ブログ 月: 2020年10月

スタートアップ起業家がM&Aで成功する処方箋

今回は、スタートアップ起業家の立場に立って、M&Aによる事業売却(=EXIT)を成功させるポイントについて考察していきたいと思います。

 

経営者の価値観の大転換 ― 連続起業家というステータス

「終身雇用」「社員は家族」という社会通念の中で育った昭和生まれの経営者は、「M&A」と聞けば「のっ取り」と感じ、「一国一城の主」である自分が追い出されるM&Aは選択肢ではありませんでした。

しかし、スタートアップの経営者は今や80年代後半(平成初期)生まれのいわゆるミレニアル世代や、その後の90年代後半から2000年頃に生まれたZ世代が主流です。ミレニアル世代は生まれたときからモバイル端末に囲まれて育ち、知らないことは検索エンジンで調べるのが当たり前の世代。Z世代はスマホやSNSが生活に欠かせない環境に生まれ育ったデジタルネイティブ世代です。IT系スタートアップはこうした世代の経営者に支えられています。

こうした世代の経営者にとって会社は「課題解決のための器」であり、会社が課題解決に有効に機能しなくなったら別の「器」を選択する、そんな素直で合理的な判断をする経営者も少なくないのです。

就職してもキャリアアップのための転職は当たり前であるように、起業しても自分の城を堅守するのではなく、著名な大企業にM&Aされてキャピタルゲイン(事業売却による利益)を得ることの方がステータスになることもあるのです。

こうした環境下で、連続起業家(=シリアルアントレプレナー)といって、M&Aで得たキャピタルゲインを元手に次の起業を行い、新たな価値創造に取組む経営者が脚光を浴びるようになったのです。

 

スタートアップの特性を踏まえた事前準備が成否を分ける

外部株主との意思疎通

スタートアップの特徴として株主構成をあげることができます。設立当初の会社は創業者(=経営者)と身内の株主だけであることが一般的です。しかし、スタートアップの場合は、成長していくにしたがって事業シナジーを目的として出資する大企業や投資収益を目的としたベンチャーキャピタルなどが外部株主として参画してきます。

外部株主の同意なしには、株式譲渡は不可能です。M&Aが俎上に上がる前から、外部株主の中で最も株式保有シェアが高くリーダーシップを発揮できる株主と意思疎通を密にして緊密な関係を築いておくことが、M&Aを成就させるポイントです。

 

従業員や金融機関などとの関係整理

スタートアップの従業員は、新卒採用が少なく、即戦力を期待されて採用された中途採用者がほとんどです。スタートアップの従業員は、一つの企業で長く勤務するという意識が強くないため、終身雇用型の企業の買収と比べ、業務内容や雇用条件で別の企業に留まるか別の会社に転職するかを合理的に判断する可能性が高いようです。注意すべきは従業員にインセンティブ目的でストックオプションや株式が付与されている場合です。従業員のなかには、自分の勤務先の会社がM&Aをするとの情報を得ると、自己が保有する株を高値で売りたいため、容易に株の売却に応じない方々が必ず出てくるものです。こうしたことが生じないよう、あらかじめインセンティブ付与の際に予約権の要綱や付与時に締結する契約に退職をトリガーとした売渡請求権を規定するなどの方法を用いて対策をしておくことが必要です。

金融機関対策も重要です。株主でもないのに関係があるのか疑問に思うかもしれませんが、スタートアップが金融機関から運転資金などを借入れる場合は、通常、経営者が銀行借入の連帯保証人となることがほとんどです。更に経営者の自宅に抵当権が設定されることもあります。M&Aの方法にもよりますが、経営者の連帯保証や自宅への抵当権が残ってしまわないよう、買手企業に保証を引き継いでもらったり、事業譲渡の代金で経営者が借入金を返済したりする等といった形であらかじめシナリオを練っておくことが必要なのです。

 

売却価格の算定の考え方

一般的に、事業承継に伴う株式譲渡の場合には、相続税が関係することが多いため類似業種比準方式や純資産価額方式などを中心にディスカウントキャッシュフロー法などとも折衷しながら算定することが少なくありません。しかし、スタートアップの場合はIPO等を目指して事業計画に基づいて資金調達するため、上場企業のPERなどを参照した類似会社比準法を採用していることが多いようです。一般的な非上場企業と異なり、第三者割当増資を頻繁に行っているため、直近の株式発行価格も有力な比較対象となります。

