ブログ 月: 2021年12月

スモールM&Aに必要な資金調達とは~賢い融資制度の活用法

事業承継のニーズの高まりとともに第三者承継の手法としてM&Aを活用するケースが増回しています。政府は、事業承継・引継ぎ補助金や事業承継税制などによって中小企業のM&A支援策を拡充していますが、譲受を希望する企業に資金が潤沢にあるとは限りません。特に、譲受企業が中小企業である場合は、資金調達の成否がスモールM&Aの実現を左右することも少なくないのです。

 

1.中小企業のM&Aにどんなお金が必要となるの?

スモールM&Aの多くは、事業譲渡や株式譲渡により実施されます。中小企業白書(2018年)によると事業譲渡41.0%、株式式譲渡40.8%、合併15.0%、その他3.1%と、この2つの実施形態が約8割を占めていることがわかります

つまり、事業譲渡の対価を支払うための資金や経営者等が保有する株式の取得資金の調達が必要になるケースが多くなるのですが、中小企業の事業承継融資を取り扱っている日本政策金融公庫によると、実際にはもっと多様な必要資金が融資対象となっているようです。

 

2.M&Aを支えるスモールM&A向け融資

(1)スモールM&Aに伴う資金ニーズと融資活用事例

M&Aにおいてはどのような資金が必要なのか、日本政策金融公庫のHPで紹介されている融資事例を見てみましょう。

  • 株式の買い取り資金

公共工事を中心に手がける建設会社A社は、事業拡大のために同業であるB社の買収を決断。A社は、B社の株式を取得する資金として7,000万円の融資を受け、B社を子会社化。

  • 営業権や事業用資産の買い取り資金

広告代理店に勤務するCは、自身がよく訪れている雑貨店Dが店を畳むことを知り、店を受け継ぎたいとの希望を伝えた。CはDと事業譲渡について合意し、営業権や店舗設備、在庫の買い取り資金として600万円の融資を受け、Dの店を受け継いだ。

③M&Aに伴うリニューアル資金

洋菓子製造業を営むE社は、事業多角化を目的として、飲食業を営むF社からレストラン1店舖を譲り受けた。

E社は、老朽化した店舗の内装・機械設備の刷新やオープン当初の仕入に必要な資金として1,200万円の融資を受け、F社から譲り受けたレストランのリニューアル・オープンを行った。

④M&Aによる新たな取組み

システム開発やWebサービスの提供を行うG社は、新分野への進出を目的として、ソフトウェア開発を行うH社を買収。

買収後、G社は、H社の持つセキュリティ関連技術を活用したWebサービスの開発資金として4,500万円の融資を受け、新たなWebサービスの提供を開始した。

 

このようにM&Aに伴い直接的に発生する株式や事業資産の取得資金のみならず、M&Aにより取得した事業をより高付加価値化するための店舗リニューアルや、新規事業の開発資金などに公庫融資が活用されているのです。

 

(2)スモールM&A向け融資の概要

日本政策金融公庫のスモールM&A向け融資とはどのようなものなのか、その制度概要と、融資の活用状況についてみてみましょう。

①制度概要

日本政策金融公庫スモールM&A向け融資とは、国民生活事業で取り扱われている「事業承継・集約・活性化支援資金」のことです。事業承継に必要な運転資金・設備資金について長期間、有利な利率で融資を受けることが可能です。

 

【対象者】

イ.現経営者が後継者(候補者を含む。)とともに事業承継計画を策定している方

ロ.安定的な経営権の確保等により、事業の承継・集約を行う方

ハ.経営承継円滑化法に基づき認定を受けた中小企業者の代表者等

ニ.事業承継に際して経営者個人保証の免除等がネックになり取引金融機関からの借入が難航したため経営者個人保証を免除した公庫融資を受ける方

ホ.事業の承継・集約を契機に、新たに第二創業(経営多角化・事業転換)または新たな取組みを図る方

 

【融資限度額】

7,200万円(うち運転資金4,800万円/他の公庫融資と別枠)

 

【返済期間】

設備資金:20年以内(うち据置期間2年以内)

運転資金:7年以内(既往の公庫融資の借換を含む場合:8年以内/うち据置期間2年以内)

【利率】

基準利率(2.06~2.55%)のほか、条件により特別利率(基準金利から最大0.65~0.85%程度の優遇あり)の適用あり(令和3年12月1日現在)

 

