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失敗しないM&Aのデューデリジェンス入門(買い手の視点)

近年、M&Aを実施した後に、買収した会社の簿外債務がM&A後に発覚し巨額損失を被った事例や、法務リスクの見逃しによる訴訟問題が発生するケースも増加しています。これらの中にはデューデリジェンスの不備が原因となっているものが少なくありません。今回は、中小M&Aにおいて買い手が失敗しないためのデューデリジェンスのポイントについて考察します。

 

1.デューデリジェンスとは何か? – 基礎知識とその目的

デューデリジェンス(以下、DD)は、M&Aにおいて重要な役割を果たす調査プロセスです。売り手企業の詳細な情報を収集し、買収後のリスクを評価することが目的です。特に、中小M&Aでは、通常のM&Aと異なり、リソースが限られているため、効率的なDDが求められます。DDが不十分であると、後に予期せぬ問題が発生し、大きな損失を被る可能性があります。

DDは買い手が取引前に見落としがちなリスクを可視化し、最終的な意思決定をサポートする役割を持っています。M&Aを成功させるためには、リスクの評価と適切な対策が不可欠であり、DDはそのための重要な役割を担っています。

 

 

2.デューデリジェンスの主要な対象と役割

(1)法務DDによるリスク防止

法務DDは、売り手企業の法的なリスクを明確にするための調査です。具体的には、契約内容やコンプライアンス状況の確認、知的財産権の保護状況、訴訟リスクの有無などを調査します。例えば、契約書における不利な条件や隠れたCOC条項(注1)を見つけることで、取引後のリスクを未然に防ぐことが可能です。法務DDは、買収後の法令や権利義務に関するトラブルを防ぐための重要な役割を担っています。

 

(注1)COC条項:Change Of Control条項。M&Aなどで一方の当事者に経営権・支配権の変更・異動が発生した場合に、契約内容に制限を設けたり、もう一方の当事者によって契約解除を可能にしたりする条項を指します。

 

(2)財務DDによる企業価値の評価

財務DDは、売り手企業の財務状況を調査し、潜在的リスクを特定するための調査です。例えば、時価純資産や正常収益力の評価、簿外債務の有無などを調査します。財務DDで売り手企業の隠れた負債や資産の含み損が発覚し、取引価格の調整が必要となることがあります。さらに、企業の正常収益力やキャッシュフローの安定性を見極めることで、買収後の経営リスクを最小限に抑えることができます。財務DDは、企業の実質的な価値を見極めるための重要な役割を担っています。

 

 

3.法務DDと財務DDの評価と留意点

 

(1)法務DD評価書の基本構成とリスク管理

法務DD評価書は、契約内容や法的なリスクを正確に把握するための資料です。基本構成としては、既存の契約の有効性、知的財産の保護状況、規制への適合性、訴訟リスクなどが主要な評価項目となります。例えば、売り手企業が賃借しているオフィスの賃貸借契約にオーナーチェンジの場合の契約解除が規定されていることが法務DDで発見された場合、賃貸借契約の契約解除条項を見直すことがM&Aの前提条件として求められることになります。こうした既存の契約上のリスクを事前に明確にすることで、M&A実施後の法的なトラブルを防止することが可能になります。

 

(2)財務DD評価書の基本構成と注意点

財務DDの評価書は、買収判断を行う際の譲渡価格を決定するための重要な資料です。この評価書には、売り手企業の財務状況の分析、時価純資産や正常収益力の評価、キャッシュフローの安定性などが詳細に記載されます。例えば、財務DDにより、売り手企業の保有資産に含み損が発覚したり未払給与などの簿外債務が発覚したりした場合は、取引価格引き下げの交渉材料になります。財務DD評価書では、企業の収益性や負債のリスクを正確に把握し、企業価値評価の妥当性を検証することが求められます。財務DDによって、適切な譲渡価格の評価やM&A実施後の経営安定性を確保することができます。

 

 

4.デューデリジェンスの実施手順と譲渡契約、経営統合作業(PMI)への反映

 

