ブログ 月: 2023年5月

M&Aの本当の成否を決めるのは~顧客の引継ぎ~

M&A専門誌「マールオンライン」を運営する株式会社レコフデータの発表によると、コロナ禍にあっても2022年の日本企業のM&A件数は4304件と、2021年の4280件を24件、0.6%上回り、2年連続で最多を更新しました。コロナ禍の収束に伴い、中小M&Aの動きはさらに加速すると思われます。

M&Aにより事業を承継する際に、大切だとわかっているのに譲渡金額や譲渡方法などM&A自体に目を奪われて、買収後の事業展開面で最も重要になる「顧客」の承継対策がおろそかになっているケースが散見されます。今回は買い手目線で見た場合の「顧客の円滑な承継」にフォーカスしてご説明したいと思います。

 

1.「顧客」承継の重要性

M&Aにより事業承継する際、承継すべき要素は多岐にわたりますが、株式の承継、経営権の承継、資産の承継などは、M&Aを実施する上で、主要な部分を占めています。

確かに、株式や経営権、資産を承継できればM&Aという“儀式”自体は成立します。しかし、M&Aそれ自体が目的ではなく、M&A後の事業の発展があって初めて目的が達成されるものです。「顧客」は事業成長と存続のための生命線であり、M&A後の事業の発展に不可欠な要素です。特に、理美容業・クリニック・学習塾・高級レストランなどは固定客比率が高い業種といわれており、固定客をいかに承継できるかによって、M&A後の売上高が大きく左右されることになります。

 

 

2.顧客は企業価値の源泉

「顧客が企業価値の源泉である」との考え方は、マーケティングの分野では広く認識されており、さまざまな学者や専門家によって提唱されてきました。

例えば、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは著書「Marketing Management」の中で、顧客満足度を最大化することが企業の成功につながると説いています。

また、マネジメントの神様といわれるであるピーター・ドラッカーも、その著書「The Practice of Management」には、顧客を満足させ、顧客の信頼を得ることが企業の持続的な成功につながると主張しています。

近年、株式上場を目指すスタートアップの企業価値評価方法として、「ライフタイムバリュー(LTV)」と「顧客獲得コスト(CAC)」を用いた手法が活用されることがあります。LTVは顧客一人当たりの生涯で企業にもたらす利益を予測したもので、CACは新たな顧客一人を獲得するためのコストです。LTVがCACを上回る場合、そのビジネスは成長可能性を持つと評価されます。顧客数×LTVにより顧客から生み出される将来収益の予測を行い、企業価値を評価することが、株式上場時の証券会社によるスタートアップのバリュエーションの算定や、スタートアップにベンチャーキャピタルが投資する場合の株価算定など投資活動の最前線で活用されているのです。

 

3.中小M&Aでよくある「顧客」承継にからむ落とし穴

中小M&Aでは、対象となる企業の経営者が創業社長であったり、ワンマンなオーナー社長であったりするケースが少なくありません。特に、エステや美容院などのサービス業の場合は、単なるオーナーではなく、自分自身がカリスマ店長としてナンバーワンプレイヤーであることが多いのも事実です。そうした場合、M&Aでオーナーチェンジしてしまうと、経営者目当てで来店していた顧客が離反してしまうことがあります。固定客比率が5割の事業を買ったつもりが、固定客の過半が経営者の顧客だったりすると収支計画の前提条件から見直す必要が生じてしまうのです。

同様に、M&Aの対象となることが多い業種としてクリニックやパーソナルトレーニングジムなどがあります。好立地や高機能な治療機器、トレーニングマシーンの豊富さなども魅力ではありますが、経営者との個人的な信頼関係が顧客維持のために重要な役割を担っているため、M&Aの際には、固定客のうち、経営者の固定客がどの程度を占めているのかを確認することは不可欠なポイントといえます。

 

4.DX化で広がる「顧客」承継の盲点、経営者個人によるSNSやサイト運営

近年は、経営者自身によるSNSやコミュニティサイトの運営など、多様なプロモーションが展開されています。特に、創業経営者の場合は、事業よりも、SNSやサイト運営がもとになって、事業が始められているケースすらあります。

株式譲渡によるM&Aでは、会社全体を買収するため、会社が運営するSNSやコミュニティサイトであれば引き継ぐことはできますが、運営者が変わることによりフォロアーが離反するリスクがあります。

さらに、事業譲渡による場合は、譲渡対象に運営サイトが含まれることを明確化しておく必要があります。会社資産の全体が自動的に承継されるわけではないためです。

また、オンライン学習事業などのEコマースの場合、会社とは別に経営者が個人的にコミュニティサイトを運営していて、プロモーション上重要な役割を果たしていることがあります。個人運営サイトの場合、M&Aで会社や事業を買収しても、買収対象にはならないため、M&A後の、新規会員獲得や既存客とのリレーション維持が困難になることもあります。

特に、アカウントの売買や譲渡を禁止するSNSもありますので注意が必要です。

M&A前に、会社が運営しているのか個人なのかヒアリングをしっかり行い、M&A後の一定期間は事業の引継ぎ期間を設けて、サイト運営についてもフォローしてもらうなどの工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

今回は買い手目線で、「顧客」を承継することの重要性についてお伝え致しました。オーナー自身が固定客を持っているケースは従来からありましたが、近年、DX化が進展しSNSなどによるプロモーションやコミュニティサイトの運営など、オーナー個人が顧客の獲得・維持に重要な役割を担う機能が拡大しています。

