ブログ 月: 2022年7月

中小企業の私的整理に関する新しいガイドラインができました①

秘密を保持しつつ簡易・迅速に行う私的整理

窮状に陥った企業が再起を図るための債務整理の方法といえば、民事再生や会社更生といった裁判所による法的整理がまず思い浮かぶかもしれません。

しかし、高額な費用が必要となること、高度な専門性が要求されること、長期間の時間を要することなど、法的な整理のハードルは相当に高いといえます。また、法的整理を行ったことは、官報にて公告されることなどから、広く周知され、事業継続に向けて再起を図る企業にとっては致命的な打撃を受けることも少なくありません。

このようなことから、法的整理よりも企業が裁判所を介することなく債権者(基本的には金融機関)と話し合いによる任意の合意に基づく私的整理が行われることが一般的であるといえます。

私的整理は、企業と金融機関の間で協議が整えば可能であることから、簡易・迅速に行うことができるうえ、協議の当事者である企業と金融機関以外には私的整理の事実が知られることもなく秘密を保持できるといったメリットがあります。

 

『中小企業版私的整理ガイドライン』の策定

もっとも、私的整理の場合は、企業と金融機関の任意の合意により行われるものですので、ある意味合意さえ整えば実体面・手続面ともに『なんでもあり』になってしまいかねません。そこで、一定の準則ないしルールを定め、それに従って私的整理手続を行う準則型私的整理手続が行われています。この準則としては、平成13年に金融界・産業界の合意により策定された『私的整理に関するガイドライン』などがあります。

ところで、令和2年以降世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症は中小企業の経営に深刻な影響をもたらしました。コロナによる影響からの脱却を図りつつ、より迅速かつ柔軟に中小企業が事業再生などに取り組めるよう、いわば『中小企業版の私的整理に関するガイドライン』ともいうべきものとして、令和4年3月に『中小企業の事業再生等に関するガイドライン』(以下単に「ガイドライン」といいます。)が策定されました。このガイドラインの概要について、解説します。

 

平時・有事等における中小企業と金融機関の果たす役割

ガイドラインは大きく2つの部分から構成されています。前半部分は、中小企業者の「平時」、「有事」等の各々の段階において、中小企業者、金融機関それぞれが果たすべき役割について記載されています。

ここにいう「有事」とは、収益力の低下、過剰債務等による財務内容の悪化、資金繰りの悪化等が生じたため、経営に支障が生じ、又は生じるおそれがある場合をいいます。中小企業の経営が悪化しているかどうかで、中小企業者と金融機関の果たすべき役割が異なるとガイドラインは考えているのです。

平時においては、中小企業が有事に陥ることを防止すること、仮に中小企業者が有事に陥ったとしても金融機関が迅速に円滑な支援の検討が可能となるような信頼関係を構築することが重要であるとされています。ガイドラインには、具体的には、以下のような役割が記載されています。

 

【平時における中小企業者の役割】

1 自社の収益力の向上と財務基盤を強化する。

2 適時適切な自社の経営情報の金融機関に対する開示等によって経営の透明性を確保する。

3 役員報酬、配当、経営者への貸付等を、社会通念上適切な範囲を超えないものとする体制を整備するなど法人と経営者の資産等の分別管理をする。

4 有事へ移行しないように努めるとともに、自社が有事へ移行する兆候を自覚した場合には、速やかに金融機関に報告し、金融機関・実務専門家・公的機関や各地の商工会議所等の助言を得るようするなど予防的対応を行う。

 

【平時における金融機関の役割】

1 中小企業者との信頼関係の構築に努めるとともに開示された経営情報から経営課題の把握・分析等に努め、中小企業のライフステージや事業の維持・発展の可能性の程度等を適切に見極める。

2 中小企業者の経営の目標の実現や課題の解決に向けて、中小企業者のライフステージ等を適切に見極めた上で、適時、能動的に最適なソリューションを提案する。

3 経営情報等について中小企業者から開示・説明を受けた事実や内容だけをもって中小企業に不利な対応がなされることのないよう、誠実な対応に努めることとする。

4 中小企業者の有事への段階的移行の兆候を把握することに努めるとともに、必要に応じて、中小企業者に対し、有事への段階的な移行過程にあることの認識を深めるよう働きかけ、事業改善計画の策定やその実行に関する主体的な取組みの促進や支援などを行う。

 

次回の予告

次回は、有事における中小企業者及び金融機関の役割や中小企業の事業再生等のための私的整理手続の概要について解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

