ブログ 月: 2023年1月

個人M&Aを後押しする資金調達方法

1.「スモールM&A」の普及と「個人M&A」の増加

中小企業が第三者承継の方法として活用するM&Aや、小規模なスタートアップの創業株主(経営者)がEXIT手段のために実施するM&Aなどを総称して「スモールM&A」ということが多いようですが、明確な定義があるわけではありません。

一方で、M&Aプラットフォームの普及によって「スモールM&A」が増加するなか、個人が買い手として、事業承継ニーズのある中小企業の事業譲渡を受けたり、創業間もないスタートアップを買収したりするなど、M&Aに参画する機会が拡大し、いわゆる「個人M&A」のすそ野は広がりつつあります。

しかし、個人がM&Aを行う際にネックになるのは資金調達です。一定以上の規模になると自己資金で買収コストを賄うのは困難であり、また、自己資金のみで買収するとなればM&Aの対象先は限定されてしまいます。

今般は、個人がM&Aをする際になぜ資金調達が必要なのか、また、どの様な資金調達方法があるのかについて、新たな動きを探ってみたいと思います。

 

2.M&Aに必要な資金調達

M&Aで必要になる買収資金にはどのようなものがあるでしょうか。主なものは、株式譲受資金(事業譲受資金)などの直接的な買収代金、M&A仲介者への手数料、買収調査(デュー・デリジェンス)の費用、譲渡に伴う各種税金などがあげられます。

これらの資金はM&A実施時にほぼ同時期に支払うことが必要となるため、数百万円から数千万円の買収金額であったとしても、個人が自己資金で賄うのは負担が大きいでしょう。

さらに、買収した企業の在庫や売掛金見合いの運転資金、買収先の店内内装のリニューアルやサーバーの増設などの設備投資資金など、買収以降に発生する出費も想定する必要があります。

M&Aプラットフォームの譲渡価額に記載されている金額だけなら自己資金のみで対応できたとしても、M&A時のトータルの買収資金、買収後の運転資金や設備資金などの事業運営資金など、実は想定以上に所要資金が必要になることが多いのです。

こうしたケースに対応するため、通常は、間接金融といって融資などの金融機関借入を活用する方法や、直接金融といって投資家などからの出資を活用する方法などが採用されています。

 

3.個人型のスモールM&Aで活用したい公庫融資

間接金融の代表的なケースは金融機関からの借入金です。個人が大手金融機関から資金調達するのはハードルが高いことが少なくありません。日本政策金融公庫(以下、「日本公庫」という)の融資を活用することがお薦めです。

具体的には、日本公庫(国民生活事業)の「事業承継・集約・活性化支援資金」(※)により、事業承継に必要な運転資金・設備資金について長期間、有利な利率での借入申込をすることが可能です。

主な融資の条件は次の通りです。

【対象者】事業承継を受ける経営者や事業の承継・集約を契機に、経営多角化・事業転換などにより新規事業に取組む方など

【融資限度額】7,200万円(うち運転資金4,800万円)

【返済期間】設備資金:20年以内、(うち据置期間2年以内)、運転資金:7年以内(うち据置期間2年以内)

【利率】基準利率(2.15~3.15%)。条件により特別利率の優遇あり。

日本公庫(国民生活事業)のHPによると、M&Aを行う場合は、株式・事業譲渡の対価の支払いだけでなく、M&Aによって受け継いだ事業の円滑なスタートやM&Aを契機とした新たな挑戦などでの資金需要に対応した融資が行われています。ちなみに2019年度の事業承継・集約・活性化支援資金(第三者承継に係る融資)707件のうち個人企業向け融資件数は全体の53%を占めています。

 

※公庫融資の活用については拙著「スモールM&Aに必要な資金調達とは~賢い融資制度の活用法」(https://batonz.jp/adviser/articles/2459)をご参照ください。

 

 

4.個人型の大型M&A~国内でもサーチファンド活用が選択肢に

個人が投資家から出資を受けるのは、金融機関から借入をする以上に難易度が高いと思われます。しかし、2022年8月、新たな動きがありました。公的機関である中小企業基盤整備機構(以下、中小機構という)が、国内のサーチファンドに出資を決めたことです。

