ブログ 月: 2024年4月

スモールM&Aと「売り手」の情報管理上の留意点

M&Aを進める上で重要なポイントの1つに「情報管理」があります。特に、スモールM&Aの場合、売り手は中小企業や個人事業主であるため、大企業のような情報管理の体制整備がなされていないことが多いようです。情報漏洩は、順調に進捗していたM&Aの交渉が破談になるなどの影響が生じるばかりでなく、従業員の離職や顧客との取引停止など、日常業務における情報漏洩以上に事業に与える影響が甚大になるリスクがあります。

今回は、売り手が中小企業や個人事業主のケースM&Aにおける情報管理について、留意すべき点を考察していきましょう。

 

1.売り手情報はM&Aの成否を決める重要ファクター

スモールM&Aにおける情報の発信源は、基本的に売り手です。買い手も「こういう企業、事業を買いたい」という情報を発信していることもありますが、特定の会社・事業ではなく、買い手の事業展開に資するような事業内容であったり、その事業規模であったり、M&A対象先の「目線」を指示していることが多いようです。

ところが売り手のM&A情報は、“売り物”が自社であるため、自社の役員や従業員などの“身内”はもとより、株主や顧客などのステークホルダーにとっても、“売りたい”という情報自体が関係者に重要な意味を持ちます。適切なタイミングで適切な内容を伝えないと、関係者に重大な不安や動揺を生じさせることになるのです。役員・従業員の離職、顧客との取引見直しなどが生じると、M&Aの譲渡価格が下落したり、場合によっては売り手の信用が失われたりして、M&Aを断念せざるを得ないような事態が生じることもあります。

 

2.M&Aのプロセス毎に必要な情報管理

売り手はどのような場面で情報漏洩リスクを抱えているのでしょうか。M&Aの流れに沿ってみていきましょう。

(1)M&Aの意思決定

中小企業は、M&Aによる第三者承継をしたいと考えても身近な相談相手がおらず、経営者1人で意思決定しなければならないケースが少なくありません。しかし、自分1人では不安なため、付き合いのある税理士や商工会議所の相談員、取引銀行など、具体的にどのようなステップで対応すればよいのか相談します。士業や銀行などは守秘義務を負う相手のため、安心して相談できますが、その際、相談内容をうっかり、家族や近親者に話したり、電話やオンライン会議を社内の役職員に聞こえてしまうようなところで話したりするのはリスクがあります。

(2)M&Aの仲介者・FA等との契約

仲介契約・FA契約を締結する際に、秘密保持条項が設けられているか確認しましょう。秘密保持条項には、①何が秘密情報なのか、②秘密情報を開示してもよい相手先、③秘密保持義務を負う期間が記載されています。開示してもよい相手先については事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関や弁護士・税理士・中小企業診断士などの士業に提供先が限定されていることが重要です。これらの守秘義務を負う専門家以外が記載されているような場合には、その経路で情報が漏洩するリスクがあるので、注意が必要です。

また、仲介会社やFAには営業時間中に会社に頻繁に来訪したりしないように促すことが必要です。M&Aの関係者がしきりに経営者宛に来社していると、M&Aを検討していることが役職員に漏れてしまうこともあるのです。

(3)M&Aプラットフォームの活用

近年はバトンズなどのM&Aプラットフォームの活用により、買い手の発掘が従来以上に効率的に行うことができるようになっています。しかし、プラットフォーム上に開示する情報の内容には十分注意しましょう。

ノンネームシートといって社名は開示されない状態で買い手にはM&Aの条件が見えるようになっていますが、商品・サービス名、顧客や仕入れ先の状況などから売り手が特定されてしまう可能性もあります。M&A情報を丁寧に入力することも必要ですが、ノンネームシート段階では興味を引くレベルにとどめるように工夫しましょう。経験豊富な仲介業者・FAであればこうした相談に応じてくれますし、商工会議所の無料相談などにアドバイスを求めてもよいでしょう。

