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M&Aの目的を達成するための事業DD①

財務DDだけがDDではない!

いうまでもなく、M&Aを行ううえでデューデリジェンス(以下「DD」といいます。)は不可欠なものです。

とはいえ、小規模なM&Aの場合、財務DDしか行っていないということも少なくないと思います(なお、M&Aの規模が小さい一方、DDに要する費用が高額であるとして、財務DDすらしない場合があると聞いたことがありますが、これは極めて危険な行為というほかありません)。

しかし、財務DDだけがDDではありません。そこで、今回は、財務DD以外のDDのうち、事業DDについて説明します。

 

買い手のM&Aを用いた戦略を進めるうえで重要となる事業DD

事業DDとは、売り手が行う事業の将来性や買い手が行う事業とのシナジー効果等について評価するものです。

そもそも、買い手がM&Aを検討しているのは、自社の事業が有していない新たな分野への進出を図ることや自社の既存事業と売り手の事業との相乗効果を図ることなどの何らかの目的があるためです。この点に関し、事業DDは、買い手がM&Aをすることによって目的を達成することができるかどうかを確認するものであるといえます。また、事業DDを行うことでM&Aを行う目的がより具体的になってくることもあり得ます。

このように、実は、事業DDは買い手のM&Aを用いた経営戦略を進めるうえで極めて重要なものであるといえます。

 

売り手が再生を要する場合にも重要となる事業DD

このほか、売り手が再生を要する場合にも事業DDは欠かせないものといえます。再生を要する売り手の場合、収益状況や財務状態に何らかの問題を抱えています。M&Aののち、買い手が売り手の収益状況や財務状況を改善して再生することができるのかを見極めるためにも、事業DDを行うことが重要であるといえます。

このようなことをいうと、収益性などは財務DDで確認できるので事業DDは不要ではないかと考える方もいるのではないかと思います。しかし、財務DDはあくまで貸借対照表や損益計算書などをもととした『数字の分析』が中心となります。その一方で、事業DDでは経営指標等の『定量的要因』を考慮しつつ、売り手が有する強み・弱みといった内部環境や機会・脅威といった外部環境などの『定性的要因』と併せて総合的に検討して、売り手が抱える問題点は何かを特定し、改善のための方向性などを提案していきます。この点で、事業DDと財務DDとは一部において重複する部分もありますが、その本質は大きく異なるものであるといえます。

 

事業DDでは具体的にはどのような内容を取り扱うのか

事業DDでは、おおむね以下の内容について取り扱います。

① 会社概要

② 外部環境分析

③ 内部環境分析

④ SWOT分析

⑤ 事業に関する評価

これらのうち、会社概要とは、その企業の概要、株主構成、組織概要、事業の構造などの一般的な事項についてのものですので、実質的には外部環境分析及び内部環境分析並びにこれらに基づくSWOT分析と事業に関する評価が中心となります。

 

外部環境分析について

外部環境とは、企業を取り巻く環境のうち、自社ではコントロールすることができないものをいいます。

事業DDにおいて外部環境を分析するのは、現在買い手が行う事業が抱える問題点の原因とともに、今後の事業展開における機会や脅威となる要因を明らかにすることによって、問題が解決する可能性の検討を行い、当該事業の評価を行うためです。

外部環境を分析する際に着目すべき要素を体系化したものとして、PEST分析と5(ファイブ)フォース分析があります。

PEST分析とは、P(Politics(政治))、E(Economy(経済))、S(Society(社会))、T(Technology(技術))の要素に着目して外部環境を分析するもので、主にマクロな視点で外部環境を分析するものです。

5フォース分析とは、競合各社や業界全体の状況などの企業を取り巻く5つの脅威に注目し、事業の利益の上げやすさを分析するものです。その意味でPEST分析と異なり、ミクロな視点で外部環境を分析するものといえます。

5つの脅威とは具体的には以下のものを指します。

① 新規参入の脅威

参入障壁が低い業界・市場の場合は、新規参入により競争が激化し、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

② 競合の脅威

新規参入のみならず現在既に存在する競合企業との競争が激しい場合も、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

③ 代替品の脅威

自社の製品に代わる新しい製品が出現する可能性が高い場合は、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

④ 買い手の交渉力

顧客が競合の製品を購入しやすい場合は買い手の交渉力が強いといえ、利益を上げるための価格で製品を販売しにくくなることから自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

⑤ 売り手の交渉力

自社の事業に必要な原材料などが特殊で、仕入先(売り手)が自社よりも優位な立場にある場合は売り手の交渉力が強いといえ、仕入の価格が高くなりがちになることから、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

 

次回の予告

次回は、今回の続編として内部環境分析の具体的な内容と外部環境分析・内部環境分析に基づくSWOT分析と事業に関する評価について説明します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

中小M&Aにおける「利用者保護」とは

1前文 専門機関の登録開始について

2021年8月2日、経済産業省より「M&A支援機関に係る登録制度の創設について」が公表されました。この登録制度は2021年4月28日に中小M&Aを推進するため今後5年間に実施すべき官民の取組を取りまとめた「中小M&A推進計画」に基づいて、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために創設されたものです。

今回は、M&A支援機関が遵守すべき事項として「M&A支援機関登録制度公募要領」(2021年8月24日中小企業庁公表/以下、「公募要領」という。)の中に示された「中小M&Aガイドライン遵守宣誓」の15項目に着目し、M&A支援機関が遵守すべき事項について、解説したいと思います。

 

1.中小M&Aにおける「利用者保護」

今般の「M&A支援機関登録制度」創設のポイントは、M&A支援機関に対する規制という以上に、「中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤構築」のための措置といった性格が強いものです。つまり、利用者保護を徹底しM&A支援機関に対する信頼感を醸成することによって中小企業のM&A活用を推進しようということです。

事業承継をはじめとして中小企業におけるM&Aニーズは高いにも関わらず、中小企業がM&Aの活用を躊躇する原因の1つは、適切なM&A支援機関の判別が困難なことにあるといわれています。

こうした背景から、中小企業のM&Aに対する不信感を払拭するために「中小M&Aガイドライン」(2020年2月中小企業庁策定/以下、「ガイドライン」)では、M&A支援機関に対する行動指針やM&A支援機関に関して問題となり得る主な事項などが提示されました。具体的には、①売手と買手双方の1者による仲介は「利益相反」となり得ることや不利益情報(両者から手数料を徴収している等)の開示の徹底等によりリスクを最小化する措置を講じること、②他のM&A支援機関へのセカンド・オピニオンを求めることを許容すること、③契約期間終了後も手数料を取得する契約内容(テール条項)を限定的な運用とするといった事項です。

実は、これらの中で示されたエッセンスが「公募要領」の「中小M&Aガイドライン遵守宣誓」の15項目に示されています。

 

 

2.「中小M&Aガイドライン遵守宣誓」の15項目

登録申請する際に、M&A支援機関は、M&Aの仲介やFAを行う際に次のような項目を遵守することが求められています(「公募要領」より要約)。

これらはM&A支援機関にとっての遵守すべき事項であると同時に、利用者側にとってみれば、M&A支援機関の信頼性を検証するチェックポイントにもなります。

 

【仲介契約・FA契約の締結】

(1)締結する仲介契約・FA契約が業務形態の実態に合致していること

(2)仲介契約・FA契約締結前の重要事項の説明および利用者の納得を得ること

 

