思い大量離職が生じてしまったり、取引先と取引条件について改善をしようと交渉を試みるものの、これまでの経緯を売り手経営者から十分に確認していなかったため交渉が難航したりするということが、往々にして起こりがちです。これらのような事態は、PMIが不適切であったことに起因するものと考えられます。

 

PMIはどのようにして進めていくのか

PMIの開始時期については、M&Aの成果を感じている買い手ほど、基本合意の締結やDDを実施している期間といった早期の段階でPMIを視野に入れた検討に着手している傾向があるとの指摘があります。M&Aをするかどうかの検討を買い手が行う際にM&A後の体制について検討を行うことはある意味自然なことともいえます。

PMIにあたって検討すべき要素としておおむね以下のようなものを挙げることができます。

 

① 経営統合

理念・戦略やマネジメントフレームを統合することです。そのためには、まず何のためにM&Aするのかを見える化し、関係者に対して具体的に説明できるようにすることが必要となってきます。

M&Aにより今後進めていきたい経営の方向性を売り手の関係者はもちろんのこと自社内外の関係者に伝えることができれば、信頼関係を構築することにつながっていきます。

② 信頼関係構築

売り手の現経営者や従業員のほか、取引先との信頼関係をいかにして構築していくのかということです。

売り手の現経営者に対しては、第一にこれまでの経営方針や取組等について否定するのではなく傾聴し、これまでの路線を踏襲・深化・発展させて行くことを表明するなど、これまでの努力や感情を損なわないようなコミュニケーションを心がけることが重要であるといえます。そのうえで、売り手経営者の処遇(引継期間における役職・役割、報酬、在籍期間等)について、引継期間などは柔軟な対応をする余地を残しつつも覚書などを作成して明確にします。

売り手の従業員に対しても、これまでを否定するのではなくM&Aによりさらに発展させることを伝えるとともに、売り手経営者と買い手経営者が同席した説明会を行い、M&Aに至った経緯や従業員に対する売り手経営者の感謝や買い手経営者による今後の経営の方向性や従業員の処遇などを丁寧に説明することなどが考えられます。

取引先についても、売り手が行っている取引について、取引先の信頼を得て取引を継続することが重要になるため、基本的には現経営者や従業員と同様のアプローチとなりますが、信用不安を生じさせることがないように、そのタイミングについては慎重を期す必要があります。具体的には、M&A成立前において継続する取引の取引条件等を正確に把握(特にチェンジオブコントロール条項などには注意が必要です。)したうえで、M&A成立直後に速やかに売り手と買い手経営者があいさつ回りを行うというイメージとなろうかと思います。

③ 業務統合

売り手からの業務の引継については、DDや現経営者からの聞き取りを通じて業務の現状を把握しM&A成立後に改善すべき点を明確にします。改善すべき点を把握するにあたっては、売り手経営者や一部の従業員のみに属人化している業務があることや、業務に関する規程や帳票等が存在か存在していても形骸化していることがあることにも留意する必要があります。

 

買い手経営者だけでなく支援専門家も意識すべきPMI

今回はPMIのごく基本的な内容について解説をしました。M&Aに関与する専門家からすると、これまではM&Aの成立後を具体的に意識するという場面は必ずしも多くはなかったのではないでしょうか。その意味では、PMIの視点は買い手経営者だけではなくM&Aを支援する専門家にとっても重要なものといえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク

1.M&A後に顕在化する労務問題

2023年8月、親会社であるセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の米国投資ファンドへの売却について、そごう・西武の労働組合が会社売却に反対してストライキを行ったのは記憶に新しいでしょう。M&Aの際の労務管理がいかに重要であるかがクローズアップされた事件でした。

しかし、M&Aにおける労務面の課題は労働組合対策ばかりではありません。

むしろ、中小M&Aでは、上場会社のように会計監査や情報開示が不徹底な分、M&A後に顕在化する課題が多くあるのです。

今回は、買い手企業の立場から、M&Aの際に留意すべき労務課題について考察していきたいと思います。

 

2.M&A手法によって異なる労務リスク

中小M&Aではどのような労務リスクが課題となっているのでしょうか。件数の多い株式譲渡と事業譲渡を中心に、会社法上の組織再編行為によるM&Aについて労務リスクの特徴を見ていきましょう。

 

