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M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そして、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」としました。

そのうえで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか(なお、表明保証が万能ではないことについては、拙稿「本当はこわい表明保証条項」(https://stella-consulting.jp/archives/577)もご参照ください。)。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか②

不正競争防止法における営業秘密

前回のコラムにおいて、秘密保持契約における秘密とは、当事者が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(不正競争防止法第2条第6項)と同様の情報を意味するとした裁判例(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)をご紹介しました。今回はこの営業秘密についてもう少し詳しく解説をしたいと思います。

例えば、M&Aの交渉において買い手が売り手から入手した技術的な情報や顧客情報等を自社の事業のために利用した場合を想定してみましょう。売り手としては、当該情報こそが自社の強みであり、競争優位性のもととなっていることも十分考えられます。すなわち、仮に当該情報が競合に流出してしまうと場合によっては売り手の経営基盤が失われることにもなりかねません。

そこで、不正競争防止法は、所定の条件を満たした企業が保有する情報について、窃取等の不正の手段によって取得ないし使用したり、第三者に開示したりした者に対し、損害賠償請求や差止請求といった民事上の措置のほか、刑事罰の対象とすることとしています。ここにいう所定の条件を満たした企業が保有する情報が営業秘密にあたります。

 

営業秘密の3つの要件

不正競争防止法において、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうと定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。

この定義から、営業秘密として法的な保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

①秘密管理性:秘密として管理されていること

②有用性:有用な技術上又は営業上の情報であること

③非公知性:公然と知られていないこと

ここにいう、「秘密管理性」とは、情報にアクセスした者が当該情報について営業秘密であると客観的に認識できることをいうとされています。例えば、「部外秘」等といった記載がある場合や、アクセスするためには一定の権限が必要となるような設定がされているような場合がこれにあたります(その意味で当該情報がどのような形で管理されているのかも秘密管理性の重要な要素であるとされています。)。なお、営業秘密の管理については、経済産業省が策定した営業秘密管理指針が参考になります。

また、「有用性」とは、文字通り客観的に有用な情報であることを意味します。もっとも、有用性が要件とされている趣旨は、あくまで反社会的な情報を保護対象から外すという点にあります。このため、具体的な情報の立証が求められることは多くはなく、当該情報のおおよその内容が意味のあるものであれば基本的にこの要件は充足されるものとされています。

そして、「非公知性」とは、当該情報が実際に知られておらず、かつ情報の保有者の管理下以外において知られる可能性もないような状態であることをいいます。ただし、個々の情報それ自体はすでに広く知られている情報であっても、これらの情報の組合せることなどによって、非公知性が認められることもあります。(余談になりますが、企業が自社の技術を守るための方法として特許が考えられますが、特許はあくまで公開が前提ですので、特許出願の内容が公開されることによる模倣リスクを避けるため、あえて特許出願をせずに営業秘密とすることもあります。)

 

秘密保持契約の限界

今回は、平成24年の大阪地方裁判所の判決を踏まえ、不正競争防止法における営業秘密の意義について解説をしました。これらの解説の内容を踏まえると、不正競争防止法における営業秘密であれば秘密保持契約を締結しなくとも法的に保護される一方、秘密保持契約を締結しても営業秘密に該当しなければ法的な保護を受けることができないと考えた方もいるかもしれません。そのような考えは、必ずしも間違いであるとはいえないでしょう。

しかし、例えば秘密保持契約において具体的な情報(例えば「令和5年度の弊社顧客名簿記載の顧客の氏名及び住所」など)を適示したうえで、秘密に当たると定義した場合など、営業秘密としては保護されなくても秘密保持契約上保護されることもありうると考えます。

また、少なくともM&Aにおいて売り手に対し、買い手は秘密を不用意に第三者に開示することはないという信頼関係を構築していくうえでも秘密保持契約は一定の機能を有しているともいえます。

とはいえ、法的な保護にも限界があるうえ、そもそも一度漏洩された情報を再び秘密にすることは困難を伴うことから、売り手としては買い手に対し、開示する情報の内容、詳しさ、開示方法などについて慎重な検討をする必要があるといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか①

M&Aの交渉の際などに締結される秘密保持契約

M&Aのみならず、企業同士で業務提携をする場合、中小企業診断士が企業のコンサルティングをする場合のほか、従業員が退職する場合など、ビジネスにおいて自社の秘密情報が漏れないようにするため秘密保持契約が広く用いられています。

秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、企業が保有する顧客名簿や新規事業計画、価格情報、製造方法、ノウハウなどの秘密情報を相手方に提供する場合に、相手方が情報を第三者に漏らすことを禁止することを企業が求める契約をいいます。企業は外部に知られたくない情報を多く保有する一方、さまざまな理由により当該情報を相手方に提供する必要が生じたときに秘密保持契約が締結されます。

企業としては、秘密保持契約を締結した以上、企業が保有する情報が守られると考えるのはある意味当然のことといえます。しかし、実際は秘密保持契約さえ締結すれば万全であるとは言い難いようにも思われます。

 

実際にはハードルが高い企業間の秘密保持契約における責任追及

秘密保持契約も契約である以上、当事者間に法的な拘束力が生じることはいうまでもありません。法的な拘束力が生じるということは通常契約に基づく義務違反があった場合は裁判所に対して訴訟という形で救済を求めることができることを意味します。具体的には、秘密情報の利用をやめさせる差止請求や秘密情報の利用によって生じた損害について損害賠償請求をするというものです。しかし、実際にはこれらの請求を求める旨の訴訟をするのは、なかなかハードルが高いようにも思われます。

例えば、秘密保持契約では、「本契約の履行にあたり、甲が秘密である旨を明示して開示する情報及び本契約の履行により生じる情報(以下『秘密情報』という。)を秘密として取り扱い、甲の事前の書面による承諾なく第三者に開示してはならない」などと規定されます。

そうすると、相手方が秘密保持契約に基づく義務に違反したというためには、秘密情報を第三者に開示したことを主張・立証する必要があります。しかし、秘密情報を第三者が保有していたとしても、それが契約の相手方がいつ、どのような形で第三者に開示したのかを把握し、立証することは容易ではありません。第三者による秘密情報の第三者への開示は企業が知らないうちに行われることがほとんどであるからです。

また、仮に義務違反を主張・立証できたとしても、それに『よって』いかなる額の損害が企業に生じたのかを立証することもまた容易ではありません。

さらに、裁判所による手続を行うと相当の時間を要します。特に差止請求の場合は、裁判所による判断が出るまでの間、相手方は当該秘密情報を用いたり、第三者に開示したりすることができます。差止請求の場合は訴訟よりも比較的早く進む仮処分を行うことになりますが、それでも早くとも数か月を要することとなります。

 

秘密情報を狭く解釈した裁判例

上記のような主張・立証の問題や、裁判所における手続に要する時間の問題は、法的手続をとる際に検討を要する問題であり、秘密保持契約に固有の問題とはいえないとも思われます。しかし、秘密保持契約による義務違反の責任追及に関しては、以下のような問題もあります。

通常、秘密保持契約においては「『秘密情報』とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう」などと定義されます。

この定義であれば当事者が秘密であると明示すれば当然に秘密情報に該当するはずです。しかし、裁判例では、「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である」(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)としたものがあります。

この裁判例によれば、秘密保持契約における秘密とは、企業が秘密であると明示するだけでは足りず、不正競争防止法における営業秘密と同様の内容のものである必要があると裁判所は考えているのです。

いわば契約書に記載のない要件を付加しているという点で、この裁判例は注目すべきものということができます。

では、ここにいう不正競争防止法における営業秘密とはどのようなものをいうのでしょうか。この点については、次回に説明をしたいと思います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aの目的達成に不可欠なPMI

M&Aの成立はゴールではなくスタート

買い手にとって、M&Aが成立してもそれだけでは安心することはできません。なぜならば、仮に問題なくM&Aが成立したとしても、M&Aにあたって買い手が検討していた目的を達成するためには、自社と売り手とをどのようにして統合していくのかが問題となるからです。

そして、買い手が売り手の企業をどのようにして統合していくのかはM&Aが成立してから検討するのでは遅きに失し、むしろM&Aが成立するに至る過程において検討すべき課題であるともいえます。

この点に関し、今回はPMIを取り上げたいと思います。

 

PMIとは

PMI(POST MERGER INTEGRATION)とは、一般に、買収や合併といったM&Aの実行後に生じるシナジー効果により企業価値を最大限に向上させることを目的とする統合プロセス全体を意味します。

