ブログ 月: 2024年1月

ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク ~PMI編

今回は、前回2023年11月の「ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク」に続き、M&Aを成功に導くためのPMIにおける労務課題の留意点を取り上げていきます。

1.PMIプロセスと労務リスクの基本

(1)PMIとは

日本のスモールM&A市場は、事業承継やスタートアップのEXIT戦略として拡大しています。ところがM&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)への対応が十分でないため、企業価値向上や事業シナジーの実現に至らないケースが多く見受けられます。中小企業におけるM&Aの歴史は浅く、PMIの重要性が十分に認識されていないのが現状です。2022年3月、中小企業庁では「中小PMIガイドライン」を公表しました。経営資源に制約のある比較的小規模な中小企業であってもPMIに対応できるよう基礎的な取組みから必要に応じてより高度な取組にも挑戦できるよう策定されたものです。

「中小PMIガイドライン」においても労務課題への対応は、重要なポイントとして取り上げられています。

(2)PMIにおける主な労務リスク

中小PMIガイドラインには、次のような失敗事例が取りあげられています。

① 人事・労務関係の重大な法令違反があったことが判明し、また社外に知れ渡ったことで、譲受側・譲渡側の評判が大きく下落した。

②譲渡側の従業員が不満を感じていた賃金体系や人事評価がM&A後もそのまま維持されたため、多くの従業員が期待を裏切られたと感じて一斉に離職した。

③これまで未払であった賃金や、未消化の有給休暇への対処がM&A後もうやむやにされたため、キーパーソンである従業員が離職した。

これらの失敗は、譲渡側が労働関連法規に違反していたり、内部規程類が未整備であったり、従業員と譲渡側が締結した雇用契約などが不適切であったりすることにより生じたものです。

2.労務リスク対策は「プレPMI」から開始する

本来、法令違反や未払賃金の有無などは、M&A実行前の労務DDで明らかにすべきものです。「中小PMIガイドライン」では、M&A実行前に行うPMIに関連する取組みを「プレPMI」と呼び、M&A成立後から一定期間(1年程度)におけるPMIの取組と区別しています。労務リスク対策は「プレPMI」から「PMI」にかけて実施することが有効とされています。

具体的にはどのような取組みがあるのか見ていきましょう。

(1)人事・労務関係の法令遵守の確認と是正

① 労働条件通知書や労使協定等に関する不備への対応

・労働条件通知書の未交付は労働基準法違反の懸念があり、速やかに交付する必要があります。時間外・休日労働に関する労使協定(36協定)に不備がある場合、労働基準法違反のおそれがあり、労働基準監督署への照会や適正な労使協定の締結を急ぐべきです。労働条件通知書や労使協定と労働実態の不一致があれば、労働時間の是正が必要です。

②社会保険や労働保険に関する不備への対応

・社会保険や労働保険の未加入は健康保険法や厚生年金保険法、労災法、雇用保険法違反のおそれがあり、新規加入を含め迅速な対応が必要です。譲渡側の従業員に対する被保険者資格取得届の未提出に対しても同様に速やかに対処すべきです。

③労働組合との事前協議等に関する不備への対応

・譲渡側に労働組合があり、人事異動や解雇等に協議が必要で未了の場合、速やかに労働組合と協調に向けて対応する必要があります。

④職場環境等に関する不備への対応

・譲渡側の安全衛生管理体制不備は労働安全衛生法違反の恐れがあり、労働災害やハラスメント、退職、労働紛争には迅速に対応する必要があります。

⑤人事・労務関係の法令遵守等に関する姿勢の徹底

・M&A後の人事・労務関係の法令遵守強化のため、担当者教育と社内でのノウハウ蓄積を進めます。

(2)人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

①人事・労務関係 の内部規程類 等の見直し

・譲渡側の就業規則等の人事・労務関連規程を見直し、労働条件の不利益変更には慎重に対応します。M&A前の賃金体系や退職金を一定期間維持し統合の円滑化を図ことも選択肢となります。

②人事・労務関係の内部規程類等の徹底

・新人事・労務規程を譲渡側役職員に対し説明会や個別説明で周知徹底し、定期的な遵守確認と教育を実施します。

(3)従業員との個別の労働契約関係等の適正性

①残存する未払賃金や未消化の有休暇に関する不備への対応

・譲渡側の未払賃金は認識分を支払い、未消化有休は消化促進を図ります。なお、M&A成立に伴い未払賃金を清算する場合、労働基準法の趣旨に反しない範囲で未消化の有給休暇を買い取ることは可能です。

②長時間労働の改善

・譲渡側の従業員の長時間労働が常態化している場合には、業務の見直しや人員補充を早急に行い、経営陣が率先して改善に努めます。

③キーパーソンである従業員の離職リスクへの対応

・M&A後、キーパーソンの離職防止のため報酬・人事評価制度を見直し、モチベーション向上と知見共有を促進し、リスクシナリオも立案します。

(4)人材配置の最適化

①譲受側・譲渡側間での組織や人事配置の見直し等

・譲受側・譲渡側間での組織・人事配置を見直し、グループ一体性の強化と最適な人員配置を目指します。グループ全体の管理機能の譲受側への集約化や、譲受側・譲渡側間での柔軟な人事異動により、知見共有や人材交流を進めます。いずれの場合も、労働条件の不利益変更については慎重な対応が必要です。

