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デューデリジェンスを成功させるポイント その6(人事DD)

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において非常に重要な手続きで、取引の成否を左右する要素です。今回は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:今回は、人事DDのお話だけど。ここが一番やっかいというか、たいへんだなって感じているんだ。だって、「企業は人なり」っていう有名な格言があるくらいだから。慎重にしなきゃいけないでしょ?苦手なんだよね・・・。

 

人事DDの留意点

確かに、ツナグさんの言う通りですね。とても重大なフェーズであることは間違いありません。なぜなら、これまでの買収先の業績を支えてきた、大切な人材ですからね。そして、これから私たちと一緒に、これまで以上の力を発揮していただきたいわけですから。

ただ、一方で、人事DDは非常に広範なため、優先順位を設定して、範囲を限定しリスクをとる姿勢も大切になります。たとえば、他のDD結果の分析などから発生確率が高いと思われる分野かつハイリスクなテーマや合併の戦略的目標に直結するテーマに焦点を当てて、優先的に取り組むことが考えられます。逆に言うと、調査コストとリスクの大きさを比較検討した上で調査範囲を決定することも必要と言えます。
また、全ての情報を一度に集めようとするのではなく、段階を踏んで情報を収集します。初期段階での高レベルの分析から始め、必要に応じてさらに詳細な調査に進むという方法です。

 

人事DDの代表的な調査テーマ

人事DDの一般的な範囲は、以下の通りですが、特に、残業代や社会保険料未払い分の支払いなど、臨時の支出発生など財務面には十分注意してください。また、れがありますので、見落とさないよう、優先度を上げた対応が必要です。

・人員構成や人件費

部門ごとの従業員の人数、年齢、性別、勤続年数、職務内容、労働条件を詳細に把握します。給与については、その内訳や水準、支給ルールについて調査します。退職金制度や福利厚生(健康保険組合、厚生年金基金を含む)などの給与以外についてももれなく行います。また、役員退職慰労金制度や役員の生命保険加入状況、残業代の未払いやパートの社会保険未加入問題などへの注意が必要です。
特に、労働条件については、経営統合後の調整業務が避けて通れないテーマになる可能性が大きいテーマですので、その違いの把握はしっかり行いましょう。

・組織構造と職務権限について

組織構造、各組織の職務権限、職務分掌について確認します。組織図と実際の業務運営が一致していないケースも見受けられますので、直接ヒアリングなども必要に応じて実施します。例えば、小さな組織では、指揮命令系統や職務分担があいまいなことも多く、改善作業が必要になることがあります。

さらに、統合作業や統合後のシナジーの実現にかかわるキーパーソンについては、特に把握しておきたいポイントです。売り手企業の従業員さんのモチベーションや退職意向など、本人はもとより、周辺からの聞き取りなども慎重に行うようにしましょう。

・労使関係

労働組合の有無や加入状況はもとより、過去の労使交渉の記録など。統合作業中、統合後の経営への影響を把握してください。また、労働協約や労使問協定についても漏らさず確認しましょう。

 

専門家やITの活用

人事DDについては、他のDDに比べて、いろいろな面で専門性が高く、繊細なテーマですので、専門家との連携は不可欠とお考え下さい。例えば、労働関連法規に関する内容については、労働分野を専門とする弁護士や社会保険労務士が適任でしょう。また、給与、退職金、年金などの計算については、社会保険労務士や会計士へ依頼することが検討できます。

加えて、従業員数が多いケースでは、クラウドサービスなどを活用することも検討してください。情報の一元化および、迅速な分析が可能になります。現状の把握だけではなく、今後の人件費推移などの予測にも非常に役立つサービスが提供されています。もし、自社で活用しているサービスがなければ、これを機会に導入することも検討すべきです。

 

まとめ

今回は、人事DDに絞ってツナグと一緒に学びました。人事DDでは、上述の通り、内容によっては、一定程度過去に遡ることも、未来を予測することも必要なため、その調査・分析範囲は膨大です。ポイントは、優先度の高いところから、順に調査すること、そして、許容できるリスクの大きさや種類について、あらかじめ、検討・設定しておくことです。
なんらかのリスクが見つかった場合の対応策については、次回、ツナグも交えて、一緒に学びたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

M&Aの目的達成に不可欠なPMI

M&Aの成立はゴールではなくスタート

買い手にとって、M&Aが成立してもそれだけでは安心することはできません。なぜならば、仮に問題なくM&Aが成立したとしても、M&Aにあたって買い手が検討していた目的を達成するためには、自社と売り手とをどのようにして統合していくのかが問題となるからです。

そして、買い手が売り手の企業をどのようにして統合していくのかはM&Aが成立してから検討するのでは遅きに失し、むしろM&Aが成立するに至る過程において検討すべき課題であるともいえます。

この点に関し、今回はPMIを取り上げたいと思います。

 

PMIとは

PMI(POST MERGER INTEGRATION)とは、一般に、買収や合併といったM&Aの実行後に生じるシナジー効果により企業価値を最大限に向上させることを目的とする統合プロセス全体を意味します。

例えば、買い手が示した今後の経営の方向性が売り手のこれまでの事業の進め方をいたずらに否定するものであったため、従業員が不安に思い大量離職が生じてしまったり、取引先と取引条件について改善をしようと交渉を試みるものの、これまでの経緯を売り手経営者から十分に確認していなかったため交渉が難航したりするということが、往々にして起こりがちです。これらのような事態は、PMIが不適切であったことに起因するものと考えられます。

 

PMIはどのようにして進めていくのか

PMIの開始時期については、M&Aの成果を感じている買い手ほど、基本合意の締結やDDを実施している期間といった早期の段階でPMIを視野に入れた検討に着手している傾向があるとの指摘があります。M&Aをするかどうかの検討を買い手が行う際にM&A後の体制について検討を行うことはある意味自然なことともいえます。

PMIにあたって検討すべき要素としておおむね以下のようなものを挙げることができます。

 

① 経営統合

理念・戦略やマネジメントフレームを統合することです。そのためには、まず何のためにM&Aするのかを見える化し、関係者に対して具体的に説明できるようにすることが必要となってきます。

M&Aにより今後進めていきたい経営の方向性を売り手の関係者はもちろんのこと自社内外の関係者に伝えることができれば、信頼関係を構築することにつながっていきます。

② 信頼関係構築

売り手の現経営者や従業員のほか、取引先との信頼関係をいかにして構築していくのかということです。

売り手の現経営者に対しては、第一にこれまでの経営方針や取組等について否定するのではなく傾聴し、これまでの路線を踏襲・深化・発展させて行くことを表明するなど、これまでの努力や感情を損なわないようなコミュニケーションを心がけることが重要であるといえます。そのうえで、売り手経営者の処遇(引継期間における役職・役割、報酬、在籍期間等)について、引継期間などは柔軟な対応をする余地を残しつつも覚書などを作成して明確にします。

