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M&Aを想定して企業価値を高めよう

帝国データバンクのレポートによると2023年上半期(1月-6月)の倒産件数は、前年同期比31.6%増で、5年ぶり4,000件を超え14年ぶりに全業種で前年同期を上回ることになりました。
本件レポートでは注目の倒産動向として「業歴100年以上の老舗企業の倒産」「ゼロゼロ(コロナ)融資後倒産」「人手不足倒産」などが特徴としてあげられています。
ゼロゼロ融資の返済開始時期の本格化、物価高や電気代、円安等によるコストプッシュ圧力の高まりなど、外部環境の急激な変化により、本業の「収益力」が問われる局面へと突入しているようです。
こうした中、日ごろから企業価値向上に向けた取り組みをすることが、従来以上に重要となってきているといえるでしょう。

1.企業価値のブラッシュアップ

経営者は、自社を外部の第三者に承継するか、親族に承継するかに関わらず、日々、業績改善や、内部管理体制の整備などに取り組み、企業価値向上に努めています。
岸田内閣では「新しい資本主義」を掲げ、「スタートアップ育成5か年計画」を策定しスタートアップ企業の支援策を強化しています。スタートアップの多くは新規株式上場(IPO)を目指して、企業価値向上に取り組んでいます。これらのスタートアップの中には創業後、5~6年で株式上場できる企業規模まで事業拡大しているケースが多く、一般的な中小企業と比べて極めて高い成長性を有しています。その理由の一つは、IPOという出口をマイルストーンとして企業価値向上策を進めているからです。
今回は、IPOを目指していない企業であっても、社外の客観的視点で企業価値を可視化することにより、経営をブラッシュアップし、企業価値向上のスピードアップを図る方法について述べたいと思います。

 

2.企業価値の可視化

上場企業は、日々の株価推移により企業価値を時価で把握することが可能ですが、非上場企業の場合は、企業価値を適時適切に把握する方法がありません。しかし、非上場企業でも客観的に把握する方法はあります。
具体的には、M&Aが実施される際に企業価値を算定するために実施されるデュー・ディリジェンス(以下、DDという)という手法を通じて行うものです。DDは主にM&Aの買い手により実施されますが、経営者の主観に依存せず、企業のビジネスモデルや財務内容、知財の有無などをチェックし客観的に企業価値を算定できます。
視点を変えると、DDでの評価項目を活用することにより、経営者は自社の企業価値を自分自身で客観的に把握し、効果的にブラッシュアップを図ることができるといえます。

 

3.DDの評価項目からバックキャストした企業価値向上策

中小M&Aガイドラインによると、DDとは、対象企業である売り手に係る各種のリスクを精査するため、主に買い手がFAや士業などの専門家に依頼して実施する調査とされています。
DDの内容は事業、財務、税務、法務、人事労務、知財、環境、不動産、ITなど、多岐にわたりますが、ここでは、主要なDDとされる①資産・負債等に関する財務DD、②株式・契約内容等に関する法務DD、③ビジネスに関する事業DDの3つの視点についてみていきたいと思います。

(1)財務DDの評価ポイントから逆引きした財務対策
財務DDの調査項目や業務範囲は案件ごとに異なりますが、共通する一般的な調査要点として以下の項目があげられます。

①損益計算書分析
「正常収益力分析」
一般的にEBITDAを用いて分析します。EBITDAはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息および減価償却費を加えて算出します。キャッシュの出入りに注目し、設備投資額の大小やタイミングに左右されずに「会社が利益を上げているか」を正確に把握することができる指標です。業種により異なりますが、企業価値をEBITDAで除したEBITDA倍率が8倍を超えると割高と言われています。これは8年間で生み出すキャッシュフローが企業価値の目安となっているといえます。逆引きすると、このEBITDAを高める工夫が企業価値を高めるといえます。
「費用構造の把握」:費用を変動費と固定費に分解し、損益分岐点分析を行うものです。固定費の水準や変動費率(変動費÷売上高)を下げて損益分岐点売上高を引き下げることにより、儲ける力の高い財務体質を構築することができます。

②貸借対照表分析
「純資産調整」
在庫や有価証券、固定資産などの含み損失、および退職給与や貸倒引当金などの引当不足があれば純資産から控除し、実質的な純資産額を算出します。逆引きすると、評価損益や引当などの会計処理を適切に実施し、その上で純資産金額の向上を図ることにより企業価値を高めることができます。
「ネットデット/エクイティレシオ」
負債と自己資本のバランスから財務の健全性を見る指標です。ネットデットとは、純有利子負債とも呼ばれ、「有利子負債-非事業資産」として算出されます。非事業資産とは、事業価値の創造に貢献していない現預金、貸付金、有価証券や遊休不動産などのことをいいますが、簡便法として「有利子負債-現預金」で求められることが多いようです。当該比率は1倍以上あることが目安とされています。これは、返済義務のあるお金より返済義務がないお金のほうが多い状態であることを意味します。逆引きすると、このような財務状態を目指すことが企業価値向上に資するポイントといえるでしょう。

「偶発債務」
貸借対照表に記載されない簿外債務の一類型で、まだ発生していないが将来条件を満たした時に発生する債務のことです。具体的には、債務保証、訴訟による損害賠償債務、未払い賃金などがあげられます。中小企業は税務会計を採用していることが多いため、偶発債務が財務諸表に注記されることは少なく、M&Aの際に企業へのヒアリングを通じて明るみに出ることが少なくありません。偶発債務は、買い手にとってリスクとなるため、偶発債務を控除して企業価値を算定します。逆引きすると、経営者は偶発債務の内容や金額を正しく把握し、圧縮していくよう努力することで企業価値向上を図ることができます。

(2)法務DDの評価ポイントから逆引きした法務対策
法務DDの共通する一般的な調査ポイントとして以下のような項目があげられます。
M&A時の法務DDでは、買収に関する株式譲渡契約や合併契約などの内容も対象になりますが、ここでは企業価値向上のためのポイントであるため、除外します。

①法令等の遵守状況
法律や社会規範を遵守しているかどうかをチェックします。違反が発覚した場合、罰金や業務停止などの影響が出る可能性があるため、重大なリスクを防ぐために重要です。日ごろからコンプライアンス遵守体制の整備や周知徹底が企業価値向上に繋がります。

②知的財産権の確認
特許や商標などの知的財産権が適切に保護され、管理されているかを調査します。知的財産権は企業の価値を大きく左右するため、日ごろから企業の保有する知的財産の保全策を進めるとともに、第三者の知的財産の侵害がないよう適切な管理を行うことが重要です。

③訴訟・紛争の存在
企業が訴訟や紛争の当事者になっていないか、あるいは将来その可能性がないかを調査します。これは、将来的に発生する訴訟費用や賠償リスクが企業価値に影響するため重要なポイントです。顧問弁護士や法務担当者を活用した適切な法務管理や、組織規模に見合った内部統制など適切なガバナンスの強化、紛争が起こった場合に迅速な対応が可能となるようなルールや体制を事前に整備しておくことなどが重要です。

④労務問題
労働契約、労働条件や労働者の権利が法令や社会規範に則っているか確認します。労働問題は企業の評価やブランドに大きな影響を与え、罰金や訴訟につながる可能性があります。特に、近年は働き方改革に対応した労働法制の改正が実施されていることを踏まえて、未払残業代の発生や、ハラスメント問題などの発生を防止する体制・ルール作りが重要です。

