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交渉を有利に進めるコツ

M&Aの現場では、売り手も買い手も大きな意思決定を迫られ、”失敗できない”や”損をしたくない”という強いストレスに直面しています。そのため、手間や時間がかかることは当たり前としても、時には、合理的な判断ができなくなるほどの感情問題になってしまったり、交渉がこう着状態に陥ったり、最悪の場合、破談になってしまうことも珍しくありません。
一方で、積極的にM&Aを活用している担当者や経営者は、セオリーを押さえて交渉に臨んでおり、交渉の成功確率を上げています。交渉ごとには同じ状況が存在しないものの、一般的な交渉理論に基づいたコツを共有できればと思います。本日も最後までお付き合いください。

 

相手の交渉のパワーがどこから生まれるのか?を知っておく

交渉ごとには、立場があり、多くの場合、その立場に有利不利があります。
①期待度によるもの
交渉ごとを成立させたいという思いの強いほうが、残念ながら、交渉上の立場は弱くなってしまいます。つまり、初めての交渉にあたるケースや、自社サイドの締め切りが控えているケースなどがこれに当たります。
逆に言うと、交渉前の情報収集を入念に行い、相手側の期待度や焦り具合などを把握しておくことで交渉を有利に進められる可能性が大きく変わります。
一般的には、売り手企業のケースでは、業績が不振であるほど焦りが見られますし、金融機関から期限を設けられている場合はさらにその傾向が強まります。この場合の買い手側は圧倒的に有利に交渉を運ぶことが可能になるでしょう。一方で、独自の強みを持っていたり、業績好調な売り手企業のケースにで、複数の買い手による争奪戦が予想できます。
このように、相手先の背景や業況などの情報収集は、基本中の基本と言えるでしょう。

 

代替案の存在を確認する。

“後がない交渉相手”との交渉ごとは、おおむねこちらにとって有利に進められるでしょう。

では、相手に代替案があった場合はどうでしょうか?もし代替案を持っていれば、それほど交渉で弱腰になることはないでしょう。
例えば、「交渉ごとが決裂した場合、倒産するしかない」ともなればどんどん妥協してくるでしょうし、たとえ、高い金利であっても借り入れの目途がついており、倒産を免れる可能性があれば、それほど妥協して来ないのではないでしょうか?
つまり、相手の次の一手を知ることも交渉ごとを進める上で貴重な情報と言えそうです。

 

交渉タイプと交渉戦術

交渉には、ゼロサム交渉とプラスサム交渉の2つのタイプがあります。
ゼロサム交渉とは、一方が得をした同じ分だけ相手方が損をする場合です。交渉成立は難しくなりやすいでしょう。
一方で、プラス•サム交渉とは、交渉で得られるものを大きくしておいて、引き分けを狙う交渉術です。WIN-WIN交渉とも呼ばれます。例えば、現状価格で買い取る代わりに支払いを分割にするとか、取引先として継続的に付き合うなどです。
M&Aの場面では、1回限りの取引になりやすいのですが、なんらかの方法で、プラス•サム交渉とできないかの糸口を探すことが重要です。

それでもゼロサム交渉になることが多いわけですが、その場合に重要になるのは、先ほどお伝えした”情報”です。いかに相手のことを深く調べ、こちらの手の内を明かさないか、または、伝えるべき情報と伝えてはいけない情報を管理、区別するかです。特に重要な情報は、取引価格と言えるでしょう。
価格の決め方には、いろいろな方法がありますが、重要なことは、自社が買い手であれば、買値の下限値はいくらか?自社としての買値の上限値はいくらか?を自社内で分析・試算の上、設定しておくことです。
自社内での上限・下限を設定したら、相手方への伝えることになりますが、価格交渉においては、最初に提示する価格にもっとも影響を受けることがいろいろな実験で分かっています。
例えば、家電量販店で価格交渉をする場合、店頭価格から値切るのではなく、競合製品や自分の感じる価値によって試算した価格を伝えるべきです。相手側の譲歩枠をこちらで勝手に分析して1〜2割程度の値引きをお願いしていませんか?
もし、買い手として有利に交渉を進めたいのであれば、実現可能性があり、かつ自分たちにとって理想の価格を最初に提示し、根拠とともに伝え、価格交渉をします。この時に、法外に安い価格を示すと相手側から”問題外の交渉相手”と認識され、決裂するため注意が必要です。

ただし、先に希望価格を提示することは、交渉相手にプレッシャーをかけることになり、その後の交渉が有利になるだけではなく、最後に相手の希望価格を聞き入れて成立した際に、「こちらが譲歩した」形になります。これは、相手から見ると「譲歩を引き出した」となり、交渉ごとに勝った形になります。つまりwin-winの結果と言えるでしょう。

 

返報性の法則を利用しましょう

M&Aの場面では、交渉ごとの成立後も相手からの支援を必要としたり、こちらが支援するなど、できれば、円満な関係を持って取引を完了させたいものです。そのためにも、相手に勝たせたような交渉結果が得られことが望ましいです。少しずつ譲歩し、相手の譲歩を引き出したり、相手の譲歩に対してこちらも何らかの誠意を示したりするなど、譲り合いの関係性を築きましょう。
最初から自分たちのギリギリの条件を提示して、「不誠実なので駆け引きはしません」と言う担当者もよくいますが、相手からみると頑固で誠実さや柔軟性を欠いた態度と受け取られ、逆に交渉をこじらせる結果を招きやすいので注が必要です。

 

利益のミスマッチ

家電量販店の事例のように、交渉相手と同じ利益(お金)を追求することは「どちらが得したか?」という評価軸を生みだしてしまいます。では、もし、双方が別の利益を追求したらどうなるでしょう?

例えば、家電量販店であれば、「まとめ買いします!」との提案は、担当者の売上増加に繋がりますし、担当者が会員を増やしたいと考えているのであれば「会員になりましょう」という譲歩も交渉成立に有効でしょう。M&Aに置きかえてみると、売り手が売却価格重視ではなく、従業員の雇用確保や現金の入手スピードだとしたら、譲歩案は、従業員の雇用を確約し、即時現金支払いを約束することで、価格交渉を依頼することになります。

つまり、このような交渉結果を得るためには、お互いの追求する利益が何であるかを見極めることが重要です。

利益のミスマッチをうまく利用するためには、買収条件を提示する際に、できるだけ複数の課題を一度に提示することがポイントになります。例えば、合併交渉であれば、合併比率だけでなく、新会社の社名、本社所在地、トップ人事など、複数の主要な条件を一度に提示して交渉します。それによって、相手方が最も重視するポイント(利益)が浮き彫りになりやすく、それによって利益の交換を行う糸口をつかむことができます。
一方で、条件を一つずつ提示する形で交渉を進めていくと、それぞれがゼロサム交渉となり、立場の強い方にとって一方的に有利な展開となってしまいます。そうなると相手の不満が募り、いずれどこかで交渉が破談となるリスクが高まります。ご注意ください。

 