  • スモールM&A向け融資の活用の状況

運転資金・設備資金のいずれも、500万円以下が約6割、1,000万円以下が約8割となっており、小口資金の利用が過半を占めています。

 

【運転資金】

2,000万円超         5%

1,000万円超2,000万円以下  14%

500万円超1,000万円以下  16%

500万円以下        65%

 

【設備資金】

2,000万円超        4%

1,000万円超2,000万円以下 15%

500万円超1,000万円以下  22%

500万円以下        59%

(注)設備資金には、譲渡企業から買い取る譲渡企業の株式、営業権、事業用資産(店舗、機械設備等)等を含みます。

 

なお、M&A資金が高額になる場合等は、協調融資といって複数の金融機関が融資を行うケースもあります。日本公庫のスモールM&A向け融資においても、約2割は民間金融機関との協調融資となっています。

 

なお、業種別では卸売・小売業の方の利用が約2割と最も大きく、運輸業、サービス業、飲食店、宿泊業等、さまざまな業種で融資が活用されています。

 

【内訳】

卸売・小売業21%、運輸業21%、サービス業19%、飲食店・宿泊業10%、

医療・福祉7%、製造業6%、不動産業5%、建設業4%、教育・学習支援3%、

情報通信業2%、その他2%

 

従業者規模別では、従業者数5人以下の方が7割、従業者数20人以下の方が約9割となっており、融資先の大半が小規模事業者です。

また、融資の9割は無担保融資であり、一般的な融資と比べても有利な条件と言えそうです。

 

(出所)国民政策金融公庫ホームページより:2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金の融資件数(国民生活事業)のうち、第三者承継に係る融資707件を抽出・分析したもの。

 

3.経営承継円滑化法の有効活用

 

事業承継の円滑化を目的に制定された「経営承継円滑化法」では金融支援策として融資と信用保証の特例措置が規定されています。具体的には、事業承継の際に必要となる資金について、都道府県知事の認定を受けることを前提に、上述の日本政策金融公庫の制度融資や中小企業信用保険法の特例(信用保証)を活用することができる制度です。

2018年7月に「これからM&Aにより他社の株式や事業用資産を買い取るための資金」も融資や信用保証の対象として追加され、これから他の中小企業者の経営を承継しようとする中小企業者や事業を営んでいない個人が利用できることになりました。

スモールM&Aでの後押しをする制度として活用を検討してみてはいかがでしょうか。

 

なお、他の中小企業者からM&Aにより経営の承継を行う会社が、経営承継円滑化法による金融支援について都道府県知事の認定を受ける場合には、一定の要件を満たすことが必要です。

 

①M&Aにより承継される中小企業の要件

・当該中小企業の役員又は親族の中に、後継者候補となる者がいないこと

・当該中小企業者における経営者が、その年齢、健康状態その他の事情により、継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であること

 

②資産の承継に関する要件

・「経営の承継に不可欠な資産」を承継する見込みであること

例)株式譲渡による承継の場合、総議決権の過半数を超える議決権を保有することとなる数の株式等が該当。また、事業譲渡による承継の場合、事業用資産等が該当。

 

まとめ

 

融資には金融機関等の審査が伴うため、せっかく基本合意に至っても融資審査に予想以上に時間を要したり、必要な資金調達額に満たなかったりすることでM&Aがブレークしてしまう事例も少なくありません。

M&Aによる事業承継を円滑に進めるためには、専門家を通じて早い段階から金融機関との相談を進めておくことも重要な取り組みであると言えそうです。

 

 

中小企業診断士 伊藤一彦

 

ご存じですか?!国がスモールM&Aを補助金で支援してくれます。その3

事業承継・引継ぎ補助金の交付決定が発表されました

令和3年度当初予算事業承継・引継ぎ補助金の二次公募の審査が終わり、交付決定事業者の発表が、ホームページ上で行われました。

「経営革新」については申請総数136件から75件、「専門家活用」については申請総数270件から236件という結果でした。ちなみに令和2年度は、「経営革新」が、申請総数375件から187件、「専門家活用」は、申請総数420件から330件でしたから、およそ4割減少しました。経産省には、この結果を受けて、今後さらに使いやすい制度に変化させることが期待されています。

 

活用事例

この補助金の最大の特長は、M&Aが実現に至らず、準備時点で終わっても支援を受けた専門家に対する経費が補助の対象になっている点にあります。つまり、今後の事業運営に悩む経営者に事業承継のきっかけを与えることを狙った制度でもあります。具体的に彼らは、どのように本制度を活用したのでしょうか?買い手と売り手に分けて見てみましょう。

