ブログ 月: 2020年12月

法務DDでの必須ポイント!②(ヒト・モノ編)

法務DDにおける経営資源別のチェックポイント

先日,契約に関する法務DDで確認すべき点についてコラムを書かせていただきました。今回は,いわゆる経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の観点から法務DDの際に注意すべき点についてお伝えしたいと思います。(なお,以下に述べる点以外にも注意すべき点は多数存在しますので,ご了解ください)

 

「ヒト」に関する法務DD①:未払いの賃金債務など

売り手の従業員など「ヒト」に関する法務においては,まず,未払の賃金債務がないかが重要なポイントになります。

未払の賃金債務とは,本来支払われるべき残業代が支払われていないことが典型的事例です。意外と思われるかもしれませんが,法的には支払われるべき残業代が支払われていないことは,,一般の企業でもままあります。例えば,法的には管理監督者(労働基準法第41条第2号)にあたらないのにこれにあたるとして,残業代を一切支払っていないケースや,支払っていても,残業時間にかかわらず固定額であるため不当に安い額しか払っていないケースが想定されます。個々の従業員の未払いの残業代が少額であっても,適切に支払われていない従業員が多数に上る場合は,買い手にとって,簿外債務という形で大きなリスクとなります。

未払い残業代を把握するためには,まずタイムカード等から労働時間を確認することが必要になります。中小企業では,十分な労働時間の管理が行われていないこともしばしばあります。そのような場合,パソコンのログや個々の従業員への聞き取りにより労働時間を把握することになるのですが,あまりに厳格に調査をすると,売り手との関係が悪化するおそれれもあるため,どこまで調査するかは悩ましい問題です。労働時間を把握する期間は3か月を一応のめどとしますが,季節により繁閑があるような業種であれば,期間を長くします。

次に就業規則や賃金規程等を確認し,何が残業代の算定の基礎となっているのかについて把握します。その後,本来支払われるべき残業代の額を計算していきます。なお,これまでは,未払残業代の消滅時効は2年でしたが,法改正があったため,令和2年4月1日以降に生じた残業代については,3年となりますので注意が必要です。

なお,アルバイトやパートの多い中小企業では,実労働時間をもとに計算した時給が最低賃金を下回っていないかどうかも注意しておく必要があります。

このほか,賃金債務ではないですが,社会保険料を滞納していないかどうかも必ず確認しておく必要があります。

仮に,未払いの債務が明らかになった場合は,売り手に対し,当該従業員と交渉し,解決させることを求めたり,未払賃金債務の額を譲渡価格に反映させたりするなどの方法が考えられます。また,未払いの賃金債務が確認できなかった場合でも,表明保証条項を入れておく方が無難でしょう。

 

ヒトに関する法務DD②:コンプライアンス

コンプライアンスも,ヒトに関する法務DDで重要な事項となります。

36協定の作成・届出がない。適切な休憩時間を付与していない。変形労働時間制を採用しているのに必要な手続を行っていない。など,労働時間に関する基本的な規律違反がないかといった点や,期間の定めのある従業員についての更新・無期転換の可能性があるかといった点は必ず確認しておく必要があります。また,業務委託先となっている者が偽装請負になっていないかどうかも気になるところです。これらは就業規則や契約書だけではなく,少なくとも人事担当者からの聞き取りをすることで確認をしていきます。

加えて,労働組合(合同労組含む)との間で紛争となっている事案はないか,労働基準監督署から指摘を受けたことがないかといった点も確認しておくとよいでしょう。

 

モノに関する法務DD①:不動産

売り手は事業を営んでいる以上,多数の不動産や動産を保有しているのが通常です。これらの不動産や動産について法的なリスクがないかを把握するのがモノに関する法務DDです。

不動産について,まずは登記簿謄本,固定資産課税台帳,売買契約書等の書面を検討します。そして,当該不動産が売り手の単独所有なのか共有なのか。共有の場合は共有者との関係はどのようなものか。M&A実行の際に単独所有にする余地があるか。建物の場合は使用権原は何か。担保権の設定はないか。各種の法令上の制限はないかなどを確認していきます。書面による確認だけではなく,現地調査もする必要があります。土地の境界に争いはないか。近隣の住民との間でトラブルはないか。建物に重大な瑕疵はないかなどの書面だけでは発見が困難な法的リスクの発見につながるからです。

中小企業の場合,自社ビルを社長や社長が経営する関連会社に使用貸借している場合もあります。そのような場合は,M&Aに際しては,使用貸借を賃貸借に切り替えるなどの措置を講じる必要があります。

このほか,売り手が賃借をしている場合は,賃貸借契約の違反がないか,賃料の滞納などにより賃貸人とトラブルになっていないかなどを確認します。

 

モノに関する法務DD②:動産

動産については,数が多い一方,それぞれの価値が低廉な場合も多いのでどこまで法務DDを行うかは悩ましいところです。少なくともリースや賃借をしている動産についてはその権利関係を確認すること。自社の製品に譲渡担保等の設定(対抗要件の具備を含む)がないかなどは確認しておく必要があるでしょう。

 