売り手の従業員に対しても、これまでを否定するのではなくM&Aによりさらに発展させることを伝えるとともに、売り手経営者と買い手経営者が同席した説明会を行い、M&Aに至った経緯や従業員に対する売り手経営者の感謝や買い手経営者による今後の経営の方向性や従業員の処遇などを丁寧に説明することなどが考えられます。

取引先についても、売り手が行っている取引について、取引先の信頼を得て取引を継続することが重要になるため、基本的には現経営者や従業員と同様のアプローチとなりますが、信用不安を生じさせることがないように、そのタイミングについては慎重を期す必要があります。具体的には、M&A成立前において継続する取引の取引条件等を正確に把握(特にチェンジオブコントロール条項などには注意が必要です。)したうえで、M&A成立直後に速やかに売り手と買い手経営者があいさつ回りを行うというイメージとなろうかと思います。

③ 業務統合

売り手からの業務の引継については、DDや現経営者からの聞き取りを通じて業務の現状を把握しM&A成立後に改善すべき点を明確にします。改善すべき点を把握するにあたっては、売り手経営者や一部の従業員のみに属人化している業務があることや、業務に関する規程や帳票等が存在か存在していても形骸化していることがあることにも留意する必要があります。

 

買い手経営者だけでなく支援専門家も意識すべきPMI

今回はPMIのごく基本的な内容について解説をしました。M&Aに関与する専門家からすると、これまではM&Aの成立後を具体的に意識するという場面は必ずしも多くはなかったのではないでしょうか。その意味では、PMIの視点は買い手経営者だけではなくM&Aを支援する専門家にとっても重要なものといえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

スモールM&Aと「売り手」の情報管理上の留意点

M&Aを進める上で重要なポイントの1つに「情報管理」があります。特に、スモールM&Aの場合、売り手は中小企業や個人事業主であるため、大企業のような情報管理の体制整備がなされていないことが多いようです。情報漏洩は、順調に進捗していたM&Aの交渉が破談になるなどの影響が生じるばかりでなく、従業員の離職や顧客との取引停止など、日常業務における情報漏洩以上に事業に与える影響が甚大になるリスクがあります。

今回は、売り手が中小企業や個人事業主のケースM&Aにおける情報管理について、留意すべき点を考察していきましょう。

 

1.売り手情報はM&Aの成否を決める重要ファクター

スモールM&Aにおける情報の発信源は、基本的に売り手です。買い手も「こういう企業、事業を買いたい」という情報を発信していることもありますが、特定の会社・事業ではなく、買い手の事業展開に資するような事業内容であったり、その事業規模であったり、M&A対象先の「目線」を指示していることが多いようです。

ところが売り手のM&A情報は、“売り物”が自社であるため、自社の役員や従業員などの“身内”はもとより、株主や顧客などのステークホルダーにとっても、“売りたい”という情報自体が関係者に重要な意味を持ちます。適切なタイミングで適切な内容を伝えないと、関係者に重大な不安や動揺を生じさせることになるのです。役員・従業員の離職、顧客との取引見直しなどが生じると、M&Aの譲渡価格が下落したり、場合によっては売り手の信用が失われたりして、M&Aを断念せざるを得ないような事態が生じることもあります。

 

2.M&Aのプロセス毎に必要な情報管理

売り手はどのような場面で情報漏洩リスクを抱えているのでしょうか。M&Aの流れに沿ってみていきましょう。

(1)M&Aの意思決定

中小企業は、M&Aによる第三者承継をしたいと考えても身近な相談相手がおらず、経営者1人で意思決定しなければならないケースが少なくありません。しかし、自分1人では不安なため、付き合いのある税理士や商工会議所の相談員、取引銀行など、具体的にどのようなステップで対応すればよいのか相談します。士業や銀行などは守秘義務を負う相手のため、安心して相談できますが、その際、相談内容をうっかり、家族や近親者に話したり、電話やオンライン会議を社内の役職員に聞こえてしまうようなところで話したりするのはリスクがあります。

(2)M&Aの仲介者・FA等との契約

仲介契約・FA契約を締結する際に、秘密保持条項が設けられているか確認しましょう。秘密保持条項には、①何が秘密情報なのか、②秘密情報を開示してもよい相手先、③秘密保持義務を負う期間が記載されています。開示してもよい相手先については事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関や弁護士・税理士・中小企業診断士などの士業に提供先が限定されていることが重要です。これらの守秘義務を負う専門家以外が記載されているような場合には、その経路で情報が漏洩するリスクがあるので、注意が必要です。

また、仲介会社やFAには営業時間中に会社に頻繁に来訪したりしないように促すことが必要です。M&Aの関係者がしきりに経営者宛に来社していると、M&Aを検討していることが役職員に漏れてしまうこともあるのです。

(3)M&Aプラットフォームの活用

近年はバトンズなどのM&Aプラットフォームの活用により、買い手の発掘が従来以上に効率的に行うことができるようになっています。しかし、プラットフォーム上に開示する情報の内容には十分注意しましょう。

ノンネームシートといって社名は開示されない状態で買い手にはM&Aの条件が見えるようになっていますが、商品・サービス名、顧客や仕入れ先の状況などから売り手が特定されてしまう可能性もあります。M&A情報を丁寧に入力することも必要ですが、ノンネームシート段階では興味を引くレベルにとどめるように工夫しましょう。経験豊富な仲介業者・FAであればこうした相談に応じてくれますし、商工会議所の無料相談などにアドバイスを求めてもよいでしょう。

(4)買い手との交渉

買い手の企業が、売り手のノンネームシートを見て関心を示し、具体的な交渉に入る際に秘密保持契約を締結します。この際には、仲介契約やFA契約を締結したときと同様に、秘密保持義務の条件について内容の確認が必要となります。特に、基本合意書などを売り手-買い手間で締結した場合、その後、事業内容や財務内容のデューデリジェンス(以下、DDという。)を行います。DDでは買い手の事業情報や財務情報を漏れなく開示することになるため、この時点での情報管理は非常に重要です。情報は電子データで渡すことが多いと思いますが、ファイルの誤送信の防止や万が一に備えたパスワードやアクセス権の設定など、第三者に拡散しないよう、念には念を入れた対策が必要です。

(5)クロージング

クロージングでは売り手-買い手間で譲渡契約を締結します。重要なのは、クロージング前に譲渡条件が漏洩してしまうことです。近年、契約書は電子署名による契約、従来ながらの紙媒体による締結いずれもありますが、それぞれ、異なる形での漏洩リスクをはらんでいます。