【最終契約の締結】

(3)最終契約の締結時に利用者に契約内容に漏れがないよう利用者に対して再度の確認を促すこと

 

【クロージング】

(4)クロージングに向けた具体的な段取り、および、当日には譲渡対価が入金されたことの確認

 

【専任条項(並行して他のM&A専門業者への依頼を行うことを禁止する条項)】

(5)利用者が他の支援機関に対してセカンド・オピニオンを求めることの許容

(6)専任条項を設ける場合、契約期間を最長6か月~1年以内を目安とすること

(7)利用者の仲介契約・FA契約に係る中途解約権の規定

 

【テール条項(契約期間終了後もM&A支援機関が手数料を取得できる権利規定)】

(8)テール期間は最長でも2年~3年以内を目安とすること

(9)テール条項の対象を当該M&A専門業者が関与・接触し、売手に紹介した買手のみに限定すること

 

【仲介業務を行う場合の特則】

(10)仲介契約締結前に、仲介者であるということを売手・買手両当事者に伝えること

(11)利益相反懸念があることの事前説明

(12)仲介者が確定的なバリュエーションを実施しないこと

(13)仲介者が参考資料として自ら簡易評価した場合、確定的な評価でないことを説明すること

(14)DDを自ら実施せず、DD報告書の内容に係る結論を決定しないこと

※(10)~(14)の共通事項として必要に応じて士業等専門家等の意見を求めるよう促すこと

 

【その他】

(15)M&Aに関する意識、知識、経験がない後継者不在の中小企業の経営者の背中を押し、M&Aを適切な形で進めるための手引きを示すとともに、これを支援する関係者が、それぞれの特色・能力に応じて中小企業のM&Aを適切にサポートするための基本的な事項を併せて示す」こと

 

3.M&A支援機関登録制度の発足後について

 

今般、「公募要領」にもとづき申請したM&A支援機関については、9月下旬ごろに中小企業庁のHPで登録仲介・FA業者のリストが公表される予定となっています。

一方、9月6日までに申請したM&A支援機関については、中間結果が9月13日に公表されており、次のような内訳になっています。

 

登録件数:493件(うち法人405件、個人事業主88件)

<M&A支援機関の種類別(上位5種)>

①M&A専門業者(仲介)154件

②M&A専門業者(FA)117件

③税理士61件

④公認会計士43件

⑤地方銀行26件

 

中小企業庁は、登録支援機関について「M&A支援に係る品質を保証するものではない」としている一方、登録支援機関の中小M&A支援費用が事業承継引継ぎ補助金(専門家活用型)の補助対象となることが予定されているほか、登録支援機関が取組む中小M&A支援に関する苦情等については、中小企業庁から委託を受けた「情報提供受付窓口」において受け付け、その情報を端緒として登録の取消しを行うなどのケースも想定しているようです。

こうした施策が一体として推進されることで、M&A支援機関に対する信頼感の醸成が図られていくことになるのです。

 

<まとめ>

2021年はM&A支援機関にとってまさに「事業承継制度改革元年」ともいうべき大きな変革の年といえそうです。

中小企業庁は、M&A支援機関の登録制度のスタートと並行して、9月1日に「事業承継ガイドライン改訂検討会」を設置し、さらに、その下に「中小PMI(Post Merger Integrationの略称。)ガイドライン(仮称)策定小委員会」を設置することを公表しました。

 

中小企業の事業承継支援に資する施策を適時適切に活用できるよう、今後も法令・制度の動向をタイムリーにお届けしていきたいと思います。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

ご存じですか?!国がスモールM&Aを検討段階から補助金で支援してくれます。その1

諸外国と比べて遅れる企業の新陳代謝

中小企業白書によりますと、日本の開業廃業率は、2000年代に入り緩やかな上昇傾向で推移してきましたが、足元では再び低下傾向となっています。直近データ(2019年度)によりますと、開業率が4.2%、廃業率が3.4%となっており諸外国と比べて相当低い値となっています。二つの数値ともにコロナ禍の先行きがある程度見通せ、対策予算が止まった段階で廃業率が上昇すると考えられています。

 

廃業費用への支援もあり、売り手と買い手のwin-winを実現

国は、我が国の大切な経営資源が消滅してしまわないよう全力で支援する方針です。その代表的な施策が、本記事で紹介する「事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用)」です。本補助金には、【Ⅰ型】買い手支援型、【Ⅱ型】売り手交代型の2種類があり、これまでの常識では、考えられなかった経費まで補助の対象として認められるようになっています。また、買い手側だけではなく、売り手側の廃業費用といったそもそも投資ではないものにまで補助事業として認められているところに、国の本気度が感じられます。

 

ツナグ:買い手と売り手のどちら側になっても支援が受けられるんだね。といっても誰でも受

けられるわけじゃないみたいだ。僕のアイデアは対象になるのかな?

 

そうですね。スモールM&Aならなんでもよいというわけではありません。

【Ⅰ型】買い手支援型の条件としては・・・

「事業再編・事業統合等に伴い経営資源を譲り受けた後に、シナジーを活かした経営革新等を行うことが見込まれること。事業再編・事業統合等に伴い経営資源を譲り受けた後に、地域の雇用をはじめ、地域経済全体を牽引する事業を行うことが見込まれること。」と概要欄に書かれています。つまり、単なる不動産や財産の売買ではなく、事業承継によって経営資源を譲り受けることで既存事業とのシナジーがあり、相当程度の成長が見込め、地域雇用や地域経済の発展に寄与することが求められています。

【Ⅱ型】売り手支援型の条件としては・・・

「事業再編・事業統合等に伴い自社が有する経営資源を譲り渡す予定の中小企業者等であり、以下の要件をみたすこと。地域の雇用をはじめ、地域経済全体を牽引する事業等を行っており、事業再編・事業統合により、これらが第三者により継続されることが見込まれること。」と概要欄に書かれています。つまり、開店休業状態の事業の譲り渡しは対象外となっていると理解できそうです。国として次世代に引き継ぐべき経営資源に限定した支援策ということでしょう。

 

M&Aマッチングシステムの利用料から補助してもらえる!

ツナグ:なるほど、このあたりは、計画書作成の時のポイントになりそうだな。ところで、肝心の補助してもらえる経費はどうなってるんだろう?

 

補助対象経費には、買い手・売り手の共通経費としては、専門家への謝金や旅費、外注費、委託費などの外部支援に加えて、バトンズなどの事業承継支援システムの利用料まで含まれています。つまり、情報収集から相手先との交渉やDDまで含めて支援を受けられる可能性があるということです。

また、売り手側には、これらに加え、廃業登記費、在庫処分費、解体費、原状回復費などもカバーされています。これまでなら、手元のキャッシュがないために廃業や譲渡ができなかった事業者に対しても実態に沿った手厚い支援が用意されていると言えるでしょう。

いずれも、補助金額は、50万円~400万円となっており、補助対象経費の3分の2となっています。加えて、売り手側には、追加で200万円の上乗せが認められています。これが、在庫処分や物件解約に伴う原状回復費用など廃業費用となります。ただし、この廃業費用への上乗せ補助は、補助事業期間内に事業承継が終わらなかった場合は、補助対象外となりますので、注意が必要です。

 

専門家ってどこにいる!?