まとめ

今回は、交渉ごとをスムーズに、できれば、自分たちにとって好ましい結果を得るための交渉術について一緒に学んできました。私たちの日常生活には、このような大きな交渉ごとはないと思いますが、もしチャンスがあれば、少し試してみることで現場に活かせるスキルが身につくでしょう。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

 

M&Aの本当の成否を決めるのは~顧客の引継ぎ~

M&A専門誌「マールオンライン」を運営する株式会社レコフデータの発表によると、コロナ禍にあっても2022年の日本企業のM&A件数は4304件と、2021年の4280件を24件、0.6%上回り、2年連続で最多を更新しました。コロナ禍の収束に伴い、中小M&Aの動きはさらに加速すると思われます。

M&Aにより事業を承継する際に、大切だとわかっているのに譲渡金額や譲渡方法などM&A自体に目を奪われて、買収後の事業展開面で最も重要になる「顧客」の承継対策がおろそかになっているケースが散見されます。今回は買い手目線で見た場合の「顧客の円滑な承継」にフォーカスしてご説明したいと思います。

 

1.「顧客」承継の重要性

M&Aにより事業承継する際、承継すべき要素は多岐にわたりますが、株式の承継、経営権の承継、資産の承継などは、M&Aを実施する上で、主要な部分を占めています。

確かに、株式や経営権、資産を承継できればM&Aという“儀式”自体は成立します。しかし、M&Aそれ自体が目的ではなく、M&A後の事業の発展があって初めて目的が達成されるものです。「顧客」は事業成長と存続のための生命線であり、M&A後の事業の発展に不可欠な要素です。特に、理美容業・クリニック・学習塾・高級レストランなどは固定客比率が高い業種といわれており、固定客をいかに承継できるかによって、M&A後の売上高が大きく左右されることになります。

 

 

2.顧客は企業価値の源泉

「顧客が企業価値の源泉である」との考え方は、マーケティングの分野では広く認識されており、さまざまな学者や専門家によって提唱されてきました。

例えば、マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは著書「Marketing Management」の中で、顧客満足度を最大化することが企業の成功につながると説いています。

また、マネジメントの神様といわれるであるピーター・ドラッカーも、その著書「The Practice of Management」には、顧客を満足させ、顧客の信頼を得ることが企業の持続的な成功につながると主張しています。

近年、株式上場を目指すスタートアップの企業価値評価方法として、「ライフタイムバリュー(LTV)」と「顧客獲得コスト(CAC)」を用いた手法が活用されることがあります。LTVは顧客一人当たりの生涯で企業にもたらす利益を予測したもので、CACは新たな顧客一人を獲得するためのコストです。LTVがCACを上回る場合、そのビジネスは成長可能性を持つと評価されます。顧客数×LTVにより顧客から生み出される将来収益の予測を行い、企業価値を評価することが、株式上場時の証券会社によるスタートアップのバリュエーションの算定や、スタートアップにベンチャーキャピタルが投資する場合の株価算定など投資活動の最前線で活用されているのです。

 

3.中小M&Aでよくある「顧客」承継にからむ落とし穴

中小M&Aでは、対象となる企業の経営者が創業社長であったり、ワンマンなオーナー社長であったりするケースが少なくありません。特に、エステや美容院などのサービス業の場合は、単なるオーナーではなく、自分自身がカリスマ店長としてナンバーワンプレイヤーであることが多いのも事実です。そうした場合、M&Aでオーナーチェンジしてしまうと、経営者目当てで来店していた顧客が離反してしまうことがあります。固定客比率が5割の事業を買ったつもりが、固定客の過半が経営者の顧客だったりすると収支計画の前提条件から見直す必要が生じてしまうのです。

同様に、M&Aの対象となることが多い業種としてクリニックやパーソナルトレーニングジムなどがあります。好立地や高機能な治療機器、トレーニングマシーンの豊富さなども魅力ではありますが、経営者との個人的な信頼関係が顧客維持のために重要な役割を担っているため、M&Aの際には、固定客のうち、経営者の固定客がどの程度を占めているのかを確認することは不可欠なポイントといえます。

 

4.DX化で広がる「顧客」承継の盲点、経営者個人によるSNSやサイト運営

近年は、経営者自身によるSNSやコミュニティサイトの運営など、多様なプロモーションが展開されています。特に、創業経営者の場合は、事業よりも、SNSやサイト運営がもとになって、事業が始められているケースすらあります。

株式譲渡によるM&Aでは、会社全体を買収するため、会社が運営するSNSやコミュニティサイトであれば引き継ぐことはできますが、運営者が変わることによりフォロアーが離反するリスクがあります。

さらに、事業譲渡による場合は、譲渡対象に運営サイトが含まれることを明確化しておく必要があります。会社資産の全体が自動的に承継されるわけではないためです。

また、オンライン学習事業などのEコマースの場合、会社とは別に経営者が個人的にコミュニティサイトを運営していて、プロモーション上重要な役割を果たしていることがあります。個人運営サイトの場合、M&Aで会社や事業を買収しても、買収対象にはならないため、M&A後の、新規会員獲得や既存客とのリレーション維持が困難になることもあります。

特に、アカウントの売買や譲渡を禁止するSNSもありますので注意が必要です。

M&A前に、会社が運営しているのか個人なのかヒアリングをしっかり行い、M&A後の一定期間は事業の引継ぎ期間を設けて、サイト運営についてもフォローしてもらうなどの工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

今回は買い手目線で、「顧客」を承継することの重要性についてお伝え致しました。オーナー自身が固定客を持っているケースは従来からありましたが、近年、DX化が進展しSNSなどによるプロモーションやコミュニティサイトの運営など、オーナー個人が顧客の獲得・維持に重要な役割を担う機能が拡大しています。

複雑なM&Aの手続きに専念しているとうっかり忘れてしまう部分かもしれませんが、M&Aはあくまでも手段です。M&A後に事業を発展させる目的を達成するためには、「顧客」の承継は不可欠ですし、DX化を踏まえた変化に対応することも必要です。

手段としてのM&Aは知見のある専門家を上手に活用し、最も重要な事業の成功に専念するのも、賢い経営者の選択肢ではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

税理士との打ち合わせで出てくる専門用語 パーチェス法とのれん

M&Aの現場では、いろいろな専門家の力を借りる場面が多くなると思いますが、専門家によっては、専門用語を多用するため、慣れない経営者やツナグのような新任担当者にとっては「???」となることが良くあります。「餅は餅屋」という、ことわざ通り「専門分野は、専門家に任せる」という考え方もあるとは思いますが、頻出の専門用語くらいは知っておいても損ではないですし、専門家との意思疎通も一層しっかりと取れるようになるのではないでしょうか?

本日は、税理士との打ち合わせでよく聞く専門用語として”パーチェス法”と”のれん”について、いつもの通り、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

パーチェス法って教科書に出てくる偉人の名前?

ツナグ:パーチェス法ってなんだか理科の実験で習ったような名前ですけど、実験とM&Aに何の関係があるんですか?

