ブログ 月: 2020年9月

スタートアップのM&Aの進め方(買手の立場で) ―株主間の利害をひも解こう―

M&Aを円滑に進めたい。買手も売手も互いにそう思ってはいても,利害の一致点を見い出すまではどうしても疑心暗鬼になりがちです。このような場合は,買手がM&Aの入口に立つ前に売手である創業オーナー(経営者)や外部株主が何を考えているのか、その一端を知ることによって売手に寄り添った提案が検討し易くなり交渉のスピードアップが図れるのではないでしょうか。

スタートアップのM&Aの特徴

通常の株式会社の場合、株主は創業オーナーやその一族、創業時のメンバーなどいわゆる「身内」株主がほとんどです。一方、スタートアップの場合は、投資リターンを狙った投資家株主やシナジーを狙った事業会社が株主となっているケースが少なくありません。スタートアップのM&Aにおいてもこの外部株主の存在が重要なファクターになります。

具体的に、あなたが買手としてスタートアップにM&Aを提案したケースを想定して会話形式でシミュレーションしてみました。創業オーナーや外部株主の反応をちょっと覗いてみましょう。会話の中には,初めて聞く専門用語もあるかもしれませんが,のちほどご説明しますので,まずはご一読ください。

(あなた)この度は、M&Aの提案をご検討いただきありがとうございます

(創業オーナー)M&A後も私の経営権を保証していただけるとのこと。有難いご提案です。しかし、ご提示いただいた買収価格が550万円では、私は創業時に出資した100万円が1銭も回収できないのです。

(あなた)どういうことですか?社長が増資により外部株主から資金調達した金額は

1,000万円ですよね。外部株主と社長でM&Aの買収対価を分け合えば社長も外部株主も投資回収率は550万円÷(1,000万円+100万円)=50%。5割は回収できるのではありませんか。

(創業オーナー)外部株主には全額種類株式で出資して貰っているのです。株主間の契約で約束した「みなし清算条項」により、M&Aがあった場合には種類株主である外部株主が普通株主である私に優先して買収対価の分配を受けることになるのです。

(外部株主)我々としてはM&Aのご提案に応じたいですね。会社は成長していますが、事業計画で想定するほどのスピードではなく,株式上場までにさらなる時間を要することから,M&AによるEXITをせざるを得ないからです。

(創業オーナー)外部株主の皆さんがそういうのでしたらやむをえません。私が反対してもDrag Along権(外部株主の強制売却権)を行使されたらM&Aに応じざるを得ませんから。私も今後も社長として続投できる条件を提示してもらっていますし、M&Aの提案を前向きに検討します。

どうやら、M&Aの提案が前向きに検討されるようです。勿論、実際にはこんなシンプルな形で話は進みませんが、株価と株主の権利が実際のM&Aの場でも重要な判断材料になっているのも事実です。

なぜ、こうした話になるのか、会話の用語解説もかねて読み解いてみましょう。

株主の保有株価と権利に注目

創業オーナーの保有株価と権利には特徴があります。株価面では創業オーナーは他の株主と比べて低い株価で株式を保有しており、権利面では創業オーナーは経営権を確保するために株主総会の決議に必要な議決権シェアを確保しているということです。

したがって,買い手が創業オーナーの保有株価を下回る額を提案しない限り,創業オーナーは,M&Aで保有株式を売却すれば利益を得ることができるため,創業オーナーはM&Aに応じるか否かの意思決定を主導的に行うことができます。

ところが、近年こうした状況に変化が見られます。シリコンバレーに見られる種類株式を活用した増資が行われるようになったためです。

外部株主の意向に留意しなければならない裏事情

近年の種類株式活用の広がりによりM&Aの際の外部株主の発言力が格段に強くなりました。要因は2つあります。1つめは優先的に財産の分配を受ける権利が設定されるため、2つめはDrag Along権という他の株主も巻き込んでM&Aに応じさせる権利が設定されるためです。

もう少し詳しくいうと、スタートアップの資金調達に活用される株式は,会社を清算した時に種類株主が優先的に残余財産の分配を受領できる種類株式とされています。しかし,実際には清算時には会社はほぼ無価値になってしまうことが多いため、「みなし清算条項」といってM&Aの時も同じように外部株主が優先的に分配を受けられるよう会社・創業オーナー・外部株主間の契約(以下、株主間契約)で合意します。これにより外部株主は回収可能性を高めることが可能となり、リスクの高いスタートアップ投資に応じやすくなっているのです。

さらに、この株主間契約には外部株主主導によるM&Aを容易にする仕組みが組み込まれています。株主間契約において,多数の外部株主がM&Aの提案に応じる場合には創業オーナーも含めた他の株主も同条件で買収に応じなければならないというDrag Along権が規定されているのです。

M&Aを円滑に進めるために―どうやったら知ることができるの?

孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉はM&Aにおいても重要な視点です。すでに説明したように,特にスタートアップのM&Aの場合は,売手の創業オーナーだけでなく,外部株主もM&Aに応じるかどうかについて相応の影響力を持つため,検討の対象に含める必要があるという点に留意が必要です。

円滑にM&Aを実現するためには、株価水準に応じて各々の株主にどの程度の損益が発生するのかシミュレーションしておくことが重要なのです。

実は、公開情報だけでも、かなりの調査が可能なことはあまり知られていないようです。

履歴事項全部証明書(いわゆる登記簿謄本)は誰でも取得することができますが、株式の発行時期、種類株式の有・無や、種類株式の権利などの確認ができます。また、資金調達総額や外部株主の名称はスタートアップ業界でよく利用されているサイト(注1)で検索すれば容易に知ることができます。

ちょっとした知識は必要となりますが、サイトで入手した資金調達額の情報と登記簿謄本で入手できる情報があればどの株主がいくらで株式を保有しているか、会社の直近の株式時価総額がいくらか等は推定可能なのです。

むすび

スタートアップのM&A市場は拡大しつつあり、一歩踏み出せば最新の技術や成長性の高いビジネスモデルを短時間で獲得するチャンスが広がっています。しかし、株価の算定方法や株主構成など、事業承継系のM&Aと異なる点があるため参入しにくさを感じる方も少なくないと思います。

実はこんな方々も、専門家に相談することで、最初の一歩を踏み出すハードルを大幅に下げることができます。バトンズのようなM&Aプラットフォームの登場により専門家とM&Aニーズのある皆さんとの距離が近づきました。

コロナ禍でビジネスモデルの転換やデジタルトランスフォーメーション化の必要性がますます高まっています。シナジーの高い新規事業の検討の選択肢として、一度ドアをたたいてみてはいかがでしょうか。

中小企業診断士 伊藤一彦

(注1)
「テッククランチ」      : https://jp.techcrunch.com/
「SPEEDA」(有料サービス):http://www.uzabase.com/speeda 
「PRTIMES」       :https://prtimes.jp/

【ぼくたちのM&A】事業譲渡という手法

みなさまこんにちは。厳しい残暑が続きますので体調管理には特に気を配りたい季節ですね。大阪府堺市であなたのちょっとした変化を応援しています。堺なかもず経営支援センター山本哲也です。

いつものように、M&Aで社長を目指す“ビジネスパーソン”ツナグの独り言からお聞きください。

ツナグ:ぼくたちビジネスパーソンだからビジネスのことはわかるけど、簿外リスク?さっぱりわからないけどリスクは嫌だ。リスクを避ける方法として「事業譲渡がおススメ」だって聞いたことがあるけど・・。「そもそも事業譲渡の事業の定義ってなんだろう?」商品?顧客名簿?スタッフは?

事業譲渡って? 会社全体を売買する場合との違いは?

事業譲渡とは、その言葉の通り事業を売買する手法でM&Aの一手法です。
会社法では、単なる物質的な財産(商品、工場など)だけではなく、のれんや取引先などを含む、ある事業に必要な有形的・無形的な財産を一体とした上での譲渡を指す。とされています。

二つのスキームの違いを大雑把に言うと、その売買範囲の決め方にあります。
株式の移転を伴う売買(いわゆるM&A)の場合、法人が持つすべての権利債務が移転します。視点を変えると株主が変わるだけであとはなにも変わらないということです。一方、事業譲渡は、契約によって個別の財産・負債・権利関係等を移転させる手続きなので、会社が営んでいる全ての事業を譲渡することも、一部の事業のみを譲渡することも双方の話し合いで決定することができます。

またもう少し細かく言うと、 その事業に活用する有形財産はもとより、無形の財産である人材、事業組織、ノウハウ、ブランド、取引先との関係、債務などマイナスのものも含むあらゆる財産が取引されます。株式譲渡と違い、これらの取引財産の範囲を契約書で定めることになり、かなりの手間と時間のかかる作業となります。

ツナグ:なるほど・・すべて契約書で決めるんだ。なんだか大変そう。

事業譲渡方式のメリット

ツナグ:でも、その会社の欲しい部分だけを売買できるのは確かに便利な気がするなぁ。

そうですね。買手にとっては、契約の範囲を定めることで、帳簿外にある債務(簿外債務、偶発債務など)やリスクを遮断することができるのが大きな利点の一つです。例えば、未払い残業代や帳簿に載せていない借入金などが代表的な例ですが、デューデリジェンスですべてのリスクを調べつくすことは困難ですから。そのような場合にも事業譲渡方式はメリットがあると言えます。
また、買い手は、譲渡会社に対して、一定期間同じ事業を行うことによる競業禁止を求めることができます(競業避止義務)。 つまり、買い手からするとその地域で競争他社を一社減らしつつ、事業を継続して取り組むことができる。と言うことです。事業の譲り受けが完了して、「さぁスタート」と言うときになって取引先や顧客が、売り手の会社に仕事を依頼するなどのトラブルを防止する意味合いもあります。

デメリットは?

ツナグ:じゃぁみんな事業譲渡でやればいい気もするけど・・・。

当たり前のお話ですが、事業譲渡にはメリットと同じくらいデメリットも存在しています。先述した契約範囲の設定に相応の手間と時間が必要になります。それ以外にも・・
①行政からの許認可は改めての申請が必要になります。
②定款変更などの手続きが必要な場合があります。
③債権者、取引先や従業員との個別の交渉(契約)が必要になります。

株式の譲渡による売買であれば、デューデリジェンスの内容を加味した上で、譲渡の方法をどのようにするのか、時期、金額、などの折り合いがつけばすぐにでも引継ぎがスタートできます。そのあたりの違いを踏まえて譲渡スキームを検討する必要がありますが、事業規模が小さい場合、事業譲渡がより現実的な選択肢となると考えられています。

まとめ

ツナグ:やっぱり、どちらも一長一短なんだね。ぼくたちみたいな個人M&Aには親身になってくれる専門家に相談するところから始める必要がありそうだね。それにしても、まだまだ勉強しなきゃいけないことがたくさんありそうだ。

本日も、最後までお読みいただきありがとうございました。
中小企業診断士 山本哲也