ツナグ:専門家への相談費用も補助されるんだ?!どころで専門家って誰?M&Aアドバイザーさん?ぼくは一体どこへ相談に行けばいいんだろ?

 

M&Aを専門に活動されている専門家は、たくさんいますので、ネット検索で見つけることもできますし、商工会議所やよろず支援拠点などに相談することもできます。ただし、探し始めるとたくさんの専門家がいたり、専門家とのトラブルの情報に触れたりして不安になることもあると思います。そんなツナグさんのような方向けの施策として、国は、今秋にM&A専門家の登録制度と支援に関する相談窓口を新設することにしています。ここで紹介している補助金も、次回の募集からは、この新しい制度に登録している専門家への相談にしか補助が出ませんので特に注意が必要です。専門家へ相談する際は、かならずこの新しい制度に登録しているかどうかを事前確認してください。

 

採択率は、他の補助金と比較して高め!?

ツナグ:つまり、M&A関連事業費としては75万円~600万円(廃業費用の上乗せとして300万円)が上限金額というわけか…。タイミングさえ合えばぜひ活用してみたい補助金だね。でもこんな手厚い補助金だと採択率が低くて、狭き門になっているんじゃないのかな?

 

2020年度とは、制度が若干変更になっていますので一概に比較はできませんが、採択率は、以下の通りでした。

事業承継補助金の採択率(2020年)

・Ⅰ型 後継者承継支援型:77%(申請455件、採択350件)

・Ⅱ型 事業再編・事業統合支援型:61%(申請194件、採択118件)

 

経営資源引継ぎ補助金の採択率(2020年)

・1次採択結果:79%(申請1,373件、採択1,089件)

・2次採択結果:80%(申請690件、採択550件)

 

すぐにできることは3つ!

ツナグ:ほかの補助金と比べても採択率が高い印象だね。それだけ国も力を入れているってことかな。さっそく僕も取り掛かりたいけど・・いったい何から手を付ければいいんだろ。

 

売り手側、買い手側、どちらもまずはじめにやっていただきたいことは3つあります。

1つは、電子申請が必須となっていますので、gBizIDプライムの取得です。ほかの補助金もどんどん電子申請に一本化される傾向にありますし、これを機会に取得だけでも先に進めておいてください。ただし、取得まで2~3週間程度かかる時期もありますのでご注意ください。

次に、M&A支援サイトへの登録や専門家などへの相談を活用した情報収集をスタートさせることです。近年、M&A市場は、どんどん拡大し、活性化していますが、マイカーやマイホームと比較しても流動的でクローズドな一面もある市場です。まずは、情報収集から始めてください。

最後に、公募要領の熟読です。自社の取り組みが補助金の交付ルールに合致しているのかどうか、どのような手順で進めなければならないのか?など確認をしながら進めてください。

 

ツナグ:なるほど、昨年よりもパワーアップしたようだし、なんとかうまく活用して僕のビジネスをスケールさせる絶好のチャンスにするぞー!!

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本 哲也

第二会社方式を活用した事業再生を検討してみませんか?

収益性が高い事業のみを残すことができる第二会社方式

会社全体でみれば債務超過に陥っており経営が苦しい状態であっても、その会社が行っているすべての事業が赤字であるとは限りません。債務超過に陥っておりこのままでは破産に至る可能性が高い会社でも収益性が高い事業(以下「優良事業」といいます。)があることもありえます。このような場合の事業再生の方法として第二会社方式という手法が用いられることがあります。

 

債務者である会社にとっての第二会社方式のメリット

第二会社方式とは、会社の事業のうち優良事業の全部又は一部を、事業譲渡や会社分割によって別の会社(以下「新会社」といいます。)に承継させたうえで、事業譲渡や会社分割を行った会社(以下「旧会社」といいます。)自体は、特別清算(会社法第510条)などによって消滅する方法をいいます。

すなわち、第二会社方式を用いれば、収益性の低い事業を(以下「不採算事業」といいます。)を切り捨て、優良事業のみで新たなスタートを切ることができます。

また、それまで旧会社が負っていた不採算事業に関する債務もなくなるので、債権者から債務免除を受けたのと同様の効果を得ることができます。そして、第二会社方式により旧会社の簿外債務のリスクについても、基本的には遮断できるため、新会社に資金提供をしようとするスポンサーも、新会社に安心して協力することができます(このほかに、第二会社方式には税制上のメリットなどもありますが、本稿では省略します。)。

 

残存債権者にとってもメリットがある第二会社方式

第二会社方式は「おいしいところ」だけを残すという意味で、債務者である会社にとって都合の良い方法であるといえます。このような説明をすると、「第二会社方式は、債務者(会社)にメリットがある一方、不採算事業に関する債権者(金融機関など)には迷惑なものである」と考える方もいるかもしれません。

しかし、実は、第二会社方式は不採算事業に関する債権者にもメリットがあります。

というのも、債権が回収できない場合、当該債権は貸倒損失となり、損金算入ができます。この点について、仮に旧会社が何らの清算をすることなく事実上の事業停止となると、本当に債権の回収ができないのか(すなわち貸倒損失であるのか)の認定が困難になる場合があります。ところが、第二会社方式は特別清算等の清算手続が行われるので、不採算事業に関する債権の回収が困難であることが明確になり、確実に損金算入を行うことができるのです。

また、旧会社は優良事業の事業譲渡や会社分割の対価を取得します(なお、会社分割の場合は、新会社の株式が対価となりますが、当該株式をスポンサーが買い取ることにより現金化することとなります。)。したがって、第二会社方式が行われるからといって当然には不採算事業に関する債務の弁済の原資が失われるとはいえないのです。

 

法的には債権者の同意がなくても第二会社方式は実行できる

ところで、事業譲渡は特定承継であることから、旧会社の債務を新会社に承継しない限り、事業譲渡について債権者の同意が必要となることはありません(民法第472条参照)。

また、会社分割では、分割後に旧会社に債務の履行を請求できない債権者に対しては、債権者に対して異議申立てができる旨を官報等に公告等をしたうえで、債権者が異議を申し立てた場合は、弁済や担保提供等を行う必要があります(債権者保護手続。会社法第810条)。逆にいえば、分割後であっても旧会社に対して債務の履行を請求できる債権者に対しては債権者保護手続を行う必要がありません。

したがって、事業譲渡と会社分割のいずれの場合であっても、不採算事業に関する債権者が有する債権が新会社に移転しない場合は、法的には当該債権者の同意がなくとも第二会社方式は実行できることとなります。

 

第二会社方式に納得できない債権者が取りうる措置

しかし、仮に債権者の同意なく、旧会社が債権者を害することを知って事業譲渡や会社分割を行った場合、不採算事業に関する債権者のうち会社に債権が承継されないものは、以下のような法的手段を講じることが法律上可能です(ただし、いずれの方法も新会社が悪意であるなど所定の要件を満たすことが必要です。)。

① 詐害行為取消権

詐害行為取消権(民法第424条)を行使して当該事業譲渡や会社分割の取消しを求めることができます(最判平成24年10月12日民集66巻10号3311頁では、会社分割が詐害行為の対象になりうる旨判示しています。)。

② 直接請求権(会社分割の場合)

新会社に対し、承継した財産の価額を限度として、直接に債務の履行を請求することができます(会社法第759条第4項・第764条第4項)。

 