(1)DDの実施手順

DDの成否は、適切な手順と進行管理にかかっています。まず、売り手企業からDDに必要となる徴求資料リストを作成し、必要な情報を事前に整理することが重要です。この段階での資料確認は、後の調査進行をスムーズにするための鍵となります。中小M&Aでは売り手企業の管理体制が不十分なため、DDに必要な資料を作成していないケースがあります。不足情報がどのようなリスクに関連しているのかを把握することが重要ですが、並行して不足資料の作成を依頼したり、作成できない場合は、現地の実査やヒアリングしたりにより補完することも選択肢となります。

 

(2)DD結果の譲渡契約への反映

また、DDにより把握したリスクを契約書の内容にも反映してコントロールすることも重要です。例えば、M&A実行時点で特定できない財務リスクがある場合には、譲渡契約にアーンアウト条項(注2)を規定して取引の安全性を確保すること方法があります。

法務リスクについては、表明保証条項(注3)の活用が有効です。特に、中小M&Aは譲渡価格が少額なため、弁護士などの専門家に法務DDを委託することが困難な場合もあります。売り手企業が、法令等に違反していないことや違反していた場合、売り手企業の経営者が買い手企業に損害賠償することなどを譲渡契約に規定してリスク対策をすることが有効な手段となります。

 

(注2)アーンアウト条項:M&A実行後、一定の期間において買収対象事業が特定の目標を達成した場合、買い手企業が売り手企業や売り手企業の株主に対して予め合意した算定方法に基づいて買収対価の一部を支払う規定である。M&A実行時に買収後の業績が不透明な場合などに買い手企業の事業リスクを抑える効果がある。

(注3)表明保証条項:譲渡契約締結時(またはM&A実行時)において、売り手企業が買い手企業に対して、事業内容が法令に違反していないことや、簿外債務・偶発債務の不存在などを表明し、かつ、その内容を保証する規定。違反した場合の損害賠償や契約の解除などが可能でリスクを抑えたり予防したりする効果がある。

 

(3)経営統合作業(PMI)への反映

さらに、DDの結果は、買収後のPMIにも影響を与えます。DDで発見されたリスクを、買収後の統合計画に反映させることで、スムーズなPMIを実現することができます。たとえば、次のようなケースが想定されます。

 

【1.製造業の事例】安全基準違反を発見し工場設備改善に反映」

売り手企業の保有する工場に、DDで安全基準の問題が発見され、買収後のPMI において最初の施策として、工場の設備改善プランを策定する

【2.IT企業の事例】データセキュリティの脆弱性を発見しセキュリティ対策強化に反映」

売り手企業のシステムに、DDでデータセキュリティの脆弱性が発見され、買収後のPMIにおいて、セキュリティ監査、脆弱性の修正、従業員向けのセキュリティトレーニングなどセキュリティ強化対策プランを策定する。

 

まとめ

DDは、M&Aの成功を左右する重要なプロセスであり、買収前にリスクを可視化し、取引後の安定した経営を実現するための手段です。適切な法務DDと財務DDの実施により、潜在的なリスクを事前に発見し、取引条件に反映させることで、買収の成功率を高めることができます。DDの結果を契約書やPMIに反映させることで、買収後のリスクを最小限に抑え、成功を確実にすることが可能です。買い手企業としては、DDに関する最小限の知見を備えた上で、外部の専門家のサポートを活用することで、より安心してM&Aに取組むことが可能になるといえるでしょう。

 

 

アナタの財務部長合同会社 代表社員 伊藤一彦(中小企業診断士)

 

 

 

 

 

M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そして、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」としました。

そのうえで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか(なお、表明保証が万能ではないことについては、拙稿「本当はこわい表明保証条項」(https://stella-consulting.jp/archives/577)もご参照ください。)。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

M&A取引において売り手に説明義務はあるか

取引としてのM&Aに存在する買い手のリスク

M&Aにおいては、さまざまなリスクがあります。このうち、M&Aを取引としてみた場合は、「M&Aの対象となる事業(以下本稿において「対象事業」といいます。)が想定していた内容と違った」・「対象事業におけるそのような事情は聴いていなかった」というのが買い手にとってもっとも典型的なリスクではないでしょうか。