(1)株式譲渡

株式譲渡によるM&Aの場合、売り手企業(労働契約の主体である使用者)と従業員の間の権利義務関係に変更はないため、M&A前の労働契約は、原則としてそのまま継続します。

そのため、雇用関係の視点では直ちに問題が発生することはありませんが、M&A前に、未払い賃金(含む残業代)などの偶発債務や、従業員からの訴訟による損害賠償請求などがあった場合には、買い手企業は買収した企業を経由して、その関係を承継してしまうことになるのです。

 

(2)事業譲渡

事業譲渡によるM&Aの場合、労働契約の承継に従業員の個別の「承諾」が必要になります。つまり、売り手企業の経営陣と合意したからといって従業員も自動的に承継できるわけではないのです。事業に従事してもらう必要がある従業員に対して、M&A後の労働条件について事前に十分に説明し納得してもらう必要があるのです。

また、一方、売り手企業との間で労働問題があったとしても、原則、売り手企業との間で処理してもらうことになるため、労務リスクについて、十分事前調査を行えない場合には、有力なM&A手法になります。

 

(3)会社分割・合併(組織再編)の場合

会社分割によるM&Aの場合、「労働契約承継法」が定める手続に従って対応する必要があります。同法により、売り手企業の事業に係る権利義務(全部または一部)が買い手企業に包括的に承継されるため、M&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

したがって、株式譲渡の場合と同様に、未払い賃金や訴訟による損害賠償などの偶発債務が買い手企業に承継されてしまうことに留意が必要です。また、M&A後に買い手企業が労働条件を変更しようとする場合、労働条件の不利益変更とならないよう注意することも必要です。(*厚労省の指針を参照ください)

*「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000141999.pdf

 

合併によるM&Aの場合も、売り手企業の権利義務の全部が買い手企業に包括的に承継されるため、会社分割の場合と同様にM&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

偶発債務の問題や労働条件の不利益変更に該当するリスクなど留意することが必要です。

 

3.労務DD(Due Diligence)や表明保証条項等によるリスクヘッジの重要性

このように、M&Aの形態により留意すべき労務リスクは異なりますが、予防的な対策をとることが何より重要です。M&A後に、労務課題は発覚してからでは打てる対策が限られてしまいます。代表的なものとして、次のようなリスクヘッジ手法があります。

 

(1)労務DDによるリスクヘッジ

M&A前の交渉段階で、人事・労務に関する問題点がないかDDを実施します。内容としては以下のような観点での調査をします。

①人事・労務関係の法令遵守等

②人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

③従業員との個別の労働契約関係等の適正性

ポイントは、労務DDは買い手企業側だけが実施するのではなく、最も社内の事情を把握しうる立場にある売り手企業自身にも実施してもらうことです。

時間外勤務時間の計算間違いなどは、売り手企業自身が把握していないこともあり、M&Aを実施することになってはじめて発覚するということが珍しくありません。

但し、中小企業の場合、人事・労務の専門家が社内にいることはまれですので、社会保険労務士や弁護士に調査を依頼することも選択肢です。DD費用の負担が難しい場合には、法務DDの一部として実施してもらったり、報告書面の作成は省略して報告会などを開催してもらったりする方法もあります。

 

(2)表明保証条項によるリスクヘッジ

M&Aが株式譲渡や事業譲渡の形態で実施される場合、売り手企業と買い手企業の間で株式譲渡契約や事業譲渡契約(以下、「M&A契約」という)を締結します。

M&A契約にはM&Aを実行する前提条件として「表明保証条項」が規定されます。

主な内容として、次の3つがあります。

①M&A実行前に表明保証違反があった場合のM&Aの不実行および契約の解除

②表明保証違反により買い手企業に損害が発生した場合の売り手企業等による補償

③M&A実行後に表明保証違反があった場合の譲渡した株式や譲渡資産の買取り

 

但し、表明保証条項があったからといって万全ではありません。売り手企業の表明保証違反があり、買い手企業が売り手企業に損害賠償請求したとしても、M&A後数か月経過しているような場合、既に売り手企業は、譲渡代金を使ってしまっており、損害賠償を負担する資力がない場合があります。

