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事業承継のボトルネック「経営者保証」対策は事業承継保証の活用で

今回は、経営者が高齢化して、事業承継の検討が必要な企業の視点で経営者保証と事業承継の関係についてみていきましょう。

 

1.借入金の経営者保証は事業承継のボトルネック

業績も財務内容も良好なのに後継者未定で事業継続の見通しが立たないために廃業を検討している中小企業は少なくありません。

中小企業庁の推計によると2025年には団塊の世代が後期高齢者になることに伴い、中小企業経営者381万人のうち245万人が70歳以上となります。その約半数の127万人は後継者未定のため、事業継続のためには親族承継や従業員承継だけでなく第三者承継の選択肢も検討する必要があるのです。

ところが、後継者候補がいる118万社についても、その内22.7%は経営者保証を理由に事業承継をしないという調査結果があり、経営者保証は事業承継上の大きな障害となっています。M&Aなどの第三者承継の場合にも、承継者が経営者保証を提供することが借入を継続する条件とされることは少なくなく、経営者保証対策は事業承継を進める上で、重要な課題となっているのです。

ボトルネック解消のキーとなる「経営者保証解除」についてどのような対策があるのか考察していきます。

 

2.経営者保証ガイドラインと経営者保証の代替制度の検討

2014年に、全国銀行協会と日本商工会議所が策定した「経営者保証ガイドライン」が導入されました。①経営者と会社の経理が明確に区分・分離されていること、②財務基盤が健全で借入金を返済できる収益力が十分認められる、③金融機関に対する財務情報の開示が十分であるなどの3要件の充足度合いに応じて、経営者保証を求めないことや保証機能の代替手法の活用を検討することが努力義務となったのです。

経営者保証が原因で、事業承継に行き詰まっている場合、まず、経営者保証ガイドラインの視点で自己点検してみると経営者保証解除に向けて何をすべきなのか、課題が明らかになってくるでしょう。具体的な考え方は『経営者保証に関するガイドライン』Q&Aに示されていますので参照すると良いでしょう。

点検した結果、経営者保証を直ちに解除できなかったとしても諦める必要はありません。

こうした動きの中で、全国信用保証協会は事業承継を対象とした保証制度を拡充し、様々なケースに応じた経営者保証の代替手法の提供を開始しています。どのようなケースで活用可能なのか具体的に見ていきましょう。

 

3.事業承継特別保証とその類型

「事業承継特別保証制度」は2020年に導入された経営者保証を不要とする信用保証制度です。「資産超過」、「返済緩和債権なし」、「一定の返済能力(EBITDA有利子負債倍率10倍以内*)」、「社外流出等なし」等の一定の要件を満たすことを前提として、同制度の適用を受けることができます。この保証制度を利用することで新規の借入の場合はもちろん、経営者保証ありの既存の借入金を借り換える際に経営者保証を不要にすることが可能となります。

さらに、中小企業活性化協議会や事業承継・引継ぎ支援センターの確認を受けることで信用保証料率の割引を受けることができます。

*EBITDA有利子負債倍率=借入金などの有利子負債をEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益で除したもの。会社のキャッシュフローを基に借入金を何年間で返済できるかを見るために使用する指標。

 

4.事業承継の形態に応じた信用保証協会の施策

さらに事業承継特別保証には、上記以外にもいくつかの類型があります。事業承継の実施形態に応じて以下のような保証制度が設けられています。

 

(1)事業承継サポート保証

持株会社を設立し、持株会社が事業会社の株式を買い取る資金を借入れする際に利用できる保証制度です。持株会社が事業会社の株式の2/3以上を保有し、かつ、持株会社の株式の2/3以上を後継者が保有していることなど、一定の要件を満たしている場合に対象となります。

(2)経営承継関連保証

「事業会社」が経営の承継のために必要な資金を借りる際に利用できる保証制度です。

後継者が代表者に就任後、「事業会社」が株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(3)特定経営承継関連保証

新代表者に就任した「後継者個人」が事業承継に必要な資金を借りる際に利用できる保証制度です。「後継者個人」が株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(4)経営承継準備関連保証

M&Aによる事業承継に必要な資金に利用できる保証制度です。買い手企業が売り手企業・株主等から株式や事業用資産の取得のための資金を借入れする場合などが対象となります。

(5)特定経営承継準備関連保証

従業員をはじめとした事業を営んでいない個人による買収(EBO等)に利用できる保証制度です。株式や事業用資産を取得する資金を借入れする場合などが対象となります。

 

いずれのケースでも経営承継円滑化法による経済産業大臣の認定が必要となります。

 

5.売り手・買い手の立場に立った専門家を活用しよう

事業承継支援について、親族承継であれば相続の専門家、第三者承継であればM&Aの仲介会社などといったように、後継者の属性だけに着目して支援している専門家の場合、経営者保証がネックになっていて前捌きが必要なケースには対応しきれません。

事業承継を検討する際には、特定の専門家に決め打ちせず、本件のような経営者保証(金融面)が課題となっている場合は、金融に明るい専門家を探してみると案外、解決の糸口が見つかり易いのではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

『経営保証に関するガイドライン』で考える中小企業の廃業

廃業時にネックとなる経営者保証

中小企業は財務基盤が脆弱なことが多く、金融機関から行った借入の債務について、経営者個人が保証債務を負担していること(すなわち、経営者が保証人となっていること。以下「経営者保証」といいます。)が少なくありません。

経営者保証は、中小企業の財務基盤を補う反面、廃業の際に大きな問題となることもあります。例えば企業が破産する場合には、個人保証をしている経営者もまた破産することとなります。このため、企業の資金繰りが悪化しても、自らの破産を避けるために無理な事業運営を続けることは、その企業にとってはもちろんのこと、取引先や従業員など多くの関係者に迷惑をかけてしまうことにもなりかねません。

この点について、以前にもこのコラムでも取り上げましたが、経営者保証における合理的な保証契約のありかた等の準則として、平成25年12月に『経営者保証に関するガイドライン』(以下「ガイドライン」といいます。)が策定され、平成26年2月から運用が開始されています。

このガイドラインについて、中小企業の廃業時に焦点を当てて趣旨・内容を明確化し、保証債務整理の進め方を整理したものもあります。それが、「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」(令和4年3月 経営者保証に関するガイドライン研究会。以下「考え方」といいます。)です。

 

廃業時にガイドラインはどのように機能するか

廃業時にはガイドラインは主として経営者が負う保証債務履行の範囲を画するものとして機能します。

すなわち、主債務者たる企業や保証人からガイドラインによる保証債務の申出を受けた場合、金融機関等の対象債権者は、主に以下のような対応をすることになります。

① 破産時の自由財産(99万円)は、原則として経営者の手元に残す。

② 金融機関は、自由財産に加え、一定期間の生活費(雇用保険の考え方を参考に、年齢等に応じて約100万円~360万円)を経営者に残すことを検討する。

③ 金融機関は、「華美でない自宅」について、経営者の収入に見合った分割弁済をする等により、経営者が自宅に住み続けられるよう検討する。

④ 保証債務履行時点の資産で返済し切れない保証債務の残額は、原則として免除する。

上記のうち、①と④については、経営者個人が破産した場合でもほぼ同じ効果を得ることができます。

しかし、②、③といった事業清算後の新たな事業の開始等のための生活費ないし生活基盤の確保という効果は破産では得ることができません。ここに経営者がガイドラインにより保証債務の整理をするメリットがあります(もちろん、破産をしたという事実が残らないので、信用情報においてもメリットがあります。)。