例えば、買い手が示した今後の経営の方向性が売り手のこれまでの事業の進め方をいたずらに否定するものであったため、従業員が不安に思い大量離職が生じてしまったり、取引先と取引条件について改善をしようと交渉を試みるものの、これまでの経緯を売り手経営者から十分に確認していなかったため交渉が難航したりするということが、往々にして起こりがちです。これらのような事態は、PMIが不適切であったことに起因するものと考えられます。

 

PMIはどのようにして進めていくのか

PMIの開始時期については、M&Aの成果を感じている買い手ほど、基本合意の締結やDDを実施している期間といった早期の段階でPMIを視野に入れた検討に着手している傾向があるとの指摘があります。M&Aをするかどうかの検討を買い手が行う際にM&A後の体制について検討を行うことはある意味自然なことともいえます。

PMIにあたって検討すべき要素としておおむね以下のようなものを挙げることができます。

 

① 経営統合

理念・戦略やマネジメントフレームを統合することです。そのためには、まず何のためにM&Aするのかを見える化し、関係者に対して具体的に説明できるようにすることが必要となってきます。

M&Aにより今後進めていきたい経営の方向性を売り手の関係者はもちろんのこと自社内外の関係者に伝えることができれば、信頼関係を構築することにつながっていきます。

② 信頼関係構築

売り手の現経営者や従業員のほか、取引先との信頼関係をいかにして構築していくのかということです。

売り手の現経営者に対しては、第一にこれまでの経営方針や取組等について否定するのではなく傾聴し、これまでの路線を踏襲・深化・発展させて行くことを表明するなど、これまでの努力や感情を損なわないようなコミュニケーションを心がけることが重要であるといえます。そのうえで、売り手経営者の処遇(引継期間における役職・役割、報酬、在籍期間等)について、引継期間などは柔軟な対応をする余地を残しつつも覚書などを作成して明確にします。

売り手の従業員に対しても、これまでを否定するのではなくM&Aによりさらに発展させることを伝えるとともに、売り手経営者と買い手経営者が同席した説明会を行い、M&Aに至った経緯や従業員に対する売り手経営者の感謝や買い手経営者による今後の経営の方向性や従業員の処遇などを丁寧に説明することなどが考えられます。

取引先についても、売り手が行っている取引について、取引先の信頼を得て取引を継続することが重要になるため、基本的には現経営者や従業員と同様のアプローチとなりますが、信用不安を生じさせることがないように、そのタイミングについては慎重を期す必要があります。具体的には、M&A成立前において継続する取引の取引条件等を正確に把握(特にチェンジオブコントロール条項などには注意が必要です。)したうえで、M&A成立直後に速やかに売り手と買い手経営者があいさつ回りを行うというイメージとなろうかと思います。

③ 業務統合

売り手からの業務の引継については、DDや現経営者からの聞き取りを通じて業務の現状を把握しM&A成立後に改善すべき点を明確にします。改善すべき点を把握するにあたっては、売り手経営者や一部の従業員のみに属人化している業務があることや、業務に関する規程や帳票等が存在か存在していても形骸化していることがあることにも留意する必要があります。

 

買い手経営者だけでなく支援専門家も意識すべきPMI

今回はPMIのごく基本的な内容について解説をしました。M&Aに関与する専門家からすると、これまではM&Aの成立後を具体的に意識するという場面は必ずしも多くはなかったのではないでしょうか。その意味では、PMIの視点は買い手経営者だけではなくM&Aを支援する専門家にとっても重要なものといえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

事業再生にも使える特定調停③

日弁連スキームによる特定調停を用いる場合の事前準備

今回は、実際に日弁連スキームによる特定調停がどのようにして進められていくのかについて解説します(日弁スキームのフローについてはhttps://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/resolution/chusho/tokutei_chotei/tebiki_1-10.pdf をご参照ください。)。

特定調停にかかわらず、一般に調停とは、訴訟とは異なり当事者の合意を基本とする手続です。そして、特に、日弁連スキームの場合は、再生計画案に対する金融機関の同意が事前に見込まれている場合に用いられることが想定されています。

