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M&Aの目的を達成するための事業DD②

事業DDの続き

今回は、前回に引き続き事業DDとは具体的にどのようなことを行うのかについて説明をしていきたいと思います。

 

内部環境分析について

事業DDでもっとも重要なのが、内部環境分析です。売り手が業績不振を背景にM&Aを希望する場合、内部環境に何らかの問題を抱えていることが少なくないからです。

内部環境分析際は、おおむね以下の観点から検討を加えていきます。

1 企業の経営理念とこれに基づく経営戦略

2 経営戦略を実行する組織の体制と従業員

3 営業活動

4 財務状況

 

企業の経営理念とこれに基づく経営戦略

経営理念とは、経営者が考える当該企業の存在意義をいいます。経営理念は抽象的なものであり、それ自体に何か問題があるということは少ないといえます。しかし、経営理念は、経営戦略の方向性を決定するものです。

経営戦略とは、企業がどの事業領域(ドメイン)を設定し、その中で限られた経営資源を活用していかに持続的競争優位性を確保していくかの具体的な指針です。企業の経営戦略の中には、単に外部環境に対するその場しのぎの対応となっており、一貫性を欠くものがあります。経営理念と関連付けることで、一貫した経営戦略を立てることができるといえます。事業DDでは、このような問題がないかを確認していきます。

 

経営戦略を実行する組織の体制と従業員

『組織は戦略に従う』(チャンドラー)との指摘もあるように、一貫した経営戦略を立てていたとしても、戦略に対応した組織体制になっていないことがあります。例えば、経営戦略としては、現場重視でボトムアップ型の意思決定や柔軟な対応を志向しているにもかかわらず、実際の組織体制は、社長に権限が集中しており、トップダウン型の意思決定になっていたり、現場に権限がなく画一的な対応しかできなくなっていたりしているといったようなものを上げることができます。仮に経営戦略に合わない組織体制となっている場合は、どうすれば組織の改善ができるかも併せて検討していきます。

そして、組織を構成する従業員に関する検討も内部環境分では欠かすことができません。従業員の属性(年齢・役職・勤務年数)のバランスは適切か、業務に必要なスキルを有している従業員を確保できているか、人材の育成体制(特にOJT)は整っているか、公正な給与体系や人事評価になっているかなどを確認していきます。

 

営業活動

いうまでもなく、営業とは製品やサービスを売るための活動です。事業DDでは、売れるための仕組みをどのようにして作っているかを確認していきます。その際に用いる分析の枠組みとして4Pと呼ばれるものがあります。4Pとは、製品(Product)、価格(Price)、流通・販路(Place)、販促(Promotion)の4つをいいます(いずれも「P」で始まることから4Pといわれています。)

これらの切り口に着目して、市場、ニーズの把握は適切か、自社の強みが発揮できているか、競合との差別化・優位性が確保できているか等について確認していきます。このほか、具体的な業務の流れに着目し、無駄な作業がないかなどを確認していきます。そして、問題があるようであればその原因と改善の方向性も併せて検討していきます。

 

財務状況

決算書を用いて、財務状況を分析します。分析の際は主に、収益性、効率性、安全性の3つの観点から分析をします。

収益性とは、会社が利益を獲得する能力をどの程度保有しているかを示すものです。ここにいう「利益を獲得する能力」とは、具体的には売上げに対して、どの程度利益を上げることができるかを意味します。したがって、収益性は、「売上高営業利益率」などのように、売上高に占める利益の割合が指標として用いられます。

効率性とは、事業に用いるために投下された資産による売上への貢献がどの程度あるかを示すものです。ここにいう「投下された資産」とは、棚卸資産(在庫商品)や固定資産等を意味します。効率性は、「固定資産回転率」などのように、主に売上を事業に要する資産で除したものを指標として用います。

安全性とは、会社が負担している債務についてどの程度弁済能力があるのかを示すものです。安全性は、短期の債務の支払能力に関する短期安全性(流動比率など)や会社の長期にわたる資金調達の健全性に関する長期安全性(自己資本比率など)があります。

前回のコラムでも述べましたが、事業DDにおいて重要なのは、指標という数字そのものではなく、「なぜそのような数字となっているのか」・「どうすればその数字は改善できるのか」をこれまで行ってきた経営戦略、組織、営業に関する検討の結果を踏まえながら具体的に分析していくことです。定量的な分析と定性的な分析とが合わさることによって深みのある分析が可能となります。

SWOT分析と事業の評価について

SWOT分析とは、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)に分けて4象限の表を用いて分析するものです。SWOT分析の表は一覧性に優れているので、これまでの分析のまとめとして用います。

そして、SWOT分析を踏まえて、当該企業がM&Aの売り手の抱える問題点と改善の方向性・可能性のほか、買い手にとって当該企業のM&Aがどのようなメリットをもたらすかについても分析していきます。

 

M&A後を見据えて

本稿では、2回にわたり事業DDの概要について解説しました。特に買い手にとって、M&Aはゴールではなく、新たな事業展開のスタートであるといえます。とはいえ、M&Aの交渉を行っているとどうしてもM&Aを成立させることに注視してしまいがちです。その意味で、M&A後を見据えた検討を行うためにも、事業DDは有効なといえるのではないでしょうか。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久 

M&Aの目的を達成するための事業DD①

財務DDだけがDDではない!