 

買い手支援型

  1. 経営資源の引継ぎを実現させるための支援

これは、戦略的にM&Aを行っている買い手企業が補助金の後押しを受けて、事業承継を実現した事例です。異業種との統合においても専門家の支援があることで、スムーズに行うことができている事例です。

 

事例1

学習塾を主な支援先としているIT企業(経営者20代)が、顧客と同業の学習塾を統合。これまでのサービス提供で培ってきたノウハウを活かしたシナジーを発揮することに加え、顧客視点も手に入れる計画。M&Aサイトの利用料とDDからクロージングにいたるまでの専門家経費について補助を受けて実現しました。

 

事例2

後継者不在に悩む地元企業(異業種)の事業承継を経験したことをきっかけに、地元への貢献と自社の商材の幅を広げる目的で戦略的にM&Aに取り組んできました。案件発掘からクロージングまでの一切を民間FAへ委託する経費について補助を受けて取り組みました。

 

  1. 経営資源の引継ぎを促すための支援

これは、戦略的にM&Aを行っている買い手企業が同業他社の経営統合に活用した事例です。経営統合にあたって発生する各種の問題や法的な課題に対して専門家の支援を受けることでスムーズに統合を成功させた事例です。

 

事例1

運輸業を祖業に倉庫業やコールセンター業務など関連市場へ多角を進めていましたが、今回は、案件が持ち込まれたことをきっかけに同業他社を統合しました。人材確保や得意先の拡大を目的として取り組み、着手からクロージングにかけて、人材確保をスムーズに進めるため、社会保険労務士事務所の支援を受け、その費用に補助金をあてました。

 

売り手支援型

  1. 経営資源の引継ぎを実現させるための支援

これは、後継者不在などを理由に事業承継を決断した売り手企業に対して、専門家がクロージングまで伴走して、事業承継の実現を支援した事例です。

 

事例1

業歴が長く、安定した取引先を持つ製造業であったが、後継者が不在であったため、廃業を検討していた。しかし、従業員150名超の雇用継続と取引先へ迷惑をかけたくないと考えていたところ取引金融機関からの推薦で同業者へ承継することできた。今回は、事前相談からクロージングまで金融機関の支援を受けて実現できました。

 

事例2

50年以上の業歴のある映像制作事業であったが、社長の急逝により家族がいったん事業承継をしたが、その後の後継者が不在でした。従業員の雇用継続と取引先を引継ぎできる相手先を専門事業者の支援を受けて探索。その結果、映像の活用に注力しているEC小売り企業とのマッチングに成功しました。民間のFA事業者に事前相談からクロージングまで全面的に支援を受けました。

 

  1. 経営資源の引継ぎを促すための支援

これは売り手企業側が、買い手の情報提供だけではなく自社の概要書の作成など、準備段階から専門家の支援を受けた事例です。このように、事業承継が完了しなくても利用できることがこの制度の特長でもあります。

 

事例1

清酒の醸造販売事業者。コロナ前までは、高齢の経営者でしたが、新しいことにも取り組み、業容を拡大していました。しかし、今回のコロナの影響が大きく、今後の事業継続に対する不安が膨らみました。そこで、民間のM&A仲介会社と契約し、ノンネームシートや企業概要書の作成から支援を受けて同業他社を中心に広く引受先を探索中です。

 

事例2

新規参入が少なく安定した皮革卸業であったが、コロナの影響で需要が激減し、資金繰りにも困る状態となってしまった。高齢の経営者は廃業も検討したが、雇用の継続とノウハウの引継ぎを目的に事業譲渡先を探索中。本補助金でM&A仲介事業者の支援を受けて企業概要書の作成や引受先を広く探索しています。

 

まとめ

今回は、補助金事務局のサイトで公開されている活用事例のいくつかについて概要を紹介してみました。どの事例も専門家をうまく活用しながらM&Aを成功させています。そのきっかけは様々ですが、共通点は、「案件が発生する前から計画的に準備を行うこと」です。

本補助制度は、来年度も同じような時期に公募があることが見通されていますので、関心をお持ちでしたら、専門家や金融機関の無料相談を活用してみましょう。そして、事業の棚卸から今後の見通しまで大雑把にでも整理してみることをお勧めします。

事業承継・引継ぎ補助金WEBサイト:https://jsh.go.jp/r3/

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本 哲也