したがって、特定調停の申立ての前に各金融機関に対し、再生計画案を示して意見交換し、同意の見込みを得ておくことが必要になります(なお、ここにいう「同意の見込み」とは、金融機関の支店の担当者レベルの同意は得られており、最終決裁権者の同意が得られる見込みがある等の状況を言います。また、積極的に同意をするわけではないが、あえて反対もしないという消極的な同意もここにいう同意に含まれます。

 

金融機関との協議

再生計画案の作成とともに、メインバンクその他の金融機関に対し現状と方針を説明し、再生への協力、返済猶予などの申入れを行います。

金融機関に対しては、事業を廃業すれば従業員の雇用や取引先・得意先関係が失われてしまうこと、自社のみによる経営改善や資産売却で債務を解消することが困難であること、事業者の主たる債務(保証人が要る場合は保証債務も含む。)について、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがある債権者にとっても経済的な合理性が期待できることなどを説明し、理解を求めます。そして、金融機関への説明の方法としては、場合によっては、すべての金融機関が一堂に会するバンクミーティングによることもありえます。

 

再生計画案の作成

金融機関との意見交換を経つつ、DDを実施したうえで、再生計画案を策定していきます。再生計画案を策定することは、弁護士だけでは困難であり、税理士、公認会計士、中小企業診断士と協力して策定していくことになります。

具体的に事業再生計画に記載すべき事項としては以下のようなものがあります。

① 事業者の概要

② 財産の状況

③ 経営が困難になった原因

④ 事業改善の具体的内容・方針

⑤ 財産状況及び資金繰りの見通し

⑥ 事業者の弁済計画

⑦ 対象債権者に対して要請する主たる債務の減免、期限の猶予その他の権利変更の内容

上記の内容のほか、金融機関に対して債権放棄等(実質的な債権放棄及び債務の株式化(DES)を含む。)を求める再生計画を策定する場合は、役員の退任のほか、役員報酬の削減、貸付金の放棄、株式割合の減少などの経営者責任を明確化することや株式の全部又は一部の消滅等の株主責任の明確化も記載することが必要になります。

 

信用保証協会が債権者である際に注意すべき点

ところで、債権者の中に信用保証協会が含まれていることがあります。信用保証協会とは、中小企業・小規模事業者の金金融円滑化のために設立された公的な機関です。公的な機関であるがゆえにほかの金融機関とは異なる注意点がいくつかあります。

まず、信用保証協会は、財産目録や弁済計画の策定に当たって、外部専門家の税理士や公認会計士の関与が求められているため、税理士や公認会計士などに協力を依頼する場合は、信用保証協会と事前の調整をしておかなければ、信用保証協会から外部専門家として認められないという事態になりかねません。

また、信用保証協会においては、実態債務超過を何年で解消する計画になるのかなど、求償権放棄の数値基準があるようですので、当該基準に適合する計画となっているのか、担当者との間で十分な事前調整を行うことが信用保証協会からの同意を得るためには重要になっているといえます。

このほか、信用保証協会においては、事業者と保証人との一体整理を原則としていること、求償権放棄には日本政策金融公庫との調整が必要であること、などの特徴もあります。

 

特定調停の申立て

金融機関の同意が見込める状況になると、裁判所に特定調停を申し立てます。日弁連スキームでは、主に中小企業を想定していますので、裁判所とは、地方裁判所ではなく、簡易裁判所(専門性を有する調停委員確保の観点から、本庁所在地に併設されている簡易裁判所)が想定されています。

既に金融機関の同意が見込める状態での申立てとなりますので、調停期日は基本的には1~2回で調停成立又は17条決定により終結することを想定しています(仮に、1~2回の期日で終結できないのであれば、そもそも日弁連スキームによる事業再生になじまないものであるともいえます。)。

 

簡易迅速に、しかし、公正かつ妥当な事業再生

日弁連スキームは法的再生手続に比べ簡易迅速であるうえ、裁判所を介する点で公正かつ妥当な事業再生の方法であるといえます。民事再生手続はハードルが高いが私的整理では公正性に問題が生じうるといった中小企業の次号再生においては日弁連スキームを活用するのも一つの方法であるかもしれません。

なお、日弁連スキームによる中小企業の再生計画策定については、経営改善計画策定支援事業(通常枠)の対象となります(補助対象の経費 ①DD・計画策定支援費用(上限200万円)、②伴走支援費用(上限100万円))。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生②

破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合

前回は破産手続開始決定前に事業譲渡を行う場合について解説をしましたが、今回は、破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合について解説します。

