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『経営保証に関するガイドライン』で考える中小企業の廃業

廃業時にネックとなる経営者保証

中小企業は財務基盤が脆弱なことが多く、金融機関から行った借入の債務について、経営者個人が保証債務を負担していること(すなわち、経営者が保証人となっていること。以下「経営者保証」といいます。)が少なくありません。

経営者保証は、中小企業の財務基盤を補う反面、廃業の際に大きな問題となることもあります。例えば企業が破産する場合には、個人保証をしている経営者もまた破産することとなります。このため、企業の資金繰りが悪化しても、自らの破産を避けるために無理な事業運営を続けることは、その企業にとってはもちろんのこと、取引先や従業員など多くの関係者に迷惑をかけてしまうことにもなりかねません。

この点について、以前にもこのコラムでも取り上げましたが、経営者保証における合理的な保証契約のありかた等の準則として、平成25年12月に『経営者保証に関するガイドライン』(以下「ガイドライン」といいます。)が策定され、平成26年2月から運用が開始されています。

このガイドラインについて、中小企業の廃業時に焦点を当てて趣旨・内容を明確化し、保証債務整理の進め方を整理したものもあります。それが、「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」(令和4年3月 経営者保証に関するガイドライン研究会。以下「考え方」といいます。)です。

 

廃業時にガイドラインはどのように機能するか

廃業時にはガイドラインは主として経営者が負う保証債務履行の範囲を画するものとして機能します。

すなわち、主債務者たる企業や保証人からガイドラインによる保証債務の申出を受けた場合、金融機関等の対象債権者は、主に以下のような対応をすることになります。

① 破産時の自由財産(99万円)は、原則として経営者の手元に残す。

② 金融機関は、自由財産に加え、一定期間の生活費(雇用保険の考え方を参考に、年齢等に応じて約100万円~360万円)を経営者に残すことを検討する。

③ 金融機関は、「華美でない自宅」について、経営者の収入に見合った分割弁済をする等により、経営者が自宅に住み続けられるよう検討する。

④ 保証債務履行時点の資産で返済し切れない保証債務の残額は、原則として免除する。

上記のうち、①と④については、経営者個人が破産した場合でもほぼ同じ効果を得ることができます。

しかし、②、③といった事業清算後の新たな事業の開始等のための生活費ないし生活基盤の確保という効果は破産では得ることができません。ここに経営者がガイドラインにより保証債務の整理をするメリットがあります(もちろん、破産をしたという事実が残らないので、信用情報においてもメリットがあります。)。

もっとも、②と③については、企業が廃業する場合に、当該手続に早期に着手したことによる保有資産等の劣化防止に伴う回収見込額の増加額について合理的に見積もりが可能な場合は、当該回収見込額の増加額をその上限とするとされています。

つまり、上記の②と③は、経営者が自らの破産を避けるために無理な事業運営を続けることなく、早期に廃業を決断した場合のインセンティブとして機能するものであるということができます。

ただし、保証人たる経営者は、弁済計画案の策定に当たり、誠実かつ丁寧に表明保証を行うとともに、対象債権者からの情報開示の要請に対して正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を可能な限り早期に開示・説明することが求められます。すなわち、ガイドラインによる保証債務の整理を行った際に、保証人たる経営者には、残すことを認められる以外の財産をすべて保証債務の履行にあてており、いわば隠し財産などはないということを明確にする必要があるといえます。

 

保証債務の整理において求められる専門家とは

考え方では、主たる債務者である企業がやむを得ず破産手続による事業清算を行うに至った場合であっても、専門家は、保証人に、破産手続を安易に勧めるのではなく、対象債権者の経済合理性、固有債権者の有無や多寡、保証人の生計維持、事業継続等の可能性なども考慮したうえで、保証人の意向を踏まえて、ガイドラインに基づく保証債務の整理の可能性を検討することとされています。

もちろん、ガイドラインに基づく保証債務の整理により経営者が破産を回避し、より多くの財産を残すことができればそれに越したことはありません。

他方で、ガイドラインに基づく保証債務の整理を行うためには、主たる債務及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できることや、保証人に破産法第252条第1項(第10号を除く。)に規定される免責不許可事由が生じておらず、そのおそれもないことといった専門的な知見による検討が必要な要件もあります。

経営者の方が置かれている状況を総合的に踏まえ、ベストの方法を提案できる専門家が求められているのだといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

個人M&Aを後押しする資金調達方法

1.「スモールM&A」の普及と「個人M&A」の増加

中小企業が第三者承継の方法として活用するM&Aや、小規模なスタートアップの創業株主(経営者)がEXIT手段のために実施するM&Aなどを総称して「スモールM&A」ということが多いようですが、明確な定義があるわけではありません。

一方で、M&Aプラットフォームの普及によって「スモールM&A」が増加するなか、個人が買い手として、事業承継ニーズのある中小企業の事業譲渡を受けたり、創業間もないスタートアップを買収したりするなど、M&Aに参画する機会が拡大し、いわゆる「個人M&A」のすそ野は広がりつつあります。