もちろん、買い手は、対象事業について、事業面、財務面、法務面等の各側面からデューディリジェンスを行うなどして対象事業の内容の把握に努めるのが一般的です。しかしながら、デューディリジェンスが極めて短期間で行われるものであることなどから、買い手が対象事業の内容を完全に把握することが容易でないことも少なくありません。

 

売り手が買主に対して負う説明義務の内容

この点について、しばしば「売り手から十分な説明がなかったために、想定外の不利益な内容が含まれる契約をしてしまった。」という相談を受けます。

例えば、不動産取引において、宅建業者が不動産を売却する際には、法律上説明義務を負っています(宅建業法第35条参照)。では、M&Aにおいて売り手は買い手に対して、対象事業に関する説明義務を負うのでしょうか。

この点について参考となるのが、売り手が真実は債務超過であったにもかかわらず、不当に高い価格で株式を買い取らせたとして買い手が売り手に対して株式購入代金に相当する額の損害賠償を請求した事案です(大阪地判平成20年7月11日判時2017号154頁)。

この判決の事案では、売り手に「売買契約において、売主が買主に対し、目的物の性状や価値について虚偽の説明をしてはならず、その意味における説明義務(消極的な説明義務)を負う」としました。

しかし、消極的な説明義務のほか、買い手の判断に影響を及ぼすと考えられる目的物についての情報を自ら積極的に開示すべき義務(積極的な説明義務)については、「購入の是非や条件を判断するのに必要な目的物に関する情報の内容や、買主が当該情報を自ら保有し又は調査によって獲得することが可能かなどの諸事情を考慮して、契約の類型ごとに判断すべきものと解される」として、常に負うわけではないとしました。

そのうえで、買い手は「事前に、被買収企業の法的問題点、資産価値や収益力、将来性等を評価した上で、当該会社を買収することが自らにとって利益となるか否かや、買収のために拠出する資金の額等を判断することが必要であり、その交渉においては、買収企業による被買収企業についての調査が当然予定されている」なかで、買い手が「東証一部に上場する企業であり、…財務状況等の調査を行うだけの十分な能力を備えていた」ことを根拠に買い手が積極的な説明義務を負うことを否定し、損害賠償請求も認容されませんでした。

このほか企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、特段の事情がない限り、相手方に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないとした裁判例もあります(東京地判平成19年9月27日判タ1255号313頁)。

このように、裁判例では、原則として売り手には積極的な説明義務を負うことはないと考えられていることがうかがえます(なお、裁判例のなかには売り手に積極的な説明義務があり、当該義務に違反したとしたものがあります(東京地判平成15年1月17日判時1823号82頁)。これは、売り手の説明により買い手に事実と異なる認識を生じさせたにも関わらず、これを是正しなかったというもので、やや特殊な事案であるといえます。)。

 

買い手にはどのような対応が求められるか

裁判例で売り手に積極的な説明義務がないとされるのは、M&A取引が企業同士という、いわば対等な当事者間の取引であるというところにあると思われます。

具体的には、売り手は買い手の調査に誠実に対応し、求められた事項について正確な情報を開示するなど可能な限り買い手の調査に協力すべき義務を負い、かつそれで足りる一方で、買い手としても売り手が調査に協力しなかったり、調査の結果問題が判明したりする場合には、M&Aをやめるという選択肢があることです。要するにM&Aには、私的自治の原則が広く妥当するということなのでしょう。

買い手としては、売り手の説明を鵜呑みにするのではなく、常に「その説明の根拠は何か」、「その説明に矛盾点はないか」と多面的に検討することが求められるだけでなく、限られた時間であっても、丁寧なデューディリジェンスを行うことやデューディリジェンスでカバーできないところは表明保証を行うなどの対応をすることがリスクマネジメントとして望ましいのではないでしょうか。

また、訴訟となった場合、契約書に書いてあることと異なる内容の合意があったことや契約書に規定していないことについて合意があったことを立証することは、非常に困難であることが通例です。したがって、買い手と売り手の交渉の際に売り手から口頭で提示があった取引の条件についても、口頭で済ませるのではなく、契約書に特約として明確に規定しておくということも重要であると考えます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

 

