ブログ 月: 2023年7月

M&Aを想定して企業価値を高めよう

帝国データバンクのレポートによると2023年上半期(1月-6月)の倒産件数は、前年同期比31.6%増で、5年ぶり4,000件を超え14年ぶりに全業種で前年同期を上回ることになりました。
本件レポートでは注目の倒産動向として「業歴100年以上の老舗企業の倒産」「ゼロゼロ(コロナ)融資後倒産」「人手不足倒産」などが特徴としてあげられています。
ゼロゼロ融資の返済開始時期の本格化、物価高や電気代、円安等によるコストプッシュ圧力の高まりなど、外部環境の急激な変化により、本業の「収益力」が問われる局面へと突入しているようです。
こうした中、日ごろから企業価値向上に向けた取り組みをすることが、従来以上に重要となってきているといえるでしょう。

1.企業価値のブラッシュアップ

経営者は、自社を外部の第三者に承継するか、親族に承継するかに関わらず、日々、業績改善や、内部管理体制の整備などに取り組み、企業価値向上に努めています。
岸田内閣では「新しい資本主義」を掲げ、「スタートアップ育成5か年計画」を策定しスタートアップ企業の支援策を強化しています。スタートアップの多くは新規株式上場(IPO)を目指して、企業価値向上に取り組んでいます。これらのスタートアップの中には創業後、5~6年で株式上場できる企業規模まで事業拡大しているケースが多く、一般的な中小企業と比べて極めて高い成長性を有しています。その理由の一つは、IPOという出口をマイルストーンとして企業価値向上策を進めているからです。
今回は、IPOを目指していない企業であっても、社外の客観的視点で企業価値を可視化することにより、経営をブラッシュアップし、企業価値向上のスピードアップを図る方法について述べたいと思います。

 

2.企業価値の可視化

上場企業は、日々の株価推移により企業価値を時価で把握することが可能ですが、非上場企業の場合は、企業価値を適時適切に把握する方法がありません。しかし、非上場企業でも客観的に把握する方法はあります。
具体的には、M&Aが実施される際に企業価値を算定するために実施されるデュー・ディリジェンス(以下、DDという)という手法を通じて行うものです。DDは主にM&Aの買い手により実施されますが、経営者の主観に依存せず、企業のビジネスモデルや財務内容、知財の有無などをチェックし客観的に企業価値を算定できます。
視点を変えると、DDでの評価項目を活用することにより、経営者は自社の企業価値を自分自身で客観的に把握し、効果的にブラッシュアップを図ることができるといえます。

 

3.DDの評価項目からバックキャストした企業価値向上策

中小M&Aガイドラインによると、DDとは、対象企業である売り手に係る各種のリスクを精査するため、主に買い手がFAや士業などの専門家に依頼して実施する調査とされています。
DDの内容は事業、財務、税務、法務、人事労務、知財、環境、不動産、ITなど、多岐にわたりますが、ここでは、主要なDDとされる①資産・負債等に関する財務DD、②株式・契約内容等に関する法務DD、③ビジネスに関する事業DDの3つの視点についてみていきたいと思います。

(1)財務DDの評価ポイントから逆引きした財務対策
財務DDの調査項目や業務範囲は案件ごとに異なりますが、共通する一般的な調査要点として以下の項目があげられます。

①損益計算書分析
「正常収益力分析」
一般的にEBITDAを用いて分析します。EBITDAはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息および減価償却費を加えて算出します。キャッシュの出入りに注目し、設備投資額の大小やタイミングに左右されずに「会社が利益を上げているか」を正確に把握することができる指標です。業種により異なりますが、企業価値をEBITDAで除したEBITDA倍率が8倍を超えると割高と言われています。これは8年間で生み出すキャッシュフローが企業価値の目安となっているといえます。逆引きすると、このEBITDAを高める工夫が企業価値を高めるといえます。
「費用構造の把握」:費用を変動費と固定費に分解し、損益分岐点分析を行うものです。固定費の水準や変動費率(変動費÷売上高)を下げて損益分岐点売上高を引き下げることにより、儲ける力の高い財務体質を構築することができます。