(4)買い手との交渉

買い手の企業が、売り手のノンネームシートを見て関心を示し、具体的な交渉に入る際に秘密保持契約を締結します。この際には、仲介契約やFA契約を締結したときと同様に、秘密保持義務の条件について内容の確認が必要となります。特に、基本合意書などを売り手-買い手間で締結した場合、その後、事業内容や財務内容のデューデリジェンス(以下、DDという。)を行います。DDでは買い手の事業情報や財務情報を漏れなく開示することになるため、この時点での情報管理は非常に重要です。情報は電子データで渡すことが多いと思いますが、ファイルの誤送信の防止や万が一に備えたパスワードやアクセス権の設定など、第三者に拡散しないよう、念には念を入れた対策が必要です。

(5)クロージング

クロージングでは売り手-買い手間で譲渡契約を締結します。重要なのは、クロージング前に譲渡条件が漏洩してしまうことです。近年、契約書は電子署名による契約、従来ながらの紙媒体による締結いずれもありますが、それぞれ、異なる形での漏洩リスクをはらんでいます。

電子署名による契約の場合、締結前に譲渡金額や譲渡日など取引条件が記載された契約書のドラフトを売り手-買い手間で何度もメールや情報共有フォルダなどでやりとりします。この時に宛先相違があったり、共有フォルダにアクセス権設定が不十分であったりすると意図せぬ情報漏洩が発生してしまいます。一方、紙媒体の場合にも、郵送先が経営者でなく、会社の総務部あてに送って開封されてしまうと社内に漏洩してしまうことになりかねません。

基本合意書締結後に売り手の重大な過失による情報漏洩によりM&Aが破談になるような場合、買い手から損害賠償請求される可能性もあるので、この時点での情報漏洩については特に注意する必要があります。

 

3.売り手経営者の情報管理上の留意点

(1)M&Aの実務担当者を特定し情報遮断する

M&Aのプロセス毎の情報漏洩リスクについてみてきましたが、中小企業の経営者は常に人材不足の状態の中で日常業務をしつつ、並行してM&A準備に対応する必要があるため情報管理を1人で行うのは非常に困難です。M&Aの際にまず、M&Aの情報を共有してよい実務責任者を特定し、管理負担を抱え込まないようにすることが肝要です。

(2)M&Aプロセスの進捗度に応じた情報共有範囲の見直し

M&Aでは情報共有範囲を極力限定することが望ましいですが、検討状況や交渉状況の進捗度に応じて、情報共有すべき対象が拡大していきます。契約締結やDDの実施ということになれば、関連部署に資料やデータの指示をすることも必要になるからです。誰と情報を共有する必要があるのか優先順位を決めて、計画的に情報共有範囲を見直していくことが重要です。

(3)会社や自宅とは別の場所を物理的に確保する

M&A情報は外部の第三者だけでなく、自社の役職員や家族にも知らせることなく進めることが必要です。会社の応接や自宅で買い手や仲介者と面談をしていたのでは情報が漏洩しなくても、関係者の憶測によりM&Aが妨害されてしまうこともあるからです。マンションの一室など別の場所を確保して、面談やM&A関連資料の保管を行う企業もしばしば見受けられます。

 

4.公的機関や士業専門家を活用しよう

売り手経営者は、孤独な環境で意思決定をしなければなりません。情報管理面を考慮するとなおさら相談できる相手先は限られてきます。その点、公的機関や士業専門家は法令上の守秘義務を負っている上、低コストかつ中立的で客観的な立場から経営者をサポートしてくれることが期待されます。

M&Aによる第三者承継を検討している中小企業の経営者の方々は、早期の検討段階では先ずは、事業承継・引継ぎ支援センターのような公的機関や士業専門家などに相談するところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

デューデリジェンスを成功させるポイント その5(ビジネスDD)

デューデリジェンス(DD)は、M&A取引において非常に重要な手続きで、取引の成否を左右する要素です。M&Aではリスクの大半を買い手が負担することになるため、DDを通じて対象企業のリスクを正確に評価することが極めて重要です。本日は、M&Aの山場である”デューデリジェンス(DD)”について、それぞれの分野ごとの留意点について、いつものとおり、M&A新任担当者のツナグと一緒に学んでいきたいと思います。

ツナグ:やっとビジネスDDまで来たね。ビジネスDDは、最初の着手提案(事業計画を始める際の初期提案)の際にまとめたものがあるからもういらないよね?