サーチファンドとは、米国で1980年代に生まれた仕組みです。起業家(サーチャー)が買収候補の企業を探索し、投資家がファンドを通じて買収資金を提供する仕組みです。通常は、ファンド自身が買収先を探索するのですが、サーチファンドは、起業家自身が買収先を探索し、ファンドの資金を活用して企業を買収し経営者として事業を行う点に特徴があります。

企業経営を目指す意欲のある経営者候補「サーチャー」と、事業承継に課題を抱え、適切な承継先を探す中小企業を繋ぐビジネスモデルといえ、新たな事業承継の手段の一つとして注目されています。そうした背景から、経産省は取り組みを推進する方針です。

具体的には、サーチファンドの活用推進策として、中小機構が出資するファンドが運用で得た組合財産について、中小機構より民間出資者に優先分配する仕組みを創設予定です。これにより、民間投資家の資金をサーチファンドに呼び込むことが期待されます。

サーチファンドの規模にもよりますが、1社あたりの投資額は数千万円から数億円が想定され、M&Aにより起業を目指す個人=経営者(サーチャー)に対する資金調達の選択肢は拡充されつつあるといえます。

 

5.まとめ

M&Aにおいて資金調達の成否は、買収の実行はもとより買収後の運転資金や設備資金の確保による事業運営にも影響をおよぼす重要な要素です。

融資にせよファンドの活用にせよ、M&Aの仲介とは異なった専門的知見が必要になります。事業承継・新規事業参画など、本来の目的を円滑に進められるよう、資金調達分野に通じた専門家の活用も必要に応じて検討するとよいでしょう。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

 

意外とシンプルな会社の値段の決まり方 その2

みなさま、新年あけましておめでとうございます!

昨年もいろいろなM&Aに関するニュースがありましたが、どのニュースに着目しましたか?

すでにご存じかもしれませんが、コロナ禍以降、国もM&Aを活用した事業承継に大きく注力し始めました。具体的には、あらゆる補助金に、M&Aを活用した事業承継支援のコースが設定されていますし、事業承継の準備に対する補助金や廃業に対する補助金まで用意するほどです。

今回は、前回に引き続き、会社の売買金額についてのお話です。

中堅・大手企業は、お互いの合意に加えて説明責任(根拠)を重視する。

前回の冒頭に「売買金額は、お互いが納得していれば、いくらでもOK。なぜなら、価値の捉え方は多様だから」と書きましたが、実は、これは中小零細規模の視点にたった場合の話なのです。

なぜなら、中堅や大手企業では、買収金額に意見をするステークホルダー(利害関係者)がたくさん存在するため、金額に対する根拠がより一層求められるからです。「お互いの意見が一致したから」だけではこの説明責任が果たせないのです。

例えば、売買金額の確定前から考えると、社長や役員・相談役、株主(前社長など)、金融機関など。なかには、取引先、同業他社のように直接の利害関係者でもない人まで口を挟んできて意見表明をする始末です。特に、株主や金融機関などからの意見に対しては、担当者だけではなく、経営幹部が説明する必要も出てきますからなおのことです。

そこで、重要になるのが、売買金額の計算方法などの根拠です。

事業が将来生み出すお金を根拠に会社の価値を決めるDCF法とは

M&Aにおける売買金額の算定に当たって、会社の価値を把握する一つの方法として、DCF法というものがあります。これは、「会社をお金(キャッシュ)を生み出すシステム(機械)である」ととらえ、会社の価値はどれだけお金を生み出すことができるかにあると考えるものです。

営業利益を考える

 会社がどれだけお金を生み出すことができるかを考えるにあたって、まず確認しなければならないことは、会社がどれだけ営業利益を上げることができるのかということです。

営業利益を正確に把握するためには、5~10年程度先までの事業計画書(予測決算書)を入手し、以下の3点に着目して確認します。

①過去の経営成績と財務指標の推移

②売上高計算根拠(数量✕単価)

③コスト構造(変動費と固定費)

