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秘密保持契約は本当に売り手を守るのか②

不正競争防止法における営業秘密

前回のコラムにおいて、秘密保持契約における秘密とは、当事者が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(不正競争防止法第2条第6項)と同様の情報を意味するとした裁判例(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)をご紹介しました。今回はこの営業秘密についてもう少し詳しく解説をしたいと思います。

例えば、M&Aの交渉において買い手が売り手から入手した技術的な情報や顧客情報等を自社の事業のために利用した場合を想定してみましょう。売り手としては、当該情報こそが自社の強みであり、競争優位性のもととなっていることも十分考えられます。すなわち、仮に当該情報が競合に流出してしまうと場合によっては売り手の経営基盤が失われることにもなりかねません。

そこで、不正競争防止法は、所定の条件を満たした企業が保有する情報について、窃取等の不正の手段によって取得ないし使用したり、第三者に開示したりした者に対し、損害賠償請求や差止請求といった民事上の措置のほか、刑事罰の対象とすることとしています。ここにいう所定の条件を満たした企業が保有する情報が営業秘密にあたります。

 

営業秘密の3つの要件

不正競争防止法において、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうと定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。

この定義から、営業秘密として法的な保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

①秘密管理性:秘密として管理されていること

②有用性:有用な技術上又は営業上の情報であること

③非公知性:公然と知られていないこと

ここにいう、「秘密管理性」とは、情報にアクセスした者が当該情報について営業秘密であると客観的に認識できることをいうとされています。例えば、「部外秘」等といった記載がある場合や、アクセスするためには一定の権限が必要となるような設定がされているような場合がこれにあたります(その意味で当該情報がどのような形で管理されているのかも秘密管理性の重要な要素であるとされています。)。なお、営業秘密の管理については、経済産業省が策定した営業秘密管理指針が参考になります。

また、「有用性」とは、文字通り客観的に有用な情報であることを意味します。もっとも、有用性が要件とされている趣旨は、あくまで反社会的な情報を保護対象から外すという点にあります。このため、具体的な情報の立証が求められることは多くはなく、当該情報のおおよその内容が意味のあるものであれば基本的にこの要件は充足されるものとされています。

そして、「非公知性」とは、当該情報が実際に知られておらず、かつ情報の保有者の管理下以外において知られる可能性もないような状態であることをいいます。ただし、個々の情報それ自体はすでに広く知られている情報であっても、これらの情報の組合せることなどによって、非公知性が認められることもあります。(余談になりますが、企業が自社の技術を守るための方法として特許が考えられますが、特許はあくまで公開が前提ですので、特許出願の内容が公開されることによる模倣リスクを避けるため、あえて特許出願をせずに営業秘密とすることもあります。)

 

秘密保持契約の限界

今回は、平成24年の大阪地方裁判所の判決を踏まえ、不正競争防止法における営業秘密の意義について解説をしました。これらの解説の内容を踏まえると、不正競争防止法における営業秘密であれば秘密保持契約を締結しなくとも法的に保護される一方、秘密保持契約を締結しても営業秘密に該当しなければ法的な保護を受けることができないと考えた方もいるかもしれません。そのような考えは、必ずしも間違いであるとはいえないでしょう。

しかし、例えば秘密保持契約において具体的な情報(例えば「令和5年度の弊社顧客名簿記載の顧客の氏名及び住所」など)を適示したうえで、秘密に当たると定義した場合など、営業秘密としては保護されなくても秘密保持契約上保護されることもありうると考えます。

また、少なくともM&Aにおいて売り手に対し、買い手は秘密を不用意に第三者に開示することはないという信頼関係を構築していくうえでも秘密保持契約は一定の機能を有しているともいえます。

とはいえ、法的な保護にも限界があるうえ、そもそも一度漏洩された情報を再び秘密にすることは困難を伴うことから、売り手としては買い手に対し、開示する情報の内容、詳しさ、開示方法などについて慎重な検討をする必要があるといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか①

M&Aの交渉の際などに締結される秘密保持契約

M&Aのみならず、企業同士で業務提携をする場合、中小企業診断士が企業のコンサルティングをする場合のほか、従業員が退職する場合など、ビジネスにおいて自社の秘密情報が漏れないようにするため秘密保持契約が広く用いられています。

秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、企業が保有する顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製造方法、ノウハウなどの秘密情報を相手方に提供する場合に、相手方が情報を第三者に漏らすことを禁止することを企業が求める契約をいいます。企業は外部に知られたくない情報を多く保有する一方、さまざまな理由により当該情報を相手方に提供する必要が生じたときに秘密保持契約が締結されます。

企業としては、秘密保持契約を締結した以上、企業が保有する情報が守られると考えるのはある意味当然のことといえます。しかし、実際は秘密保持契約さえ締結すれば万全であるとは言い難いようにも思われます。

 

実際にはハードルが高い企業間の秘密保持契約における責任追及

秘密保持契約も契約である以上、当事者間に法的な拘束力が生じることはいうまでもありません。法的な拘束力が生じるということは通常契約に基づく義務違反があった場合は裁判所に対して訴訟という形で救済を求めることができることを意味します。具体的には、秘密情報の利用をやめさせる差止請求や秘密情報の利用によって生じた損害について損害賠償請求をするというものです。しかし、実際にはこれらの請求を求める旨の訴訟をするのは、なかなかハードルが高いようにも思われます。

例えば、秘密保持契約では、「本契約の履行にあたり、甲が秘密である旨を明示して開示する情報及び本契約の履行により生じる情報(以下『秘密情報』という。)を秘密として取り扱い、甲の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない」などと規定されます。

そうすると、相手方が秘密保持契約に基づく義務に違反したというためには、秘密情報を第三者に開示したことを主張・立証する必要があります。しかし、秘密情報を第三者が保有していたとしても、それが契約の相手方がいつ、どのような形で第三者に開示したのかを把握し、立証することは容易ではありません。第三者による秘密情報の第三者への開示は企業が知らないうちに行われることがほとんどであるからです。

また、仮に義務違反を主張・立証できたとしても、それに『よって』いかなる額の損害が企業に生じたのかを立証することもまた容易ではありません。

さらに、裁判所による手続を行うと相当の時間を要します。特に差止請求の場合は、裁判所による判断が出るまでの間、相手方は当該秘密情報を用いたり、第三者に開示したりすることができます。差止請求の場合は訴訟よりも比較的早く進む仮処分を行うことになりますが、それでも早くとも数か月を要することとなります。

 

秘密情報を狭く解釈した裁判例

上記のような主張・立証の問題や、裁判所における手続に要する時間の問題は、法的手続をとる際に検討を要する問題であり、秘密保持契約に固有の問題とはいえないとも思われます。しかし、秘密保持契約による義務違反の責任追及に関しては、以下のような問題もあります。

通常、秘密保持契約においては「『秘密情報』とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう」などと定義されます。

この定義であれば当事者が秘密であると明示すれば当然に秘密情報に該当するはずです。しかし、裁判例では、「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である」(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)としたものがあります。

この裁判例によれば、秘密保持契約における秘密とは、企業が秘密であると明示するだけでは足りず、不正競争防止法における営業秘密と同様の内容のものである必要があると裁判所は考えているのです。

いわば契約書に記載のない要件を付加しているという点で、この裁判例は注目すべきものということができます。

では、ここにいう不正競争防止法における営業秘密とはどのようなものをいうのでしょうか。この点については、次回に説明をしたいと思います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久