ブログ 月: 2023年3月

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生①

小規模な企業になじむ破産による事業再生

 倒産手続において、破産は典型的な清算型の手続と位置づけられます。清算型の手続とは、企業の債権債務関係を清算し、法人格を消滅させる手続をいいます。すなわち、破産は典型的な会社をたたむための手続といえます。

 したがって、少なくとも法律論としては、裁判所を通じた手続を用いて事業を再生する場合は、清算型の破産ではなく、再建型の民事再生を用いるべきであるといえます。

しかし、民事再生の場合は、法的手続それ自身に多額の費用を要すること、手続自体が複雑であることなどから、利用するハードルは決して低いものではありません。実際、帝国データバンク『全国企業倒産集計2020年度』によれば、2020年度の倒産件数のうち、破産は6718件(構成比91.9%)なのに対し、民事再生法は260件(同3.6%)にとどまることからも民事再生をすることが容易ではないことがうかがえます。)特に、規模の小さい企業において民事再生を用いて再建を図るのは決して容易ではありません。

 実は一見矛盾しているかもしれませんが、破産手続により事業再生を行うことがあります。今回は「破産による事業再生」について、説明したいと思います。

 

破産による事業再生はどのような方法で行うのか

破産による事業再生の主な方法は、企業のうち、業績が好調な事業を事業譲渡し、事業譲渡後に、当該企業の法人格を破産手続により消滅させるというものです。民事再生のような多額の費用や手間を要することなく、柔軟に好調な事業のみを残せるという点で規模の小さい企業であっても事業継続しやすいという点にメリットがあります。

しかしながら、破産による事業再生を行うにあたってはさまざまな留意点があります。

 

破産申立前に事業譲渡を行う場合

通常、破産申立てを行う前には、いったん事業を停止します。しかし、事業の性質上常に事業を継続しておかなければならないものの場合は、少しの間であっても、事業を停止することで事業価値が大きく毀損することがあります。

また、次回で説明する破産手続開始決定後に事業譲渡をする場合は、事業譲渡までかなり時間がかかることがありますが、破産申立前であれば迅速に事業譲渡を行うことができ、その分事業価値が損なわれるのを最小限にすることができます。

その一方で、破産申立前に事業譲渡を行うと、リスクが生じる場合があります。それは、事業譲渡の価額等が適正でない場合は、破産手続開始決定後に破産管財人により否認権を行使されてしまうということです。

実際、事業譲渡当時、支払不能の状態にあった企業につき、企業の責任財産の引き当てが減少することになることからすれば、債権者を害する行為に該当するなどとして、破産管財人による否認権行使の対象となるとした裁判例もあります(東京地決平成22年11月30日金商1368号54頁。なお、この裁判例では事業譲渡の譲受会社が譲渡会社の債務につき重畳的債務引受をしなかったことも詐害行為否認の対象となる根拠とされています)。

したがって、破産管財人による否認権行使のリスクを少なくするためにも、破産手続申立前に事業譲渡を行う場合は、少なくともその対価についての根拠を明確にするとともに、事業譲渡の対価たる金銭について、全額を破産管財人に引き継げるようにする必要があるでしょう。

 

破産申立後から破産手続開始決定前の間に事業譲渡を行う場合

破産申立を行ったとしても、必ずしも破産手続開始決定がすぐに出されるとは限りません。

破産申立てから破産手続開始決定までの間も事業継続をしなければ事業の価値が毀損されるような場合は、利害関係人の申立て等により裁判所による保全管理命令(破産法第91条)によって選任された保全管理人により事業が継続されることとなります。

では、保全管理人による管理の段階で事業譲渡をすることができるのでしょうか。破産法上保全管理人が「常務に属しない行為」をするには、裁判所の許可を得なければならないとされています(破産法第93条第1項)。事業譲渡は基本的には常務に属する行為とはいえないので、裁判所の許可が必要となります。このほか、事業譲渡を行うために必要な株主総会決議(会社法第467条)が必要であるのかについては解釈上争いがあります。理論的には、破産手続開始前となるので株主総会決議は必要であるようにも思えますが、決議は不要という運用をしている裁判所もあるようです。

ただし、そもそも、保全管理人による管理は破産申立てから破産手続開始決定までのいわば過渡期として現状を維持すべき状態といえますので、あえてこの段階で事業譲渡をしなければならない必要性は少ないでしょう。

次回の予告

次回は、破産手続開始決定後の事業譲渡について、そのメリット・デメリットなどについて解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

スモールM&Aの“急所” ~「賃貸借契約書」だけでなく「オーナーの意向」把握が重要

1.スモールM&Aの対象となる企業
~店舗やオフィスを賃借している中小規模の企業

スモールM&Aで譲渡対象となる企業や事業について、特段、定義があるわけではありません。しかし、小規模事業者のM&Aでしばしば対象となっている飲食店、理・美容院などの店舗型ビジネスや会計事務所、設計事務所などのオフィスワークのあるビジネスは、自社で不動産を保有せず、営業所や事務所のスペースを賃借しているケースが多いように思われます。

今回は、こうした業種・業態のM&Aにおいて買い手の方に注意して頂きたい点について取り上げたいと思います。

 

2.M&A交渉には期限がある?

