ブログ 月: 2024年8月

秘密保持契約は本当に売り手を守るのか②

不正競争防止法における営業秘密

前回のコラムにおいて、秘密保持契約における秘密とは、当事者が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(不正競争防止法第2条第6項)と同様の情報を意味するとした裁判例(大阪地判平成24年12月6日裁判所ウェブサイト)をご紹介しました。今回はこの営業秘密についてもう少し詳しく解説をしたいと思います。

例えば、M&Aの交渉において買い手が売り手から入手した技術的な情報や顧客情報等を自社の事業のために利用した場合を想定してみましょう。売り手としては、当該情報こそが自社の強みであり、競争優位性のもととなっていることも十分考えられます。すなわち、仮に当該情報が競合に流出してしまうと場合によっては売り手の経営基盤が失われることにもなりかねません。

そこで、不正競争防止法は、所定の条件を満たした企業が保有する情報について、窃取等の不正の手段によって取得ないし使用したり、第三者に開示したりした者に対し、損害賠償請求や差止請求といった民事上の措置のほか、刑事罰の対象とすることとしています。ここにいう所定の条件を満たした企業が保有する情報が営業秘密にあたります。

 

営業秘密の3つの要件

不正競争防止法において、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうと定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。

この定義から、営業秘密として法的な保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

①秘密管理性:秘密として管理されていること

②有用性:有用な技術上又は営業上の情報であること

③非公知性:公然と知られていないこと

ここにいう、「秘密管理性」とは、情報にアクセスした者が当該情報について営業秘密であると客観的に認識できることをいうとされています。例えば、「部外秘」等といった記載がある場合や、アクセスするためには一定の権限が必要となるような設定がされているような場合がこれにあたります(その意味で当該情報がどのような形で管理されているのかも秘密管理性の重要な要素であるとされています。)。なお、営業秘密の管理については、経済産業省が策定した営業秘密管理指針が参考になります。

また、「有用性」とは、文字通り客観的に有用な情報であることを意味します。もっとも、有用性が要件とされている趣旨は、あくまで反社会的な情報を保護対象から外すという点にあります。このため、具体的な情報の立証が求められることは多くはなく、当該情報のおおよその内容が意味のあるものであれば基本的にこの要件は充足されるものとされています。

そして、「非公知性」とは、当該情報が実際に知られておらず、かつ情報の保有者の管理下以外において知られる可能性もないような状態であることをいいます。ただし、個々の情報それ自体はすでに広く知られている情報であっても、これらの情報の組合せることなどによって、非公知性が認められることもあります。(余談になりますが、企業が自社の技術を守るための方法として特許が考えられますが、特許はあくまで公開が前提ですので、特許出願の内容が公開されることによる模倣リスクを避けるため、あえて特許出願をせずに営業秘密とすることもあります。)

 

秘密保持契約の限界

今回は、平成24年の大阪地方裁判所の判決を踏まえ、不正競争防止法における営業秘密の意義について解説をしました。これらの解説の内容を踏まえると、不正競争防止法における営業秘密であれば秘密保持契約を締結しなくとも法的に保護される一方、秘密保持契約を締結しても営業秘密に該当しなければ法的な保護を受けることができないと考えた方もいるかもしれません。そのような考えは、必ずしも間違いであるとはいえないでしょう。

しかし、例えば秘密保持契約において具体的な情報(例えば「令和5年度の弊社顧客名簿記載の顧客の氏名及び住所」など)を適示したうえで、秘密に当たると定義した場合など、営業秘密としては保護されなくても秘密保持契約上保護されることもありうると考えます。

また、少なくともM&Aにおいて売り手に対し、買い手は秘密を不用意に第三者に開示することはないという信頼関係を構築していくうえでも秘密保持契約は一定の機能を有しているともいえます。

とはいえ、法的な保護にも限界があるうえ、そもそも一度漏洩された情報を再び秘密にすることは困難を伴うことから、売り手としては買い手に対し、開示する情報の内容、詳しさ、開示方法などについて慎重な検討をする必要があるといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

厚生労働省「えるぼし」認定を取得しました

株式会社ステラコンサルティングは、 2024年5月7日付で厚生労働省による女性活躍の推進に取り組む企業の認定制度「えるぼし」において2段階目の認定を受けました。

「えるぼし」は、女性活躍推進法に基づき、一般事業主行動計画の策定・届出を行った企業のうち、女性の活躍推進に関する取り組みの実施状況について一定の要件を満たした企業を認定する制度です。

当社は、「えるぼし」の5つの評価項目(採用、継続就労、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)のうち、4つの項目(採用、労働時間等の働き方、管理職比率、多様なキャリアコース)を達成し、2段階目の認定を受けました。