また、表明保証条項には「知りうる限り」とか「知る限り」といった表明保証をする売り手企業の義務を限定する文言があります。「知る限り、未払い賃金等がない」となっている場合、時間外勤務の賃金を正しく計算し直せば従業員に対する未払い賃金があったとしても、M&A実行時に売り手企業自身が知らなければ免責される可能性が高いことになります。

表明保証条項を設けることによりM&Aにおける労務DD負担を軽減することはできますが、カバーできないリスクもあることを理解しておく必要があります。

 

(3)表明保証保険によるリスクヘッジ

表明保証保険とは、表明保証違反により当事者が被る損害をカバーする保険です。上記(2)に記載した通り、万が一、表明保証条項違反が発覚しても、売り手企業の経済的状況によっては損害賠償が実施なされない可能性があります。こうしたリスクをヘッジするのが表明保証保険です。表明保証保険加入により、被った金銭的被害を補うことが可能です。

但し、買い手企業に保険料負担が生じるため、中小M&Aのように買収代金自体が少額の取引の場合、十分に採算性を考慮して検討する必要があります。

 

4.経営統合の鍵は労務管理

M&Aにおける、人事・労務課題は、M&A実行時においてのみ留意すべきことではありません。買い手企業の視点では、M&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)の段階において、より重要性が高くなります。

次回では、PMIにおける労務リスクと対策について取り上げたいと思います。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

M&Aの本当の成否を決めるのは~顧客の引継ぎ~

M&A専門誌「マールオンライン」を運営する株式会社レコフデータの発表によると、コロナ禍にあっても2022年の日本企業のM&A件数は4304件と、2021年の4280件を24件、0.6%上回り、2年連続で最多を更新しました。コロナ禍の収束に伴い、中小M&Aの動きはさらに加速すると思われます。

M&Aにより事業を承継する際に、大切だとわかっているのに譲渡金額や譲渡方法などM&A自体に目を奪われて、買収後の事業展開面で最も重要になる「顧客」の承継対策がおろそかになっているケースが散見されます。今回は買い手目線で見た場合の「顧客の円滑な承継」にフォーカスしてご説明したいと思います。

 

1.「顧客」承継の重要性

M&Aにより事業承継する際、承継すべき要素は多岐にわたりますが、株式の承継、経営権の承継、資産の承継などは、M&Aを実施する上で、主要な部分を占めています。

確かに、株式や経営権、資産を承継できればM&Aという“儀式”自体は成立します。しかし、M&Aそれ自体が目的ではなく、M&A後の事業の発展があって初めて目的が達成されるものです。「顧客」は事業成長と存続のための生命線であり、M&A後の事業の発展に不可欠な要素です。特に、理美容業・クリニック・学習塾・高級レストランなどは固定客比率が高い業種といわれており、固定客をいかに承継できるかによって、M&A後の売上高が大きく左右されることになります。

 

 

2.顧客は企業価値の源泉

「顧客が企業価値の源泉である」との考え方は、マーケティングの分野では広く認識されており、さまざまな学者や専門家によって提唱されてきました。

例えば、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは著書「Marketing Management」の中で、顧客満足度を最大化することが企業の成功につながると説いています。

また、マネジメントの神様といわれるであるピーター・ドラッカーも、その著書「The Practice of Management」には、顧客を満足させ、顧客の信頼を得ることが企業の持続的な成功につながると主張しています。

近年、株式上場を目指すスタートアップの企業価値評価方法として、「ライフタイムバリュー(LTV)」と「顧客獲得コスト(CAC)」を用いた手法が活用されることがあります。LTVは顧客一人当たりの生涯で企業にもたらす利益を予測したもので、CACは新たな顧客一人を獲得するためのコストです。LTVがCACを上回る場合、そのビジネスは成長可能性を持つと評価されます。顧客数×LTVにより顧客から生み出される将来収益の予測を行い、企業価値を評価することが、株式上場時の証券会社によるスタートアップのバリュエーションの算定や、スタートアップにベンチャーキャピタルが投資する場合の株価算定など投資活動の最前線で活用されているのです。

 

3.中小M&Aでよくある「顧客」承継にからむ落とし穴

中小M&Aでは、対象となる企業の経営者が創業社長であったり、ワンマンなオーナー社長であったりするケースが少なくありません。特に、エステや美容院などのサービス業の場合は、単なるオーナーではなく、自分自身がカリスマ店長としてナンバーワンプレイヤーであることが多いのも事実です。そうした場合、M&Aでオーナーチェンジしてしまうと、経営者目当てで来店していた顧客が離反してしまうことがあります。固定客比率が5割の事業を買ったつもりが、固定客の過半が経営者の顧客だったりすると収支計画の前提条件から見直す必要が生じてしまうのです。