電子署名による契約の場合、締結前に譲渡金額や譲渡日など取引条件が記載された契約書のドラフトを売り手-買い手間で何度もメールや情報共有フォルダなどでやりとりします。この時に宛先相違があったり、共有フォルダにアクセス権設定が不十分であったりすると意図せぬ情報漏洩が発生してしまいます。一方、紙媒体の場合にも、郵送先が経営者でなく、会社の総務部あてに送って開封されてしまうと社内に漏洩してしまうことになりかねません。

基本合意書締結後に売り手の重大な過失による情報漏洩によりM&Aが破談になるような場合、買い手から損害賠償請求される可能性もあるので、この時点での情報漏洩については特に注意する必要があります。

 

3.売り手経営者の情報管理上の留意点

(1)M&Aの実務担当者を特定し情報遮断する

M&Aのプロセス毎の情報漏洩リスクについてみてきましたが、中小企業の経営者は常に人材不足の状態の中で日常業務をしつつ、並行してM&A準備に対応する必要があるため情報管理を1人で行うのは非常に困難です。M&Aの際にまず、M&Aの情報を共有してよい実務責任者を特定し、管理負担を抱え込まないようにすることが肝要です。

(2)M&Aプロセスの進捗度に応じた情報共有範囲の見直し

M&Aでは情報共有範囲を極力限定することが望ましいですが、検討状況や交渉状況の進捗度に応じて、情報共有すべき対象が拡大していきます。契約締結やDDの実施ということになれば、関連部署に資料やデータの指示をすることも必要になるからです。誰と情報を共有する必要があるのか優先順位を決めて、計画的に情報共有範囲を見直していくことが重要です。

(3)会社や自宅とは別の場所を物理的に確保する

M&A情報は外部の第三者だけでなく、自社の役職員や家族にも知らせることなく進めることが必要です。会社の応接や自宅で買い手や仲介者と面談をしていたのでは情報が漏洩しなくても、関係者の憶測によりM&Aが妨害されてしまうこともあるからです。マンションの一室など別の場所を確保して、面談やM&A関連資料の保管を行う企業もしばしば見受けられます。

 

4.公的機関や士業専門家を活用しよう

売り手経営者は、孤独な環境で意思決定をしなければなりません。情報管理面を考慮するとなおさら相談できる相手先は限られてきます。その点、公的機関や士業専門家は法令上の守秘義務を負っている上、低コストかつ中立的で客観的な立場から経営者をサポートしてくれることが期待されます。

M&Aによる第三者承継を検討している中小企業の経営者の方々は、早期の検討段階では先ずは、事業承継・引継ぎ支援センターのような公的機関や士業専門家などに相談するところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

LBOのメリット・デメリット

M&Aの資金をどのようにして調達するか

いうまでもなく、M&Aには多額の資金が必要となります。M&Aのための資金調達方法としては、さまざまなものがありますが、今回はLBOについて取り上げたいと思います。

LBOとは、買い手が売り手の資産などを担保として金融機関から融資を受けることによってM&Aを行う方法をいいます。売り手の資産を担保とするということは要するに、M&Aを行うために行う借り入れなどの債務の責任を買い手ではなく売り手に負担させるということを意味します。逆に言えば、買い手はわずかな手持ち資金でM&Aを行うことが可能な方法であるともいえます。

LBOとは、「Leveraged Buyout」の略語です。「Leveraged」とは、小さな力で大きな力を生み出すことができるという「てこの原理」を意味するのですが、買い手がわずかな資金でM&Aという大きな買い物ができることをよく表しているということができます。

 

具体的なLBOのスキーム

LBOは、具体的には以下のような流れで行われます。

まず、実質的な買い手は、当該M&Aの買い手となることのみを目的とする会社を設立します(このような特定の目的のためのみに設立する会社のことを特別目的会社(SPC)といいます。)。

このSPCはM&Aの買い手となることのみを目的としている以上、ある種ただの権利義務の「箱」に過ぎません。この「箱」に金融機関などから調達した資金を入れ、M&Aを実行します。M&Aの実行により買い手であるSPCは、売り手の100%親会社になる一方、金融機関から多額の債務を負っている状態になります。

そして、その後にSPCと売り手を合併するのです。そうすることで、SPCの株主である実質的な買い手が売り手の株主となるとともに、SPCが負っていた多額の債務は売り手に承継されます。このため、売り手はSPCが負っていた債務の返済を行うことになるのです。しかも、売り手の資産は担保に入っていますので、売り手としてはSPCが負っていた債務を優先的に弁済することが求められます。

 

LBOにはどのようなメリットがあるか

LBOの流れからも明らかなように、LBOにおいてはM&Aのために調達した資金について直接債務を負うのは、買い手ではなく、売り手となっています。この点で、買い手には負担が少ないというのがLBOのメリットであるといえるでしょう。

すなわち、LBOでは、買い手は少ない資金で自己よりも大きな企業のM&Aを行うことが可能ですし、返済リスクを負うことも基本的にはありません。

また、LBOでは売り手側にとってもメリットがないわけではありません。LBOの場合、SPCが株式を取得するため、適正レベルの株価よりも高い金額を提示します。したがって、売り手の株主は、保有している株式の売却により多くの売却益を獲得することが可能となるのです。

 

LBOのデメリット

LBOにもデメリットはありますが、デメリットはメリットの裏返しともいえるかもしれません。すなわち、一般的なM&Aでは買い手がM&Aのための債務を負いますが、LBOは売り手が多額の債務を負担してしまいます。本来は優良企業であるはずの売り手がLBOによって多額の債務を負担することになります(しかも、優良企業で企業価値が高い売り手ほどM&Aに多額の資金が必要となるため、売り手が負う債務が多額になるというパラドックスがあります。)。

そのうえ、当該債務を優先的に返済していかなければならないため、売り手の本来事業が相当に好調で、十分なキャッシュフローがある必要があるのです。

 

従業員による事業承継にも用いられるLBO

メリットもデメリットもあるLBOですが、従業員による事業承継の方法として用いられる場合もあります。従業員はサラリーマンですので、企業の株式を取得することができるだけの資金を調達することが難しいことが少なくありません。このような場合に、LBOを用いることで、従業員が企業のオーナーとなることができるのです(このようなものを、従業員による企業買収(EBO Employee Buyout)ともいいます。)

従業員が企業を引き継ぐと決心した場合は、LBOによって企業が負った債務を返済するという覚悟がある場合が多いでしょうし、そもそも、従来の経営方針や社風なども維持されるため、大きな混乱が生じる可能性も低いといえるでしょう。

