ブログ 月: 2021年8月

第二会社方式を活用した事業再生を検討してみませんか?

収益性が高い事業のみを残すことができる第二会社方式

会社全体でみれば債務超過に陥っており経営が苦しい状態であっても、その会社が行っているすべての事業が赤字であるとは限りません。債務超過に陥っておりこのままでは破産に至る可能性が高い会社でも収益性が高い事業(以下「優良事業」といいます。)があることもありえます。このような場合の事業再生の方法として第二会社方式という手法が用いられることがあります。

 

債務者である会社にとっての第二会社方式のメリット

第二会社方式とは、会社の事業のうち優良事業の全部又は一部を、事業譲渡や会社分割によって別の会社(以下「新会社」といいます。)に承継させたうえで、事業譲渡や会社分割を行った会社(以下「旧会社」といいます。)自体は、特別清算(会社法第510条)などによって消滅する方法をいいます。

すなわち、第二会社方式を用いれば、収益性の低い事業を(以下「不採算事業」といいます。)を切り捨て、優良事業のみで新たなスタートを切ることができます。

また、それまで旧会社が負っていた不採算事業に関する債務もなくなるので、債権者から債務免除を受けたのと同様の効果を得ることができます。そして、第二会社方式により旧会社の簿外債務のリスクについても、基本的には遮断できるため、新会社に資金提供をしようとするスポンサーも、新会社に安心して協力することができます(このほかに、第二会社方式には税制上のメリットなどもありますが、本稿では省略します。)。

 

残存債権者にとってもメリットがある第二会社方式

第二会社方式は「おいしいところ」だけを残すという意味で、債務者である会社にとって都合の良い方法であるといえます。このような説明をすると、「第二会社方式は、債務者(会社)にメリットがある一方、不採算事業に関する債権者(金融機関など)には迷惑なものである」と考える方もいるかもしれません。

しかし、実は、第二会社方式は不採算事業に関する債権者にもメリットがあります。

というのも、債権が回収できない場合、当該債権は貸倒損失となり、損金算入ができます。この点について、仮に旧会社が何らの清算をすることなく事実上の事業停止となると、本当に債権の回収ができないのか(すなわち貸倒損失であるのか)の認定が困難になる場合があります。ところが、第二会社方式は特別清算等の清算手続が行われるので、不採算事業に関する債権の回収が困難であることが明確になり、確実に損金算入を行うことができるのです。

また、旧会社は優良事業の事業譲渡や会社分割の対価を取得します(なお、会社分割の場合は、新会社の株式が対価となりますが、当該株式をスポンサーが買い取ることにより現金化することとなります。)。したがって、第二会社方式が行われるからといって当然には不採算事業に関する債務の弁済の原資が失われるとはいえないのです。

 

法的には債権者の同意がなくても第二会社方式は実行できる

ところで、事業譲渡は特定承継であることから、旧会社の債務を新会社に承継しない限り、事業譲渡について債権者の同意が必要となることはありません(民法第472条参照)。

また、会社分割では、分割後に旧会社に債務の履行を請求できない債権者に対しては、債権者に対して異議申立てができる旨を官報等に公告等をしたうえで、債権者が異議を申し立てた場合は、弁済や担保提供等を行う必要があります(債権者保護手続。会社法第810条)。逆にいえば、分割後であっても旧会社に対して債務の履行を請求できる債権者に対しては債権者保護手続を行う必要がありません。

したがって、事業譲渡と会社分割のいずれの場合であっても、不採算事業に関する債権者が有する債権が新会社に移転しない場合は、法的には当該債権者の同意がなくとも第二会社方式は実行できることとなります。

 

第二会社方式に納得できない債権者が取りうる措置

しかし、仮に債権者の同意なく、旧会社が債権者を害することを知って事業譲渡や会社分割を行った場合、不採算事業に関する債権者のうち会社に債権が承継されないものは、以下のような法的手段を講じることが法律上可能です(ただし、いずれの方法も新会社が悪意であるなど所定の要件を満たすことが必要です。)。

① 詐害行為取消権

詐害行為取消権(民法第424条)を行使して当該事業譲渡や会社分割の取消しを求めることができます(最判平成24年10月12日民集66巻10号3311頁では、会社分割が詐害行為の対象になりうる旨判示しています。)。

② 直接請求権(会社分割の場合)

新会社に対し、承継した財産の価額を限度として、直接に債務の履行を請求することができます(会社法第759条第4項・第764条第4項)。

 

第二会社方式を行うためには債権者との十分なコミュニケーションが不可欠

新会社が承継する資産に比べて新会社が承継する債務が少額である場合、旧会社に残る債務が新会社が承継する債務に比べて多額である場合、会社分割や事業譲渡により旧会社が得る対価が不当に少額である場合などは、旧会社の責任財産が減少することになります。

したがって、このような場合は、旧会社にしか債務の履行を求めることができない不採算事業に関する債権者の理解を得ることは容易ではなく、法的手段に出ることも十分に考えられます。

