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海外企業とのスモールM&Aで“うっかり法令違反”

M&A専門会社のレコフデータの発表によると、2022年の日本企業が関連したM&A件数は、21年の4,280件を24件上回る4,304件となり、2年連続で過去最多を更新しました。

事業承継ニーズは引き続き高いため、中小企業のM&Aを活用した第三者承継も当面は高水準で推移すると思われます。

今回は、国内企業同士のM&Aではなく、海外企業を買い手としたM&Aに着目し、“今どき”の国際情勢を反映した留意点についてご説明したいと思います。

1.円安で押し寄せる外資の波

 

2022年10月、円相場は一時1ドル=150円台まで値下がりし、1990年8月以来およそ32年ぶりの円安水準を更新しました。円安は輸入する原燃料や食料品等の値上がりの要因となりましたが、「外資の日本買い」を促進する要因にもなっています。

円安は、外国人観光客の購買意欲回復など、プラスの効果として捉えられる面もありますが、日本の都市部や観光地の不動産買占めなど、マイナス効果として捉えられる報道も少なくありません。

M&A Onlineによると2022年(1-12月期)の日本企業が関与するM&A公表案件は前年比19.5%減少ながら、海外企業が日本企業を買収するOUT-IN案件は17%増加と拡大しています。

2.経済安全保障と海外企業の国内企業向け投資

 

2023年3月経済産業省国際投資管理室は、「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」を公表しました。これは、近年、国際情勢の複雑化する中、経済安全保障が国家として対応すべき課題となってきたことに対応したものです。

主な内容は、次のとおりです。

・海外企業による国内企業への投資(以下、対内直接投資といいます)は優れた技術やノウハウをもたらし、我が国経済の成長に資するもの

・政府としては投資活動の自由を確保したいが、安全保障に対処するため、政府が指定する業種に対して海外企業が投資する場合は、所管省庁による事前審査が必要

・審査のため事前届け出が義務付けられるが、海外企業が経営に関与しない場合かつ指定業種以外への投資の場合は事後報告でよい

これらの制度自体は2019年の外為法改正時にすでに構築済のものです。しかし、多くの中小企業は外為法等の知識や対応するリソースが不足しています。2022年12月に「安全保障貿易管理ガイダンス」をリリースし、輸出取引における注意喚起をしたのに続き、本件公表により海外企業からの投資を受ける際の注意喚起をしたようです。

3.改正外為法案に抗議したスタートアップ企業

 

財務省が公表した「対内直接投資等に関する事前届出件数等について」(2022年6月)によると、2021年度中に海外企業が日本企業に投資をするために政府に届け出た件数は、上場会社183件に対し、非上場会社は1,222件でした。前年度は上場会社164件に対し、非上場会社は1,117件であり上場・非上場企業とも増加しています。

また、非上場会社の届出件数のうち7割(851件)は経営関与のある投資内容であることが大きな特徴です。非上場会社の多くは中小企業であると推察されますが、相手が中小企業であっても海外企業の多くは“モノ言う株主”であるということです。

ところで、2019年に外為法が改正される際に、海外からの資金調達を進めていた日本のスタートアップ企業は、外為法の当初改正案に反対した経緯があります。

当初改正案が、規制に軸足を置いていたため、先端技術の開発や、新しいビジネスモデルの展開のために海外投資家から資金調達を拡大しようとしていたスタートアップ企業にとっては、足かせとなるものと受け止められたからです。

当時は、2018年に株式上場したメルカリやSansanなど、スタートアップ企業が株式上場前に海外企業から巨額の資金調達をして、成長を加速していた時代背景がありました。

しかし、当初改正案では事前届出が必要な指定業種には「受託開発ソフトウェア業」、②「組込みソフトウェア業」、「パッケージソフトウェア業」、「情報処理サービス業」、「インターネット利用サポート業」などが含められることになりスタートアップ企業が海外企業から投資を受ける際に、事前届出を求められるケースが大幅に増加し、機動的な資金調達が阻害される可能性があったのです。

日本ベンチャーキャピタル協会やスタートアップを支援する弁護士等が、パブリックコメントに際して規制緩和を訴えたことを受けて、以下の条件を前提として事前届け出が免除されるなど、規制が一部緩和されました。

①外国投資家自ら又はその密接関係者(※)が役員に就任しない

②指定業種に属する事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しない

③指定業種に属する事業に係る非公開の技術情報にアクセスしない

④コア業種に属する事業に関し、重要な意思決定権限を有する委員会に自ら参加しない

⑤コア業種に属する事業に関し、取締役会等に期限を付して回答・行動を求めて書面で提案を行わない

(※)外為法上の用語。過半数の議決権を有する法人や親族など

4.事前届出といっても「審査」がある~経済安全保障の壁

外為法の事前届出は、「届出」といっても所管官庁による「審査」が実施されます。

届出後30日以内に審査結果が出ますが、国の安全に問題がある場合は中止等の命令がなされ、M&A自体が成立しないことになります。

また、事前届出せずに出資やM&Aを実行した場合や命令に従わない場合は罰則が規定されています。

「外国投資家から投資を受ける上での留意点について」では、問題のある取引として次のようなケースを紹介しています。

①技術の軍事転用:A国が、軍事転用が可能な機械部品を製造する日本の工作機械メーカーB社を買収し、B社の有する機械部品の設計製造技術がA国に流出した。

②供給の途絶:A国のファンドが防衛装備品を製造している日本のB社を買収。A国のファンドはA国政府の支配下にあり、卸先を日本国内ではなく、A国への優先供給に切り替え、国内への供給が絶たれた。

③基盤技術の流出:A国が、日本の製造業の基盤となる半導体製造技術を保有するB社を買収し、当該技術が流出。A国は当該技術を使って、同等製品を安価に製造可能となり、日本の製品が売れなくなった。

 

事前審査の対象となる業種は、上記の軍事技術のように明らかに問題のある分野ばかりではありません。

「航空」「原子力」「宇宙」「医薬品・医療機器」など高度に専門性の高い分野の他、「電気業、ガス業、熱供給業」「水道業「通信事業、放送事業」「鉄道業、旅客運送業」などのインフラ関連、「集積回路製造業」「半導体メモリメディア製造業」「情報処理サービス業」「ソフトウェア業」などのサイバーセキュリティに関する業種など、実は幅広い業種・業界が対象となっており、うっかりすると「自分の会社は関係ないと思っていたのに」ということになりかねません。

 

まとめ

海外企業を買い手とするM&Aは、外為法や経済安全保障上の規制など、国内M&Aにはない規制があり、知らずに着手すると“うっかり”法令違反となってしまうこともあります。

また、今回ご説明したような、法令・規制上の課題はもちろんのこと、海外企業に買収された場合の、買収後の組織文化の融合など、様々な検討課題があります。

海外企業が買い手のM&Aについては、海外企業とのM&Aに知見のある専門家に相談し、海外企業特有のリスクを十分に加味した上で、慎重に検討しましょう。

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

自社の目的にもっともフィットするM&A手法の選びかたは? その2

みなさま、こんにちは!
前回のお話の続きです。「自社の経営課題を解決するためにもっとも適したM&Aの手法」を選ぶために検討すべきことについて新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。
まずは、簡単に前回の振り返りをしましょう。

前回は、そもそも、「M&A」と一口にいってもそのスキームにはどんなものがあり、それぞれどんな特徴があるのか?について一緒にみてきました。自社にとってベストの手法を選択するためには、M&Aに取り組む自社の目的や様々なステークホルダーの要望など、多角的に検討する必要があるというお話でした。

今回は、具体的にどのようなことを検討する必要があるのか?の5つの着眼点について考えていきましょう。
前回同様に広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むと言われていますが、本コラムの読者層を踏まえて、それらを除いた残りのスキームを念頭においてお話しします。

 

M&Aのスキームを選択する際に検討すべき5つのポイント

ツナグ:えーっ!5つも考えなきゃならないの?!

そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。逆に、5つに整理することで、それぞれの手法を選択した場合のメリットとデメリットを整理できれば、それが、自然とステークホルダーの意思統一に繋がり、折衝や検討の時間短縮に繋がります。

まず、担当者としては、経営統合作業の進めやすさと経営統合の目的であるシナジーを発揮しやすいかどうかを検討する必要があります。シナジーとは、「複数のものがお互いに作用し合い、効果や機能を高めること」という意味ですが、つまりは「相手の組織と組むことによる自社のメリット」と同じような意味で捉えていただければ大丈夫です。

組織内外からのさまざまな圧力があり、統合作業を慎重に進めたいケースや、買収対象企業をそのまま存続させたいケースなどは、株式譲渡や株式交換、株式交付を利用するのが良いでしょう。統合作業をじっくり進められるためリスクは小さくできるものの、逆に言うとシナジー効果が発揮されるまでに時間のかかることが多いようです。
逆に、買収対象企業の存続が危ういため統合作業を急ぐ必要がある場合や、早急にシナジー効果を得たいと考える場合、リスクは少々高くなりますが、思い切って組織を速やかに一体化させることを検討しましょう。“合併”もしくは場合によっては、“事業譲渡”が適していると思われます。ただし、給与体系などの人事制度や情報システムにどの程度の違いがあり、統合によって発生しそうなトラブルについて十分な検討と対策を準備しておく必要があります。
ツナグ:事業譲渡は、事業譲渡の範囲を狭くすれば、素早くできる可能性が高まりそうだね。

次に検討すべき項目としては、相手の会社を子会社化するのか、それとも、対等な立場で統合するのか?があります。これは、両社の株主や取引先、顧客などのステークホルダーの意見を取り入れた上で検討してください。単純に子会社化するだけであれば、株式交換、株式交付、株式譲渡、新株引受なども考えられます。一方で、対等な立場での経営統合であると言うことを世間や従業員にアピールしたい場合などは、株式移転を活用した持ち株会社制度や合併が考えられます。
例えば、新たな会社を新しく設立し、そこに両方の会社を参画させるホールディング会社制度であったり、2社が合併して、両者の会社名を並べて新会社名にしたり、などがよくあるケースですね。
ツナグ:金融機関でよく見るタイプだね。

そして、支配権を取得する相手先企業がどれくらい健全な状態か?についても検討すべき項目になります。なぜなら、経営を統合するわけですから、不健全な経営を自社に取り込むことになるからです。具体例としては、相手先が長期かつ大きく債務超過をしているケースや帳簿に載っていない大きな借入金があったり、などは、会社丸ごとではなく、その事業だけを“事業譲渡”の手法で取り入れることを検討しましょう。予見できないリスクを排除できます。
ただし、事業譲渡の場合、どこまでが譲渡を受けた範囲なのか?であったり、競業避止義務の期間や範囲など、取り決めるべきことが広範に渡ったりするため、担当者の業務負荷が大きくなることになります。

ツナグ:業務が増えるのだけはヤダ!だけど、こうして聞くと、どれも当然のことだけど、本当にいろいろな視点で検討する必要があるんだね。

 

自社の都合だけでは決められない買収スキーム

M&Aにおいては、買収企業以外にも様々なステークホルダーがいます。その中でも最も大きなステークホルダーは、買収対象企業のオーナーや株主になります。
例えば、買収対象企業の株主が現金を希望するのであれば、株式交換ではなく、株式譲渡となります。一方で、買収対象企業の株主が買い手企業の株式を対価として望んでいる場合は、株式交換、株式交付、合併、吸収分割なども考えられます。ただし、一般的には、買い手企業が上場会社でなければ、これらのスキームが選択されることはないでしょう。
逆に、買い手に資金がたくさんあれば、現金を対価とした買収は可能ですが、資金調達余力に乏しい場合は、株式交換や合併といった株式を対価としたスキームを中心に検討することになります。ただし、買い手が上場企業の場合または近い将来に上場の計画をしている場合に限られます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶために検討すべき内容を一緒に考えてきました。

1.経営統合作業をスムーズに行えるか否か?
2.経営統合の目的であるシナジーを発揮できる手法は?
3.相手の会社を子会社化するのか?それとも対等な立場で統合するのか?
4.支配権を取得する相手先企業の経営の健全性はどれくらいか?
5.買収対象企業の株主の希望は、現金か株式化か?

これ以外の切り口として、経営資源活用の観点から4つ分けることもできます。いずれにしても、“手段の目的化”を防止するためには、前提条件をステークホルダー間で共有しておくことが重要です。
また、M&Aの場面では、ステークホルダーそれぞれの思惑が複雑に絡み合うため、時には妥協することもしばしばです。今回の5つの観点がお互いに絡み合っているのはそのためです。

なお、本コラムは、初めてのMA&担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を一部簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言をもとに取り組むことをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士  山本哲也

スモールビジネスでの活用が考えられる破産による事業再生①

小規模な企業になじむ破産による事業再生

 倒産手続において、破産は典型的な清算型の手続と位置づけられます。清算型の手続とは、企業の債権債務関係を清算し、法人格を消滅させる手続をいいます。すなわち、破産は典型的な会社をたたむための手続といえます。

 したがって、少なくとも法律論としては、裁判所を通じた手続を用いて事業を再生する場合は、清算型の破産ではなく、再建型の民事再生を用いるべきであるといえます。

しかし、民事再生の場合は、法的手続それ自身に多額の費用を要すること、手続自体が複雑であることなどから、利用するハードルは決して低いものではありません。実際、帝国データバンク『全国企業倒産集計2020年度』によれば、2020年度の倒産件数のうち、破産は6718件(構成比91.9%)なのに対し、民事再生法は260件(同3.6%)にとどまることからも民事再生をすることが容易ではないことがうかがえます。)特に、規模の小さい企業において民事再生を用いて再建を図るのは決して容易ではありません。

 実は一見矛盾しているかもしれませんが、破産手続により事業再生を行うことがあります。今回は「破産による事業再生」について、説明したいと思います。

 

破産による事業再生はどのような方法で行うのか

破産による事業再生の主な方法は、企業のうち、業績が好調な事業を事業譲渡し、事業譲渡後に、当該企業の法人格を破産手続により消滅させるというものです。民事再生のような多額の費用や手間を要することなく、柔軟に好調な事業のみを残せるという点で規模の小さい企業であっても事業継続しやすいという点にメリットがあります。

しかしながら、破産による事業再生を行うにあたってはさまざまな留意点があります。

 

破産申立前に事業譲渡を行う場合

通常、破産申立てを行う前には、いったん事業を停止します。しかし、事業の性質上常に事業を継続しておかなければならないものの場合は、少しの間であっても、事業を停止することで事業価値が大きく毀損することがあります。