(3)事業DDの評価ポイントから逆引きした対策
事業DDには様々な調査ポイントがありますが、中でも重要と思われる以下の4項目について示します。

①ビジネスモデルの評価
企業のビジネスモデルがどのように収益を生み出し、その持続性があるかを評価します。収益の源泉、コスト構造、価値提供の内容・方法を分析します。自社の事業が内外環境の変化に柔軟に対応できる持続可能なビジネスモデルになっているか継続的に見直しができる経営体制が必要とされます。

②市場環境の分析
市場環境の把握は、企業の将来的な成長と収益性の可能性を評価するために重要です。大きく成長する市場は、新たなビジネスチャンスを提供し、それに対応できる企業は高い価値を持つ可能性があります。ターゲット市場の規模、成長性、顧客行動の変化などについて社内外のリソースを活用して適切に行うことが必要です。

③競合分析
企業の競争優位性の維持・強化と市場での戦略的ポジショニングを決定するために重要です。マイケル・ポーターの「5フォース分析」などの手法を活用し、主要な競合企業、新規参入や代替品の脅威、顧客の交渉力、サプライヤーの交渉力などを分析することも有効な方法です。

④事業計画の評価
企業の現状分析だけでなく、将来の市場環境や競合状況を踏まえた中長期の計画の達成可能性とリスクを評価します。事業計画の評価は、企業が将来的に価値を生み出す可能性とリスクを評価する上で重要です。策定済の事業計画が現在の環境下でも達成可能なものになっているか、計画時に採用したKPIが有効な指標となっているかを継続的にモニタリングし見直していくことが重要です。

まとめ

今回は経営者目線で、企業価値向上のためにはM&Aにおける財務DDや法務DD、事業DDにおける評価ポイントを“逆引き”して活用することが有効であることについてお伝えしました。
直ちにM&Aがあるわけでもないなか、DDを実施するのはコスト負担やリソース配分の観点から現実的ではありません。しかし、第三者の客観的な評価軸を目標設定したりPDCAを回したりすることに活用することは、社員の目標や実績の可視化にもつながり、企業価値向上のみならず企業風土の活性化にもつながることでしょう。
DDの評価ポイントを経営に効果的に導入するため、M&Aや経営・財務・法務等に知見のある専門家を上手に活用することも、賢い経営者の選択肢かもしれません。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

交渉を有利に進めるコツ

M&Aの現場では、売り手も買い手も大きな意思決定を迫られ、”失敗できない”や”損をしたくない”という強いストレスに直面しています。そのため、手間や時間がかかることは当たり前としても、時には、合理的な判断ができなくなるほどの感情問題になってしまったり、交渉がこう着状態に陥ったり、最悪の場合、破談になってしまうことも珍しくありません。
一方で、積極的にM&Aを活用している担当者や経営者は、セオリーを押さえて交渉に臨んでおり、交渉の成功確率を上げています。交渉ごとには同じ状況が存在しないものの、一般的な交渉理論に基づいたコツを共有できればと思います。本日も最後までお付き合いください。

 

相手の交渉のパワーがどこから生まれるのか?を知っておく

交渉ごとには、立場があり、多くの場合、その立場に有利不利があります。
①期待度によるもの
交渉ごとを成立させたいという思いの強いほうが、残念ながら、交渉上の立場は弱くなってしまいます。つまり、初めての交渉にあたるケースや、自社サイドの締め切りが控えているケースなどがこれに当たります。
逆に言うと、交渉前の情報収集を入念に行い、相手側の期待度や焦り具合などを把握しておくことで交渉を有利に進められる可能性が大きく変わります。
一般的には、売り手企業のケースでは、業績が不振であるほど焦りが見られますし、金融機関から期限を設けられている場合はさらにその傾向が強まります。この場合の買い手側は圧倒的に有利に交渉を運ぶことが可能になるでしょう。一方で、独自の強みを持っていたり、業績好調な売り手企業のケースにで、複数の買い手による争奪戦が予想できます。
このように、相手先の背景や業況などの情報収集は、基本中の基本と言えるでしょう。

 

代替案の存在を確認する。

“後がない交渉相手”との交渉ごとは、おおむねこちらにとって有利に進められるでしょう。

では、相手に代替案があった場合はどうでしょうか?もし代替案を持っていれば、それほど交渉で弱腰になることはないでしょう。
例えば、「交渉ごとが決裂した場合、倒産するしかない」ともなればどんどん妥協してくるでしょうし、たとえ、高い金利であっても借り入れの目途がついており、倒産を免れる可能性があれば、それほど妥協して来ないのではないでしょうか?
つまり、相手の次の一手を知ることも交渉ごとを進める上で貴重な情報と言えそうです。

 

交渉タイプと交渉戦術

交渉には、ゼロサム交渉とプラスサム交渉の2つのタイプがあります。
ゼロサム交渉とは、一方が得をした同じ分だけ相手方が損をする場合です。交渉成立は難しくなりやすいでしょう。
一方で、プラス•サム交渉とは、交渉で得られるものを大きくしておいて、引き分けを狙う交渉術です。WIN-WIN交渉とも呼ばれます。例えば、現状価格で買い取る代わりに支払いを分割にするとか、取引先として継続的に付き合うなどです。
M&Aの場面では、1回限りの取引になりやすいのですが、なんらかの方法で、プラス•サム交渉とできないかの糸口を探すことが重要です。

それでもゼロサム交渉になることが多いわけですが、その場合に重要になるのは、先ほどお伝えした”情報”です。いかに相手のことを深く調べ、こちらの手の内を明かさないか、または、伝えるべき情報と伝えてはいけない情報を管理、区別するかです。特に重要な情報は、取引価格と言えるでしょう。
価格の決め方には、いろいろな方法がありますが、重要なことは、自社が買い手であれば、買値の下限値はいくらか?自社としての買値の上限値はいくらか?を自社内で分析・試算の上、設定しておくことです。
自社内での上限・下限を設定したら、相手方への伝えることになりますが、価格交渉においては、最初に提示する価格にもっとも影響を受けることがいろいろな実験で分かっています。
例えば、家電量販店で価格交渉をする場合、店頭価格から値切るのではなく、競合製品や自分の感じる価値によって試算した価格を伝えるべきです。相手側の譲歩枠をこちらで勝手に分析して1〜2割程度の値引きをお願いしていませんか?
もし、買い手として有利に交渉を進めたいのであれば、実現可能性があり、かつ自分たちにとって理想の価格を最初に提示し、根拠とともに伝え、価格交渉をします。この時に、法外に安い価格を示すと相手側から”問題外の交渉相手”と認識され、決裂するため注意が必要です。

ただし、先に希望価格を提示することは、交渉相手にプレッシャーをかけることになり、その後の交渉が有利になるだけではなく、最後に相手の希望価格を聞き入れて成立した際に、「こちらが譲歩した」形になります。これは、相手から見ると「譲歩を引き出した」となり、交渉ごとに勝った形になります。つまりwin-winの結果と言えるでしょう。

 

返報性の法則を利用しましょう

M&Aの場面では、交渉ごとの成立後も相手からの支援を必要としたり、こちらが支援するなど、できれば、円満な関係を持って取引を完了させたいものです。そのためにも、相手に勝たせたような交渉結果が得られことが望ましいです。少しずつ譲歩し、相手の譲歩を引き出したり、相手の譲歩に対してこちらも何らかの誠意を示したりするなど、譲り合いの関係性を築きましょう。
最初から自分たちのギリギリの条件を提示して、「不誠実なので駆け引きはしません」と言う担当者もよくいますが、相手からみると頑固で誠実さや柔軟性を欠いた態度と受け取られ、逆に交渉をこじらせる結果を招きやすいので注が必要です。

 

利益のミスマッチ

家電量販店の事例のように、交渉相手と同じ利益(お金)を追求することは「どちらが得したか?」という評価軸を生みだしてしまいます。では、もし、双方が別の利益を追求したらどうなるでしょう?