もっとも、②と③については、企業が廃業する場合に、当該手続に早期に着手したことによる保有資産等の劣化防止に伴う回収見込額の増加額について合理的に見積もりが可能な場合は、当該回収見込額の増加額をその上限とするとされています。

つまり、上記の②と③は、経営者が自らの破産を避けるために無理な事業運営を続けることなく、早期に廃業を決断した場合のインセンティブとして機能するものであるということができます。

ただし、保証人たる経営者は、弁済計画案の策定に当たり、誠実かつ丁寧に表明保証を行うとともに、対象債権者からの情報開示の要請に対して正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を可能な限り早期に開示・説明することが求められます。すなわち、ガイドラインによる保証債務の整理を行った際に、保証人たる経営者には、残すことを認められる以外の財産をすべて保証債務の履行にあてており、いわば隠し財産などはないということを明確にする必要があるといえます。

 

保証債務の整理において求められる専門家とは

考え方では、主たる債務者である企業がやむを得ず破産手続による事業清算を行うに至った場合であっても、専門家は、保証人に、破産手続を安易に勧めるのではなく、対象債権者の経済合理性、固有債権者の有無や多寡、保証人の生計維持、事業継続等の可能性なども考慮したうえで、保証人の意向を踏まえて、ガイドラインに基づく保証債務の整理の可能性を検討することとされています。

もちろん、ガイドラインに基づく保証債務の整理により経営者が破産を回避し、より多くの財産を残すことができればそれに越したことはありません。

他方で、ガイドラインに基づく保証債務の整理を行うためには、主たる債務及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できることや、保証人に破産法第252条第1項(第10号を除く。)に規定される免責不許可事由が生じておらず、そのおそれもないことといった専門的な知見による検討が必要な要件もあります。

経営者の方が置かれている状況を総合的に踏まえ、ベストの方法を提案できる専門家が求められているのだといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

事業再生にも使える特定調停③

日弁連スキームによる特定調停を用いる場合の事前準備

今回は、実際に日弁連スキームによる特定調停がどのようにして進められていくのかについて解説します(日弁スキームのフローについてはhttps://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/resolution/chusho/tokutei_chotei/tebiki_1-10.pdf をご参照ください。)。

特定調停にかかわらず、一般に調停とは、訴訟とは異なり当事者の合意を基本とする手続です。そして、特に、日弁連スキームの場合は、再生計画案に対する金融機関の同意が事前に見込まれている場合に用いられることが想定されています。

したがって、特定調停の申立ての前に各金融機関に対し、再生計画案を示して意見交換し、同意の見込みを得ておくことが必要になります(なお、ここにいう「同意の見込み」とは、金融機関の支店の担当者レベルの同意は得られており、最終決裁権者の同意が得られる見込みがある等の状況を言います。また、積極的に同意をするわけではないが、あえて反対もしないという消極的な同意もここにいう同意に含まれます。

 

金融機関との協議

再生計画案の作成とともに、メインバンクその他の金融機関に対し現状と方針を説明し、再生への協力、返済猶予などの申入れを行います。

金融機関に対しては、事業を廃業すれば従業員の雇用や取引先・得意先関係が失われてしまうこと、自社のみによる経営改善や資産売却で債務を解消することが困難であること、事業者の主たる債務(保証人が要る場合は保証債務も含む。)について、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがある債権者にとっても経済的な合理性が期待できることなどを説明し、理解を求めます。そして、金融機関への説明の方法としては、場合によっては、すべての金融機関が一堂に会するバンクミーティングによることもありえます。

 

再生計画案の作成

金融機関との意見交換を経つつ、DDを実施したうえで、再生計画案を策定していきます。再生計画案を策定することは、弁護士だけでは困難であり、税理士、公認会計士、中小企業診断士と協力して策定していくことになります。

具体的に事業再生計画に記載すべき事項としては以下のようなものがあります。

① 事業者の概要

② 財産の状況

③ 経営が困難になった原因

④ 事業改善の具体的内容・方針

⑤ 財産状況及び資金繰りの見通し

⑥ 事業者の弁済計画

⑦ 対象債権者に対して要請する主たる債務の減免、期限の猶予その他の権利変更の内容

上記の内容のほか、金融機関に対して債権放棄等(実質的な債権放棄及び債務の株式化(DES)を含む。)を求める再生計画を策定する場合は、役員の退任のほか、役員報酬の削減、貸付金の放棄、株式割合の減少などの経営者責任を明確化することや株式の全部又は一部の消滅等の株主責任の明確化も記載することが必要になります。

 

信用保証協会が債権者である際に注意すべき点

ところで、債権者の中に信用保証協会が含まれていることがあります。信用保証協会とは、中小企業・小規模事業者の金金融円滑化のために設立された公的な機関です。公的な機関であるがゆえにほかの金融機関とは異なる注意点がいくつかあります。

まず、信用保証協会は、財産目録や弁済計画の策定に当たって、外部専門家の税理士や公認会計士の関与が求められているため、税理士や公認会計士などに協力を依頼する場合は、信用保証協会と事前の調整をしておかなければ、信用保証協会から外部専門家として認められないという事態になりかねません。

また、信用保証協会においては、実態債務超過を何年で解消する計画になるのかなど、求償権放棄の数値基準があるようですので、当該基準に適合する計画となっているのか、担当者との間で十分な事前調整を行うことが信用保証協会からの同意を得るためには重要になっているといえます。

このほか、信用保証協会においては、事業者と保証人との一体整理を原則としていること、求償権放棄には日本政策金融公庫との調整が必要であること、などの特徴もあります。

 

特定調停の申立て

金融機関の同意が見込める状況になると、裁判所に特定調停を申し立てます。日弁連スキームでは、主に中小企業を想定していますので、裁判所とは、地方裁判所ではなく、簡易裁判所(専門性を有する調停委員確保の観点から、本庁所在地に併設されている簡易裁判所)が想定されています。

既に金融機関の同意が見込める状態での申立てとなりますので、調停期日は基本的には1~2回で調停成立又は17条決定により終結することを想定しています(仮に、1~2回の期日で終結できないのであれば、そもそも日弁連スキームによる事業再生になじまないものであるともいえます。)。

 

簡易迅速に、しかし、公正かつ妥当な事業再生

日弁連スキームは法的再生手続に比べ簡易迅速であるうえ、裁判所を介する点で公正かつ妥当な事業再生の方法であるといえます。民事再生手続はハードルが高いが私的整理では公正性に問題が生じうるといった中小企業の次号再生においては日弁連スキームを活用するのも一つの方法であるかもしれません。

