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事業譲渡によるM&Aの後に想定外の債務を負担しないために

買い手にとってM&Aが終わってもまだまだ油断はできない

前回のコラムでは、買い手にとってはM&Aは、通過点にすぎず、むしろ新たな事業の始まりでもあるとして、M&A後の競業について解説しました。今回も、M&Aの後において、買い手が思わぬリスクを負いかねない点について、解説したいと思います。

 

事業譲渡において買い手が承継する財産は契約で定められる

M&Aの法的スキームにはさまざまなものがありますが、その中の一つに事業譲渡というものがあります。ここにいう事業とは、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)をいいます。要するに、単に土地建物、什器備品、債権等の個々の財産がバラバラになっているのではなく、これらの財産が一体となってある営業目的のために機能しているものを事業というのです。電車や駅舎建物が鉄道という一定の目的のために機能している(すなわち「鉄道事業」)というイメージです。

そして、事業譲渡とは、事業の「全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法25条(注:会社法21条)に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの」(上記最判)とされています。

すなわち、事業譲渡とは、いわば事業という財産についての売買契約であるといえます。したがって、権利義務関係を包括的に承継する合併や会社分割とは異なり、どのような権利と義務を買い手が承継するかは個々の事業譲渡契約において定められることになります。つまり、事業譲渡契約において承継の対象とされていない権利や義務について、買い手が承継することがないのが原則です。

 

買い手が売り手の債務を負担しなければならない場合がありうる

既に述べたように、事業譲渡契約において、売り手が負担していた債務につき買い手が承継しないとされた場合、当該債務について買い手が負担しないのが原則です。

しかし、買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合には、買い手も、売り手の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う(会社法第21条第1項)とされています。これは、商号を引き続き使用する場合は、債権者からすれば、当該事業の運営主体が誰であるかを認識するのが困難であることを踏まえたものですので、

事業譲渡の後、買い手が遅滞なく、本店の所在地において売り手の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合や、事業譲渡の後に買い手と売り手が遅滞なく、債権者に対して買い手が債務の弁済をする責任を負わない旨の通知をした場合は、適用されません(同条第2項)。

確かに、債権者からすれば、事業譲渡があっても同じ商号を使用しているとだれがその事業を運営しているのかがわからないといえます。

したがって、事業譲渡によるM&Aの場合、仮に買い手が売り手の商号を引き続き使用する場合は、当初の想定にない売り手の債務を買い手が負担してしまうリスクがあることを買い手は十分に認識し、責任を負わないようにしておく必要があります。

 

挨拶状が思わぬリスクを招くことがある

先ほど述べたことからすれば、買い手が事業譲渡後に売り手の商号を使用しない場合は、買い手は売り手の債務を負うことは基本的にはないということになります。

ところで、M&Aのあと、買い手は取引先などに対し、「このたび、弊社はα事業をP社から譲り受けました。今後の取引についても、弊社従業員ともども、責任をもって継承いたします。」などと挨拶状を送付することがあります。

しかし、この挨拶状が思わぬリスクを招くことがあります。なぜならば、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合においても、売り手の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告(債務引受広告といいます。)をしたときは、売り手の債権者は、買い手に対して弁済の請求をすることができる(会社法第23条第1項)とされているからです。

そして、債務引受広告にあたるかどうかについて、判例は「その広告の中に必ずしも債務引受の文字を用いなくとも、広告の趣旨が、社会通念の上から見て、営業に因つて生じた債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるが如きものであると認められるようなものであれば足りる」として、「今般弊社は6月1日を期し品川線、湘南線の地方鉄道軌道業並びに沿線バス事業を東京急行電鉄株式会社より譲受け、京浜急行電鉄株式会社として新発足することになりました」という記載が債務引受広告に当たるとし、電車のとびら装置の故障によつて発生した事故による損害賠償債務について買い手には弁済をする義務を負うとしました(最判昭和29年10月7日民集8巻10号1795頁)。

挨拶状の記載は定型的なものになりがちですが、買い手が想定外の債務を負わないようにするためにも、「事業譲渡の日の○月○日以前にすでに発生している債務について、弊社が負うものではありません」という記載を加えるなど、挨拶状の表現については慎重な検討が必要といえます。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久

企業に寄り添う認定支援機関

企業の経営において課題が生じたときに誰に相談するか

企業の経営においては、資金計画のほか、新製品開発、新規事業立上げ、売上拡大などさまざまな課題が日々発生します。これらの経営課題に対しては、自社だけで立ち向かうよりも、他の企業の取組事例や専門的知識が豊富な外部の専門家等による支援を得ることで、よりよい成果を上げることができます。

そこで、今回は、企業の経営課題の解決を支援するための制度である認定経営革新等支援機関(以下「認定支援機関」といいます。)について解説します。

 

認定支援機関とは何か?