また、次回で説明する破産手続開始決定後に事業譲渡をする場合は、事業譲渡までかなり時間がかかることがありますが、破産申立前であれば迅速に事業譲渡を行うことができ、その分事業価値が損なわれるのを最小限にすることができます。

その一方で、破産申立前に事業譲渡を行うと、リスクが生じる場合があります。それは、事業譲渡の価額等が適正でない場合は、破産手続開始決定後に破産管財人により否認権を行使されてしまうということです。

実際、事業譲渡当時、支払不能の状態にあった企業につき、企業の責任財産の引き当てが減少することになることからすれば、債権者を害する行為に該当するなどとして、破産管財人による否認権行使の対象となるとした裁判例もあります(東京地決平成22年11月30日金商1368号54頁。なお、この裁判例では事業譲渡の譲受会社が譲渡会社の債務につき重畳的債務引受をしなかったことも詐害行為否認の対象となる根拠とされています)。

したがって、破産管財人による否認権行使のリスクを少なくするためにも、破産手続申立前に事業譲渡を行う場合は、少なくともその対価についての根拠を明確にするとともに、事業譲渡の対価たる金銭について、全額を破産管財人に引き継げるようにする必要があるでしょう。

 

破産申立後から破産手続開始決定前の間に事業譲渡を行う場合

破産申立を行ったとしても、必ずしも破産手続開始決定がすぐに出されるとは限りません。

破産申立てから破産手続開始決定までの間も事業継続をしなければ事業の価値が毀損されるような場合は、利害関係人の申立て等により裁判所による保全管理命令(破産法第91条)によって選任された保全管理人により事業が継続されることとなります。

では、保全管理人による管理の段階で事業譲渡をすることができるのでしょうか。破産法上保全管理人が「常務に属しない行為」をするには、裁判所の許可を得なければならないとされています(破産法第93条第1項)。事業譲渡は基本的には常務に属する行為とはいえないので、裁判所の許可が必要となります。このほか、事業譲渡を行うために必要な株主総会決議(会社法第467条)が必要であるのかについては解釈上争いがあります。理論的には、破産手続開始前となるので株主総会決議は必要であるようにも思えますが、決議は不要という運用をしている裁判所もあるようです。

ただし、そもそも、保全管理人による管理は破産申立てから破産手続開始決定までのいわば過渡期として現状を維持すべき状態といえますので、あえてこの段階で事業譲渡をしなければならない必要性は少ないでしょう。

次回の予告

次回は、破産手続開始決定後の事業譲渡について、そのメリット・デメリットなどについて解説します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&Aのいろいろな手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶには?

みなさま、こんにちは!

M&Aと一口にいってもその買収スキーム(買収手続き)にはいろいろなものがあります。そのなかから、M&Aの目的を最大限に達成し、さまざまなステークホルダーの要望を満たす手法を検討する必要があります。また、よくある“手段の目的化”の発生を防止するためには、常に前提条件をステークホルダー間で共有しておくことも重要です。

今回は、さまざまなスキームの概要をお伝えするとともに、どの方法を選ぶべきか、検討すべき要素について、新任担当者のツナグと一緒に考えていきたいと思います。

広い意味でのM&Aには、業務資本提携のようなアライアンスも含むといわれていますが、今回は本コラムの読者層を考えて、それらを除いた残りのスキームについてお話しします。

そもそも買収スキームってなんだ?

ツナグ:買収スキームってよく耳にする言葉だけどどう意味なんだろう?確か、スキームは“計画”とか“案”って意味だって受験勉強の時の記憶がうっすらとあるけどなぁ・・・。

買収スキームとは、買収を行う側に譲渡対象企業まるごと、または事業の支配権を移転させる取り組み方法のことを指します。

M&Aの手法は、その対価によって大きく2つに分かれています。1つは、“株式を対価に買収”と、もう一つは、“現金を対価に買収”です。

法律上は、これら以外を対価とすることも認められていますが、さまざまな理由から実務上は、株式以外の対価が利用されることは稀です。

 

それぞれの手法の特徴

ツナグ:“交換”、“交付”、“移転”??似たような名前ばかりで頭がこんがらがってきたよ。

1つずつ簡単にご説明します。

合併とは、2つの会社が合体して1つになることを指し、大きく分けて2種類の方式があります。

まず、新たに会社を設立し、その新設会社に合併を行うすべての当事会社の権利義務が移行される方式を “新設合併”といいます。新設合併の当事会社はすべて解散手続きを行い、新設会社が存続会社となって残るものです。具体的には、資本関係のない同業界内での2社の合併やメーカーと販社の合併などが利用しています。2021年4月に、三菱UFJリースと日立キャピタルの経営統合の事例がこれにあたります。

次に、吸収合併は、合併後に存続する会社が合併後に消滅する会社の権利義務を引き継ぎます。消滅する側の会社は合併後、解散手続きを行い、存続会社だけが残るものです。

グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

次に株式交換・株式移転。これらは、お互いの株式を交換することで、支配権が移動する方式です。二つの違いは、株式交換はすでに存在している会社を特定親会社とすること、新たに特定親会社を設立するのが株式移転です。

例えば、支配権を得ようと考えているA社の株式1株に対して被買収会社B社の株式5株が、仮に同じ価値だとします。すべてのB社株式をA社株式と1:5の割合で交換する形で引き渡すことによって、B社の株式のすべてをA社が取得すれば、支配権の移転は完了となります。一方、B社サイドはA社の株式の一部を取得することに留まり、A社が親会社となるという方法です。

ホリエモンが、ライブドア時代にこの方法で多くの会社を参加に収めたのは有名な話ですね。

株式交付とは、令和3年に会社法上に新たに創設された組織再編のスキームです。

株式交付は、一言でいうと「部分株式交換」ともいえる手法です。つまり、すべての株主が株式を交換したのではなく、一部の株主のみが株式の交換に応じた状態で支配権を取得し、子会社化するケースです。株式交付に参加しない株主Zは、株式交付後も、引き続きB社の株主に留まります。完全子会社化までは考えていないケースに活用できる手法です。具体的には、2021年6月にGMOインターネットが、飲食店予約管理サービス「OMAKASE」を展開するOMAKASEの株式61.5%を株式交付の手続きにより取得し、子会社化しました。

ツナグ:聞けば聞くほど、ホントこんがらがっちゃうよ・・・。まだあるの?

まだ株式を対価にする手法の途中ですよ!

