ブログ 月: 2023年8月

デューデリジェンスへ進む前にやっておくべきこととは?

売り手と買い手の間で重要な論点について話がまとまったら、基本合意の締結へと進みます。基本合意とは、M&Aについて売り手と買い手とが基本的な合意をしたことを、最終契約の前に文書にしておくものです。つまり、「この先、大きな行き違いがない限り、これでM&Aを実行しましょう」と言う意味を持ちます。
本日は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

 

基本合意とは?

ツナグ:基本合意?DD(デューデリジェンス)もまだだし、仮契約みたいな感じかな?
そうですね。仮契約とは違いますが「これから、M&Aの取引成立に向けて、売り手と買い手とでお互い誠実に、前向きに、交渉を進めていきましょうね。そのための前提条件はこれらですよね」という感じですね。

 

ツナグ:「ふーむ。一般的な営業現場ではあまりない交渉スタイルだね」

確かに、あまり頻繁にはないと思いますが、巨大建造物やビッグイベントなどの大きな案件でも同様に、仮契約を締結することはあると思います。おそらく、売り手側は準備や提案のコストの回収を確定させ、買い手側は、案件の実行に道筋をつけられる。という双方のメリットを実現することが目的ではないでしょうか?一方で、M&Aの基本合意は、特に買い手にとって大きな節目になり、いくつかのメリットが発生します。

ツナグ:M&Aでは、買い手側にメリットが大きいんだね。なんとなく、買い物する側は、いつでも交渉から降りられるから、常に強い立場にあるイメージだけど・・・どんなメリットがあるんだろう?

 

買い手側にとっての基本合意のメリット

まずは、大枠ながら合意形成を文書にするわけですので、それによって「この取引はおそらく成立する、成立させなくてはならない」といった心理的拘束力が双方に期待できます。そして、先述のとおり、基本合意書には、「何ごともなければこのまま進めましょう」と言う意味合いがありますので、買収価格や譲渡スキームなど重要な論点の合意を盛り込みます。
基本合意書締結後は、DDへと進むのですが、DD終了後に大きな問題がなければこの基本合意で仮約束された金額で取引することが一般的ですから、買い手側は、ここまでに知り得た情報に不確定要素や不安要素があるようであれば、買収価格ではなく価格レンジ幅を持ったものを提示して合意することでリスクを最小限にします。また、スケジュールを設定することになりますので、特に、売り手側の意思決定が遅いと感じている場合など、買い手にとっては大きなメリットとなるはずです。
そして、最大のメリットは、独占交渉権が得られることです。一般的には、買い手側に独占交渉権(排他的交渉権)が付与されます。これによって。買い手は競合の動きを気にせず交渉に専念できます。
補足になりますが、もし、双方いずれかが、上場企業の場合は、基本合意後に適時開示により公表されることが一般的です。つまり、もしこのM&Aが成立しなかった場合、「DDで何か大きな問題が発覚したのか?!」と言う様々な憶測が投資家の間に飛び交うことになります。そのため、双方ともに、なんとか交渉を進めて、無事に取引を成就させたいというインセンティブが働きます。

 

基本合意に盛り込まれる主な事項とは?

ツナグ:なるほど。基本合意ってすごい大きな意味があるんだね?!

基本合意では、大きく分けて二つのことについて合意します。一つは取引条件、そして、もう一つは当事者同士の義務など基本的な約束事です。

ツナグ:買い手としては、”金額”、”M&Aの形態”、”スケジュール”なんかが決まっていれば、動きやすそうだね。

そうですね。まず、もっとも大切なことは、買収スキームと取引価格についてです。取引価格については、これまでの交渉を通じておおむね合意していると思いますので、その金額を明示しておきます。一方で、スキームについては、株主などの同意が必要な場合も多いため、この段階で確定することはできませんが、少なくとも最低取得株式数あたりは明記しておきたいところです。また、先述のとおり買収金額に幅を持たせて合意する場合がありますが、売り手側は、どうしても上限金額に意識がいきがちです。安易に金額の幅を決定することはせず、しっかりと自社内のコンセンサスを得ている金額を上限金額とするようにしましょう。

そして、次に従業員や役員などの引き継ぎ条件についてです。具体的には、従業員の雇用条件の維持や、変更に関しては、重要な基本合意事項になります。一般的な労働者は、法律によって保護されていますが、それに加えて、通常1~2年程度は大きな変更をしないということを合意しておきましょう。一方で、役員については任期もあり、法的な保護はないため、退職慰労金などしっかりと合意しておくことが必要です。
また、M&A後の経営統合作業や、業績改善に集中したいため、許認可や重要な取引先との契約、人員整理や不採算事業からの撤退などは、クロージングの前提条件として売り手側の責任で対応を済ませてもらうことを基本合意にしておくことが重要です。

 

基本合意は守られてこそ

ツナグ:なるほど。買い手にとっては、大きな買い物だし、M&Aが成立してからが本番だっていうこともあるし、不確定要素はできるだけ排除しておきたいですよね!なんだかワクワクしてきた!