”パーチェス法”と初めて聞くと、確かに、どこか外国の科学者の名前にも聞こえてきますね。でも理科の実験とはまったく関係がありません。
パーチェス法とは、合併など企業の結合に際して採用する会計処理方法の一つのことで、買収される企業の純資産と買収金額の差額をのれんとして計上する手法のことです。パーチェス法では、統合される会社の資産や債務を公正価値によって評価し、企業合併による継承を事業の一括購入と考える会計処理方法になっています。他には、持分プーリング法という考え方もあるのですが、アメリカの企業結合の会計基準もパーチェス法を採用しているため、日本でも国際会計基準に合わせるような形で原則的にパーチェス法を採用していて、持分プーリング法を制限する傾向にあります。

ツナグ:のれん?そういえば”のれん”っていう言葉もよく聞くと思っていたけど、パーチェス法と関係があるんだね!

 

のれんっておそば屋さんのアレのこと?

M&Aにおいて”のれん”とは、先ほど説明した通り、買収される会社の純資産と買収金額の間に生まれる差額のことです。計算式は「買収金額ー純資産=のれん」となります。この差額は、資産に計上され、ブランド力などの無形資産が持つ価値を表しています。

ツナグ:「のれん」って聞くとお寿司屋さんやおそば屋さんの入り口に下がっているアレしか思いつかないけど、会計用語なんだね・・・。

いえいえ。ツナグさんの意見が正解です。実は、のれんの由来は、お店の軒先に掲げられる暖簾(のれん)に由来していると言われているんですよ。お店や企業において過去から積み上げてきた信頼、ブランド力や収益力の高さなどを含む、超過収益力が、目に見えない無形資産として会計上の専門用語でも使われるようになったんです。最近ではのれんの価値ということに注目が集まるようになってきており、のれんの中身を見えるような形にするため、顧客との関係や商標権、技術などに分類をする無形資産の価値評価なども積極的に行われるようになってきています。
一方で、のれんには”負ののれん”というものも存在します。

 

負ののれんで業績アップ?!

ツナグ:”負ののれん”?つまり、買収した金額よりも純資産の方が大きいってこと?お得な買い物をしたよっていう”しるし”のことじゃないですか!?

いえいえ、そういう意味ではありませんが、日本の会計上は、負ののれんをその期の特別利益に計上することになります。
ツナグ:買収してお金は出て行ったのに利益になるんだね。それって、僕たちM&A担当者が営業でもないのに、業績アップに貢献できるってことじゃないですか?!いいですね!
そうなりますね、つまり、純資産よりも安価な金額でM&Aを繰り返している企業は、業績とは関係なく利益が多く見えることがあるため注意が必要です。企業分析の際に「利益の内容もよく確認してください」とお願いしている理由にはこのようなこともあるからです。

ツナグ:なるほど。まさにマジックだね。

 

のれんの会計処理

先述の取り、正ののれんは資産として計上しますので、減価償却の対象となり、資産の価値を適正に評価できるようになります。繰り返しになりますが、負ののれんは償却できませんので「負ののれん発生益」として連結損益計算書の特別利益に記載します。(いずれも日本の会計基準で会計処理を行うときに限ります)
のれんの償却期間は、20年以内に定額法などの規則的な方法で減価償却することが定められています。なお、20年以内のため、3年、5年などの短期間で減価償却しても問題ありません。しかし、のれんが高額な場合に短期間で減価償却すると、1年あたりの減価償却額が増え、利益が生じにくくなります。のれんの効果とも照らし合わせたうえで、適切な償却期間を決めるようにしましょう。また、のれんの償却方法は、毎年同額ずつ減価償却をさせる定額法が一般的です。例えば500万円ののれんを5年で償却する場合は、1年あたりの減価償却額は100万円になります。

ツナグ:なるほど。車両や生産設備を導入したときと同じ会計処理をするんだね。会社という設備を購入したと考えるとイメージがしやすいです。

 

まとめ

今回は、M&Aの専門家が打ち合わせで使う専門用語であるパーチェス法とのれんについてツナグと一緒に学びました。これによって少しでも専門家との意思疎通が進み、モヤモヤが解消されることを願っています。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生②

破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合

前回は破産手続開始決定前に事業譲渡を行う場合について解説をしましたが、今回は、破産手続開始決定後に事業譲渡を行う場合について解説します。

破産手続は、清算手続ですので、破産者の事業は廃止されるのが原則です。しかし、事業を継続することについて特別の利益がある場合は、破産管財人は裁判所の許可を得て事業を継続することができます(破産法第36条)。ここにいう「特別の利益」とは、基本的には、事業の継続をした方が破産財団にとって利益となる場合を指します。したがって、事業譲渡をすることにより破産財団が増殖することが見込め、そのためには事業を継続することが必要であるといえることが必要となってきます。このほか、破産管財人が事業譲渡を行う場合も裁判所の許可が必要となります(破産法第78条第2項第3号)。

すなわち、破産管財人は、事業を継続することを第一に考えるのではなく、いかに破産した企業の財産を高額に換価するかということを最優先するのです。したがって、破産管財人が事業を継続したうえで事業譲渡を行うかどうかは例えば以下のような視点で検討をしていくことになります。

① 当該事業が黒字になるか。

事業を継続する目的が破産財団の増殖にある以上、当該事業が黒字であるかどうかは、事業継続の基本的な判断要素となります。

また、事業継続に伴う債務が財団債権となる(破産法第148条第1項第2号)となるため、当該事業が赤字になる場合は、その分破産財団を構成する財産が少なくなります。したがって、当該事業が赤字になる場合は、事業を継続しがたく、事業譲渡もしがたいでしょう。

② 当該事業が事業譲渡までのあいだ現金取引に耐えることができるか。

当然のことながら、破産手続中は信用取引ができないので、すべて現金取引で行うことになります。当該事業を継続する場合は現金取引に耐えることができるかどうかも事業継続の判断要素となります。

③ 当該事業の事業遂行上のリスクがあるか。

例えば、業務中に重大な労災事故が発生することが想定されるような事業であれば、その賠償により破産財団が減少してしまうおそれがあります。

④ 事業を行う人材が確保できるか。

破産した企業が事業を継続する場合、その主体は破産管財人となります。しかし、破産管財人が事業を実際に行うことは事実上不可能であるため、事業に専念できる信頼のおける者がいるかどうかも、事業譲渡を行う考慮要素となります。

 

どのような場合に破産手続開始決定後の事業譲渡を行うのか

これまでに述べてきたことからも明らかなように、破産手続開始決定後に破産管財人が自らの判断で事業を継続することを決めたうえで、事業譲渡をするというのは容易ではないと考えます。

他方で、破産手続開始決定後に破産管財人による事業譲渡を行うことができれば、当然のことながら否認権の行使のリスクはありません。その点で、破産手続開始決定後に事業譲渡を行うメリットがあるといえます。

破産管財人による事業譲渡を容易にするために、次のようなスキームが想定されます。

① 破産する企業が、自己破産申立てをする前の段階で、あらかじめ事業譲渡先を確保する。

② 事業譲渡先となるべき企業と譲渡対価、従業員の承継・その条件、税金・社会保険料および取引債務の承継等の諸条件について事業譲渡先から内諾を得ておき、あとは事業譲渡契約書を作成するだけの状態にしておく。