ただし、実際の株価は理論だけでなく売手(経営者)・買手間の綱引きにより決まります。オープンイノベーションのために新サービスを開発したい大企業など、事業を高く評価してくれる買手探しができるかどうかが成否を分けることになります。

外部株主は経営者同様に企業価値が高くなることを望んでいますから、経営者はネットワークを持っていて日頃より積極的に取引先紹介をしてくれるベンチャーキャピタルなどの外部株主と懇意にしておくことも高株価を実現するための1つの方策です。

 

M&Aシナリオを視野に入れた資本政策

スタートアップはIPOを目的に設立初期から明確な事業計画を策定しますが、事業計画だけでは、IPOは勿論、M&Aも成功させることはできません。資本政策が必要となります。

資本政策とはIPOやM&Aに向けて増資や株式譲渡を組合わせて狙いの株主構成を実現するシナリオ作りをすることです。

例えば、株主構成面については、M&Aをする際には株式譲渡により会社の支配権を手に入れる必要があります。しかし、経営者が過半数の株式を保有していなければ、全株式を経営者が譲渡しても買手は支配権を手に入れることはできないため、そもそも買収が成立しないのです。

そのため、M&Aをする時点で経営者が株式の過半数を保有しているように、事前に第三者割当増資や株式譲渡により経営者の株式保有比率が低下し過ぎないようにコントロールする必要があるわけです。

株価面では、一見、高い株価で第三者割当増資を行った方が少ない株式で多くの資金を調達できるので良いことばかりのような気がします。しかし、M&Aをする際に外部株主の保有株価を下回る株価で株式譲渡の提案をして株主の賛同を得ることができるでしょうか?高すぎる株価で増資をすると、経営者が株式売却益を得られるような譲渡株価でも外部株主にとっては売却損になってしまうため、株主間の対立を招いてしまい、M&Aをすることが困難になってしまうのです。。

したがって、高すぎず低すぎずの株価で増資を行う必要があるのです。

このようにM&Aを円滑に実行するためには事業計画に沿った資本政策の策定が不可欠なのです。

 

むすび

コロナ禍の影響でインバウンド関連や外食・アパレルなどの接触型サービスを展開するスタートアップは業績悪化で事業計画の変更のみならず、ビジネスモデルの転換を余儀なくされているところも少なくありません。これに伴い、成長性の高い新事業に乗り出すために業績の悪い既存事業を譲渡したり、経営資源を集中するために、本業と関係の薄い事業を会社分割で切り離したりするようなケースも増加しています。

バトンズには、取引先紹介のネットワークを持ち、M&Aを円滑に進めるための資本政策をご提案できる専門家が充実しています。事業譲渡が具体化する前に、専門家に自社の資本政策をチェックしてもらってはいかがでしょうか。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

TOBについて考える

みなさんこんにちは!大阪府堺市でみなさまのちょっとした変化を応援しています。山本哲也です。今回は、スモールM&Aから少し外れて株式市場を騒がせたTOBの話題についてお話したいと思います。つい先日、コロワイドが仕掛けた敵対的TOBは、ゲーム終盤になって両社が手を打ち、大どんでん返しかと思われましたが、結果としては、コロワイドの敵対的TOBが成立しました。いったい何があったのでしょうか?

敵対的TOBとは、経営陣の賛同を得ずに行われる株式公開買付けを指します。経営陣は買収対抗策を講ずるとともに、株主に対して買付けに応じないように勧告します。現経営陣の買収対抗策としては、ホワイトナイトと呼ばれる第三の友好的な企業による合併や新株引受けにより、買収を避けることがあります。また、自社の重要資産を他企業に営業譲渡することで買収する側からみた「買付けする価値」自体を棄損し買収意欲を削ごうとするようなことまで行われるケースもあります。

 

TOB成立条件を引き下げ

大戸屋は、8月下旬にオイシックスと業務提携を発表しました。冷凍総菜やミールキットなどの共同開発を行うようです。オイシックスは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う巣ごもり需要の影響で業績好調で、2020年4〜6月期決算は、売上高が前年同期比42.2%増の231億円、営業利益が約3.8倍の20億円と大幅な増収増益となっています。「このままホワイトナイトになるのか?!」とワクワクしましたが、単なる業務提携との発表のみで終わりました。当たり前ですね。

一方、コロワイド側は8月下旬、TOB成立条件の下限を45%から40%に引き下げた上にTOB期間を9月8日まで延長しました。大戸屋ファンである個人株主たちが、コロワイドの呼び掛けに乗らず、TOB成立に必要な株数が集まらなかったためです。しかし、これが、決勝弾となり、一気にTOB成立となりました。大戸屋ファン株主が一挙に心変わりしたのでしょうか?