なお、日弁連スキームによる中小企業の再生計画策定については、経営改善計画策定支援事業(通常枠)の対象となります(補助対象の経費 ①DD・計画策定支援費用(上限200万円)、②伴走支援費用(上限100万円))。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

ちょっと待って!M&Aに潜む労務リスク

1.M&A後に顕在化する労務問題

2023年8月、親会社であるセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の米国投資ファンドへの売却について、そごう・西武の労働組合が会社売却に反対してストライキを行ったのは記憶に新しいでしょう。M&Aの際の労務管理がいかに重要であるかがクローズアップされた事件でした。

しかし、M&Aにおける労務面の課題は労働組合対策ばかりではありません。

むしろ、中小M&Aでは、上場会社のように会計監査や情報開示が不徹底な分、M&A後に顕在化する課題が多くあるのです。

今回は、買い手企業の立場から、M&Aの際に留意すべき労務課題について考察していきたいと思います。

 

2.M&A手法によって異なる労務リスク

中小M&Aではどのような労務リスクが課題となっているのでしょうか。件数の多い株式譲渡と事業譲渡を中心に、会社法上の組織再編行為によるM&Aについて労務リスクの特徴を見ていきましょう。

 

(1)株式譲渡

株式譲渡によるM&Aの場合、売り手企業(労働契約の主体である使用者)と従業員の間の権利義務関係に変更はないため、M&A前の労働契約は、原則としてそのまま継続します。

そのため、雇用関係の視点では直ちに問題が発生することはありませんが、M&A前に、未払い賃金(含む残業代)などの偶発債務や、従業員からの訴訟による損害賠償請求などがあった場合には、買い手企業は買収した企業を経由して、その関係を承継してしまうことになるのです。

 

(2)事業譲渡

事業譲渡によるM&Aの場合、労働契約の承継に従業員の個別の「承諾」が必要になります。つまり、売り手企業の経営陣と合意したからといって従業員も自動的に承継できるわけではないのです。事業に従事してもらう必要がある従業員に対して、M&A後の労働条件について事前に十分に説明し納得してもらう必要があるのです。

また、一方、売り手企業との間で労働問題があったとしても、原則、売り手企業との間で処理してもらうことになるため、労務リスクについて、十分事前調査を行えない場合には、有力なM&A手法になります。

 

(3)会社分割・合併(組織再編)の場合

会社分割によるM&Aの場合、「労働契約承継法」が定める手続に従って対応する必要があります。同法により、売り手企業の事業に係る権利義務(全部または一部)が買い手企業に包括的に承継されるため、M&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

したがって、株式譲渡の場合と同様に、未払い賃金や訴訟による損害賠償などの偶発債務が買い手企業に承継されてしまうことに留意が必要です。また、M&A後に買い手企業が労働条件を変更しようとする場合、労働条件の不利益変更とならないよう注意することも必要です。(*厚労省の指針を参照ください)

*「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000141999.pdf

 

合併によるM&Aの場合も、売り手企業の権利義務の全部が買い手企業に包括的に承継されるため、会社分割の場合と同様にM&A前の労働条件もそのまま買い手企業に承継されます。

偶発債務の問題や労働条件の不利益変更に該当するリスクなど留意することが必要です。

 

3.労務DD(Due Diligence)や表明保証条項等によるリスクヘッジの重要性

このように、M&Aの形態により留意すべき労務リスクは異なりますが、予防的な対策をとることが何より重要です。M&A後に、労務課題は発覚してからでは打てる対策が限られてしまいます。代表的なものとして、次のようなリスクヘッジ手法があります。

 

(1)労務DDによるリスクヘッジ

M&A前の交渉段階で、人事・労務に関する問題点がないかDDを実施します。内容としては以下のような観点での調査をします。

①人事・労務関係の法令遵守等

②人事・労務関係の内部規程類等の整備状況やその内容の適正性

③従業員との個別の労働契約関係等の適正性

ポイントは、労務DDは買い手企業側だけが実施するのではなく、最も社内の事情を把握しうる立場にある売り手企業自身にも実施してもらうことです。

時間外勤務時間の計算間違いなどは、売り手企業自身が把握していないこともあり、M&Aを実施することになってはじめて発覚するということが珍しくありません。

但し、中小企業の場合、人事・労務の専門家が社内にいることはまれですので、社会保険労務士や弁護士に調査を依頼することも選択肢です。DD費用の負担が難しい場合には、法務DDの一部として実施してもらったり、報告書面の作成は省略して報告会などを開催してもらったりする方法もあります。

 

(2)表明保証条項によるリスクヘッジ

M&Aが株式譲渡や事業譲渡の形態で実施される場合、売り手企業と買い手企業の間で株式譲渡契約や事業譲渡契約(以下、「M&A契約」という)を締結します。

M&A契約にはM&Aを実行する前提条件として「表明保証条項」が規定されます。

主な内容として、次の3つがあります。

①M&A実行前に表明保証違反があった場合のM&Aの不実行および契約の解除

②表明保証違反により買い手企業に損害が発生した場合の売り手企業等による補償

③M&A実行後に表明保証違反があった場合の譲渡した株式や譲渡資産の買取り

 

但し、表明保証条項があったからといって万全ではありません。売り手企業の表明保証違反があり、買い手企業が売り手企業に損害賠償請求したとしても、M&A後数か月経過しているような場合、既に売り手企業は、譲渡代金を使ってしまっており、損害賠償を負担する資力がない場合があります。

また、表明保証条項には「知りうる限り」とか「知る限り」といった表明保証をする売り手企業の義務を限定する文言があります。「知る限り、未払い賃金等がない」となっている場合、時間外勤務の賃金を正しく計算し直せば従業員に対する未払い賃金があったとしても、M&A実行時に売り手企業自身が知らなければ免責される可能性が高いことになります。

表明保証条項を設けることによりM&Aにおける労務DD負担を軽減することはできますが、カバーできないリスクもあることを理解しておく必要があります。

 

(3)表明保証保険によるリスクヘッジ

表明保証保険とは、表明保証違反により当事者が被る損害をカバーする保険です。上記(2)に記載した通り、万が一、表明保証条項違反が発覚しても、売り手企業の経済的状況によっては損害賠償が実施なされない可能性があります。こうしたリスクをヘッジするのが表明保証保険です。表明保証保険加入により、被った金銭的被害を補うことが可能です。

但し、買い手企業に保険料負担が生じるため、中小M&Aのように買収代金自体が少額の取引の場合、十分に採算性を考慮して検討する必要があります。

 

4.経営統合の鍵は労務管理

M&Aにおける、人事・労務課題は、M&A実行時においてのみ留意すべきことではありません。買い手企業の視点では、M&A後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)の段階において、より重要性が高くなります。

次回では、PMIにおける労務リスクと対策について取り上げたいと思います。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

デューデリジェンスを成功させるポイント その1

デューデリジェンス(DD)は、M&Aの際の最も重要な手続きの一つで、買い手にとっては案件の成否を決める要因となります。基本的に、M&Aのリスクは買い手が背負うことになりますので、DDの過程で買収対象企業のリスクを正確に把握することが必要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

デューデリジェンスとは?