同様に、M&Aの対象となることが多い業種としてクリニックやパーソナルトレーニングジムなどがあります。好立地や高機能な治療機器、トレーニングマシーンの豊富さなども魅力ではありますが、経営者との個人的な信頼関係が顧客維持のために重要な役割を担っているため、M&Aの際には、固定客のうち、経営者の固定客がどの程度を占めているのかを確認することは不可欠なポイントといえます。

 

4.DX化で広がる「顧客」承継の盲点、経営者個人によるSNSやサイト運営

近年は、経営者自身によるSNSやコミュニティサイトの運営など、多様なプロモーションが展開されています。特に、創業経営者の場合は、事業よりも、SNSやサイト運営がもとになって、事業が始められているケースすらあります。

株式譲渡によるM&Aでは、会社全体を買収するため、会社が運営するSNSやコミュニティサイトであれば引き継ぐことはできますが、運営者が変わることによりフォロアーが離反するリスクがあります。

さらに、事業譲渡による場合は、譲渡対象に運営サイトが含まれることを明確化しておく必要があります。会社資産の全体が自動的に承継されるわけではないためです。

また、オンライン学習事業などのEコマースの場合、会社とは別に経営者が個人的にコミュニティサイトを運営していて、プロモーション上重要な役割を果たしていることがあります。個人運営サイトの場合、M&Aで会社や事業を買収しても、買収対象にはならないため、M&A後の、新規会員獲得や既存客とのリレーション維持が困難になることもあります。

特に、アカウントの売買や譲渡を禁止するSNSもありますので注意が必要です。

M&A前に、会社が運営しているのか個人なのかヒアリングをしっかり行い、M&A後の一定期間は事業の引継ぎ期間を設けて、サイト運営についてもフォローしてもらうなどの工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

今回は買い手目線で、「顧客」を承継することの重要性についてお伝え致しました。オーナー自身が固定客を持っているケースは従来からありましたが、近年、DX化が進展しSNSなどによるプロモーションやコミュニティサイトの運営など、オーナー個人が顧客の獲得・維持に重要な役割を担う機能が拡大しています。

複雑なM&Aの手続きに専念しているとうっかり忘れてしまう部分かもしれませんが、M&Aはあくまでも手段です。M&A後に事業を発展させる目的を達成するためには、「顧客」の承継は不可欠ですし、DX化を踏まえた変化に対応することも必要です。

手段としてのM&Aは知見のある専門家を上手に活用し、最も重要な事業の成功に専念するのも、賢い経営者の選択肢ではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

事業承継はM&Aの後工程が重要 ~M&Aは終わりが始まり「PMIの活用策」に注目

中小企業経営者の高齢化がすすんでいます。東京商工リサーチが公表した「全国社長の年齢調査」(2021年8月4日)によると全国の経営者の平均年齢は62.49歳と前年より0.33歳高齢化し、また、経営者の10歳ごとの年齢分布では、70代以上の構成比が31.8%で最多レンジとなるなど事業承継の深刻化が懸念されています。

一方、帝国データバンクが公表した「全国企業後継者不在率動向調査」(2021 年11月22日)(以下、「TDB動向調査」)によると全国・全業種約26.6万社における後継者動向では、後継者が「いない」または「未定」とした企業が16万社に上り後継者不在率は61.5%と高水準ながらも、2020年対比では3.6pt改善、2018年以降4年連続で不在率が低下しました。

これは調査を開始した2011年以降で最低水準であり、コロナ禍で事業環境が急激に変化するなか、高齢の経営者による後継者決定の動きが強まった結果ではないかといわれています。

 

1.事業承継先の変化 ~第三者承継の拡大

経営者の高齢化が深刻化するものの後継者難に改善の兆しが見えつつあるのには、どのような背景があるのでしょうか。

「TDB動向調査」では事業承継の方法について①同族承継、②内部昇格、③M&Aほか、④外部招聘などに項目分けして集計しています。全体で見るとまだまだ「同族承継」が38.3%と最も高くなっていますが、2017年以降5年間の変化で見ると、「同族承継」は3.3pt減少と緩やかに減少しつつあります。一方、③M&Aほかは17.4%ながら1.5pt増加するなど第三者承継は着実に増加しつつある傾向にあります。