スモールM&Aで売り手と交渉をする場合、いくつか重要なポイントがあります。譲渡価格や譲渡スキームなどがあげられますが、「交渉期限」も重要なポイントのひとつです。

売り手=経営者とっては自身が手塩にかけて育ててきた事業ですから、売却しようと判断したのは相当の理由があってのことです。しかも、「今」行動を起こしたということは「いつまでに」しなければならないという目処があってのことなのです。

従って、ノンネームシートに明確なM&Aの期限が示されていない場合でも、買い手は売り手が「いつまでに」売却しなければならないのか探りを入れることがM&Aを進める上で不可欠なことなのです。

例えば、売り手が投資ファンドから出資を受けているスタートアップ企業だった場合、投資ファンドにはファンドを清算しなければいけない期限が定められているため、保有している株式を期限までに売却して現金化しようとします。つまりファンドの清算期限が交渉の期限になります。また、売り手が3月決算会社だった場合、決算が確定する6月末までに売買を実行しないと、株価算定根拠である決算数値が変わってしまい、譲渡価格交渉が振り出しにもどります。そこで、6月末までにM&Aを確定しようと交渉に臨むことがあります。

また、営業所や事務所のスペースを賃借している業態」の場合、「賃貸借契約の更改期限」が交渉期限になることが非常に多くみられます。理由は、オフィスや店舗の賃貸借契約を中途解約すると違約金等のコスト負担が発生するためです。

契約により条件は異なりますが、安いものでも「1ヵ月分の賃料および共益費」、なかには「残存契約期間の賃料」などとするものがあります。月額賃料が30万円だったとしても半年間の賃借期間が残っていると180万円もの違約金支払いがかかってしまいます。加えて、M&Aできずに閉店する場合には、退去に際して原状回復費用の負担がかかります。小規模店でも原状回復費は坪単価3~5万円程度かかることが多いため、20坪の店舗ですと60万円~100万円もの費用が必要となります。

こうしたコスト負担を回避するため、スモールM&Aでは賃貸借契約の更改期限を目処に交渉が進められることになるのです。

買い手は、売り手との交渉を有利に進める上でも、早い段階で、「賃貸借契約の期限」など売り手がいつまでにM&Aしたいと考えているのかを把握することが大変重要になります。

3.売り手オーナーも気づかない「不動産オーナー」の意向
~不動産オーナーの意向で案件ブレーク?~

売り手との交渉が順調に進んでいたのに、クロージング直前に不動産オーナーの承諾が得られずにM&Aが破談となってしまうことがあります。

不動産オーナーが承諾しないのにはさまざまな理由があります。例えば、売り手の法人の方が買い手の法人より信用力が高い場合は当然として、不動産オーナーと売り手の経営者が個人的に懇意にしている場合などは、買い手と不動産オーナーとの相性が良くなかった結果、契約の更改ができずM&Aがブレークしてしまうことすらあります。

こうしたことが生じるのは、もともと不動産賃貸借契約にはいわゆる「COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項」が規定されているためです。契約書上は「賃借権の譲渡の禁止」として以下のような文言で記載されています。

(例文)「賃借人は、賃貸人の事前の書面による承諾の無い限り、第三者に賃借権の一部又は全部を譲渡してはならない。なお、賃借人が法人である場合、法人の代表者や役員の変更、株主構成の変更等によって実質的な経営主体の変更があった場合は、賃借権の譲渡があったものとみなす」

契約上にCOC条項を設けておくことで、不動産オーナーの意にそぐわない借主が入居してしまうことにより発生するトラブルを防止しようというものです。

M&Aを行うと、株式譲渡の場合でも経営者は買い手に変更になりますし、事業譲渡の場合は、経営者だけでなく、賃借人である会社そのものが変わります。

買い手がM&Aを実現するために売り手との交渉に注力するのは必要なことですが、“ちゃぶ台返し”に会わないように、ある程度、交渉が進んだところで、不動産オーナーの意向を確認することが重要です。

4.契約更新に伴う賃料値上げ ~不動産オーナーとの面談も重要

コロナ禍が収束しつつあるなか、オフィスや店舗の賃借需要も回復の兆しが見えてきました。こうした環境下、賃料アップを検討している不動産オーナーが増えているようです。

不動産オーナーによっては、賃貸借契約の更改や賃借人が変更になるタイミングに合わせて、賃料の見直しを持ちかけてくることもあるようです。

不動産オーナーにとっては当然の経営判断なのですが、賃料の上昇は買い手にとって大きな負担になります。

まず、イニシャルコストの増加です。通常、敷金は月額賃料の2~3倍などと賃貸借契約に規定されています。仮に月額賃料30万円だと敷金と初回賃料合わせて90~120万円も必要になってしまいます。つぎにランニングコストの増加です。賃料上昇により、M&A後の固定費が高くなると、投資回収期間が長期化するとともに資金繰り計画の見直しも必要になります。

 

 

5.まとめ

賃貸借契約書のCOC条項は、スモールM&Aを進める上での留意事項として、しばしば取り上げられるポイントです。しかし、実務上は賃貸借契約書だけ見ていても不十分でなのです。

売り手との交渉がある程度進んだ段階で、不動産オーナーの意向をしっかり確認することがクロージングのためには重要な要素となります。

買い手交渉の経験もある専門家なら、案件に応じて適時、的確なアドバイスをしてくれるのではないでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)