例えば、家電量販店であれば、「まとめ買いします!」との提案は、担当者の売上増加に繋がりますし、担当者が会員を増やしたいと考えているのであれば「会員になりましょう」という譲歩も交渉成立に有効でしょう。M&Aに置きかえてみると、売り手が売却価格重視ではなく、従業員の雇用確保や現金の入手スピードだとしたら、譲歩案は、従業員の雇用を確約し、即時現金支払いを約束することで、価格交渉を依頼することになります。

つまり、このような交渉結果を得るためには、お互いの追求する利益が何であるかを見極めることが重要です。

利益のミスマッチをうまく利用するためには、買収条件を提示する際に、できるだけ複数の課題を一度に提示することがポイントになります。例えば、合併交渉であれば、合併比率だけでなく、新会社の社名、本社所在地、トップ人事など、複数の主要な条件を一度に提示して交渉します。それによって、相手方が最も重視するポイント(利益)が浮き彫りになりやすく、それによって利益の交換を行う糸口をつかむことができます。
一方で、条件を一つずつ提示する形で交渉を進めていくと、それぞれがゼロサム交渉となり、立場の強い方にとって一方的に有利な展開となってしまいます。そうなると相手の不満が募り、いずれどこかで交渉が破談となるリスクが高まります。ご注意ください。

 

まとめ

今回は、交渉ごとをスムーズに、できれば、自分たちにとって好ましい結果を得るための交渉術について一緒に学んできました。私たちの日常生活には、このような大きな交渉ごとはないと思いますが、もしチャンスがあれば、少し試してみることで現場に活かせるスキルが身につくでしょう。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

 

売り手の確保につながるか?―大阪産業局の挑戦

売り手が不足しているM&A市場

企業の後継者の確保ができない場合に、事業承継を行う一つの方法としてM&Aがあることはいうまでもありません。

しかし、実際に事業承継の場面でM&A市場を見てみるとあることに気づきます。それは、企業を買いたいという買い手は比較的多い一方で、企業を売りたいという売り手は必ずしも多くはないということです。

買い手にとっては、新規事業を開始するのはもちろんのこと、自社の既存事業の対象地域を拡大したり、上流に進出したりする場合であっても、「ゼロイチ」、すなわちゼロから事業を立ち上げるのはリスクがあるうえ、十分なノウハウや顧客などを獲得するのには時間や労力がかかります。このため、ある程度事業について実績のある企業をM&Aによって取得することは経営戦略としても合理的なものといえ、買い手のニーズは堅調である印象があります。

他方で、売り手の立場からすれば、そもそも自分がいままで手塩にかけて育ててきた企業を売却すること自体、相当に重い決断を強いられることになります。特に自分が起業したのではなく、代々続いてきた企業を売却することを決断する社長が苦悩することは十分に理解できるところではないでしょうか。また、仮に自社をM&Aによって売却してもよいという決断をしたとしても、M&Aで売却した後も自社の企業の経営を安定的に継続してもらいたいとの思いから買い手を慎重に選ぶ傾向もあるように思われます。

このように中小企業のM&Aでは、売り手は慎重な判断をする傾向があることから、売り手を確保することが課題となっているように思われます。

 

大阪産業局の取組み

このような課題に対し、大阪産業局が令和4年度から「インターネット《事業引継ぎ支援》プロジェクト」(以下「本施策」といいます。)という興味深い取り組みをしています。(大阪産業局とは、大阪市と大阪府による中小企業支援組織で、平成31年4月に大阪府の大阪産業振興機構と大阪市の大阪市都市型産業振興センターが統合してできた公益財団法人です。)

本施策は、大阪産業局が大阪府から委託を受けて行うもので、登録専門家のアドバイスを通して、M&Aや事業譲渡を検討している企業の経営者がM&Aプラットフォームへ登録できるようにサポートするものです。

ここにいうM&Aプラットフォームとは、大阪府が連携協定を締結した株式会社M&Aサクシード、株式会社トランビ、株式会社バトンズが行っているM&Aのマッチングサイトをいいます。

 

登録専門家が行う支援

登録専門家は、中小企業診断士や税理士といった士業のほか、商工会議所なども含まれます。M&Aで会社の売却を検討している企業の経営者に対し、登録専門家が、会社概要の作成方法や株価算定などによる妥当な資産価値、アピールポイントなどをアドバイスします。また、登録専門家が、M&Aプラットフォームに企業を登載した後、どのような流れで進めていくのかについての説明を行うことも本施策には含まれています(ただし、M&Aプラットフォームに登載後に具体的な案件として進めていく場合の助言などは本施策の対象外となっています。)。

登録専門家は、大阪産業局が実施する研修を受講し、所定の試験に合格することなどが要件となっており、一定の質の確保が企図されています。

そして、登録専門家の報酬は、大阪産業局にて負担し、企業が負担することはありません。また、相談したい登録専門家がいない場合は大阪産業局が登録専門家を紹介することも可能となっています。

なお、本事業の対象となる企業は、①事業譲渡を検討している中小企業者又は小規模事業者であることのほか、②大阪府内に本店または事業所があることが要件となっています。

 

売り手の確保につながりうる施策に

そもそも特定の企業が行っているインターネットのプラットフォームに登載することについて、公的な組織である大阪産業局が予算を確保して関与するということ自体、M&Aによる事業承継において売り手がまだまだ少ないことを強くうかがわせるものといえます。

施策によって、登録専門家が自社を売りに出すことに抵抗がある企業の経営者に事業承継の重要性について説明をしたり、そもそも自社について買い手がいるのだろうかと不安に思っている企業の経営者に自社の強みを発見してもらったりすることが可能になり、売り手の確保に一定の期待ができるものと思われます。

大阪産業局による新たな挑戦ともいうべき施策により、M&A市場に多くの売り手が登場して活性化することはもちろんですが、少しでも多くの企業が後継者がいないことによる廃業を回避するきっかけになることを願ってやみません。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

M&Aの本当の成否を決めるのは~顧客の引継ぎ~

M&A専門誌「マールオンライン」を運営する株式会社レコフデータの発表によると、コロナ禍にあっても2022年の日本企業のM&A件数は4304件と、2021年の4280件を24件、0.6%上回り、2年連続で最多を更新しました。コロナ禍の収束に伴い、中小M&Aの動きはさらに加速すると思われます。

M&Aにより事業を承継する際に、大切だとわかっているのに譲渡金額や譲渡方法などM&A自体に目を奪われて、買収後の事業展開面で最も重要になる「顧客」の承継対策がおろそかになっているケースが散見されます。今回は買い手目線で見た場合の「顧客の円滑な承継」にフォーカスしてご説明したいと思います。

 

