事業譲渡で債務はどうなる?引き継がれるケースと引き継がれないケース

「事業だけ買えば、借金は付いてこないんですよね?」

スモールM&Aの相談で、買い手の方から必ずといっていいほど受ける質問です。

答えは「原則そのとおり。ただし例外があります」。

そしてこの例外を知らないまま進めてしまい、買収後に前の会社の借金を請求される——という事故が実際に起きています。

この記事では、事業譲渡で債務がどう扱われるのかを、買い手・売り手それぞれが押さえるべきポイントとして整理します。

結論:事業譲渡では「合意したものだけ」引き継ぐ

事業譲渡は、法律上「特定承継」と呼ばれます。

譲渡する資産・負債・契約をひとつずつ選んで引き継ぐ形です。契約書に書いていない債務は、原則として買い手に移りません。

これが、株式譲渡や合併との決定的な違いです。

手法 債務の扱い
株式譲渡 会社ごと引き継ぐため、債務もすべて付いてくる
合併・会社分割 包括承継。原則として権利義務がまとめて移る
事業譲渡 契約で合意したものだけを引き継ぐ(選べる)

負債を抱えた会社から「良い部分だけ」を買えるため、スモールM&Aで事業譲渡が選ばれる最大の理由がここにあります。

なお、引き継ぐ債務を決めても、それだけでは終わりません。債務を移すには、原則として債権者(お金を貸している側)の承諾が必要です(民法472条・免責的債務引受)。買い手が引き継ぐつもりでも、銀行が認めなければ売り手に残ります。

それでも買い手が責任を負う「4つの例外」

ここからが本題です。契約書に書いていないのに、買い手が支払い責任を負うケースがあります。

① 売り手の屋号・商号をそのまま使う場合(会社法22条1項)

最も見落とされやすい落とし穴です。

譲り受けた会社が、売り手の商号(屋号)を引き続き使用する場合、買い手も売り手の事業上の債務について弁済する責任を負うと定められています。

たとえば「〇〇商店」という店名をそのまま引き継いで営業した場合、お客様や取引先から見れば同じお店です。取引先が「これまでどおり請求すればいい」と信じるのは自然なこと。その信頼を保護するための規定です。

回避する方法もあります。

  • 商号(屋号)を変更する
  • 事業譲渡後、遅滞なく「債務を引き受けない旨」の登記をする
  • 譲渡会社と連名で、その旨を債権者に通知する(会社法22条2項)

店名に価値があってどうしても引き継ぎたい場合は、この手続きを必ずセットで行ってください。

② 「債務を引き受ける」と広告してしまった場合(会社法23条)

譲り受けた事業について、買い手が「債務を引き受けます」という趣旨の広告を出した場合、その債務を弁済する責任を負います。

「新体制になりました。これまでのお取引もそのまま承ります」といった挨拶状の書き方ひとつで、意図せず該当してしまう可能性があります。取引先への案内文は、事前に専門家の確認を受けることをおすすめします。

③ 債権者を害する事業譲渡だった場合(会社法23条の2)

売り手に残った債権者を害することを知りながら事業譲渡が行われた場合、残された債権者は買い手に対しても、引き継いだ財産の価額を限度に支払いを請求できます

「借金を置き去りにして、良い事業だけ別会社に逃がす」という行為を防ぐための規定です。売り手が経営難の場合、買い手も無関係ではいられません。

④ 引き継いだ契約に付随する債務

たとえば店舗の賃貸借契約を引き継げば、原状回復義務も付いてきます。従業員を受け入れれば、その後の労務管理の責任も生じます。

「資産だけもらう」つもりでも、契約を引き継ぐ以上は義務もセットです。

見えない債務(簿外債務)にも注意

契約書に書かれていない、そもそも決算書にも載っていない債務があります。

  • 未払いの残業代
  • 社会保険料の未納分
  • リース残債、保証債務
  • 顧客とのトラブル、係争リスク

事業譲渡なら原則としてこれらは引き継ぎませんが、①の商号続用に該当すると、まとめて降りかかってくる可能性があります。

また、売り手側でも「引き継がれなかった債務」は当然そのまま残ります。譲渡代金を受け取っても債務が消えるわけではない点は、売り手が誤解しやすいところです。

想定外の債務負担を避ける実務は事業譲渡によるM&Aの後に想定外の債務を負担しないためにでも解説しています。

買い手・売り手それぞれのチェックポイント

買い手が確認すべきこと

  • 引き継ぐ債務・引き継がない債務を契約書で一つずつ明記する
  • 商号(屋号)を続けて使うのか。使うなら免責の手続きをとったか
  • 引き継ぐ契約(賃貸借・リース・取引基本契約)に付随する義務を洗い出したか
  • 簿外債務の有無をデューデリジェンスで確認したか
  • 表明保証条項で、売り手に「他に債務はない」と保証させたか

売り手が確認すべきこと

  • 残る債務を、譲渡代金でどう返済するのか計画があるか
  • 借入金がある場合、金融機関に事前相談したか(担保がついた資産は勝手に売れません)
  • 債権者を害する譲渡と見られない価格・条件になっているか

よくある質問

事業譲渡なら、売り手の借金は完全に無関係ですか?

契約で引き継がないと定めていれば、原則として買い手には請求されません。ただし本文の①〜④の例外に該当すると責任を負います。特に屋号をそのまま使うケースは要注意です。

社長の個人保証はどうなりますか?

個人保証は「保証人と金融機関の契約」であり、事業を譲渡しても自動的には外れません。借入自体が売り手会社に残るなら、保証も残ります。解除には金融機関との交渉が必要です。

引き継ぐ債務は誰が決めるのですか?

売り手と買い手の交渉で決め、契約書に明記します。ただし前述のとおり、実際に移すには債権者の承諾が要る点に注意してください。

まとめ

  • 事業譲渡は特定承継。契約で合意した債務だけを引き継ぐ
  • ただし商号続用(会社法22条)・債務引受の広告(23条)・詐害的な譲渡(23条の2)・引き継いだ契約に伴う義務は例外
  • 屋号を引き継ぐなら、免責の登記か債権者への通知を必ずセットで
  • 買い手は契約書での明記と簿外債務の調査、売り手は残債務の返済計画と金融機関への相談を

「良いところだけ買える」のが事業譲渡の利点ですが、手続きを一つ飛ばすと利点が消えます

当社では、中小企業診断士がスモールM&Aの案件検討からデューデリジェンス、契約条件の設計までを支援しています。事業譲渡での債務の切り分けについて、お気軽にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事案については弁護士等の専門家にご確認ください。


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執筆・監修

木下 綾子

中小企業診断士/株式会社ステラコンサルティング 代表取締役
『個人でできるスモールM&A実践録―銀座のネイルサロンを買収した中小企業診断士』著者。東京都中小企業診断士協会 城南支部 副支部長。M&A・事業承継・経営改善の実務支援を行う。


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