③ 自己破産申立てを行い、破産手続開始決定後のあとで破産管財人が事業譲渡先と契約を締結する。

このスキームを用いる場合、いかにして短期間で事業譲渡先を見つけ、条件面で内諾を得るかが重要になってくるといえます。また、譲渡先の企業が裁判所や破産管財人が納得できる(すなわち、適正な事業譲渡の対価を支払うだけの体力のある)ものであることを説明できるかどうかも重要なポイントといえるでしょう。

 

今後の活用が期待される破産による事業再生

これまで破産による事業再生はあまり活用されていなかったと思われます。確かに、破産による事業再生には、破産手続開始決定前の破産管財人による否認権行使のリスクや破産手続開始決定後の破産管財人が事業譲渡を行う判断をしないリスクなどがありますが、それよりもやはり破産した企業から事業を譲り受けるというマイナスのイメージが原因となっているようにも思われます。

しかし、民事再生と比較し、短時間で行うことができること、裁判所への予納金等の費用も安価にすることができること、どの事業を事業譲渡の対象とするかについて比較的融通が利くことからすれば、破産による事業再生は、条件さえ整えば検討すべき手法であるとも思います。今後の活用が期待されるところです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

海外企業とのスモールM&Aで“うっかり法令違反”

M&A専門会社のレコフデータの発表によると、2022年の日本企業が関連したM&A件数は、21年の4,280件を24件上回る4,304件となり、2年連続で過去最多を更新しました。

事業承継ニーズは引き続き高いため、中小企業のM&Aを活用した第三者承継も当面は高水準で推移すると思われます。

今回は、国内企業同士のM&Aではなく、海外企業を買い手としたM&Aに着目し、“今どき”の国際情勢を反映した留意点についてご説明したいと思います。

1.円安で押し寄せる外資の波

 

2022年10月、円相場は一時1ドル=150円台まで値下がりし、1990年8月以来およそ32年ぶりの円安水準を更新しました。円安は輸入する原燃料や食料品等の値上がりの要因となりましたが、「外資の日本買い」を促進する要因にもなっています。

円安は、外国人観光客の購買意欲回復など、プラスの効果として捉えられる面もありますが、日本の都市部や観光地の不動産買占めなど、マイナス効果として捉えられる報道も少なくありません。

M&A Onlineによると2022年(1-12月期)の日本企業が関与するM&A公表案件は前年比19.5%減少ながら、海外企業が日本企業を買収するOUT-IN案件は17%増加と拡大しています。

2.経済安全保障と海外企業の国内企業向け投資

 

2023年3月経済産業省国際投資管理室は、「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」を公表しました。これは、近年、国際情勢の複雑化する中、経済安全保障が国家として対応すべき課題となってきたことに対応したものです。

主な内容は、次のとおりです。

・海外企業による国内企業への投資(以下、対内直接投資といいます)は優れた技術やノウハウをもたらし、我が国経済の成長に資するもの

・政府としては投資活動の自由を確保したいが、安全保障に対処するため、政府が指定する業種に対して海外企業が投資する場合は、所管省庁による事前審査が必要

・審査のため事前届け出が義務付けられるが、海外企業が経営に関与しない場合かつ指定業種以外への投資の場合は事後報告でよい

これらの制度自体は2019年の外為法改正時にすでに構築済のものです。しかし、多くの中小企業は外為法等の知識や対応するリソースが不足しています。2022年12月に「安全保障貿易管理ガイダンス」をリリースし、輸出取引における注意喚起をしたのに続き、本件公表により海外企業からの投資を受ける際の注意喚起をしたようです。

3.改正外為法案に抗議したスタートアップ企業

 

財務省が公表した「対内直接投資等に関する事前届出件数等について」(2022年6月)によると、2021年度中に海外企業が日本企業に投資をするために政府に届け出た件数は、上場会社183件に対し、非上場会社は1,222件でした。前年度は上場会社164件に対し、非上場会社は1,117件であり上場・非上場企業とも増加しています。

また、非上場会社の届出件数のうち7割(851件)は経営関与のある投資内容であることが大きな特徴です。非上場会社の多くは中小企業であると推察されますが、相手が中小企業であっても海外企業の多くは“モノ言う株主”であるということです。

ところで、2019年に外為法が改正される際に、海外からの資金調達を進めていた日本のスタートアップ企業は、外為法の当初改正案に反対した経緯があります。

当初改正案が、規制に軸足を置いていたため、先端技術の開発や、新しいビジネスモデルの展開のために海外投資家から資金調達を拡大しようとしていたスタートアップ企業にとっては、足かせとなるものと受け止められたからです。

当時は、2018年に株式上場したメルカリやSansanなど、スタートアップ企業が株式上場前に海外企業から巨額の資金調達をして、成長を加速していた時代背景がありました。

しかし、当初改正案では事前届出が必要な指定業種には「受託開発ソフトウェア業」、②「組込みソフトウェア業」、「パッケージソフトウェア業」、「情報処理サービス業」、「インターネット利用サポート業」などが含められることになりスタートアップ企業が海外企業から投資を受ける際に、事前届出を求められるケースが大幅に増加し、機動的な資金調達が阻害される可能性があったのです。

日本ベンチャーキャピタル協会やスタートアップを支援する弁護士等が、パブリックコメントに際して規制緩和を訴えたことを受けて、以下の条件を前提として事前届け出が免除されるなど、規制が一部緩和されました。

①外国投資家自ら又はその密接関係者(※)が役員に就任しない

②指定業種に属する事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しない

③指定業種に属する事業に係る非公開の技術情報にアクセスしない

④コア業種に属する事業に関し、重要な意思決定権限を有する委員会に自ら参加しない

⑤コア業種に属する事業に関し、取締役会等に期限を付して回答・行動を求めて書面で提案を行わない

(※)外為法上の用語。過半数の議決権を有する法人や親族など

4.事前届出といっても「審査」がある~経済安全保障の壁

外為法の事前届出は、「届出」といっても所管官庁による「審査」が実施されます。

届出後30日以内に審査結果が出ますが、国の安全に問題がある場合は中止等の命令がなされ、M&A自体が成立しないことになります。

また、事前届出せずに出資やM&Aを実行した場合や命令に従わない場合は罰則が規定されています。

「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」では、問題のある取引として次のようなケースを紹介しています。

①技術の軍事転用:A国が、軍事転用が可能な機械部品を製造する日本の工作機械メーカーB社を買収し、B社の有する機械部品の設計製造技術がA国に流出した。

②供給の途絶:A国のファンドが防衛装備品を製造している日本のB社を買収。A国のファンドはA国政府の支配下にあり、卸先を日本国内ではなく、A国への優先供給に切り替え、国内への供給が絶たれた。

③基盤技術の流出:A国が、日本の製造業の基盤となる半導体製造技術を保有するB社を買収し、当該技術が流出。A国は当該技術を使って、同等製品を安価に製造可能となり、日本の製品が売れなくなった。

 