3.労務リスクのマネジメントと専門家の重要性」

本コラム「ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク – PMI編」では、M&A後の経営統合プロセス(PMI)での労務課題に焦点を当てました。

中小企業におけるM&Aの成功には、PMIの適切な管理が不可欠です。これには、労務リスクの事前確認と対応が重要です。M&Aの際には、労働条件通知書や労使協定の不備、社会保険や労働保険への未加入、労働組合との事前協議の欠如など、様々な労務リスクが存在します。そして、長時間労働の是正、キーパーソンの離職防止、最適な人材配置など、人事・労務管理の各側面で迅速かつ適切な対応が求められます。

M&Aを成功させるためには、「プレPMI」からM&A後の「PMI」を通じて労務基盤を構築することが重要です。

M&Aプロセスにおける労務課題は複雑であり、専門的な知識が必要です。

適切なリスク評価と効果的な対策策定のため「プレPMI」の段階から円滑で効果的な経営統合に向けて専門家支援を活用することも一つの選択肢ではないでしょうか。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスを成功させるポイント その3

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点についていつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

DDスタート

ツナグ:社外の専門家と社内から関係部門の人たちの顔合わせも終わったし、あとは、報告会を待つのみだ!

そんな無責任なことでいいんですか?私たちは、M&Aの統括部門ですよね?であれば、DDの進捗管理や調査の抜けもれがないかなど、専門家チームと常に情報共有する必要があるのではないでしょうか?

ツナグ:なるほど・・・。確かに、責任部署として役員会で説明するときに困るのは、結局僕たちになるのか!?やばい!

僕も営業部門が長かったから、組織管理や営業数値の管理とか、気になるところもあるしな。でも他の領域は全然わからないや。どうしよう。

 

各領域別のチェックポイント

今回は、財務DDについて、どのような視点を持っておけばよいのかについて少しご説明しますね。

  1. 売上高:当たり前ですが、事業別、商品別、顧客別、月別等の売上推移を確認します。過去の傾向と違う動きをしているところに着眼し、その要因を数量要因と単価要因に分けて把握します。また、売上計上時期の操作や関係会社等との循環取引の有無など、特に年度末に注意してチェックしましょう。

  1. 売上原価・製造原価:原価率、在庫などの推移をみてイレギュラーが発生していないか?をチェックし、もし気になるような動きがあれば、その要因を調査します。また、仕入先の集中度合いや仕入価格の推移についても気になるところです。

  1. 販売管理費(人件費):事業特性上、大きな割合を占めている費用やその他経費や雑費など、支出目的が分かりづらいものなどを中心にチェックします。イレギュラー値については、業界平均値や過去決算との比較分析によって判断します。

また、営業外損益や特別損益についても、その発生原因の確認や、その内容が販管費に含めるべきものかどうかなども精査が必要です。つまり、その内容が、企業価値判断に含めるべきものかどうかの視点で確認しましょう。

  1. 売上債権(受取手形・売掛金):売上債権の増減と回転期間の推移などから、イレギュラーがないか確認します。もし、異常値を感知した場合は、その要因を調査します。また、相手先ごとの変化についても気になるところです。特に、債権の回収期間が長くなっている場合など、不良債権の有無や貸倒引当金の妥当性、与信管理の運用状況を確認することも重要です。

  1. 棚卸資産(製品・半製品・原材料含む)や固定資産:棚卸資産については、その評価方法が、自社基準と比較して妥当かどうかについて、自社の担当部門と協議する必要があります。その上で、実際に帳簿通りに存在するのか?長期間放置されて資産性ゼロのものがないかなどを確認します。これらを精査したうえで、資産価値を自社の基準で計算しておきます。

固定資産(有形・無形・投資有価証券など)についても同様に、まずは、台帳通りに存在するのか?また、その評価額の妥当性などを精査します。加えて、事業引継ぎ後、どれくらいの期間で追加の設備投資が必要なのかどうかについても併せて報告できるよう準備します。

  1. 仕入債務:買掛金と同様の調査を行うことに加えて、未計上の仕入れ債務がないかなども確認しておきます。

  1. 借入金:金融機関ごとの借入金額、残高、返済期限、金利、返済計画を確認しましょう。また、財務制限条項(コベナンツ)等の特別な契約条件が付されていないか?契約内容を確認しておきます。特に金融機関以外の借入先がある場合は、その借入が行われた背景、金利の妥当性や返済状況についても明らかにします。

  1. 退職給付引当金:従業員の退職給付債務に関わる簿外債務がないか?を確認しておきます。また、役員退職慰労金規程をもとに役員退職慰労金の引当不足額を確認しましょう。