「良い案件があったら教えて」という前に担当者がすべきこと

みなさまこんにちは、突然暑くなったり、はたまた寒くなったり・・。日本の春はどこへ行ってしまったんでしょう。本日は、初めてM&Aの担当を任された担当者がどのような手順で案件を探索すればよいのか?について一緒に考えてみましょう。

 

戦略の合意が取れたら対象企業を捜しましょう。

M&A戦略についての社内合意、または、個人M&Aであれば、ご自身の考えがまとまったら、さっそく情報収集をスタートしましょう。戦略立案の重要性については、過去のコラムをご参照ください。(https://stella-consulting.jp/archives/875

“情報収集をスタートしましょう”と言っても、戦略策定のフェーズで並行して行っているケースがほとんどでしょう。しかし、戦略が決まる前と決まった後では、同じ情報でもその受け取り方がずいぶんと変化していることに気づくはずです。なぜなら、業種や業態、企業規模、金額、所在エリアなどの条件面はすでに戦略上で絞られていますので、もうあれやこれやと迷うことが格段に減っているはずです。

これによって節約できた労力を今までより掘り下げた研究に振り向けることもできますし、情報収集の幅を広げることもできるはずです。

例えば、情報のメインソースは、マッチングサイトだと思いますが、条件面の具体化ができていれば、金融機関に資金面の支援を含めた相談をすることもできます。また、地元の同業者組合や自治体などが主催する展示会イベントなどに参加し、探索する業界の企業の強みや技術力、社員さんなどと接触することも可能になります。取引先候補として接触できるので、技術面やサービス面など具体的な情報が聞き出せる絶好の機会です。

 

まずは、リストアップ

情報収集を進める過程で自社の戦略に合致するM&A候補先があれば、リストに概要や気づきをまとめていきます。最初の段階では、できるだけたくさんリストアップすることに注力しましょう。マッチングサイトであれば、相手先もある程度売却の意思が固まっているでしょうから、交渉は進みやすいのですが、単に事業承継に課題を持っている程度の企業では、いくらこちらがその気になったからといっても交渉をスタートさせることすらできないからです。

ある程度の件数のリストが完成したら、社内での検討会議を行います。チームメンバーが持ち寄った案件が自社の戦略にマッチしているかどうか、最低限の確認作業を行います。

ここでよくあるのが、戦略にマッチはしないにもかかわらず、メンバー間の評価が高い案件の存在です。なぜこんなことが起きるのでしょうか?考えられる原因は、2つです。

ひとつは、戦略の理解が浅いメンバーが存在することです。これは、この会議を通じて理解を深めてもらい、チーム内の意思統一を図るよい機会としましょう。

次に、戦略が自社の現実からずれてしまっているケースです。会議室では、往々にして現実離れした理想論が語られ、現実的な意見が言いづらい空気が充満し、物事が決まってしまうことがあります。いわゆるグループシンクと呼ばれている、「集団で話し合うと浅はかな結論を導き出してしまう」という人間の習性です。このケースでは、戦略の方を修正することになります。戦略は、このように修正を繰り返し筋の良いものになっていくものと割り切って随時手直しを続けましょう。

 

対象企業を評価する。

対象企業候補リストが完成したら、次に評価を行い、優先順位を決定します。評価軸は、自社の戦略に叶っているかどうかの1点になりますが、その中に大きな要素が3つあります。

ひとつは、事業上のシナジーをどの程度見込むことができるか?です。

代表的なケースは、相手先企業の持つノウハウ、技術、設備、スタッフ、取引先などを自社に取り込むことで既存事業に対するプラスのインパクトが期待できるケースです。このケースでは、社内討議が行いやすいように3~5年程度の将来にわたって発生するであろう収益を試算します。この際、算定条件なども併せて示すことで判断が容易になります。また、これとは逆に、自社の持つ経営資源を相手先に提供することで、相手先の業績向上が期待できるケースです。こちらは、収益の資産が少々困難ですが、合併後の事業運営が順調なケースと不調なケースなど複数案を検討することで、試算の精度を上げることは可能です。

