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デューデリジェンスを成功させるポイント その3

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点についていつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

DDスタート

ツナグ:社外の専門家と社内から関係部門の人たちの顔合わせも終わったし、あとは、報告会を待つのみだ!

そんな無責任なことでいいんですか?私たちは、M&Aの統括部門ですよね?であれば、DDの進捗管理や調査の抜けもれがないかなど、専門家チームと常に情報共有する必要があるのではないでしょうか?

ツナグ:なるほど・・・。確かに、責任部署として役員会で説明するときに困るのは、結局僕たちになるのか!?やばい!

僕も営業部門が長かったから、組織管理や営業数値の管理とか、気になるところもあるしな。でも他の領域は全然わからないや。どうしよう。

 

各領域別のチェックポイント

今回は、財務DDについて、どのような視点を持っておけばよいのかについて少しご説明しますね。

  1. 売上高:当たり前ですが、事業別、商品別、顧客別、月別等の売上推移を確認します。過去の傾向と違う動きをしているところに着眼し、その要因を数量要因と単価要因に分けて把握します。また、売上計上時期の操作や関係会社等との循環取引の有無など、特に年度末に注意してチェックしましょう。

  1. 売上原価・製造原価:原価率、在庫などの推移をみてイレギュラーが発生していないか?をチェックし、もし気になるような動きがあれば、その要因を調査します。また、仕入先の集中度合いや仕入価格の推移についても気になるところです。

  1. 販売管理費(人件費):事業特性上、大きな割合を占めている費用やその他経費や雑費など、支出目的が分かりづらいものなどを中心にチェックします。イレギュラー値については、業界平均値や過去決算との比較分析によって判断します。

また、営業外損益や特別損益についても、その発生原因の確認や、その内容が販管費に含めるべきものかどうかなども精査が必要です。つまり、その内容が、企業価値判断に含めるべきものかどうかの視点で確認しましょう。

  1. 売上債権(受取手形・売掛金):売上債権の増減と回転期間の推移などから、イレギュラーがないか確認します。もし、異常値を感知した場合は、その要因を調査します。また、相手先ごとの変化についても気になるところです。特に、債権の回収期間が長くなっている場合など、不良債権の有無や貸倒引当金の妥当性、与信管理の運用状況を確認することも重要です。

  1. 棚卸資産(製品・半製品・原材料含む)や固定資産:棚卸資産については、その評価方法が、自社基準と比較して妥当かどうかについて、自社の担当部門と協議する必要があります。その上で、実際に帳簿通りに存在するのか?長期間放置されて資産性ゼロのものがないかなどを確認します。これらを精査したうえで、資産価値を自社の基準で計算しておきます。

固定資産(有形・無形・投資有価証券など)についても同様に、まずは、台帳通りに存在するのか?また、その評価額の妥当性などを精査します。加えて、事業引継ぎ後、どれくらいの期間で追加の設備投資が必要なのかどうかについても併せて報告できるよう準備します。

  1. 仕入債務:買掛金と同様の調査を行うことに加えて、未計上の仕入れ債務がないかなども確認しておきます。

  1. 借入金:金融機関ごとの借入金額、残高、返済期限、金利、返済計画を確認しましょう。また、財務制限条項(コベナンツ)等の特別な契約条件が付されていないか?契約内容を確認しておきます。特に金融機関以外の借入先がある場合は、その借入が行われた背景、金利の妥当性や返済状況についても明らかにします。

  1. 退職給付引当金:従業員の退職給付債務に関わる簿外債務がないか?を確認しておきます。また、役員退職慰労金規程をもとに役員退職慰労金の引当不足額を確認しましょう。

  1. 未払税金・繰延税金資産:未払税金などは、その内容の妥当性の検証に加えて、税務上のリスクや追徴または還付の可能性について検討しておきます。また、繰越欠損金の利用可能性や繰延税金資産の回収可能性についても検討しましょう。特に、大きな金額が計上されている場合、資産性が認められないと純資産額が大きく減少することに繋がりますので、専門家も交えて慎重な検討が必要です。

まとめ

今回は、”デューデリジェンス”にあたって、全体を統括する担当者として、最低限知っておきたいポイントについて財務DDの観点からツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの労力・コストとは、いったん切り離して考え、M&Aによるリスクやシナジー効果についてしっかり評価することです。決して、問題を先送りしたり、勝手に過小評価することのないよう、専門家チームとの緊密な連携をとって進めてまいりましょう。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

デューデリジェンスを成功させるポイント その2

デューデリジェンス(DD)は、M&Aの際の最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”の実行フェーズに関していつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

まずは、実施計画の策定からスタート

ツナグ:これまで、相手先からいろいろと資料をもらって分析したけれど、まだ、気になる点がいくつかあるんだ。NDA(機密保持契約書)も交わしたし、早くDDをスタートさせようよ!

まぁまぁ、ちょっと落ち着いてください。デューデリジェンスの目的は覚えていますか?

ツナグ:覚えていますよ!まず、買収対象会社が抱えるリスクの抽出と、買収後の経営統合の準備!!

さすがです!そうですね。広範囲にわたって多面的かつ客観的な調査を行う必要があるのです。これは、さすっがのツナグさんもたったひとりではできないですよね?

ツナグ:そうですね。だからチーム編成も構想しています。
あっ!誰が、いつ、どうやって、どの情報を集めて、どんな資料を作成するのか?実行計画が必要ですね。

正解!ある程度の実行計画が必要です。先ほどのツナグさんの構想にさらに含めていただきたい項目があります。それは、財務、法務、ビジネス、人事、ITなど、どの分野を誰が担当するのか、外部であれば、フィーも必要ですから、いくら使えるのかなども検討すべきです。
また、締め切りの設定も重要です。企業経営は生き物ですので。こうしている間も相手先の企業は、事業活動を継続しており、新たなチャンスやリスクが発生したり、消滅したりしているはずですから。一般的には、基本合意書に契約日の目途が記載されていることが多いため、最初にそちらを確認してください。契約予定日までの期間が、独占交渉権が当社にある期間と認識してよいでしょう。

 

キックオフ・ミーティングの招集

ツナグ:少々てこずったけど、なんとかDD実行計画書を策定したよ。

いつもながら、素晴らしいスピードですね。
では、さっそくキックオフ・ミーティングを招集しましょう。キックオフ・ミーティングの参加者は、社外専門家だけではなく、社内の関係部門のメンバーで構成されます。例えば、人事、経理、IT、法務、マーケティング、購買や製造部門、M&A担当部門などが代表的関係部署です。事務局は、全体進行を担当します。
具体的な内容は、メンバー紹介、実施要項やスケジュール、情報管理ルールに関する打ち合わせを行います。また、同席しているメンバーの情報や議事録をしっかりと残すことで万一の情報漏洩事故に備えておきます。