会社分割には大きく分けて2つあります。1つは新設分割といって、新たな会社を100%出資子会社として作りその会社の株式とB社の株式を交換し、支配権を得るケースです。

今月初旬(2023年2月)共同新設分割といって、2社の出資で新設会社を作り、そこに関連事業を承継させる手法が活用されたニュースが流れました。旭化成株式会社と三井化学株式会社が、不織布関連製品の開発、製造、販売に関する事業を新設会社であるエム・エーライフマテリアルズ株式会社へ承継するスキームで、効力発生は、2023年10月とのことです。

もう一方は、吸収分割といい、まず、B社の中のA社に支配権を譲渡する部門とB社に残す部門とに分社化します。その後、A社に支配権移動するやり方です。こちらも、グループ会社間の再編などでよく使われる手法です。

先述の通り今回は、株式を対価にすることを前提にご説明しましたが、株式以外を対価とすることも法律上は認められています。例えば、新株予約権や社債などがそれにあたります。このようにM&Aのスキームにいろいろと名称があり、分類されている背景には、債権者や労働者の保護のための法律と深いかかわりがあり、さまざまなルールが設定されていることがあります。つまり、それらを十分に理解した上で進める必要があります。

 

現金を対価にするM&Aスキームは

続いて現金を対価にする方法についてお話しします。

ツナグ:やっぱお金で買う方が、“買収”って感じがするよね。

まず、もっとも簡易な方式である事業譲渡です。B社の運営している事業のすべてを譲り渡す“全部譲渡”と一部分だけを切り取って譲り渡す“一部譲渡”に分かれます。

例えば、事業承継がうまくいかず、廃業を検討している同業者の設備や顧客などに対して現金を支払って引き受ける場合などを想像していただくとわかりやすいかと思います。また、資格保持者がいなくなって、立ち行かなくなった事業部分だけを譲り渡すケースが一部譲渡とイメージしていただければ良いと思います。

続いて株式譲渡です。こちらは先ほどお互いの株式を価値に見合った数量同士で交換するスキームをご説明しましたが、それをお金で支払うケースです。

最後に「新株引き受け」という方法があります。これはB社が新株を発行して、それをA社に現金で販売しA社が支配権を取る(購入する)という方式です。

ツナグ:こんなにたくさんあるスキームの中からうちの会社は、いったいどれを選択すればいいんだろう?

法律上の分類になっている点があり、少し難解ですよね。次回は、そのあたりのお話を掘り下げていきます。

まとめ

今回は、さまざまなM&A手法の中から自社の目的にフィットする方法を選ぶためにまずは、どんな方法があるのかについて実際の事例も交えて説明しました。次回は、実際に手法を選ぶ際に留意すべき7つのことについてご説明いたします。

なお、本コラムは、初めてM&A担当となられた方にもわかりやすくお伝えするために説明を簡略化しています。ご承知おきください。実際の運用については、専門家の助言を元に進めることをお勧めします。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本哲也

事業譲渡によるM&Aの後に想定外の債務を負担しないために

買い手にとってM&Aが終わってもまだまだ油断はできない

前回のコラムでは、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるとして、M&A後の競業について解説しました。今回も、M&Aの後において、買い手が思わぬリスクを負いかねない点について、解説したいと思います。

 

事業譲渡において買い手が承継する財産は契約で定められる

M&Aの法的スキームにはさまざまなものがありますが、その中の一つに事業譲渡というものがあります。ここにいう事業とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)をいいます。要するに、単に土地建物、什器備品、債権等の個々の財産がバラバラになっているのではなく、これらの財産が一体となってある営業目的のために機能しているものを事業というのです。電車や駅舎建物が鉄道という一定の目的のために機能している(すなわち「鉄道事業」)というイメージです。

そして、事業譲渡とは、事業の「全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(注:会社法21条)に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの」(上記最判)とされています。

すなわち、事業譲渡とは、いわば事業という財産についての売買契約であるといえます。したがって、権利義務関係を包括的に承継する合併や会社分割とは異なり、どのような権利と義務を買い手が承継するかは個々の事業譲渡契約において定められることになります。つまり、事業譲渡契約において承継の対象とされていない権利や義務について、買い手が承継することがないのが原則です。

 

買い手が売り手の債務を負担しなければならない場合がありうる

既に述べたように、事業譲渡契約において、売り手が負担していた債務につき買い手が承継しないとされた場合、当該債務について買い手が負担しないのが原則です。

しかし、買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合には、買い手も、売り手の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(会社法第21条第1項)とされています。これは、商号を引き続き使用する場合は、債権者からすれば、当該事業の運営主体が誰であるかを認識するのが困難であることを踏まえたものですので、

事業譲渡の後、買い手が遅滞なく、本店の所在地において売り手の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合や、事業譲渡の後に買い手と売り手が遅滞なく、債権者に対して買い手が債務の弁済をする責任を負わない旨の通知をした場合は、適用されません(同条第2項)。

確かに、債権者からすれば、事業譲渡があっても同じ商号を使用しているとだれがその事業を運営しているのかがわからないといえます。

したがって、事業譲渡によるM&Aの場合、仮に買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合は、当初の想定にない売り手の債務を買い手が負担してしまうリスクがあることを買い手は十分に認識し、責任を負わないようにしておく必要があります。

 

挨拶状が思わぬリスクを招くことがある

先ほど述べたことからすれば、買い手が事業譲渡後に売り手の商号を使用しない場合は、買い手は売り手の債務を負うことは基本的にはないということになります。

ところで、M&Aのあと、買い手は取引先などに対し、「このたび、弊社はα事業をP社から譲り受けました。今後の取引についても、弊社従業員ともども、責任をもって継承いたします。」などと挨拶状を送付することがあります。

しかし、この挨拶状が思わぬリスクを招くことがあります。なぜならば、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合においても、売り手の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告(債務引受広告といいます。)をしたときは、売り手の債権者は、買い手に対して弁済の請求をすることができる(会社法第23条第1項)とされているからです。

そして、債務引受広告にあたるかどうかについて、判例は「その広告の中に必ずしも債務引受の文字を用いなくとも、広告の趣旨が、社会通念の上から見て、営業に因つて生じた債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるが如きものであると認められるようなものであれば足りる」として、「今般弊社は6月1日を期し品川線、湘南線の地方鉄道軌道業並びに沿線バス事業を東京急行電鉄株式会社より譲受け、京浜急行電鉄株式会社として新発足することになりました」という記載が債務引受広告に当たるとし、電車のとびら装置の故障によつて発生した事故による損害賠償債務について買い手には弁済をする義務を負うとしました(最判昭和29年10月7日民集8巻10号1795頁)。

挨拶状の記載は定型的なものになりがちですが、買い手が想定外の債務を負わないようにするためにも、「事業譲渡の日の○月○日以前にすでに発生している債務について、弊社が負うものではありません」という記載を加えるなど、挨拶状の表現については慎重な検討が必要といえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

意外とシンプルな会社の値段の決まり方 その2

みなさま、新年あけましておめでとうございます!

昨年もいろいろなM&Aに関するニュースがありましたが、どのニュースに着目しましたか?