このことからも、LBOは、従業員による事業承継の方法として、大いに検討の余地があるのかもしれません。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

事業再生にも使える特定調停③

日弁連スキームによる特定調停を用いる場合の事前準備

今回は、実際に日弁連スキームによる特定調停がどのようにして進められていくのかについて解説します(日弁スキームのフローについてはhttps://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/resolution/chusho/tokutei_chotei/tebiki_1-10.pdf をご参照ください。)。

特定調停にかかわらず、一般に調停とは、訴訟とは異なり当事者の合意を基本とする手続です。そして、特に、日弁連スキームの場合は、再生計画案に対する金融機関の同意が事前に見込まれている場合に用いられることが想定されています。

したがって、特定調停の申立ての前に各金融機関に対し、再生計画案を示して意見交換し、同意の見込みを得ておくことが必要になります(なお、ここにいう「同意の見込み」とは、金融機関の支店の担当者レベルの同意は得られており、最終決裁権者の同意が得られる見込みがある等の状況を言います。また、積極的に同意をするわけではないが、あえて反対もしないという消極的な同意もここにいう同意に含まれます。

 

金融機関との協議

再生計画案の作成とともに、メインバンクその他の金融機関に対し現状と方針を説明し、再生への協力、返済猶予などの申入れを行います。

金融機関に対しては、事業を廃業すれば従業員の雇用や取引先・得意先関係が失われてしまうこと、自社のみによる経営改善や資産売却で債務を解消することが困難であること、事業者の主たる債務(保証人が要る場合は保証債務も含む。)について、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがある債権者にとっても経済的な合理性が期待できることなどを説明し、理解を求めます。そして、金融機関への説明の方法としては、場合によっては、すべての金融機関が一堂に会するバンクミーティングによることもありえます。

 

再生計画案の作成

金融機関との意見交換を経つつ、DDを実施したうえで、再生計画案を策定していきます。再生計画案を策定することは、弁護士だけでは困難であり、税理士、公認会計士、中小企業診断士と協力して策定していくことになります。

具体的に事業再生計画に記載すべき事項としては以下のようなものがあります。

① 事業者の概要

② 財産の状況

③ 経営が困難になった原因

④ 事業改善の具体的内容・方針

⑤ 財産状況及び資金繰りの見通し

⑥ 事業者の弁済計画

⑦ 対象債権者に対して要請する主たる債務の減免、期限の猶予その他の権利変更の内容

上記の内容のほか、金融機関に対して債権放棄等(実質的な債権放棄及び債務の株式化(DES)を含む。)を求める再生計画を策定する場合は、役員の退任のほか、役員報酬の削減、貸付金の放棄、株式割合の減少などの経営者責任を明確化することや株式の全部又は一部の消滅等の株主責任の明確化も記載することが必要になります。

 

信用保証協会が債権者である際に注意すべき点

ところで、債権者の中に信用保証協会が含まれていることがあります。信用保証協会とは、中小企業・小規模事業者の金金融円滑化のために設立された公的な機関です。公的な機関であるがゆえにほかの金融機関とは異なる注意点がいくつかあります。

まず、信用保証協会は、財産目録や弁済計画の策定に当たって、外部専門家の税理士や公認会計士の関与が求められているため、税理士や公認会計士などに協力を依頼する場合は、信用保証協会と事前の調整をしておかなければ、信用保証協会から外部専門家として認められないという事態になりかねません。

また、信用保証協会においては、実態債務超過を何年で解消する計画になるのかなど、求償権放棄の数値基準があるようですので、当該基準に適合する計画となっているのか、担当者との間で十分な事前調整を行うことが信用保証協会からの同意を得るためには重要になっているといえます。

このほか、信用保証協会においては、事業者と保証人との一体整理を原則としていること、求償権放棄には日本政策金融公庫との調整が必要であること、などの特徴もあります。

 

特定調停の申立て

金融機関の同意が見込める状況になると、裁判所に特定調停を申し立てます。日弁連スキームでは、主に中小企業を想定していますので、裁判所とは、地方裁判所ではなく、簡易裁判所(専門性を有する調停委員確保の観点から、本庁所在地に併設されている簡易裁判所)が想定されています。

既に金融機関の同意が見込める状態での申立てとなりますので、調停期日は基本的には1~2回で調停成立又は17条決定により終結することを想定しています(仮に、1~2回の期日で終結できないのであれば、そもそも日弁連スキームによる事業再生になじまないものであるともいえます。)。

 

簡易迅速に、しかし、公正かつ妥当な事業再生

日弁連スキームは法的再生手続に比べ簡易迅速であるうえ、裁判所を介する点で公正かつ妥当な事業再生の方法であるといえます。民事再生手続はハードルが高いが私的整理では公正性に問題が生じうるといった中小企業の次号再生においては日弁連スキームを活用するのも一つの方法であるかもしれません。

なお、日弁連スキームによる中小企業の再生計画策定については、経営改善計画策定支援事業(通常枠)の対象となります(補助対象の経費 ①DD・計画策定支援費用(上限200万円)、②伴走支援費用(上限100万円))。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク

1.M&A後に顕在化する労務問題

2023年8月、親会社であるセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の米国投資ファンドへの売却について、そごう・西武の労働組合が会社売却に反対してストライキを行ったのは記憶に新しいでしょう。M&Aの際の労務管理がいかに重要であるかがクローズアップされた事件でした。

しかし、M&Aにおける労務面の課題は労働組合対策ばかりではありません。

むしろ、中小M&Aでは、上場会社のように会計監査や情報開示が不徹底な分、M&A後に顕在化する課題が多くあるのです。

今回は、買い手企業の立場から、M&Aの際に留意すべき労務課題について考察していきたいと思います。

 

2.M&A手法によって異なる労務リスク

中小M&Aではどのような労務リスクが課題となっているのでしょうか。件数の多い株式譲渡と事業譲渡を中心に、会社法上の組織再編行為によるM&Aについて労務リスクの特徴を見ていきましょう。

 

(1)株式譲渡

株式譲渡によるM&Aの場合、売り手企業(労働契約の主体である使用者)と従業員の間の権利義務関係に変更はないため、M&A前の労働契約は、原則としてそのまま継続します。

そのため、雇用関係の視点では直ちに問題が発生することはありませんが、M&A前に、未払い賃金(含む残業代)などの偶発債務や、従業員からの訴訟による損害賠償請求などがあった場合には、買い手企業は買収した企業を経由して、その関係を承継してしまうことになるのです。

 

(2)事業譲渡

事業譲渡によるM&Aの場合、労働契約の承継に従業員の個別の「承諾」が必要になります。つまり、売り手企業の経営陣と合意したからといって従業員も自動的に承継できるわけではないのです。事業に従事してもらう必要がある従業員に対して、M&A後の労働条件について事前に十分に説明し納得してもらう必要があるのです。

