変化を迫られるスタートアップのEXIT戦略 ―IPOからM&Aへのシフト―
1.活発化するスタートアップのM&A
事業承継と並んでスタートアップのM&Aは注目株です。取引先等への株式売却も含めるとスタートアップのEXIT全体のうちM&Aは約4割を占めています(注1)。スタートアップは成長スピードを重視するため、IPO(Initial Public Offering:新規株式上場のこと)でキャピタルゲインを狙うベンチャーファンドやシナジー効果を狙って協業を図る大企業から出資を受け入れて事業展開を図っています。
このため、スタートアップは5年~10年程度で事業の成果を求められます。投資家の資金回収極大化や大企業の事業シナジーの強化を実現するためスタートアップのM&Aは今後さらに拡大していくと思われますが、その要因について売手・買手双方の視点で考察していきましょう。
2.スタートアップのM&Aが増加する売手要因とは?
M&Aの主な売手要因としては次の3点があげられます。
(1)期限到来に伴うベンチャーファンドの売却ニーズ増大
多数のベンチャーファンドが今後2、3年で償還期限を迎えます。アベノミクスを背景に2013年以降、多数のファンドが設立され投資が活発に行われました。2013年から2018年の6年間に累計342本・1.3兆円のファンドが設立され、5,752件・5,613億円の投資が実行されています。(注2)
しかし、これらのファンドの多くは運用期間が10年です。2023年以降迎える運用期限を前に、既にこれらのファンドによるIPOできない投資先の売却先探しが始まっています。2013年から2018年の6年間における国内IPO社数は572社に過ぎません。
IPOできない多くのスタートアップは、投資家や起業家自身の出資金を回収するための出口(=EXIT)として、M&Aを余儀なくされる可能性が高いのです。
(2)コロナ禍を契機に進むスタートアップの選別
大企業やCVC(Corporate Venture Capital:投資活動を通じた事業シナジー獲得を目的として大企業等により設立されたファンド運営会社)は、コロナ禍を契機として投資先との出資・提携関係を見直しはじめています。大企業にとってオープンイノベーションニーズが消失するわけではありません。
しかし、ここ数年右肩上がりだった国内CVCの投資金額が2020年1月から3月については19.8億円と直前四半期比11.4億円減・前年同期比4.8億円減、とマイナスに転じており、影響は顕在化し始めています。(注3)
(3)起業家のM&Aに対する価値観の変容
起業家にとってIPOは有力なゴールです。しかし、メルカリの山田進太郎氏などシリアルアントレプレナー(連続起業家)が成功者として認知されるようになり、M&Aを通じて大企業に買収されることはステータスとなりました。M&AはIPOと比肩しうる有力な選択肢となったのです。
3.スタートアップのM&Aが増加する買手要因とは?
メディアで耳目を集めるのは大企業へのM&Aですが、中小企業や個人も含めM&Aの参加者に変化がみられます。
(1)M&Aプラットフォーマーの登場によるM&A参加者層の拡大
「Batonz」をはじめ、多数のM&Aプラットフォーマーが登場し、手数料負担の低下や中小規模の案件情報の拡充により、M&A参画のハードルが下がり市場参加者が拡大しています。事業拡大を目指す中小企業や、創業目当ての個人まで幅広い層が参加者となったのです。
(2)人材獲得手段としてのM&A(=アクハイア)の普及
コロナ禍で、求人倍率は低下したかもしれませんが、企業にとって高度な技術・ノウハウを持つ人材の確保は引き続き大きな課題です。スタートアップの有能な人材を会社と一緒に丸ごと確保する手法として、大企業やスタートアップによるM&Aの活用が増加しつつあります。
<むすび>
これまで注目されつつもなかなか広がらなかったスタートアップのM&Aですが、ベンチャーファンドの大量償還という循環要因に加えて、M&Aプラットフォーマーの登場などの構造要因、起業家意識の変化などの質的要因も相俟って、スタートアップのM&A市場は今後2,3年で着実に拡大すると思われます。
さらに、M&A先進地域のシリコンバレーの先行事例にならって普及した「種類株式やと株主間契約」を活用した投資手法(次回以降に詳述予定)などもこの動きを後押しすることになるでしょう。
次回は、これらの動向を踏まえた上で、買手・売手双方の視点でスタートアップのM&Aを成功させるためのポイントについてひも解いていきたいと思います。
(注1)一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2017『ベンチャー投資先のEXIT件数推移』」より
(注2)一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会「2018年ベンチャーキャピタル市場動向」より
(注3)一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「直近四半期投資動向調査」(2020年第1四半期(1月~3月)より