事前審査の対象となる業種は、上記の軍事技術のように明らかに問題のある分野ばかりではありません。

「航空」「原子力」「宇宙」「医薬品・医療機器」など高度に専門性の高い分野の他、「電気業、ガス業、熱供給業」「水道業「通信事業、放送事業」「鉄道業、旅客運送業」などのインフラ関連、「集積回路製造業」「半導体メモリメディア製造業」「情報処理サービス業」「ソフトウェア業」などのサイバーセキュリティに関する業種など、実は幅広い業種・業界が対象となっており、うっかりすると「自分の会社は関係ないと思っていたのに」ということになりかねません。

 

まとめ

海外企業を買い手とするM&Aは、外為法や経済安全保障上の規制など、国内M&Aにはない規制があり、知らずに着手すると“うっかり”法令違反となってしまうこともあります。

また、今回ご説明したような、法令・規制上の課題はもちろんのこと、海外企業に買収された場合の、買収後の組織文化の融合など、様々な検討課題があります。

海外企業が買い手のM&Aについては、海外企業とのM&Aに知見のある専門家に相談し、海外企業特有のリスクを十分に加味した上で、慎重に検討しましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

自社の目的にもっともフィットするM&A手法の選びかたは? その2

みなさま、こんにちは!
前回のお話の続きです。「自社の経営課題を解決するためにもっとも適したM&Aの手法」を選ぶために検討すべきことについて新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。
まずは、簡単に前回の振り返りをしましょう。

前回は、そもそも、「M&A」と一口にいってもそのスキームにはどんなものがあり、それぞれどんな特徴があるのか?について一緒にみてきました。自社にとってベストの手法を選択するためには、M&Aに取り組む自社の目的や様々なステークホルダーの要望など、多角的に検討する必要があるというお話でした。

今回は、具体的にどのようなことを検討する必要があるのか?の5つの着眼点について考えていきましょう。
前回同様に広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むと言われていますが、本コラムの読者層を踏まえて、それらを除いた残りのスキームを念頭においてお話しします。

 

M&Aのスキームを選択する際に検討すべき5つのポイント

ツナグ:えーっ!5つも考えなきゃならないの?!

そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。逆に、5つに整理することで、それぞれの手法を選択した場合のメリットとデメリットを整理できれば、それが、自然とステークホルダーの意思統一に繋がり、折衝や検討の時間短縮に繋がります。

まず、担当者としては、経営統合作業の進めやすさと経営統合の目的であるシナジーを発揮しやすいかどうかを検討する必要があります。シナジーとは、「複数のものがお互いに作用し合い、効果や機能を高めること」という意味ですが、つまりは「相手の組織と組むことによる自社のメリット」と同じような意味で捉えていただければ大丈夫です。

組織内外からのさまざまな圧力があり、統合作業を慎重に進めたいケースや、買収対象企業をそのまま存続させたいケースなどは、株式譲渡や株式交換、株式交付を利用するのが良いでしょう。統合作業をじっくり進められるためリスクは小さくできるものの、逆に言うとシナジー効果が発揮されるまでに時間のかかることが多いようです。
逆に、買収対象企業の存続が危ういため統合作業を急ぐ必要がある場合や、早急にシナジー効果を得たいと考える場合、リスクは少々高くなりますが、思い切って組織を速やかに一体化させることを検討しましょう。“合併”もしくは場合によっては、“事業譲渡”が適していると思われます。ただし、給与体系などの人事制度や情報システムにどの程度の違いがあり、統合によって発生しそうなトラブルについて十分な検討と対策を準備しておく必要があります。
ツナグ:事業譲渡は、事業譲渡の範囲を狭くすれば、素早くできる可能性が高まりそうだね。

次に検討すべき項目としては、相手の会社を子会社化するのか、それとも、対等な立場で統合するのか?があります。これは、両社の株主や取引先、顧客などのステークホルダーの意見を取り入れた上で検討してください。単純に子会社化するだけであれば、株式交換、株式交付、株式譲渡、新株引受なども考えられます。一方で、対等な立場での経営統合であると言うことを世間や従業員にアピールしたい場合などは、株式移転を活用した持ち株会社制度や合併が考えられます。
例えば、新たな会社を新しく設立し、そこに両方の会社を参画させるホールディング会社制度であったり、2社が合併して、両者の会社名を並べて新会社名にしたり、などがよくあるケースですね。
ツナグ:金融機関でよく見るタイプだね。

そして、支配権を取得する相手先企業がどれくらい健全な状態か?についても検討すべき項目になります。なぜなら、経営を統合するわけですから、不健全な経営を自社に取り込むことになるからです。具体例としては、相手先が長期かつ大きく債務超過をしているケースや帳簿に載っていない大きな借入金があったり、などは、会社丸ごとではなく、その事業だけを“事業譲渡”の手法で取り入れることを検討しましょう。予見できないリスクを排除できます。
ただし、事業譲渡の場合、どこまでが譲渡を受けた範囲なのか?であったり、競業避止義務の期間や範囲など、取り決めるべきことが広範に渡ったりするため、担当者の業務負荷が大きくなることになります。

ツナグ:業務が増えるのだけはヤダ!だけど、こうして聞くと、どれも当然のことだけど、本当にいろいろな視点で検討する必要があるんだね。

 

自社の都合だけでは決められない買収スキーム

M&Aにおいては、買収企業以外にも様々なステークホルダーがいます。その中でも最も大きなステークホルダーは、買収対象企業のオーナーや株主になります。
例えば、買収対象企業の株主が現金を希望するのであれば、株式交換ではなく、株式譲渡となります。一方で、買収対象企業の株主が買い手企業の株式を対価として望んでいる場合は、株式交換、株式交付、合併、吸収分割なども考えられます。ただし、一般的には、買い手企業が上場会社でなければ、これらのスキームが選択されることはないでしょう。
逆に、買い手に資金がたくさんあれば、現金を対価とした買収は可能ですが、資金調達余力に乏しい場合は、株式交換や合併といった株式を対価としたスキームを中心に検討することになります。ただし、買い手が上場企業の場合または近い将来に上場の計画をしている場合に限られます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶために検討すべき内容を一緒に考えてきました。

1.経営統合作業をスムーズに行えるか否か?
2.経営統合の目的であるシナジーを発揮できる手法は?
3.相手の会社を子会社化するのか?それとも対等な立場で統合するのか?
4.支配権を取得する相手先企業の経営の健全性はどれくらいか?
5.買収対象企業の株主の希望は、現金か株式化か?