 

マネジメント・インタビューを実施する

キックオフ・ミーティングが終わり、情報管理ルールの確認が完了したら、次にマネジメント・インタビューを実施します。マネジメント・インタビューとは、買収対象企業の経営陣へのインタビューのこと。社長または、主たる経営陣にお願いします。

主なインタビュー項目は以下のとおりです。
1.近年の市場動向、競合動向
2.今後の業界における成功要因
3.懸念される事業上のリスク
4.自社の「強み」と「弱み」
5.経営上の重要課題
6.株主の同意、関係
7.関係会社との取引関係
8.大口販売先および大口仕入先との関係・取引状況
9.簿外債務(債務保証、訴訟、先物売買契約など)の有無
10.今回のM&Aを決断した背景
11.M&A後に期待すること

 

2回の報告会

事務局は、ある程度の結果がまとまった段階で中間報告会を開催する旨、メンバーに事前連絡しておきます。中間報告会の目的は、各DDチーム間の情報共有や重要リスクが報告された場合の対応策の検討です。重要リスクが報告された場合は、必要に応じて調査範囲を広げ、追加調査を実施します。例えば、子会社との取引に不審な点があるようでしたら、子会社に対するDDが必要かどうかを検討すべきです。

最終報告会では、各担当者から順に報告を受けます。リスクだけでなく、今後の経営統合に対する懸案事項や提案についても含めて報告するように依頼しておきましょう。

 

まとめ

今回は、M&Aの成否に大きく影響のある”デューデリジェンス”を実行するにあたっての手順や準備についてツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの調査や交渉に費やした労力・コストとは、いったん切り離した調査と捉えて実施し、M&Aによるリスクやシナジー効果についてしっかり評価することです。くれぐれも「ここまで進めてきたから・・」などと考え、DD本来の目的を見失わないように留意ください。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本哲也

事業再生にも使える特定調停③

日弁連スキームによる特定調停を用いる場合の事前準備

今回は、実際に日弁連スキームによる特定調停がどのようにして進められていくのかについて解説します(日弁スキームのフローについてはhttps://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/resolution/chusho/tokutei_chotei/tebiki_1-10.pdf をご参照ください。)。

特定調停にかかわらず、一般に調停とは、訴訟とは異なり当事者の合意を基本とする手続です。そして、特に、日弁連スキームの場合は、再生計画案に対する金融機関の同意が事前に見込まれている場合に用いられることが想定されています。

したがって、特定調停の申立ての前に各金融機関に対し、再生計画案を示して意見交換し、同意の見込みを得ておくことが必要になります(なお、ここにいう「同意の見込み」とは、金融機関の支店の担当者レベルの同意は得られており、最終決裁権者の同意が得られる見込みがある等の状況を言います。また、積極的に同意をするわけではないが、あえて反対もしないという消極的な同意もここにいう同意に含まれます。

 

金融機関との協議

再生計画案の作成とともに、メインバンクその他の金融機関に対し現状と方針を説明し、再生への協力、返済猶予などの申入れを行います。

金融機関に対しては、事業を廃業すれば従業員の雇用や取引先・得意先関係が失われてしまうこと、自社のみによる経営改善や資産売却で債務を解消することが困難であること、事業者の主たる債務(保証人が要る場合は保証債務も含む。)について、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがある債権者にとっても経済的な合理性が期待できることなどを説明し、理解を求めます。そして、金融機関への説明の方法としては、場合によっては、すべての金融機関が一堂に会するバンクミーティングによることもありえます。

 

再生計画案の作成

金融機関との意見交換を経つつ、DDを実施したうえで、再生計画案を策定していきます。再生計画案を策定することは、弁護士だけでは困難であり、税理士、公認会計士、中小企業診断士と協力して策定していくことになります。

具体的に事業再生計画に記載すべき事項としては以下のようなものがあります。

① 事業者の概要

② 財産の状況

③ 経営が困難になった原因

④ 事業改善の具体的内容・方針

⑤ 財産状況及び資金繰りの見通し

⑥ 事業者の弁済計画

⑦ 対象債権者に対して要請する主たる債務の減免、期限の猶予その他の権利変更の内容

上記の内容のほか、金融機関に対して債権放棄等(実質的な債権放棄及び債務の株式化(DES)を含む。)を求める再生計画を策定する場合は、役員の退任のほか、役員報酬の削減、貸付金の放棄、株式割合の減少などの経営者責任を明確化することや株式の全部又は一部の消滅等の株主責任の明確化も記載することが必要になります。

 

信用保証協会が債権者である際に注意すべき点

ところで、債権者の中に信用保証協会が含まれていることがあります。信用保証協会とは、中小企業・小規模事業者の金金融円滑化のために設立された公的な機関です。公的な機関であるがゆえにほかの金融機関とは異なる注意点がいくつかあります。

まず、信用保証協会は、財産目録や弁済計画の策定に当たって、外部専門家の税理士や公認会計士の関与が求められているため、税理士や公認会計士などに協力を依頼する場合は、信用保証協会と事前の調整をしておかなければ、信用保証協会から外部専門家として認められないという事態になりかねません。

また、信用保証協会においては、実態債務超過を何年で解消する計画になるのかなど、求償権放棄の数値基準があるようですので、当該基準に適合する計画となっているのか、担当者との間で十分な事前調整を行うことが信用保証協会からの同意を得るためには重要になっているといえます。

このほか、信用保証協会においては、事業者と保証人との一体整理を原則としていること、求償権放棄には日本政策金融公庫との調整が必要であること、などの特徴もあります。

 

特定調停の申立て

金融機関の同意が見込める状況になると、裁判所に特定調停を申し立てます。日弁連スキームでは、主に中小企業を想定していますので、裁判所とは、地方裁判所ではなく、簡易裁判所(専門性を有する調停委員確保の観点から、本庁所在地に併設されている簡易裁判所)が想定されています。

既に金融機関の同意が見込める状態での申立てとなりますので、調停期日は基本的には1~2回で調停成立又は17条決定により終結することを想定しています(仮に、1~2回の期日で終結できないのであれば、そもそも日弁連スキームによる事業再生になじまないものであるともいえます。)。

 

簡易迅速に、しかし、公正かつ妥当な事業再生

日弁連スキームは法的再生手続に比べ簡易迅速であるうえ、裁判所を介する点で公正かつ妥当な事業再生の方法であるといえます。民事再生手続はハードルが高いが私的整理では公正性に問題が生じうるといった中小企業の次号再生においては日弁連スキームを活用するのも一つの方法であるかもしれません。