いうまでもなく、M&Aを行ううえでデューデリジェンス(以下「DD」といいます。)は不可欠なものです。

とはいえ、小規模なM&Aの場合、財務DDしか行っていないということも少なくないと思います(なお、M&Aの規模が小さい一方、DDに要する費用が高額であるとして、財務DDすらしない場合があると聞いたことがありますが、これは極めて危険な行為というほかありません)。

しかし、財務DDだけがDDではありません。そこで、今回は、財務DD以外のDDのうち、事業DDについて説明します。

 

買い手のM&Aを用いた戦略を進めるうえで重要となる事業DD

事業DDとは、売り手が行う事業の将来性や買い手が行う事業とのシナジー効果等について評価するものです。

そもそも、買い手がM&Aを検討しているのは、自社の事業が有していない新たな分野への進出を図ることや自社の既存事業と売り手の事業との相乗効果を図ることなどの何らかの目的があるためです。この点に関し、事業DDは、買い手がM&Aをすることによって目的を達成することができるかどうかを確認するものであるといえます。また、事業DDを行うことでM&Aを行う目的がより具体的になってくることもあり得ます。

このように、実は、事業DDは買い手のM&Aを用いた経営戦略を進めるうえで極めて重要なものであるといえます。

 

売り手が再生を要する場合にも重要となる事業DD

このほか、売り手が再生を要する場合にも事業DDは欠かせないものといえます。再生を要する売り手の場合、収益状況や財務状態に何らかの問題を抱えています。M&Aののち、買い手が売り手の収益状況や財務状況を改善して再生することができるのかを見極めるためにも、事業DDを行うことが重要であるといえます。

このようなことをいうと、収益性などは財務DDで確認できるので事業DDは不要ではないかと考える方もいるのではないかと思います。しかし、財務DDはあくまで貸借対照表や損益計算書などをもととした『数字の分析』が中心となります。その一方で、事業DDでは経営指標等の『定量的要因』を考慮しつつ、売り手が有する強み・弱みといった内部環境や機会・脅威といった外部環境などの『定性的要因』と併せて総合的に検討して、売り手が抱える問題点は何かを特定し、改善のための方向性などを提案していきます。この点で、事業DDと財務DDとは一部において重複する部分もありますが、その本質は大きく異なるものであるといえます。

 

事業DDでは具体的にはどのような内容を取り扱うのか

事業DDでは、おおむね以下の内容について取り扱います。

① 会社概要

② 外部環境分析

③ 内部環境分析

④ SWOT分析

⑤ 事業に関する評価

これらのうち、会社概要とは、その企業の概要、株主構成、組織概要、事業の構造などの一般的な事項についてのものですので、実質的には外部環境分析及び内部環境分析並びにこれらに基づくSWOT分析と事業に関する評価が中心となります。

 

外部環境分析について

外部環境とは、企業を取り巻く環境のうち、自社ではコントロールすることができないものをいいます。

事業DDにおいて外部環境を分析するのは、現在買い手が行う事業が抱える問題点の原因とともに、今後の事業展開における機会や脅威となる要因を明らかにすることによって、問題が解決する可能性の検討を行い、当該事業の評価を行うためです。

外部環境を分析する際に着目すべき要素を体系化したものとして、PEST分析と5(ファイブ)フォース分析があります。

PEST分析とは、P(Politics(政治))、E(Economy(経済))、S(Society(社会))、T(Technology(技術))の要素に着目して外部環境を分析するもので、主にマクロな視点で外部環境を分析するものです。

5フォース分析とは、競合各社や業界全体の状況などの企業を取り巻く5つの脅威に注目し、事業の利益の上げやすさを分析するものです。その意味でPEST分析と異なり、ミクロな視点で外部環境を分析するものといえます。

5つの脅威とは具体的には以下のものを指します。

① 新規参入の脅威

参入障壁が低い業界・市場の場合は、新規参入により競争が激化し、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

② 競合の脅威

新規参入のみならず現在既に存在する競合企業との競争が激しい場合も、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

③ 代替品の脅威

自社の製品に代わる新しい製品が出現する可能性が高い場合は、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

④ 買い手の交渉力

顧客が競合の製品を購入しやすい場合は買い手の交渉力が強いといえ、利益を上げるための価格で製品を販売しにくくなることから自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

⑤ 売り手の交渉力

自社の事業に必要な原材料などが特殊で、仕入先(売り手)が自社よりも優位な立場にある場合は売り手の交渉力が強いといえ、仕入の価格が高くなりがちになることから、自社の事業が利益を上げることが困難となる可能性があります。

 

次回の予告

次回は、今回の続編として内部環境分析の具体的な内容と外部環境分析・内部環境分析に基づくSWOT分析と事業に関する評価について説明します。

 

弁護士・中小企業診断士 武田 宗久