1.「顧客」承継の重要性

M&Aにより事業承継する際、承継すべき要素は多岐にわたりますが、株式の承継、経営権の承継、資産の承継などは、M&Aを実施する上で、主要な部分を占めています。

確かに、株式や経営権、資産を承継できればM&Aという“儀式”自体は成立します。しかし、M&Aそれ自体が目的ではなく、M&A後の事業の発展があって初めて目的が達成されるものです。「顧客」は事業成長と存続のための生命線であり、M&A後の事業の発展に不可欠な要素です。特に、理美容業・クリニック・学習塾・高級レストランなどは固定客比率が高い業種といわれており、固定客をいかに承継できるかによって、M&A後の売上高が大きく左右されることになります。

 

 

2.顧客は企業価値の源泉

「顧客が企業価値の源泉である」との考え方は、マーケティングの分野では広く認識されており、さまざまな学者や専門家によって提唱されてきました。

例えば、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは著書「Marketing Management」の中で、顧客満足度を最大化することが企業の成功につながると説いています。

また、マネジメントの神様といわれるであるピーター・ドラッカーも、その著書「The Practice of Management」には、顧客を満足させ、顧客の信頼を得ることが企業の持続的な成功につながると主張しています。

近年、株式上場を目指すスタートアップの企業価値評価方法として、「ライフタイムバリュー(LTV)」と「顧客獲得コスト(CAC)」を用いた手法が活用されることがあります。LTVは顧客一人当たりの生涯で企業にもたらす利益を予測したもので、CACは新たな顧客一人を獲得するためのコストです。LTVがCACを上回る場合、そのビジネスは成長可能性を持つと評価されます。顧客数×LTVにより顧客から生み出される将来収益の予測を行い、企業価値を評価することが、株式上場時の証券会社によるスタートアップのバリュエーションの算定や、スタートアップにベンチャーキャピタルが投資する場合の株価算定など投資活動の最前線で活用されているのです。

 

3.中小M&Aでよくある「顧客」承継にからむ落とし穴

中小M&Aでは、対象となる企業の経営者が創業社長であったり、ワンマンなオーナー社長であったりするケースが少なくありません。特に、エステや美容院などのサービス業の場合は、単なるオーナーではなく、自分自身がカリスマ店長としてナンバーワンプレイヤーであることが多いのも事実です。そうした場合、M&Aでオーナーチェンジしてしまうと、経営者目当てで来店していた顧客が離反してしまうことがあります。固定客比率が5割の事業を買ったつもりが、固定客の過半が経営者の顧客だったりすると収支計画の前提条件から見直す必要が生じてしまうのです。

同様に、M&Aの対象となることが多い業種としてクリニックやパーソナルトレーニングジムなどがあります。好立地や高機能な治療機器、トレーニングマシーンの豊富さなども魅力ではありますが、経営者との個人的な信頼関係が顧客維持のために重要な役割を担っているため、M&Aの際には、固定客のうち、経営者の固定客がどの程度を占めているのかを確認することは不可欠なポイントといえます。

 

4.DX化で広がる「顧客」承継の盲点、経営者個人によるSNSやサイト運営

近年は、経営者自身によるSNSやコミュニティサイトの運営など、多様なプロモーションが展開されています。特に、創業経営者の場合は、事業よりも、SNSやサイト運営がもとになって、事業が始められているケースすらあります。

株式譲渡によるM&Aでは、会社全体を買収するため、会社が運営するSNSやコミュニティサイトであれば引き継ぐことはできますが、運営者が変わることによりフォロアーが離反するリスクがあります。

さらに、事業譲渡による場合は、譲渡対象に運営サイトが含まれることを明確化しておく必要があります。会社資産の全体が自動的に承継されるわけではないためです。

また、オンライン学習事業などのEコマースの場合、会社とは別に経営者が個人的にコミュニティサイトを運営していて、プロモーション上重要な役割を果たしていることがあります。個人運営サイトの場合、M&Aで会社や事業を買収しても、買収対象にはならないため、M&A後の、新規会員獲得や既存客とのリレーション維持が困難になることもあります。

特に、アカウントの売買や譲渡を禁止するSNSもありますので注意が必要です。

M&A前に、会社が運営しているのか個人なのかヒアリングをしっかり行い、M&A後の一定期間は事業の引継ぎ期間を設けて、サイト運営についてもフォローしてもらうなどの工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

今回は買い手目線で、「顧客」を承継することの重要性についてお伝え致しました。オーナー自身が固定客を持っているケースは従来からありましたが、近年、DX化が進展しSNSなどによるプロモーションやコミュニティサイトの運営など、オーナー個人が顧客の獲得・維持に重要な役割を担う機能が拡大しています。

複雑なM&Aの手続きに専念しているとうっかり忘れてしまう部分かもしれませんが、M&Aはあくまでも手段です。M&A後に事業を発展させる目的を達成するためには、「顧客」の承継は不可欠ですし、DX化を踏まえた変化に対応することも必要です。

手段としてのM&Aは知見のある専門家を上手に活用し、最も重要な事業の成功に専念するのも、賢い経営者の選択肢ではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

税理士との打ち合わせで出てくる専門用語 パーチェス法とのれん

M&Aの現場では、いろいろな専門家の力を借りる場面が多くなると思いますが、専門家によっては、専門用語を多用するため、慣れない経営者やツナグのような新任担当者にとっては「???」となることが良くあります。「餅は餅屋」という、ことわざ通り「専門分野は、専門家に任せる」という考え方もあるとは思いますが、頻出の専門用語くらいは知っておいても損ではないですし、専門家との意思疎通も一層しっかりと取れるようになるのではないでしょうか?

本日は、税理士との打ち合わせでよく聞く専門用語として”パーチェス法”と”のれん”について、いつもの通り、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

パーチェス法って教科書に出てくる偉人の名前?

ツナグ:パーチェス法ってなんだか理科の実験で習ったような名前ですけど、実験とM&Aに何の関係があるんですか?

”パーチェス法”と初めて聞くと、確かに、どこか外国の科学者の名前にも聞こえてきますね。でも理科の実験とはまったく関係がありません。
パーチェス法とは、合併など企業の結合に際して採用する会計処理方法の一つのことで、買収される企業の純資産と買収金額の差額をのれんとして計上する手法のことです。パーチェス法では、統合される会社の資産や債務を公正価値によって評価し、企業合併による継承を事業の一括購入と考える会計処理方法になっています。他には、持分プーリング法という考え方もあるのですが、アメリカの企業結合の会計基準もパーチェス法を採用しているため、日本でも国際会計基準に合わせるような形で原則的にパーチェス法を採用していて、持分プーリング法を制限する傾向にあります。

ツナグ:のれん?そういえば”のれん”っていう言葉もよく聞くと思っていたけど、パーチェス法と関係があるんだね!

 

のれんっておそば屋さんのアレのこと?

M&Aにおいて”のれん”とは、先ほど説明した通り、買収される会社の純資産と買収金額の間に生まれる差額のことです。計算式は「買収金額ー純資産=のれん」となります。この差額は、資産に計上され、ブランド力などの無形資産が持つ価値を表しています。

ツナグ:「のれん」って聞くとお寿司屋さんやおそば屋さんの入り口に下がっているアレしか思いつかないけど、会計用語なんだね・・・。

いえいえ。ツナグさんの意見が正解です。実は、のれんの由来は、お店の軒先に掲げられる暖簾(のれん)に由来していると言われているんですよ。お店や企業において過去から積み上げてきた信頼、ブランド力や収益力の高さなどを含む、超過収益力が、目に見えない無形資産として会計上の専門用語でも使われるようになったんです。最近ではのれんの価値ということに注目が集まるようになってきており、のれんの中身を見えるような形にするため、顧客との関係や商標権、技術などに分類をする無形資産の価値評価なども積極的に行われるようになってきています。
一方で、のれんには”負ののれん”というものも存在します。

 

負ののれんで業績アップ?!