次に、財務健全性はどの程度か?です。

こちらは、情報ソースが金融機関であれば、ある程度提供してもらえるかもしれませんが、それも難しければ、信用調査会社から購入する方法を検討しましょう。

最後に、実現可能性の検討です。

こちらも、この段階で入手できる情報から判断することは到底できませんが、中小企業の場合、経営者の年齢や後継者の存在から検討することができます。また、業績や設備投資の程度などから、先行きに不安があるのかどうかくらいは判断ができそうです。後継者が社内におり、積極的な設備投資の形跡がみられるようであれば、商談にすら持ち込めない可能性が高いため、調査の優先度は下げる。といった評価ができそうです。

 

持ち込み案件への対応

情報収集活動を進めている過程で、金融機関などからM&A案件が持ち込まれることも増えてきます。一般的には、ノンネームシートと呼ばれるA4用紙1枚の案件概要が提示されます。当然、対象企業名はなく、簡単な情報しかないため、情報提供者に対してヒアリングを行う必要があります。彼らも「良い案件」であると考えて提案したことから考えても、シートには書けないが有益な情報も持っており、それをきっと話したいはずです。

この段階で確認したい項目は、リストアップ先の評価軸と共通する点がほとんどです。具体的には、対象企業の強みや弱み、売却の背景、自社に提案してきた理由、金額などの条件面、他社との交渉状況、回答期限など。

M&Aは比較的クローズな市場であるため、例え口頭でもこのような情報が入手できるよう、日頃から金融機関などとよい関係を築いておくこともポイントです。

 

まとめ

今回は、自社の戦略に沿ったM&Aを実現するための手順についてお話しました。「M&Aは相手がないと始まらない」とばかりに「何かよい案件があったら教えて」と金融機関や外部関係者に依頼する人を時々見かけますが、こういった依頼の方法では対応しづらいのが金融機関側の本音のようです。まずは、情報収集を進めながらでもよいので、自社の方向性を具体化させることが必要です。特にM&Aは、計画通りに進まないことが大半ではありますが、大きな投資を伴う事業です。まずは、計画立案から進めることをお勧めします。この記事に出会ったことを良い機会に、身近な専門家や公的機関の無料相談を活用してみましょう。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。次は、あなたのビジネスにご一緒させてください。

 

中小企業診断士 山本 哲也

【僕たちのM&A】 そのM&Aちょっと待って!買い手が思考すべきこと

はじめに

大阪府堺市でみなさまのちょっとした変化を応援しています。中小企業診断士の山本哲也です。

スモールM&Aに関しての情報収集をしていると、数字中心の情報や“事業にかける想い”などすごく抽象化された短い言葉ばかりで、現状分析があまり書かれていません。売り手側は、隠すつもりはなくても難しい話(当事者でないと理解しづらい話)や業界の人だと当たり前すぎる話は積極的にはしてくれません。すべての情報に意味があり、引き継ぎ後の経営上、必要がある情報なのですが・・・。

精魂込めて作り上げた仕事を人事異動で後任に引継ぎするあの感覚です。後任と人間関係ができていたり、波長(M&Aの場面では経営理念が近いかもしれません)が合っていたりすれば、お互い大切にしているポイントが似ていてスムーズな引継ぎができますが、どちらか一つでも欠けていたらどうでしょう。気持ちの良い引継ぎは難しいのではないでしょうか。

 

投資家の視点と経営者の視点

今回、ツナグは、ショッピングセンターにテナントで入っているジューススタンドのオーナーとの面談に臨みましたが・・・。
オーナー「ツナグさん、初めまして。今日はよろしくお願いします。早速ですが、ツナグさんはなぜ当社に声をかけてくださったんですか?また、この小さなジューススタンドをどのように運営していかれるおつもりですか?」
ツナグ:「・・・」

ごあいさつもそこそこに、突然、核心に迫る質問をされて、ツナグはたじろいでしまいました。こんなことが起きないようにしっかり準備して臨みましょう。

個人によるスモールM&Aでは、事業をお金で買うということにとどまらず、誰かが生み育てた事業にお金とあなたという経営資源を投入し、大きく育てることとも言えます。
つまり、自分の持っているあらゆるリソースを投入する投資案件ですから、投資家だけではなく経営者の視点で事業全体を見渡すことも大切です。つまり、最初に確認すべきは、経営理念なのです。