なお、日弁連スキームによる中小企業の再生計画策定については、経営改善計画策定支援事業(通常枠)の対象となります(補助対象の経費 ①DD・計画策定支援費用(上限200万円)、②伴走支援費用(上限100万円))。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク

1.M&A後に顕在化する労務問題

2023年8月、親会社であるセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の米国投資ファンドへの売却について、そごう・西武の労働組合が会社売却に反対してストライキを行ったのは記憶に新しいでしょう。M&Aの際の労務管理がいかに重要であるかがクローズアップされた事件でした。

しかし、M&Aにおける労務面の課題は労働組合対策ばかりではありません。

むしろ、中小M&Aでは、上場会社のように会計監査や情報開示が不徹底な分、M&A後に顕在化する課題が多くあるのです。

今回は、買い手企業の立場から、M&Aの際に留意すべき労務課題について考察していきたいと思います。

 

2.M&A手法によって異なる労務リスク

中小M&Aではどのような労務リスクが課題となっているのでしょうか。件数の多い株式譲渡と事業譲渡を中心に、会社法上の組織再編行為によるM&Aについて労務リスクの特徴を見ていきましょう。

 

(1)株式譲渡

株式譲渡によるM&Aの場合、売り手企業(労働契約の主体である使用者)と従業員の間の権利義務関係に変更はないため、M&A前の労働契約は、原則としてそのまま継続します。

そのため、雇用関係の視点では直ちに問題が発生することはありませんが、M&A前に、未払い賃金(含む残業代)などの偶発債務や、従業員からの訴訟による損害賠償請求などがあった場合には、買い手企業は買収した企業を経由して、その関係を承継してしまうことになるのです。

 

(2)事業譲渡

事業譲渡によるM&Aの場合、労働契約の承継に従業員の個別の「承諾」が必要になります。つまり、売り手企業の経営陣と合意したからといって従業員も自動的に承継できるわけではないのです。事業に従事してもらう必要がある従業員に対して、M&A後の労働条件について事前に十分に説明し納得してもらう必要があるのです。

また、一方、売り手企業との間で労働問題があったとしても、原則、売り手企業との間で処理してもらうことになるため、労務リスクについて、十分事前調査を行えない場合には、有力なM&A手法になります。

 

(3)会社分割・合併(組織再編)の場合

会社分割によるM&Aの場合、「労働契約承継法」が定める手続に従って対応する必要があります。同法により、売り手企業の事業に係る権利義務(全部または一部)が買い手企業に包括的に承継されるため、M&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

したがって、株式譲渡の場合と同様に、未払い賃金や訴訟による損害賠償などの偶発債務が買い手企業に承継されてしまうことに留意が必要です。また、M&A後に買い手企業が労働条件を変更しようとする場合、労働条件の不利益変更とならないよう注意することも必要です。(*厚労省の指針を参照ください)

*「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000141999.pdf

 

合併によるM&Aの場合も、売り手企業の権利義務の全部が買い手企業に包括的に承継されるため、会社分割の場合と同様にM&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

偶発債務の問題や労働条件の不利益変更に該当するリスクなど留意することが必要です。

 

3.労務DD(Due Diligence)や表明保証条項等によるリスクヘッジの重要性

このように、M&Aの形態により留意すべき労務リスクは異なりますが、予防的な対策をとることが何より重要です。M&A後に、労務課題は発覚してからでは打てる対策が限られてしまいます。代表的なものとして、次のようなリスクヘッジ手法があります。

 

(1)労務DDによるリスクヘッジ

M&A前の交渉段階で、人事・労務に関する問題点がないかDDを実施します。内容としては以下のような観点での調査をします。

①人事・労務関係の法令遵守等

②人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

③従業員との個別の労働契約関係等の適正性

ポイントは、労務DDは買い手企業側だけが実施するのではなく、最も社内の事情を把握しうる立場にある売り手企業自身にも実施してもらうことです。

時間外勤務時間の計算間違いなどは、売り手企業自身が把握していないこともあり、M&Aを実施することになってはじめて発覚するということが珍しくありません。

但し、中小企業の場合、人事・労務の専門家が社内にいることはまれですので、社会保険労務士や弁護士に調査を依頼することも選択肢です。DD費用の負担が難しい場合には、法務DDの一部として実施してもらったり、報告書面の作成は省略して報告会などを開催してもらったりする方法もあります。

 

(2)表明保証条項によるリスクヘッジ

M&Aが株式譲渡や事業譲渡の形態で実施される場合、売り手企業と買い手企業の間で株式譲渡契約や事業譲渡契約(以下、「M&A契約」という)を締結します。

M&A契約にはM&Aを実行する前提条件として「表明保証条項」が規定されます。

主な内容として、次の3つがあります。

①M&A実行前に表明保証違反があった場合のM&Aの不実行および契約の解除

②表明保証違反により買い手企業に損害が発生した場合の売り手企業等による補償

③M&A実行後に表明保証違反があった場合の譲渡した株式や譲渡資産の買取り

 

但し、表明保証条項があったからといって万全ではありません。売り手企業の表明保証違反があり、買い手企業が売り手企業に損害賠償請求したとしても、M&A後数か月経過しているような場合、既に売り手企業は、譲渡代金を使ってしまっており、損害賠償を負担する資力がない場合があります。

また、表明保証条項には「知りうる限り」とか「知る限り」といった表明保証をする売り手企業の義務を限定する文言があります。「知る限り、未払い賃金等がない」となっている場合、時間外勤務の賃金を正しく計算し直せば従業員に対する未払い賃金があったとしても、M&A実行時に売り手企業自身が知らなければ免責される可能性が高いことになります。

表明保証条項を設けることによりM&Aにおける労務DD負担を軽減することはできますが、カバーできないリスクもあることを理解しておく必要があります。

 

(3)表明保証保険によるリスクヘッジ

表明保証保険とは、表明保証違反により当事者が被る損害をカバーする保険です。上記(2)に記載した通り、万が一、表明保証条項違反が発覚しても、売り手企業の経済的状況によっては損害賠償が実施なされない可能性があります。こうしたリスクをヘッジするのが表明保証保険です。表明保証保険加入により、被った金銭的被害を補うことが可能です。

但し、買い手企業に保険料負担が生じるため、中小M&Aのように買収代金自体が少額の取引の場合、十分に採算性を考慮して検討する必要があります。

 