また、一方、売り手企業との間で労働問題があったとしても、原則、売り手企業との間で処理してもらうことになるため、労務リスクについて、十分事前調査を行えない場合には、有力なM&A手法になります。

 

(3)会社分割・合併(組織再編)の場合

会社分割によるM&Aの場合、「労働契約承継法」が定める手続に従って対応する必要があります。同法により、売り手企業の事業に係る権利義務(全部または一部)が買い手企業に包括的に承継されるため、M&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

したがって、株式譲渡の場合と同様に、未払い賃金や訴訟による損害賠償などの偶発債務が買い手企業に承継されてしまうことに留意が必要です。また、M&A後に買い手企業が労働条件を変更しようとする場合、労働条件の不利益変更とならないよう注意することも必要です。(*厚労省の指針を参照ください)

*「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000141999.pdf

 

合併によるM&Aの場合も、売り手企業の権利義務の全部が買い手企業に包括的に承継されるため、会社分割の場合と同様にM&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

偶発債務の問題や労働条件の不利益変更に該当するリスクなど留意することが必要です。

 

3.労務DD(Due Diligence)や表明保証条項等によるリスクヘッジの重要性

このように、M&Aの形態により留意すべき労務リスクは異なりますが、予防的な対策をとることが何より重要です。M&A後に、労務課題は発覚してからでは打てる対策が限られてしまいます。代表的なものとして、次のようなリスクヘッジ手法があります。

 

(1)労務DDによるリスクヘッジ

M&A前の交渉段階で、人事・労務に関する問題点がないかDDを実施します。内容としては以下のような観点での調査をします。

①人事・労務関係の法令遵守等

②人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

③従業員との個別の労働契約関係等の適正性

ポイントは、労務DDは買い手企業側だけが実施するのではなく、最も社内の事情を把握しうる立場にある売り手企業自身にも実施してもらうことです。

時間外勤務時間の計算間違いなどは、売り手企業自身が把握していないこともあり、M&Aを実施することになってはじめて発覚するということが珍しくありません。

但し、中小企業の場合、人事・労務の専門家が社内にいることはまれですので、社会保険労務士や弁護士に調査を依頼することも選択肢です。DD費用の負担が難しい場合には、法務DDの一部として実施してもらったり、報告書面の作成は省略して報告会などを開催してもらったりする方法もあります。

 

(2)表明保証条項によるリスクヘッジ

M&Aが株式譲渡や事業譲渡の形態で実施される場合、売り手企業と買い手企業の間で株式譲渡契約や事業譲渡契約(以下、「M&A契約」という)を締結します。

M&A契約にはM&Aを実行する前提条件として「表明保証条項」が規定されます。

主な内容として、次の3つがあります。

①M&A実行前に表明保証違反があった場合のM&Aの不実行および契約の解除

②表明保証違反により買い手企業に損害が発生した場合の売り手企業等による補償

③M&A実行後に表明保証違反があった場合の譲渡した株式や譲渡資産の買取り

 

但し、表明保証条項があったからといって万全ではありません。売り手企業の表明保証違反があり、買い手企業が売り手企業に損害賠償請求したとしても、M&A後数か月経過しているような場合、既に売り手企業は、譲渡代金を使ってしまっており、損害賠償を負担する資力がない場合があります。

また、表明保証条項には「知りうる限り」とか「知る限り」といった表明保証をする売り手企業の義務を限定する文言があります。「知る限り、未払い賃金等がない」となっている場合、時間外勤務の賃金を正しく計算し直せば従業員に対する未払い賃金があったとしても、M&A実行時に売り手企業自身が知らなければ免責される可能性が高いことになります。

表明保証条項を設けることによりM&Aにおける労務DD負担を軽減することはできますが、カバーできないリスクもあることを理解しておく必要があります。

 

(3)表明保証保険によるリスクヘッジ

表明保証保険とは、表明保証違反により当事者が被る損害をカバーする保険です。上記(2)に記載した通り、万が一、表明保証条項違反が発覚しても、売り手企業の経済的状況によっては損害賠償が実施なされない可能性があります。こうしたリスクをヘッジするのが表明保証保険です。表明保証保険加入により、被った金銭的被害を補うことが可能です。

但し、買い手企業に保険料負担が生じるため、中小M&Aのように買収代金自体が少額の取引の場合、十分に採算性を考慮して検討する必要があります。

 

4.経営統合の鍵は労務管理

M&Aにおける、人事・労務課題は、M&A実行時においてのみ留意すべきことではありません。買い手企業の視点では、M&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)の段階において、より重要性が高くなります。

次回では、PMIにおける労務リスクと対策について取り上げたいと思います。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

デューデリジェンスへ進む前にやっておくべきこととは?

売り手と買い手の間で重要な論点について話がまとまったら、基本合意の締結へと進みます。基本合意とは、M&Aについて売り手と買い手とが基本的な合意をしたことを、最終契約の前に文書にしておくものです。つまり、「この先、大きな行き違いがない限り、これでM&Aを実行しましょう」と言う意味を持ちます。
本日は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

基本合意とは?

ツナグ:基本合意?DD(デューデリジェンス)もまだだし、仮契約みたいな感じかな?
そうですね。仮契約とは違いますが「これから、M&Aの取引成立に向けて、売り手と買い手とでお互い誠実に、前向きに、交渉を進めていきましょうね。そのための前提条件はこれらですよね」という感じですね。

 

ツナグ:「ふーむ。一般的な営業現場ではあまりない交渉スタイルだね」

確かに、あまり頻繁にはないと思いますが、巨大建造物やビッグイベントなどの大きな案件でも同様に、仮契約を締結することはあると思います。おそらく、売り手側は準備や提案のコストの回収を確定させ、買い手側は、案件の実行に道筋をつけられる。という双方のメリットを実現することが目的ではないでしょうか?一方で、M&Aの基本合意は、特に買い手にとって大きな節目になり、いくつかのメリットが発生します。

ツナグ:M&Aでは、買い手側にメリットが大きいんだね。なんとなく、買い物する側は、いつでも交渉から降りられるから、常に強い立場にあるイメージだけど・・・どんなメリットがあるんだろう?