インフレと米国利上げで国内M&Aは増加?~スタートアップの出口戦略はIPOからM&Aにシフト

1.世界的なインフレにより国内IPOは減少か

2021年の国内IPOが136社となり、2008年のリーマンショック後、最多となりました。上場志向のスタートアップが事業拡大のための資金調達を加速したことによるものです。
一方、足元では、国際的なインフレの広がりや、米国の度重なる政策金利引き上げにより、資金が、株式市場から安全資産へシフトしつつあります。これを受けて、2022年の6月末現在でのIPOを中止した企業数は既に8社となり、前年通期の5社を既に上回る異常な状態となっています。ウクライナ情勢など、このまま不透明な状態が続けば2022年のIPOは100社前後まで減少するとみる大手証券会社が多いようです。

 

2.スタートアップは出口戦略をIPOからM&Aにシフト

スタートアップのIPO志向は引き続き堅調ですが、現在、IPOしても株式市場ではあまり高い評価が見込まれないため、主幹事証券はIPOする銘柄を絞り込み始めています。また、ベンチャーファンドなどの大株主もキャピタルゲインを得られる確度の高いIPOでなければ上場申請に賛成しない、など慎重姿勢が目立ち始めています。
多くのスタートアップの株主構成は、20%から50%程度がベンチャーファンドなどの投資家により占められているため、IPO減少により失われた株式売却機会の代替として、別の出口=EXIT戦略を求める必要が生じてきています。その代替機会がM&Aなのです。

 

3.大企業の投資意欲は旺盛。ファンド間のセカンダリー売買も増加。

米国FRBは、政策金利の引き上げに積極的ですが、日銀は引き続き金融緩和スタンスです。そのため国内の大企業は低金利を背景に引き続きオープンイノベーション推進のためのスタートアップ投資に意欲的です。
PWC Japanグループが2022年6月に公表した「日本におけるプライベート・エクイティの潮流と考察2022年」によると、足元のPEファンドの売却動向はPEファンドからPEファンドへのセカンダリー売却が主流になっており、国内で活動する主要ファンド20社の保有企業数は2021年末時点で約260社。ファンド1社あたりの平均保有企業数は13.0社で、2016年末時点の6.5社から倍増しているとのことです。
こうした買収意欲の高い投資家の存在が、国内M&Aを当面、牽引するものと思われます。
私が日ごろ接しているスタートアップ投資の現場でも、ファンド投資先の株式売却について大企業や他のPEファンドというケースが増加しています。従来は、買手と相対で売買交渉することが多かったのですが、比較的小規模な案件でもフィナンシャルアドバイザーを立てて意向表明や基本合意書の締結などM&A仕立てのプロセスで売買が行われることが少なくありません。

 

4.「新しい資本主義」はスタートアップのM&Aに追い風

岸田政権による「新しい資本主義」の中で、スタートアップ支援は主要施策の1つとなっています。6月7日に内閣官房の新しい資本主義実現会議で公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」によると、「Ⅲ.新しい資本主義に向けた計画的な重点投資」の中で提示された4項目のうち、1項目は賃上げを柱とした「人への投資と分配」でしたが、他の3項目は「科学技術・イノベーションへの重点的投資」「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」「GX(グリーン・トランスフォーメーション)及びDX(デジタル・トランスフォーメーション)への投資」など、広義の内容も含めると全ての項目がスタートアップ支援に係るものなのです。
こうした点を踏まえると、手厚い政府の振興策を背景に、スタートアップ向け投資は中期的に底堅く推移するでしょう。

 

5.まとめ

こうした国内環境を踏まえれば、日銀が利上げ姿勢にでも転じない限り、スタートアップのM&Aは当面拡大基調にあると思われます。
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、大企業によるスタートアップ投資はスタートアップの出口戦略、既存の大企業のオープンイノベーションの推進策、の両面で重要であるという認識です。そのため、①オープンイノベーション促進税制の検討や、②上場企業によるスタートアップのM&Aを円滑化するため、M&Aを目的とした公募増資ルールの見直し、などが計画されています。
日本経済を牽引する柱としてスタートアップを育成していくためには①人材、②資金、③サポート・インフラ(メンター、アクセラレータ、インキュベーター)、④コミュニティの形成、などスタートアップ・エコシステムの構築が不可欠です。
また、M&A登録支援機関によるスタートアップのM&A支援もエコシステムの構築を支える重要な役割を担っています。
スモールM&Aは、コロナ後の経済・社会システムの再構築の一翼を担うキーストーンなのかもしれませんね。

【ご参考】
□「日本におけるプライベート・エクイティの潮流と考察2022年」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2022/assets/pdf/trends-and-considerations-of-pe-in-japan2022.pdf

□「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai9/shiryou1.pdf

 

中小企業診断士 伊藤一彦