第二会社方式を行うためには債権者との十分なコミュニケーションが不可欠

新会社が承継する資産に比べて新会社が承継する債務が少額である場合、旧会社に残る債務が新会社が承継する債務に比べて多額である場合、会社分割や事業譲渡により旧会社が得る対価が不当に少額である場合などは、旧会社の責任財産が減少することになります。

したがって、このような場合は、旧会社にしか債務の履行を求めることができない不採算事業に関する債権者の理解を得ることは容易ではなく、法的手段に出ることも十分に考えられます。

第二会社方式を行うにあたっては、債権者(特に金融機関)と十分にコミュニケーションを取り、どのようなスキームがもっとも適切であるのかについて理解を得ることが必要になってくると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

“信頼できるM&A支援機関”の選び方

2021年6月18日に閣議決定された、「成長戦略実行計画」(以下、本計画。)では「足腰の強い中小企業の構築」のために「中小企業の円滑な事業承継を後押しするとともに、中小企業がM&Aの支援を適切に活用できる環境を整備すること」が明記されました。

今回は、中小企業がM&Aの支援を適切に活用できる環境の一つとして重要な「M&A支援機関の信頼」について解説したいと思います。

 

1.M&A支援機関が担う役割

中小企業は、事業承継のためにM&Aを選択肢としようとしても知見が乏しいため、なかなか踏み出せなかったり、M&Aに取り組んでも、売手・買手間または社内においてトラブルを抱えてしまったりすることが少なくありません。

そんな時、頼りになるのがM&A支援機関です。しかし、具体的にどのようなM&A支援機関があるのか全貌がわかりにくいというのが正直なところです。

 

(1)M&A支援機関の類型

中小企業庁が2021年4月28日に公表した「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(以下、「中小M&A推進計画」という。)によると、M&A支援機関として「中小 M&A を支援する機関(以下「M&A支援機関」という。)として、商工団体(商工会、商工会議所、中小企業団体中央会等)、金融機関、士業等専門家(公認会計士、税理士、弁護士、中小企業診断士等)、M&A専門業者(仲介業者、FA(フィナンシャル・アドバイザー))、M&Aプラットフォーマー、各都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターなどの民間機関・公的機関があげられています。

ただ、これらの機関はそれぞれ専門性も規模も異なっているため、取り扱うM&Aにもそれぞれの特色があります。

 

(2)中小企業のM&Aで頼りになるのは?

「中小M&A推進計画」によると、M&A支援機関がターゲットにしている売手企業の規模を、年商ベースで区分すると、M&A専門業者や地域金融機関は小規模から「3~5億円」規模の企業まで幅広く対応しているものの、取扱案件数の多いもので比べると以下のようになっています。

①M&A専門業者のうち、仲介業者は「1~5億円」、FAは「10~50億円」、M&Aプラットフォーマーは「3,000万円~10億円」

②地域金融機関のうち、地方銀行は「1億円~5億円」、信金・信組は「5,000万円~1億円」

③事業承継・引継ぎ支援センターは「5,000万円~1億円」

 

このように一口に中小規模のM&Aといっても、規模によって得意とするM&A支援機関はことなっているのです。

特に、年商「3,000万円未満」という極小規模のM&Aに限定すると、M&Aプラットフォーマーと事業承継・引継ぎ支援センターの2つが高いカバー率(75%)を示しており、主たる担い手となっているようです。

なお、M&Aプラットフォーマーや事業承継・引継ぎ支援センターには、M&A経験者や弁護士・中小企業診断士・会計士・税理士などの“士業”の方々が登録専門家として従事していることが多いようです。

 

2.増加するM&A支援機関とM&Aの仲介に伴うトラブル

(1)増加するM&A専門業者

中小M&Aの拡大に伴って、M&A専門業者やM&Aプラットフォーマーの数は、2000年代から徐々に増加しており、2020年末時点では370者存在しているといいます。

十分な知見・ノウハウ等を有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあります。

 

(2)M&Aの仲介に伴うトラブルの構造的原因

なお、M&A支援機関とのトラブル発生の原因の1つに「利益相反」があります。

特に小規模のM&Aではコスト抑制の観点で売手・買手双方がそれぞれ別のM&A支援機関とFA契約を締結するケースより、売手・買手双方とM&A支援機関が仲介契約を締結するケースが多くみられます。

「中小M&Aガイドライン」(中小企業庁)に例示されているように「譲り渡し側が譲り受け側に会社の事業を譲り渡す場合(事業譲渡)、譲り渡し側にとってはその代金(譲渡対価)が高い方が望ましい一方、譲り受け側にとっては譲渡対価が安い方が望ましく、構造的に譲り渡し側・譲り受け側の両者間において利益相反の状況が存在する」のです。

すこし分かり易い表現でいうと、仲介者はリピーターになり得る買手の利益を優先して譲渡代金を抑制する方向で取引をまとめたり、逆に、仲介者自身の成功報酬を増やすため譲渡金額を引き上げる方向で売手に有利になるように取引をまとめたりする動機があるということなのです。

 

3.政府が描く「M&A支援機関に対する信頼感醸成」とは

「中小M&A推進計画」によると政府は、M&A支援機関の信頼感醸成のため、「M&A支援機関に係る登録制度等の創設」「M&A仲介等に係る自主規制団体の設立」「中小M&Aガイドラインの普及啓発」に取組むことを表明しています。2021年度中に具体的方針が示され、取り組みが始まるようです。

M&A支援機関は、登録できないと「事業承継・引継ぎ補助金」(専門家活用型)の対象にならなかったり、自主規制団体に所属しないと信頼性が損なわれる可能性があったりするなどのデメリットがあるため、中小企業にとって「取引の安全・安心の確保」の環境整備が進むことになります。ただ、政府の施策はあくまで補完的なものです。

M&A支援機関の視点での話になりますが、中小企業に信頼され選ばれるM&A支援機関であるためには、専門性を高めると同時に公正さを確保する取組が必要とされます。

では、具体的にどのような取り組みが必要とされるのでしょうか。

 

(1)利益相反懸念の払拭

①仲介契約締結時の留意点

売手・買手の両当事者と仲介契約を締結する仲介者であるということ、特に、両当事者から手数料を受領する場合には、その旨を、両当事者に伝えること

②バリュエーション(企業価値評価等)やデューデリジェンス(DD)の留意点

企業価値評価等やDDについて結論を仲介者単独で結論付けず、必要に応じて士業等専門家等からセカンドオピニオンを求めるよう伝える(売手・買手の一方当事者の意向を踏まえた内容となることを回避するため)。

③利益相反懸念がある事項に関する十分な事前説明

仲介契約締結に当たり、予め、両当事者間において利益相反のおそれがあるものと想定される事項について、各当事者に対し、明示的に説明を行う。また、別途、両当事者間における利益相反のおそれがある事項を認識した場合には、各当事者に対し、適時に明示的に開示する。

 

(2)人材育成 ~自主規制団体の取組みを活用した人材育成

「中小M&A推進計画」では米国の金融業規制機構(FINRA:Financial Industry Regulatory Authority)が参考事例として取り上げられています。FINRAでは次のような活動が行われているようです。

(イ)証券業務従事者の登録と教育研修

(ロ)証券会社の監査

(ハ)自主規制ルールの制定

(ニ)自主規制ルール及び連邦証券関係法令に係るエンフォースメント(≒罰則)