すでにご存じかもしれませんが、コロナ禍以降、国もM&Aを活用した事業承継に大きく注力し始めました。具体的には、あらゆる補助金に、M&Aを活用した事業承継支援のコースが設定されていますし、事業承継の準備に対する補助金や廃業に対する補助金まで用意するほどです。

今回は、前回に引き続き、会社の売買金額についてのお話です。

中堅・大手企業は、お互いの合意に加えて説明責任(根拠)を重視する。

前回の冒頭に「売買金額は、お互いが納得していれば、いくらでもOK。なぜなら、価値の捉え方は多様だから」と書きましたが、実は、これは中小零細規模の視点にたった場合の話なのです。

なぜなら、中堅や大手企業では、買収金額に意見をするステークホルダー(利害関係者)がたくさん存在するため、金額に対する根拠がより一層求められるからです。「お互いの意見が一致したから」だけではこの説明責任が果たせないのです。

例えば、売買金額の確定前から考えると、社長や役員・相談役、株主(前社長など)、金融機関など。なかには、取引先、同業他社のように直接の利害関係者でもない人まで口を挟んできて意見表明をする始末です。特に、株主や金融機関などからの意見に対しては、担当者だけではなく、経営幹部が説明する必要も出てきますからなおのことです。

そこで、重要になるのが、売買金額の計算方法などの根拠です。

事業が将来生み出すお金を根拠に会社の価値を決めるDCF法とは

M&Aにおける売買金額の算定に当たって、会社の価値を把握する一つの方法として、DCF法というものがあります。これは、「会社をお金(キャッシュ)を生み出すシステム(機械)である」ととらえ、会社の価値はどれだけお金を生み出すことができるかにあると考えるものです。

営業利益を考える

 会社がどれだけお金を生み出すことができるかを考えるにあたって、まず確認しなければならないことは、会社がどれだけ営業利益を上げることができるのかということです。

営業利益を正確に把握するためには、5~10年程度先までの事業計画書(予測決算書)を入手し、以下の3点に着目して確認します。

①過去の経営成績と財務指標の推移

②売上高計算根拠(数量✕単価)

③コスト構造(変動費と固定費)

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①過去の経営成績と財務指標の推移

過去5年~10年程度の決算書を分析し、その傾向とイレギュラーについては、その原因について確認を行い、明らかにします。特に、今期の着地見通しと来年の計画については入念に精査します。なぜなら、この二期の数値が、将来の算出の土台となるからです。多かれ少なかれ、過大になっていることが一般的です。

②売上高計算根拠(数量✕単価)

売上高は、その内容によって変動費にも影響があるため、数値計画においては、最も重要な数値です。売上高の構成要素は、業種によって様々ですが、基本的には、数量と単価に分けられます。それぞれ、さらに細分化してみることで業界外の数値であっても妥当性の判断がしやすくなります。

③コスト構造(変動費と固定費)

コスト構造についても、構成要素を分解することで数値の妥当性が判断しやすくなります。例えば、変動費は、前述の売上高の推移に応じて変化しているか、変化していなければ、その要因はなにか?固定費は、その設備、施設や人員の内訳を確認することで、前述の売上高を支えることができるだけの固定費を見積もっているのか?などを分析することになります。

 

利益以外にもお金に影響する項目とは?

最初に必要なことは予測の決算書を使って「いったい、毎年いくらのフリーキャッシュフロー(お金)を生み出すのか?」を調べることです。フリーキャッシュフローとは、「企業が生み出したお金のうち自由に使えるお金」という意味で、その計算式は、営業利益✕(1-法人税率)+減価償却費等-設備投資±運転資本の増減です。

実は、お金の増減に関する要因は利益だけではありません。計算式の通りそれ以外にも①法人税②減価償却費等③設備投資④運転資本。の4つが関係しています。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

①法人税

法人税の内訳は、法人所得税、法人住民税、法人事業税となっています。法人住民税や法人事業税は、自治体によって多少の違いがあるため、本店所在地の税率を調べてみると良いでしょう。

②減価償却費など

減価償却費などの内訳には、減価償却費と各種の引当金となっています。減価償却費とは、固定資産の購入額を耐用年数に合わせて分割し、その期ごとに費用として計上するための勘定科目です。その性質上、費用科目ではあるのですが、お金の支出はありませんので、フリーキャッシュフローを計算する際には営業利益に加算する必要があります。同様のものとして、退職給付引当金や、貸倒引当金などの引当金があります。

③設備投資

その名の通り、機械やシステムを購入したときに支払うお金のことです。投資をすれば、お金は減少しますし、もし、設備を売却すれば増えます。

④運転資本

運転資本の内訳には、売掛金、在庫、買掛金があります。それらの増減は、投資同様にお金の増減に直接影響があります。

お金以外にも、まだ考える必要がある項目とは?

ここまで、お金が生まれる要因である利益と利益以外について詳しく見てきました。ところが、企業価値算出は、これで終わりではありません。

実はこれら以外にも考えておくべきことがあります。

まず、M&Aをするのは将来ではなく現在ですので、将来生み出されるお金を現在の価値に変換することが必要となります。その計算に使用する数値が「割引率」です。

例えば、「5年後にもらえる100万円を今すぐもらうとしたら、いくらに減らされてしまうでしょうか?」というイメージです。詳しいことはボリュームの関係で割愛しますが、先述の通り、借入金金利や配当など、将来の状況を加味して算出します。

また、このように予測決算書で計算した期間(10年以上の将来)を超えた将来の価値や、投資回収を何年で完了させたいのか?などについても検討が必要です。これは、各企業の考え方や事業のビジネスモデルなどを加味して決めるべき内容です。

さらに、買収によって自社の事業から新たに生み出されるお金についても加える必要があるかもしれません。

 

まとめ

今回は、DCF法(ディスカウントキャッシュ・フロー法)の計算手順について概略をお話しました。少々難しい内容になってしまい申し訳ありませんでした。このように計算方法や手順は確立していますが、結局のところ、最後は、それぞれの企業の考え方によって最終的な売買価格には差が生まれる要素があることもお分かりいただけたと思います。

前回のまとめにも記しましたが、自社または、興味を持っている企業の価値を算出してみてください。きっとその過程で、自社の企業価値向上のヒントが得られるはずです。

なお、企業価値算出の過程についてわかりやすくお伝えするため、一部説明を簡略化している部分がありますことをご承知おきください。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本 哲也

アフターM&Aに発生する競業

買い手にとってM&Aは始まりであるともいえる

M&Aに向けた交渉が終わり、ようやく最終契約の締結に至ったとき、売り手・買い手双方とも安堵した気持ちになるものの、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるといえます。

ところが、新たな事業を開始してしばらくするとM&Aの交渉の際には想定していなかった法的な問題が生じることがあります。

今回は、M&Aの後に発生しうる法的な問題のうち、事業譲渡における競業について解説をします。

 

事業譲渡後の競業が問題になる場合

事業譲渡において、売り手が工場や什器備品などの設備を必要とする事業を行っていた場合、競業が問題となることは必ずしも多くはないかもしれません。

他方、特段の設備を必要としない事業においては事業譲渡が問題となることがあります。例えば、P社は、中古衣類販売のECサイトを運営していたQ社から当該ECサイトを買い受けたところ、Q社は、ECサイトを売却した直後に、同じような中古衣類販売のECサイトを立ち上げて中古衣類販売を始めたといったようなものです(以下「【事例】」といいます)。

 

事業譲渡における競業に関する会社法の規律

事業譲渡の際の競業については、次のような規律があります(会社法第21条。以下これらを「競業避止義務」といいます。)。

① 事業譲渡をした売り手は、契約において別の定めがない限り、同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内においては、事業譲渡の日から20年間は、同一の事業を行うことはできません(同条第1項)。これは、事業譲渡においては、買い手が当該事業で収益を得ることを売り手が妨げないという内容が含まれていると考えられることによるものです。

② 同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、事業譲渡の日から30年の期間内に限り有効とされます(同条第2項)。これは、売り手の営業の自由にも一定の配慮をしたものであるとされています。

③ ①・②にかかわらず、事業譲渡をした売り手は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない(同条第3項)。

 