ツナグ:「私は、これまで○〇や△△ということをしてきましたが、そこには、××という問題があると常々考えています。その解決には、私がこれまで培った〇△というスキルを活かして御社の事業の運営を・・・」

同じ価値観の経営者とうまく出会えることが、もっとも安全安心なM&Aを進めるコツと言えます。なぜなら、同じような価値観の経営者であれば、ビジネスモデルを構築する場面において、何を重視するかの判断軸が近くなり、結果として自分が目指すビジネスに近いモデルになっている可能性が高いからです。。

 

現場責任者の視点

もう1つの視点は、現場責任者の視点です。

いくら考え方が共有できたことによって重大なリスクがないとしてもクロージングが終わった瞬間から事業運営のすべての責任は、あなたにかかってきます。腕の良い番頭さん(事業責任者)がいらっしゃればよいのですが、小さな案件になればなるほど、社長が陣頭指揮をとっている可能性が高くなります。指揮者が突然交代してもオーケストラの演奏が止まらないための工夫が必要です。

具体的なお話を、経営資源の視点で見ると・・。

① 売上を左右する要素は何か?明日、来月の売上確保は見えているか?
例えば、立地や天候など外部環境に売上の大半が左右される事業であれば、中長期的な視点で見ると不安要素としても捉えられますが、M&A後の短期的視点でみると安心材料となります。

② 顧客の分析はできているか?ポイントカードや会員制度があるか?
中長期的な視点から自力でいくらの売上を作れるのか?もし、顧客接点確保の仕組みがなければ、追加的な投資が必要になると見込んでおく必要があります。

③ コストが正確に計上されているか?
例えば、本来その事業の経費であるものが、別事業に計上されていたり、逆に他の事業のものを負担していたりすることがないか。同じように業務内容や担当者がきちんと切り分けられているか?過去の決算書から異常値があれば、その内容については必ず確認しておきましょう。

④ 資金繰り計画があるか?
ジューススタンドの場合は、問題なさそうですが、季節ごとに大きな仕入れが発生するようなビジネスや従業員のボーナスなど、年に数回の大きな資金需要がすぐに控えていないかは確認しましょう。大切な引継ぎ期間に必要な運転資金の確保のために時間を奪われたり、投資回収計画に狂いがでたりすることにつながります。

⑤ 在庫や設備などの資産は、時価とどれくらい離れた金額で計上されているか?
M&A代金をどのような方法で設定するにしても、対価の一部として引き受けるわけですから、当然、どこに所在して、ボリュームや状態はどうなっているのか?一つ一つ確認するのが普通ではないでしょうか?今回のようにショッピングセンター内にあるテナントですと、大家に預けいている敷金やFC事業ですと本部へ預けている保証金などもしっかり確認しておきましょう。

⑥ お金以外のところで言うと、取引先との契約関係も非常に重要な資産と言えます。
事業譲渡によるFC加盟店の権利移動を認めていないFC本部がほとんどです。大家も同様です。どちらも取引相手としての適性を審査した上でないと契約をしないことがほとんどです。このようにお金で解決できない取引関係があると、そこで商談が頓挫してしまいますので、事前の調査が重要です。

 

まとめ

売り手側には往々にして支援者がいます。一方でサラリーマンM&AのようなスモールM&Aでは、必要に応じて専門家を探す場合がほとんどです。今回見てきたようなチェックポイントや最終譲渡契約書の内容が一方的に不利になっていないかなど買い手側も独自で専門家にお金を支払ってでも確認すべきです。弁護士や中小企業診断士、会計士などのうちM&A実務経験のある専門家を探すようにしてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也

交渉過程で、買い手がうっかり忘れてまうこと

みなさま、こんにちは、新型コロナウイルス感染症もワクチン接種が始まりましたが、我々が接種してもらえるのはずいぶん先になりそうです。我々ビジネスパーソンは、外部環境の変化に抵抗しても何も得るものはありません。変化を味方につけて社会に価値を生み出してまいりましょう。あなたのちょっとした変化を応援しています、山本哲也です。

 

いつものように、M&Aで社長を目指す“若手ビジネスパーソン”ツナグの独り言からお聞きください。

 

ツナグ:「M&Aの仕組みを利用して新しいビジネスを始めたい」と思い立ったものの売り手のどん

なところを見ればよいんだろう・・・?