4.経営統合の鍵は労務管理

M&Aにおける、人事・労務課題は、M&A実行時においてのみ留意すべきことではありません。買い手企業の視点では、M&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)の段階において、より重要性が高くなります。

次回では、PMIにおける労務リスクと対策について取り上げたいと思います。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

事業再生にも使える特定調停②

いわゆる日弁連スキーム

前回に引き続き、特定調停を利用した事業再生について解説します。今回は日本弁護士連合会が策定している「事業者の事業再生を支援する手法としての特定調停スキーム」(以下「日弁連スキーム」といいます。)を中心に解説します。

日弁連スキームとは、多額の金融機関(信用保証協会含む。)を債権者とする債務(金融債務)を負う企業のみならず、経営者保証ガイドラインに準じた内容で代表者個人の保証債務をも併せて特定調停手続により整理するものです。

したがって、企業にとっては買掛金などの取引先を債権者とする債務(取引債務)を巻き込んだ形の整理とはならず、事業の遂行に支障が生じにくいこと、経営者保証ガイドラインに準じて保証債務をも併せて整理できる点でメリットがあるといえます。

また、債権者たる金融機関にとっても、資産調査や事前協議が実施されたり、債権放棄する場合は貸倒損失として損金算入が可能であったりする等のメリットがあります。

 

日弁連スキームではどのような整理を行うのか

日弁連スキームにおいては、企業が負う整理の方法としては、リスケジュールのほか、DDSや債務免除等が考えられます。ここにいう債務免除としては、別会社に事業を引き継がせ、当該企業は事業の対価を原資として債権者に返済を行ったうえで清算を行うという第二会社方式によるものもあります。

また、日弁連スキームにおける代表者個人の保証債務の整理としては、自由財産(99万円)に相当する財産のほか、金融機関は、事業再生等の早期着手により法人からの回収見込額が増加した場合「一定期間の生活費」(雇用保険の考え方を参考に、年齢等に応じて約100万円~360万円)を代表者個人に残すこと、「華美でない自宅」について、代表者個人の収入に見合った分割弁済による所有やリースバック(自宅を第三者に適正価格により売却したうえで当該第三者から賃借すること)等により自宅に住み続けることを可能すること、保証債務履行時点の資産で返済し切れない保証債務の残額は、原則として免除することなどが考えられます。

 

日弁連スキームを利用できる要件

日弁連スキームを利用するための要件としては、おおむね以下のものが挙げられます。

以下のほか、法的手続によっては事業が毀損されてしまうなど法的整理ではなく、私的整理が相当であることや清算価値保障など債権者たる金融機関にとって経済的合理性があること、公租公課や労働債権などの優先債権については全額支払や取引債務について金融機関の協力があれば全額弁済可能であること、債権者たる金融機関が計画に合意する見込みがあることなどといった要件も求められています。(※ 清算価値保障とは、破産した場合よりも日弁連スキームを用いた方が多くの債権回収が可能であることをいいます。要するに「破産されるよりはまし」という理屈で債権者は債務免除に応じるのです。)

 

① 一定の事業価値があること

ここにいう「一定の事業価値」とは、少なくとも約定金利以上は継続して支払うことができる見込みがあることを指します。仮に一定の事業価値がない場合は、廃業・清算の検討が視野に入りますが、その場合でも特定調停を利用することがあり得ます(日弁連で「事業者の廃業・清算を支援する手法としての特定調停スキーム」が策定されていますが、詳細は本稿では省略します。)。

 

② 支払不能(破産法第2条第11項)、「破産手続開始の原因となる事実の生じるおそれがあるとき」(民事再生法第21条第1項)など、法的整理手続を行うことが可能な状態にあること

支払不能とは、債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものについて、『一般的』かつ『継続的』に弁済をすることができない客観的状態にあることをいい、破産手続開始の原因の一つとされています。

 

③ ②の状態にある企業が自助努力のみでは、その状況の解決が困難であり、一定の金融支援が必要と合理的に予想されること

金融支援とは、具体的には、債務免除、リスケジュール、DDSなどが想定されています。

 

④ 保証人について、弁済について誠実である、財産状況を適切に開示しているなど経営者保証ガイドラインが定める要件を充足していること

日弁連スキームを用いる場合は、企業は再生計画案、保証人たる代表者個人は弁済計画案を策定することになりますが、これらの計画は上記の要件の趣旨を踏まえたものである必要があります。

 

次回の予告

次回は、この日弁連スキームで実際にはどのような流れで特定調停が行われていくのかについて解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

売り手からみた「中小M&Aガイドラインの改定」

2023年9月に経産省から中小M&Aガイドライン(以下、「ガイドライン」)の改定が公表されました。

2020年3月の制定から3年半を経て改定されることになった訳ですが、「売り手保護」の視点が色濃く打ち出された改定内容でした。

今般の改定を踏まえて、M&Aの関係者はどのような対応をすべきなのか、ノウハウ不足のためにM&Aの交渉上、不利な立場になりがちな売り手の視点からみてみましょう。

 

1.ガイドライン改定の背景

ガイドラインは後継者不足に悩む中小事業者の事業承継が解決策の一つとして第三者承継を実施するための道筋を示したものであり、ガイドライン策定以降の3年間、中小事業者におけるM&Aを活用した事業承継は拡大の方向にあります。

一方で、多数のM&A専門業者が参入したことにより、専門業者ごとの手数料体系の複雑化や、前提条件の理解が不十分なままM&A実施したことによるトラブルも顕在化しています。

こうした背景を踏まえて、M&A専門業者向け料金体系の透明性確保や仲介・FA(Financial Advisor)業務を受託する場合の事前説明義務の明確化、職業倫理の遵守などを軸としたガイドラインの見直しを行い、中小事業者が仲介者・FAなどのM&A専門業者に依頼する際の留意事項が拡充されました。

 

2.ガイドラインの主な改定内容

今般の改定点は以下の4点です。

 

(1)仲介者・FAの手数料の整理

M&Aにおける仲介者やFAの手数料はレーマン方式という手数料の計算方法が一般的です。レーマン方式では「基準となる価額」×報酬率によって報酬額を算定しますが、「基準となる価額」にはいくつかの解釈があります。具体的には、①株式等の譲渡額を基準となる価額とするもの、②移動総資産額(株式等の譲渡価額に負債額を加えたもの)や、③会社の純資産額とするものなどがあり、どの「基準となる価額」を仲介者やFAが採用しているかによって手数料は大きく変動します。

また、「最低手数料」を設けている仲介者やFAも少なくなく、レーマン方式だけで報酬が決定する訳ではないため、報酬額を算定する条件を事前に確認することが非常に重要です。