買い手が競業避止義務に違反する売り手に対して取りうる手段

売り手が競業避止義務に違反している場合、買い手は売り手に対し、競業行為の差し止めを行うことができます(民事執行法第171条第1項第2号)。

また、買い手は、売り手の競業行為により損害を被った際は、損害賠償請求を行うことができます(民法第415条第1項、第709条)。その際、訴訟において、損害の『額』の立証が困難な場合もありますが、買い手としては、金額はともかく損害が発生していることを立証できれば、裁判所が相当な額を認定することができます(民事訴訟法第248条。東京地判平成28年11月11日判時2355号69頁)。

 

【事例】の場合はどうなるか

【事例】では、P社がQ社から譲り受けた事業はECサイトであるため、その商圏は全国にわたります。そうすると、上記①の同一市町村及びこれに隣接する市町村の区域内における競業菱義務の規定が必ずしも機能しません。

しかし、Q社が「不正の競争の目的」をもって新たにECサイトを立ち上げた場合は、上記③の規定によりQ社が競業禁止に違反することがあります。この「不正競争の目的」とは、売り手が買い手の事業上の顧客を奪おうとする目的で譲渡した事業と同種の事業をする場合などに認められます(大判大正7年11月6日新聞1502号22頁)。

【事例】のもととなった裁判例では、P社が譲り受けたECサイトとQ社が新たに立ち上げたECサイトはいずれも同じジャンルの中古衣類の売買を含んでおり、いずれのECサイトもヤフーオークションにおいて販売を行っているなど、Q社がP社と同種の事業を行っていました。

そのうえで、Q社は、

① あたかもECサイトをP社に譲渡した後は同様のサイトを開設・運営しないかのように装いながら、同一の事業を営む目的でECサイトのドメインを取得し、P社に何ら伝えることのないままこれを開設・運営したこと、

② 従来の顧客に対しては、運営主体の変更ではなく単なる「運営方針」の変更によりECサイトを開設した旨のメールを多数送付し、現に被告サイトが本件サイトの「姉妹ショップ」であるとの誤認を生じさせたこと、

から、事業譲渡の趣旨に反する目的を有していたものとして、Q社が「不正の競争の目的」をもって同一の事業を行ったため、競業避止義務に違反したとされました(前掲東京地判参照)。

ただし、何をもって「不正の競争の目的」とするのかは、種々の要素を総合的に認定することになり、M&Aの時点では必ずしも明確とはいえません。

買い手としては、事業譲渡の契約において、競業を禁止する区域について事業の性質に応じたものとすることや、競業を禁止する事業の範囲について、当該事業に関連する事業についても対象とするなどして、売り手が競業をするリスクや紛争となるリスクを少なくすることを検討すべきと考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

経営者保証ガイドライン改正で事業承継は加速するか

経営者保証ガイドラインの見直し

2022年11月1日、金融庁から「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)が公表されました。

これは、閣議決定の中で「個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を年内に取りまとめる」という方針に沿ったものです。

日本の金融慣行上、中小企業が融資を受ける際には経営者保証が前提条件とされる状況が長い間続いてきました。これは経営者への規律付けや信用補完など中小企業の資金調達の円滑化に寄与するなどの側面があったからですが、一方で、事業承継に際しては、後継者候補が経営者保証を理由に事業承継を拒否するなど、円滑な承継を阻害する要因になっていました。

こうした課題を解決するため、2013年に「経営者保証ガイドライン」が策定され、更に2019年には経営者保証が事業承継の阻害要因とならないよう、原則として前経営者・後継者の双方からの「二重徴求」を行わないことなどが盛り込まれた「ガイドラインの特則」が明記されました。

こうした取り組みにより、経営者保証に依存しない新規融資の割合は、2014年には10%台と低水準でしたが、2020年には30~40%台へと大きく改善しました。

しかし、2020年時点でも金融機関の融資全体の80%は依然として何らかの形で経営者保証を徴求しており、既存の融資も含めた抜本的な解消策が求められていたのです。

改正案の内容

今回の改正案では、経営者保証に関する見直しの主な内容は以下の通りです。

1.経営者保証を求める際の金融機関による説明義務の明確化

現状では、金融機関は保証内容の説明をすることになってはいますが、「保証人=経営者から説明を受けた旨の確認を行うこと」については“必要に応じて”行えばよいことになっています。改正案では保証人に対し説明をした旨を確認し、その結果等を書面又は電子的方法で記録することが必要とされています。

2.経営者保証の必要性に関する客観的・具体的目線提示の努力義務化

現状では、顧客から説明を求められたときは、保証徴求の客観的合理的理由についても、顧客の知識、経験等に応じた説明を行うこととされていますが、保証が不要になる具体的な目線で説明することまでは問われていません。改正案では、どのような改善を図れば保証解除の可能性が高まるかについて、可能な限り、資産・収益力については定量的、その他の要素については客観的・具体的な目線を示すことが望ましいとされています。

3.金融庁の監督手法・対応の明確化

現状では、「経営者保証ガイドライン」が融資慣行として浸透・定着させていくため、適切に取り組む必要があるとはしながらも、「監督上の対応を検討すること」という表現にとどまっていますが、改正案では、「各種ヒアリングの機会等を通じ、経営者保証ガイドラインを融資慣行として浸透・定着させるための取組方針等を公表するよう金融機関に促していく」と金融機関に取組方針の公表を促すよう、踏み込んだ表現が採用されています。

経営者保証解除は加速する

今般の改正案が施行されると、金融機関にとっては、本部レベルでは取組方針の公表と金融庁への報告による監督強化、現場レベルでは経営者保証を徴求する際の書面等への記録の義務化や解除に必要な具体的な目線の提示など手続き負担が大きくなります。

経営者保証ガイドラインでは、経営者保証を外せる要件について、①法人と経営者との関係の明確な区分・分離、②財務基盤の強化、③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保の3点が掲げられています。

融資先の中小企業がこれらの要件を満たしている場合、金融機関は経営者保証を要求することは今回の改正により事実上困難となっていく可能性が高いと思われます。

すでに具体的な考え方は「『経営者保証に関するガイドライン』Q&A」に示されているので、事業承継を視野に入れている中小企業は、是非、確認しておきたいポイントです。

①法人と経営者との関係の明確な区分・分離について

「資産の分離」と「経理・家計の分離」の観点に分けて次のように例示されています。

「資産の分離」については、「法人の事業活動に必要な本社・工場・営業車等については経営者の個人所有とせず法人所有とすること」。

「経理・家計の分離」については、「個人としての飲食代等について法人として経費処理しない」等です。

また、これらを実現する具体的な方法として、会計参与の設置による社内管理体制の整備や、「中小企業の会計に関する基本要領」の活用による信頼性のある計算書類の作成などが例示されています。

②財務基盤の強化について

経営者個人の資産を債権保全の手段として確保しなくても、法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得る財務状況が期待されています。

具体的には、i)業績が堅調で十分な利益(キャッシュフロー)を確保しており、内部留保も十分であること、ii)業績はやや不安定ではあるものの、業況の下振れリスクを勘案しても、内部留保が潤沢で借入金全額の返済が可能と判断し得ること、iii)内部留保は潤沢とは言えないものの、好業績が続いており、今後も借入を順調に返済し得るだけの利益(キャッシュフロー)を確保する可能性が高いことなどです。