着手提案の際は、あくまで、オープンデータをもとに仮設した内容に沿った大まかな計画でしたよね。ここでは、詳細な顧客データを基にした、既存事業と同程度中継計画を策定する必要があります。なぜなら、これは、追加投資のタイミングや総額、それによるリターン(いつ、いくらで発生するか)や投資回収の完了時期など、詳細な情報が経営判断に不可欠だからです。

さらには、下振れリスク(成果が予想を下回ってしまうリスク))と下振れした場合の数値、加えて下振れリスクへの対策案などなど。シナジーが見込まれる関連事業部のメンバーも計画書策定に参画してもらいましょう。

 

外部環境分析

着手提案で行った内容とほぼ同じになりますが、以下のような視点が必要となります。
・市場規模の推移および将来の見通し
・競合他社のシェアや動向
・市場(ユーザーや価格)の動向
・仕入先の動向や原材料価格の推移
・代替品、新規参入の動向
・その他(法的規制、技術開発など)
これらが、買収する事業運営にどのような影響を及ぼすのかについて定量的・定性的にまとめましょう。

 

内部環境分析

内部環境分析では、主に、買収によるメリット、デメリット、デメリットへの対策などの視点で分析を行います。これにはビジネスモデル、研究開発、調達、生産、物流、販売、サービス、経営管理、人的資源、技術・ノウハウ、ネットワークなどの情報資産、設備などの物的資産などが含まれます。これらの要素について、その特徴、強み、問題点、課題などが分析すべき視点です。

 

事例紹介

私が、過去に携わったビジネスDDの事例では、売り手から提示された数値計画とは別に、買い手サイドで数値計画を立案したことがありました。そのために必要な、過去の社内会議資料や顧客データベースなどの情報提供と、担当者のヒアリングに協力をお願いしました。決して、売り手側の計画に不信感を持っていたわけではありません。この一見、無駄な作業のように感じられることを行うことで、売り手のビジネスモデルや連携先などを深く知るとともに、買収後の営業活動計画について、準備を始めることができ、結果として、早期に成長軌道に乗せることに成功しました。

 

シナジー効果の試算

自社の既存事業や既存の経営資源とのシナジー効果を分析は、バリューチェーン分析を活用すればよいでしょう。
バリューチェーン分析とは、企業が、製品やサービスを消費者に届けるまでの全活動について、それぞれどのように価値を生み出しているかを分析する手法です。シナジー効果を試算するためには、買収事業についても、バリューチェーン分析の切り口で分析を行い並記します。これにより、各活動でどのようなシナジーがあるのかについて明らかにします。

具体的には、研究開発や商品企画、仕入れ、仕入れ物流、生産・加工、製品物流・配送、営業販促、サービスに加えて、ヒト・モノ・カネ・情報の視点をとりれることで抜けもれのない分析が可能になります。また、自社既存事業で発生するメリット、既存事業が買収事業へ寄与できること、重複活動を削減するメリットなどを分析します。必ず、売上アップに関するシナジーとコストダウンによるシナジーの両面から検討しましょう。

ここで明らかになったシナジー効果は、定量的に表現することで数値計画に反映することができます。その結果、投資回収期間の試算を通じて、買収価格の検討材料とすることができます。

 

まとめ

今回は、ビジネスDDに絞ってツナグと一緒に学びました。ビジネスDDでは、着手提案の段階で仮説していたことの検証作業、あるいは疑問点などの解消を通じて、買収戦略を評価する作業だと捉えてください。社内提案など、ここまですでにいろいろな労力が発生していると思いますが、それらはいったん脇に置き、すでに自社の事業であるとの認識に立ち、正しい経営判断に必要な精緻な計画を立案を目指しましょう。

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也