②貸借対照表分析
「純資産調整」
在庫や有価証券、固定資産などの含み損失、および退職給与や貸倒引当金などの引当不足があれば純資産から控除し、実質的な純資産額を算出します。逆引きすると、評価損益や引当などの会計処理を適切に実施し、その上で純資産金額の向上を図ることにより企業価値を高めることができます。
「ネットデット/エクイティレシオ」
負債と自己資本のバランスから財務の健全性を見る指標です。ネットデットとは、純有利子負債とも呼ばれ、「有利子負債-非事業資産」として算出されます。非事業資産とは、事業価値の創造に貢献していない現預金、貸付金、有価証券や遊休不動産などのことをいいますが、簡便法として「有利子負債-現預金」で求められることが多いようです。当該比率は1倍以上あることが目安とされています。これは、返済義務のあるお金より返済義務がないお金のほうが多い状態であることを意味します。逆引きすると、このような財務状態を目指すことが企業価値向上に資するポイントといえるでしょう。

「偶発債務」
貸借対照表に記載されない簿外債務の一類型で、まだ発生していないが将来条件を満たした時に発生する債務のことです。具体的には、債務保証、訴訟による損害賠償債務、未払い賃金などがあげられます。中小企業は税務会計を採用していることが多いため、偶発債務が財務諸表に注記されることは少なく、M&Aの際に企業へのヒアリングを通じて明るみに出ることが少なくありません。偶発債務は、買い手にとってリスクとなるため、偶発債務を控除して企業価値を算定します。逆引きすると、経営者は偶発債務の内容や金額を正しく把握し、圧縮していくよう努力することで企業価値向上を図ることができます。

(2)法務DDの評価ポイントから逆引きした法務対策
法務DDの共通する一般的な調査ポイントとして以下のような項目があげられます。
M&A時の法務DDでは、買収に関する株式譲渡契約や合併契約などの内容も対象になりますが、ここでは企業価値向上のためのポイントであるため、除外します。

①法令等の遵守状況
法律や社会規範を遵守しているかどうかをチェックします。違反が発覚した場合、罰金や業務停止などの影響が出る可能性があるため、重大なリスクを防ぐために重要です。日ごろからコンプライアンス遵守体制の整備や周知徹底が企業価値向上に繋がります。

②知的財産権の確認
特許や商標などの知的財産権が適切に保護され、管理されているかを調査します。知的財産権は企業の価値を大きく左右するため、日ごろから企業の保有する知的財産の保全策を進めるとともに、第三者の知的財産の侵害がないよう適切な管理を行うことが重要です。

③訴訟・紛争の存在
企業が訴訟や紛争の当事者になっていないか、あるいは将来その可能性がないかを調査します。これは、将来的に発生する訴訟費用や賠償リスクが企業価値に影響するため重要なポイントです。顧問弁護士や法務担当者を活用した適切な法務管理や、組織規模に見合った内部統制など適切なガバナンスの強化、紛争が起こった場合に迅速な対応が可能となるようなルールや体制を事前に整備しておくことなどが重要です。

④労務問題
労働契約、労働条件や労働者の権利が法令や社会規範に則っているか確認します。労働問題は企業の評価やブランドに大きな影響を与え、罰金や訴訟につながる可能性があります。特に、近年は働き方改革に対応した労働法制の改正が実施されていることを踏まえて、未払残業代の発生や、ハラスメント問題などの発生を防止する体制・ルール作りが重要です。

(3)事業DDの評価ポイントから逆引きした対策
事業DDには様々な調査ポイントがありますが、中でも重要と思われる以下の4項目について示します。

①ビジネスモデルの評価
企業のビジネスモデルがどのように収益を生み出し、その持続性があるかを評価します。収益の源泉、コスト構造、価値提供の内容・方法を分析します。自社の事業が内外環境の変化に柔軟に対応できる持続可能なビジネスモデルになっているか継続的に見直しができる経営体制が必要とされます。

②市場環境の分析
市場環境の把握は、企業の将来的な成長と収益性の可能性を評価するために重要です。大きく成長する市場は、新たなビジネスチャンスを提供し、それに対応できる企業は高い価値を持つ可能性があります。ターゲット市場の規模、成長性、顧客行動の変化などについて社内外のリソースを活用して適切に行うことが必要です。

③競合分析
企業の競争優位性の維持・強化と市場での戦略的ポジショニングを決定するために重要です。マイケル・ポーターの「5フォース分析」などの手法を活用し、主要な競合企業、新規参入や代替品の脅威、顧客の交渉力、サプライヤーの交渉力などを分析することも有効な方法です。