ツナグ:やっとデューデリジェンスまで来たね。これまでも相手先から資料を提供してもらって分析もしたし、追加の質問にも回答をもらっているし・・。今さらこれ以上のことを調べたって時間と費用の無駄じゃないのかなぁ・・。

そうですね。DDの目的は、相手先のリスク分析や価値算出だけではありませんよ。

ツナグ:ほかにはどんな目的があるのかな?

DDの目的は、大きく2つです。

まず、買収対象会社が抱えるリスクの抽出と続いて、買収後の経営統合の準備があります。リスクの抽出については、対象会社の規模にもよりますが、社内だけではなく社外の専門家(会計士や弁護士など)による入念な精査をした方がよいでしょう。買収価格が安いからと言って見えないリスクを抱えることには賛成できません。買収後にその分以上のコストや労力を支払うことになりかねませんから。

続いて、DDでは、基本合意や機密保持契約を締結したあとに行いますので、相手先から詳細な経営情報の提示を受けることができます。そのため、再度、この情報を元に精査することも重要なのですが、買収後の統合計画策定に役立てることも買収を成功だったと評価するために非常に重要なお仕事です。

ツナグ:なるほど!スタートダッシュのための準備は大切だよね!

 

DDには誰に依頼すべき?

DDと言えば、基本的には、お金に関することを調べる財務DD、契約や権利関係などに関することを調べる法務DD、ビジネスモデルや今後の市場性や収益性などを調べるビジネスDDに分けられます。これら以外にも人事DDやITDDなども加えて細分化して行う場合もあります。

財務DDでは、財務、会計、税務の面から過去の損益を調査し、現在と将来の損益予測の基盤を確かめる調査です。ただの会計ミスや簿外債務の確認だけでなく、将来の事業計画の妥当性を検証することが重要です。この妥当性は、買収価格や統合計画にも影響するため、ビジネスDDとの関連性も深く、財務DDはビジネスDDの数値的な裏付けとしての役割も果たします。実施は、監査法人や会計事務所、税理士法人、財務系コンサルティング会社に依頼することが多いです。

法務DDでは、法的リスクを特定し、リスクに見合った対策を講じるための調査です。例えば、金額に換算できるものは買収価格に反映させたり、リスクが現れた際に売り手がコストを負担するよう求めるなどの対策が取られます。特に、ビジネスの継続性が疑われるような重大な法令違反の可能性が検出された場合、買収を中止することも検討します。法務DDは必須の手続きで、通常は法律事務所や弁護士に依頼します。

ビジネスDDでは、ここまでに調査したビジネス性やシナジー効果について評価するための調査です。それぞれ、将来シミュレーションを行い、見通しが変わるようであれば、財務DDと総合的に判断し、買収価格に反映する必要があります。実施は、買い手企業自らが行うか、経営コンサルティング会社に委託することが多いです。

 

ケースバイケースで実施すべきDD

人事DDは、人事・労務の側面から統合効果やリスクを評価する調査です。経営統合によって従業員のモチベーションが低下し、期待した業績が達成できない事例が過去にたくさんあります。シナジーの視点でも、人件費の削減やスキルの移転による能力の向上などの可能性も調査しておきたいところです。実施は、人事コンサルティング会社や社会保険労務士に依頼することが多いです。

ITDDは、対象会社が活用している情報システムについて統合の可能性やその方法について明確にするための調査です。近年、業務プロセスとITは密接に関連しているため、統合によるシナジー効果や統合後のIT投資について事前に計画することがM&A成功の重要なポイントと言えます。特に、対象会社が親会社にIT面を依存していることは、よくある事例であり、統合後の大きな課題となります。実施は、自社のIT担当部門主導で、ITコンサルティング会社に依頼することが一般的です。

 

まとめ

今回は、M&Aの成否に大きく影響のある”デューデリジェンス”について、まずは概要部分をツナグと一緒に学びました。重要なことは、これまでの調査や交渉に費やした労力・コストとは、いったん切り離した調査と捉えて実施し、M&Aによるリスクやシナジーについてしっかり評価することです。くれぐれも「ここまで進めてきたから・・」などと考え、DD本来の目的を見失わないように留意ください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

事業再生にも使える特定調停①

法律の条文においてしばしば使われる「特定〇〇」

法律の条文でよく使われる言葉に「特定〇〇」というものがあります。これは、「〇〇のうち特別な規律が妥当するもの」といったニュアンスで用いられます。例えば「特定個人情報」(いわゆるマイナンバー)という言葉があります。個人情報保護法では、あらゆる個人情報を保護の対象としていますが、個人情報のうち、特定個人情報については、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(いわゆるマイナンバー法)という特別な規律が適用されます。

今回取り上げる特定調停もまた、民事調停のうち特別な規律が妥当する手続きです。

 

特定調停とは

調停という言葉になじみがない方もいるかもしれませんが、「公平中立な第三者(調停委員会)のもとで話し合いを行う」というイメージを持っておけばさしあたりは十分でしょう。

民事調停とは、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図る」(民事調停法第1条)というもので、要するに紛争を解決するために裁判所で話し合いを行うというものです。そして、特定調停とは、民事調停にいうところの「民事に関する紛争」のうち、「支払不能に陥るおそれのある債務者等の経済的再生に資するため、…このような債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を促進することを目的」として行われる調停をいいます(特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(以下「特定調停法」といいます。)第1条)。

すなわち、特定調停とは債務整理に特化した調停である一方、「債務者等の経済的再生」を企図する点で倒産手続の一つに位置づけられるものです。特定調停法上、特定調停は、個人・企業のいずれもが利用できる制度となっています。

個人の特定調停の利用例としては、新型コロナウイルスの影響での失業や、収入・売上が減少したことなどによって、債務の返済が困難になった個人が弁護士の支援のもとで特定調停を申立て、債務の大幅な減額を行う(いわゆるコロナ版ローン減免制度)というスキームもあります。

しかし、最近企業の事業再生にこの特定調停を利用するスキームの活用が進められています。今回からは、この特定調停を使用した企業の事業再生スキームについて解説をしていきたいと思います。

 

特定調停とバンクミーティング

「話し合いをするのであれば、わざわざ裁判所に行かなくてもバンクミーティングをすれば足りるのではないか」、このように考える方もいると思います。

確かに、特定調停は、バンクミーティングと同様に、金融債権(金融機関が債権者である債権をいいます。)を対象とするものです。また、特定調停は倒産手続に位置づけられるものの破産や民事再生とは異なり、特定調停を申し立てたという事実が官報に掲載されることはなく、非公開で行われます。そして、特定調停はあくまで「話し合い」であるため、債権者と債務者との間で合意が整わなければ調停が不成立となり、結局債務の整理ができないままとなります。これらの点からすれば、特定調停は私的整理の側面があり、バンクミーティングとあまり変わらないともいえます。

