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M&Aを想定して企業価値を高めよう

帝国データバンクのレポートによると2023年上半期(1月-6月)の倒産件数は、前年同期比31.6%増で、5年ぶり4,000件を超え14年ぶりに全業種で前年同期を上回ることになりました。
本件レポートでは注目の倒産動向として「業歴100年以上の老舗企業の倒産」「ゼロゼロ(コロナ)融資後倒産」「人手不足倒産」などが特徴としてあげられています。
ゼロゼロ融資の返済開始時期の本格化、物価高や電気代、円安等によるコストプッシュ圧力の高まりなど、外部環境の急激な変化により、本業の「収益力」が問われる局面へと突入しているようです。
こうした中、日ごろから企業価値向上に向けた取り組みをすることが、従来以上に重要となってきているといえるでしょう。

1.企業価値のブラッシュアップ

経営者は、自社を外部の第三者に承継するか、親族に承継するかに関わらず、日々、業績改善や、内部管理体制の整備などに取り組み、企業価値向上に努めています。
岸田内閣では「新しい資本主義」を掲げ、「スタートアップ育成5か年計画」を策定しスタートアップ企業の支援策を強化しています。スタートアップの多くは新規株式上場(IPO)を目指して、企業価値向上に取り組んでいます。これらのスタートアップの中には創業後、5~6年で株式上場できる企業規模まで事業拡大しているケースが多く、一般的な中小企業と比べて極めて高い成長性を有しています。その理由の一つは、IPOという出口をマイルストーンとして企業価値向上策を進めているからです。
今回は、IPOを目指していない企業であっても、社外の客観的視点で企業価値を可視化することにより、経営をブラッシュアップし、企業価値向上のスピードアップを図る方法について述べたいと思います。

 

2.企業価値の可視化

上場企業は、日々の株価推移により企業価値を時価で把握することが可能ですが、非上場企業の場合は、企業価値を適時適切に把握する方法がありません。しかし、非上場企業でも客観的に把握する方法はあります。
具体的には、M&Aが実施される際に企業価値を算定するために実施されるデュー・ディリジェンス(以下、DDという)という手法を通じて行うものです。DDは主にM&Aの買い手により実施されますが、経営者の主観に依存せず、企業のビジネスモデルや財務内容、知財の有無などをチェックし客観的に企業価値を算定できます。
視点を変えると、DDでの評価項目を活用することにより、経営者は自社の企業価値を自分自身で客観的に把握し、効果的にブラッシュアップを図ることができるといえます。

 

3.DDの評価項目からバックキャストした企業価値向上策

中小M&Aガイドラインによると、DDとは、対象企業である売り手に係る各種のリスクを精査するため、主に買い手がFAや士業などの専門家に依頼して実施する調査とされています。
DDの内容は事業、財務、税務、法務、人事労務、知財、環境、不動産、ITなど、多岐にわたりますが、ここでは、主要なDDとされる①資産・負債等に関する財務DD、②株式・契約内容等に関する法務DD、③ビジネスに関する事業DDの3つの視点についてみていきたいと思います。

(1)財務DDの評価ポイントから逆引きした財務対策
財務DDの調査項目や業務範囲は案件ごとに異なりますが、共通する一般的な調査要点として以下の項目があげられます。

①損益計算書分析
「正常収益力分析」
一般的にEBITDAを用いて分析します。EBITDAはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息および減価償却費を加えて算出します。キャッシュの出入りに注目し、設備投資額の大小やタイミングに左右されずに「会社が利益を上げているか」を正確に把握することができる指標です。業種により異なりますが、企業価値をEBITDAで除したEBITDA倍率が8倍を超えると割高と言われています。これは8年間で生み出すキャッシュフローが企業価値の目安となっているといえます。逆引きすると、このEBITDAを高める工夫が企業価値を高めるといえます。
「費用構造の把握」:費用を変動費と固定費に分解し、損益分岐点分析を行うものです。固定費の水準や変動費率(変動費÷売上高)を下げて損益分岐点売上高を引き下げることにより、儲ける力の高い財務体質を構築することができます。

②貸借対照表分析
「純資産調整」
在庫や有価証券、固定資産などの含み損失、および退職給与や貸倒引当金などの引当不足があれば純資産から控除し、実質的な純資産額を算出します。逆引きすると、評価損益や引当などの会計処理を適切に実施し、その上で純資産金額の向上を図ることにより企業価値を高めることができます。
「ネットデット/エクイティレシオ」
負債と自己資本のバランスから財務の健全性を見る指標です。ネットデットとは、純有利子負債とも呼ばれ、「有利子負債-非事業資産」として算出されます。非事業資産とは、事業価値の創造に貢献していない現預金、貸付金、有価証券や遊休不動産などのことをいいますが、簡便法として「有利子負債-現預金」で求められることが多いようです。当該比率は1倍以上あることが目安とされています。これは、返済義務のあるお金より返済義務がないお金のほうが多い状態であることを意味します。逆引きすると、このような財務状態を目指すことが企業価値向上に資するポイントといえるでしょう。