ツナグ:”負ののれん”?つまり、買収した金額よりも純資産の方が大きいってこと?お得な買い物をしたよっていう”しるし”のことじゃないですか!?

いえいえ、そういう意味ではありませんが、日本の会計上は、負ののれんをその期の特別利益に計上することになります。
ツナグ:買収してお金は出て行ったのに利益になるんだね。それって、僕たちM&A担当者が営業でもないのに、業績アップに貢献できるってことじゃないですか?!いいですね!
そうなりますね、つまり、純資産よりも安価な金額でM&Aを繰り返している企業は、業績とは関係なく利益が多く見えることがあるため注意が必要です。企業分析の際に「利益の内容もよく確認してください」とお願いしている理由にはこのようなこともあるからです。

ツナグ:なるほど。まさにマジックだね。

 

のれんの会計処理

先述の取り、正ののれんは資産として計上しますので、減価償却の対象となり、資産の価値を適正に評価できるようになります。繰り返しになりますが、負ののれんは償却できませんので「負ののれん発生益」として連結損益計算書の特別利益に記載します。(いずれも日本の会計基準で会計処理を行うときに限ります)
のれんの償却期間は、20年以内に定額法などの規則的な方法で減価償却することが定められています。なお、20年以内のため、3年、5年などの短期間で減価償却しても問題ありません。しかし、のれんが高額な場合に短期間で減価償却すると、1年あたりの減価償却額が増え、利益が生じにくくなります。のれんの効果とも照らし合わせたうえで、適切な償却期間を決めるようにしましょう。また、のれんの償却方法は、毎年同額ずつ減価償却をさせる定額法が一般的です。例えば500万円ののれんを5年で償却する場合は、1年あたりの減価償却額は100万円になります。

ツナグ:なるほど。車両や生産設備を導入したときと同じ会計処理をするんだね。会社という設備を購入したと考えるとイメージがしやすいです。

 

まとめ

今回は、M&Aの専門家が打ち合わせで使う専門用語であるパーチェス法とのれんについてツナグと一緒に学びました。これによって少しでも専門家との意思疎通が進み、モヤモヤが解消されることを願っています。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生②

破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合

前回は破産手続開始決定前に事業譲渡を行う場合について解説をしましたが、今回は、破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合について解説します。

破産手続は、清算手続ですので、破産者の事業は廃止されるのが原則です。しかし、事業を継続することについて特別の利益がある場合は、破産管財人は裁判所の許可を得て事業を継続することができます(破産法第36条)。ここにいう「特別の利益」とは、基本的には、事業の継続をした方が破産財団にとって利益となる場合を指します。したがって、事業譲渡をすることにより破産財団が増殖することが見込め、そのためには事業を継続することが必要であるといえることが必要となってきます。このほか、破産管財人が事業譲渡を行う場合も裁判所の許可が必要となります(破産法第78条第2項第3号)。

すなわち、破産管財人は、事業を継続することを第一に考えるのではなく、いかに破産した企業の財産を高額に換価するかということを最優先するのです。したがって、破産管財人が事業を継続したうえで事業譲渡を行うかどうかは例えば以下のような視点で検討をしていくことになります。

① 当該事業が黒字になるか。

事業を継続する目的が破産財団の増殖にある以上、当該事業が黒字であるかどうかは、事業継続の基本的な判断要素となります。

また、事業継続に伴う債務が財団債権となる(破産法第148条第1項第2号)となるため、当該事業が赤字になる場合は、その分破産財団を構成する財産が少なくなります。したがって、当該事業が赤字になる場合は、事業を継続しがたく、事業譲渡もしがたいでしょう。

② 当該事業が事業譲渡までのあいだ現金取引に耐えることができるか。

当然のことながら、破産手続中は信用取引ができないので、すべて現金取引で行うことになります。当該事業を継続する場合は現金取引に耐えることができるかどうかも事業継続の判断要素となります。

③ 当該事業の事業遂行上のリスクがあるか。

例えば、業務中に重大な労災事故が発生することが想定されるような事業であれば、その賠償により破産財団が減少してしまうおそれがあります。

④ 事業を行う人材が確保できるか。

破産した企業が事業を継続する場合、その主体は破産管財人となります。しかし、破産管財人が事業を実際に行うことは事実上不可能であるため、事業に専念できる信頼のおける者がいるかどうかも、事業譲渡を行う考慮要素となります。

 

どのような場合に破産手続開始決定後の事業譲渡を行うのか

これまでに述べてきたことからも明らかなように、破産手続開始決定後に破産管財人が自らの判断で事業を継続することを決めたうえで、事業譲渡をするというのは容易ではないと考えます。

他方で、破産手続開始決定後に破産管財人による事業譲渡を行うことができれば、当然のことながら否認権の行使のリスクはありません。その点で、破産手続開始決定後に事業譲渡を行うメリットがあるといえます。

破産管財人による事業譲渡を容易にするために、次のようなスキームが想定されます。

① 破産する企業が、自己破産申立てをする前の段階で、あらかじめ事業譲渡先を確保する。

② 事業譲渡先となるべき企業と譲渡対価、従業員の承継・その条件、税金・社会保険料および取引債務の承継等の諸条件について事業譲渡先から内諾を得ておき、あとは事業譲渡契約書を作成するだけの状態にしておく。

③ 自己破産申立てを行い、破産手続開始決定後のあとで破産管財人が事業譲渡先と契約を締結する。

このスキームを用いる場合、いかにして短期間で事業譲渡先を見つけ、条件面で内諾を得るかが重要になってくるといえます。また、譲渡先の企業が裁判所や破産管財人が納得できる(すなわち、適正な事業譲渡の対価を支払うだけの体力のある)ものであることを説明できるかどうかも重要なポイントといえるでしょう。

 

今後の活用が期待される破産による事業再生

これまで破産による事業再生はあまり活用されていなかったと思われます。確かに、破産による事業再生には、破産手続開始決定前の破産管財人による否認権行使のリスクや破産手続開始決定後の破産管財人が事業譲渡を行う判断をしないリスクなどがありますが、それよりもやはり破産した企業から事業を譲り受けるというマイナスのイメージが原因となっているようにも思われます。

しかし、民事再生と比較し、短時間で行うことができること、裁判所への予納金等の費用も安価にすることができること、どの事業を事業譲渡の対象とするかについて比較的融通が利くことからすれば、破産による事業再生は、条件さえ整えば検討すべき手法であるとも思います。今後の活用が期待されるところです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

海外企業とのスモールM&Aで“うっかり法令違反”

M&A専門会社のレコフデータの発表によると、2022年の日本企業が関連したM&A件数は、21年の4,280件を24件上回る4,304件となり、2年連続で過去最多を更新しました。

事業承継ニーズは引き続き高いため、中小企業のM&Aを活用した第三者承継も当面は高水準で推移すると思われます。

今回は、国内企業同士のM&Aではなく、海外企業を買い手としたM&Aに着目し、“今どき”の国際情勢を反映した留意点についてご説明したいと思います。

1.円安で押し寄せる外資の波

 

2022年10月、円相場は一時1ドル=150円台まで値下がりし、1990年8月以来およそ32年ぶりの円安水準を更新しました。円安は輸入する原燃料や食料品等の値上がりの要因となりましたが、「外資の日本買い」を促進する要因にもなっています。