今回の改定では、中小企業が仲介やFAに依頼する際に留意すべき点を明記し、また、最低手数料の金額の分布状況や適用事例などが、具体的に紹介されています。

 

(2)M&A専門業者の質の確保・向上に向けた取組み

仲介・FAを行うM&A専門業者選びは非常に重要ですが、専門業者によって提供されるサービスの質にばらつきのあることが指摘されています。ガイドラインでは専門業者に対する注意喚起という形をとっていますが、売り手は適切な専門業者を選定するために、以下の点に留意すると良いでしょう。

 

①善管注意義務・忠実義務を順守しているか

②職業倫理を遵守しているか

③最新の知識・能力を持っているか

④手数料や費用等の透明性があるか

 

一方、専門業者の説明だけでは十分に理解できないケースもあるため、「セカンド・オピニオン」として他の支援機関から意見や助言を求めることも有効です。より中立的・客観的な意見や助言を求める場合には、M&A に詳しい士業等専門家や全国に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターへの相談が有効である旨、紹介されています。

 

(3)仲介契約等を締結する前の書面による重要事項の説明

仲介契約・FA契約に関し、M&A専門業者は、契約締結前に契約に係る重要な事項を記載した書面を交付して、明確に説明することが明記されました。

【説明すべき重要事項】

□仲介者・FAの違いとそれぞれの特徴(仲介者として両当事者から手数料を受領する場合には、その旨も含む)

□提供する業務の範囲・内容(マッチングまで行う、バリュエーション、交渉、スキーム立案等)

□手数料に関する事項(算定基準、金額、最低手数料、既に支払を受けた手数料の控除、支払時期等)

□手数料以外に依頼者が支払うべき費用(費用の種類、支払時期等)

□ 秘密保持に関する事項(依頼者に秘密保持義務を課す場合にはその旨、秘密保持の対象となる事実、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等に開示する場合の秘密保持義務の一部解除等)

□直接交渉の制限に関する事項(依頼者自らが候補先を発見することおよび依頼者自ら発見した候補先との直接交渉を禁止する場合にはその旨、直接交渉が制限される候補先や交渉目的の範囲等)

□専任条項(セカンド・オピニオンの可否等)

□テール条項*(テール期間、対象となるM&A等)

*テール条項とは、M&A契約の期間終了後も一定期間は、M&A専門業者がロングリストに記載した先とM&Aが成約した場合、仲介・FA手数料の対象となる旨が規定された条項のことです。

□契約期間(契約期間、更新(期間の延長)に関する事項等)

□(契約の解除に関する事項および依頼者が仲介契約・FA契約を中途解約できることを明記する場合)当該中途解約に関する事項

□責任(免責)に関する事項(損害賠償責任が発生する要件、賠償額の範囲等)

□契約終了後も効力を有する条項(該当する条項、その有効期間等)

□(仲介者の場合)依頼者との利益相反のおそれがあると想定される事項

 

また、説明を受ける相手方、説明者、説明後の重要な検討時間の確保などについても明記され、参考資料として、「重要事項説明書のひな形」が公表されています。

 

(4)直接交渉の制限に関する条項における留意点

「直接交渉制限条項」に関する条項についての注意点が明記されました。この条項は、売り手がM&A専門業者を介さずに買い手候補先と直接交渉や接触することを禁止するものです。しかし、無限定な制限は様々な弊害が生じるため、以下の3条件については、一定の前提条件のもとに制限することとされました。

 

①「制限される候補先」は、M&A専門業者が関与・接触し、紹介した候補先のみに限定する

②「制限される交渉」は、売り手と候補先のM&Aに関する目的で行われる交渉に限定する

③「制限される期間」は仲介契約・FA契約が終了するまでに限定する

 

これらが制限されるような条件を提示する専門業者は、ガイドラインが示した基準に合致していないことになります。

 

M&A専門業者との契約前には、直接交渉の制限や報酬体系、業者の役割と責任について明確に理解しておくことが重要です。不明確な点があれば、必ず事前に確認を取りましょう。

 

 

3.意見や相談を求めたり、不適切な事例や苦情申し出をしたりしたい場合

 

依頼したM&A専門業者から、ガイドラインが示した基準に適合しないような条件を提示された場合は、以下の機関に相談もしくは、苦情の申し出をできます。

 

(1)意見や相談を求めたい場合

「事業承継・引継ぎ支援センター」(https://shoukei.smrj.go.jp/

「日本弁護士連合会(ひまわりほっとダイヤル)」

https://www.nichibenren.or.jp/ja/sme/about himawari.html

 

(2)不適切事例や苦情を申し出るための主な窓口

「M&A 支援機関登録制度(情報提供受付窓口)」

https://ma-shienkikan.go.jp/inappropriate-cases

「M&A 仲介協会(苦情相談窓口)」(https://www.ma-chukai.or.jp/inquiry/

 

 

まとめ

今回は、ガイドラインの改定を踏まえ、事業承継の手段としてM&Aを検討している中小事業者が安心してM&A専門業者を利用できるよう、その際の重要ポイントをお伝えしました。M&Aは専門業者にとっては繰り返し関与する日常業務かもしれませんが、売り手にとっては「一生に一度の」大事業です。自宅購入や結婚前にノウハウ本を読むのと同様に、M&A専門業者に相談する前には、「中小M&Aガイドライン(改訂版)」をしっかりと通読し、トラブルに巻き込まれないよう適切に活用しましょう。

また、M&A専門業者を選定する前に、中立的な助言を得るためにM&Aに詳しい士業や専門家、事業承継・引継ぎ支援センターへの事前相談することで、有用な指針を得ることができるでしょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスを成功させるポイント その1

デューデリジェンス(DD)は、M&Aの際の最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

デューデリジェンスとは?

ツナグ:やっとデューデリジェンスまで来たね。これまでも相手先から資料を提供してもらって分析もしたし、追加の質問にも回答をもらっているし・・。今さらこれ以上のことを調べたって時間と費用の無駄じゃないのかなぁ・・。

そうですね。DDの目的は、相手先のリスク分析や価値算出だけではありませんよ。

ツナグ:ほかにはどんな目的があるのかな?