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①過去の経営成績と財務指標の推移

過去5年~10年程度の決算書を分析し、その傾向とイレギュラーについては、その原因について確認を行い、明らかにします。特に、今期の着地見通しと来年の計画については入念に精査します。なぜなら、この二期の数値が、将来の算出の土台となるからです。多かれ少なかれ、過大になっていることが一般的です。

②売上高計算根拠(数量✕単価)

売上高は、その内容によって変動費にも影響があるため、数値計画においては、最も重要な数値です。売上高の構成要素は、業種によって様々ですが、基本的には、数量と単価に分けられます。それぞれ、さらに細分化してみることで業界外の数値であっても妥当性の判断がしやすくなります。

③コスト構造(変動費と固定費)

コスト構造についても、構成要素を分解することで数値の妥当性が判断しやすくなります。例えば、変動費は、前述の売上高の推移に応じて変化しているか、変化していなければ、その要因はなにか?固定費は、その設備、施設や人員の内訳を確認することで、前述の売上高を支えることができるだけの固定費を見積もっているのか?などを分析することになります。

 

利益以外にもお金に影響する項目とは?

最初に必要なことは予測の決算書を使って「いったい、毎年いくらのフリーキャッシュフロー(お金)を生み出すのか?」を調べることです。フリーキャッシュフローとは、「企業が生み出したお金のうち自由に使えるお金」という意味で、その計算式は、営業利益✕(1-法人税率)+減価償却費等-設備投資±運転資本の増減です。

実は、お金の増減に関する要因は利益だけではありません。計算式の通りそれ以外にも①法人税②減価償却費等③設備投資④運転資本。の4つが関係しています。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①法人税

法人税の内訳は、法人所得税、法人住民税、法人事業税となっています。法人住民税や法人事業税は、自治体によって多少の違いがあるため、本店所在地の税率を調べてみると良いでしょう。

②減価償却費など

減価償却費などの内訳には、減価償却費と各種の引当金となっています。減価償却費とは、固定資産の購入額を耐用年数に合わせて分割し、その期ごとに費用として計上するための勘定科目です。その性質上、費用科目ではあるのですが、お金の支出はありませんので、フリーキャッシュフローを計算する際には営業利益に加算する必要があります。同様のものとして、退職給付引当金や、貸倒引当金などの引当金があります。

③設備投資

その名の通り、機械やシステムを購入したときに支払うお金のことです。投資をすれば、お金は減少しますし、もし、設備を売却すれば増えます。

④運転資本

運転資本の内訳には、売掛金、在庫、買掛金があります。それらの増減は、投資同様にお金の増減に直接影響があります。

お金以外にも、まだ考える必要がある項目とは?

ここまで、お金が生まれる要因である利益と利益以外について詳しく見てきました。ところが、企業価値算出は、これで終わりではありません。

実はこれら以外にも考えておくべきことがあります。

まず、M&Aをするのは将来ではなく現在ですので、将来生み出されるお金を現在の価値に変換することが必要となります。その計算に使用する数値が「割引率」です。

例えば、「5年後にもらえる100万円を今すぐもらうとしたら、いくらに減らされてしまうでしょうか?」というイメージです。詳しいことはボリュームの関係で割愛しますが、先述の通り、借入金金利や配当など、将来の状況を加味して算出します。

また、このように予測決算書で計算した期間(10年以上の将来)を超えた将来の価値や、投資回収を何年で完了させたいのか?などについても検討が必要です。これは、各企業の考え方や事業のビジネスモデルなどを加味して決めるべき内容です。

さらに、買収によって自社の事業から新たに生み出されるお金についても加える必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回は、DCF法(ディスカウントキャッシュ・フロー法)の計算手順について概略をお話しました。少々難しい内容になってしまい申し訳ありませんでした。このように計算方法や手順は確立していますが、結局のところ、最後は、それぞれの企業の考え方によって最終的な売買価格には差が生まれる要素があることもお分かりいただけたと思います。

前回のまとめにも記しましたが、自社または、興味を持っている企業の価値を算出してみてください。きっとその過程で、自社の企業価値向上のヒントが得られるはずです。

なお、企業価値算出の過程についてわかりやすくお伝えするため、一部説明を簡略化している部分がありますことをご承知おきください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本 哲也