これ以外の切り口として、経営資源活用の観点から4つ分けることもできます。いずれにしても、“手段の目的化”を防止するためには、前提条件をステークホルダー間で共有しておくことが重要です。
また、M&Aの場面では、ステークホルダーそれぞれの思惑が複雑に絡み合うため、時には妥協することもしばしばです。今回の5つの観点がお互いに絡み合っているのはそのためです。

なお、本コラムは、初めてのMA&担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を一部簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言をもとに取り組むことをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士  山本哲也

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生①

小規模な企業になじむ破産による事業再生

 倒産手続において、破産は典型的な清算型の手続と位置づけられます。清算型の手続とは、企業の債権債務関係を清算し、法人格を消滅させる手続をいいます。すなわち、破産は典型的な会社をたたむための手続といえます。

 したがって、少なくとも法律論としては、裁判所を通じた手続を用いて事業を再生する場合は、清算型の破産ではなく、再建型の民事再生を用いるべきであるといえます。

しかし、民事再生の場合は、法的手続それ自身に多額の費用を要すること、手続自体が複雑であることなどから、利用するハードルは決して低いものではありません。実際、帝国データバンク『全国企業倒産集計2020年度』によれば、2020年度の倒産件数のうち、破産は6718件(構成比91.9%)なのに対し、民事再生法は260件(同3.6%)にとどまることからも民事再生をすることが容易ではないことがうかがえます。)特に、規模の小さい企業において民事再生を用いて再建を図るのは決して容易ではありません。

 実は一見矛盾しているかもしれませんが、破産手続により事業再生を行うことがあります。今回は「破産による事業再生」について、説明したいと思います。

 

破産による事業再生はどのような方法で行うのか

破産による事業再生の主な方法は、企業のうち、業績が好調な事業を事業譲渡し、事業譲渡後に、当該企業の法人格を破産手続により消滅させるというものです。民事再生のような多額の費用や手間を要することなく、柔軟に好調な事業のみを残せるという点で規模の小さい企業であっても事業継続しやすいという点にメリットがあります。

しかしながら、破産による事業再生を行うにあたってはさまざまな留意点があります。

 

破産申立前に事業譲渡を行う場合

通常、破産申立てを行う前には、いったん事業を停止します。しかし、事業の性質上常に事業を継続しておかなければならないものの場合は、少しの間であっても、事業を停止することで事業価値が大きく毀損することがあります。

また、次回で説明する破産手続開始決定後に事業譲渡をする場合は、事業譲渡までかなり時間がかかることがありますが、破産申立前であれば迅速に事業譲渡を行うことができ、その分事業価値が損なわれるのを最小限にすることができます。

その一方で、破産申立前に事業譲渡を行うと、リスクが生じる場合があります。それは、事業譲渡の価額等が適正でない場合は、破産手続開始決定後に破産管財人により否認権を行使されてしまうということです。

実際、事業譲渡当時、支払不能の状態にあった企業につき、企業の責任財産の引き当てが減少することになることからすれば、債権者を害する行為に該当するなどとして、破産管財人による否認権行使の対象となるとした裁判例もあります(東京地決平成22年11月30日金商1368号54頁。なお、この裁判例では事業譲渡の譲受会社が譲渡会社の債務につき重畳的債務引受をしなかったことも詐害行為否認の対象となる根拠とされています)。

したがって、破産管財人による否認権行使のリスクを少なくするためにも、破産手続申立前に事業譲渡を行う場合は、少なくともその対価についての根拠を明確にするとともに、事業譲渡の対価たる金銭について、全額を破産管財人に引き継げるようにする必要があるでしょう。

 

破産申立後から破産手続開始決定前の間に事業譲渡を行う場合

破産申立を行ったとしても、必ずしも破産手続開始決定がすぐに出されるとは限りません。

破産申立てから破産手続開始決定までの間も事業継続をしなければ事業の価値が毀損されるような場合は、利害関係人の申立て等により裁判所による保全管理命令(破産法第91条)によって選任された保全管理人により事業が継続されることとなります。

では、保全管理人による管理の段階で事業譲渡をすることができるのでしょうか。破産法上保全管理人が「常務に属しない行為」をするには、裁判所の許可を得なければならないとされています(破産法第93条第1項)。事業譲渡は基本的には常務に属する行為とはいえないので、裁判所の許可が必要となります。このほか、事業譲渡を行うために必要な株主総会決議(会社法第467条)が必要であるのかについては解釈上争いがあります。理論的には、破産手続開始前となるので株主総会決議は必要であるようにも思えますが、決議は不要という運用をしている裁判所もあるようです。

ただし、そもそも、保全管理人による管理は破産申立てから破産手続開始決定までのいわば過渡期として現状を維持すべき状態といえますので、あえてこの段階で事業譲渡をしなければならない必要性は少ないでしょう。

次回の予告

次回は、破産手続開始決定後の事業譲渡について、そのメリット・デメリットなどについて解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aのいろいろな手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶには?

みなさま、こんにちは!

M&Aと一口にいってもその買収スキーム(買収手続き)にはいろいろなものがあります。そのなかから、M&Aの目的を最大限に達成し、さまざまなステークホルダーの要望を満たす手法を検討する必要があります。また、よくある“手段の目的化”の発生を防止するためには、常に前提条件をステークホルダー間で共有しておくことも重要です。

今回は、さまざまなスキームの概要をお伝えするとともに、どの方法を選ぶべきか、検討すべき要素について、新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。

広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むといわれていますが、今回は本コラムの読者層を考えて、それらを除いた残りのスキームについてお話しします。

そもそも買収スキームってなんだ?

ツナグ:買収スキームってよく耳にする言葉だけどどう意味なんだろう?確か、スキームは“計画”とか“案”って意味だって受験勉強の時の記憶がうっすらとあるけどなぁ・・・。

買収スキームとは、買収を行う側に譲渡対象企業まるごと、または事業の支配権を移転させる取り組み方法のことを指します。

M&Aの手法は、その対価によって大きく2つに分かれています。1つは、“株式を対価に買収”と、もう一つは、“現金を対価に買収”です。

法律上は、これら以外を対価とすることも認められていますが、さまざまな理由から実務上は、株式以外の対価が利用されることは稀です。

 

それぞれの手法の特徴

ツナグ:“交換”、“交付”、“移転”??似たような名前ばかりで頭がこんがらがってきたよ。

1つずつ簡単にご説明します。

合併とは、2つの会社が合体して1つになることを指し、大きく分けて2種類の方式があります。

まず、新たに会社を設立し、その新設会社に合併を行うすべての当事会社の権利義務が移行される方式を “新設合併”といいます。新設合併の当事会社はすべて解散手続きを行い、新設会社が存続会社となって残るものです。具体的には、資本関係のない同業界内での2社の合併やメーカーと販社の合併などが利用しています。2021年4月に、三菱UFJリースと日立キャピタルの経営統合の事例がこれにあたります。

次に、吸収合併は、合併後に存続する会社が合併後に消滅する会社の権利義務を引き継ぎます。消滅する側の会社は合併後、解散手続きを行い、存続会社だけが残るものです。

グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

次に株式交換・株式移転。これらは、お互いの株式を交換することで、支配権が移動する方式です。二つの違いは、株式交換はすでに存在している会社を特定親会社とすること、新たに特定親会社を設立するのが株式移転です。

例えば、支配権を得ようと考えているA社の株式1株に対して被買収会社B社の株式5株が、仮に同じ価値だとします。すべてのB社株式をA社株式と1:5の割合で交換する形で引き渡すことによって、B社の株式のすべてをA社が取得すれば、支配権の移転は完了となります。一方、B社サイドはA社の株式の一部を取得することに留まり、A社が親会社となるという方法です。

ホリエモンが、ライブドア時代にこの方法で多くの会社を参加に収めたのは有名な話ですね。

株式交付とは、令和3年に会社法上に新たに創設された組織再編のスキームです。

株式交付は、一言でいうと「部分株式交換」ともいえる手法です。つまり、すべての株主が株式を交換したのではなく、一部の株主のみが株式の交換に応じた状態で支配権を取得し、子会社化するケースです。株式交付に参加しない株主Zは、株式交付後も、引き続きB社の株主に留まります。完全子会社化までは考えていないケースに活用できる手法です。具体的には、2021年6月にGMOインターネットが、飲食店予約管理サービス「OMAKASE」を展開するOMAKASEの株式61.5%を株式交付の手続きにより取得し、子会社化しました。

ツナグ:聞けば聞くほど、ホントこんがらがっちゃうよ・・・。まだあるの?