(ホ)一般投資家向けの教育広報活動

(ヘ)取引報告システム(TRACE:債券の価格報告システム)等のインフラ提供

(ト)投資家と証券会社の間の紛争あっせん機関の運営 等

(注)日本証券業協会「FINRAにおける自主規制について」より筆者作成

 

国内でも日本証券業協会が金融・証券情報の提供や「証券外務員資格」制度を通じて会員(法人・個人)の資質確保に注力していますが、これと類似した制度が誕生するのかもしれません。

 

(3)適切な業務遂行のための顧客視点に立った契約や行動指針の整備

事業者(売手・買手)の利益の最大化のために契約(ひな型)や行動指針を整備する必要性について「M&Aガイドライン」には次のような例示があります。

(例)

①他のM&A支援機関へのセカンドオピニオンを求めることを許容する契約とする

②契約期間終了後も仲介手数料を取得する契約(「テール条項」という。)について2~3年程度の上限を設けるとともに、適用対象を支援機関が紹介した買手候補先に限定する

 

4.中小企業が知っておきたい支援機関との賢い付き合い方

(1)自社に見合った相談相手・手法を選ぼう

どこから着手してよいのか、自社の企業価値はどの程度なのかなどについて経営者が独りで悩んでも解決しません。中小企業にとって取引金融機関は頼りになる存在です。銀行・地銀・信金などと取引がある場合には、まず、相談してみましょう。

ただ、データにもあるように年商3,000万円未満の中小企業については金融機関の対応が難しいことは事実です。

そうした場合、まず公的機関に相談するのも一つの手です。都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターでは「事業承継診断」等を活用した無料サービスで課題把握をすることができます。なかには簡易な企業価値評価をするサービスも用意されています。こうした機関には弁護士や中小企業診断士などの士業専門家が登録されており、診断に基づいて適切な助言を受けることが可能です。

なお、「中小M&A推進計画」によると現在の企業健康診断は、事業承継を含め、日頃から企業価値の維持・向上を意識した経営を促す「企業健康診断」へ発展的に見直しが行われる予定です。

また、M&A プラットフォーマーも小規模M&Aに対応しており、大量の取引事例データベースを活用した簡易な企業価値評価サービスを提供している機関もあります。

公的機関との相談が思わしくない場合には、M&A プラットフォーマーを検討することも選択肢となります。

 

(2)セカンドオピニオンを活用して取引の妥当性をチェックしよう

中小企業に対してM&A支援機関は、M&Aに関する情報・経験値で優位にあります。セカンドオピニオンを活用して譲渡価格や取引条件の妥当性を検証しましょう。中小規模のM&Aではコスト的にセカンドオピニオンを活用することが難しい面がありました。しかし、「事業承継・引継ぎ補助金」ではM&A支援機関に対する「選任専門家以外のM&A支援機関から意見を求めるセカンドオピニオン費用」についても補助対象経費として認められており、コスト負担を軽減できる手段も拡充されつつあります。

 

まとめ

中小企業の円滑な事業承継を後押しする「成長戦略実行計画」が工程表に従って動き始め、2021年は官・民問わずM&A支援機関にとって大きな変革の年になりそうです。

今後も、フォローアップしてタイムリーな情報を提供していきたいと考えております。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

 

【僕たちのM&A】 そのM&Aちょっと待って!買い手が思考すべきこと

はじめに

大阪府堺市でみなさまのちょっとした変化を応援しています。中小企業診断士の山本哲也です。

スモールM&Aに関しての情報収集をしていると、数字中心の情報や“事業にかける想い”などすごく抽象化された短い言葉ばかりで、現状分析があまり書かれていません。売り手側は、隠すつもりはなくても難しい話(当事者でないと理解しづらい話)や業界の人だと当たり前すぎる話は積極的にはしてくれません。すべての情報に意味があり、引き継ぎ後の経営上、必要がある情報なのですが・・・。

精魂込めて作り上げた仕事を人事異動で後任に引継ぎするあの感覚です。後任と人間関係ができていたり、波長(M&Aの場面では経営理念が近いかもしれません)が合っていたりすれば、お互い大切にしているポイントが似ていてスムーズな引継ぎができますが、どちらか一つでも欠けていたらどうでしょう。気持ちの良い引継ぎは難しいのではないでしょうか。

 

投資家の視点と経営者の視点

今回、ツナグは、ショッピングセンターにテナントで入っているジューススタンドのオーナーとの面談に臨みましたが・・・。
オーナー「ツナグさん、初めまして。今日はよろしくお願いします。早速ですが、ツナグさんはなぜ当社に声をかけてくださったんですか?また、この小さなジューススタンドをどのように運営していかれるおつもりですか?」
ツナグ:「・・・」

ごあいさつもそこそこに、突然、核心に迫る質問をされて、ツナグはたじろいでしまいました。こんなことが起きないようにしっかり準備して臨みましょう。

個人によるスモールM&Aでは、事業をお金で買うということにとどまらず、誰かが生み育てた事業にお金とあなたという経営資源を投入し、大きく育てることとも言えます。
つまり、自分の持っているあらゆるリソースを投入する投資案件ですから、投資家だけではなく経営者の視点で事業全体を見渡すことも大切です。つまり、最初に確認すべきは、経営理念なのです。

ツナグ:「私は、これまで○〇や△△ということをしてきましたが、そこには、××という問題があると常々考えています。その解決には、私がこれまで培った〇△というスキルを活かして御社の事業の運営を・・・」

同じ価値観の経営者とうまく出会えることが、もっとも安全安心なM&Aを進めるコツと言えます。なぜなら、同じような価値観の経営者であれば、ビジネスモデルを構築する場面において、何を重視するかの判断軸が近くなり、結果として自分が目指すビジネスに近いモデルになっている可能性が高いからです。。

 

現場責任者の視点

もう1つの視点は、現場責任者の視点です。

いくら考え方が共有できたことによって重大なリスクがないとしてもクロージングが終わった瞬間から事業運営のすべての責任は、あなたにかかってきます。腕の良い番頭さん(事業責任者)がいらっしゃればよいのですが、小さな案件になればなるほど、社長が陣頭指揮をとっている可能性が高くなります。指揮者が突然交代してもオーケストラの演奏が止まらないための工夫が必要です。

具体的なお話を、経営資源の視点で見ると・・。

① 売上を左右する要素は何か?明日、来月の売上確保は見えているか?
例えば、立地や天候など外部環境に売上の大半が左右される事業であれば、中長期的な視点で見ると不安要素としても捉えられますが、M&A後の短期的視点でみると安心材料となります。

② 顧客の分析はできているか?ポイントカードや会員制度があるか?
中長期的な視点から自力でいくらの売上を作れるのか?もし、顧客接点確保の仕組みがなければ、追加的な投資が必要になると見込んでおく必要があります。

③ コストが正確に計上されているか?
例えば、本来その事業の経費であるものが、別事業に計上されていたり、逆に他の事業のものを負担していたりすることがないか。同じように業務内容や担当者がきちんと切り分けられているか?過去の決算書から異常値があれば、その内容については必ず確認しておきましょう。

