ブログ 月: 2024年5月

デューデリジェンスを成功させるポイント その6(人事DD)

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において非常に重要な手続きで、取引の成否を左右する要素です。今回は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:今回は、人事DDのお話だけど。ここが一番やっかいというか、たいへんだなって感じているんだ。だって、「企業は人なり」っていう有名な格言があるくらいだから。慎重にしなきゃいけないでしょ?苦手なんだよね・・・。

 

人事DDの留意点

確かに、ツナグさんの言う通りですね。とても重大なフェーズであることは間違いありません。なぜなら、これまでの買収先の業績を支えてきた、大切な人材ですからね。そして、これから私たちと一緒に、これまで以上の力を発揮していただきたいわけですから。

ただ、一方で、人事DDは非常に広範なため、優先順位を設定して、範囲を限定しリスクをとる姿勢も大切になります。たとえば、他のDD結果の分析などから発生確率が高いと思われる分野かつハイリスクなテーマや合併の戦略的目標に直結するテーマに焦点を当てて、優先的に取り組むことが考えられます。逆に言うと、調査コストとリスクの大きさを比較検討した上で調査範囲を決定することも必要と言えます。
また、全ての情報を一度に集めようとするのではなく、段階を踏んで情報を収集します。初期段階での高レベルの分析から始め、必要に応じてさらに詳細な調査に進むという方法です。

 

人事DDの代表的な調査テーマ

人事DDの一般的な範囲は、以下の通りですが、特に、将来の業績見通しに直結するような賃金制度、残業代や社会保険料未払い分の支払いなど、臨時の支出発生など財務面には十分注意してください。また、労働関連法規や契約違反、契約不備など法的なリスクについては、法令違反、罰金、賠償、ブランド毀損などの恐れがありますので、見落とさないよう、優先度を上げた対応が必要です。

 

・人員構成や人件費

部門ごとの従業員の人数、年齢、性別、勤続年数、職務内容、労働条件を詳細に把握します。給与については、その内訳や水準、支給ルールについて調査します。退職金制度や福利厚生(健康保険組合、厚生年金基金を含む)などの給与以外についてももれなく行います。また、役員退職慰労金制度や役員の生命保険加入状況、残業代の未払いやパートの社会保険未加入問題などへの注意が必要です。
特に、労働条件については、経営統合後の調整業務が避けて通れないテーマになる可能性が大きいテーマですので、その違いの把握はしっかり行いましょう。

・組織構造と職務権限について

組織構造、各組織の職務権限、職務分掌について確認します。組織図と実際の業務運営が一致していないケースも見受けられますので、直接ヒアリングなども必要に応じて実施します。例えば、小さな組織では、指揮命令系統や職務分担があいまいなことも多く、改善作業が必要になることがあります。
さらに、統合作業や統合後のシナジーの実現にかかわるキーパーソンについては、特に把握しておきたいポイントです。売り手企業の従業員さんのモチベーションや退職意向など、本人はもとより、周辺からの聞き取りなども慎重に行うようにしましょう。

・労使関係

労働組合の有無や加入状況はもとより、過去の労使交渉の記録など。統合作業中、統合後の経営への影響を把握してください。また、労働協約や労使問協定についても漏らさず確認しましょう。

 

専門家やITの活用

人事DDについては、他のDDに比べて、いろいろな面で専門性が高く、繊細なテーマですので、専門家との連携は不可欠とお考え下さい。例えば、労働関連法規に関する内容については、労働分野を専門とする弁護士や社会保険労務士が適任でしょう。また、給与、退職金、年金などの計算については、社会保険労務士や会計士へ依頼することが検討できます。

加えて、従業員数が多いケースでは、クラウドサービスなどを活用することも検討してください。情報の一元化および、迅速な分析が可能になります。現状の把握だけではなく、今後の人件費推移などの予測にも非常に役立つサービスが提供されています。もし、自社で活用しているサービスがなければ、これを機会に導入することも検討すべきです。

 

まとめ

今回は、人事DDに絞ってツナグと一緒に学びました。人事DDでは、上述の通り、内容によっては、一定程度過去に遡ることも、未来を予測することも必要なため、その調査・分析範囲は膨大です。ポイントは、優先度の高いところから、順に調査すること、そして、許容できるリスクの大きさや種類について、あらかじめ、検討・設定しておくことです。
なんらかのリスクが見つかった場合の対応策については、次回、ツナグも交えて、一緒に学びたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&Aの目的達成に不可欠なPMI