破産手続は、清算手続ですので、破産者の事業は廃止されるのが原則です。しかし、事業を継続することについて特別の利益がある場合は、破産管財人は裁判所の許可を得て事業を継続することができます(破産法第36条)。ここにいう「特別の利益」とは、基本的には、事業の継続をした方が破産財団にとって利益となる場合を指します。したがって、事業譲渡をすることにより破産財団が増殖することが見込め、そのためには事業を継続することが必要であるといえることが必要となってきます。このほか、破産管財人が事業譲渡を行う場合も裁判所の許可が必要となります(破産法第78条第2項第3号)。

すなわち、破産管財人は、事業を継続することを第一に考えるのではなく、いかに破産した企業の財産を高額に換価するかということを最優先するのです。したがって、破産管財人が事業を継続したうえで事業譲渡を行うかどうかは例えば以下のような視点で検討をしていくことになります。

① 当該事業が黒字になるか。

事業を継続する目的が破産財団の増殖にある以上、当該事業が黒字であるかどうかは、事業継続の基本的な判断要素となります。

また、事業継続に伴う債務が財団債権となる(破産法第148条第1項第2号)となるため、当該事業が赤字になる場合は、その分破産財団を構成する財産が少なくなります。したがって、当該事業が赤字になる場合は、事業を継続しがたく、事業譲渡もしがたいでしょう。

② 当該事業が事業譲渡までのあいだ現金取引に耐えることができるか。

当然のことながら、破産手続中は信用取引ができないので、すべて現金取引で行うことになります。当該事業を継続する場合は現金取引に耐えることができるかどうかも事業継続の判断要素となります。

③ 当該事業の事業遂行上のリスクがあるか。

例えば、業務中に重大な労災事故が発生することが想定されるような事業であれば、その賠償により破産財団が減少してしまうおそれがあります。

④ 事業を行う人材が確保できるか。

破産した企業が事業を継続する場合、その主体は破産管財人となります。しかし、破産管財人が事業を実際に行うことは事実上不可能であるため、事業に専念できる信頼のおける者がいるかどうかも、事業譲渡を行う考慮要素となります。

 

どのような場合に破産手続開始決定後の事業譲渡を行うのか

これまでに述べてきたことからも明らかなように、破産手続開始決定後に破産管財人が自らの判断で事業を継続することを決めたうえで、事業譲渡をするというのは容易ではないと考えます。

他方で、破産手続開始決定後に破産管財人による事業譲渡を行うことができれば、当然のことながら否認権の行使のリスクはありません。その点で、破産手続開始決定後に事業譲渡を行うメリットがあるといえます。

破産管財人による事業譲渡を容易にするために、次のようなスキームが想定されます。

① 破産する企業が、自己破産申立てをする前の段階で、あらかじめ事業譲渡先を確保する。

② 事業譲渡先となるべき企業と譲渡対価、従業員の承継・その条件、税金・社会保険料および取引債務の承継等の諸条件について事業譲渡先から内諾を得ておき、あとは事業譲渡契約書を作成するだけの状態にしておく。

③ 自己破産申立てを行い、破産手続開始決定後のあとで破産管財人が事業譲渡先と契約を締結する。

このスキームを用いる場合、いかにして短期間で事業譲渡先を見つけ、条件面で内諾を得るかが重要になってくるといえます。また、譲渡先の企業が裁判所や破産管財人が納得できる(すなわち、適正な事業譲渡の対価を支払うだけの体力のある)ものであることを説明できるかどうかも重要なポイントといえるでしょう。

 

今後の活用が期待される破産による事業再生

これまで破産による事業再生はあまり活用されていなかったと思われます。確かに、破産による事業再生には、破産手続開始決定前の破産管財人による否認権行使のリスクや破産手続開始決定後の破産管財人が事業譲渡を行う判断をしないリスクなどがありますが、それよりもやはり破産した企業から事業を譲り受けるというマイナスのイメージが原因となっているようにも思われます。

しかし、民事再生と比較し、短時間で行うことができること、裁判所への予納金等の費用も安価にすることができること、どの事業を事業譲渡の対象とするかについて比較的融通が利くことからすれば、破産による事業再生は、条件さえ整えば検討すべき手法であるとも思います。今後の活用が期待されるところです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

