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スモールM&Aを成功させる新しいリスクヘッジ手法 ~「M&A表明保証保険」に注目

2020年下半期、中小企業のM&A(以下、スモールM&A)の世界に新たな動きがありました。国内保険各社がスモールM&Aを対象にした「表明保証保険」の販売に関するリリースを行ったのです。

今回は、どうしてこのような動きがあったのか、そしてどのように活用できるのかについて考察します。

 

国内大手保険会社の動き

2020年10月21日「小規模M&A向け表明保証保険の販売開始」(東京海上日動火災保険)、同年12月25日「国内M&A向け表明保証保険の販売を開始」(あいおいニッセイ同和損害保険)、同年12月25日「~国内M&A取引を「保険」で支援~表明保証保険の引き受け対象範囲の拡大について」(三井住友火災海上保険)など、スモールM&Aを支援する保険商品が大手損保から続々と販売されました。

国内の事業承継ニーズの高まりを背景として、スモールM&Aが増加傾向にあることに対応した動きであるが、「表明保証保険」は古くから保険業界で取り扱われていたものであり、保険商品自体に目新しさがあるわけではありません。

それでは、なぜ各社がこぞってプレスリリースするような状況になったのでしょう。

 

そもそも表明保証とは

M&Aでは、一般的に「表明保証条項」が規定されます。表明保証条項とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、一定の時点における一定の事項が真実であり正確であることを「表明」し、かつその内容を「保証」する条項をいいます。(注)

これによって、買主にとっては、M&A取引を行うことのリスクヘッジになり、また、売主にとっても過重な買収監査を回避しM&Aを円滑にクロージングすることができるメリットがあるといわれています。

しかし、表明保証は万能ではありません。特に国内でスモールM&Aが増加することにともなって、M&A後の未払い給与や未払い税金などの簿外債務発覚による表明保証違反が判明し、裁判などで責任が認められても売主の資力が十分ではないため損害賠償の回収ができず、買主が泣き寝入りせざるを得ない事例も増加しています。

こうした表明保証違反によるリスクをヘッジするのが「表明保証保険」なのです。

 

これまでの「表明保証保険」

「表明保証保険」は、表明保証違反が判明したときに、被保険者(買主または売主)が被る損害を補償する保険です。

もともと、海外企業がM&Aの際に活用していたものですが、国内と海外の企業間で行われるクロスボーダーM&Aや大企業間のM&Aにも次第に普及してきたという経緯があります。

こうした背景で活用が広がったため、契約書が英文雛型、オーダーメイドのため保険料負担が大きい、保険会社によるデューデリジェンス(DD)が必要など、スモールM&Aにはなじみにくい状況だったのです。

ところが、国内中小企業の事業承継や大企業によるベンチャー企業の買収などが急増したことにより、スモールM&A向けの「表明保証保険」ニーズが増大しており、ここに注目した大手保険会社が保険商品の開発・販売に乗り出すことになったのです。

 

スモールM&A向けの「表明保証保険」とは

スモールM&A向けの保険には次のような特徴があります。

【特徴】

保険契約・約款が和文表記

中小規模のM&A取引が対象

レディメードで迅速な契約締結ができる

売主による保険手配も可能

 

保険会社によっても商品設計にバラつきはありますが、概ね上記のような内容となっており、国内のスモールM&Aにおけるリスクヘッジ目的で活用可能な内容になっています。

こうしたスモールM&Aを対象とした「表明保証保険」には次のようなメリットがあります。

 

【買主のメリット】

①売主が中小零細企業で財政状態に不安がある場合、売主の信用力を補完することができる

②売主に対する表明保証違反に伴う責任追及を限定的にすることにより買収交渉を円滑化することができる

③売主-買主間で、表明保証違反があった場合の補償上限額や補償期間に関する条件の隔たりに関する調整ツールをして活用できる

④売主が経営参画する場合など、クロージング後も売主との良好な関係を維持する必要がある場合、表明保証違反に伴う損害賠償請求により険悪な関係になることを防ぐことができる

 

【売主のメリット】

①売主自身の信用力を補完することができる

②将来における表明保証違反に基づく損害賠償リスクを遮断することができる

 

スモールM&A向けの「表明保証保険」を活用する際の留意点

メリットの多い「表明保証保険」ですが、リリースされたばかりのため利用者側にとっては不慣れな面も多々あります。次の点には十分注意した上で活用しましょう。

 

①M&AにおけるDDを実施しなくてよい訳ではない

DDが十分に実施されていない場合、表明保証違反により買主に損害が生じたとしても、それは買主の重大な過失により生じたものであるため免責事由となる。したがって、「表明保証保険」はDDを適切に実施した上でも避けられないリスクを補完するものであるという点に注意する必要がある

②「表明保証保険」の免責事由に該当し保険金を受給できないこともある

クロージング時に既に買主(被保険者)やM&A仲介者が認識している表明保証違反は一般的に免責事由に該当します。

③保険の対象とするためにオプション料が必要なことも

オプション料を払わないと保険の対象にならないもの(例:年金・退職金の積立金不足など)もある

④保険料が割高なことも

保険料は補償限度額の1~3%程度であることが多いが、最低保険料が規定されている場合もあり、企業価値が低いスモールM&Aでは取引コストが割高となるケースもある

⑤損害金額が全額補償対象となるとは限らない

補償上限金額が設けられていたり、定額補償となっていたりする場合もあり確認が必要

⑥そもそも対象となるM&Aの取引規模がまだまだ大きい

小口化したとはいえ、保険の対象となるM&Aの取引規模が「億単位」のものもあり、スモールM&Aには適切ではない保険商品もある

 

<まとめ>

そのようななかで、民間でも今回取り上げたスモールM&Aを対象とした「表明保証保険」への取組みが拡充され、事業承継のためのM&Aを安心して行うことができる環境が整いつつあります。例えば、東京海上日動火災保険とM&A総合支援サイト「Batonz(バトンズ)」が連携し、バトンズの専門家が行うDDを利用する買手企業すべてに「表明保証保険」が自動適用されるサービスの提供が開始されました。

補償上限は一律300万円ではあるものの、非常に取引規模の小さな案件も対象となるため、今後、国内スモールM&A向けの「表明保証保険」が普及する契機となるものと思われます。

専門家としても、政府・民間の様々な支援策やサービスを賢く活用しながら、課題解決の支援を進めていきたいものです。

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

(注)関連コラム「本当はこわい表明保証条項」(弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 著)より。