複雑なM&Aの手続きに専念しているとうっかり忘れてしまう部分かもしれませんが、M&Aはあくまでも手段です。M&A後に事業を発展させる目的を達成するためには、「顧客」の承継は不可欠ですし、DX化を踏まえた変化に対応することも必要です。

手段としてのM&Aは知見のある専門家を上手に活用し、最も重要な事業の成功に専念するのも、賢い経営者の選択肢ではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

税理士との打ち合わせで出てくる専門用語 パーチェス法とのれん

M&Aの現場では、いろいろな専門家の力を借りる場面が多くなると思いますが、専門家によっては、専門用語を多用するため、慣れない経営者やツナグのような新任担当者にとっては「???」となることが良くあります。「餅は餅屋」という、ことわざ通り「専門分野は、専門家に任せる」という考え方もあるとは思いますが、頻出の専門用語くらいは知っておいても損ではないですし、専門家との意思疎通も一層しっかりと取れるようになるのではないでしょうか?

本日は、税理士との打ち合わせでよく聞く専門用語として”パーチェス法”と”のれん”について、いつもの通り、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

パーチェス法って教科書に出てくる偉人の名前?

ツナグ:パーチェス法ってなんだか理科の実験で習ったような名前ですけど、実験とM&Aに何の関係があるんですか?

”パーチェス法”と初めて聞くと、確かに、どこか外国の科学者の名前にも聞こえてきますね。でも理科の実験とはまったく関係がありません。
パーチェス法とは、合併など企業の結合に際して採用する会計処理方法の一つのことで、買収される企業の純資産と買収金額の差額をのれんとして計上する手法のことです。パーチェス法では、統合される会社の資産や債務を公正価値によって評価し、企業合併による継承を事業の一括購入と考える会計処理方法になっています。他には、持分プーリング法という考え方もあるのですが、アメリカの企業結合の会計基準もパーチェス法を採用しているため、日本でも国際会計基準に合わせるような形で原則的にパーチェス法を採用していて、持分プーリング法を制限する傾向にあります。

ツナグ:のれん?そういえば”のれん”っていう言葉もよく聞くと思っていたけど、パーチェス法と関係があるんだね!

 

のれんっておそば屋さんのアレのこと?

M&Aにおいて”のれん”とは、先ほど説明した通り、買収される会社の純資産と買収金額の間に生まれる差額のことです。計算式は「買収金額ー純資産=のれん」となります。この差額は、資産に計上され、ブランド力などの無形資産が持つ価値を表しています。

ツナグ:「のれん」って聞くとお寿司屋さんやおそば屋さんの入り口に下がっているアレしか思いつかないけど、会計用語なんだね・・・。

いえいえ。ツナグさんの意見が正解です。実は、のれんの由来は、お店の軒先に掲げられる暖簾(のれん)に由来していると言われているんですよ。お店や企業において過去から積み上げてきた信頼、ブランド力や収益力の高さなどを含む、超過収益力が、目に見えない無形資産として会計上の専門用語でも使われるようになったんです。最近ではのれんの価値ということに注目が集まるようになってきており、のれんの中身を見えるような形にするため、顧客との関係や商標権、技術などに分類をする無形資産の価値評価なども積極的に行われるようになってきています。
一方で、のれんには”負ののれん”というものも存在します。

 

負ののれんで業績アップ?!

ツナグ:”負ののれん”?つまり、買収した金額よりも純資産の方が大きいってこと?お得な買い物をしたよっていう”しるし”のことじゃないですか!?

いえいえ、そういう意味ではありませんが、日本の会計上は、負ののれんをその期の特別利益に計上することになります。
ツナグ:買収してお金は出て行ったのに利益になるんだね。それって、僕たちM&A担当者が営業でもないのに、業績アップに貢献できるってことじゃないですか?!いいですね!
そうなりますね、つまり、純資産よりも安価な金額でM&Aを繰り返している企業は、業績とは関係なく利益が多く見えることがあるため注意が必要です。企業分析の際に「利益の内容もよく確認してください」とお願いしている理由にはこのようなこともあるからです。

ツナグ:なるほど。まさにマジックだね。

 

のれんの会計処理

先述の取り、正ののれんは資産として計上しますので、減価償却の対象となり、資産の価値を適正に評価できるようになります。繰り返しになりますが、負ののれんは償却できませんので「負ののれん発生益」として連結損益計算書の特別利益に記載します。(いずれも日本の会計基準で会計処理を行うときに限ります)
のれんの償却期間は、20年以内に定額法などの規則的な方法で減価償却することが定められています。なお、20年以内のため、3年、5年などの短期間で減価償却しても問題ありません。しかし、のれんが高額な場合に短期間で減価償却すると、1年あたりの減価償却額が増え、利益が生じにくくなります。のれんの効果とも照らし合わせたうえで、適切な償却期間を決めるようにしましょう。また、のれんの償却方法は、毎年同額ずつ減価償却をさせる定額法が一般的です。例えば500万円ののれんを5年で償却する場合は、1年あたりの減価償却額は100万円になります。

ツナグ:なるほど。車両や生産設備を導入したときと同じ会計処理をするんだね。会社という設備を購入したと考えるとイメージがしやすいです。

 

まとめ

今回は、M&Aの専門家が打ち合わせで使う専門用語であるパーチェス法とのれんについてツナグと一緒に学びました。これによって少しでも専門家との意思疎通が進み、モヤモヤが解消されることを願っています。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也