  1. 未払税金・繰延税金資産:未払税金などは、その内容の妥当性の検証に加えて、税務上のリスクや追徴または還付の可能性について検討しておきます。また、繰越欠損金の利用可能性や繰延税金資産の回収可能性についても検討しましょう。特に、大きな金額が計上されている場合、資産性が認められないと純資産額が大きく減少することに繋がりますので、専門家も交えて慎重な検討が必要です。

まとめ

今回は、”デューデリジェンス”にあたって、全体を統括する担当者として、最低限知っておきたいポイントについて財務DDの観点からツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの労力・コストとは、いったん切り離して考え、M&Aによるリスクやシナジー効果についてしっかり評価することです。決して、問題を先送りしたり、勝手に過小評価することのないよう、専門家チームとの緊密な連携をとって進めてまいりましょう。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

デューデリジェンスを成功させるポイント その2

デューデリジェンス(DD)は、M&Aの際の最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”の実行フェーズに関していつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

まずは、実施計画の策定からスタート

ツナグ:これまで、相手先からいろいろと資料をもらって分析したけれど、まだ、気になる点がいくつかあるんだ。NDA(機密保持契約書)も交わしたし、早くDDをスタートさせようよ!

まぁまぁ、ちょっと落ち着いてください。デューデリジェンスの目的は覚えていますか?

ツナグ:覚えていますよ!まず、買収対象会社が抱えるリスクの抽出と、買収後の経営統合の準備!!

さすがです!そうですね。広範囲にわたって多面的かつ客観的な調査を行う必要があるのです。これは、さすっがのツナグさんもたったひとりではできないですよね?

ツナグ:そうですね。だからチーム編成も構想しています。
あっ!誰が、いつ、どうやって、どの情報を集めて、どんな資料を作成するのか?実行計画が必要ですね。

正解!ある程度の実行計画が必要です。先ほどのツナグさんの構想にさらに含めていただきたい項目があります。それは、財務、法務、ビジネス、人事、ITなど、どの分野を誰が担当するのか、外部であれば、フィーも必要ですから、いくら使えるのかなども検討すべきです。
また、締め切りの設定も重要です。企業経営は生き物ですので。こうしている間も相手先の企業は、事業活動を継続しており、新たなチャンスやリスクが発生したり、消滅したりしているはずですから。一般的には、基本合意書に契約日の目途が記載されていることが多いため、最初にそちらを確認してください。契約予定日までの期間が、独占交渉権が当社にある期間と認識してよいでしょう。

 

キックオフ・ミーティングの招集

ツナグ:少々てこずったけど、なんとかDD実行計画書を策定したよ。

いつもながら、素晴らしいスピードですね。
では、さっそくキックオフ・ミーティングを招集しましょう。キックオフ・ミーティングの参加者は、社外専門家だけではなく、社内の関係部門のメンバーで構成されます。例えば、人事、経理、IT、法務、マーケティング、購買や製造部門、M&A担当部門などが代表的関係部署です。事務局は、全体進行を担当します。
具体的な内容は、メンバー紹介、実施要項やスケジュール、情報管理ルールに関する打ち合わせを行います。また、同席しているメンバーの情報や議事録をしっかりと残すことで万一の情報漏洩事故に備えておきます。

 

マネジメント・インタビューを実施する

キックオフ・ミーティングが終わり、情報管理ルールの確認が完了したら、次にマネジメント・インタビューを実施します。マネジメント・インタビューとは、買収対象企業の経営陣へのインタビューのこと。社長または、主たる経営陣にお願いします。

主なインタビュー項目は以下のとおりです。
1.近年の市場動向、競合動向
2.今後の業界における成功要因
3.懸念される事業上のリスク
4.自社の「強み」と「弱み」
5.経営上の重要課題
6.株主の同意、関係
7.関係会社との取引関係
8.大口販売先および大口仕入先との関係・取引状況
9.簿外債務(債務保証、訴訟、先物売買契約など)の有無
10.今回のM&Aを決断した背景
11.M&A後に期待すること

 

2回の報告会

事務局は、ある程度の結果がまとまった段階で中間報告会を開催する旨、メンバーに事前連絡しておきます。中間報告会の目的は、各DDチーム間の情報共有や重要リスクが報告された場合の対応策の検討です。重要リスクが報告された場合は、必要に応じて調査範囲を広げ、追加調査を実施します。例えば、子会社との取引に不審な点があるようでしたら、子会社に対するDDが必要かどうかを検討すべきです。

最終報告会では、各担当者から順に報告を受けます。リスクだけでなく、今後の経営統合に対する懸案事項や提案についても含めて報告するように依頼しておきましょう。

 

まとめ

今回は、M&Aの成否に大きく影響のある”デューデリジェンス”を実行するにあたっての手順や準備についてツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの調査や交渉に費やした労力・コストとは、いったん切り離した調査と捉えて実施し、M&Aによるリスクやシナジー効果についてしっかり評価することです。くれぐれも「ここまで進めてきたから・・」などと考え、DD本来の目的を見失わないように留意ください。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本哲也