まだ株式を対価にする手法の途中ですよ!

会社分割には大きく分けて2つあります。1つは新設分割といって、新たな会社を100%出資子会社として作りその会社の株式とB社の株式を交換し、支配権を得るケースです。

今月初旬(2023年2月)共同新設分割といって、2社の出資で新設会社を作り、そこに関連事業を承継させる手法が活用されたニュースが流れました。旭化成株式会社と三井化学株式会社が、不織布関連製品の開発、製造、販売に関する事業を新設会社であるエム・エーライフマテリアルズ株式会社へ承継するスキームで、効力発生は、2023年10月とのことです。

もう一方は、吸収分割といい、まず、B社の中のA社に支配権を譲渡する部門とB社に残す部門とに分社化します。その後、A社に支配権移動するやり方です。こちらも、グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

先述の通り今回は、株式を対価にすることを前提にご説明しましたが、株式以外を対価とすることも法律上は認められています。例えば、新株予約権や社債などがそれにあたります。このようにM&Aのスキームにいろいろと名称があり、分類されている背景には、債権者や労働者の保護のための法律と深いかかわりがあり、さまざまなルールが設定されていることがあります。つまり、それらを十分に理解した上で進める必要があります。

 

現金を対価にするM&Aスキームは

続いて現金を対価にする方法についてお話しします。

ツナグ:やっぱお金で買う方が、“買収”って感じがするよね。

まず、もっとも簡易な方式である事業譲渡です。B社の運営している事業のすべてを譲り渡す“全部譲渡”と一部分だけを切り取って譲り渡す“一部譲渡”に分かれます。

例えば、事業承継がうまくいかず、廃業を検討している同業者の設備や顧客などに対して現金を支払って引き受ける場合などを想像していただくとわかりやすいかと思います。また、資格保持者がいなくなって、立ち行かなくなった事業部分だけを譲り渡すケースが一部譲渡とイメージしていただければ良いと思います。

続いて株式譲渡です。こちらは先ほどお互いの株式を価値に見合った数量同士で交換するスキームをご説明しましたが、それをお金で支払うケースです。

最後に「新株引き受け」という方法があります。これはB社が新株を発行して、それをA社に現金で販売しA社が支配権を取る(購入する)という方式です。

ツナグ:こんなにたくさんあるスキームの中からうちの会社は、いったいどれを選択すればいいんだろう?

法律上の分類になっている点があり、少し難解ですよね。次回は、そのあたりのお話を掘り下げていきます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶためにまずは、どんな方法があるのかについて実際の事例も交えて説明しました。次回は、実際に手法を選ぶ際に留意すべき7つのことについてご説明いたします。

なお、本コラムは、初めてM&A担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言を元に進めることをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

事業譲渡によるM&Aの後に想定外の債務を負担しないために

買い手にとってM&Aが終わってもまだまだ油断はできない

前回のコラムでは、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるとして、M&A後の競業について解説しました。今回も、M&Aの後において、買い手が思わぬリスクを負いかねない点について、解説したいと思います。

 

事業譲渡において買い手が承継する財産は契約で定められる

M&Aの法的スキームにはさまざまなものがありますが、その中の一つに事業譲渡というものがあります。ここにいう事業とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)をいいます。要するに、単に土地建物、什器備品、債権等の個々の財産がバラバラになっているのではなく、これらの財産が一体となってある営業目的のために機能しているものを事業というのです。電車や駅舎建物が鉄道という一定の目的のために機能している(すなわち「鉄道事業」)というイメージです。

そして、事業譲渡とは、事業の「全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(注:会社法21条)に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの」(上記最判)とされています。

すなわち、事業譲渡とは、いわば事業という財産についての売買契約であるといえます。したがって、権利義務関係を包括的に承継する合併や会社分割とは異なり、どのような権利と義務を買い手が承継するかは個々の事業譲渡契約において定められることになります。つまり、事業譲渡契約において承継の対象とされていない権利や義務について、買い手が承継することがないのが原則です。

 

買い手が売り手の債務を負担しなければならない場合がありうる

既に述べたように、事業譲渡契約において、売り手が負担していた債務につき買い手が承継しないとされた場合、当該債務について買い手が負担しないのが原則です。

しかし、買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合には、買い手も、売り手の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(会社法第21条第1項)とされています。これは、商号を引き続き使用する場合は、債権者からすれば、当該事業の運営主体が誰であるかを認識するのが困難であることを踏まえたものですので、

事業譲渡の後、買い手が遅滞なく、本店の所在地において売り手の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合や、事業譲渡の後に買い手と売り手が遅滞なく、債権者に対して買い手が債務の弁済をする責任を負わない旨の通知をした場合は、適用されません(同条第2項)。

確かに、債権者からすれば、事業譲渡があっても同じ商号を使用しているとだれがその事業を運営しているのかがわからないといえます。

したがって、事業譲渡によるM&Aの場合、仮に買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合は、当初の想定にない売り手の債務を買い手が負担してしまうリスクがあることを買い手は十分に認識し、責任を負わないようにしておく必要があります。

 

挨拶状が思わぬリスクを招くことがある

先ほど述べたことからすれば、買い手が事業譲渡後に売り手の商号を使用しない場合は、買い手は売り手の債務を負うことは基本的にはないということになります。

ところで、M&Aのあと、買い手は取引先などに対し、「このたび、弊社はα事業をP社から譲り受けました。今後の取引についても、弊社従業員ともども、責任をもって継承いたします。」などと挨拶状を送付することがあります。

しかし、この挨拶状が思わぬリスクを招くことがあります。なぜならば、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合においても、売り手の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告(債務引受広告といいます。)をしたときは、売り手の債権者は、買い手に対して弁済の請求をすることができる(会社法第23条第1項)とされているからです。

そして、債務引受広告にあたるかどうかについて、判例は「その広告の中に必ずしも債務引受の文字を用いなくとも、広告の趣旨が、社会通念の上から見て、営業に因つて生じた債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるが如きものであると認められるようなものであれば足りる」として、「今般弊社は6月1日を期し品川線、湘南線の地方鉄道軌道業並びに沿線バス事業を東京急行電鉄株式会社より譲受け、京浜急行電鉄株式会社として新発足することになりました」という記載が債務引受広告に当たるとし、電車のとびら装置の故障によつて発生した事故による損害賠償債務について買い手には弁済をする義務を負うとしました(最判昭和29年10月7日民集8巻10号1795頁)。

挨拶状の記載は定型的なものになりがちですが、買い手が想定外の債務を負わないようにするためにも、「事業譲渡の日の○月○日以前にすでに発生している債務について、弊社が負うものではありません」という記載を加えるなど、挨拶状の表現については慎重な検討が必要といえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

意外とシンプルな会社の値段の決まり方 その2

みなさま、新年あけましておめでとうございます!