 

コロワイド苦戦の理由

コロワイドのTOBが苦戦していた理由は、ファン株主によるTOB反対だけではなかったようです。

日経新聞などによると…
TOBの成立下限が40%に引き下げられたことで、「利にさとい最大14日間限定の株主が急増した」(証券会社関係者)。

つまり、利ザヤ稼ぎのために市場で株式を買い入れ、コロワイドのTOBに申込んだ、いわば、“にわか株主”が殺到したようです。目標の取得率を引き下げたことと、取得期間を伸ばしたことで、状況が大きく変わったようです。

 

どういうこと?

これにはTOBの仕組みを少し説明する必要があります。以前の条件だと、応募が殺到して取得上限の51.32%を超えてしまうと、応募した1,000株すべては買い取ってもらえず、その一部、例えば400株が手元に戻ってきてしまうかもしれません。

 

それによって何が起きるかというと…。

戻ってきた400株がTOB終了で暴落する可能性が相当高く、そうなると利ザヤを大きく下回りトータルすると損失となる可能性が高まっています。これらの株主は経営や大戸屋のポリシーに興味があるわけではなく、利ザヤにのみ興味があるのです。だからこのリスクを勘案することは、当然と言えば当然です。

 

ビッグチャンス?

コロワイドの条件変更の発表を受けて、TOBへの応募は下限にすら達しなかったことが明らかになりました。言い換えれば、「TOBに応募すればほぼ間違いなくすべて買い取ってもらえそう」(個人投資家)という見方が急速に広がりました。しかも大戸屋HDの株価は8月25日終値でTOB価格を400円近く下回る2700円。

そうです。これはおいしい!!稼げそうだ!! となったことは明らかです。実際に、26日の売買高は25日の9倍以上に膨れ上がった。9月3日までの7営業日の1日平均売買高を見ても、8月25日までの7営業日の2倍を超えている。こうした人たちにとっては、独立経営を訴える大戸屋や「大戸屋HDは我々が立て直せる!」と主張するコロワイドの戦略のどっちが正しいかになんて「そんなのカンケーねー」です。

テレビのニュースで女性株主が「みんなでがんばりましょう!と株主総会で話したのに・・・みんななんで裏切っちゃったのかしら。」と涙ながらに話していましたが。「たぶんみんなが裏切ったのではなく新しい登場人物が現れてドラマが急展開しただけですよ。」と彼女に伝えてあげたいです。このような急展開など起こらなければ、ホームドラマのようなハッピーエンドが待っていたのに。このようなマネーゲームに巻き込まれたことは本当に残念です。

 

狙い通り?

かくして最大14日間限定の新たな投資家の登場は、結果として大戸屋HDを苦しめることになりました。TOB期間延長を発表した後、コロワイド幹部がTOB成立に自信を見せていた裏には、このようなシナリオを描いていたとすれば「すごい。」と言わざるを得ないですが、もう少しスマートにできなかったのでしょうか。コロワイドの企業イメージにとってマイナスでしかないと思うのですが・・・

いよいよ最終回。
コロワイドが臨時株主総会の開催を迫り、経営陣が一新されるようです。役員人事、経営方針、反対派だった社員さん、顧客の動向。どれも目が離せませんね。

 

中小企業診断士 山本哲也

「経営者保証に関するガイドライン」を活用して事業承継をスムーズに!

株式会社は本当に有限責任?