地域金融機関による事業承継に対するプッシュ型のアプローチの推進、M&A支援機関やM&Aプラットフォーマーによる第三者承継の進展など民間の取組に加えて、政府による事業承継税制や「事業承継・引継ぎ補助金」などの支援策が拡充されたことが後継者問題解決・改善の前進に大きく寄与したものと考えられます。

 

2.事業承継後の課題の顕在化

M&Aなどの第三者承継が拡大するにしたがって、事業承継に係る課題も事業承継の実施自体から事業承継後の取組に重心がシフトしつつあります。

東京商工会議所が公表した「事業承継の取り組みと課題に関する実態アンケート報告書」(2021年2月26日)によると、買収における当初目的・期待効果の達成度について、「概ね達成した」という回答は46.3%ながら「一部達成」「ほとんど達成していない」を合わせると50.0%となっており、M&Aした後の期待効果に不満な経営者は少なくないことがわかります。当初目的・期待効果が達成できなかった理由(複数回答可)については①相手先の経営・組織体制が脆弱だった(25.7%)、②相乗効果が出なかった(18.9%)、③相手先の従業員が退職してしまった(10.8%)が上位3項目となっており、M&A後から事業承継後にかけての問題が顕在化していることがわかります。

 

 

3.中小M&Aで重要性を増すPMIと政府の支援策

こうしたM&A後に顕在化する課題解決のために、大企業では従来よりPMI(Post Merger Integration)の取組が重視されてきました。

PMIとは、M&A成立後に行われる統合作業であり、M&Aの目的を実現させ統合の効果を最大化するために必要なプロセスとされています。

しかし、中小企業のM&Aについてはマッチング等のM&Aの成立に向けた取組に関心が集まる一方で、M&Aによって引き継いだ事業の継続・成長に向けた統合やすり合わせ等の取組については、その重要性や取組についての中小企業の理解だけでなく、PMIを行う専門家等の人材や資金も不足している状況です。

こうした状況を受けて、政府は、中小企業におけるPMIの普及に向けて2022年3月17日に「中小PMI支援メニュー」を公表しました。

同支援メニューは、(1)中小PMIの「型」の提示、普及啓蒙、(2)PMIの実践機会の提供、(3)PMI支援を行う専門家の育成等の3つのメニューで構成されています。

 

(1)中小PMIの「型」の提示、普及啓蒙

①「中小PMIガイドライン」の策定

・中小企業におけるPMIの重要性や必要な取組に係る理解が不足している現状を踏まえ、事業を引き継ぐ譲受側がM&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引き。中小企業向けに譲受側・譲渡側の会社規模等、個社の状況に応じて参照しやすいよう、PMIの取組を【基礎編】と【発展編】に整理。

・支援機関が、支援先の企業が円滑に事業を引継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言をするために参照することも想定した構成となっている。

②PMIに関するセミナーや研修等の実施

・2022年度から中小企業や支援機関向けのPMIに関するセミナーや、事業承継・引継ぎ支援センターにおける譲受側向けPMI研修等を実施

 

(2)PMIの実践機会の提供(PMIに係る人材や資金等の確保に向けた支援策)

①事業承継・引継ぎ補助金等による支援 (2022年度から実施)

事業承継・引継ぎ補助金(2021年度補正予算)においてPMIに係る費用への補助を開始。更に、専門家による伴走支援等を検討。

②経営資源集約化税制による支援

経営力向上計画に基づいてM&Aを実施した場合、その後の設備投資に係る減税措置、簿外債務等のリスクに備えた準備金措置(損金算入)により支援を実施。

 

(3)PMI支援を行う専門家の育成等

①士業等専門家との連携(順次実施。今回第一弾を措置)

PMI支援について中小企業庁と士業等専門家との連携を強化。その第一弾として、中小企業診断協会と連携協定を締結し、PMI支援人材の育成や、事業承継・引継ぎ支援センターへの支援人材の紹介等を実施。