しかし、特定調停はバンクミーティングとは異なり、裁判所という公平中立な機関による調整が期待できることのほか、一定の強制的な要素もあります。まず、債権者が判決等の債務名義を有している場合であっても、「特定調停の成立を不能もしくは著しく困難にするおそれがあるとき、または特定調停の円滑な進行を妨げるおそれのあるとき」は強制執行の停止ができるとされており(特定調停法第7条第1項)、債務者たる企業としては安心して調停を進めていくことができます。

そして、当事者間である程度の合意ができているものの細部が煮詰まらないときや、特定の債権者が合意に応じない場合などは、裁判所(調停委員会)が、職権で、案件の解決のために必要と考える決定をして、調停条項に代わる内容を提示することができます(特定調停に代わる決定ないし17条決定といいます。特定調停法第17条。なお、当事者間で合意が整い、調停にて決定された内容を調停条項といいます。)。

特定調停に代わる決定は、告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てればその効力を失いますが、実務上、積極的な同意よりも、「異議を出さない」という消極的な同意の方が債権者としても受け入れやすい傾向があるため、活用されています。

調停条項や特定調停に代わる決定は、判決と同一の効力を有し、債権者による強制執行が可能となりますが(民事調停法第16条参照)、債権者からすれば判決と同様の効力があるから債務者が弁済をするであろうと考えるでしょうし、債務者からすれば強制執行をされるプレッシャーのもとで弁済に向けた堅実な経営を行っていく動機づけになるともいえます。

 

次回以降の予告

次回以降では、特定調停の具体的な流れや大阪地方裁判所での特定調停の運用、日弁連スキーム等について解説を行います。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

令和5年税制改正は凄い!中小M&Aの後押し~オープンイノベーション促進税制と経営資源集約化税制の見直し

2023年4月に国内M&Aを後押しする2つの税制の見直しが行われました。

この2つの税制はどのように中小M&Aに活用できるのか、買い手もしくは仲介の立場からみてみましょう。

1.オープンイノベーション促進税制とは

オープンイノベーション促進税制は事業会社やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)からスタートアップ企業への出資を加速させる目的で、2020年(令和2年)税制に創設された制度です。

そもそもオープンイノベーションとは何でしょうか。2016年7月に公開された「オープンイノベーション白書(初版)」によると「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」と定義されています。

つまり、自前主義から脱却し、外部資源の活用や外部組織との連携を通じてイノベーションの創出やビジネスモデル変革などの取り組みを加速することです。

オープンイノベーション促進税制の対象となるのは、主に国内の大企業・中堅企業やCVCです。これらの企業がオープンイノベーションを目的として、スタートアップ企業の株式を取得する場合に取得価額の25%を課税所得から控除できる制度です。

所得控除の上限額は、1件当たり12.5億円以下(対象法人1社・1年度当たり125億円以下)となっており、かなりの大型出資を想定した内容となっています。

なお、適用を受けるためには、次の3つの要件を満たすことが条件となります。

①1件当たりの出資金額下限として、大企業は1億円、中小企業は1千万円(海外企業への出資は一律5億円)

②資本金増加を伴う現金出資(発行済株式の取得は対象外)、なお純投資は対象外

③取得株式の3年以上(※4)の保有を予定していること

2.オープンイノベーション促進税制の2023年度(令和5年度)改正内容

従来のオープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業への「新規出資」のみが対象となっていました。そのため、追加出資を望むスタートアップ企業や、既存株式の買い取りによる資本提携を計画している大企業などにとっては使い勝手が悪いものでした。

今回の改正により、これらの点が改善され、スタートアップ企業・大企業の双方にとって柔軟に活用できるようになりました。

【主な改正点】

(1)新規出資型の見直し(拡充)

過去にオープンイノベーション促進税制が適用されたスタートアップ企業への追加出資の場合でも、追加出資により議決権の過半数を有することになる場合は、適用対象になりました。つまり、追加出資により大企業がスタートアップ企業の経営権を獲得するような資本提携に踏み込むならば、税制優遇するということです。

(2)M&A型の新設

スタートアップ企業の成長に資するM&Aを後押しするため、増資に伴う新規発行株式だけでなく、M&Aによる発行済株式の取得に対しても税制の対象とする拡充が行われました。株式取得額が5億円以上、かつ、M&Aにより過半数の議決権取得を行った場合が対象となります。所得控除額は、発行済株式の取得価額の25%と新規出資の場合と同様ですが、上限額は1件あたり50億円と、新規出資の場合に対して4倍の金額まで認められます。

これらの施策は、中小企業同士でのM&Aよりは、大企業やCVCが中小企業をM&Aする場合に効果を発揮する税制です。

特に、既に株式を保有しているスタートアップ企業に対するM&Aであっても、以下の2要件を満たす場合には対象になる可能性があるので、オープンイノベーションを進めている企業はチェックしておきたいポイントです。

【追加出資によりM&Aをした場合に税制適用対象となる条件】

①M&A時点で議決権の過半数を有していないスタートアップ企業が対象であること

②今回の税制改正後のオープンイノベーション促進税制(新規出資型)の適用を受けていないスタートアップ企業が対象であること

オープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業を売り手、大企業やCVCを買い手とするM&Aを対象としたものですが、次章でご説明する経営資源集約化税制は、中小企業同士のM&Aが対象となる点で、より幅広く一般の中小M&Aに活用可能な制度といえるでしょう。

 

3.経営資源集約化税制の延長

経営資源集約化税制は、ウィズコロナ・ポストコロナ社会に向けて、地域経済・雇用を担おうとする中小企業による経営資源の集約化等を支援するため、2021年(令和3年)8月に施行された税制です。2023年度(令和5年度)税制改正で、適用期間が2年間延長されました。

税制の主な内容は、経営資源の集約化(M&A)によって生産性向上等を目指す、経営力向上計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づいてM&Aを実施した場合に、税制優遇が受けられる制度です。

具体的には、(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)、(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)の2つを柱とした内容です。

(1)設備投資減税(中小企業経営強化税制)

経営力向上計画に基づき、M&A後にM&Aの効果を高める設備を取得等した場合、投資額の10%を税額控除、または全額即時償却することができます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2025年(令和7年)3月31日まで。

(2)損金算入可能な準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)

事業承継等事前調査(財務・税務DD、法務DD等)に関する事項を記載した経営力向上計画の認定を受けた上で、計画に沿ってM&Aを実施した際に、M&A実施後に発生し得るリスク(簿外債務等)に備えるため、投資額の70%以下の金額を準備金として積み立て可能という制度です。積立金額は損金算入できます。

申請に必要な経営力向上計画の認定対象期間:2024年(令和6年)3月31日まで。

なお、経営力向上計画とは中小企業等が、人材育成やコスト管理のマネジメント、設備投資などの経営力を向上させるための事業計画のことです。中小企業等は事業所の所管大臣に申請し認定を受ける必要があります。

経営力向上計画にはA~Dの4つの類型がありますが、そのうちM&Aに関係するのはD類型です。D類型はM&A後に取得する設備のうちM&Aの効果を高める設備を取得するものですが、他に生産性向上に資する設備(A類型)、収益力強化に資する設備(B類型)、遠隔操作、可視化、自動制御化などのデジタル化を可能にする設備(C類型)があります。

経営力向上計画は、要件を充足した申請をすれば認定される比較的難易度が高くない計画ですが、M&Aを実施する事業年度内に認定を受ける必要があるため、社内リソースが十分でない中小企業が当事者であるため、専門家等の力を借りて実施することも検討する必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回はM&Aの買い手・仲介者目線で、M&Aの背中を後押しする税制についてお伝えしました。

オープンイノベーション促進税制や経営資源集約化税制など、企業規模やM&Aの目的に応じて有効な税制を理解し、適切に活用していきましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスへ進む前にやっておくべきこととは?