「株主は,株式についての払込みまたは給付という形で会社に出資する義務を負うだけで,会社債権者に対して何ら責任を負わない〔有限責任〕」(神田秀樹『会社法第八版』8頁(弘文堂,平成18年)。会社法第104条)。私が学生時代に使っていた会社法の教科書にはこのような記載がありました。

確かに,法律上,株式会社の債務について株主が自分の財産で弁済する義務はありません。しかし,株主が社長でもある(以下「経営者」といいます。)株式会社たる中小企業においては,金融機関からの借入を自分の財産で弁済しなければならないことがしばしばあります。これは,金融機関から行った借入の債務について,経営者個人が保証債務を負担していること(すなわち,経営者が保証人となっていること。以下「経営者保証」といいます。)によるものです。

経営者保証が事業承継のネックに

中小企業は財務基盤が脆弱であることが多く,経営者保証によって信用を補完することができるため,経営者保証が中小企業の資金調達に寄与する面も少なくありません。事業が順調であれば経営者保証が何か問題を生じさせることは少ないでしょう。

しかし,事業承継を考えるとき,経営者保証がネックになることがあります。例えば,経営者がその地位を後継者に引き継がせたとしても,経営者保証を引き継がせるためには,金融機関の了解が必要となる場合などです。なぜならば,経営者保証とは,経営者と金融機関との間で締結される契約(保証契約。民法第446条第1項)であるためです。後継者の信用が不足するとして,金融機関が経営者保証を引き継がせることに難色を示すことも十分考えられます。

また,そもそも後継者が多額の責任を負う経営者保証を嫌がり事業承継を拒むこともありえます。そのような場合,事業承継自体を断念せざるを得なくなります。

経営者保証に関するガイドライン

事業承継に限らず,経営者保証にはさまざまな問題点があります。そこで,経営者保証における合理的な保証契約のありかた等の準則として,平成25年12月に『経営者保証に関するガイドライン』(以下「ガイドライン」といいます。)が策定され,平成26年2月から運用が開始されています。このガイドラインは,日本商工会議所と全国銀行協会が有識者とともに協議を重ねて策定したもので,法的な拘束力はありませんが,実務において参考とされているものです。

事業承継の場面におけるガイドラインの内容

ガイドラインでは,前経営者の負担する保証債務について,後継者に当然に引き継がせるのではなく,金融機関は,保証契約の必要性等について改めて検討し,適切な保証金額の設定に努めるものとされています。保証契約の必要性等の検討や適切な保証金額の設定の際は,以下の内容について,考慮するものとされています。

【保証契約の必要性等の検討について考慮するもの】
イ)法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されている。
ロ)法人と経営者の間の資金のやりとりが,社会通念上適切な範囲を超えない。
ハ)法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得る。
ニ)法人から適時適切に財務情報等が提供されている。
ホ)経営者等から十分な物的担保の提供がある。
【適切な保証金額の設定の際に考慮するもの】
保証人の資産及び収入の状況,融資額,主たる債務者の信用状況,物的担保等の設定状況,主たる債務者及び保証人の適時適切な情報開示姿勢等

(出典:『ガイドライン』5頁・6頁)

いずれについても,中小企業が保有する財産だけで,債務の弁済がどの程度可能なのかがポイントとなります。そして,このことの前提として,中小企業や経営者個人が金融機関への十分な情報提供や説明をすることが重要になります。

ガイドラインの特則について

令和元年12月には『事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則』(以下「ガイドラインの特則」といいます。)が策定され,令和2年4月から運用が開始されています。ガイドラインの特則では,以下の内容が定められています。

① 事業承継時において,原則として前経営者,後継者の双方から二重に保証を求めないこと。

② 令和2年4月1日施行の改正民法により事業のために負担した債務の保証契約について制限が規定されたこと(※)や,経営者以外の第三者保証を求めないことを原則とする融資慣行の確立が求められていることを踏まえ,前経営者が実質的な経営権・支配権を保有しない場合は,保証契約の適切な見直しを行うこと。

※ 実質的な経営権・支配権を保有しない者が保証契約を締結する場合は,所定の要件のもとで保証債務を履行する意思を公正証書で表示していなければ効力が生じなくなりました(改正後民法第465条の6第1項)。

事業承継に備えた中小企業の財務基盤の確立を!

ガイドラインやその特則は,実は,中小企業に借入を返済できるだけの十分な財産があることが明確ならば,保証人を求める必要性はないというある意味当然のことを定めたものだと考えられます。

長期的な視点をもって,中小企業の明確な財務基盤を確立していくことが,結局は事業承継における経営者保証の問題を解決する一番の方法といえます。

なお,ガイドラインでは,中小企業が倒産した場合や事業再生を行った場合の経営者保証のありかたについても定めています。ガイドラインは,一般社団法人全国銀行協会のウェブサイト等で入手できますので,一読することをおすすめします。

弁護士・中小企業診断士(登録予定) 武田 宗久