昨年もいろいろなM&Aに関するニュースがありましたが、どのニュースに着目しましたか?

すでにご存じかもしれませんが、コロナ禍以降、国もM&Aを活用した事業承継に大きく注力し始めました。具体的には、あらゆる補助金に、M&Aを活用した事業承継支援のコースが設定されていますし、事業承継の準備に対する補助金や廃業に対する補助金まで用意するほどです。

今回は、前回に引き続き、会社の売買金額についてのお話です。

中堅・大手企業は、お互いの合意に加えて説明責任(根拠)を重視する。

前回の冒頭に「売買金額は、お互いが納得していれば、いくらでもOK。なぜなら、価値の捉え方は多様だから」と書きましたが、実は、これは中小零細規模の視点にたった場合の話なのです。

なぜなら、中堅や大手企業では、買収金額に意見をするステークホルダー(利害関係者)がたくさん存在するため、金額に対する根拠がより一層求められるからです。「お互いの意見が一致したから」だけではこの説明責任が果たせないのです。

例えば、売買金額の確定前から考えると、社長や役員・相談役、株主(前社長など)、金融機関など。なかには、取引先、同業他社のように直接の利害関係者でもない人まで口を挟んできて意見表明をする始末です。特に、株主や金融機関などからの意見に対しては、担当者だけではなく、経営幹部が説明する必要も出てきますからなおのことです。

そこで、重要になるのが、売買金額の計算方法などの根拠です。

事業が将来生み出すお金を根拠に会社の価値を決めるDCF法とは

M&Aにおける売買金額の算定に当たって、会社の価値を把握する一つの方法として、DCF法というものがあります。これは、「会社をお金(キャッシュ)を生み出すシステム(機械)である」ととらえ、会社の価値はどれだけお金を生み出すことができるかにあると考えるものです。

営業利益を考える

 会社がどれだけお金を生み出すことができるかを考えるにあたって、まず確認しなければならないことは、会社がどれだけ営業利益を上げることができるのかということです。

営業利益を正確に把握するためには、5~10年程度先までの事業計画書(予測決算書)を入手し、以下の3点に着目して確認します。

①過去の経営成績と財務指標の推移

②売上高計算根拠(数量✕単価)

③コスト構造(変動費と固定費)

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①過去の経営成績と財務指標の推移

過去5年~10年程度の決算書を分析し、その傾向とイレギュラーについては、その原因について確認を行い、明らかにします。特に、今期の着地見通しと来年の計画については入念に精査します。なぜなら、この二期の数値が、将来の算出の土台となるからです。多かれ少なかれ、過大になっていることが一般的です。

②売上高計算根拠(数量✕単価)

売上高は、その内容によって変動費にも影響があるため、数値計画においては、最も重要な数値です。売上高の構成要素は、業種によって様々ですが、基本的には、数量と単価に分けられます。それぞれ、さらに細分化してみることで業界外の数値であっても妥当性の判断がしやすくなります。

③コスト構造(変動費と固定費)

コスト構造についても、構成要素を分解することで数値の妥当性が判断しやすくなります。例えば、変動費は、前述の売上高の推移に応じて変化しているか、変化していなければ、その要因はなにか?固定費は、その設備、施設や人員の内訳を確認することで、前述の売上高を支えることができるだけの固定費を見積もっているのか?などを分析することになります。

 

利益以外にもお金に影響する項目とは?

最初に必要なことは予測の決算書を使って「いったい、毎年いくらのフリーキャッシュフロー(お金)を生み出すのか?」を調べることです。フリーキャッシュフローとは、「企業が生み出したお金のうち自由に使えるお金」という意味で、その計算式は、営業利益✕(1-法人税率)+減価償却費等-設備投資±運転資本の増減です。

実は、お金の増減に関する要因は利益だけではありません。計算式の通りそれ以外にも①法人税②減価償却費等③設備投資④運転資本。の4つが関係しています。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①法人税

法人税の内訳は、法人所得税、法人住民税、法人事業税となっています。法人住民税や法人事業税は、自治体によって多少の違いがあるため、本店所在地の税率を調べてみると良いでしょう。

②減価償却費など

減価償却費などの内訳には、減価償却費と各種の引当金となっています。減価償却費とは、固定資産の購入額を耐用年数に合わせて分割し、その期ごとに費用として計上するための勘定科目です。その性質上、費用科目ではあるのですが、お金の支出はありませんので、フリーキャッシュフローを計算する際には営業利益に加算する必要があります。同様のものとして、退職給付引当金や、貸倒引当金などの引当金があります。

③設備投資

その名の通り、機械やシステムを購入したときに支払うお金のことです。投資をすれば、お金は減少しますし、もし、設備を売却すれば増えます。

④運転資本

運転資本の内訳には、売掛金、在庫、買掛金があります。それらの増減は、投資同様にお金の増減に直接影響があります。

お金以外にも、まだ考える必要がある項目とは?

ここまで、お金が生まれる要因である利益と利益以外について詳しく見てきました。ところが、企業価値算出は、これで終わりではありません。

実はこれら以外にも考えておくべきことがあります。

まず、M&Aをするのは将来ではなく現在ですので、将来生み出されるお金を現在の価値に変換することが必要となります。その計算に使用する数値が「割引率」です。

例えば、「5年後にもらえる100万円を今すぐもらうとしたら、いくらに減らされてしまうでしょうか?」というイメージです。詳しいことはボリュームの関係で割愛しますが、先述の通り、借入金金利や配当など、将来の状況を加味して算出します。

また、このように予測決算書で計算した期間(10年以上の将来)を超えた将来の価値や、投資回収を何年で完了させたいのか?などについても検討が必要です。これは、各企業の考え方や事業のビジネスモデルなどを加味して決めるべき内容です。

さらに、買収によって自社の事業から新たに生み出されるお金についても加える必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回は、DCF法(ディスカウントキャッシュ・フロー法)の計算手順について概略をお話しました。少々難しい内容になってしまい申し訳ありませんでした。このように計算方法や手順は確立していますが、結局のところ、最後は、それぞれの企業の考え方によって最終的な売買価格には差が生まれる要素があることもお分かりいただけたと思います。

前回のまとめにも記しましたが、自社または、興味を持っている企業の価値を算出してみてください。きっとその過程で、自社の企業価値向上のヒントが得られるはずです。

なお、企業価値算出の過程についてわかりやすくお伝えするため、一部説明を簡略化している部分がありますことをご承知おきください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本 哲也