 

買い手側にとっての基本合意のメリット

まずは、大枠ながら合意形成を文書にするわけですので、それによって「この取引はおそらく成立する、成立させなくてはならない」といった心理的拘束力が双方に期待できます。そして、先述のとおり、基本合意書には、「何ごともなければこのまま進めましょう」と言う意味合いがありますので、買収価格や譲渡スキームなど重要な論点の合意を盛り込みます。
基本合意書締結後は、DDへと進むのですが、DD終了後に大きな問題がなければこの基本合意で仮約束された金額で取引することが一般的ですから、買い手側は、ここまでに知り得た情報に不確定要素や不安要素があるようであれば、買収価格ではなく価格レンジ幅を持ったものを提示して合意することでリスクを最小限にします。また、スケジュールを設定することになりますので、特に、売り手側の意思決定が遅いと感じている場合など、買い手にとっては大きなメリットとなるはずです。
そして、最大のメリットは、独占交渉権が得られることです。一般的には、買い手側に独占交渉権(排他的交渉権)が付与されます。これによって。買い手は競合の動きを気にせず交渉に専念できます。
補足になりますが、もし、双方いずれかが、上場企業の場合は、基本合意後に適時開示により公表されることが一般的です。つまり、もしこのM&Aが成立しなかった場合、「DDで何か大きな問題が発覚したのか?!」と言う様々な憶測が投資家の間に飛び交うことになります。そのため、双方ともに、なんとか交渉を進めて、無事に取引を成就させたいというインセンティブが働きます。

 

基本合意に盛り込まれる主な事項とは?

ツナグ:なるほど。基本合意ってすごい大きな意味があるんだね?!

基本合意では、大きく分けて二つのことについて合意します。一つは取引条件、そして、もう一つは当事者同士の義務など基本的な約束事です。

ツナグ:買い手としては、”金額”、”M&Aの形態”、”スケジュール”なんかが決まっていれば、動きやすそうだね。

そうですね。まず、もっとも大切なことは、買収スキームと取引価格についてです。取引価格については、これまでの交渉を通じておおむね合意していると思いますので、その金額を明示しておきます。一方で、スキームについては、株主などの同意が必要な場合も多いため、この段階で確定することはできませんが、少なくとも最低取得株式数あたりは明記しておきたいところです。また、先述のとおり買収金額に幅を持たせて合意する場合がありますが、売り手側は、どうしても上限金額に意識がいきがちです。安易に金額の幅を決定することはせず、しっかりと自社内のコンセンサスを得ている金額を上限金額とするようにしましょう。

そして、次に従業員や役員などの引き継ぎ条件についてです。具体的には、従業員の雇用条件の維持や、変更に関しては、重要な基本合意事項になります。一般的な労働者は、法律によって保護されていますが、それに加えて、通常1~2年程度は大きな変更をしないということを合意しておきましょう。一方で、役員については任期もあり、法的な保護はないため、退職慰労金などしっかりと合意しておくことが必要です。
また、M&A後の経営統合作業や、業績改善に集中したいため、許認可や重要な取引先との契約、人員整理や不採算事業からの撤退などは、クロージングの前提条件として売り手側の責任で対応を済ませてもらうことを基本合意にしておくことが重要です。

 

基本合意は守られてこそ

ツナグ:なるほど。買い手にとっては、大きな買い物だし、M&Aが成立してからが本番だっていうこともあるし、不確定要素はできるだけ排除しておきたいですよね!なんだかワクワクしてきた!

そうですね。そのためにも、具体的な基本合意の前提条件についても同意が必要です。
まずは、DDの実施日程や調査範囲などとともに基本合意後速やかに実施することへの合意を確認します。独占交渉権についても同様です。これは、売り手は買い手(当社)以外とM&Aについて交渉を行うことを禁止する条項です。ただし、売り手にとってさらに魅力的な買収提案を受けた場合のために別途協議すると言う項目を入れたり、反故にする場合の罰則規定等も決めることがあります。M&Aが盛んなアメリカでは、すでに違約金の相場もあるようです。
これら以外にも秘密保持や善管注意義務に関すること、有効期限、法的拘束力項目について明確にします。

 

▼まとめ

今回は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、買い手側の視点に立ってツナグと一緒に学びました。しかしながら、売り手側にとっても「計画通りに譲渡を実現する」という点において、大きなメリットがあるフェーズです。一方で、このフェーズでもっとも大切なことは「対象企業を利用してくださっている顧客や、業務に従事している従業員・役員にとってのメリットをどのように実現するか?」でもあります。くれぐれも本来の目的を見失わないように留意ください。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也

売り手の確保につながるか?―大阪産業局の挑戦

売り手が不足しているM&A市場

企業の後継者の確保ができない場合に、事業承継を行う一つの方法としてM&Aがあることはいうまでもありません。

しかし、実際に事業承継の場面でM&A市場を見てみるとあることに気づきます。それは、企業を買いたいという買い手は比較的多い一方で、企業を売りたいという売り手は必ずしも多くはないということです。

買い手にとっては、新規事業を開始するのはもちろんのこと、自社の既存事業の対象地域を拡大したり、上流に進出したりする場合であっても、「ゼロイチ」、すなわちゼロから事業を立ち上げるのはリスクがあるうえ、十分なノウハウや顧客などを獲得するのには時間や労力がかかります。このため、ある程度事業について実績のある企業をM&Aによって取得することは経営戦略としても合理的なものといえ、買い手のニーズは堅調である印象があります。

他方で、売り手の立場からすれば、そもそも自分がいままで手塩にかけて育ててきた企業を売却すること自体、相当に重い決断を強いられることになります。特に自分が起業したのではなく、代々続いてきた企業を売却することを決断する社長が苦悩することは十分に理解できるところではないでしょうか。また、仮に自社をM&Aによって売却してもよいという決断をしたとしても、M&Aで売却した後も自社の企業の経営を安定的に継続してもらいたいとの思いから買い手を慎重に選ぶ傾向もあるように思われます。

このように中小企業のM&Aでは、売り手は慎重な判断をする傾向があることから、売り手を確保することが課題となっているように思われます。

 

大阪産業局の取組み

このような課題に対し、大阪産業局が令和4年度から「インターネット《事業引継ぎ支援》プロジェクト」(以下「本施策」といいます。)という興味深い取り組みをしています。(大阪産業局とは、大阪市と大阪府による中小企業支援組織で、平成31年4月に大阪府の大阪産業振興機構と大阪市の大阪市都市型産業振興センターが統合してできた公益財団法人です。)

本施策は、大阪産業局が大阪府から委託を受けて行うもので、登録専門家のアドバイスを通して、M&Aや事業譲渡を検討している企業の経営者がM&Aプラットフォームへ登録できるようにサポートするものです。

ここにいうM&Aプラットフォームとは、大阪府が連携協定を締結した株式会社M&Aサクシード、株式会社トランビ、株式会社バトンズが行っているM&Aのマッチングサイトをいいます。

 