事業譲渡によるM&Aの後に想定外の債務を負担しないために

買い手にとってM&Aが終わってもまだまだ油断はできない

前回のコラムでは、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるとして、M&A後の競業について解説しました。今回も、M&Aの後において、買い手が思わぬリスクを負いかねない点について、解説したいと思います。

 

事業譲渡において買い手が承継する財産は契約で定められる

M&Aの法的スキームにはさまざまなものがありますが、その中の一つに事業譲渡というものがあります。ここにいう事業とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)をいいます。要するに、単に土地建物、什器備品、債権等の個々の財産がバラバラになっているのではなく、これらの財産が一体となってある営業目的のために機能しているものを事業というのです。電車や駅舎建物が鉄道という一定の目的のために機能している(すなわち「鉄道事業」)というイメージです。

そして、事業譲渡とは、事業の「全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(注:会社法21条)に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの」(上記最判)とされています。

すなわち、事業譲渡とは、いわば事業という財産についての売買契約であるといえます。したがって、権利義務関係を包括的に承継する合併や会社分割とは異なり、どのような権利と義務を買い手が承継するかは個々の事業譲渡契約において定められることになります。つまり、事業譲渡契約において承継の対象とされていない権利や義務について、買い手が承継することがないのが原則です。

 

買い手が売り手の債務を負担しなければならない場合がありうる

既に述べたように、事業譲渡契約において、売り手が負担していた債務につき買い手が承継しないとされた場合、当該債務について買い手が負担しないのが原則です。

しかし、買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合には、買い手も、売り手の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(会社法第21条第1項)とされています。これは、商号を引き続き使用する場合は、債権者からすれば、当該事業の運営主体が誰であるかを認識するのが困難であることを踏まえたものですので、

事業譲渡の後、買い手が遅滞なく、本店の所在地において売り手の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合や、事業譲渡の後に買い手と売り手が遅滞なく、債権者に対して買い手が債務の弁済をする責任を負わない旨の通知をした場合は、適用されません(同条第2項)。

確かに、債権者からすれば、事業譲渡があっても同じ商号を使用しているとだれがその事業を運営しているのかがわからないといえます。

したがって、事業譲渡によるM&Aの場合、仮に買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合は、当初の想定にない売り手の債務を買い手が負担してしまうリスクがあることを買い手は十分に認識し、責任を負わないようにしておく必要があります。

 

挨拶状が思わぬリスクを招くことがある

先ほど述べたことからすれば、買い手が事業譲渡後に売り手の商号を使用しない場合は、買い手は売り手の債務を負うことは基本的にはないということになります。

ところで、M&Aのあと、買い手は取引先などに対し、「このたび、弊社はα事業をP社から譲り受けました。今後の取引についても、弊社従業員ともども、責任をもって継承いたします。」などと挨拶状を送付することがあります。

しかし、この挨拶状が思わぬリスクを招くことがあります。なぜならば、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合においても、売り手の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告(債務引受広告といいます。)をしたときは、売り手の債権者は、買い手に対して弁済の請求をすることができる(会社法第23条第1項)とされているからです。

そして、債務引受広告にあたるかどうかについて、判例は「その広告の中に必ずしも債務引受の文字を用いなくとも、広告の趣旨が、社会通念の上から見て、営業に因つて生じた債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるが如きものであると認められるようなものであれば足りる」として、「今般弊社は6月1日を期し品川線、湘南線の地方鉄道軌道業並びに沿線バス事業を東京急行電鉄株式会社より譲受け、京浜急行電鉄株式会社として新発足することになりました」という記載が債務引受広告に当たるとし、電車のとびら装置の故障によつて発生した事故による損害賠償債務について買い手には弁済をする義務を負うとしました(最判昭和29年10月7日民集8巻10号1795頁)。

挨拶状の記載は定型的なものになりがちですが、買い手が想定外の債務を負わないようにするためにも、「事業譲渡の日の○月○日以前にすでに発生している債務について、弊社が負うものではありません」という記載を加えるなど、挨拶状の表現については慎重な検討が必要といえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

企業に寄り添う認定支援機関

企業の経営において課題が生じたときに誰に相談するか

企業の経営においては、資金計画のほか、新製品開発、新規事業立上げ、売上拡大などさまざまな課題が日々発生します。これらの経営課題に対しては、自社だけで立ち向かうよりも、他の企業の取組事例や専門的知識が豊富な外部の専門家等による支援を得ることで、よりよい成果を上げることができます。

そこで、今回は、企業の経営課題の解決を支援するための制度である認定経営革新等支援機関(以下「認定支援機関」といいます。)について解説します。

 

認定支援機関とは何か?