 

今日は、かなり大きなテーマになってしまいそうですので、基本的なところを考えるヒントになればと思っています。

 

どのような業種がよいのか

もちろん、業界のことを理解できているような身近な業種業態や、自分の経験が活かせる業界、地縁血縁を持っている業界などが第一候補となると思います。しかし、ツナグのように若いビジネスパーソンで新しい世界にチャレンジしたい方や未経験でもIT業界に関心の高い方もおられると思います。

一般論にはなってしまいますが、リスクの少ない業界やリスクの少ないポジションの企業があるのも事実です。例えば・・

“固定客があり、毎月一定の売上が見通せるストック型のビジネス”

当たり前ですが、この不確実性の高い社会では、ある日突然ビジネスモデルが通用しなくなることが発生してもおかしくはありません。今回のコロナ禍においても大きなダメージを受けた業種業態がありました。感染拡大初期段階では、スポーツクラブやカラオケ。その後、緊急事態宣言の発令を受けて、飲食店や観光業へと波及し、人の行動パターンや意思決定ロジックといった生活様式が変化したことで、美容関連やアパレルにまでその影響は拡がりました。

万一、このような大きな環境変化が発生しても、会員のような固定客があれば、その環境変化に合わせて顧客からの要望を受けて、業種業態の変更、提供価値の変更は不可能ではありません。

 

“規模のメリットが働く業種や小商圏の規模の小さな企業が集まっている業界”

これは、地元密着のスモールビジネスがこれに当てはまります。つまり、すでに行っているビジネスで同業他社を取り込んだり、顧客だけを譲り受けたりするイメージです。規模の拡大により増加する固定費が小さく、限界利益の増加分をそのまま営業利益として取り入れることができるケースです。

 

社内体制の特徴からみると・・・

“ワンマン社長ではなく、権限移譲が進んでおり組織で会社が回っていること”

ワンマン社長を避けたい理由は、2つあります。まず、成功ノウハウを社長だけが理解しており、暗黙知になっており、うまく引き継げないことが考えられます。また、社長がトップ営業マンとして長年活動しており顧客とつながっているため、社長の退職と同時に顧客が離れてしまうリスクが考えられます。最後に従業員がM&Aを機会に退職してしまうことも考えられます。

 

財務面で見ると・・・

“売上利益が安定しており、わずかでも黒字になっていること”
当たり前の話ですが、M&Aによりあらゆる面で不確実性が増します。買収で資金的な余裕も失われた状態で、毎月のようにキャッシュアウトしていくような企業は、避けたいですね。財務面だけでなく精神面も相当タフでなくては、事業を好転させることは難しくなるでしょう。まずは、自分の役員報酬を確保した上で少しの黒字がでるくらいで十分ですが、実質黒字にはこだわりたいところです。

また、“借入金が年商の30%以下程度であること”赤字でも会社は倒産しませんが、資金返済が滞れば突然倒産ということは十分にあり得ます。もちろん借入金は少なければ、安心感はありますが、一方で金融機関からの信用というものも大切な経営資源です。借入金があっても、短期的な運転資金や返済のめどがたっているものであれば、かえってあったほうがよいと考えるべきです。

 

交渉の過程では・・・

“売り手側が質問に対して誠実かつ迅速に対応してくれること”や“交渉を急がせてこないこと”などビジネスパートナーとして信用できるかどうかも大きな取引だけに重視したいポイントです。後で後悔することのないよう、落ち着いて判断したいところです。

 

いかがでしたでしょうか。

今回も、いつも以上に当たり前のことばかりをお伝えしました。しかし、案件が進んでくるとどうしても「せっかくここまで進めのだから・・」「相手も乗り気だし・・」などという心理が働きます。交渉が進むごとに当初描いていたゴールイメージとの乖離を確認しつつ、商談を進めるようにしてください。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

中小企業診断士 山本哲也