④事業計画の評価
企業の現状分析だけでなく、将来の市場環境や競合状況を踏まえた中長期の計画の達成可能性とリスクを評価します。事業計画の評価は、企業が将来的に価値を生み出す可能性とリスクを評価する上で重要です。策定済の事業計画が現在の環境下でも達成可能なものになっているか、計画時に採用したKPIが有効な指標となっているかを継続的にモニタリングし見直していくことが重要です。

まとめ

今回は経営者目線で、企業価値向上のためにはM&Aにおける財務DDや法務DD、事業DDにおける評価ポイントを“逆引き”して活用することが有効であることについてお伝えしました。
直ちにM&Aがあるわけでもないなか、DDを実施するのはコスト負担やリソース配分の観点から現実的ではありません。しかし、第三者の客観的な評価軸を目標設定したりPDCAを回したりすることに活用することは、社員の目標や実績の可視化にもつながり、企業価値向上のみならず企業風土の活性化にもつながることでしょう。
DDの評価ポイントを経営に効果的に導入するため、M&Aや経営・財務・法務等に知見のある専門家を上手に活用することも、賢い経営者の選択肢かもしれません。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

交渉を有利に進めるコツ

M&Aの現場では、売り手も買い手も大きな意思決定を迫られ、”失敗できない”や”損をしたくない”という強いストレスに直面しています。そのため、手間や時間がかかることは当たり前としても、時には、合理的な判断ができなくなるほどの感情問題になってしまったり、交渉がこう着状態に陥ったり、最悪の場合、破談になってしまうことも珍しくありません。
一方で、積極的にM&Aを活用している担当者や経営者は、セオリーを押さえて交渉に臨んでおり、交渉の成功確率を上げています。交渉ごとには同じ状況が存在しないものの、一般的な交渉理論に基づいたコツを共有できればと思います。本日も最後までお付き合いください。

 

相手の交渉のパワーがどこから生まれるのか?を知っておく

交渉ごとには、立場があり、多くの場合、その立場に有利不利があります。
①期待度によるもの
交渉ごとを成立させたいという思いの強いほうが、残念ながら、交渉上の立場は弱くなってしまいます。つまり、初めての交渉にあたるケースや、自社サイドの締め切りが控えているケースなどがこれに当たります。
逆に言うと、交渉前の情報収集を入念に行い、相手側の期待度や焦り具合などを把握しておくことで交渉を有利に進められる可能性が大きく変わります。
一般的には、売り手企業のケースでは、業績が不振であるほど焦りが見られますし、金融機関から期限を設けられている場合はさらにその傾向が強まります。この場合の買い手側は圧倒的に有利に交渉を運ぶことが可能になるでしょう。一方で、独自の強みを持っていたり、業績好調な売り手企業のケースにで、複数の買い手による争奪戦が予想できます。
このように、相手先の背景や業況などの情報収集は、基本中の基本と言えるでしょう。

 

代替案の存在を確認する。

“後がない交渉相手”との交渉ごとは、おおむねこちらにとって有利に進められるでしょう。

では、相手に代替案があった場合はどうでしょうか?もし代替案を持っていれば、それほど交渉で弱腰になることはないでしょう。
例えば、「交渉ごとが決裂した場合、倒産するしかない」ともなればどんどん妥協してくるでしょうし、たとえ、高い金利であっても借り入れの目途がついており、倒産を免れる可能性があれば、それほど妥協して来ないのではないでしょうか?
つまり、相手の次の一手を知ることも交渉ごとを進める上で貴重な情報と言えそうです。

 

交渉タイプと交渉戦術

交渉には、ゼロサム交渉とプラスサム交渉の2つのタイプがあります。
ゼロサム交渉とは、一方が得をした同じ分だけ相手方が損をする場合です。交渉成立は難しくなりやすいでしょう。
一方で、プラス•サム交渉とは、交渉で得られるものを大きくしておいて、引き分けを狙う交渉術です。WIN-WIN交渉とも呼ばれます。例えば、現状価格で買い取る代わりに支払いを分割にするとか、取引先として継続的に付き合うなどです。
M&Aの場面では、1回限りの取引になりやすいのですが、なんらかの方法で、プラス•サム交渉とできないかの糸口を探すことが重要です。