認定支援機関とは、経営革新等支援業務を行うために必要な専門的知識や実務経験等を有しているとして国によって認定された個人・法人をいいます(中小企業等経営強化法第31条第1項)。

ここでいう「経営革新等支援業務」とは、以下の業務を言います。

① 経営革新を行おうとする中小企業又は経営力向上を行おうとする中小企業等の経営資源の内容、財務内容その他経営の状況の分析

② 経営革新のための事業又は経営力向上に係る事業の計画の策定に係る指導及び助言並びに当該計画に従って行われる事業の実施に関し必要な指導及び助言

すなわち、認定支援機関とは、企業の経営課題解決に必要な財務・税務などの専門的知識や実務経験が一定の水準以上であることを国が認定し、企業が安心して支援を受けることができるようにすることを企図した制度です。

 

認定支援機関に認定されているのはどのような機関か

平成31年3月31日時点で、2万4158機関が認定支援機関として認定を受けています。

認定を受けているのは、税理士・税理士法人が多数を占めていますが、公認会計士、中小企業診断士、弁護士なども認定を受けています。また、銀行や信用金庫といった金融機関や商工会議所・商工会も認定を受けています。個人・法人や業種を問わずさまざまな属性を持つ機関が認定支援機関として認定されており、それぞれが持つ強みを活かして企業の支援をしていくことが可能となっています。

なお、税理士や中小企業診断士などの資格を保有しているからといって、当然に認定支援機関に認定されるわけではなく、一定の実務経験又はこれに代わる研修・試験の合格が必要とされています。このほか、近時の制度改正により認定支援機関の認定は5年の有効期間があり、期間満了時に改めて業務遂行能力の検証が行われることになりました。

 

認定支援機関はどのようにして探せばよいか

既に述べたように、さまざまな機関が認定支援機関に認定されているため、顧問税理士やメインバンクが認定支援機関に認定されていることも少なくないと思います。

また、顧問税理士やメインバンクが認定支援機関に認定されていない場合や、第三者的な視点での支援を受けたい場合などは、中小企業庁のウェブサイトにある認定支援機関検索システム(https://www.ninteishien.go.jp/NSK_CertificationArea)を使うことで全国の認定支援機関を検索することができます。この検索システムでは、各認定支援機関の属性のほか、これまで行ってきた支援の実績なども確認することができます。

 

認定支援機関はどのような支援を行うか

では、認定支援機関は具体的にどのような支援を行っているのでしょうか。

認定支援機関が企業に対して行う典型的な支援として経営改善計画の策定をあげることができます。

金融機関からの借り入れの返済など資金繰り上の課題を抱える企業が、経営改善計画を策定することによって、収益性の改善や借入の返済の見直しを行うため、経営改善計画を策定します。経営改善計画の策定においては、当該企業の現状や課題を分析し、いかなる次期にどのような取り組みによって課題を解決していくかを検討していきます。その際、認定支援機関が助言や計画案の作成などの支援を行います。また、当該経営改善計画が策定されたのちも、計画どおりに取り組むことができているかのモニタリングについても認定支援機関が行います。

そして、これらの支援に要する費用のうち3分の2については、公費による助成を受けることができます(経営改善計画策定支援事業(通称405事業))。

このほか、事業再構築補助金を申請する際には、認定支援機関が企業による事業計画書の策定に関与し、当該事業計画が事業再構築指針に沿った内容であること確認することや、事業者の事業遂行や成果目標の達成に関する支援に取り組むことを誓約することが必要となっています。このように補助金などの施策を利用する際には、認定支援機関の支援が必須となっている場合もあります。

 

まとめ

最初は「補助金の申請をする際に必要とされているから」などと比較的消極的な理由で認定支援機関による支援を受けるという企業もあるかもしれません。

しかし、外部の専門家などから新たな視点での助言や考え方を得ることが、悩ましい経営課題を解決するために第一歩となるかもしれません。

本稿が企業による認定支援機関の利用のきっかけとなれば幸いです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久