円安は、外国人観光客の購買意欲回復など、プラスの効果として捉えられる面もありますが、日本の都市部や観光地の不動産買占めなど、マイナス効果として捉えられる報道も少なくありません。

M&A Onlineによると2022年(1-12月期)の日本企業が関与するM&A公表案件は前年比19.5%減少ながら、海外企業が日本企業を買収するOUT-IN案件は17%増加と拡大しています。

2.経済安全保障と海外企業の国内企業向け投資

 

2023年3月経済産業省国際投資管理室は、「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」を公表しました。これは、近年、国際情勢の複雑化する中、経済安全保障が国家として対応すべき課題となってきたことに対応したものです。

主な内容は、次のとおりです。

・海外企業による国内企業への投資(以下、対内直接投資といいます)は優れた技術やノウハウをもたらし、我が国経済の成長に資するもの

・政府としては投資活動の自由を確保したいが、安全保障に対処するため、政府が指定する業種に対して海外企業が投資する場合は、所管省庁による事前審査が必要

・審査のため事前届け出が義務付けられるが、海外企業が経営に関与しない場合かつ指定業種以外への投資の場合は事後報告でよい

これらの制度自体は2019年の外為法改正時にすでに構築済のものです。しかし、多くの中小企業は外為法等の知識や対応するリソースが不足しています。2022年12月に「安全保障貿易管理ガイダンス」をリリースし、輸出取引における注意喚起をしたのに続き、本件公表により海外企業からの投資を受ける際の注意喚起をしたようです。

3.改正外為法案に抗議したスタートアップ企業

 

財務省が公表した「対内直接投資等に関する事前届出件数等について」(2022年6月)によると、2021年度中に海外企業が日本企業に投資をするために政府に届け出た件数は、上場会社183件に対し、非上場会社は1,222件でした。前年度は上場会社164件に対し、非上場会社は1,117件であり上場・非上場企業とも増加しています。

また、非上場会社の届出件数のうち7割(851件)は経営関与のある投資内容であることが大きな特徴です。非上場会社の多くは中小企業であると推察されますが、相手が中小企業であっても海外企業の多くは“モノ言う株主”であるということです。

ところで、2019年に外為法が改正される際に、海外からの資金調達を進めていた日本のスタートアップ企業は、外為法の当初改正案に反対した経緯があります。

当初改正案が、規制に軸足を置いていたため、先端技術の開発や、新しいビジネスモデルの展開のために海外投資家から資金調達を拡大しようとしていたスタートアップ企業にとっては、足かせとなるものと受け止められたからです。

当時は、2018年に株式上場したメルカリやSansanなど、スタートアップ企業が株式上場前に海外企業から巨額の資金調達をして、成長を加速していた時代背景がありました。

しかし、当初改正案では事前届出が必要な指定業種には「受託開発ソフトウェア業」、②「組込みソフトウェア業」、「パッケージソフトウェア業」、「情報処理サービス業」、「インターネット利用サポート業」などが含められることになりスタートアップ企業が海外企業から投資を受ける際に、事前届出を求められるケースが大幅に増加し、機動的な資金調達が阻害される可能性があったのです。

日本ベンチャーキャピタル協会やスタートアップを支援する弁護士等が、パブリックコメントに際して規制緩和を訴えたことを受けて、以下の条件を前提として事前届け出が免除されるなど、規制が一部緩和されました。

①外国投資家自ら又はその密接関係者(※)が役員に就任しない

②指定業種に属する事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しない

③指定業種に属する事業に係る非公開の技術情報にアクセスしない

④コア業種に属する事業に関し、重要な意思決定権限を有する委員会に自ら参加しない

⑤コア業種に属する事業に関し、取締役会等に期限を付して回答・行動を求めて書面で提案を行わない

(※)外為法上の用語。過半数の議決権を有する法人や親族など

4.事前届出といっても「審査」がある~経済安全保障の壁

外為法の事前届出は、「届出」といっても所管官庁による「審査」が実施されます。

届出後30日以内に審査結果が出ますが、国の安全に問題がある場合は中止等の命令がなされ、M&A自体が成立しないことになります。

また、事前届出せずに出資やM&Aを実行した場合や命令に従わない場合は罰則が規定されています。

「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」では、問題のある取引として次のようなケースを紹介しています。

①技術の軍事転用:A国が、軍事転用が可能な機械部品を製造する日本の工作機械メーカーB社を買収し、B社の有する機械部品の設計製造技術がA国に流出した。

②供給の途絶:A国のファンドが防衛装備品を製造している日本のB社を買収。A国のファンドはA国政府の支配下にあり、卸先を日本国内ではなく、A国への優先供給に切り替え、国内への供給が絶たれた。

③基盤技術の流出:A国が、日本の製造業の基盤となる半導体製造技術を保有するB社を買収し、当該技術が流出。A国は当該技術を使って、同等製品を安価に製造可能となり、日本の製品が売れなくなった。

 

事前審査の対象となる業種は、上記の軍事技術のように明らかに問題のある分野ばかりではありません。

「航空」「原子力」「宇宙」「医薬品・医療機器」など高度に専門性の高い分野の他、「電気業、ガス業、熱供給業」「水道業「通信事業、放送事業」「鉄道業、旅客運送業」などのインフラ関連、「集積回路製造業」「半導体メモリメディア製造業」「情報処理サービス業」「ソフトウェア業」などのサイバーセキュリティに関する業種など、実は幅広い業種・業界が対象となっており、うっかりすると「自分の会社は関係ないと思っていたのに」ということになりかねません。

 

まとめ

海外企業を買い手とするM&Aは、外為法や経済安全保障上の規制など、国内M&Aにはない規制があり、知らずに着手すると“うっかり”法令違反となってしまうこともあります。

また、今回ご説明したような、法令・規制上の課題はもちろんのこと、海外企業に買収された場合の、買収後の組織文化の融合など、様々な検討課題があります。

海外企業が買い手のM&Aについては、海外企業とのM&Aに知見のある専門家に相談し、海外企業特有のリスクを十分に加味した上で、慎重に検討しましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

自社の目的にもっともフィットするM&A手法の選びかたは? その2

みなさま、こんにちは!
前回のお話の続きです。「自社の経営課題を解決するためにもっとも適したM&Aの手法」を選ぶために検討すべきことについて新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。
まずは、簡単に前回の振り返りをしましょう。

前回は、そもそも、「M&A」と一口にいってもそのスキームにはどんなものがあり、それぞれどんな特徴があるのか?について一緒にみてきました。自社にとってベストの手法を選択するためには、M&Aに取り組む自社の目的や様々なステークホルダーの要望など、多角的に検討する必要があるというお話でした。

今回は、具体的にどのようなことを検討する必要があるのか?の5つの着眼点について考えていきましょう。
前回同様に広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むと言われていますが、本コラムの読者層を踏まえて、それらを除いた残りのスキームを念頭においてお話しします。

 

M&Aのスキームを選択する際に検討すべき5つのポイント

ツナグ:えーっ!5つも考えなきゃならないの?!

そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。逆に、5つに整理することで、それぞれの手法を選択した場合のメリットとデメリットを整理できれば、それが、自然とステークホルダーの意思統一に繋がり、折衝や検討の時間短縮に繋がります。

まず、担当者としては、経営統合作業の進めやすさと経営統合の目的であるシナジーを発揮しやすいかどうかを検討する必要があります。シナジーとは、「複数のものがお互いに作用し合い、効果や機能を高めること」という意味ですが、つまりは「相手の組織と組むことによる自社のメリット」と同じような意味で捉えていただければ大丈夫です。

組織内外からのさまざまな圧力があり、統合作業を慎重に進めたいケースや、買収対象企業をそのまま存続させたいケースなどは、株式譲渡や株式交換、株式交付を利用するのが良いでしょう。統合作業をじっくり進められるためリスクは小さくできるものの、逆に言うとシナジー効果が発揮されるまでに時間のかかることが多いようです。
逆に、買収対象企業の存続が危ういため統合作業を急ぐ必要がある場合や、早急にシナジー効果を得たいと考える場合、リスクは少々高くなりますが、思い切って組織を速やかに一体化させることを検討しましょう。“合併”もしくは場合によっては、“事業譲渡”が適していると思われます。ただし、給与体系などの人事制度や情報システムにどの程度の違いがあり、統合によって発生しそうなトラブルについて十分な検討と対策を準備しておく必要があります。
ツナグ:事業譲渡は、事業譲渡の範囲を狭くすれば、素早くできる可能性が高まりそうだね。

次に検討すべき項目としては、相手の会社を子会社化するのか、それとも、対等な立場で統合するのか?があります。これは、両社の株主や取引先、顧客などのステークホルダーの意見を取り入れた上で検討してください。単純に子会社化するだけであれば、株式交換、株式交付、株式譲渡、新株引受なども考えられます。一方で、対等な立場での経営統合であると言うことを世間や従業員にアピールしたい場合などは、株式移転を活用した持ち株会社制度や合併が考えられます。
例えば、新たな会社を新しく設立し、そこに両方の会社を参画させるホールディング会社制度であったり、2社が合併して、両者の会社名を並べて新会社名にしたり、などがよくあるケースですね。
ツナグ:金融機関でよく見るタイプだね。

そして、支配権を取得する相手先企業がどれくらい健全な状態か?についても検討すべき項目になります。なぜなら、経営を統合するわけですから、不健全な経営を自社に取り込むことになるからです。具体例としては、相手先が長期かつ大きく債務超過をしているケースや帳簿に載っていない大きな借入金があったり、などは、会社丸ごとではなく、その事業だけを“事業譲渡”の手法で取り入れることを検討しましょう。予見できないリスクを排除できます。
ただし、事業譲渡の場合、どこまでが譲渡を受けた範囲なのか?であったり、競業避止義務の期間や範囲など、取り決めるべきことが広範に渡ったりするため、担当者の業務負荷が大きくなることになります。

ツナグ:業務が増えるのだけはヤダ!だけど、こうして聞くと、どれも当然のことだけど、本当にいろいろな視点で検討する必要があるんだね。

 

自社の都合だけでは決められない買収スキーム

M&Aにおいては、買収企業以外にも様々なステークホルダーがいます。その中でも最も大きなステークホルダーは、買収対象企業のオーナーや株主になります。
例えば、買収対象企業の株主が現金を希望するのであれば、株式交換ではなく、株式譲渡となります。一方で、買収対象企業の株主が買い手企業の株式を対価として望んでいる場合は、株式交換、株式交付、合併、吸収分割なども考えられます。ただし、一般的には、買い手企業が上場会社でなければ、これらのスキームが選択されることはないでしょう。
逆に、買い手に資金がたくさんあれば、現金を対価とした買収は可能ですが、資金調達余力に乏しい場合は、株式交換や合併といった株式を対価としたスキームを中心に検討することになります。ただし、買い手が上場企業の場合または近い将来に上場の計画をしている場合に限られます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶために検討すべき内容を一緒に考えてきました。

1.経営統合作業をスムーズに行えるか否か?
2.経営統合の目的であるシナジーを発揮できる手法は?
3.相手の会社を子会社化するのか?それとも対等な立場で統合するのか?
4.支配権を取得する相手先企業の経営の健全性はどれくらいか?
5.買収対象企業の株主の希望は、現金か株式化か?

これ以外の切り口として、経営資源活用の観点から4つ分けることもできます。いずれにしても、“手段の目的化”を防止するためには、前提条件をステークホルダー間で共有しておくことが重要です。
また、M&Aの場面では、ステークホルダーそれぞれの思惑が複雑に絡み合うため、時には妥協することもしばしばです。今回の5つの観点がお互いに絡み合っているのはそのためです。

なお、本コラムは、初めてのMA&担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を一部簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言をもとに取り組むことをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士  山本哲也

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生①

小規模な企業になじむ破産による事業再生

 倒産手続において、破産は典型的な清算型の手続と位置づけられます。清算型の手続とは、企業の債権債務関係を清算し、法人格を消滅させる手続をいいます。すなわち、破産は典型的な会社をたたむための手続といえます。

 したがって、少なくとも法律論としては、裁判所を通じた手続を用いて事業を再生する場合は、清算型の破産ではなく、再建型の民事再生を用いるべきであるといえます。

しかし、民事再生の場合は、法的手続それ自身に多額の費用を要すること、手続自体が複雑であることなどから、利用するハードルは決して低いものではありません。実際、帝国データバンク『全国企業倒産集計2020年度』によれば、2020年度の倒産件数のうち、破産は6718件(構成比91.9%)なのに対し、民事再生法は260件(同3.6%)にとどまることからも民事再生をすることが容易ではないことがうかがえます。)特に、規模の小さい企業において民事再生を用いて再建を図るのは決して容易ではありません。

 実は一見矛盾しているかもしれませんが、破産手続により事業再生を行うことがあります。今回は「破産による事業再生」について、説明したいと思います。

 

破産による事業再生はどのような方法で行うのか

破産による事業再生の主な方法は、企業のうち、業績が好調な事業を事業譲渡し、事業譲渡後に、当該企業の法人格を破産手続により消滅させるというものです。民事再生のような多額の費用や手間を要することなく、柔軟に好調な事業のみを残せるという点で規模の小さい企業であっても事業継続しやすいという点にメリットがあります。

しかしながら、破産による事業再生を行うにあたってはさまざまな留意点があります。

 

破産申立前に事業譲渡を行う場合

通常、破産申立てを行う前には、いったん事業を停止します。しかし、事業の性質上常に事業を継続しておかなければならないものの場合は、少しの間であっても、事業を停止することで事業価値が大きく毀損することがあります。

また、次回で説明する破産手続開始決定後に事業譲渡をする場合は、事業譲渡までかなり時間がかかることがありますが、破産申立前であれば迅速に事業譲渡を行うことができ、その分事業価値が損なわれるのを最小限にすることができます。

その一方で、破産申立前に事業譲渡を行うと、リスクが生じる場合があります。それは、事業譲渡の価額等が適正でない場合は、破産手続開始決定後に破産管財人により否認権を行使されてしまうということです。

実際、事業譲渡当時、支払不能の状態にあった企業につき、企業の責任財産の引き当てが減少することになることからすれば、債権者を害する行為に該当するなどとして、破産管財人による否認権行使の対象となるとした裁判例もあります(東京地決平成22年11月30日金商1368号54頁。なお、この裁判例では事業譲渡の譲受会社が譲渡会社の債務につき重畳的債務引受をしなかったことも詐害行為否認の対象となる根拠とされています)。

したがって、破産管財人による否認権行使のリスクを少なくするためにも、破産手続申立前に事業譲渡を行う場合は、少なくともその対価についての根拠を明確にするとともに、事業譲渡の対価たる金銭について、全額を破産管財人に引き継げるようにする必要があるでしょう。