次回の予告

本稿では,ヒトとモノに関する法務DDで注意すべき点についてご紹介いたしました。次回は,カネと情報に関する法務DDで注意すべき点についてご紹介しますのでご期待ください。

 

弁護士・中小企業診断士 武田宗久

M&Aを活用した事業承継も経営者保証が不要に

今回は、事業承継の大きな阻害要因となっている「経営者保証」を不要とする新たな信用保証制度である「事業承継特別保証制度」と活用メリットについて取り上げたいと思います。

 

過去の融資の9割は経営者保証付きのまま

経営者保証ガイドライン策定後、経営者保証のない新規融資は徐々に増加しています。しかし、依然として融資全体の約9割は引き続き経営者保証付きのままです。

一方、中小企業庁によると2025年には国内の中小企業経営者381万人のうち245万人が70歳以上となり、その約半数の127万人が後継者未定と推定しています。ところが、その22.7%は後継者候補がいるにも関わらず事業承継を拒否しているのです。その最大の理由は個人保証であり、全体の59.8%にものぼります。

 

事業承継時に経営者保証が不要となる制度をご存知ですか?

政府は事業承継を円滑化するため、既存の経営者保証付き融資の水準を適正化するため、更に踏み込んだ対策に乗り出しました。

2019年6月に閣議決定された「成長戦略実行計画」において経営者保証を不要とする新たな信用保証制度が創設されたのです。

この信用保証制度を「事業承継特別保証制度」といい2020年4月より運用が開始されています。

 

「事業承継特別保証制度」3つの特徴

この保証制度には次のような特徴があります。

①事業承継時に経営者保証が不要

②専門家による確認を受けた場合、信用保証料率が大幅に軽減される

③経営者保証付きの既存の借入金であっても、この制度を活用して経営者保証不要の借入に借換が可能

 

この保証制度は、全国の信用保証協会で取り扱われていますが、原則、金融機関からの事前相談が必要になっている場合が多いようです。

一見すると、良いこと尽くめの制度のようですが、利用するためには、①資産超過、②返済緩和債権なし、③一定の返済能力(EBITDA有利子負債倍率10倍以内※)等の一定の要件を満たす企業が対象になります。

 

※EBITDA有利子負債倍率 =(借入金・社債-現預金) ÷(営業利益+減価償却費)であらわされ、実質的な借入金をキャッシュフローにより何年で返済できるのかを表す指標です。

 

専門家「経営者保証コーディネーター」を活用しよう

3つの特徴で触れた専門家のことを「経営者保証コーディネーター」といいます。経済産業省の委託またはその再委託を受けて事業の承継に対する支援を行う機関である「事業承継ネットワーク地域事務局」が雇用する専門家です。東京都事業承継ネットワーク事務局の場合、「経営者保証コーディネーター」は、中小企業診断士あるいは公認会計士資格の保有者が担当しています。

「経営者保証コーディネーター」は、所定のチェックシートを使用した3つの要件を満たしているかどうかを所定のチェックや、金融機関との面談に同席してチェックシートの充足について説明を行う等の支援を行っています。

融資を受けようとする企業が「経営者保証コーディネーター」による確認を受けた場合、保証料が最大でゼロになるまで軽減されるという特典もあり、政府は積極的な利用を期待しているようです。

 

金融機関も積極的に取組みうる現実的な施策

事業承継特別保証制度では、原則禁止されている金融機関の既往の融資を信用保証協会の保証付き融資に借換へすることを例外的に認められており、経営者保証解除に伴う金融機関のリスクを保証協会が分担することになっています。金融機関にも配慮した設計となっており、金融機関の現場でも取り組みやすい制度になっているのではないでしょうか。

 

 

「中小企業成長促進法」の施行でスモールM&Aも促進される?

2020年10月に「中小企業成長促進法」(中小企業の事業承継の促進のための中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律等の一部を改正する法律)が施行され、既に運用が始まっている「事業承継特別保証制度」(保証限度額2億8,000万円)ではカバーできない融資に対して、さらに特別枠が創設されました。

これを受けて、全国信用保証協会連合会のHPでは経営者等のニーズに応じてきめ細かく細分化されたメニューを公表しています。

 

例)

「経営承継準備関連保証」

⇒ M&Aによる事業承継に必要な株式等や事業用資産の取得資金に利用できる

「特定経営承継関連保証」

⇒ 従業員をはじめとした事業を営んでいない個人による買収(EBO等)による

事業承継に必要な資金に利用できる

「経営承継借換関連保証」

⇒ 経営者保証付きの金融機関からの借入債務を経営者保証が不要とする融資に借り換えるために利用できる

 

<むすび>

2020年12月8日、政府は「国民の命とくらしを守る安心と希望のための総合経済対策」を閣議決定しました。コロナ禍による環境変化に対応しようとする中堅・中小企業による新規事業進出や事業転換等の取組に対する「事業再構築補助金」「税制優遇措置」等の創設などの支援策の策定が予定されています。これらの大型のコロナ禍対策も相俟って、新年は中小企業の「事業承継」だけでなく「事業転換」も進展しそうです。様々な支援制度を賢く活用して「事業転換」を進めたいですね。

 

中小企業診断士 伊藤一彦