本当はこわい表明保証条項
M&Aの際,売り手の企業がどのような状態であるのかということは,買い手にとって最大の関心事となります。しかし,売り手の企業がどのような状態であるかを知ることは,買い手にとって容易なことではありません。当然のことながら,売り手の企業の情報は売り手に集中しているからです。
この点について,M&Aにおいては,売り手の企業の状態を知るために,財務・税務や法務等に関する調査であるDD(デューデリジェンス)を行うこととなります。しかし,時間や費用等の観点から調査には限界もあります。特に中小企業のM&Aでは,売り手の企業の規模がそれほど大きくないこと等から,多額の費用をかけたDDが困難な場合もあります。 このようなことから,基本合意や最終契約において表明保証条項が広く用いられています。
表明保証条項とは
表明保証条項とは,契約の一方当事者が他方当事者に対し,一定の時点における一定の事項が真実であり正確であることを「表明」し,かつその内容を「保証」する条項をいいます。
【表明保証条項の例】 第○条 乙(売り手)は,甲(買い手)に対し,本契約締結日及びクロージングにおいて,以下の各号が真実かつ正確であることを表明し,かつ保証する。 ⑴ 乙は,日本の法律に基づき適法に設立され,有効に存続している株式会社であること。 ⑵ 簿外債務等が存在しないこと。 ⑶ 知的財産権(使用する商標等)について,権利侵害等の主張を受けたことがないこと。 ⑷ 業員及び雇用関係に重大な問題が存していないこと。 ⑸ 訴訟等の当事者になっていないこと。(以下省略) |
このように,表明保証条項を用いることにより,売り手に一定の事項が真実かつ正確であることを保証させ,DDによる調査コストを軽減し,DDでは確認できないような事実関係の真実性・正確性を確保することができます。
売り手が表明保証条項に違反していた場合
では,売り手が表明保証条項に違反していた場合,すなわち,売り手が真実かつ正確であると表明し,保証した事項が,実は事実とは異なっていた場合は,買い手はどのような措置をとることができるのでしょうか。
この点について,基本合意や最終契約において,補償条項を規定すること等によって,買い手は表明保証条項違反を理由に売り手に対して補償請求・損害賠償請求をすることが考えられます。
【補償条項の例】 第○条 甲は,乙による第○条(注:表明保証条項)各号に定める表明及び保証の違反があったことにより損害を被った場合は,乙に対し補償又は損害賠償を請求することができる。 |
表明保証条項は万能ではない
ここまでこのコラムを読んでいただいた方のなかには,表明保証条項で多くの事項を売り手に表明保証させれば,DDのコストが削減できてよいのではないかと思われた方もいるかもしれません。しかし,裁判例では,表明保証条項に関する事実に相違があるとしても,買い手が売り手に責任を追及することを認めていないものがあります。
例えば,表明保証条項は,企業買収に応じるかどうか,あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について,重大な相違や誤りがないことを保証したものに過ぎず,売り手に表明保証条項違反による責任を追及できるのは重大な相違や誤りがある場合に限るとしたものがあります(東京地判平成19年7月26日判タ1268号192頁)。これは,売り手に関する考え得るすべての事項を情報開示やその正確性を保証の対象とするというのは非現実的であるという考えによるものです。
また,売り手が表明保証を行った事項に関して違反していることを買い手が知っていたか,わずかの注意を払いさえすれば,知り得たにもかかわらず,漫然とこれに気付かないままに株式譲渡契約を締結した場合(すなわち,買い手が売り手の表明保証違反につき悪意・重過失である場合)は,売り手は表明保証責任を免れる余地があるとした裁判例があります(東京地判平成18年1月17日判タ1230号206頁)。これは,買い手が売り手の企業の実際の状態を知っていたか,容易に知りうるような場合まで売り手の責任を認めることは公平の見地からして相当ではないという考えが根底にあります。
このような裁判例を踏まえると,買い手が売り手に損害賠償を請求するためには,重大な相違や誤りがあることや,売り手の表明保証条項違反について買い手が重大な過失なく知らなかったこと(すなわち,善意無重過失であること。)などといった必ずしも契約書には書かれていない要件が求められることがあることに注意をする必要があります。
そうすると,やはり売り手の企業の状態を知るためには,まずはDDによることを検討すべきで,表明保証条項はあくまでもDDを補完するものとして位置づけ,安易に用いるのはリスクがあると考えておいた方がよいのかもしれません。