DDの目的は、大きく2つです。

まず、買収対象会社が抱えるリスクの抽出と続いて、買収後の経営統合の準備があります。リスクの抽出については、対象会社の規模にもよりますが、社内だけではなく社外の専門家(会計士や弁護士など)による入念な精査をした方がよいでしょう。買収価格が安いからと言って見えないリスクを抱えることには賛成できません。買収後にその分以上のコストや労力を支払うことになりかねませんから。

続いて、DDでは、基本合意や機密保持契約を締結したあとに行いますので、相手先から詳細な経営情報の提示を受けることができます。そのため、再度、この情報を元に精査することも重要なのですが、買収後の統合計画策定に役立てることも買収を成功だったと評価するために非常に重要なお仕事です。

ツナグ:なるほど!スタートダッシュのための準備は大切だよね!

 

DDには誰に依頼すべき?

DDと言えば、基本的には、お金に関することを調べる財務DD、契約や権利関係などに関することを調べる法務DD、ビジネスモデルや今後の市場性や収益性などを調べるビジネスDDに分けられます。これら以外にも人事DDやITDDなども加えて細分化して行う場合もあります。

財務DDでは、財務、会計、税務の面から過去の損益を調査し、現在と将来の損益予測の基盤を確かめる調査です。ただの会計ミスや簿外債務の確認だけでなく、将来の事業計画の妥当性を検証することが重要です。この妥当性は、買収価格や統合計画にも影響するため、ビジネスDDとの関連性も深く、財務DDはビジネスDDの数値的な裏付けとしての役割も果たします。実施は、監査法人や会計事務所、税理士法人、財務系コンサルティング会社に依頼することが多いです。

法務DDでは、法的リスクを特定し、リスクに見合った対策を講じるための調査です。例えば、金額に換算できるものは買収価格に反映させたり、リスクが現れた際に売り手がコストを負担するよう求めるなどの対策が取られます。特に、ビジネスの継続性が疑われるような重大な法令違反の可能性が検出された場合、買収を中止することも検討します。法務DDは必須の手続きで、通常は法律事務所や弁護士に依頼します。

ビジネスDDでは、ここまでに調査したビジネス性やシナジー効果について評価するための調査です。それぞれ、将来シミュレーションを行い、見通しが変わるようであれば、財務DDと総合的に判断し、買収価格に反映する必要があります。実施は、買い手企業自らが行うか、経営コンサルティング会社に委託することが多いです。

 

ケースバイケースで実施すべきDD

人事DDは、人事・労務の側面から統合効果やリスクを評価する調査です。経営統合によって従業員のモチベーションが低下し、期待した業績が達成できない事例が過去にたくさんあります。シナジーの視点でも、人件費の削減やスキルの移転による能力の向上などの可能性も調査しておきたいところです。実施は、人事コンサルティング会社や社会保険労務士に依頼することが多いです。

ITDDは、対象会社が活用している情報システムについて統合の可能性やその方法について明確にするための調査です。近年、業務プロセスとITは密接に関連しているため、統合によるシナジー効果や統合後のIT投資について事前に計画することがM&A成功の重要なポイントと言えます。特に、対象会社が親会社にIT面を依存していることは、よくある事例であり、統合後の大きな課題となります。実施は、自社のIT担当部門主導で、ITコンサルティング会社に依頼することが一般的です。

 

まとめ

今回は、M&Aの成否に大きく影響のある”デューデリジェンス”について、まずは概要部分をツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの調査や交渉に費やした労力・コストとは、いったん切り離した調査と捉えて実施し、M&Aによるリスクやシナジーについてしっかり評価することです。くれぐれも「ここまで進めてきたから・・」などと考え、DD本来の目的を見失わないように留意ください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

事業再生にも使える特定調停①

法律の条文においてしばしば使われる「特定〇〇」

法律の条文でよく使われる言葉に「特定〇〇」というものがあります。これは、「〇〇のうち特別な規律が妥当するもの」といったニュアンスで用いられます。例えば「特定個人情報」(いわゆるマイナンバー)という言葉があります。個人情報保護法では、あらゆる個人情報を保護の対象としていますが、個人情報のうち、特定個人情報については、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆるマイナンバー法)という特別な規律が適用されます。

今回取り上げる特定調停もまた、民事調停のうち特別な規律が妥当する手続きです。

 

特定調停とは

調停という言葉になじみがない方もいるかもしれませんが、「公平中立な第三者(調停委員会)のもとで話し合いを行う」というイメージを持っておけばさしあたりは十分でしょう。

民事調停とは、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図る」(民事調停法第1条)というもので、要するに紛争を解決するために裁判所で話し合いを行うというものです。そして、特定調停とは、民事調停にいうところの「民事に関する紛争」のうち、「支払不能に陥るおそれのある債務者等の経済的再生に資するため、…このような債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を促進することを目的」として行われる調停をいいます(特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(以下「特定調停法」といいます。)第1条)。

すなわち、特定調停とは債務整理に特化した調停である一方、「債務者等の経済的再生」を企図する点で倒産手続の一つに位置づけられるものです。特定調停法上、特定調停は、個人・企業のいずれもが利用できる制度となっています。

個人の特定調停の利用例としては、新型コロナウイルスの影響での失業や、収入・売上が減少したことなどによって、債務の返済が困難になった個人が弁護士の支援のもとで特定調停を申立て、債務の大幅な減額を行う(いわゆるコロナ版ローン減免制度)というスキームもあります。

しかし、最近企業の事業再生にこの特定調停を利用するスキームの活用が進められています。今回からは、この特定調停を使用した企業の事業再生スキームについて解説をしていきたいと思います。

 

特定調停とバンクミーティング

「話し合いをするのであれば、わざわざ裁判所に行かなくてもバンクミーティングをすれば足りるのではないか」、このように考える方もいると思います。

確かに、特定調停は、バンクミーティングと同様に、金融債権(金融機関が債権者である債権をいいます。)を対象とするものです。また、特定調停は倒産手続に位置づけられるものの破産や民事再生とは異なり、特定調停を申し立てたという事実が官報に掲載されることはなく、非公開で行われます。そして、特定調停はあくまで「話し合い」であるため、債権者と債務者との間で合意が整わなければ調停が不成立となり、結局債務の整理ができないままとなります。これらの点からすれば、特定調停は私的整理の側面があり、バンクミーティングとあまり変わらないともいえます。

しかし、特定調停はバンクミーティングとは異なり、裁判所という公平中立な機関による調整が期待できることのほか、一定の強制的な要素もあります。まず、債権者が判決等の債務名義を有している場合であっても、「特定調停の成立を不能もしくは著しく困難にするおそれがあるとき、または特定調停の円滑な進行を妨げるおそれのあるとき」は強制執行の停止ができるとされており(特定調停法第7条第1項)、債務者たる企業としては安心して調停を進めていくことができます。