③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示による経営の透明性確保

金融機関の求めに応じて、融資判断において必要な情報の開示・説明をすることが求められています。具体的には「貸借対照表、損益計算書の提出のみでなく、決算書上の資産・負債明細、売上原価・販管費明細等の各勘定明細の提出」「年に1回の本決算の報告のみでなく、試算表・資金繰り表等の定期的な報告」などです。

認定支援機関の活用

「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の中で金融機関による経営者保証徴求に関する見直しがなされても、中小企業単独ではなかなか経営者保証解除に向けた交渉を始めるのは負担が大きいかもしれません。

2022年4月に見直しが行われた「早期経営改善計画策定支援事業」(通称「ポスコロ」)では認定支援機関が経営者保証解除をするために金融機関と交渉する際に要した費用の2/3(ただし上限10万円。認定支援機関が弁護士以外の場合は非弁行為に留意が必要)が補助対象として追加されました。

こうした経営者保証解除のための支援制度も活用しつつ、事業承継を円滑に進めていきませんか。

中小企業診断士 伊藤一彦

意外とシンプルな会社の値段の決まり方 その1

あっという間に今年も残すところ1ヶ月半。いろいろなM&A案件のニュースがありましたが、みなさまにとって、今年はどんな一年だったでしょうか?

企業買収に関するニュースで最も注目されるのは、その買収金額。一般市民向けのニュースでは、M&Aの目的や、事業計画などはさておき、お金の話だけが独り歩きします。買収金額は、注目度も高く報道したくなる気持ちもわかりますが、いろいろと複雑なプロセスや交渉を経た結果であるにも関わらず、買収金額だけがフォーカスされるのは、買収担当者としてはとても複雑な心境です。

結論は、お互いの合意。

最初から、こんな風に書くと叱られそうですが、実際、世の中のすべての取引は、お互いが納得していれば、いくらでも成り立ちます。それは、価格の決め方にいろいろな方法があり、価値の感じ方は多様だからです。

例えば、クレヨンと口紅。この二つの商品の原材料は、ほぼ同じだそうです。しかし、その値段は何十倍も、場合によってはもっと大きな違いがあります。それでも、今日もどこかで誰かが売買していますし、トラブルになった話は聞いたことがありません。

お互いの間では、次のようなやり取りがあるのです。

買い手:「これは、いくらですか?」

売り手:「100円です。あなたにとってこれには、○○という価値があります。だから100円でも安いですよ。」

買い手:「なるほど、確かに、✕✕と考えると妥当だな。では、買いましょう」

となっているわけです。

企業の売り主は誰?

さて、皆様に質問です。「企業はその会社の社長から買うのでしょうか?」

答えは、「NO」です。厳密にいうと、企業買収とは、その会社の株主から“株式”を買う行為なのです。しかし、スモールM&Aの現場では、企業は、その会社の社長から買うことが大半です。これはどういうことなのでしょうか?

それは、小さな会社では、社長=株主であることが大半だからです。同族経営の会社では、少なくともその一族の人たち数人で株式を持ち合って会社を所有し、運営しています。だから、売り手がその会社の社長さんや役員さんとなることが多いのです。

では、次の質問です。「株式の売値は、売り手である株主が自由に決めてよいのでしょうか?」

この質問に対する答えは、基本的には「YES」。しかし、実際には、大口の債権者である金融機関の意向などを無視して、売却価格を決めることにはリスクが伴うこともあり得ます。スムーズなな取引のためには、事前に彼らに相談をしたり、助言を受けたりするほうが良いでしょう。

会社の価値(値段)=株主価値+債権者価値と言われる背景にはこのような事情があります。

そして、この株主価値の決め方に何通りもの方法、考え方があるため、会社の価値に絶対的な基準はなく、ある時点でのお互いの合意の上で決まるものなのです。

では、お互いが合意できる価値は、どのように決めるのでしょう?企業価値の相場を決める3つの代表的な考え方をお伝えします。

買収金額を決める一番簡単な方法。簿価純資産法

買収金額を決める一番簡単な、わかりやすい方法が、ここまでお話してきた「簿価純資産法」と言う“コスト・アプローチ”型の手法です。その名の通り、コストを積み上げたものを買収金額にする方法です。

一言でいうと、貸借対照表の合計金額です。例えば、50万円の現金と50万円の社用車がある会社の総資産は、100万円です。そしてこの会社の価値を100万円とする方法です。しかし、ちょっと待ってください。簿価50万円の自動車は本当に50万円で売れるのでしょうか?もし、その車が、マニアを喜ばせるような希少車なら、中古車市場でもっと高い値段で取引されるでしょう。また、逆に、普通の乗用車なら簿価50万円でも、中古車市場では、30万円くらいでしか引き取ってもらえない可能性があります。これらの要素を加味した計算方式を「修正簿価純資産法」と言います。

しかし、貸借対照表の総資産は、このように実勢価格とはフィットしていないことが多いものです。ですから、この考え方だけを指標に買収金額を決めることはほぼありません。

そのデメリットをなくすための考え方が、「時価純資産法」です。会社が持っている財産の市場価格(時価)から、借入金の時価額を差し引いたものになります。仮に先程の会社が40万円の借り入れをしているのであれば・・・

現金+社用車時価―借入金となり、金額は、50万円+30万円―40万円=40万円となります。なんとなく妥当な金額と感じるのではないでしょうか?

しかし、実際の会社では、設備の時価を計算することは難しいですし、売り手にとっては、これまで生計を立てていた商売をそんなに安く売ることはできないでしょう。

では、売り手が主張したい企業価値にはいったいどんなものがあるのでしょうか?

会社は金の卵を生むにわとり。インカム・アプローチ法

売り手である会社オーナーは、会社を金の卵を生むにわとりであると考えることもできるでしょう。ソフトバンクの孫さんも以前、決算会見で同様のことを仰っていました。もちろん、これは、経営資源が潤沢にあって、順調に経営ができているときに限った話ですが・・。

つまり、会社は、順調に経営ができていれば、毎期一定の収益を得ることができる“仕組み”であるといえます。この定期的に得ることのできる収益を根拠に、売買金額を計算する方法が「インカム・アプローチ法」です。代表的なものが「DCF法(ディスカウントキャッシュフロー方式)」です。

このDCF法は、将来獲得すると見込まれるキャッシュフローに対して、利子などを用いて現在の価値に算定し直し、会社の価値を算出する方法です。ただ、未来のことは誰にもわかりませんから、将来のキャッシュフローの見通しを立てる段階で、計算者の主観に左右される点に課題があります。

その課題を解決するために、“モンテカルロシミュレーション”を利用して複数の不確実要素を織り込む「モンテカルロDCF法」という手法もあります。また、将来の資本構成の変化(負債の増減)が予測される場合は、それを織り込んで計算するAPV法(アジャステッド・プレゼント・バリュー)という手法や、将来の予想配当から、現在の理論株価を算出し、それを会社の価値とする「配当割引モデル」というものもあります。少し難しい話になってしまいました。

他の人はもっと高く買ってくれるらしい。マーケット・アプローチ法

このように、会社の価値を算出する方法は、様々な手法が存在します。なぜなら、人間の価値観は人それぞれですから、会社のどの部分に価値やリスクを感じるかは買い手によって違います。例えば、購入した会社が生み出す収益には価値を感じていないが、持っている設備や技術やブランド、顧客と自社の事業に大きなシナジーが見込まれる。となれば、他の買い手の一般的な評価はまったく無意味になってしまいます。

