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アフターM&Aに発生する競業

買い手にとってM&Aは始まりであるともいえる

M&Aに向けた交渉が終わり、ようやく最終契約の締結に至ったとき、売り手・買い手双方とも安堵した気持ちになるものの、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるといえます。

ところが、新たな事業を開始してしばらくするとM&Aの交渉の際には想定していなかった法的な問題が生じることがあります。

今回は、M&Aの後に発生しうる法的な問題のうち、事業譲渡における競業について解説をします。

 

事業譲渡後の競業が問題になる場合

事業譲渡において、売り手が工場や什器備品などの設備を必要とする事業を行っていた場合、競業が問題となることは必ずしも多くはないかもしれません。

他方、特段の設備を必要としない事業においては事業譲渡が問題となることがあります。例えば、P社は、中古衣類販売のECサイトを運営していたQ社から当該ECサイトを買い受けたところ、Q社は、ECサイトを売却した直後に、同じような中古衣類販売のECサイトを立ち上げて中古衣類販売を始めたといったようなものです(以下「【事例】」といいます)。

 

事業譲渡における競業に関する会社法の規律

事業譲渡の際の競業については、次のような規律があります(会社法第21条。以下これらを「競業避止義務」といいます。)。

① 事業譲渡をした売り手は、契約において別の定めがない限り、同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内においては、事業譲渡の日から20年間は、同一の事業を行うことはできません(同条第1項)。これは、事業譲渡においては、買い手が当該事業で収益を得ることを売り手が妨げないという内容が含まれていると考えられることによるものです。

② 同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、事業譲渡の日から30年の期間内に限り有効とされます(同条第2項)。これは、売り手の営業の自由にも一定の配慮をしたものであるとされています。

③ ①・②にかかわらず、事業譲渡をした売り手は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない(同条第3項)。

 

買い手が競業避止義務に違反する売り手に対して取りうる手段

売り手が競業避止義務に違反している場合、買い手は売り手に対し、競業行為の差し止めを行うことができます(民事執行法第171条第1項第2号)。

また、買い手は、売り手の競業行為により損害を被った際は、損害賠償請求を行うことができます(民法第415条第1項、第709条)。その際、訴訟において、損害の『額』の立証が困難な場合もありますが、買い手としては、金額はともかく損害が発生していることを立証できれば、裁判所が相当な額を認定することができます(民事訴訟法第248条。東京地判平成28年11月11日判時2355号69頁)。

 

【事例】の場合はどうなるか

【事例】では、P社がQ社から譲り受けた事業はECサイトであるため、その商圏は全国にわたります。そうすると、上記①の同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内における競業菱義務の規定が必ずしも機能しません。

しかし、Q社が「不正の競争の目的」をもって新たにECサイトを立ち上げた場合は、上記③の規定によりQ社が競業禁止に違反することがあります。この「不正競争の目的」とは、売り手が買い手の事業上の顧客を奪おうとする目的で譲渡した事業と同種の事業をする場合などに認められます(大判大正7年11月6日新聞1502号22頁)。

【事例】のもととなった裁判例では、P社が譲り受けたECサイトとQ社が新たに立ち上げたECサイトはいずれも同じジャンルの中古衣類の売買を含んでおり、いずれのECサイトもヤフーオークションにおいて販売を行っているなど、Q社がP社と同種の事業を行っていました。

そのうえで、Q社は、

① あたかもECサイトをP社に譲渡した後は同様のサイトを開設・運営しないかのように装いながら、同一の事業を営む目的でECサイトのドメインを取得し、P社に何ら伝えることのないままこれを開設・運営したこと、

② 従来の顧客に対しては、運営主体の変更ではなく単なる「運営方針」の変更によりECサイトを開設した旨のメールを多数送付し、現に被告サイトが本件サイトの「姉妹ショップ」であるとの誤認を生じさせたこと、

から、事業譲渡の趣旨に反する目的を有していたものとして、Q社が「不正の競争の目的」をもって同一の事業を行ったため、競業避止義務に違反したとされました(前掲東京地判参照)。

ただし、何をもって「不正の競争の目的」とするのかは、種々の要素を総合的に認定することになり、M&Aの時点では必ずしも明確とはいえません。

買い手としては、事業譲渡の契約において、競業を禁止する区域について事業の性質に応じたものとすることや、競業を禁止する事業の範囲について、当該事業に関連する事業についても対象とするなどして、売り手が競業をするリスクや紛争となるリスクを少なくすることを検討すべきと考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久