認定支援機関とは、経営革新等支援業務を行うために必要な専門的知識や実務経験等を有しているとして国によって認定された個人・法人をいいます(中小企業等経営強化法第31条第1項)。

ここでいう「経営革新等支援業務」とは、以下の業務を言います。

① 経営革新を行おうとする中小企業又は経営力向上を行おうとする中小企業等の経営資源の内容、財務内容その他経営の状況の分析

② 経営革新のための事業又は経営力向上に係る事業の計画の策定に係る指導及び助言並びに当該計画に従って行われる事業の実施に関し必要な指導及び助言

すなわち、認定支援機関とは、企業の経営課題解決に必要な財務・税務などの専門的知識や実務経験が一定の水準以上であることを国が認定し、企業が安心して支援を受けることができるようにすることを企図した制度です。

 

認定支援機関に認定されているのはどのような機関か

平成31年3月31日時点で、2万4158機関が認定支援機関として認定を受けています。

認定を受けているのは、税理士・税理士法人が多数を占めていますが、公認会計士、中小企業診断士、弁護士なども認定を受けています。また、銀行や信用金庫といった金融機関や商工会議所・商工会も認定を受けています。個人・法人や業種を問わずさまざまな属性を持つ機関が認定支援機関として認定されており、それぞれが持つ強みを活かして企業の支援をしていくことが可能となっています。

なお、税理士や中小企業診断士などの資格を保有しているからといって、当然に認定支援機関に認定されるわけではなく、一定の実務経験又はこれに代わる研修・試験の合格が必要とされています。このほか、近時の制度改正により認定支援機関の認定は5年の有効期間があり、期間満了時に改めて業務遂行能力の検証が行われることになりました。

 

認定支援機関はどのようにして探せばよいか

既に述べたように、さまざまな機関が認定支援機関に認定されているため、顧問税理士やメインバンクが認定支援機関に認定されていることも少なくないと思います。

また、顧問税理士やメインバンクが認定支援機関に認定されていない場合や、第三者的な視点での支援を受けたい場合などは、中小企業庁のウェブサイトにある認定支援機関検索システム(https://www.ninteishien.go.jp/NSK_CertificationArea)を使うことで全国の認定支援機関を検索することができます。この検索システムでは、各認定支援機関の属性のほか、これまで行ってきた支援の実績なども確認することができます。

 

認定支援機関はどのような支援を行うか

では、認定支援機関は具体的にどのような支援を行っているのでしょうか。

認定支援機関が企業に対して行う典型的な支援として経営改善計画の策定をあげることができます。

金融機関からの借り入れの返済など資金繰り上の課題を抱える企業が、経営改善計画を策定することによって、収益性の改善や借入の返済の見直しを行うため、経営改善計画を策定します。経営改善計画の策定においては、当該企業の現状や課題を分析し、いかなる次期にどのような取り組みによって課題を解決していくかを検討していきます。その際、認定支援機関が助言や計画案の作成などの支援を行います。また、当該経営改善計画が策定されたのちも、計画どおりに取り組むことができているかのモニタリングについても認定支援機関が行います。

そして、これらの支援に要する費用のうち3分の2については、公費による助成を受けることができます(経営改善計画策定支援事業(通称405事業))。

このほか、事業再構築補助金を申請する際には、認定支援機関が企業による事業計画書の策定に関与し、当該事業計画が事業再構築指針に沿った内容であること確認することや、事業者の事業遂行や成果目標の達成に関する支援に取り組むことを誓約することが必要となっています。このように補助金などの施策を利用する際には、認定支援機関の支援が必須となっている場合もあります。

 

まとめ

最初は「補助金の申請をする際に必要とされているから」などと比較的消極的な理由で認定支援機関による支援を受けるという企業もあるかもしれません。

しかし、外部の専門家などから新たな視点での助言や考え方を得ることが、悩ましい経営課題を解決するために第一歩となるかもしれません。

本稿が企業による認定支援機関の利用のきっかけとなれば幸いです。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久