そんな多種多様な判断が無数に集まる場所が市場であり、その取引実績を元に企業価値を算出する方法が、「マーケット・アプローチ法」です。

上場企業であれば、日々、株式が市場で取引されていますので、一定期間の取引株価を参考にする「市場株価平均法」という手法があります。また、似たような会社の株価倍率を参考に計算する「類似会社比較法」、過去のM&A取引を参考に価値を計算する「類似取引比較法」など広く市場の評価を参考にする方法があります。これらは、相場ですので、私達にも身近に感じる計算方法と言えるでしょう。

 

まとめ

これだけいろいろな価値算出方法があり、少し難しく感じた方もおられるかもしれませんが、極端なことを言うと、中古の自家用車や居住用住宅を購入する場合と同じと考えても差し支えはないでしょう。なぜなら、自動車や住宅の中古市場では、たくさんの物件が流通しており、相場が出来上がっているからです。つまり、マーケット・アプローチ法だけでもみんなが納得できる取引が成立しています。

しかし、中小企業の場合は、まだ流通市場がしっかりと形成されていませんし、同じ企業が二つとないため、みんながこぞって、いろいろな計算方法を編み出しているとお考えください。

実際の現場では、M&Aの当事者たちが、複数の計算方式で算出された価値を根拠に、結局は話し合って妥結したものが会社の価値となり、取引に使用されることになります。

ぜひ一度、自社の価値を算出してみてはいかがでしょうか?その過程で、企業価値向上のヒントが得られるかもしれません。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

中小企業診断士 山本 哲也

中小企業の私的整理に関する新しいガイドラインができました③

再生型私的整理手続の流れ

今回は、『中小企業版私的整理ガイドライン』に記載のある再生型私的整理手続と廃業型私的整理手続の流れについて解説します。

まず、廃業を前提としない、再生型私的整理手続は、事業再生計画案や弁済計画案の調査報告等を第三者の立場として行う第三者支援専門家を選任します。第三者支援専門家とは、再生型私的整理手続及び廃業型私的整理手続を遂行する適格性を有し、その適格認定を得た弁護士、公認会計士などの専門家をいいます。適格性の認定は、独立行政法人中小企業基盤整備機構が設置する中小企業活性化全国本部及び一般社団法人事業再生実務家協会にて行い、認定された第三者支援専門家のリストがウェブサイトにて公表されています(主要債権者全員の同意があれば、リストに掲載されていない専門家を選任しても構いません。なお、事業再生計画案に債務減免等が含まれる場合は、弁護士法第72条に抵触することを避けるため、選任する第三者支援専門家に弁護士を加える必要があります。)。

第三者支援専門家を選任したら、主要債権者に対して、再生型私的整理手続を検討している旨を申し出るとともに、第三者支援専門家の選任について、対象債権者全員からの同意を得ます。主要債権者の同意が得られた第三者支援専門家は、中小企業者の資産負債及び損益の状況の調査検証や事業再生計画策定の支援等を開始します。

事業再生計画策定に関し、資金繰りの安定化のために必要があるときは、対象債権者に対して一時停止の要請を行うことができます。一時停止の要請は、従前から債務の弁済や経営状況・財務状況の開示等により、中小企業者が金融機関等との間で良好な取引関係が構築されているかどうか、債務減免等の要請がありうる場合は、再生の基本方針が金融機関等に示されていることがポイントになります。

そして、中小企業者は、事業再生計画案を策定します。事業再生計画案には、おおむね以下の内容を記載します(債務減免等を求めない場合は、記載事項が緩和されます。)。

  • 企業の概況
  • 財務状況(資産・負債・純資産・損益)の推移
  • 保証人がいる場合はその資産と負債の状況(債務減免等を要請する場合)
  • 実態貸借対照表(債務返済猶予の場合は任意)
  • 経営が困難になった原因
  • 事業再生のための具体的施策
  • 今後の事業及び財務状況の見通し
  • 資金繰り計画(債務弁済計画を含む)
  • 債務返済猶予や債務減免等を要請する場合はその内容と経営責任の明確化(経営保証における保証人の資産の開示と保証債務の整理方針を含む。なお、私的整理ガイドラインでは、経営責任について経営者の退任を原則としていますが、再生型私的整理手続では必ずしも退任は求められていません。)

 事業再生計画案においては、実質的に債務超過である場合は、基本的には5年以内に解消すること(私的整理ガイドラインでは、3年とされているのでその分要件が緩和されていることになります。)及び実質的な債務超過を解消する年度では、有利子負債の対キャッシュフロー比率が概ね10倍以下とすることが求められています。

また、経常利益が赤字である場合は、おおむね3年以内を目途に黒字に転換することなどが必要になります。

さらに、債務減免等を伴う場合は、破産手続による清算価値よりも多くの回収を得られる見込みがある等、債権者にとって経済合理性があることを記載することが求められています。

その後、第三者支援専門家によって当該事業再生計画案の相当性及び実行可能性等の調査を経て報告書が作成され、債権者に提出されます。そのうえで、債権者会議を経てすべての債権者の同意が得られれば事業再生計画が成立します。

事業再生計画が成立したのちも、外部専門家や主要債権者は、事業再生計画成立後の中小企業者の事業再生計画達成状況等について、3事業年度をめどに定期的にモニタリングを行います。計画と実績の乖離が大きい場合は、事業再生計画の変更や抜本再建、法的整理手続、廃業等への移行を行うことを検討します。

 

廃業型私的整理手続の流れ

事業の廃業を前提とする廃業型私的整理手続についても「支払いの一時停止→計画案策定→専門家による計画案の調査・報告→債権者会議による債権者の同意→モニタリング」という大きな流れは変わりません。

ただし、廃業型私的整理手続の場合は、事業の継続を前提としないため、再生計画ではなく弁済計画になること、弁済計画案においては、弁済における各債権者間の衡平や破産手続よりも多くの回収を得られる見込みがある等の対象債権者にとって経済合理性等についてより丁寧な説明が求められることなどの特徴があります。また、廃業型私的整理手続が終了しても企業の法人格が消滅するわけではないので、最終的には通常清算により法人格を消滅させます。

なお、原則として、対象債権者に対する金融債務の弁済が全く行われない弁済計画は想定されないものの、公租公課や労働債権等の優先する債権を弁済することにより金融債務に対する弁済ができない弁済計画案も、その経済的合理性次第では排除されないと考えられています(『「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」Q&A』Q90)。このことは、金融債務に対する弁済がなくても廃業型私的整理手続を利用することで、破産を回避する余地があることを意味します。

 

「経営者保証ガイドライン」との関係

再生型私的整理手続と廃業型私的整理手続のいずれにおいても、中小企業者の債務にかかる保証人が誠実に資産開示をするとともに、原則として、経営者保証に関するガイドラインを活用する等して、当該主債務と保証債務の一体整理を図ることに努めるものとされています。中小企業者の債務だけではなく、代表者等の個人が負う債務も併せて整理することが推奨されています。

コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻による物価高、急激な円安など企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。資金繰りが困難な状態に陥ったときの取りうる一つの方法として中小企業私的整理ガイドラインは有効なものといえるのではないでしょうか。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久