④ 資金繰り計画があるか?
ジューススタンドの場合は、問題なさそうですが、季節ごとに大きな仕入れが発生するようなビジネスや従業員のボーナスなど、年に数回の大きな資金需要がすぐに控えていないかは確認しましょう。大切な引継ぎ期間に必要な運転資金の確保のために時間を奪われたり、投資回収計画に狂いがでたりすることにつながります。

⑤ 在庫や設備などの資産は、時価とどれくらい離れた金額で計上されているか?
M&A代金をどのような方法で設定するにしても、対価の一部として引き受けるわけですから、当然、どこに所在して、ボリュームや状態はどうなっているのか?一つ一つ確認するのが普通ではないでしょうか?今回のようにショッピングセンター内にあるテナントですと、大家に預けいている敷金やFC事業ですと本部へ預けている保証金などもしっかり確認しておきましょう。

⑥ お金以外のところで言うと、取引先との契約関係も非常に重要な資産と言えます。
事業譲渡によるFC加盟店の権利移動を認めていないFC本部がほとんどです。大家も同様です。どちらも取引相手としての適性を審査した上でないと契約をしないことがほとんどです。このようにお金で解決できない取引関係があると、そこで商談が頓挫してしまいますので、事前の調査が重要です。

 

まとめ

売り手側には往々にして支援者がいます。一方でサラリーマンM&AのようなスモールM&Aでは、必要に応じて専門家を探す場合がほとんどです。今回見てきたようなチェックポイントや最終譲渡契約書の内容が一方的に不利になっていないかなど買い手側も独自で専門家にお金を支払ってでも確認すべきです。弁護士や中小企業診断士、会計士などのうちM&A実務経験のある専門家を探すようにしてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也

M&Aによる従業員の承継に関するポイント②

〇 合併や会社分割に伴うM&Aによる雇用関係の承継

前回に引き続き、M&Aによる従業員の承継について、解説します。今回は、合併や会社分割に伴うM&Aによる雇用関係の承継について取り上げます。(以下では雇用関係のことを「労働関係」、従業員を「労働者」といいます。)

 

〇 合併における労働関係の承継

合併とは、2以上の会社が合一して1つの会社になることをいいます。合併には、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させる吸収合併(会社法第2条第27号)と合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させる新設合併(会社法第2条第28号)があります。

合併によって消滅する会社の有するすべての権利義務関係は、合併後存続する会社や合併により設立する会社に当然に承継されます。(これを包括承継ないし一般承継といいます)したがって、労働関係も労働者の同意を要することなく、当然に承継されることとなります。

もっとも、もともとは別の会社であったため、労働条件が異なるのは一般的であることから、合併の前後に就業規則等を変更して労働条件の統一を図ることとなります。

 

〇 会社分割における労働関係の承継

会社分割とは、事業に関する権利義務の全部又は一部を他の会社に承継させることをいいます(会社法第2条第29号・第30号)。会社分割には、既に存在する会社に事業を承継させる吸収分割と新たに会社を設立して承継の相手方とする新設分割があります。

合併と異なり、会社分割は権利義務の『一部』のみを他の会社に承継させることができます。すなわちα事業とβ事業を営むP社がα事業のみをQ社に吸収分割させるということが可能です。具体的にどの範囲を承継させるのかは、吸収分割の際は分割契約(会社法第758条)、新設分割の際は分割計画(会社法第763条)によって定められます。その一方、分割契約や分割計画で権利義務が承継されるものは当然に承継されることとなるため、労働関係についても労働者の同意を要することなく承継されます(この点から、会社分割は『部分的』包括承継であるということがあります。)。

そうすると、会社分割の場合は、会社が自由に承継の範囲を定めることができ、かつ労働関係の承継に労働者の承諾が不要である以上、会社による恣意的に労働関係を承継する労働者の選別がなされるおそれがあります。(なお、事業譲渡により労働関係が譲渡会社から譲受会社に承継するためには、各労働者の承諾が必要とされています。(民法第625条))

このことを踏まえ、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「労働契約承継法」といいます)において、会社分割における労働関係の承継に関する規律が定められています。

 

〇 労働契約承継法の規律

労働契約承継法は、労働者が承継される事業に主として従事しているかどうかに応じて会社分割における労働関係承継の規律を設けています。労働者が承継される事業に主として従事しているかどうかは、当該労働者の業務内容などから客観的に判断されますので、会社が恣意的な選別をすることができなくなっています。

具体的には、承継される事業に主として従事している労働者については、当該労働者の同意なく労働関係が承継されることになります(労働関係承継法第3条)。他方で、承継される事業に主として従事しているのに分割契約等において承継の対象とされていない労働者は、所定の期間内に異議を申し出れば、労働関係が承継されます(労働関係承継法第4条)。

また、承継される事業に主として従事していないにもかかわらず分割契約等において承継の対象とされている労働者についても、所定の期間内に異議を申し出れば、労働関係は承継されません(労働関係承継法第5条)。

 

〇 承継される事業に主として従事している労働者は残留を拒否できない?

承継される事業に主として従事している労働者については、当該労働者の同意なく労働関係が承継されることになる以上、労働者は拒否できないのが原則です。

しかし、会社は会社分割に伴う労働関係の承継について、所定の期限までに承継される労働者と協議する義務を負います。(改正前商法附則5条第1項。この協議を5条協議といいます)5条協議は、個々の労働契約の承継について決定するに先立ち、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図るためのものです。

このことからして、5条協議が全く行われなかったときや、協議が行われても会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合は、労働関係の承継を争うことができるとされています(日本アイ・ビー・エム事件:最判平成22年7月12日民集64巻5号1333頁。なお、会社は、会社分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされていますが(労働関係承継法第7条。7条措置といいます)、7条措置違反は、5条協議義務違反の有無を判断する一事情となるに過ぎないとされています。)

したがって、承継される事業に主として従事している労働者であっても十分な説明をしなければ労働関係の承継を否定されるリスクが生じることとなります。この意味でも、会社分割において恣意的な労働関係の承継を行うのは得策ではないということになります。

 

〇 労働者との十分な協議を尽くすことが紛争防止の第一歩

本稿では、合併や会社分割における労働関係の承継について解説しました。会社分割はもちろんのこと、合併においても労働者や労働組合との十分な協議を尽くすことが紛争防止の第一歩につながります。

本稿が参考になれば幸いです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

政府の「成長戦略案」に取り上げられた中小企業のM&A施策

内閣官房の成長戦略会議から2021年6月2日、「成長戦略実行計画案」(以下、本計画案。)が公表されました。

本計画案には、グリーン成長戦略、人への投資の強化、デジタル化政策、スタートアップ支援などと並び、「足腰の強い中小企業の構築」と題した中小企業政策が明記されています。とりわけ中小企業の事業承継支援を目的とした3つのM&A関連施策が取り上げられ、今後の事業承継・M&Aの環境整備に一石が投じられたことは特筆すべきことでしょう。今回は、この3つのM&A活用策について解説したいと思います。

 

1.事業承継・引継ぎ支援センターの強化

事業承継・引継ぎ支援センターとは、事業承継・引継ぎのワンストップ支援を行う機関です。従来、第三者による事業引継ぎを支援してきた「事業引継ぎ支援センター」と、親族内承継を支援してきた「事業承継ネットワーク」の機能を統合して2021年4月に設立されました。