登録専門家が行う支援

登録専門家は、中小企業診断士や税理士といった士業のほか、商工会議所なども含まれます。M&Aで会社の売却を検討している企業の経営者に対し、登録専門家が、会社概要の作成方法や株価算定などによる妥当な資産価値、アピールポイントなどをアドバイスします。また、登録専門家が、M&Aプラットフォームに企業を登載した後、どのような流れで進めていくのかについての説明を行うことも本施策には含まれています(ただし、M&Aプラットフォームに登載後に具体的な案件として進めていく場合の助言などは本施策の対象外となっています。)。

登録専門家は、大阪産業局が実施する研修を受講し、所定の試験に合格することなどが要件となっており、一定の質の確保が企図されています。

そして、登録専門家の報酬は、大阪産業局にて負担し、企業が負担することはありません。また、相談したい登録専門家がいない場合は大阪産業局が登録専門家を紹介することも可能となっています。

なお、本事業の対象となる企業は、①事業譲渡を検討している中小企業者又は小規模事業者であることのほか、②大阪府内に本店または事業所があることが要件となっています。

 

売り手の確保につながりうる施策に

そもそも特定の企業が行っているインターネットのプラットフォームに登載することについて、公的な組織である大阪産業局が予算を確保して関与するということ自体、M&Aによる事業承継において売り手がまだまだ少ないことを強くうかがわせるものといえます。

施策によって、登録専門家が自社を売りに出すことに抵抗がある企業の経営者に事業承継の重要性について説明をしたり、そもそも自社について買い手がいるのだろうかと不安に思っている企業の経営者に自社の強みを発見してもらったりすることが可能になり、売り手の確保に一定の期待ができるものと思われます。

大阪産業局による新たな挑戦ともいうべき施策により、M&A市場に多くの売り手が登場して活性化することはもちろんですが、少しでも多くの企業が後継者がいないことによる廃業を回避するきっかけになることを願ってやみません。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

M&Aの本当の成否を決めるのは~顧客の引継ぎ~

M&A専門誌「マールオンライン」を運営する株式会社レコフデータの発表によると、コロナ禍にあっても2022年の日本企業のM&A件数は4304件と、2021年の4280件を24件、0.6%上回り、2年連続で最多を更新しました。コロナ禍の収束に伴い、中小M&Aの動きはさらに加速すると思われます。

M&Aにより事業を承継する際に、大切だとわかっているのに譲渡金額や譲渡方法などM&A自体に目を奪われて、買収後の事業展開面で最も重要になる「顧客」の承継対策がおろそかになっているケースが散見されます。今回は買い手目線で見た場合の「顧客の円滑な承継」にフォーカスしてご説明したいと思います。

 

1.「顧客」承継の重要性

M&Aにより事業承継する際、承継すべき要素は多岐にわたりますが、株式の承継、経営権の承継、資産の承継などは、M&Aを実施する上で、主要な部分を占めています。

確かに、株式や経営権、資産を承継できればM&Aという“儀式”自体は成立します。しかし、M&Aそれ自体が目的ではなく、M&A後の事業の発展があって初めて目的が達成されるものです。「顧客」は事業成長と存続のための生命線であり、M&A後の事業の発展に不可欠な要素です。特に、理美容業・クリニック・学習塾・高級レストランなどは固定客比率が高い業種といわれており、固定客をいかに承継できるかによって、M&A後の売上高が大きく左右されることになります。

 

 

2.顧客は企業価値の源泉

「顧客が企業価値の源泉である」との考え方は、マーケティングの分野では広く認識されており、さまざまな学者や専門家によって提唱されてきました。

例えば、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは著書「Marketing Management」の中で、顧客満足度を最大化することが企業の成功につながると説いています。

また、マネジメントの神様といわれるであるピーター・ドラッカーも、その著書「The Practice of Management」には、顧客を満足させ、顧客の信頼を得ることが企業の持続的な成功につながると主張しています。

近年、株式上場を目指すスタートアップの企業価値評価方法として、「ライフタイムバリュー(LTV)」と「顧客獲得コスト(CAC)」を用いた手法が活用されることがあります。LTVは顧客一人当たりの生涯で企業にもたらす利益を予測したもので、CACは新たな顧客一人を獲得するためのコストです。LTVがCACを上回る場合、そのビジネスは成長可能性を持つと評価されます。顧客数×LTVにより顧客から生み出される将来収益の予測を行い、企業価値を評価することが、株式上場時の証券会社によるスタートアップのバリュエーションの算定や、スタートアップにベンチャーキャピタルが投資する場合の株価算定など投資活動の最前線で活用されているのです。

 

3.中小M&Aでよくある「顧客」承継にからむ落とし穴

中小M&Aでは、対象となる企業の経営者が創業社長であったり、ワンマンなオーナー社長であったりするケースが少なくありません。特に、エステや美容院などのサービス業の場合は、単なるオーナーではなく、自分自身がカリスマ店長としてナンバーワンプレイヤーであることが多いのも事実です。そうした場合、M&Aでオーナーチェンジしてしまうと、経営者目当てで来店していた顧客が離反してしまうことがあります。固定客比率が5割の事業を買ったつもりが、固定客の過半が経営者の顧客だったりすると収支計画の前提条件から見直す必要が生じてしまうのです。

同様に、M&Aの対象となることが多い業種としてクリニックやパーソナルトレーニングジムなどがあります。好立地や高機能な治療機器、トレーニングマシーンの豊富さなども魅力ではありますが、経営者との個人的な信頼関係が顧客維持のために重要な役割を担っているため、M&Aの際には、固定客のうち、経営者の固定客がどの程度を占めているのかを確認することは不可欠なポイントといえます。

 

4.DX化で広がる「顧客」承継の盲点、経営者個人によるSNSやサイト運営

近年は、経営者自身によるSNSやコミュニティサイトの運営など、多様なプロモーションが展開されています。特に、創業経営者の場合は、事業よりも、SNSやサイト運営がもとになって、事業が始められているケースすらあります。

株式譲渡によるM&Aでは、会社全体を買収するため、会社が運営するSNSやコミュニティサイトであれば引き継ぐことはできますが、運営者が変わることによりフォロアーが離反するリスクがあります。

さらに、事業譲渡による場合は、譲渡対象に運営サイトが含まれることを明確化しておく必要があります。会社資産の全体が自動的に承継されるわけではないためです。

また、オンライン学習事業などのEコマースの場合、会社とは別に経営者が個人的にコミュニティサイトを運営していて、プロモーション上重要な役割を果たしていることがあります。個人運営サイトの場合、M&Aで会社や事業を買収しても、買収対象にはならないため、M&A後の、新規会員獲得や既存客とのリレーション維持が困難になることもあります。