第二会社方式を行うにあたっては、債権者(特に金融機関)と十分にコミュニケーションを取り、どのようなスキームがもっとも適切であるのかについて理解を得ることが必要になってくると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

“信頼できるM&A支援機関”の選び方

2021年6月18日に閣議決定された、「成長戦略実行計画」(以下、本計画。)では「足腰の強い中小企業の構築」のために「中小企業の円滑な事業承継を後押しするとともに、中小企業がM&Aの支援を適切に活用できる環境を整備すること」が明記されました。

今回は、中小企業がM&Aの支援を適切に活用できる環境の一つとして重要な「M&A支援機関の信頼」について解説したいと思います。

 

1.M&A支援機関が担う役割

中小企業は、事業承継のためにM&Aを選択肢としようとしても知見が乏しいため、なかなか踏み出せなかったり、M&Aに取り組んでも、売手・買手間または社内においてトラブルを抱えてしまったりすることが少なくありません。

そんな時、頼りになるのがM&A支援機関です。しかし、具体的にどのようなM&A支援機関があるのか全貌がわかりにくいというのが正直なところです。

 

(1)M&A支援機関の類型

中小企業庁が2021年4月28日に公表した「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(以下、「中小M&A推進計画」という。)によると、M&A支援機関として「中小 M&A を支援する機関(以下「M&A支援機関」という。)として、商工団体(商工会、商工会議所、中小企業団体中央会等)、金融機関、士業等専門家(公認会計士、税理士、弁護士、中小企業診断士等)、M&A専門業者(仲介業者、FA(フィナンシャル・アドバイザー))、M&Aプラットフォーマー、各都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターなどの民間機関・公的機関があげられています。

ただ、これらの機関はそれぞれ専門性も規模も異なっているため、取り扱うM&Aにもそれぞれの特色があります。

 

(2)中小企業のM&Aで頼りになるのは?

「中小M&A推進計画」によると、M&A支援機関がターゲットにしている売手企業の規模を、年商ベースで区分すると、M&A専門業者や地域金融機関は小規模から「3~5億円」規模の企業まで幅広く対応しているものの、取扱案件数の多いもので比べると以下のようになっています。

①M&A専門業者のうち、仲介業者は「1~5億円」、FAは「10~50億円」、M&Aプラットフォーマーは「3,000万円~10億円」

②地域金融機関のうち、地方銀行は「1億円~5億円」、信金・信組は「5,000万円~1億円」

③事業承継・引継ぎ支援センターは「5,000万円~1億円」

 

このように一口に中小規模のM&Aといっても、規模によって得意とするM&A支援機関はことなっているのです。

特に、年商「3,000万円未満」という極小規模のM&Aに限定すると、M&Aプラットフォーマーと事業承継・引継ぎ支援センターの2つが高いカバー率(75%)を示しており、主たる担い手となっているようです。

なお、M&Aプラットフォーマーや事業承継・引継ぎ支援センターには、M&A経験者や弁護士・中小企業診断士・会計士・税理士などの“士業”の方々が登録専門家として従事していることが多いようです。

 

2.増加するM&A支援機関とM&Aの仲介に伴うトラブル

(1)増加するM&A専門業者

中小M&Aの拡大に伴って、M&A専門業者やM&Aプラットフォーマーの数は、2000年代から徐々に増加しており、2020年末時点では370者存在しているといいます。

十分な知見・ノウハウ等を有しないM&A支援機関の参入も懸念されつつあります。

 

(2)M&Aの仲介に伴うトラブルの構造的原因

なお、M&A支援機関とのトラブル発生の原因の1つに「利益相反」があります。

特に小規模のM&Aではコスト抑制の観点で売手・買手双方がそれぞれ別のM&A支援機関とFA契約を締結するケースより、売手・買手双方とM&A支援機関が仲介契約を締結するケースが多くみられます。

「中小M&Aガイドライン」(中小企業庁)に例示されているように「譲り渡し側が譲り受け側に会社の事業を譲り渡す場合(事業譲渡)、譲り渡し側にとってはその代金(譲渡対価)が高い方が望ましい一方、譲り受け側にとっては譲渡対価が安い方が望ましく、構造的に譲り渡し側・譲り受け側の両者間において利益相反の状況が存在する」のです。

すこし分かり易い表現でいうと、仲介者はリピーターになり得る買手の利益を優先して譲渡代金を抑制する方向で取引をまとめたり、逆に、仲介者自身の成功報酬を増やすため譲渡金額を引き上げる方向で売手に有利になるように取引をまとめたりする動機があるということなのです。

 

3.政府が描く「M&A支援機関に対する信頼感醸成」とは

「中小M&A推進計画」によると政府は、M&A支援機関の信頼感醸成のため、「M&A支援機関に係る登録制度等の創設」「M&A仲介等に係る自主規制団体の設立」「中小M&Aガイドラインの普及啓発」に取組むことを表明しています。2021年度中に具体的方針が示され、取り組みが始まるようです。

M&A支援機関は、登録できないと「事業承継・引継ぎ補助金」(専門家活用型)の対象にならなかったり、自主規制団体に所属しないと信頼性が損なわれる可能性があったりするなどのデメリットがあるため、中小企業にとって「取引の安全・安心の確保」の環境整備が進むことになります。ただ、政府の施策はあくまで補完的なものです。