売り手と買い手の間で重要な論点について話がまとまったら、基本合意の締結へと進みます。基本合意とは、M&Aについて売り手と買い手とが基本的な合意をしたことを、最終契約の前に文書にしておくものです。つまり、「この先、大きな行き違いがない限り、これでM&Aを実行しましょう」と言う意味を持ちます。
本日は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

基本合意とは?

ツナグ:基本合意?DD(デューデリジェンス)もまだだし、仮契約みたいな感じかな?
そうですね。仮契約とは違いますが「これから、M&Aの取引成立に向けて、売り手と買い手とでお互い誠実に、前向きに、交渉を進めていきましょうね。そのための前提条件はこれらですよね」という感じですね。

 

ツナグ:「ふーむ。一般的な営業現場ではあまりない交渉スタイルだね」

確かに、あまり頻繁にはないと思いますが、巨大建造物やビッグイベントなどの大きな案件でも同様に、仮契約を締結することはあると思います。おそらく、売り手側は準備や提案のコストの回収を確定させ、買い手側は、案件の実行に道筋をつけられる。という双方のメリットを実現することが目的ではないでしょうか?一方で、M&Aの基本合意は、特に買い手にとって大きな節目になり、いくつかのメリットが発生します。

ツナグ:M&Aでは、買い手側にメリットが大きいんだね。なんとなく、買い物する側は、いつでも交渉から降りられるから、常に強い立場にあるイメージだけど・・・どんなメリットがあるんだろう?

 

買い手側にとっての基本合意のメリット

まずは、大枠ながら合意形成を文書にするわけですので、それによって「この取引はおそらく成立する、成立させなくてはならない」といった心理的拘束力が双方に期待できます。そして、先述のとおり、基本合意書には、「何ごともなければこのまま進めましょう」と言う意味合いがありますので、買収価格や譲渡スキームなど重要な論点の合意を盛り込みます。
基本合意書締結後は、DDへと進むのですが、DD終了後に大きな問題がなければこの基本合意で仮約束された金額で取引することが一般的ですから、買い手側は、ここまでに知り得た情報に不確定要素や不安要素があるようであれば、買収価格ではなく価格レンジ幅を持ったものを提示して合意することでリスクを最小限にします。また、スケジュールを設定することになりますので、特に、売り手側の意思決定が遅いと感じている場合など、買い手にとっては大きなメリットとなるはずです。
そして、最大のメリットは、独占交渉権が得られることです。一般的には、買い手側に独占交渉権(排他的交渉権)が付与されます。これによって。買い手は競合の動きを気にせず交渉に専念できます。
補足になりますが、もし、双方いずれかが、上場企業の場合は、基本合意後に適時開示により公表されることが一般的です。つまり、もしこのM&Aが成立しなかった場合、「DDで何か大きな問題が発覚したのか?!」と言う様々な憶測が投資家の間に飛び交うことになります。そのため、双方ともに、なんとか交渉を進めて、無事に取引を成就させたいというインセンティブが働きます。

 

基本合意に盛り込まれる主な事項とは?

ツナグ:なるほど。基本合意ってすごい大きな意味があるんだね?!

基本合意では、大きく分けて二つのことについて合意します。一つは取引条件、そして、もう一つは当事者同士の義務など基本的な約束事です。

ツナグ:買い手としては、”金額”、”M&Aの形態”、”スケジュール”なんかが決まっていれば、動きやすそうだね。

そうですね。まず、もっとも大切なことは、買収スキームと取引価格についてです。取引価格については、これまでの交渉を通じておおむね合意していると思いますので、その金額を明示しておきます。一方で、スキームについては、株主などの同意が必要な場合も多いため、この段階で確定することはできませんが、少なくとも最低取得株式数あたりは明記しておきたいところです。また、先述のとおり買収金額に幅を持たせて合意する場合がありますが、売り手側は、どうしても上限金額に意識がいきがちです。安易に金額の幅を決定することはせず、しっかりと自社内のコンセンサスを得ている金額を上限金額とするようにしましょう。

そして、次に従業員や役員などの引き継ぎ条件についてです。具体的には、従業員の雇用条件の維持や、変更に関しては、重要な基本合意事項になります。一般的な労働者は、法律によって保護されていますが、それに加えて、通常1~2年程度は大きな変更をしないということを合意しておきましょう。一方で、役員については任期もあり、法的な保護はないため、退職慰労金などしっかりと合意しておくことが必要です。
また、M&A後の経営統合作業や、業績改善に集中したいため、許認可や重要な取引先との契約、人員整理や不採算事業からの撤退などは、クロージングの前提条件として売り手側の責任で対応を済ませてもらうことを基本合意にしておくことが重要です。

 

基本合意は守られてこそ

ツナグ:なるほど。買い手にとっては、大きな買い物だし、M&Aが成立してからが本番だっていうこともあるし、不確定要素はできるだけ排除しておきたいですよね!なんだかワクワクしてきた!

そうですね。そのためにも、具体的な基本合意の前提条件についても同意が必要です。
まずは、DDの実施日程や調査範囲などとともに基本合意後速やかに実施することへの合意を確認します。独占交渉権についても同様です。これは、売り手は買い手(当社)以外とM&Aについて交渉を行うことを禁止する条項です。ただし、売り手にとってさらに魅力的な買収提案を受けた場合のために別途協議すると言う項目を入れたり、反故にする場合の罰則規定等も決めることがあります。M&Aが盛んなアメリカでは、すでに違約金の相場もあるようです。
これら以外にも秘密保持や善管注意義務に関すること、有効期限、法的拘束力項目について明確にします。

 

▼まとめ

今回は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、買い手側の視点に立ってツナグと一緒に学びました。しかしながら、売り手側にとっても「計画通りに譲渡を実現する」という点において、大きなメリットがあるフェーズです。一方で、このフェーズでもっとも大切なことは「対象企業を利用してくださっている顧客や、業務に従事している従業員・役員にとってのメリットをどのように実現するか?」でもあります。くれぐれも本来の目的を見失わないように留意ください。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也