「偶発債務」
貸借対照表に記載されない簿外債務の一類型で、まだ発生していないが将来条件を満たした時に発生する債務のことです。具体的には、債務保証、訴訟による損害賠償債務、未払い賃金などがあげられます。中小企業は税務会計を採用していることが多いため、偶発債務が財務諸表に注記されることは少なく、M&Aの際に企業へのヒアリングを通じて明るみに出ることが少なくありません。偶発債務は、買い手にとってリスクとなるため、偶発債務を控除して企業価値を算定します。逆引きすると、経営者は偶発債務の内容や金額を正しく把握し、圧縮していくよう努力することで企業価値向上を図ることができます。

(2)法務DDの評価ポイントから逆引きした法務対策
法務DDの共通する一般的な調査ポイントとして以下のような項目があげられます。
M&A時の法務DDでは、買収に関する株式譲渡契約や合併契約などの内容も対象になりますが、ここでは企業価値向上のためのポイントであるため、除外します。

①法令等の遵守状況
法律や社会規範を遵守しているかどうかをチェックします。違反が発覚した場合、罰金や業務停止などの影響が出る可能性があるため、重大なリスクを防ぐために重要です。日ごろからコンプライアンス遵守体制の整備や周知徹底が企業価値向上に繋がります。

②知的財産権の確認
特許や商標などの知的財産権が適切に保護され、管理されているかを調査します。知的財産権は企業の価値を大きく左右するため、日ごろから企業の保有する知的財産の保全策を進めるとともに、第三者の知的財産の侵害がないよう適切な管理を行うことが重要です。

③訴訟・紛争の存在
企業が訴訟や紛争の当事者になっていないか、あるいは将来その可能性がないかを調査します。これは、将来的に発生する訴訟費用や賠償リスクが企業価値に影響するため重要なポイントです。顧問弁護士や法務担当者を活用した適切な法務管理や、組織規模に見合った内部統制など適切なガバナンスの強化、紛争が起こった場合に迅速な対応が可能となるようなルールや体制を事前に整備しておくことなどが重要です。

④労務問題
労働契約、労働条件や労働者の権利が法令や社会規範に則っているか確認します。労働問題は企業の評価やブランドに大きな影響を与え、罰金や訴訟につながる可能性があります。特に、近年は働き方改革に対応した労働法制の改正が実施されていることを踏まえて、未払残業代の発生や、ハラスメント問題などの発生を防止する体制・ルール作りが重要です。

(3)事業DDの評価ポイントから逆引きした対策
事業DDには様々な調査ポイントがありますが、中でも重要と思われる以下の4項目について示します。

①ビジネスモデルの評価
企業のビジネスモデルがどのように収益を生み出し、その持続性があるかを評価します。収益の源泉、コスト構造、価値提供の内容・方法を分析します。自社の事業が内外環境の変化に柔軟に対応できる持続可能なビジネスモデルになっているか継続的に見直しができる経営体制が必要とされます。

②市場環境の分析
市場環境の把握は、企業の将来的な成長と収益性の可能性を評価するために重要です。大きく成長する市場は、新たなビジネスチャンスを提供し、それに対応できる企業は高い価値を持つ可能性があります。ターゲット市場の規模、成長性、顧客行動の変化などについて社内外のリソースを活用して適切に行うことが必要です。

③競合分析
企業の競争優位性の維持・強化と市場での戦略的ポジショニングを決定するために重要です。マイケル・ポーターの「5フォース分析」などの手法を活用し、主要な競合企業、新規参入や代替品の脅威、顧客の交渉力、サプライヤーの交渉力などを分析することも有効な方法です。

④事業計画の評価
企業の現状分析だけでなく、将来の市場環境や競合状況を踏まえた中長期の計画の達成可能性とリスクを評価します。事業計画の評価は、企業が将来的に価値を生み出す可能性とリスクを評価する上で重要です。策定済の事業計画が現在の環境下でも達成可能なものになっているか、計画時に採用したKPIが有効な指標となっているかを継続的にモニタリングし見直していくことが重要です。

まとめ

今回は経営者目線で、企業価値向上のためにはM&Aにおける財務DDや法務DD、事業DDにおける評価ポイントを“逆引き”して活用することが有効であることについてお伝えしました。
直ちにM&Aがあるわけでもないなか、DDを実施するのはコスト負担やリソース配分の観点から現実的ではありません。しかし、第三者の客観的な評価軸を目標設定したりPDCAを回したりすることに活用することは、社員の目標や実績の可視化にもつながり、企業価値向上のみならず企業風土の活性化にもつながることでしょう。
DDの評価ポイントを経営に効果的に導入するため、M&Aや経営・財務・法務等に知見のある専門家を上手に活用することも、賢い経営者の選択肢かもしれません。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)