② 中小企業診断士に対するガイドライン理解促進の枠組みの導入

2022年度より中小企業診断士に対して中小PMIガイドラインの理解を促すための枠組み(試験、研修等)を検討し、結論を得られ次第速やかに実施。

 

なお、士業等の専門家の活用については、「事業承継ガイドライン」で会計士による財務デューデリジェンス、弁護士による法務デューデリジェンスなどの活用が例示されていましたが、PMIにおける士業連携の第一弾として経営コンサルタントの国家資格であり、事業計画策定や組織・人事、マーケティング、財務改善などに知見のある中小企業診断士の活用に踏みだしたのは新しい動きといえるでしょう。

 

 

3.まとめ

いうまでもなくM&Aは事業承継の一つの手段であり目的ではありません。やって終わりではなく、その成果こそ大切なのは言うまでもないでしょう。

事業承継(第二の創業)を実りあるものにするために、「中小PMI支援メニュー」をはじめとする各種支援策や中小企業診断士等の士業専門家の活用、など新たな動きに注目していきたいと思います。

 

【ご参考】

□中小PMI支援メニュー

https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220317005/20220317005-1.pdf

□中小PMIガイドライン

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf

□令和4年3月17日「中小企業の事業承継・引継ぎ支援に向けた中小企業庁と一般社団法人中小企業診断協会の連携について」

https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220317005/20220317005-2.pdf

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

 

M&Aはクロージング後が大切 ~PMIにどう取り組む?

コロナ禍により経営環境は激変したものの、株式会社レコフデータによると2020年の国内企業同士のM&Aは前年比▲1.9%に止まっており、また海外企業とのM&Aを含めた総件数は過去3番目に多い3,730件となっているなど、引き続き高水準を維持しています。

一方で、「中小M&A推進計画」(2021年4月中小企業庁公表)によると、事業の譲受側である中小企業において、M&A前後の取組みの重要性に関する認識が不足しており、M&A実施前における経営状況や経営課題等の現状把握(見える化)、経営改善等(磨き上げ)、M&A実施後の経営統合のためのリソースが確保されていることは少ないといわれています。

このままでは、せっかく事業承継が行われてもその後の事業運営が思うように進まないケースが増加し、新たな問題となりかねません。

今回は、M&A後の経営統合を円滑に進める「PMI」について取り上げたいと思います。

 

 

1.PMIとは ~M&Aの増加に伴い顕在化するM&A後の課題

PMIとはPost-Merger-Integrationの略で、M&A実施後の経営統合のことです。

中小M&Aにおいては、バリュエーションやマッチングからクロージングまでのプロセスが注目されることが多いですが、中小企業にとってM&Aはあくまでも経営戦略を実現するための手段の一つに過ぎません。

最も重要なことはM&Aを事業の成長につなげることであり、M&A実施前からM&A実施後の円滑な経営統合を視野に入れた対策が必要なのです。

M&Aの経験が比較的豊富な上場企業においても、「M&Aプロセスにおいてやり直したい取組」(KPMG SURVEY2019)によると、「シナジー分析(18%)」「PMIの事前検討(16%)」などが上位の課題として指摘されています。

一律に論じることはできませんが、ある程度の組織規模がある中小企業のM&Aにおいても同様の課題が顕在化してくると考え、手を打っておく必要があるでしょう。

 

2.PMIのプロセス

ところでPMIはどのようなプロセスで実行されるのでしょうか?

経営統合を行う企業の組合せにもよりますが、経営者のもとPMIのプロジェクトチームを設置し、①統合方針の決定、②短期的なランディングプランや③中長期的な事業計画の策定などを実施しした上で、④進捗管理を行い、統合の円滑化とシナジー最大化を進めていくのです。

これらは、一般的にセクションに分けて実施されます。

 

(1)経営面:企業理念や経営理念、経営戦略などのすり合わせ

(2)制度面:①就業規則や評価制度、退職制度などの人事制度、および財務会計・管理会計などの会計制度の統合

(3)業務面:販売、購買等の業務システムにおけるオペレーションや経理・経営管理等のITシステムの統合

(4)事業面:業務を維持する計画、仕入先や資材などの分析、事業展開の立案、担当業務の割当て、新部門の創設など

(5)意識面:企業文化、組織風土の統合

 

中小企業では社内リソースが少ないため、これらのようなPMIを独力で実施するのは困難な面があります。実際、中小企業白書(2018年)によるとM&Aを実施した中小企業のうち総合満足度では24%が「期待を下回っている」と回答しています。