しかし、個人がM&Aを行う際にネックになるのは資金調達です。一定以上の規模になると自己資金で買収コストを賄うのは困難であり、また、自己資金のみで買収するとなればM&Aの対象先は限定されてしまいます。

今般は、個人がM&Aをする際になぜ資金調達が必要なのか、また、どの様な資金調達方法があるのかについて、新たな動きを探ってみたいと思います。

 

2.M&Aに必要な資金調達

M&Aで必要になる買収資金にはどのようなものがあるでしょうか。主なものは、株式譲受資金(事業譲受資金)などの直接的な買収代金、M&A仲介者への手数料、買収調査(デュー・デリジェンス)の費用、譲渡に伴う各種税金などがあげられます。

これらの資金はM&A実施時にほぼ同時期に支払うことが必要となるため、数百万円から数千万円の買収金額であったとしても、個人が自己資金で賄うのは負担が大きいでしょう。

さらに、買収した企業の在庫や売掛金見合いの運転資金、買収先の店内内装のリニューアルやサーバーの増設などの設備投資資金など、買収以降に発生する出費も想定する必要があります。

M&Aプラットフォームの譲渡価額に記載されている金額だけなら自己資金のみで対応できたとしても、M&A時のトータルの買収資金、買収後の運転資金や設備資金などの事業運営資金など、実は想定以上に所要資金が必要になることが多いのです。

こうしたケースに対応するため、通常は、間接金融といって融資などの金融機関借入を活用する方法や、直接金融といって投資家などからの出資を活用する方法などが採用されています。

 

3.個人型のスモールM&Aで活用したい公庫融資

間接金融の代表的なケースは金融機関からの借入金です。個人が大手金融機関から資金調達するのはハードルが高いことが少なくありません。日本政策金融公庫(以下、「日本公庫」という)の融資を活用することがお薦めです。

具体的には、日本公庫(国民生活事業)の「事業承継・集約・活性化支援資金」(※)により、事業承継に必要な運転資金・設備資金について長期間、有利な利率での借入申込をすることが可能です。

主な融資の条件は次の通りです。

【対象者】事業承継を受ける経営者や事業の承継・集約を契機に、経営多角化・事業転換などにより新規事業に取組む方など

【融資限度額】7,200万円(うち運転資金4,800万円)

【返済期間】設備資金:20年以内、(うち据置期間2年以内)、運転資金:7年以内(うち据置期間2年以内)

【利率】基準利率(2.15~3.15%)。条件により特別利率の優遇あり。

日本公庫(国民生活事業)のHPによると、M&Aを行う場合は、株式・事業譲渡の対価の支払いだけでなく、M&Aによって受け継いだ事業の円滑なスタートやM&Aを契機とした新たな挑戦などでの資金需要に対応した融資が行われています。ちなみに2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金(第三者承継に係る融資)707件のうち個人企業向け融資件数は全体の53%を占めています。

 

※公庫融資の活用については拙著「スモールM&Aに必要な資金調達とは~賢い融資制度の活用法」(https://batonz.jp/adviser/articles/2459)をご参照ください。

 

 

4.個人型の大型M&A~国内でもサーチファンド活用が選択肢に

個人が投資家から出資を受けるのは、金融機関から借入をする以上に難易度が高いと思われます。しかし、2022年8月、新たな動きがありました。公的機関である中小企業基盤整備機構(以下、中小機構という)が、国内のサーチファンドに出資を決めたことです。

サーチファンドとは、米国で1980年代に生まれた仕組みです。起業家(サーチャー)が買収候補の企業を探索し、投資家がファンドを通じて買収資金を提供する仕組みです。通常は、ファンド自身が買収先を探索するのですが、サーチファンドは、起業家自身が買収先を探索し、ファンドの資金を活用して企業を買収し経営者として事業を行う点に特徴があります。

企業経営を目指す意欲のある経営者候補「サーチャー」と、事業承継に課題を抱え、適切な承継先を探す中小企業を繋ぐビジネスモデルといえ、新たな事業承継の手段の一つとして注目されています。そうした背景から、経産省は取り組みを推進する方針です。

具体的には、サーチファンドの活用推進策として、中小機構が出資するファンドが運用で得た組合財産について、中小機構より民間出資者に優先分配する仕組みを創設予定です。これにより、民間投資家の資金をサーチファンドに呼び込むことが期待されます。

サーチファンドの規模にもよりますが、1社あたりの投資額は数千万円から数億円が想定され、M&Aにより起業を目指す個人=経営者(サーチャー)に対する資金調達の選択肢は拡充されつつあるといえます。

 

5.まとめ

M&Aにおいて資金調達の成否は、買収の実行はもとより買収後の運転資金や設備資金の確保による事業運営にも影響をおよぼす重要な要素です。

融資にせよファンドの活用にせよ、M&Aの仲介とは異なった専門的知見が必要になります。事業承継・新規事業参画など、本来の目的を円滑に進められるよう、資金調達分野に通じた専門家の活用も必要に応じて検討するとよいでしょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)