企業の価値の見える化を実現する「ローカルベンチマーク」

M&A市場において売り手が不足しているもう一つの理由

前回のコラムでは、M&A市場において、売り手が不足していることをお伝えしました。その際、売り手が不足している理由として、そもそも自分がいままで手塩にかけて育ててきた企業を売却すること自体、相当に重い決断を強いられることをあげました。

しかし、仮に企業の経営者が自社についてM&Aで売却することについて積極的であったとしても、M&Aに至らないこともあるように思われます。実際、過去にM&Aで自社を売却したいという相談を受けたものの、結局は自己破産のやむなきに至った事例もありました。このような事例に共通するのは、当該企業において、買い手にアピールできるような点がなかなか見つからず、買い手が見つかる可能性を見出すことができないということでした。

自社にはこれといった「売り」はないと考える企業の経営者は、意外と少なくありません。ところが、実際には自社の企業価値がないのではなく、気付いていないだけの場合もまた少なくないように思われます。

自社の本当の価値に気付くためには、まずは自社の現状を知ることから始まります。そこで、今回は、中小企業におけるM&Aの準備段階に入る前から企業・事業の価値を向上させるべく「見える化」「磨き上げ」を行うためのツールのうち、経済産業省が作成したローカルベンチマークについて解説します。

 

ローカルベンチマークとは何か

ローカルベンチマーク(以下「ロカベン」といいます。)とは、企業の経営状態の把握、いわゆる「企業の健康診断」を行うツールで、簡易な事業性評価のための道具として活用されています。

ロカベンは、エクセルシートに所定の事項を入力していくことにより作成できます(エクセルシートは、経済産業省のウェブサイトからダウンロードすることが可能です。また、ミラサポplusでも、ローカルベンチマークを作成できます。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/sheet.html)。

〇 ロカベンにはどのような内容を記載するのか

ロカルベンの記載事項は、財務指標と非財務情報に大別されます。このうち、財務情報は、

① 売上持続性(売上高増加率をもとに事業活動が成長・安定・衰退のどのステージにあるかを検討する。)

② 収益性(営業利益率をもとに効率的に利益生産しているか検討する。)

③ 労働生産性(付加価値(=営業利益)を従業員数で除した値で検討する。)

④ 健全性(EBITDA有利子負債倍率で債務返済能力を検討する。)

⑤ 効率性(営業運転資本回転期間で取引条件の変化や不良資産の可能性を確認する。)

⑥ 安全性(自己資本比率にて会社が負担している債務について弁済がで き るだけの資力があるかを検討する)

の6つの指標から構成されています。財務情報として挙げられている指標それ自体はいわゆる経営分析の際にも広く用いられているものです。

ロカベンの特徴はむしろ、非財務情報にあるといえます。非財務情報とは、製品・商品・サービスを提供する流れを記載し、どのような流れで顧客に提供される価値が生み出されるのかを見える化する「商流・業務フロー」やさまざまな視点から自社を検討する「4つの視点」があります。

「4つの視点」とは、

① 経営者(経営者自身の経営哲学・経営意欲・後継者の有無)

② 事業(企業又は事業の沿革・強み・弱み・IT化)

③ 企業を取り巻く環境・関係者(市場動向、既存・新規顧客、従業員、金融機関)

④ 内部管理体制(組織体制等・事業計画及び経営計画の有無及び社内での共有状況、研究開発体制・人材育成の取組み状況)

を指します。

このように、ロカベンでは、定量的な財務情報だけでは測ることのできない定性的な情報について、企業の経営者と金融機関・支援機関との間で対話を行いながら記載をしていくことによって、自社の現状を把握していきます。

そして、自社の現状の認識をしていく過程において、自社に思わぬ強みがあることや課題を克服すれば強みとなりうる要素を発見することができるのです。

 

ロカベンで自社の強みの発見を

知的資産経営ということばがあります。知的資産とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産を指すものです(したがって、知的資産は、特許権や著作権といった知的財産とはやや異なります)。目に見える資産という観点からすれば、中小企業は大企業に比して優位に立てないことも多いと思います。

しかし、知的資産という観点からすれば、中小企業でもキラリと光るものを持っているということも珍しいことではないでしょう。その意味において中小企業の新たな発見をもたらすロカベンは有用なツールといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aを想定して企業価値を高めよう

帝国データバンクのレポートによると2023年上半期(1月-6月)の倒産件数は、前年同期比31.6%増で、5年ぶり4,000件を超え14年ぶりに全業種で前年同期を上回ることになりました。
本件レポートでは注目の倒産動向として「業歴100年以上の老舗企業の倒産」「ゼロゼロ(コロナ)融資後倒産」「人手不足倒産」などが特徴としてあげられています。
ゼロゼロ融資の返済開始時期の本格化、物価高や電気代、円安等によるコストプッシュ圧力の高まりなど、外部環境の急激な変化により、本業の「収益力」が問われる局面へと突入しているようです。
こうした中、日ごろから企業価値向上に向けた取り組みをすることが、従来以上に重要となってきているといえるでしょう。

1.企業価値のブラッシュアップ

経営者は、自社を外部の第三者に承継するか、親族に承継するかに関わらず、日々、業績改善や、内部管理体制の整備などに取り組み、企業価値向上に努めています。
岸田内閣では「新しい資本主義」を掲げ、「スタートアップ育成5か年計画」を策定しスタートアップ企業の支援策を強化しています。スタートアップの多くは新規株式上場(IPO)を目指して、企業価値向上に取り組んでいます。これらのスタートアップの中には創業後、5~6年で株式上場できる企業規模まで事業拡大しているケースが多く、一般的な中小企業と比べて極めて高い成長性を有しています。その理由の一つは、IPOという出口をマイルストーンとして企業価値向上策を進めているからです。
今回は、IPOを目指していない企業であっても、社外の客観的視点で企業価値を可視化することにより、経営をブラッシュアップし、企業価値向上のスピードアップを図る方法について述べたいと思います。

 

2.企業価値の可視化

上場企業は、日々の株価推移により企業価値を時価で把握することが可能ですが、非上場企業の場合は、企業価値を適時適切に把握する方法がありません。しかし、非上場企業でも客観的に把握する方法はあります。
具体的には、M&Aが実施される際に企業価値を算定するために実施されるデュー・ディリジェンス(以下、DDという)という手法を通じて行うものです。DDは主にM&Aの買い手により実施されますが、経営者の主観に依存せず、企業のビジネスモデルや財務内容、知財の有無などをチェックし客観的に企業価値を算定できます。
視点を変えると、DDでの評価項目を活用することにより、経営者は自社の企業価値を自分自身で客観的に把握し、効果的にブラッシュアップを図ることができるといえます。

 