満足度が低かった理由として以下のような項目がありますが、買収価格の高さのようなM&A実行時の問題以上に、M&A後のプロセスに関わる項目が多くあげられていることは着目すべき点といえるでしょう。

 

【M&Aの満足度が期待を下回った理由】(複数回答可のため合計は100%にならない)

①相乗効果が出なかった         44.7%

②相手先の経営・組織体制が脆弱だった  36.8%

③相手先の従業員に不満があった     28.9%

④買収価格が高すぎた          23.7%

⑤企業文化・組織風土の融合が難しかった 22.8%

⑥経営・事業戦略の統合が難しかった   7.9%

⑦その他                5.3%

 

 

3.中小M&Aにおいて重視されること

中小企業のM&Aにおいて譲受側と譲渡側では重視する事柄が異なるようです。東京商⼯リサーチ「中⼩企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート(2020年12月)」によると譲受側では期待するシナジー効果の発現、円滑に組織融合できるかどうかを、譲渡側ではM&A後の従業員の雇⽤、事業の将来性、取引先との関係維持を重視するという特徴があります。

これらは、M&A後の経営統合の取組の中で解決していくべき事柄であり、このように中⼩M&AにおいてPMIは非常に重要な取組みであることがわかります。

 

「中⼩企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート(2020年12月)」(東京商工リサーチ)上位5位抜粋

○譲受側等の⼼配事項(M&A実施経験有の企業の回答)

①相⼿先従業員等の理解が得られるか不安がある 32.4%

②期待する効果が得られるかよく分からない   30.8%

③仲介等の⼿数料が⾼い            29.8%

④相⼿先(売り⼿)が⾒付からない       23.8%

⑤相⼿先の企業価値評価の適正性に不安がある  23.1%

○譲渡側の重視事項

①従業員の雇⽤維持              82.7%

②売却価額                  48.9%

③会社や事業のさらなる発展           47.6%

④取引先との関係維持             32.7%

⑤会社の債務の整理              26.7%

 

中小企業のPMI実施ニーズは高いにも関わらず、M&Aの経験を通じたノウハウの蓄積やPMIを進める社内リソースが不足しているため、外部機関を活用したPMI実施に期待が寄せられています。

一方、PMI⽀援サービスを提供するM&A⽀援機関は少ないのが現状です。今後は、PMIのノウハウのある中小企業診断士や経営コンサルティング会社などの活用も選択肢の一つになっていくのではないでしょうか。

 

4.政府のPMI推進施策 ~中⼩PMIガイドライン(仮称)策定に向けて

 

こうした動きの中で、経産省では中⼩M&AにおけるPMIへの段階的な⽀援の充実を図るため2021年度中に、中⼩M&Aにおいて望まれるPMIのあり⽅及びPMIの進め⽅を⽰す「中⼩PMIガイドライン(仮称)」策定に向けた検討が始まっています。

2021年10月5日に、中⼩PMIガイドライン(仮称)策定小委員会の第1回会議が開催されました。ここでは次のようにM&A⽀援機関を活用したPMI推進策が示されています。

 

○中⼩M&AにおけるPMIへの段階的な⽀援の充実

・2021年度中:中⼩M&AにおけるPMIに関する指針を策定

・2025年度迄:M&A⽀援機関は、「中⼩M&AにおけるPMIに関する指針」の内容も参考にしつつ、中⼩M&AにおけるPMI⽀援サービスの提供を検討し、⼀定程度の⽀援が提供されることを⽬指す

・政府は、M&A⽀援機関の取組を後押しするべく、M&A⽀援機関におけるPMI⽀援サービスの提供状況等を踏まえつつ、必要な予算措置等の⽀援策を検討

 

まとめ

コロナ禍でも引き続き国内M&Aは高水準を維持していますが、事業承継のためにM&Aを活用するフェーズから、M&A後の経営統合やシナジーの発揮を企図したフェーズへと質的に変化しつつあると言えるでしょう。

中小企業経営者の方々も、仲介やFAといった事業承継の入口の機能だけでなく「M&A後」の支援機能が期待できるM&A支援機関選びの視点を大切にする必要があるのかもしれません。

 

中小企業診断士 伊藤一彦