全国47都道府県に設置され、現在は次のような業務を原則、無料で行っています。

①事業承継・引継ぎ(親族内・第三者)に関する相談

②事業承継診断による事業承継・引継ぎに向けた課題の抽出

③事業承継を進めるための事業承継計画の策定

④事業引継ぎにおける譲受・譲渡企業を見つけるためのマッチング支援

⑤経営者保証解除に向けた専門家支援など

 

本計画案とともに公表された「成長戦略フォローアップ工程表」では、2022年度中に

i)同センターの人材強化、ii)域内外の民間事業者等との連携強化およびiii)事業承継診断の抜本的見直しを行い、2023年度以降には事業承継診断を通じた「プッシュ型事業承継支援」(※)や後継者不在の中小企業と他者とのマッチング等による事業承継・引継ぎの一体的な支援を強化することが示されています。

(※)事業承継コーディネーターなどが経営者の事業承継に係る悩み、課題、ニーズなどを能動的に掘り起こして行う支援。

 

2.簡易な企業価値評価ツールの整備

本計画案にはその内容について直接的な記載はありませんが、2021年4月28日に中小企業庁が公表した「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(以下、「中小M&A推進計画」。)に中小企業におけるM&Aに関する経験・人材の不足という課題を解決する取組の一つとして「簡易な企業価値評価ツールの提供」という取組みが紹介されています。

これによると、中小企業がM&Aの実施に当たって参考にできる自社の企業価値を簡易に評価できるツールを事業承継・引継ぎ支援センターで提供開始することが計画されているようです。具体的には2021年度に、一部の事業承継・引継ぎ支援センターで試行的に活用を開始し、遅くとも2023年度中を目途に、同センターの業務に応じたツールの活用等を行う計画となっています。

 

3.M&A支援機関に係る 登録制度や自主規制団体の設立など支援機関の適切な取組を促す仕組みの構築

 

中小M&Aの急拡大に伴ってM&A支援機関の数が年々増加するなか、十分な知見・ノウハウ等を有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあります。こうした状況を背景に「中小M&A推進計画」では、中小企業におけるM&A支援機関に対する信頼感醸成のために、次の3つの取組みを行うことが示されています。

 

①M&A 支援機関に係る登録制度等の創設

・2021年度中に、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、M&A支援機関の登録制度を創設し、M&A支援機関の活用に係る費用の補助対象は、予め登録された機関の提供する支援に係るもののみとすること

・登録したM&A支援機関による支援を巡る問題等を抱える中小企業等からの情報提供を受け付ける窓口を創設すること

・登録機関には中小M&A ガイドラインの遵守を宣言や中小 M&A の成約実績等を義務付けること

②M&A 仲介等に係る自主規制団体の設立

・中小M&A仲介の健全な発展と中小企業の保護を図ることを目的とした、中小M&Aの仲介業を営む者などを会員とする自主規制団体を2021年度中に設立すること

・中小企業が安心して支援を受けられる環境の整備を目的とし、自主規制団体を通じ、i)中小M&Aガイドラインを含む適正な取引ルールの徹底、ii)M&A 支援人材の育成のサポート、iii)仲介に係る苦情相談窓口等の活動を行うこと

③中小M&Aガイドラインの普及啓発

・同ガイドラインのM&A 支援機関への浸透を図るため、事業承継・引継ぎ支援センター及び同センターの登録民間支援機関に対して同ガイドラインの遵守を義務づけるなど、引き続き周知・徹底を行うこと。中小企業に対しては、M&Aに関する基本的な理解を促すためセミナー等を通じた普及・広報を行うこと

 

<まとめ>

中小企業経営者の高齢化と後継者不足による事業承継ニーズの深刻化に伴い、第三者承継を支援するM&A専門家の必要性が高まっています。こうした環境を背景として、レコフデータによるとM&A専門業者(仲介業者、FA(フィナン シャル・アドバイザー))、M&A プラットフォーマーなどは2010年末の205社から2020年末には370社と10年間で1.8倍になるなど増加基調にあります。

一方、2020年12月18日に、河野太郎行政・規制改革担当大臣がご自身のブログで、「双方から手数料をとる仲介は、利益相反になる可能性があることを中小企業庁も指摘しています。」と述べたことがM&A関係者間で話題となるなど、M&A専門家の在り方に警鐘を鳴らす動きも出始めています。

これは、M&A専門家の社会的役割がますます重要になりつつあることの証左と思われます。

「成長戦略実行計画案」は、6月内に閣議決定される見通しとなっており、2021年度は中小企業経営者の事業承継に係る様々な施策が強化されることになりそうです。

次回は、これらの具体化した施策を踏まえて、M&A専門家の上手な活用法にについて解説したいと思います。

 

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

【僕たちのM&A】 “FA”ってよく聞くけどなんだろう?フリーエージェント?

“FA”ってよく聞くけどなんだろう?フリーエージェント?

FAは、M&Aの現場で活躍する支援者の一人です。その業務内容は大まかには決まっているものの、法律で定義されているわけではありませんので、M&A仲介会社と似たような仕事をする人。という認識を持つことも多く、しばしば混同されることがあります。本日は、今さら聞けないM&A仲介とFAの違いや、どのような場面でFAが活躍するのか、また、仲介会社の利用が有用なケースについてもお伝えします

 

ツナグ:「まず、初めにすっきりしておきたのはFAってなんの略なんだろ?それがわかれば少しはFAのことが理解できるかもね」

 

FAは、ファイナンシャル・アドバイザリーの頭文字をとった略語です。一言でその業務内容を説明すると“M&Aを検討している企業に対して、計画立案から契約に至る一連の業務に対してのコンサルティング提供”となります。つまり、M&Aの仲介業務ではなく、売り手と買い手のどちらか一方を支援し、支援先の利益最大化を目的とするコンサルタントと言えます。

具体的には、 “M&A戦略の立案”に始まり、“相手先分析やデューデリジェンスなどの法務・財務・税務面での助言”さらには、“交渉への参加”まで行うこともあります。

 

FAとの契約、M&A仲介会社との契約はどちらもアドバイザリー契約とよばれ、業務内容や範囲、そして報酬額について取り決めます。基本的に契約期間は、M&Aの検討開始からクロージングまで一連のプロセスすべてです。

 

一般的にFA業務を提供しているのは、証券会社など金融機関であることが多いですが、会計士や弁護士、中小企業診断士などからなる専門士業チームや、仲介とFAの両方を顧客の要望に応じて提供しているM&A支援企業も存在します。それぞれ、契約前に専門の業務分野や得意な業界、過去の実績などを確認しておくことが必要です。

 

ツナグ:「なんでも相談できるのは心強いね。戦略立案支援から仲介までしてくれるケースもあるんだね。ってことは・・・今度は、仲介会社とFAの違いが判らなくなってきたよ」

 

どちらもM&Aのプロではありますが、基本的な違いは、先述の通りM&A仲介会社が“双方の利益の最大化を目的”するのに対し、FAは、“売り手と買い手のどちらか一方を支援し、支援先側の利益の最大化を目的”にしている点に最大の違いがあります。

 

ツナグ:「なるほど。つまり、信頼できるFAがいればすべてオッケーってことかな」

 