特に、アカウントの売買や譲渡を禁止するSNSもありますので注意が必要です。

M&A前に、会社が運営しているのか個人なのかヒアリングをしっかり行い、M&A後の一定期間は事業の引継ぎ期間を設けて、サイト運営についてもフォローしてもらうなどの工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

今回は買い手目線で、「顧客」を承継することの重要性についてお伝え致しました。オーナー自身が固定客を持っているケースは従来からありましたが、近年、DX化が進展しSNSなどによるプロモーションやコミュニティサイトの運営など、オーナー個人が顧客の獲得・維持に重要な役割を担う機能が拡大しています。

複雑なM&Aの手続きに専念しているとうっかり忘れてしまう部分かもしれませんが、M&Aはあくまでも手段です。M&A後に事業を発展させる目的を達成するためには、「顧客」の承継は不可欠ですし、DX化を踏まえた変化に対応することも必要です。

手段としてのM&Aは知見のある専門家を上手に活用し、最も重要な事業の成功に専念するのも、賢い経営者の選択肢ではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

個人M&Aを後押しする資金調達方法

1.「スモールM&A」の普及と「個人M&A」の増加

中小企業が第三者承継の方法として活用するM&Aや、小規模なスタートアップの創業株主(経営者)がEXIT手段のために実施するM&Aなどを総称して「スモールM&A」ということが多いようですが、明確な定義があるわけではありません。

一方で、M&Aプラットフォームの普及によって「スモールM&A」が増加するなか、個人が買い手として、事業承継ニーズのある中小企業の事業譲渡を受けたり、創業間もないスタートアップを買収したりするなど、M&Aに参画する機会が拡大し、いわゆる「個人M&A」のすそ野は広がりつつあります。

しかし、個人がM&Aを行う際にネックになるのは資金調達です。一定以上の規模になると自己資金で買収コストを賄うのは困難であり、また、自己資金のみで買収するとなればM&Aの対象先は限定されてしまいます。

今般は、個人がM&Aをする際になぜ資金調達が必要なのか、また、どの様な資金調達方法があるのかについて、新たな動きを探ってみたいと思います。

 

2.M&Aに必要な資金調達

M&Aで必要になる買収資金にはどのようなものがあるでしょうか。主なものは、株式譲受資金(事業譲受資金)などの直接的な買収代金、M&A仲介者への手数料、買収調査(デュー・デリジェンス)の費用、譲渡に伴う各種税金などがあげられます。

これらの資金はM&A実施時にほぼ同時期に支払うことが必要となるため、数百万円から数千万円の買収金額であったとしても、個人が自己資金で賄うのは負担が大きいでしょう。

さらに、買収した企業の在庫や売掛金見合いの運転資金、買収先の店内内装のリニューアルやサーバーの増設などの設備投資資金など、買収以降に発生する出費も想定する必要があります。

M&Aプラットフォームの譲渡価額に記載されている金額だけなら自己資金のみで対応できたとしても、M&A時のトータルの買収資金、買収後の運転資金や設備資金などの事業運営資金など、実は想定以上に所要資金が必要になることが多いのです。

こうしたケースに対応するため、通常は、間接金融といって融資などの金融機関借入を活用する方法や、直接金融といって投資家などからの出資を活用する方法などが採用されています。

 

3.個人型のスモールM&Aで活用したい公庫融資

間接金融の代表的なケースは金融機関からの借入金です。個人が大手金融機関から資金調達するのはハードルが高いことが少なくありません。日本政策金融公庫(以下、「日本公庫」という)の融資を活用することがお薦めです。

具体的には、日本公庫(国民生活事業)の「事業承継・集約・活性化支援資金」(※)により、事業承継に必要な運転資金・設備資金について長期間、有利な利率での借入申込をすることが可能です。

主な融資の条件は次の通りです。

【対象者】事業承継を受ける経営者や事業の承継・集約を契機に、経営多角化・事業転換などにより新規事業に取組む方など

【融資限度額】7,200万円(うち運転資金4,800万円)

【返済期間】設備資金:20年以内、(うち据置期間2年以内)、運転資金:7年以内(うち据置期間2年以内)

【利率】基準利率(2.15~3.15%)。条件により特別利率の優遇あり。

日本公庫(国民生活事業)のHPによると、M&Aを行う場合は、株式・事業譲渡の対価の支払いだけでなく、M&Aによって受け継いだ事業の円滑なスタートやM&Aを契機とした新たな挑戦などでの資金需要に対応した融資が行われています。ちなみに2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金(第三者承継に係る融資)707件のうち個人企業向け融資件数は全体の53%を占めています。

 

※公庫融資の活用については拙著「スモールM&Aに必要な資金調達とは~賢い融資制度の活用法」(https://batonz.jp/adviser/articles/2459)をご参照ください。

 

 

4.個人型の大型M&A~国内でもサーチファンド活用が選択肢に

個人が投資家から出資を受けるのは、金融機関から借入をする以上に難易度が高いと思われます。しかし、2022年8月、新たな動きがありました。公的機関である中小企業基盤整備機構(以下、中小機構という)が、国内のサーチファンドに出資を決めたことです。

サーチファンドとは、米国で1980年代に生まれた仕組みです。起業家(サーチャー)が買収候補の企業を探索し、投資家がファンドを通じて買収資金を提供する仕組みです。通常は、ファンド自身が買収先を探索するのですが、サーチファンドは、起業家自身が買収先を探索し、ファンドの資金を活用して企業を買収し経営者として事業を行う点に特徴があります。

企業経営を目指す意欲のある経営者候補「サーチャー」と、事業承継に課題を抱え、適切な承継先を探す中小企業を繋ぐビジネスモデルといえ、新たな事業承継の手段の一つとして注目されています。そうした背景から、経産省は取り組みを推進する方針です。

具体的には、サーチファンドの活用推進策として、中小機構が出資するファンドが運用で得た組合財産について、中小機構より民間出資者に優先分配する仕組みを創設予定です。これにより、民間投資家の資金をサーチファンドに呼び込むことが期待されます。

サーチファンドの規模にもよりますが、1社あたりの投資額は数千万円から数億円が想定され、M&Aにより起業を目指す個人=経営者(サーチャー)に対する資金調達の選択肢は拡充されつつあるといえます。

 

5.まとめ

M&Aにおいて資金調達の成否は、買収の実行はもとより買収後の運転資金や設備資金の確保による事業運営にも影響をおよぼす重要な要素です。

融資にせよファンドの活用にせよ、M&Aの仲介とは異なった専門的知見が必要になります。事業承継・新規事業参画など、本来の目的を円滑に進められるよう、資金調達分野に通じた専門家の活用も必要に応じて検討するとよいでしょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)