従業員が性別・年齢関係なく強みを発揮し成長できる職場環境を提供できるよう、引き続き取り組んでまいります。

 

2024年8月4日
株式会社ステラコンサルティング
代表取締役 木下 綾子

スモール M&A における悪質な取引と倫理基準の見直し

 1.はじめに

スモールM&A(企業の合併・買収)は、中小企業の事業承継や成長戦略の一環として重要な手段です。特に後継者不足や経営改善を目的とする中小企業にとって、M&Aは新たな事業展望を開く可能性を秘めています。しかし、M&Aが普及するにつれて、悪質なM&A仲介業者や投資会社が関与するトラブルが増加しており、これが市場全体の健全性に対する懸念を引き起こしています。今回取り上げるルシアンホールディングス事件と市場の反応を通じて、スモールM&Aにおける倫理問題と、今後求められる倫理基準の見直しについて考察します。

2.ルシアンホールディングス事件の概要

東京都千代田区に本社を置くルシアンホールディングスは、2021年から2023年にかけて全国の中小企業37社に対して悪質なM&Aを行いました。同社の手口は、まず経営不振に陥った企業を対象に、M&A仲介業者を通じて買収を持ちかけることから始まります。彼らは「事業再生」を強みとする事業者であることをセールスポイントとして、企業経営者に対して安心感を与え、買収を持ちかけます。しかし、実際には買収後、役員報酬を過大に設定し、売り手企業の資金を吸い上げた上で連絡を絶つという手口を繰り返したそうです。

この事件で被害を受けた売り手企業の経営者たちは「被害者の会」を結成し、警視庁に相談する事態にまで発展しました。この事件は、スモールM&Aにおける悪質な手法の実態を明らかにし、企業とその経営者に対する深刻な被害をもたらしました。

3.市場の反応と倫理基準の問題

ルシアンホールディングス事件の報道が広がる中で、M&A仲介業界全体に対する信頼が揺らぎました。特に、2024年6月10日にはM&A仲介大手の株価が急落しました。これは、政府が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の2024年改訂版案において、M&A仲介者の利益相反構造や高額な最低手数料に対する問題が指摘されたことが一因となったといわれています。M&A総研ホールディングス(HD)の株価は特に大きく下落し、17.9%の下落率を記録しました。

2024年改訂版案では、M&A仲介業者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る「両手取引」の問題が強調されています。この構造は、仲介業者が売り手・買い手どちらのクライアントの利益を優先するかという利益相反のリスクを内包しています。特に、買い手側の利益が優先されるケースが多く、売り手の企業価値が過小評価される危険性があります。例えば、M&A総研HD傘下のM&A総合研究所が行った「資本提携に関するご面談の依頼」というダイレクトメッセージが、実際には架空の資本提携先を斡旋していたとして問題視されています。これにより、仲介業者の信頼性がさらに低下し、業界全体に対する批判が高まりました。

4.今後の課題と倫理基準の見直し

スモールM&Aの健全な発展と市場の信頼回復には、仲介業者や買い手の倫理基準の見直しが不可欠です。中小企業庁は現在、「中小M&Aガイドライン見直し検討小委員会」を通じて、手数料体系の開示や最低手数料の透明化を検討しています。これにより、仲介業者がクライアントに対して公正な取引を提供することが求められます。また、自主規制の強化も重要な課題であり、特に利益相反のリスクを減少させるための具体的なガイドラインの策定が必要です。

一部の業界関係者は、新たな規制が業界全体の成長にマイナスの影響を及ぼすのではないかと懸念しているようです。しかし、長期的には透明性と公正性の向上が業界全体の信頼性を高め、持続可能な成長を支えると考えられます。特に、M&A仲介業者が提供するサービスの内容とその対価について明確に説明することが求められます。これにより、クライアントが自分たちの取引が適正なものであるかを判断できるようになります。

5.おわりに 

スモールM&Aは中小企業の再編や成長において重要な手段ですが、悪質な取引が存在することも事実です。今後の市場の健全化と持続可能な成長を実現するためには、M&A仲介業者や買い手企業の倫理基準の向上が不可欠です。政府や業界団体が規制強化とガイドラインの見直しを進める中で、売り手企業とその従業員の保護が一層重要になります。倫理的な取引の実現に向けて、業界全体が協力して取り組むことが求められます。

【参考文献】

  1. 「M&A」名目で中小企業に入り込みカネを巻き上げ…悪質投資会社の手口とは 全国で相次ぐ被害. 東京新聞. 2024年5月3日. https://www.tokyo-np.co.jp/article/324892
  2. 6月10日にM&A仲介大手の株価が一斉に急落する事態が起きた. 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/762514

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)