それでもゼロサム交渉になることが多いわけですが、その場合に重要になるのは、先ほどお伝えした”情報”です。いかに相手のことを深く調べ、こちらの手の内を明かさないか、または、伝えるべき情報と伝えてはいけない情報を管理、区別するかです。特に重要な情報は、取引価格と言えるでしょう。
価格の決め方には、いろいろな方法がありますが、重要なことは、自社が買い手であれば、買値の下限値はいくらか?自社としての買値の上限値はいくらか?を自社内で分析・試算の上、設定しておくことです。
自社内での上限・下限を設定したら、相手方への伝えることになりますが、価格交渉においては、最初に提示する価格にもっとも影響を受けることがいろいろな実験で分かっています。
例えば、家電量販店で価格交渉をする場合、店頭価格から値切るのではなく、競合製品や自分の感じる価値によって試算した価格を伝えるべきです。相手側の譲歩枠をこちらで勝手に分析して1〜2割程度の値引きをお願いしていませんか?
もし、買い手として有利に交渉を進めたいのであれば、実現可能性があり、かつ自分たちにとって理想の価格を最初に提示し、根拠とともに伝え、価格交渉をします。この時に、法外に安い価格を示すと相手側から”問題外の交渉相手”と認識され、決裂するため注意が必要です。

ただし、先に希望価格を提示することは、交渉相手にプレッシャーをかけることになり、その後の交渉が有利になるだけではなく、最後に相手の希望価格を聞き入れて成立した際に、「こちらが譲歩した」形になります。これは、相手から見ると「譲歩を引き出した」となり、交渉ごとに勝った形になります。つまりwin-winの結果と言えるでしょう。

 

返報性の法則を利用しましょう

M&Aの場面では、交渉ごとの成立後も相手からの支援を必要としたり、こちらが支援するなど、できれば、円満な関係を持って取引を完了させたいものです。そのためにも、相手に勝たせたような交渉結果が得られことが望ましいです。少しずつ譲歩し、相手の譲歩を引き出したり、相手の譲歩に対してこちらも何らかの誠意を示したりするなど、譲り合いの関係性を築きましょう。
最初から自分たちのギリギリの条件を提示して、「不誠実なので駆け引きはしません」と言う担当者もよくいますが、相手からみると頑固で誠実さや柔軟性を欠いた態度と受け取られ、逆に交渉をこじらせる結果を招きやすいので注が必要です。

 

利益のミスマッチ

家電量販店の事例のように、交渉相手と同じ利益(お金)を追求することは「どちらが得したか?」という評価軸を生みだしてしまいます。では、もし、双方が別の利益を追求したらどうなるでしょう?

例えば、家電量販店であれば、「まとめ買いします!」との提案は、担当者の売上増加に繋がりますし、担当者が会員を増やしたいと考えているのであれば「会員になりましょう」という譲歩も交渉成立に有効でしょう。M&Aに置きかえてみると、売り手が売却価格重視ではなく、従業員の雇用確保や現金の入手スピードだとしたら、譲歩案は、従業員の雇用を確約し、即時現金支払いを約束することで、価格交渉を依頼することになります。

つまり、このような交渉結果を得るためには、お互いの追求する利益が何であるかを見極めることが重要です。

利益のミスマッチをうまく利用するためには、買収条件を提示する際に、できるだけ複数の課題を一度に提示することがポイントになります。例えば、合併交渉であれば、合併比率だけでなく、新会社の社名、本社所在地、トップ人事など、複数の主要な条件を一度に提示して交渉します。それによって、相手方が最も重視するポイント(利益)が浮き彫りになりやすく、それによって利益の交換を行う糸口をつかむことができます。
一方で、条件を一つずつ提示する形で交渉を進めていくと、それぞれがゼロサム交渉となり、立場の強い方にとって一方的に有利な展開となってしまいます。そうなると相手の不満が募り、いずれどこかで交渉が破談となるリスクが高まります。ご注意ください。

 

まとめ

今回は、交渉ごとをスムーズに、できれば、自分たちにとって好ましい結果を得るための交渉術について一緒に学んできました。私たちの日常生活には、このような大きな交渉ごとはないと思いますが、もしチャンスがあれば、少し試してみることで現場に活かせるスキルが身につくでしょう。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也