M&A支援機関の視点での話になりますが、中小企業に信頼され選ばれるM&A支援機関であるためには、専門性を高めると同時に公正さを確保する取組が必要とされます。

では、具体的にどのような取り組みが必要とされるのでしょうか。

 

(1)利益相反懸念の払拭

①仲介契約締結時の留意点

売手・買手の両当事者と仲介契約を締結する仲介者であるということ、特に、両当事者から手数料を受領する場合には、その旨を、両当事者に伝えること

②バリュエーション(企業価値評価等)やデューデリジェンス(DD)の留意点

企業価値評価等やDDについて結論を仲介者単独で結論付けず、必要に応じて士業等専門家等からセカンドオピニオンを求めるよう伝える(売手・買手の一方当事者の意向を踏まえた内容となることを回避するため)。

③利益相反懸念がある事項に関する十分な事前説明

仲介契約締結に当たり、予め、両当事者間において利益相反のおそれがあるものと想定される事項について、各当事者に対し、明示的に説明を行う。また、別途、両当事者間における利益相反のおそれがある事項を認識した場合には、各当事者に対し、適時に明示的に開示する。

 

(2)人材育成 ~自主規制団体の取組みを活用した人材育成

「中小M&A推進計画」では米国の金融業規制機構(FINRA:Financial Industry Regulatory Authority)が参考事例として取り上げられています。FINRAでは次のような活動が行われているようです。

(イ)証券業務従事者の登録と教育研修

(ロ)証券会社の監査

(ハ)自主規制ルールの制定

(ニ)自主規制ルール及び連邦証券関係法令に係るエンフォースメント(≒罰則)

(ホ)一般投資家向けの教育広報活動

(ヘ)取引報告システム(TRACE:債券の価格報告システム)等のインフラ提供

(ト)投資家と証券会社の間の紛争あっせん機関の運営 等

(注)日本証券業協会「FINRAにおける自主規制について」より筆者作成

 

国内でも日本証券業協会が金融・証券情報の提供や「証券外務員資格」制度を通じて会員(法人・個人)の資質確保に注力していますが、これと類似した制度が誕生するのかもしれません。

 

(3)適切な業務遂行のための顧客視点に立った契約や行動指針の整備

事業者(売手・買手)の利益の最大化のために契約(ひな型)や行動指針を整備する必要性について「M&Aガイドライン」には次のような例示があります。

(例)

①他のM&A支援機関へのセカンドオピニオンを求めることを許容する契約とする

②契約期間終了後も仲介手数料を取得する契約(「テール条項」という。)について2~3年程度の上限を設けるとともに、適用対象を支援機関が紹介した買手候補先に限定する

 

4.中小企業が知っておきたい支援機関との賢い付き合い方

(1)自社に見合った相談相手・手法を選ぼう

どこから着手してよいのか、自社の企業価値はどの程度なのかなどについて経営者が独りで悩んでも解決しません。中小企業にとって取引金融機関は頼りになる存在です。銀行・地銀・信金などと取引がある場合には、まず、相談してみましょう。

ただ、データにもあるように年商3,000万円未満の中小企業については金融機関の対応が難しいことは事実です。

そうした場合、まず公的機関に相談するのも一つの手です。都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターでは「事業承継診断」等を活用した無料サービスで課題把握をすることができます。なかには簡易な企業価値評価をするサービスも用意されています。こうした機関には弁護士や中小企業診断士などの士業専門家が登録されており、診断に基づいて適切な助言を受けることが可能です。

なお、「中小M&A推進計画」によると現在の企業健康診断は、事業承継を含め、日頃から企業価値の維持・向上を意識した経営を促す「企業健康診断」へ発展的に見直しが行われる予定です。

また、M&A プラットフォーマーも小規模M&Aに対応しており、大量の取引事例データベースを活用した簡易な企業価値評価サービスを提供している機関もあります。

公的機関との相談が思わしくない場合には、M&A プラットフォーマーを検討することも選択肢となります。

 

(2)セカンドオピニオンを活用して取引の妥当性をチェックしよう

中小企業に対してM&A支援機関は、M&Aに関する情報・経験値で優位にあります。セカンドオピニオンを活用して譲渡価格や取引条件の妥当性を検証しましょう。中小規模のM&Aではコスト的にセカンドオピニオンを活用することが難しい面がありました。しかし、「事業承継・引継ぎ補助金」ではM&A支援機関に対する「選任専門家以外のM&A支援機関から意見を求めるセカンドオピニオン費用」についても補助対象経費として認められており、コスト負担を軽減できる手段も拡充されつつあります。

 

まとめ

中小企業の円滑な事業承継を後押しする「成長戦略実行計画」が工程表に従って動き始め、2021年は官・民問わずM&A支援機関にとって大きな変革の年になりそうです。

今後も、フォローアップしてタイムリーな情報を提供していきたいと考えております。

 

中小企業診断士 伊藤一彦