そして、当事者間である程度の合意ができているものの細部が煮詰まらないときや、特定の債権者が合意に応じない場合などは、裁判所(調停委員会)が、職権で、案件の解決のために必要と考える決定をして、調停条項に代わる内容を提示することができます(特定調停に代わる決定ないし17条決定といいます。特定調停法第17条。なお、当事者間で合意が整い、調停にて決定された内容を調停条項といいます。)。

特定調停に代わる決定は、告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てればその効力を失いますが、実務上、積極的な同意よりも、「異議を出さない」という消極的な同意の方が債権者としても受け入れやすい傾向があるため、活用されています。

調停条項や特定調停に代わる決定は、判決と同一の効力を有し、債権者による強制執行が可能となりますが(民事調停法第16条参照)、債権者からすれば判決と同様の効力があるから債務者が弁済をするであろうと考えるでしょうし、債務者からすれば強制執行をされるプレッシャーのもとで弁済に向けた堅実な経営を行っていく動機づけになるともいえます。

 

次回以降の予告

次回以降では、特定調停の具体的な流れや大阪地方裁判所での特定調停の運用、日弁連スキーム等について解説を行います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

令和5年税制改正は凄い!中小M&Aの後押し~オープンイノベーション促進税制と経営資源集約化税制の見直し

2023年4月に国内M&Aを後押しする2つの税制の見直しが行われました。

この2つの税制はどのように中小M&Aに活用できるのか、買い手もしくは仲介の立場からみてみましょう。

1.オープンイノベーション促進税制とは

オープンイノベーション促進税制は事業会社やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)からスタートアップ企業への出資を加速させる目的で、2020年(令和2年)税制に創設された制度です。

そもそもオープンイノベーションとは何でしょうか。2016年7月に公開された「オープンイノベーション白書(初版)」によると「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」と定義されています。

つまり、自前主義から脱却し、外部資源の活用や外部組織との連携を通じてイノベーションの創出やビジネスモデル変革などの取り組みを加速することです。

オープンイノベーション促進税制の対象となるのは、主に国内の大企業・中堅企業やCVCです。これらの企業がオープンイノベーションを目的として、スタートアップ企業の株式を取得する場合に取得価額の25%を課税所得から控除できる制度です。

所得控除の上限額は、1件当たり12.5億円以下(対象法人1社・1年度当たり125億円以下)となっており、かなりの大型出資を想定した内容となっています。

なお、適用を受けるためには、次の3つの要件を満たすことが条件となります。

①1件当たりの出資金額下限として、大企業は1億円、中小企業は1千万円(海外企業への出資は一律5億円)

②資本金増加を伴う現金出資(発行済株式の取得は対象外)、なお純投資は対象外

③取得株式の3年以上(※4)の保有を予定していること

2.オープンイノベーション促進税制の2023年度(令和5年度)改正内容

従来のオープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業への「新規出資」のみが対象となっていました。そのため、追加出資を望むスタートアップ企業や、既存株式の買い取りによる資本提携を計画している大企業などにとっては使い勝手が悪いものでした。

今回の改正により、これらの点が改善され、スタートアップ企業・大企業の双方にとって柔軟に活用できるようになりました。

【主な改正点】

(1)新規出資型の見直し(拡充)

過去にオープンイノベーション促進税制が適用されたスタートアップ企業への追加出資の場合でも、追加出資により議決権の過半数を有することになる場合は、適用対象になりました。つまり、追加出資により大企業がスタートアップ企業の経営権を獲得するような資本提携に踏み込むならば、税制優遇するということです。

(2)M&A型の新設

スタートアップ企業の成長に資するM&Aを後押しするため、増資に伴う新規発行株式だけでなく、M&Aによる発行済株式の取得に対しても税制の対象とする拡充が行われました。株式取得額が5億円以上、かつ、M&Aにより過半数の議決権取得を行った場合が対象となります。所得控除額は、発行済株式の取得価額の25%と新規出資の場合と同様ですが、上限額は1件あたり50億円と、新規出資の場合に対して4倍の金額まで認められます。

これらの施策は、中小企業同士でのM&Aよりは、大企業やCVCが中小企業をM&Aする場合に効果を発揮する税制です。

特に、既に株式を保有しているスタートアップ企業に対するM&Aであっても、以下の2要件を満たす場合には対象になる可能性があるので、オープンイノベーションを進めている企業はチェックしておきたいポイントです。

【追加出資によりM&Aをした場合に税制適用対象となる条件】

①M&A時点で議決権の過半数を有していないスタートアップ企業が対象であること

②今回の税制改正後のオープンイノベーション促進税制(新規出資型)の適用を受けていないスタートアップ企業が対象であること

オープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業を売り手、大企業やCVCを買い手とするM&Aを対象としたものですが、次章でご説明する経営資源集約化税制は、中小企業同士のM&Aが対象となる点で、より幅広く一般の中小M&Aに活用可能な制度といえるでしょう。

 

3.経営資源集約化税制の延長

経営資源集約化税制は、ウィズコロナ・ポストコロナ社会に向けて、地域経済・雇用を担おうとする中小企業による経営資源の集約化等を支援するため、2021年(令和3年)8月に施行された税制です。2023年度(令和5年度)税制改正で、適用期間が2年間延長されました。

税制の主な内容は、経営資源の集約化(M&A)によって生産性向上等を目指す、経営力向上計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づいてM&Aを実施した場合に、税制優遇が受けられる制度です。

具体的には、(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)、(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)の2つを柱とした内容です。

(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)

経営力向上計画に基づき、M&A後にM&Aの効果を高める設備を取得等した場合、投資額の10%を税額控除、または全額即時償却することができます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2025年(令和7年)3月31日まで。

(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)

事業承継等事前調査(財務・税務DD、法務DD等)に関する事項を記載した経営力向上計画の認定を受けた上で、計画に沿ってM&Aを実施した際に、M&A実施後に発生し得るリスク(簿外債務等)に備えるため、投資額の70%以下の金額を準備金として積み立て可能という制度です。積立金額は損金算入できます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2024年(令和6年)3月31日まで。

なお、経営力向上計画とは中小企業等が、人材育成やコスト管理のマネジメント、設備投資などの経営力を向上させるための事業計画のことです。中小企業等は事業所の所管大臣に申請し認定を受ける必要があります。

経営力向上計画にはA~Dの4つの類型がありますが、そのうちM&Aに関係するのはD類型です。D類型はM&A後に取得する設備のうちM&Aの効果を高める設備を取得するものですが、他に生産性向上に資する設備(A類型)、収益力強化に資する設備(B類型)、遠隔操作、可視化、自動制御化などのデジタル化を可能にする設備(C類型)があります。

経営力向上計画は、要件を充足した申請をすれば認定される比較的難易度が高くない計画ですが、M&Aを実施する事業年度内に認定を受ける必要があるため、社内リソースが十分でない中小企業が当事者であるため、専門家等の力を借りて実施することも検討する必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回はM&Aの買い手・仲介者目線で、M&Aの背中を後押しする税制についてお伝えしました。

オープンイノベーション促進税制や経営資源集約化税制など、企業規模やM&Aの目的に応じて有効な税制を理解し、適切に活用していきましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスへ進む前にやっておくべきこととは?