そうですね。そのためにも、具体的な基本合意の前提条件についても同意が必要です。
まずは、DDの実施日程や調査範囲などとともに基本合意後速やかに実施することへの合意を確認します。独占交渉権についても同様です。これは、売り手は買い手(当社)以外とM&Aについて交渉を行うことを禁止する条項です。ただし、売り手にとってさらに魅力的な買収提案を受けた場合のために別途協議すると言う項目を入れたり、反故にする場合の罰則規定等も決めることがあります。M&Aが盛んなアメリカでは、すでに違約金の相場もあるようです。
これら以外にも秘密保持や善管注意義務に関すること、有効期限、法的拘束力項目について明確にします。

 

▼まとめ

今回は、M&Aの大きな節目となる”基本合意”について、買い手側の視点に立ってツナグと一緒に学びました。しかしながら、売り手側にとっても「計画通りに譲渡を実現する」という点において、大きなメリットがあるフェーズです。一方で、このフェーズでもっとも大切なことは「対象企業を利用してくださっている顧客や、業務に従事している従業員・役員にとってのメリットをどのように実現するか?」でもあります。くれぐれも本来の目的を見失わないように留意ください。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。
中小企業診断士 山本哲也

企業の価値の見える化を実現する「ローカルベンチマーク」

M&A市場において売り手が不足しているもう一つの理由

前回のコラムでは、M&A市場において、売り手が不足していることをお伝えしました。その際、売り手が不足している理由として、そもそも自分がいままで手塩にかけて育ててきた企業を売却すること自体、相当に重い決断を強いられることをあげました。

しかし、仮に企業の経営者が自社についてM&Aで売却することについて積極的であったとしても、M&Aに至らないこともあるように思われます。実際、過去にM&Aで自社を売却したいという相談を受けたものの、結局は自己破産のやむなきに至った事例もありました。このような事例に共通するのは、当該企業において、買い手にアピールできるような点がなかなか見つからず、買い手が見つかる可能性を見出すことができないということでした。

自社にはこれといった「売り」はないと考える企業の経営者は、意外と少なくありません。ところが、実際には自社の企業価値がないのではなく、気付いていないだけの場合もまた少なくないように思われます。

自社の本当の価値に気付くためには、まずは自社の現状を知ることから始まります。そこで、今回は、中小企業におけるM&Aの準備段階に入る前から企業・事業の価値を向上させるべく「見える化」「磨き上げ」を行うためのツールのうち、経済産業省が作成したローカルベンチマークについて解説します。

 

ローカルベンチマークとは何か

ローカルベンチマーク(以下「ロカベン」といいます。)とは、企業の経営状態の把握、いわゆる「企業の健康診断」を行うツールで、簡易な事業性評価のための道具として活用されています。

ロカベンは、エクセルシートに所定の事項を入力していくことにより作成できます(エクセルシートは、経済産業省のウェブサイトからダウンロードすることが可能です。また、ミラサポplusでも、ローカルベンチマークを作成できます。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/sheet.html)。

〇 ロカベンにはどのような内容を記載するのか

ロカルベンの記載事項は、財務指標と非財務情報に大別されます。このうち、財務情報は、

① 売上持続性(売上高増加率をもとに事業活動が成長・安定・衰退のどのステージにあるかを検討する。)

② 収益性(営業利益率をもとに効率的に利益生産しているか検討する。)

③ 労働生産性(付加価値(=営業利益)を従業員数で除した値で検討する。)

④ 健全性(EBITDA有利子負債倍率で債務返済能力を検討する。)

⑤ 効率性(営業運転資本回転期間で取引条件の変化や不良資産の可能性を確認する。)

⑥ 安全性(自己資本比率にて会社が負担している債務について弁済がで き るだけの資力があるかを検討する)

の6つの指標から構成されています。財務情報として挙げられている指標それ自体はいわゆる経営分析の際にも広く用いられているものです。

ロカベンの特徴はむしろ、非財務情報にあるといえます。非財務情報とは、製品・商品・サービスを提供する流れを記載し、どのような流れで顧客に提供される価値が生み出されるのかを見える化する「商流・業務フロー」やさまざまな視点から自社を検討する「4つの視点」があります。

「4つの視点」とは、

① 経営者(経営者自身の経営哲学・経営意欲・後継者の有無)

② 事業(企業又は事業の沿革・強み・弱み・IT化)

③ 企業を取り巻く環境・関係者(市場動向、既存・新規顧客、従業員、金融機関)

④ 内部管理体制(組織体制等・事業計画及び経営計画の有無及び社内での共有状況、研究開発体制・人材育成の取組み状況)

を指します。

このように、ロカベンでは、定量的な財務情報だけでは測ることのできない定性的な情報について、企業の経営者と金融機関・支援機関との間で対話を行いながら記載をしていくことによって、自社の現状を把握していきます。

そして、自社の現状の認識をしていく過程において、自社に思わぬ強みがあることや課題を克服すれば強みとなりうる要素を発見することができるのです。

 

ロカベンで自社の強みの発見を

知的資産経営ということばがあります。知的資産とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産を指すものです(したがって、知的資産は、特許権や著作権といった知的財産とはやや異なります)。目に見える資産という観点からすれば、中小企業は大企業に比して優位に立てないことも多いと思います。

しかし、知的資産という観点からすれば、中小企業でもキラリと光るものを持っているということも珍しいことではないでしょう。その意味において中小企業の新たな発見をもたらすロカベンは有用なツールといえるでしょう。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久