3.DDの評価項目からバックキャストした企業価値向上策

中小M&Aガイドラインによると、DDとは、対象企業である売り手に係る各種のリスクを精査するため、主に買い手がFAや士業などの専門家に依頼して実施する調査とされています。
DDの内容は事業、財務、税務、法務、人事労務、知財、環境、不動産、ITなど、多岐にわたりますが、ここでは、主要なDDとされる①資産・負債等に関する財務DD、②株式・契約内容等に関する法務DD、③ビジネスに関する事業DDの3つの視点についてみていきたいと思います。

(1)財務DDの評価ポイントから逆引きした財務対策
財務DDの調査項目や業務範囲は案件ごとに異なりますが、共通する一般的な調査要点として以下の項目があげられます。

①損益計算書分析
「正常収益力分析」
一般的にEBITDAを用いて分析します。EBITDAはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息および減価償却費を加えて算出します。キャッシュの出入りに注目し、設備投資額の大小やタイミングに左右されずに「会社が利益を上げているか」を正確に把握することができる指標です。業種により異なりますが、企業価値をEBITDAで除したEBITDA倍率が8倍を超えると割高と言われています。これは8年間で生み出すキャッシュフローが企業価値の目安となっているといえます。逆引きすると、このEBITDAを高める工夫が企業価値を高めるといえます。
「費用構造の把握」:費用を変動費と固定費に分解し、損益分岐点分析を行うものです。固定費の水準や変動費率(変動費÷売上高)を下げて損益分岐点売上高を引き下げることにより、儲ける力の高い財務体質を構築することができます。

②貸借対照表分析
「純資産調整」
在庫や有価証券、固定資産などの含み損失、および退職給与や貸倒引当金などの引当不足があれば純資産から控除し、実質的な純資産額を算出します。逆引きすると、評価損益や引当などの会計処理を適切に実施し、その上で純資産金額の向上を図ることにより企業価値を高めることができます。
「ネットデット/エクイティレシオ」
負債と自己資本のバランスから財務の健全性を見る指標です。ネットデットとは、純有利子負債とも呼ばれ、「有利子負債-非事業資産」として算出されます。非事業資産とは、事業価値の創造に貢献していない現預金、貸付金、有価証券や遊休不動産などのことをいいますが、簡便法として「有利子負債-現預金」で求められることが多いようです。当該比率は1倍以上あることが目安とされています。これは、返済義務のあるお金より返済義務がないお金のほうが多い状態であることを意味します。逆引きすると、このような財務状態を目指すことが企業価値向上に資するポイントといえるでしょう。

「偶発債務」
貸借対照表に記載されない簿外債務の一類型で、まだ発生していないが将来条件を満たした時に発生する債務のことです。具体的には、債務保証、訴訟による損害賠償債務、未払い賃金などがあげられます。中小企業は税務会計を採用していることが多いため、偶発債務が財務諸表に注記されることは少なく、M&Aの際に企業へのヒアリングを通じて明るみに出ることが少なくありません。偶発債務は、買い手にとってリスクとなるため、偶発債務を控除して企業価値を算定します。逆引きすると、経営者は偶発債務の内容や金額を正しく把握し、圧縮していくよう努力することで企業価値向上を図ることができます。

(2)法務DDの評価ポイントから逆引きした法務対策
法務DDの共通する一般的な調査ポイントとして以下のような項目があげられます。
M&A時の法務DDでは、買収に関する株式譲渡契約や合併契約などの内容も対象になりますが、ここでは企業価値向上のためのポイントであるため、除外します。

①法令等の遵守状況
法律や社会規範を遵守しているかどうかをチェックします。違反が発覚した場合、罰金や業務停止などの影響が出る可能性があるため、重大なリスクを防ぐために重要です。日ごろからコンプライアンス遵守体制の整備や周知徹底が企業価値向上に繋がります。

②知的財産権の確認
特許や商標などの知的財産権が適切に保護され、管理されているかを調査します。知的財産権は企業の価値を大きく左右するため、日ごろから企業の保有する知的財産の保全策を進めるとともに、第三者の知的財産の侵害がないよう適切な管理を行うことが重要です。

③訴訟・紛争の存在
企業が訴訟や紛争の当事者になっていないか、あるいは将来その可能性がないかを調査します。これは、将来的に発生する訴訟費用や賠償リスクが企業価値に影響するため重要なポイントです。顧問弁護士や法務担当者を活用した適切な法務管理や、組織規模に見合った内部統制など適切なガバナンスの強化、紛争が起こった場合に迅速な対応が可能となるようなルールや体制を事前に整備しておくことなどが重要です。

④労務問題
労働契約、労働条件や労働者の権利が法令や社会規範に則っているか確認します。労働問題は企業の評価やブランドに大きな影響を与え、罰金や訴訟につながる可能性があります。特に、近年は働き方改革に対応した労働法制の改正が実施されていることを踏まえて、未払残業代の発生や、ハラスメント問題などの発生を防止する体制・ルール作りが重要です。

(3)事業DDの評価ポイントから逆引きした対策
事業DDには様々な調査ポイントがありますが、中でも重要と思われる以下の4項目について示します。

①ビジネスモデルの評価
企業のビジネスモデルがどのように収益を生み出し、その持続性があるかを評価します。収益の源泉、コスト構造、価値提供の内容・方法を分析します。自社の事業が内外環境の変化に柔軟に対応できる持続可能なビジネスモデルになっているか継続的に見直しができる経営体制が必要とされます。

②市場環境の分析
市場環境の把握は、企業の将来的な成長と収益性の可能性を評価するために重要です。大きく成長する市場は、新たなビジネスチャンスを提供し、それに対応できる企業は高い価値を持つ可能性があります。ターゲット市場の規模、成長性、顧客行動の変化などについて社内外のリソースを活用して適切に行うことが必要です。

③競合分析
企業の競争優位性の維持・強化と市場での戦略的ポジショニングを決定するために重要です。マイケル・ポーターの「5フォース分析」などの手法を活用し、主要な競合企業、新規参入や代替品の脅威、顧客の交渉力、サプライヤーの交渉力などを分析することも有効な方法です。

④事業計画の評価
企業の現状分析だけでなく、将来の市場環境や競合状況を踏まえた中長期の計画の達成可能性とリスクを評価します。事業計画の評価は、企業が将来的に価値を生み出す可能性とリスクを評価する上で重要です。策定済の事業計画が現在の環境下でも達成可能なものになっているか、計画時に採用したKPIが有効な指標となっているかを継続的にモニタリングし見直していくことが重要です。

まとめ

今回は経営者目線で、企業価値向上のためにはM&Aにおける財務DDや法務DD、事業DDにおける評価ポイントを“逆引き”して活用することが有効であることについてお伝えしました。
直ちにM&Aがあるわけでもないなか、DDを実施するのはコスト負担やリソース配分の観点から現実的ではありません。しかし、第三者の客観的な評価軸を目標設定したりPDCAを回したりすることに活用することは、社員の目標や実績の可視化にもつながり、企業価値向上のみならず企業風土の活性化にもつながることでしょう。
DDの評価ポイントを経営に効果的に導入するため、M&Aや経営・財務・法務等に知見のある専門家を上手に活用することも、賢い経営者の選択肢かもしれません。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)