売り手と買い手の間で重要な論点について話がまとまったら、基本合意の締結へと進みます。基本合意とは、M&Aについて売り手と買い手とが基本的な合意をしたことを、最終契約の前に文書にしておくものです。つまり、「この先、大きな行き違いがない限り、これでM&Aを実行しましょう」と言う意味を持ちます。
本日は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

基本合意とは?

ツナグ:基本合意?DD(デューデリジェンス)もまだだし、仮契約みたいな感じかな?
そうですね。仮契約とは違いますが「これから、M&Aの取引成立に向けて、売り手と買い手とでお互い誠実に、前向きに、交渉を進めていきましょうね。そのための前提条件はこれらですよね」という感じですね。

 

ツナグ:「ふーむ。一般的な営業現場ではあまりない交渉スタイルだね」

確かに、あまり頻繁にはないと思いますが、巨大建造物やビッグイベントなどの大きな案件でも同様に、仮契約を締結することはあると思います。おそらく、売り手側は準備や提案のコストの回収を確定させ、買い手側は、案件の実行に道筋をつけられる。という双方のメリットを実現することが目的ではないでしょうか?一方で、M&Aの基本合意は、特に買い手にとって大きな節目になり、いくつかのメリットが発生します。

ツナグ:M&Aでは、買い手側にメリットが大きいんだね。なんとなく、買い物する側は、いつでも交渉から降りられるから、常に強い立場にあるイメージだけど・・・どんなメリットがあるんだろう?

 

買い手側にとっての基本合意のメリット

まずは、大枠ながら合意形成を文書にするわけですので、それによって「この取引はおそらく成立する、成立させなくてはならない」といった心理的拘束力が双方に期待できます。そして、先述のとおり、基本合意書には、「何ごともなければこのまま進めましょう」と言う意味合いがありますので、買収価格や譲渡スキームなど重要な論点の合意を盛り込みます。
基本合意書締結後は、DDへと進むのですが、DD終了後に大きな問題がなければこの基本合意で仮約束された金額で取引することが一般的ですから、買い手側は、ここまでに知り得た情報に不確定要素や不安要素があるようであれば、買収価格ではなく価格レンジ幅を持ったものを提示して合意することでリスクを最小限にします。また、スケジュールを設定することになりますので、特に、売り手側の意思決定が遅いと感じている場合など、買い手にとっては大きなメリットとなるはずです。
そして、最大のメリットは、独占交渉権が得られることです。一般的には、買い手側に独占交渉権(排他的交渉権)が付与されます。これによって。買い手は競合の動きを気にせず交渉に専念できます。
補足になりますが、もし、双方いずれかが、上場企業の場合は、基本合意後に適時開示により公表されることが一般的です。つまり、もしこのM&Aが成立しなかった場合、「DDで何か大きな問題が発覚したのか?!」と言う様々な憶測が投資家の間に飛び交うことになります。そのため、双方ともに、なんとか交渉を進めて、無事に取引を成就させたいというインセンティブが働きます。

 

基本合意に盛り込まれる主な事項とは?

ツナグ:なるほど。基本合意ってすごい大きな意味があるんだね?!

基本合意では、大きく分けて二つのことについて合意します。一つは取引条件、そして、もう一つは当事者同士の義務など基本的な約束事です。

ツナグ:買い手としては、”金額”、”M&Aの形態”、”スケジュール”なんかが決まっていれば、動きやすそうだね。

そうですね。まず、もっとも大切なことは、買収スキームと取引価格についてです。取引価格については、これまでの交渉を通じておおむね合意していると思いますので、その金額を明示しておきます。一方で、スキームについては、株主などの同意が必要な場合も多いため、この段階で確定することはできませんが、少なくとも最低取得株式数あたりは明記しておきたいところです。また、先述のとおり買収金額に幅を持たせて合意する場合がありますが、売り手側は、どうしても上限金額に意識がいきがちです。安易に金額の幅を決定することはせず、しっかりと自社内のコンセンサスを得ている金額を上限金額とするようにしましょう。

そして、次に従業員や役員などの引き継ぎ条件についてです。具体的には、従業員の雇用条件の維持や、変更に関しては、重要な基本合意事項になります。一般的な労働者は、法律によって保護されていますが、それに加えて、通常1~2年程度は大きな変更をしないということを合意しておきましょう。一方で、役員については任期もあり、法的な保護はないため、退職慰労金などしっかりと合意しておくことが必要です。
また、M&A後の経営統合作業や、業績改善に集中したいため、許認可や重要な取引先との契約、人員整理や不採算事業からの撤退などは、クロージングの前提条件として売り手側の責任で対応を済ませてもらうことを基本合意にしておくことが重要です。

 

基本合意は守られてこそ

ツナグ:なるほど。買い手にとっては、大きな買い物だし、M&Aが成立してからが本番だっていうこともあるし、不確定要素はできるだけ排除しておきたいですよね!なんだかワクワクしてきた!

そうですね。そのためにも、具体的な基本合意の前提条件についても同意が必要です。
まずは、DDの実施日程や調査範囲などとともに基本合意後速やかに実施することへの合意を確認します。独占交渉権についても同様です。これは、売り手は買い手(当社)以外とM&Aについて交渉を行うことを禁止する条項です。ただし、売り手にとってさらに魅力的な買収提案を受けた場合のために別途協議すると言う項目を入れたり、反故にする場合の罰則規定等も決めることがあります。M&Aが盛んなアメリカでは、すでに違約金の相場もあるようです。
これら以外にも秘密保持や善管注意義務に関すること、有効期限、法的拘束力項目について明確にします。

 

▼まとめ

今回は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、買い手側の視点に立ってツナグと一緒に学びました。しかしながら、売り手側にとっても「計画通りに譲渡を実現する」という点において、大きなメリットがあるフェーズです。一方で、このフェーズでもっとも大切なことは「対象企業を利用してくださっている顧客や、業務に従事している従業員・役員にとってのメリットをどのように実現するか?」でもあります。くれぐれも本来の目的を見失わないように留意ください。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也