もちろん、M&A仲介会社を利用するメリットもたくさんあります。例えば、M&A仲介会社は、取引をまとめることが仕事ですので、取引双方の利益のバランスを重視して売り手、買い手双方の利益が最大になるように取引そのものを支援します。双方の企業の希望・要望を考慮して相手先企業を広く探し、マッチングするとこから支援をスタートさせるためや、お互いの事情が理解できているため、FAに比べてM&Aを成約させやすいという強みもあります。

 

ツナグ:「なるほど。どちらにも得手不得手があるってことか・・。じゃあ一体どうやって決めればいいんだろ?!」

 

いくつかの検討材料があると思いますが、まず、依頼したい業務内容が予算の範囲内で依頼できるかどうか?は重要な条件になります。相談料、着手金、中間金(成功報酬)、月額顧問料報酬、完全成功報酬といった名目から、業務内容ごとに細かく算定する会社まで千差万別です。必ず、十分なすり合わせの上、契約内容と見積もりを事前に受け取り、社内のコンセンサスを得た上で契約をしましょう。

また、M&Aを進めるにあたっては、社内の事情や戦略的なことなど、機微な情報についてもオープンにすることになり、長期の取引になります。そのため、金額や業務範囲、専門分野といった条件面だけでなく、自社にフィットするのか、信頼がおけるのかどうか、トラブルが発生した時のバックアップ体制はどうなっているのかなども検討することが重要です。また、早い段階でNDA(秘密保持契約)を取り交わすことをお勧めします。

 

まとめ

M&Aでは、相手先に支払う以外にもいろいろな支援を受けるための予算が必要です。もちろん普段お付き合いのある税理士・弁護士・中小企業診断士などとともに社内専門チームを立ち上げ、自社がメインとなって成約まで完結することもできます。しかし、本来の目的に立ち返り、リスクや時間的なコストまで含めて総合的に判断し、どのような方法で進めるのかについて経営者も含めて検討した方がよいでしょう。

まずは、取引金融機関や顧問の士業へ相談したり、セミナーを通じていろいろな専門家とコンタクトを取り、自社のニーズに合う専門家から話を聞いたりするなど、まずは情報収集から行うことをお勧めします。

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也

M&Aによる従業員の承継のポイント①

M&Aをすると従業員はどうなるか

M&Aによって経営者が交代するとしても、売り手に勤務していた従業員は引き続き勤務し続けることになるのでしょうか。M&Aの後も企業が事業を進めるためにもこれまでどおり従業員に勤務してもらう必要があることが多いと考えられます。他方で、M&Aに伴う事業の縮小のために人員整理を行ったり、いわゆる問題社員について、M&Aをきっかけに退職してもらいたいと考えたりすることもありえます。

そこで、今回は、M&Aに伴う従業員の雇用関係について解説します。

 

〇 株式譲渡によるM&Aの場合

株式譲渡によるM&Aの場合は、株主構成が変わるだけなので、従業員の雇用関係に特段の変化が生じるわけではありません。では、M&Aをきっかけに従業員を解雇することはできるのでしょうか。結論としては、単にM&Aにより経営者が交代することは解雇の合理的な理由になりませんので、解雇権の濫用(労働契約法第16条)として当該解雇は無効となります。

では、M&Aに伴い、工場などの事業所を閉鎖するため従業員を解雇する場合はどうでしょうか。この場合は、いわゆる整理解雇にあたりますので、解雇が可能かどうかは、いわゆる整理解雇の4要件(東洋酸素事件:東京高判昭和54年10月29日労判330号71頁)を満たすかどうかを検討することになります。

【整理解雇の4要件】

① 人員削減の必要性

人員削減措置の実施が不況、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいていること

② 解雇回避の努力

配置転換、希望退職者の募集など他の手段によって解雇回避のために努力したこと

③ 人選の合理性

整理解雇の対象者を決める基準が客観的、合理的で、その運用も公正であること

④ 解雇手続の妥当性

労働組合または労働者に対して、解雇の必要性とその時期、規模・方法について納得を得るために説明を行うこと

(出典:厚生労働省ウェブサイト)

 

事業譲渡によるM&Aの場合

事業譲渡とは、事業の全部または一部を取引行為として第三者に譲渡する行為をいいます。ここにいう「事業」とは、「一定の目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産」をいいます(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)。飲食チェーンがひとつのブランドを売却する際に、店舗、セントラルキッチン、システム一式を譲渡第三者に売却するという事例をイメージするとわかりやすいかもしれません。

事業譲渡は事業を譲渡する会社(以下「譲渡会社」といいます。M&Aにおける売り手を指します。)とこれを譲り受ける会社(以下「譲受会社」といいます。M&Aにおける買い手を指します。)との契約によって行われます。したがって、譲渡会社の雇用関係を譲受会社の雇用関係に承継させるためには、当該契約に雇用関係を承継させる旨を規定することがまず必要になってきます。さらに、事業譲渡により雇用関係が譲渡会社から譲受会社に承継するためには、各従業員の承諾が必要とされています(民法第625条)。いわば、事業譲渡の場合は、譲渡会社の従業員には譲受会社への転籍の拒否権が与えられているといっても過言ではありません。

したがって、譲渡会社は、事業譲渡によって移籍をさせようとする従業員から承諾を得るためには、事業譲渡に関する全体の状況や譲受会社等の概要及び労働条件等を丁寧に説明し、当該従業員の真意による承諾を得られるようにする必要があります。

また、譲渡会社に労働組合がある場合は、個々の従業員への説明に先立ち、労働組合への協議を行い、理解と協力を得るよう努めるべきです。事業譲渡による従業員の転籍は、労働条件に関する重要な事項ですので、労働組合は交渉権限を有しています(労働組合法第6条)。したがって、労働組合から事業譲渡による従業員の転籍について団体交渉を求められた場合、これを拒否すると不当労働行為となりますので(労働組合法第7条第1項第2号)、注意が必要です。(以上について、詳しくは、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(厚生労働省告示第318号)をご参照ください。)

 

事業譲渡によるM&Aでは買い手は転籍する従業員を選ぶことができる?

先ほども述べたように、事業譲渡により従業員を譲渡会社から譲受会社に転籍させるためには、譲渡会社、譲受会社及び当該従業員の3者の合意が必要となります。

逆に言えば、譲渡会社と譲受会社とが合意しなければ特定の従業員は譲渡の対象から外されることとなります。そうすると、買い手である譲受会社としては、譲渡会社からの転籍を望まない従業員について、事業譲渡の対象から外すことも理論的には可能ということになります。

ただし、譲受会社が、譲り受けた主要な資産や事業所の所在地や電話番号ロゴマークを引き続き使用していることや事業譲渡の対象とならなかった従業員以外の全従業員を雇用していることなどから、すべての従業員を譲渡の対象とする事業譲渡がなされたと推認されると判断した裁判例もあります(タジマヤ事件:大阪地判平成11年12月8日労働判例777号25頁)。また、法人格否認の法理を用いて事業譲渡の対象から外れた従業員を救済した裁判例もあります(日進工機事件:奈良地判平成11年1月11日労判753号15頁など)。

したがって、恣意的に従業員を事業譲渡の対象から外したとしても、訴訟などを通じ、結局譲受会社に雇用関係が承継されていると認定されてしまうリスクがあるということを認識しておいたほうかよいのではないかと考えます。

 

次回の予告

次回は、合併や会社分割によるM&Aの際の雇用関係の承継について取り上げますのでご期待ください。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久