 

破産申立後から破産手続開始決定前の間に事業譲渡を行う場合

破産申立を行ったとしても、必ずしも破産手続開始決定がすぐに出されるとは限りません。

破産申立てから破産手続開始決定までの間も事業継続をしなければ事業の価値が毀損されるような場合は、利害関係人の申立て等により裁判所による保全管理命令(破産法第91条)によって選任された保全管理人により事業が継続されることとなります。

では、保全管理人による管理の段階で事業譲渡をすることができるのでしょうか。破産法上保全管理人が「常務に属しない行為」をするには、裁判所の許可を得なければならないとされています(破産法第93条第1項)。事業譲渡は基本的には常務に属する行為とはいえないので、裁判所の許可が必要となります。このほか、事業譲渡を行うために必要な株主総会決議(会社法第467条)が必要であるのかについては解釈上争いがあります。理論的には、破産手続開始前となるので株主総会決議は必要であるようにも思えますが、決議は不要という運用をしている裁判所もあるようです。

ただし、そもそも、保全管理人による管理は破産申立てから破産手続開始決定までのいわば過渡期として現状を維持すべき状態といえますので、あえてこの段階で事業譲渡をしなければならない必要性は少ないでしょう。

次回の予告

次回は、破産手続開始決定後の事業譲渡について、そのメリット・デメリットなどについて解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

スモールM&Aの“急所” ~「賃貸借契約書」だけでなく「オーナーの意向」把握が重要

1.スモールM&Aの対象となる企業
~店舗やオフィスを賃借している中小規模の企業

スモールM&Aで譲渡対象となる企業や事業について、特段、定義があるわけではありません。しかし、小規模事業者のM&Aでしばしば対象となっている飲食店、理・美容院などの店舗型ビジネスや会計事務所、設計事務所などのオフィスワークのあるビジネスは、自社で不動産を保有せず、営業所や事務所のスペースを賃借しているケースが多いように思われます。

今回は、こうした業種・業態のM&Aにおいて買い手の方に注意して頂きたい点について取り上げたいと思います。

 

2.M&A交渉には期限がある?

スモールM&Aで売り手と交渉をする場合、いくつか重要なポイントがあります。譲渡価格や譲渡スキームなどがあげられますが、「交渉期限」も重要なポイントのひとつです。

売り手=経営者とっては自身が手塩にかけて育ててきた事業ですから、売却しようと判断したのは相当の理由があってのことです。しかも、「今」行動を起こしたということは「いつまでに」しなければならないという目処があってのことなのです。

従って、ノンネームシートに明確なM&Aの期限が示されていない場合でも、買い手は売り手が「いつまでに」売却しなければならないのか探りを入れることがM&Aを進める上で不可欠なことなのです。

例えば、売り手が投資ファンドから出資を受けているスタートアップ企業だった場合、投資ファンドにはファンドを清算しなければいけない期限が定められているため、保有している株式を期限までに売却して現金化しようとします。つまりファンドの清算期限が交渉の期限になります。また、売り手が3月決算会社だった場合、決算が確定する6月末までに売買を実行しないと、株価算定根拠である決算数値が変わってしまい、譲渡価格交渉が振り出しにもどります。そこで、6月末までにM&Aを確定しようと交渉に臨むことがあります。

また、営業所や事務所のスペースを賃借している業態」の場合、「賃貸借契約の更改期限」が交渉期限になることが非常に多くみられます。理由は、オフィスや店舗の賃貸借契約を中途解約すると違約金等のコスト負担が発生するためです。

契約により条件は異なりますが、安いものでも「1ヵ月分の賃料および共益費」、なかには「残存契約期間の賃料」などとするものがあります。月額賃料が30万円だったとしても半年間の賃借期間が残っていると180万円もの違約金支払いがかかってしまいます。加えて、M&Aできずに閉店する場合には、退去に際して原状回復費用の負担がかかります。小規模店でも原状回復費は坪単価3~5万円程度かかることが多いため、20坪の店舗ですと60万円~100万円もの費用が必要となります。

こうしたコスト負担を回避するため、スモールM&Aでは賃貸借契約の更改期限を目処に交渉が進められることになるのです。

買い手は、売り手との交渉を有利に進める上でも、早い段階で、「賃貸借契約の期限」など売り手がいつまでにM&Aしたいと考えているのかを把握することが大変重要になります。

3.売り手オーナーも気づかない「不動産オーナー」の意向
~不動産オーナーの意向で案件ブレーク?~

売り手との交渉が順調に進んでいたのに、クロージング直前に不動産オーナーの承諾が得られずにM&Aが破談となってしまうことがあります。

不動産オーナーが承諾しないのにはさまざまな理由があります。例えば、売り手の法人の方が買い手の法人より信用力が高い場合は当然として、不動産オーナーと売り手の経営者が個人的に懇意にしている場合などは、買い手と不動産オーナーとの相性が良くなかった結果、契約の更改ができずM&Aがブレークしてしまうことすらあります。

こうしたことが生じるのは、もともと不動産賃貸借契約にはいわゆる「COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項」が規定されているためです。契約書上は「賃借権の譲渡の禁止」として以下のような文言で記載されています。

(例文)「賃借人は、賃貸人の事前の書面による承諾の無い限り、第三者に賃借権の一部又は全部を譲渡してはならない。なお、賃借人が法人である場合、法人の代表者や役員の変更、株主構成の変更等によって実質的な経営主体の変更があった場合は、賃借権の譲渡があったものとみなす」

契約上にCOC条項を設けておくことで、不動産オーナーの意にそぐわない借主が入居してしまうことにより発生するトラブルを防止しようというものです。

M&Aを行うと、株式譲渡の場合でも経営者は買い手に変更になりますし、事業譲渡の場合は、経営者だけでなく、賃借人である会社そのものが変わります。

買い手がM&Aを実現するために売り手との交渉に注力するのは必要なことですが、“ちゃぶ台返し”に会わないように、ある程度、交渉が進んだところで、不動産オーナーの意向を確認することが重要です。

4.契約更新に伴う賃料値上げ ~不動産オーナーとの面談も重要

コロナ禍が収束しつつあるなか、オフィスや店舗の賃借需要も回復の兆しが見えてきました。こうした環境下、賃料アップを検討している不動産オーナーが増えているようです。

不動産オーナーによっては、賃貸借契約の更改や賃借人が変更になるタイミングに合わせて、賃料の見直しを持ちかけてくることもあるようです。

不動産オーナーにとっては当然の経営判断なのですが、賃料の上昇は買い手にとって大きな負担になります。

まず、イニシャルコストの増加です。通常、敷金は月額賃料の2~3倍などと賃貸借契約に規定されています。仮に月額賃料30万円だと敷金と初回賃料合わせて90~120万円も必要になってしまいます。つぎにランニングコストの増加です。賃料上昇により、M&A後の固定費が高くなると、投資回収期間が長期化するとともに資金繰り計画の見直しも必要になります。

 

 

5.まとめ

賃貸借契約書のCOC条項は、スモールM&Aを進める上での留意事項として、しばしば取り上げられるポイントです。しかし、実務上は賃貸借契約書だけ見ていても不十分でなのです。

売り手との交渉がある程度進んだ段階で、不動産オーナーの意向をしっかり確認することがクロージングのためには重要な要素となります。

買い手交渉の経験もある専門家なら、案件に応じて適時、的確なアドバイスをしてくれるのではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)