M&Aの成立はゴールではなくスタート

買い手にとって、M&Aが成立してもそれだけでは安心することはできません。なぜならば、仮に問題なくM&Aが成立したとしても、M&Aにあたって買い手が検討していた目的を達成するためには、自社と売り手とをどのようにして統合していくのかが問題となるからです。

そして、買い手が売り手の企業をどのようにして統合していくのかはM&Aが成立してから検討するのでは遅きに失し、むしろM&Aが成立するに至る過程において検討すべき課題であるともいえます。

この点に関し、今回はPMIを取り上げたいと思います。

 

PMIとは

PMI(POST MERGER INTEGRATION)とは、一般に、買収や合併といったM&Aの実行後に生じるシナジー効果により企業価値を最大限に向上させることを目的とする統合プロセス全体を意味します。

例えば、買い手が示した今後の経営の方向性が売り手のこれまでの事業の進め方をいたずらに否定するものであったため、従業員が不安に思い大量離職が生じてしまったり、取引先と取引条件について改善をしようと交渉を試みるものの、これまでの経緯を売り手経営者から十分に確認していなかったため交渉が難航したりするということが、往々にして起こりがちです。これらのような事態は、PMIが不適切であったことに起因するものと考えられます。

 

PMIはどのようにして進めていくのか

PMIの開始時期については、M&Aの成果を感じている買い手ほど、基本合意の締結やDDを実施している期間といった早期の段階でPMIを視野に入れた検討に着手している傾向があるとの指摘があります。M&Aをするかどうかの検討を買い手が行う際にM&A後の体制について検討を行うことはある意味自然なことともいえます。

PMIにあたって検討すべき要素としておおむね以下のようなものを挙げることができます。

 

① 経営統合

理念・戦略やマネジメントフレームを統合することです。そのためには、まず何のためにM&Aするのかを見える化し、関係者に対して具体的に説明できるようにすることが必要となってきます。

M&Aにより今後進めていきたい経営の方向性を売り手の関係者はもちろんのこと自社内外の関係者に伝えることができれば、信頼関係を構築することにつながっていきます。

② 信頼関係構築

売り手の現経営者や従業員のほか、取引先との信頼関係をいかにして構築していくのかということです。

売り手の現経営者に対しては、第一にこれまでの経営方針や取組等について否定するのではなく傾聴し、これまでの路線を踏襲・深化・発展させて行くことを表明するなど、これまでの努力や感情を損なわないようなコミュニケーションを心がけることが重要であるといえます。そのうえで、売り手経営者の処遇(引継期間における役職・役割、報酬、在籍期間等)について、引継期間などは柔軟な対応をする余地を残しつつも覚書などを作成して明確にします。

売り手の従業員に対しても、これまでを否定するのではなくM&Aによりさらに発展させることを伝えるとともに、売り手経営者と買い手経営者が同席した説明会を行い、M&Aに至った経緯や従業員に対する売り手経営者の感謝や買い手経営者による今後の経営の方向性や従業員の処遇などを丁寧に説明することなどが考えられます。

取引先についても、売り手が行っている取引について、取引先の信頼を得て取引を継続することが重要になるため、基本的には現経営者や従業員と同様のアプローチとなりますが、信用不安を生じさせることがないように、そのタイミングについては慎重を期す必要があります。具体的には、M&A成立前において継続する取引の取引条件等を正確に把握(特にチェンジオブコントロール条項などには注意が必要です。)したうえで、M&A成立直後に速やかに売り手と買い手経営者があいさつ回りを行うというイメージとなろうかと思います。

③ 業務統合

売り手からの業務の引継については、DDや現経営者からの聞き取りを通じて業務の現状を把握しM&A成立後に改善すべき点を明確にします。改善すべき点を把握するにあたっては、売り手経営者や一部の従業員のみに属人化している業務があることや、業務に関する規程や帳票等が存在か存在していても形骸化していることがあることにも留意する必要があります。

 

買い手経営者だけでなく支援専門家も意識すべきPMI

今回はPMIのごく基本的な内容について解説をしました。M&Aに関与する専門家からすると、これまではM&Aの成立後を具体的に意識するという場面は必ずしも多くはなかったのではないでしょうか。その意味では、PMIの視点は買い手経営者だけではなくM&Aを支援する専門家にとっても重要なものといえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久